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このように米国は、好ましくないと思う日本の首相を、いくつかのシステムを駆使して排除することができます。難しいことではありません。たとえば米国の大統領が日本の首相となかなか会ってくれず、そのことを大手メディアが問題にすれば、それだけで政権はもちません。それが日本の現実なのです。
孫崎亨著『戦後史の正体』より
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きわめて偶然なのだが、『戦後史の正体』を読んだ後に、読売新聞政治部『民主党迷走と裏切りの300日』(新潮社)という本を読んだ。
これがまあ、当ブログをご覧いただいているような方々にとっては、まさしく反吐が出るような内容なのだが、しかし『戦後史の正体』を読んでからこの本を読むと大変に興味深い。『戦後史の正体』の副読本といってもいいほどなのである。
今日の読売新聞を築いた中興の祖である正力松太郎が、この正力がCIAの協力者だったことは、もはや知られた事実だ。つまり読売は日本を代表する従米メディアである。
そこで、『民主党迷走と裏切りの300日』であるが、その内容をひとことで言えば、従米メディアの親玉による鳩山由紀夫と小沢一郎への罵倒である。
私は以前、「問題は最初にタイトルをたてること」というエントリーを書いたことがある。
これは週刊誌などでも使われる手法だが、マスメディアでは、まず取材をして様々な事実を掴み、そこから真実を探るのではなく、最初に目指す方向性のタイトルをたて、そのタイトルを成立させるべく事実を切り張りしていくということがよくある。そしてそれは、往々にして真実ではない。
・問題は最初にタイトルをたてること
読売の現・主筆である渡辺恒雄は、よく週刊誌メディアを三流呼ばわりするが、この『民主党迷走と裏切りの300日』はまさにそういった類の本で、とにかくタイトルを最初にたて、あとはそこへ向ってあらゆる“事実”を切り張りする。
しかも、切り張りするのは“事実”だけでない。
(行政刷新会議)発足翌日の23日、2010年度予算概算要求についてヒアリングを始めたところ、民主党側から「当選したばかりの新人衆院議員を仕分け人に使うのは困る」とのクレームがついたのだ。「仕分け人」の人選を巡る事前の調整不足が原因だった。「選挙至上主義の小沢幹事長が横槍を入れたのでは」との憶測も流れた。(『民主党迷走と裏切りの300日』42ページ 下線部は引用者)
小沢の不満の背景には仕分けチームの仕事によって、小沢が新人議員に求めた、再選を目指した選挙区での活動重視の姿勢が崩れかねないとの思いもあった。同時に、仕分けチームの統括役を務める枝野と仙谷由人行政刷新相がともに、従来から小沢の政治手法に批判的だったことから、「小沢は仙谷らの邪魔をしたかったのではないか」といった憶測も呼んだ。(同43ページ)
その新人議員たちは国会召集後、毎朝、国会内に集められ、山岡賢次国会対策委員長ら国対幹部から指導を受けている。指導内容には首をかしげるようなものまである。
「ハートマーク付きの携帯メールを送らない」
「一斉にトイレに立たない」
新人議員の中には「いくらなんでも子ども扱いだ」と反発する向きもあるが、だれも表立って言わない。「またあの人に激怒されるのが怖い」からだ。(同47ページ)
また、民主党内では、小沢幹事長が選挙での勝利を最優先に掲げているため、「『与党議員は国会審議に時間を割くより、選挙区での活動に集中すべきだ』と考えて、小沢が国対に指示したのではないか」と見る向きもあった。(同47ページ)
どうですか、吐き気がしたでしょ(^_^;)。
このような正体不明の“憶測”を駆使する一方、都合の悪い“事実”は黙殺する。
たとえば、小沢の「西松事件の違法献金事件」などと書いておきながら、その後、この事件が公判で雲散霧消してしまったことには一切触れず(つまり東京地検特捜部がいかに杜撰かということには目も向けず)、しらっと陸山会事件が登場し、石川知裕代議士が逮捕された“衝撃”を書き立てるのである。
もっとも、今からみると完全に墓穴を掘っている部分もある。それがたとえば以下のような部分だ。
超特大の新年会は、小沢が権勢の頂点にあることを見せつけるものだったが、出席者の中には一抹の不安を抱えている者もいた。この日(※引用者注 2010年元旦)、読売新聞が朝刊1面トップで「小沢氏から現金4億円 土地代の相談後 石川議員供述」と報じていたからだ。
記事は小沢の資金管理団体「陸山会」が04年に購入した土地の代金を政治資金収支報告書に記載しなかった問題で、購入代金に充てられた現金4億円について、同会の事務担当者だった石川知裕衆院議員が東京地検特捜部の事情聴取に対し、「小沢先生に資金繰りを相談し、現金で受け取った」と供述していることを報じたものだった。(前掲書180ページ)
読売さん、小沢を追い込む重要な役割をいただいていたんですなあ、、、(w
一方、鳩山への罵倒の中身は、普天間基地移設問題をめぐる「日米関係」に端を発しているわけだが、ここで際立つのは読売の凄まじいまでの従米ぶりだ。
バラク・オバマ大統領のアジア歴訪を間近に控え、ホワイトハウスではこの日、対日政策を巡る国連安全保障会議(NSC)の会議が開かれていた。
この会議が異例であったことは、NSCが前日、日本を最初の訪問地とするオバマのアジア各国歴訪に関する詰めの打ち合わせを済ませたばかりだったことからうかがえた。いかに日本を巡る問題がオバマ政権を悩ませているか、ワシントンの外交サークルはただちに感得した。(前掲書 56ページ)
国務省のイアン・ケリー報道官は「日米関係をどうしたいのかは、日本次第だ」と突き放す姿勢を示した。(前掲書61ページ)
アメリカとギクシャクしたり突き放されたりすることは、読売的には大変なことであるらしい。
2009年11月13日午後3時40分、オバマ大統領が大統領専用機「エアフォース・ワン」で羽田空港に到着した。日本国民の間に期待のあったファーストレディー・ミシェル夫人の姿はなかった。ワシントンの私立学校に通う娘二人、マリア(6年生)、サーシャ(3年生)の面倒を見るためだった。ホワイトハウスの報道官は、ファーストレディーとしての公務と同時に、何よりも子どもに対する責任を優先したのだと説明した。(前掲書67ページ)
夫人が来日しなかったからといってそれがどうしたというのか? そもそも「日本国民の間に期待」なんてあったのか? ファーストレディが来ないのはアメリカが怒っているからだとでもいうのか?
