« 朝日新聞社説 ~ 自分を棚に上げる人びと | トップページ | YouTube動画 ~ 検察審査会について 森ゆうこ議員-参議院予算委員会-2010年10月15日 »

2010/10/15

検察審査会 ~ 誰が行政的な責任を負うのかが曖昧という驚くべき実態

今週はなぜかバタバタしており、前回の更新から本日まで時間があいてしまった。
今日もこれから外出しなければならないのだが、どうしても気になったことをサクッとアップしておく。

いつも沈着冷静な郷原信郎がキレている。
以下、10月13日から今日までのtweetのいくつか。

******
「検察審の平均年齢を再訂正」http://s.nikkei.com/aYaEh9 いい加減にしろ!こっちは真面目に検審議決を批判しているのに。「年齢を議決時で統一したため」などと言っているが、宮崎学氏の指摘http://bit.ly/bhESdk からすると、それも疑わしい

畠山理仁氏と検察審査会事務局の電話でのやり取り⇒http://bit.ly/a58dxs やっていること、言っていることが、あまりにいい加減で、こんな奴らが公表した「議決書」なるものに、この国の政治が、そして、社会全体が振り回されていると思うと、情けなくなります。

『小沢氏側の「起訴議決無効」提訴方針、官房長官が疑問視』 http://bit.ly/av6ROF 「起訴は起訴だ。政治論としては成り立っても、司法過程論から言うと、それほど意味がある話とは言えない」弁護士の資格を持っている人の発言とは思えない。⇒政治論?司法過程論?支離滅裂w
******

あの郷原センセが「いい加減にしろ!」と激怒して「支離滅裂w」と「w」を使っちゃっている(w
要はそれだけ検察審議会、なかでも今回の東京第5検察審議会がデタラメだらけだということだろう。

そこで↓の動画をご覧いただきたい。
これは郷原信郎が開いた記者レクの模様で、行政法の権威である櫻井敬子学習院大学教授がゲストとして呼ばれている。
この動画を見れば、検察審査会というものがいかに信用ならないものなのかはわかるが、私が個人的に一番驚いたのは、そもそも検察審査会という組織に対して誰が行政的な責任を負っているかが不明であるということだ。
↓の動画の43分過ぎからの岩上安身の質問だが、この件を法務大臣に質問すると「最高検に任せている」といい、最高検は「検察審査会に対してやることはまったくない。だから自分たちには何の責任もない」と言うのだという。
そしてこの件を問われた櫻井教授も検察審査会という存在の曖昧さを指摘して「(責任を負うのは最高裁)と考えるのが一つの筋だと思います」と言いつつも「最高裁なのかなと思うんですが、、、」と言葉を濁し、さらに「(検察審査会法は)どういうつもりで作ったんでしょうかね」と述べている。
その後、岩上安身のtweetを見ると、どうやら検察審査会の所管は最高裁らいしが、ともあれ驚くべき話である。
検察が莫大な時間を使って捜査をした結果、起訴できなかった政治家を起訴する権限が一般の素人にあり(しかも多数決で起訴が決定され、被疑者は弁明の機会さえ与えられていない)、しかもその権限を持つ組織の最終的な責任者が法律家かから見ても曖昧だというのだ。

101014郷原弁護士記者レク from iwakamiyasumi on Vimeo.


