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2013/02/05

『プロメテウスの罠』 ~ 自分を棚に上げる人びと

中国の大気汚染について大騒ぎをしているメディアを見ていると、日本というのは誠にもって不思議な国だなと思う。なにしろ福島県を中心に関東にかけての広い範囲が、東京電力の撒き散らかした放射能で汚染され、本来ならば放射線管理区域にしなければならない場所に多くの人が住んでいる。
にもかかわらず、こちらの件に関する報道は一切ない一方で、中国の大気汚染が大問題だというのだ。
こうなると、「ただちに問題はないんじゃね?」と皮肉の一つも言ってみたくなる、、、

さて、本日の本題。
昨日、書店へ行ったところ、『プロメテウスの罠3』という新刊が出ていた。
朝日新聞連載の「プロメテウスの罠」は順次単行本化され、すでに3巻目まで刊行されているというわけだ。
手にとって目次を見てみると、この3巻にははてなブックマークニュースのタイアップ広告について書かかれた例のトンチンカンな記事も掲載されている。

・「プロメテウスの罠」の見当違い ~ 環境省と津田大介氏の対立は広告制作上の問題でしかない

で、まあそれは別にどうでもいいのだが、驚いたのは「おわりに」の下記の部分である。そこにはこう書いてあった。

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 第17シリーズ「がれきの行方」は、東北のがれきを全国で広域処理するという問題に焦点を当てた。放射能を理由に反対する人もいて世論は割れていた。丹念に取材するなかで、広域処理の根拠があいまいなこと、処理期間を少し延ばせば広域処理は必要ないこと、広域処理推進に巨額のPR費が使われ、それが大手広告代理店に流れていることを明らかにした。
※太字はブログ主
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これには思わずのけぞった。
なぜなら、「巨額のPR費」は広告代理店を通じてマスメディアに流れているからである。
ところが、この「プロメテウスの罠」の取材班は、広告代理店から先のカネの流れについての「丹念な取材」はしないらしい。

そこで、今一度、当ブログの昨年3月7日のエントリーをご覧いただきたい(ちなみに、このエントリーは、おそらく環境省の広報業務について触れたものとしては当時、結構、早い部類に属していたと思う)。

さあ!「除染広報15億円」+「災害廃棄物の広域処理広報15億円」計30億円争奪戦の始まりです!

ここには、「平成24年度東日本大震災に係る災害廃棄物の広域処理に関する広報業務」という公示が掲載されている(以下は除染広報も同様)。
これは、クライアントである環境省が、「今度、がれき処理に関する広報業務に予算をつけたので、その一般競争入札をします。ついてはその説明会をしますよ」という公示だ。

応募資格のある広告代理店は、この説明会に出席をして、環境省がどういう意図で広報をしたいのかをヒアリングする。その際の事前の資料が↓。

「平成24年度東日本大震災に係る災害廃棄物の広域処理に関する広報業務の概要及び企画書作成事項」

この仕様書の「2.業務内容」の「1)個別業務事項」の(1)は「メディアを使用した広報」と書かれている。以下7項目まであるわけだが、当然、もっとも優先順位の高いものから順番に書いているはずだろう。
つまり、環境省がまずやりたいのは「メディアを使用した広報」なのである(また(2)で「環境省及び国の関係機関の政策を正確に理解し、これをわかりやすく表現できるライターを用意して業務を行うこと」と書いてあるのも興味深い)。

話を進めると、この説明会を聞いて、資料をもらった各広告代理店は会社に戻り、指定日までに予算に見合ったプラニングをしていく。その際にはもちろんメディア選択もあり、たとえば純広告については朝日新聞を使おうとか、雑誌については「週刊☓☓」を使おう、テレビのCMはこういう形でいこうというようにプランを練り、企画書を作っていくわけだ。
そしてコンペとなり、勝った代理店が企画書に基いて30億円を使っていくという寸法である。

