「ごちそうさん」は現代の『細雪』なのかもしれない
近年、テレビといえばスポーツ中継しか見ていなかったが、今年は「あまちゃん」、それに続いて「ごちそうさん」を見ている。
私はNHKについては非常に批判的だし(とくにニュース番組)、上記のドラマを見ていても「今どき、カネの使い方がハンパないなあ。こんな予算は民放ではかけられないけど受信料なんだよなあ」と思うのだが、一方で丁寧に作られたドラマというのはやはり鑑賞に値する。
「あまちゃん」は宮藤官九郎の脚本だけあってエンターテイメント性の高い作品で、また随所に出てくる80年代の世相が私のようなオッサンにはとても刺さった(ちなみに私は松田聖子ファンだったが、この年になってキョンキョンファンになるとは思わなかった)。
それだけに、同年代のオッサンもずいぶん見ており、最後には「あまロス」なる言葉まで出てくる始末。
それに比べると、「ごちそうさん」は始まる前は地味な印象で、実際、主演の杏も前作が評判を呼んでいるだけに、番組開始前は不安だったらしい(そんな記事を見かけた)。
ところが、フタを開けてみると「ごちそうさん」は「あまちゃん」よりも視聴率がいいという。
といっても、「あまちゃん」ほど話題になっているフシはなく、たとえば私のfacebookのタイムラインでも「あまちゃん」と「ごちそうさん」では、その話題になりようは比べるべくもない。
にもかかわらず、どうして「ごちそうさん」が視聴者の心をつかんだのか。
私はこのドラマを見ていると、藤沢周平が江戸時代の市井の生活を描いた短編小説の世界に似た雰囲気を感じる。
いま、ソースを探している余裕はないのだが、杏が脚本家の森下佳子氏に「め以子(主人公)は将来、何になるんですか?」と訊いたところ、森下氏は「何にもならない。大阪のおばちゃんになるだけ」と答えたという。
「あまちゃん」と異なり、「ごちそうさん」は主人公が何かしらのアイドルになるわけでもなんでもない。東京から大阪に嫁いで、そこで日々起こっていることが綴られているわけだが、しかしそれが心に染みる。
そしてタイトルの通り、食のシーンにかける番組全体の熱意がハンパではない。
このシーンを見ていると、「あーあ、またカネをずいぶんかけとるなあ」と思うけれども、それだけに出来栄えもすばらしい。
といって別に豪勢な食事が出てくるわけではない。基本的にありふれた食材が中心なのだが、しかし、この上ないほど豊かになり、飽食と言われる現代において、実は毎日、このように真っ当な普通の食事をとることは、実はなかなかに困難である(とくに都市部では)。
戦後の経済成長とともに、日本の「食」はどんどん劣化していった。
競争に勝つために徹底的に効率を優先する社会においては、悠長に出汁をとったり野菜を下茹でしている暇はない。結果、食品の安全性が徹底的にないがしろにされてきたことは事実だ。
今、中国からの輸入食品の安全性を告発するキャンペーンが週刊誌でしきりに行われているが、実は日本の食の生産現場がひどいことになっていることは、30年近く前に岡庭昇氏が『飽食の予言』シリーズで徹底的に暴いた通りである。
そして3・11以降、さらに放射能汚染という要素が加わり、とくに東日本の「食」はいよいよもって厳しくなっている。
これは風評被害でもなんでもない。広大な農地が放射能によって汚れてしまい、さらにいつになったらおさまるのかもわからない汚染水が、世界一豊かといってもいい日本近海の漁場をぶち壊している(もちろ世界中に影響があるが)。
そうしたなかで、食を中心とした庶民の生活を淡々と描く「ごちそうさん」は、ひょっとすると戦時に谷崎潤一郎が書いた『細雪』のようなものなのかもしれないと私は思うようになった。
このドラマ自体には政治的な言説などひとかけらもないけれども、しかし食の大切さ(それは丁寧に生きることにもつながる)を突き詰めることで、結果的に現代日本の鋭い文明批評になっている。
とそんなことを思いつつ、「ごちそうさん」のHPを見ると、脚本家の森下佳子氏のこんなコメントが載っていた。
福島第一原発事故直後のこと、一人のママ友からメールが来ました。「ミルクを作るためのミネラルウォーターが買えない」とそこにはありました。あの頃ほどではないにせよ、今も安心できる食材を確保する為に手を尽くされている方も多いのではないでしょうか。「何故こんな事態になってしまったか」と、やり切れなさや怒り、一人の大人としての反省を覚える一方で、食材を求め奔走する母親たちの姿に、とてもプリミティブなものを感じました。
おそらく太古の昔から、母親ってこんな感じだったのではないでしょうか。木の実を拾い、安全な湧き水を汲み、子供や家族を飢えから守ろうとした。そして、父親は安全な土地を探し、風雨をしのぐ家を建て、自然の脅威や襲い来るもろもろから子供や家族を守ろうとしてきた。その為にはエゴイスティックな行動も取っただろう。それ故に醜い争いも起こってきただろう。けれども、そのマイナスも含めた上で、大切な相手の「生を活かす」ことはやはり「愛」と呼ばれるものの原型なのではないだろうか。
そんな事を漠然と考えていたところ、この企画のお話をいただきました。「『食』をモチーフに、夫婦のラブストーリーをやりませんか?」というのがそのご提案でした。
そうして紆余曲折の後、出来上がったのが食いしん坊のハイカラ娘と街を創る事を夢とする元祖理系男子という組み合わせ。彼らが愛を育み、生き抜いていくさまを明治、大正、昭和の風俗、そして、美味しそうな料理と共にお楽しみいただければと思っております。
冒頭に書いたように、私はNHKに批判的だが、しかしこのようなドラマを提案できることもまたNHKなのかもしれない。
つまり「ごちそうさん」は結構、本質的な部分で危ないところを突いているのだ。が、NHKに介入することに熱心なアベシンゾーさんは、頭がよろしくなだけに(おそらく『細雪』も読んだことはないだろう)、もちろんそんなことはわからないだろう(笑)。
連続テレビ小説「ごちそうさん」は意外に“深い”。
| 固定リンク
| コメント (4)
| トラックバック (0)