ところがこれだけ問題がある検察審査会も朝日新聞の社説子にかかると、以下のようになる。

******
検察審査会―無用の疑念防ぐ工夫を
 小沢一郎氏に対する強制起訴の議決を受けて、民主党内などから検察審査会の審査のあり方や制度そのものに対する疑問や批判が出ている。
 無作為に選ばれた市民でつくる審査会が「起訴すべきだ」と2度続けて判断した場合、強制的に起訴となる。この制度は、国民の司法参加を進める方策として昨年5月に始まった。
 これについて、朝日新聞は次のような主張や提案をしてきた。
 ▽検察の起訴のありようを市民の立場からチェックする意義は大きい。
 ▽一方で、議決の理由を見ると、結論に至る過程がわかりにくいものや、感情が先走り気味の記述もある。審査会には、権限の重さを踏まえた判断と説明責任が求められる。補助する弁護士や事務局の力量向上が必要だ。
 ▽社会も「起訴イコール有罪」という見方を改める必要がある――。
 こうした立場に変わりはない。
 「専門家である検察の判断を素人がひっくり返すのはおかしい」という声が今回も聞かれる。だが、専門家の判断が、主権者である国民の良識や感覚に照らしてうなずけるかどうかを点検するのが制度の目的だ。「素人は危うい」との考えを突き詰めれば、民主主義の否定になりかねない。
 一方で、審査会側の対応に問題がないわけではない。
 小沢氏の例では、議決日が民主党の代表選当日、議決書の公表はその約3週間後だったため、様々な憶測を呼んだ。関係者によると、日にちが重なったのは偶然で、議決書の作成と確認に一定の時間がかかったという。
 こうしたことは事務局がきちんと説明するべきではないか。審査の回数、日時など外形的事実も隠す必要はないはずだ。任期終了後、本人が同意すれば審査員が会見し、評議の秘密に触れぬ範囲で感想を語る機会を設けることなども、今後の検討課題だろう。
 審査の中身に対する批判には、議決の内容を充実させることで応えるしかないし、判断の当否は公開の法廷で争われる。そうした核心部分とは違う、事務運営などをめぐる疑念には、事務局の人事や予算を担当する裁判所が対応して解消に努めるのが筋だ。
 立法段階で見送られたものの、この1年余の経験を踏まえて考えるべき点もある。例えば、強制起訴の議決をする際には、起訴を申し立てられている側に意見を述べる機会を与えるようにしてはどうか。審査の公正を担保し、制度への理解も進むだろう。
 検察官にかわって起訴手続きをとる弁護士や補助弁護士の推薦にあたる各地の弁護士会にも、適切な人選と候補者の育成を求めたい。
 せっかく生み出した制度だ。改革の針を逆戻りさせず、育てるための議論を深めなければならない。
******

権力をチェックするジャーナリズム精神など一かけらもないどころか、「無用の疑念を防ぐ工夫をしろ」と叱咤しているのだから呆れてしまうしかない。しかも昨日の社説だというのに、平均年齢問題に対する具体的な言及は一切なく「そうした核心部分とは違う、事務運営などをめぐる疑念」と述べるのみである。つまり朝日の見解では年齢問題は「核心部分」ではないということらしい。

実は郷原信郎の開いた記者レクには私の知り合いも出席していたのだが、この会見終了後にメディアの報道について問われた櫻井教授は「もうメチャクチャですね」と答えたという。

|

« 朝日新聞社説 ~ 自分を棚に上げる人びと | トップページ | YouTube動画 ~ 検察審査会について 森ゆうこ議員-参議院予算委員会-2010年10月15日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 検察審査会 ~ 誰が行政的な責任を負うのかが曖昧という驚くべき実態:

» 司法の危機 検察審査会という名の民主主義(再掲) [街の弁護士日記 SINCE1992]
【再掲】 小沢バッシング(以下、小沢現象と呼ぶ)によって、今や司法を初めとする国の構造が代わりつつあるように見える。私は、決して小沢の支持者ではない。彼の独裁が始まれば、体を張っても止めたいと考えたかもしれない立場である。しかし、小沢現象によって、国の仕組みやあり方までが変わってしまうことは、一憲法実践者として座視できない。 以下は、小沢現象にこだわり始めたきっかけとして、私のスタンスを示す大事な... [続きを読む]

受信: 2010/11/05 21:12

« 朝日新聞社説 ~ 自分を棚に上げる人びと | トップページ | YouTube動画 ~ 検察審査会について 森ゆうこ議員-参議院予算委員会-2010年10月15日 »