この人も反自公?
RSSリーダーに登録してあるブログを見ていたら、こんな文章にお目にかかった。
どこの馬の骨ともわからない人間が、東京大学法学部卒で北海道大学教授という大変に権威ある経歴の政治学者の先生のお説に異論を唱えるのは大変に勇気がいることなのだが、、、
まず、冒頭の部分。
民主党のマニフェストが発表され、財源問題が大きな争点になっている。民主党は無駄を省くことでかなりのお金を調達できるとしている。私は、これを非現実的とする自民党とは違った意味で、民主党の主張に疑問を持っている。結論から言えば、無駄がゼロの国なんかには住みたくないということである。
まずもって財源問題を大きな争点にしようとしているのは、自公とマスゴミだけであって、そもそも自分たちのマニフェストの財源については口をつぐんだままである。ところがこちらのセンセは、さも民主のマニフェストの財源問題がおおごとであるかのように指摘するわけだ。
そうして、、、「無駄がゼロの国なんかには住みたいくないということである」と書く。
あのー、民主党が主張している「無駄」とセンセがこの場合に指摘している「無駄」とは根本的に違うんじゃないですかね?
民主が言っているのは、霞ヶ関を中心として政と財が、国民から収奪した血税を、ことごとく自分たちの利権(=信じられないほどの無駄)のために再分配したその構図をやめるという意味であって、一方、センセのいう無駄というのはどちらかというと社会がまわっていくためには潤滑油としての無駄な部分がなければならないという意味での無駄だろう。
もちろん私だって、すべての無駄を省いた社会というのは気持ち悪い。が、繰り返しになるが、民主が言っている無駄とこちらのセンセが言っている無駄はそもそも意味がまったく違う。
ところがこちらのセンセはこう続ける。
だれがどう見ても無駄という経費は、実はそう多くない。政策の無駄とは、ほとんどが相対的なものである。無駄の典型のように言われている道路にしても、地元には切実に必要だと信じている人がいる。何が無駄かをめぐる論争は、価値観の違いを反映したものになりやすいので、簡単には答えが出ない。また、出すべきでもない。
ここの部分に入って、「このセンセ、気は確かかいな?」と思ったのは私だけでしょか?
「だれがどう見ても無駄という経費は、実はそう多くない」
ふーむ、、、するってえとこちらのセンセは全国の河川環境を破壊した数々のダム、あるいは諫早湾の干拓事業や意味不明なハコモノは切実に必要なものであって、これを不必要だというような結論は簡単に出してはいけないと思っていらっしゃるのだろうか? この国には談合などというのはなくて、公共事業はほぼ適正な価格で実施されているとおっしゃるのだろうか?
センセは確かどちらかというと反自民だと思っていたが、これはアホー太郎の主張と大して変わらないような、、、
民主政治においては、無駄をめぐる議論には、答えを出しきれない曖昧な部分が残るのが当然である。無駄を撲滅することを徹底するならば、たとえば終末期医療にかけるお金など無駄だということになるだろう。過疎地や高齢者、障害者など、経済的効率の足を引っ張る部分も切り捨てろという話になりかねない。
ホントにこのセンセは大丈夫なのか?と心配になってしまいますな。
私は民主の完全な支持者ではないが、少なくとも鳩山由紀夫代表はそんなことは微塵も言ってないと思いますよ。
ちなみに私の支持政党は新党日本であるが、今週金曜日に発表するマニフェストの暫定版を是非、センセにも見ていただきたいものである。
相対的無駄を縮小するためには、政策の優先度を図る価値観の尺度を明確にしなければならない。道路を減らすにしても、自動車依存の交通システムから脱皮するという新たな理念で反対者を説得する必要がある。
なんでもかんでも道路を減らすというのではなく、不必要な道路を減らすといってるだけなんだけどねえ、、、
ついでにいうと、私は個人の移動の自由を保障する自動車という商品は、これからも人類社会にとっては大変に重要なものだと思っている。が、一方で環境問題もある。だから自動車会社はハイブリッドやフューエルセルを必死になって研究しているわけであって、たとえば足腰の弱ったお年寄りが、それでも自由に移動をするべく安全にクルマを運転することができるシステムこそ必要だと思う。
歴史の変わり目には本物の改革者に混じって有象無象の偽者が登場する(なんだか黙示録のようだ)。植草一秀氏が命名したところの「偽装CHANGE勢力」なわけだが、そういう勢力は何も権力や既得権益者の側だけにいるわけではない。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。

コメント
山口二郎さんに対する反発も多いようですが、少し想像力を働かせて聞いて下さい。(山口さんのHPにも同じ内容でコメントしました。)
例えば私の親が建設業界にいたとして、どう考えても無駄と思える公共事業を受注し、さらに談合があれば、正に利権屋と言えるかも知れません。しかしその談合で得た収入で、私が私立の高校や大学に入れたならばどうてしょうか? (あくまで作り話です。)
私は自分の親に刃を向けてまで、学校を辞める覚悟はありません。親も子供を思えば内部告発は出来ないでしょう。
私は実態を知る訳ではありませんが利権の裏には、正義と悪では割り切れない構図があり、だから多くの人達が利権を手放せずにいるのでは、ないかと思います。特に中小企業なら尚更です。
山口さんは北海道にお住まいなので、自分を正義に、無駄な事業の利権を悪だと単純化出来ない実感を持たれたのではないかと推察しますが、いかがでしょうか。
だからこそ利権がなくなっても教育、就労の機会を確保しようとする野党の政策を私は強く支持しています。
投稿: FUMI | 2009/08/11 13:53
はじめまして。いつもROMさせて頂いてます。管理人さんに同意です。
北大のセンセの記事を読みました。まるで「トロイの木馬」のようでもあり、東京新聞のコラム記事(マスごみ)に書く時は、魂を売り渡したように成ってしまうのかも知れませんね。
投稿: ktanaka | 2009/08/06 14:01