私はあえていうが、こんな調子だからこそ周辺国からもなめられるのだと思う。
ちなみに読売新聞社の安保観は、
鳩山は「日米同盟の深化」を今後1年かけて協議することを呼びかけ、オバマも同意したと胸を張った。鳩山側近は「首相は非軍事分野での協力を重視していく意向だ」と解説する。
だが、日米安全保障条約は、米国が日本を防衛する一方、日本は米軍に基地を提供することで成り立つ。在日米軍が日本の安定と繁栄の基盤を提供しているのは、紛れもない事実だ。この点を重視しない同盟の「深化」を米国は認めないだろう。鳩山が進めようとしているのは、「同盟の変質」にほかならない。(前掲書70ページ)
というものである。『戦後史の正体』を読んだ読者は、この認識が噴飯ものであることをおわかりいただけるだろう。
ダレスが日本との講和条約を結ぶにあたってもっとも重要な条件とした、日本国内に「われわれが望むだけの軍隊を望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する」という米国の方針は、その後どうなったでしょうか。
答えは、「いまでも変わっていない」です。
(中略)
二〇〇九年九月から二〇一〇年五月まで、鳩山由紀夫首相が普天間基地問題で「最低でも県外」とし、「国外移転」に含みをもたせた主張をしました。これは日本の首相として、歴史的に見てきわめて異例な発言でした。日本側から米軍基地の縮小をもちだしたケースは過去半世紀のあいだ、ほとんどなかったからです。ですから鳩山由紀夫首相のこの主張は、米軍関係者とその日本側協力者から見れば、半世紀以上つづいてきた基本路線への根本的な挑戦でした。そこで鳩山首相を潰すための大きな動きが生まれ、その工作はみごとに成功したのです。(『戦後史の正体』142~143ページ 下線部は引用者)
故・丸山邦男(ジャーナリスト。丸山真男の実弟)は『遊撃的マスコミ論』のなかで日本のメディアが伝えるニュースについて、以下のように書いている。
ひとくちに誤報といっても、ニュースが誤ってつたえられる過程で、さまざまなニュアンスの違いがみられる。三樹精吉氏の『誤報』によると、誤報は、①虚報、②歪報、③誤報、④禍報、⑤無報……の五つに分類されるという。「公正な報道」という観点からすれば、大小の誤報とその政治的社会的影響力にてらし、大体この分類に振りわけられると思う。ただこれに、私なりにちょっと手を加えさせていただくならば、次のような類別が可能ではないかと考える。
①虚報──三樹氏の規定どおり完全に事実無根の報道。
②歪報──文字どおり事実を歪めた報道だが、そこには(イ)誇報と(ロ)矮報の二種類がある。語法上おかしいかも知れないが、誇報とはある事実をとくに誇大につたえることであり、矮報とは何らかの意図で、逆に事実よりも矮小化して報道することを指す。
③誤報──報道機関の機構上の欠陥からうまれる過失や、作為はないが記者の軽率さによって生じるもの。
④禍報──意図はないが、周囲の状況や記事作成上の不手際から、読者に誤って受けとられるばあい。不作為の歪報。
⑤無報(あるいは不報)──何らかの事情で報道されず終いになること。これには意識的な黙殺、つまり「自主規制」によるものと、直接に外部から圧力が加えられてニュースが抹殺される「言論統制」によるものと、二つがある。
⑥削報──矮報と無報(不報)にそれぞれ近いが、ある部分にかぎって、外部からの圧力や自己検閲によって記事を故意に削除すること。
⑦猥報──戦後の「言論の自由」によってジャーナリズムに根づよく腰をすえたエログロ・スキャンダリズム。主たる原因はマスコミの過当競争だが、注意すべきは、いわゆる識者のいうように“劣情を刺戟”することに問題があるのではなく、むしろ既成の道徳観や性にたいする偏見から、故意に男女問題をスキャンダル化して報じることに、マスコミの偽善性が特徴的にあらわれている。
『民主党迷走と裏切りの300日』はこの①~⑥手法を駆使して、鳩山と小沢を叩きに叩く(ちなみに今年になって出てきた小沢夫人の件は⑦の変型だろう)。
そこには、選挙による初めての政権交代という歴史的意義、それはなぜ起きたか?(=自民党はなぜ有権者から見放されたか)というような視点はない。
しかし、そうやって読売が叩けば叩くほど、実は鳩山政権というのが、アメリカに対してクソ粘りをしていたことが見えてくる。私はこの本を読んで改めて、「鳩山政権はもったいなかったナ」と思わずにはいられなかった。
そう思いつつ本文を最後まで読み、何気なく奥付に目を落として驚いた。
この本の初版発行日は「2010年6月25日」。なんと前回の参議院選挙公示日の翌日なのであった。
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