大飯原発意見聴取会 ~ メディア・ファシズムの罠を見抜け!
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「ナマであるように見えるほど、つまりリアルであればあるほど、メディアはウソをついている。つまり現実を“像”にすりかえ、“像”を現実として送り返している。(中略)ここから権力の源泉としてのあらゆるトリックが発生するのである。」
「メディアは現実を“像”に変える。そして“像”を現実そのものであるかのように錯覚させる。そこに、メディア・ファシズムとでも称すべき、こんにちの“管理”のホンシツがある。イデオロギーを統制するのではなく、“像”というコンセンサスを市民社会に共有させることで管理を実現するのである。」
「高度に制度化された制度は、もはや制度であることを感じさせない。権力の最高度の達成は、何よりも権力としての自己消滅である。支配されているという実感を、支配されている者の感性から拭い去ることこそ、支配の完成にほかならない。その意味で、鎖国ニッポンの完成、そこでの身体の囲いこみの完了は、警察や軍隊といった暴力による支配の形を遠く離れる。いまや支配されたがっている人間ほど、自分を自由だと実感しているはずだ。市民社会はすでに法や規範や禁忌や私刑で動かされているのではない。“空気”と“気分”こそが、市民社会の鉄の掟である。それは規範や戒律や禁忌や私刑以上に絶対管理制であるところの、いわばソフト・ファシズムである。このソフト・ファシズムはメディアによって司られている。とりわけて空気のファシズムたるテレビによって。」
いずれ岡庭昇著『テレビ帝国の教科書』(1985年)より
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いまさらだが、大飯原発再稼働の条件となる安全評価の意見聴取会での“混乱”について。
私は仕事をしながらつけていたテレビからの音声で、このニュースの一次情報を得たのだが、「反対派」「市民」「乱入」というような言葉が聞こえた。
そこでおやっと思ってテレビを振り返ってみると、案の定、この会を傍聴するはずだった市民が、さもトラブルの原因であるかのような映像が流れていたのだった。
もちろん、この期に及んでも原発を存続するため、「反原発という意志を持った市民=秩序を乱す社会常識のない集団」というネガティブ・キャンペーンのための“像”の拡散である。
この映像を見た素直な視聴者たちは、「反原発の人たちの行動は、どうも非常識だな」という印象を持つわけで、それこそが権力の意図であり、見方を変えれば、マスメディアがその共犯者であることの何よりの証拠映像といえるだろう。
ちなみに、このニュースを伝えるNHKは↓のようなものであった。
この映像でアナウンサーは早速、冒頭から「会議が開催できない異例の事態になっています」と喋り始める。そしてテロップは「傍聴不許可の人たち抗議 会議開催できず」。
この時点で、「反原発派のせいで、真っ当な会議が開催できない」という印象を視聴者にガッツリ与える寸法である。
しかし、では事実はどうだったのか。原発に関しては真っ当な記事を出す東京新聞はこう書いている。
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再稼働条件の原発安全評価 大飯3、4号機「妥当」
2012年1月19日 07時02分
(略)
■「今日中に」聴取会強行
原発の専門家からの意見聴取会は、原発の再稼働への重要な節目となるとあって、再稼働に反対する大勢の傍聴者が詰めかけた。
前回の聴取会で、傍聴者の一部が委員に詰め寄る混乱があったため、保安院は一般傍聴者の入場を禁止。別室で中継のモニターを見る形式にした。これに反発した傍聴者が会場になだれ込んだ。
十数人の傍聴者は口々に「なぜ傍聴させないんだ」「こんな保安院に再稼働を決める資格はない」と、意見聴取のあり方や、聴取対象の専門家の中に原発関連企業から研究費を受け取っていた人がいることを批判。原子力プラント技術者の後藤政志委員が「仕切り直すべきでは」と流会を投げかけた。
しかし、司会で東京大教授の岡本孝司委員は拒否。以後は退室を求める保安院側と原発反対派の間でにらみ合いが続く異様な雰囲気になった。
その後、保安院は省内に別室を確保。委員を移動させた。説明に当たる保安院の職員と傍聴者がもみ合いになる一幕もあった。