ちなみに上記のエントリーの際の落札代理店は電通だったという。
予算規模は、除染15億、がれき処理15億の30億円。
これを『プロメテウスの罠』では「流れる」と表現しているが、その内容の是非をひとまず脇におけば、きわめて真っ当なビジネスの流れでしかない。

ところで、通常、クライアントがメディアに広告を出す際、広告代理店のマージンは2割だ。
広告業界ではクライアントが代理店に支払う金額をグロス、広告代理店がマージンを引いて媒体社に支払う金額をネットという。
つまり通常は、グロス30億であれば、広告代理店には2割の6億が入ることになる。
しかし、このようなコンペともなれば競争が激しい。しかも一方で、媒体社側には政府広告は「定価」という商慣習がある。したがって、たとえば朝日新聞に広告を出すといっても、彼らは「政府広告はビタ一文も負からない」という姿勢を貫く(したがって、昨年3月に朝日新聞に掲載された30段〈見開き〉の広告も定価だろうから、朝日新聞にはネット5000万ぐらい入っていたはずである)。

・関連エントリー
朝日新聞社のみなさまへ ~ 震災瓦礫広告についての質問

となると、競争に勝つためには結果として自分たちのマージンを削るしかない。
したがって、「コンペには勝ちたいけど、勝てば勝ったで、大して儲かるわけではないです」(知り合いの広告代理店関係者)というのは、代理店の肩を持つわけではないが、あながちウソではないだろう。

さて、なぜこんなことをグダグダと書いてきたかというと、要するに環境省の巨額のPR費を問題とするならば、そのもっとも肝心な部分は、各メディアににどのようにカネが流れているかなのである。

はてなブックマークニュースのタイアップ広告にしても、広告代理店は予算をクライアント(環境省)から預かり、それをもとに広告を制作していくわけで、最終的にその予算はマージンをのぞけばはてなや、原稿を書いた津田氏へと「流れる」。

ま、はてなに「流れる」カネなど大したことはないが、問題は大新聞社やテレビ、雑誌といった大手メディアに流れるカネである。
これは3.11以前からの私の主張であるが、日本の原発問題を考える際にもっとも大事なことは、原発推進の原動力となったメディアの役割だ。

かつて、第二次大戦の際、メディアが流す大本営発表を多くの国民が最後まで信じていたがごとく、原発においてもメディアが垂れ流す安全神話が、「原発は必要」という世論形成に大きな役割を果たす一方、使用済み核燃料の問題については「ほとんど報道しない(=国民に知らせない)」という対応に終始した。
それが、巡り巡って福島第一原発の破局事故につながった。
第二次大戦時には敗戦でいったん国民は「すべてがウソだった」ということに気づいたわけだが、3.11後の国民はまだウソに気づかない(思考停止しているとも言えるが)。
つまり、8.15がひとつの「終わり」だったのに対して、3.11は「原発をめぐる次なるステージへの始まり」だったのだ。
したがってメディアは今後ますます統制を強めていく。

昨年、9月に小出裕章氏にお目にかかった後、御礼のメールと一緒に無礼を承知で私の作成した電子書籍『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』をお送りした。
するとお忙しいにもかかわらず、短いながら丁重なご返事をいただいた。
そこにはこう書いてあった。

 まだ中身を読めたわけではありませんが、「日本が民主主義とは真逆」であり、官僚中心の独裁国家で、マスメディアもそのシステムに組み込まれている」というご指摘に共感します。
 ただ、それに気付いている人があまりに少なすぎます。

政府が一つの政策において広告することを考え、それに予算をつけて一般競争入札をするのは当たり前の話である。その結果、どこかの広告代理店が落札するのもこれまた当たり前の話。どのクライアントでもやっていることで、カネの流れは誰にでもわかる単純明白な「事実」でしかない。
繰り返しになるが、問題はそこから先で、どこのメディアにどのぐらいのカネが流れているかこそが大問題で、
それを取材してこそ初めて調査報道の名に値する。

朝日新聞によれば『プロメテウスの罠』は新聞協会賞を受賞したそうだが、この程度の「報道」が協会賞だというのだから、新聞業界のレベルも推して知るべしということだろう。

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