炙り出される「ジャーナリスト」たち
この国で霞が関を中心とした独裁権力がこれだけ長く続いた最大の理由は、権力と対峙しているかに見える人間が、実は見事なまでに取り込まれていたところにある。
ある政策を遂行するにあたって賛成者と反対者がいて対立をしている。結果、民主主義の論理として多数決によって是非が決定される。一見、まことに民主主義的な手続きを踏んでいるように見えるが、実はこの「対立」は権力によって結論を完全にコントロールされた予定調和であって、これをかつて岡庭昇は「合意のファシズム」と呼んだ。
ところがこの権力構造が崩壊する時がついにきた。
その時、明らかになったのは、これまでジャーナリストと称して勇ましく権力を監視していたかに見えた連中が、ことごとく既得権益の側にいたことである。もはや名前を挙げるまでもないが、田中良紹の言葉を借りれば、そういう連中が次から次へと「炙り出されて」くるのは実に興味深い。
そうしてまた一人、煙の中から飛び出してきたのがこの人物。
岸井成格の時と同様、このエントリーにおいても、もっともおもしろいのはコメント欄である。
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