「今日やってしまいたい」(幹部)という保安院は、庁舎のエレベーターを止め、通報で駆けつけた警視庁丸の内署の警官隊を出入り口に配置。傍聴者を新たな会場に近づけないようにし、午後八時ごろ、審査書に批判的な後藤氏と井野博満東京大名誉教授の委員二人が欠席する中で聴取会を強行した。
聴取会が始まると、保安院の担当者は淡々と評価報告書を読み上げ、「妥当」「有効」を繰り返した。
この間、枝野幸男経産相は緊急記者会見を二回開き、「平穏に議論できない状況では、広く意見を求めるという聴取会の目的が果たせない」「ルールを守ってもらいたい」と述べた。
井野氏は「原子炉の老朽化や、人為的ミスの可能性を考慮しておらず、審査は不十分だ。弱点を見つけることと、安全だから再稼働ということは別だ」と批判した。
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もともと、きちんとパスをもって傍聴のために入場した市民に対し、保安院側が別室に誘導しようとすれば、市民が怒るのは当然のことであり、そこですごすごと別室に従う方がよほど人間として問題があることは言うまでもない。
もちろん、NHKでもその経緯は一応なぞっているが、問題はそのトーンなのである。
たとえば↑の映像では、「原発の運転再開に反対する人たちなどおよそ20人が会議室に入りこんで抗議をつづけました」といっている(1分3秒あたりから)。
この「入りこんで」という、まるで市民が無理やり中央突破をはかったがごとき表現こそが、印象操作の肝である。
それは、例の北朝鮮の女性アナウンサー仰々しく独裁者を賛美するよりもはるかに国民を深いところで洗脳し、統制する。
実際の様子はこちら↓
そして枝野の会見の様子。
この意見聴取会は、「政治的に再稼働すべきかどうか議論している場ではな」く、「あくまで客観的科学的技術的に専門家の皆さんに論議いただく場」だというのである。
しかもご丁寧にNHKはわざわざここにテロップを入れている。
しかし、前掲の東京新聞記事にもあるとおり、「この専門家のみなさん」の中には原発関連企業からカネをもらっていた委員が複数いた。
・田中龍作ジャーナル
「大飯原発ストレステストは妥当」 傍聴者排除し推進派だけのイカサマ専門家会議
つまり、現実には、これほど「政治的に再稼働をすべきかどうかを議論する」「客観的でない議論の場」はなかったのである。
だが、ここでNHKは、現実を“像”にすり替えた。
結果、視聴者は、この一見すると市民がただクレームをつけているだけのような“像”を現実と錯視し、「反原発=一部の危ない“市民”」というイメージを共有することになる。
まさに“空気”と“気分”による、完璧な統制だ。
ところで、こうして市民を締め出して行なわれた聴取会には、枝野がのこのことやってきて、しきりにぺこぺこと委員に向かってお詫びをしたという。
詳しくは、「みんな楽しくHappy♡がいい♪」さんのエントリーをご覧いただきたいが、枝野が頭を下げている画像は必見だ(是非、見てください)。
・みんな楽しくHappy♡がいい♪
国民を締め出したストレステストの会議中「謝りに来た」枝野大臣(動画&書き出し)
さて、今日は本当はSPEEDIについても触れたかった。
これまで100億円以上のの日本国民の税金を投入して、まさに福島第一原発破局事故の時のためにつくられた「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」のデータを、文部科学省は真っ先に米軍に渡し、自国民に対しては秘匿した。
このデータを見たアメリカはさっさと米国民を80キロ圏外へと避難させる一方、日本人は避けられた被曝を避けられなかったどころか、正しい情報があればしなかった被曝までしてしまったのである。
以下は京都大学・小出裕章氏の話。
狂 っ て い る 。
腐 っ て い る 。
どこぞの国の独裁者の資質が云々などと言っている場合ではない。
この国の権力構造は、ヘドロどころか、まさに高濃度の放射能汚泥のようなものである。
このまま放置すると、国民はこいつらの毒にによる被ばくで死ぬことになる。
※お知らせ
冒頭で紹介した岡庭昇著『テレビ帝国の教科書 ~ メディア・ファシズムの罠を見抜け!』の電子書籍版が、間もなく志木電子書籍より発売されます。
詳細は、追ってご紹介しますが、是非、ご期待ください!
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