日経にもゴロゴロ転がっている「自公"合体"政権の忠実な傭兵」
「民主党圧勝の最大の功労者は麻生太郎」とも言われる今日この頃、、、
またしても飛び出した「景気が悪いから暗い話をする人が多い。しかし64年前は日本中が焼け野原だった。あの時ほど暗いですか? そんなことないでしょうが」という発言。
ことここに至って、ついに麻生自身ですらほとんど記憶がないはずの敗戦直後と今を比較するそのバカぶりが話題になっているわけだが、、、
四十代半ばを過ぎた私は、もちろん敗戦直後のことは知る由もない。
しかし、自分の親や親族、あるいはその時代を生き抜いた人たちの話を聞いたり読んだりすると、64年前、確かに日本は焼け野原となり戦争の深い傷跡を残してはいたが、一方で長く続いた抑圧の時代、暗い戦争の時代がやっと終わったという解放感、もう空襲はないんだという安心感があったことも事実のようだ。
そうして焼け跡闇市の時代、国民全体が貧しかったことは間違いないが、しかし一人一人が生きるために必死になっていたこの頃は、誤解を恐れずに言えば“熱い時代”だったのではないだろうか? とすれば今の方が暗いんじゃないの? 熱がないんじゃないの?と私は思ったりする。
閑話休題。
ここのところバタバタしていて書こうと思っていて書けなかったことがある。
それについてサッと触れておきたい。
先週の日曜日の白川勝彦「永田町徒然草」に、こんなことが書いてあった。
自公"合体"政権下における最後の日曜定番の政治番組を観た。政治の世界に身をおいてきたので実に長い付き合いであった。私も数回は出演したことがある。来週の日曜日は投票日なので、毒にも薬にもならない番組を流すのだろう。マスコミも自公“合体”政権は敗れると思っているので、自公“合体”政権に塩を送るような番組をつくるとは思わないが、念のために注意した方がよい。今日の政治番組でも、マスコミは最後まで自公“合体”政権の傭兵であることを遺憾なくみせてくれた。特にテレ朝の『サンデープロジェクト』は、最後まで忠実な傭兵であった。このような傭兵がセットした舞台であったが、麻生首相と太田公明党代表のパフォーマンスは最低であった。魚は頭から腐るという。政党も同じだ。自公両党の党首の政治的センスは、完全に狂っている。だからこの二人が露出すればするほど、自公両党の票はどんどん減っていく。政権・体制・権威が崩れ去るときは、こういうものである。
このエントリーを読んだあと、日経の朝刊を眺めていたら「風見鶏」という囲みのコラムのこんな文章にお目にかかった。書いているのは編集委員の坂本英二。タイトルは「ほどほどと大胆の差は」。一部を引用すると
各党のマニフェストには「生活支援」と銘打ったメニューがずらりと並ぶ。ばらまき予算の定義は難しいが、日本をどういう国につくり替えるのかという政策目標があいまいな公約が多すぎるように思える。 将来不安の元凶でもある年金制度――。自民党は消費税率のアップともかかわる改革の検討を「小さく」先送りし、民主党は「大きく」先送りする。 政策の実現に避けては通れない財源問題――。長年の大盤振る舞いに少しは気がとがめる自民党は「ほどほどに」ばらまき、しがらみのない民主党は「大胆に」ばらまく。そんな構図が透けて見える。 首相が最近発した言葉の中で深くうなずいたフレーズがある。「民主党はけた違いのばらまき政策だ」。与党の政策もばらまきだと正直に認めている。 民主党の鳩山由紀夫代表が発した自民党批判で首をかしげたフレーズがある。 「待ち受けているのは借金地獄と消費税の増税だ」。看板政策だけで年16兆8000億円の新規財源を要する民主党にもよく当てはまる批判に聞こえる。 民主党の圧勝予測は政策や手腕に積極的な支持が集まりつつあるというより、自民党政権の継続に「ノー」という気分を映した部分が多いように感じる。 投票日まであと1週間。荒波の中で日本丸のかじ取りを託せるのは自民か、民主か、第三極か。よく目を凝らさなければ、結局ツケを払うことになるのは有権者である。
ふーむ、この編集委員とやらも自民党の忠実な傭兵ぶりを遺憾なく見せておりますな。
このブログでもすでに何度も書いているが、民主党や新党日本が言っているのは税金の使い道を変えるということ。新規の財源云々というが、予算の重点的な配分を、これまでの政・財・官(+マスゴミ)のいわゆる既得権益者から国民本位のものにすると言っているのである。これほど明らかな「日本をどういう国につくり替えるのかという政策目標」はない。
日経は天下の永田町散歩ライター・田勢康弘を排出輩出しただけあって、他にも忠実な傭兵がゴロゴロと転がっている。
翌24日の朝刊「核心」。筆者は論説委員長の平田育夫。タイトル「0歳児からみた選挙公約」。こちらも一部引用。
僕は先週生まれた。次の日曜に衆院選挙があるというので各党の選挙公約をママに読んでもらった。 いや実にびっくりした。僕らのためにおカネう使う政策もあり、ママは喜ぶかもしれない。でもほくが成人するころの経済や社会、自分の仕事がどうなるのか全く見えない。どうも税金や社会保険料で重い負担をさせられるみたいなんだ。 政治家はママやパパ、じいじ、ばあばには優しいが僕らのことなんかほとんど考えていない。大人たちが今やるべきことをしないで僕らにツケを回すなら、かなわないな。赤ちゃんを代弁すれば、こんな風になるだろうか。
政権交代の可能性を意識して、各党の公約は有権者の目先の関心に訴える政策であふれている。今の日本に必要な長期ビジョンや政策はほとんどない。
麻生太郎が敗戦直後の日本と今を比較したと思ったら、こちらの忠実な傭兵は赤ちゃんの代弁をしての民主批判である。そうしてこのコラムは次のように締めくくられている。
また、ひょっとして政治家は国民の関心事を読み違えているのではないかとも思う。バラマキを望む人ばかりではない。見識と判断力を備え、子供たちの将来を憂えている人も多い。そうした静かな良識派の懸念にも思いをはせてほしい。
この平田という男、どうやら自分は「見識と判断力を備えた静かな良識派」だといいたいらしいが、厚顔無恥もはなはだしい。
このような「裸のマスゴミ」も、この際、自民党と一緒に退場していただくことが国民にとっての幸福である。
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コメント
田中角栄の頃は未来に対する投資だったと思いますけど、最近では「公共投資」と銘打った、利権関係者に対する「バラマキ」になりさがっているように感じます。
「バラマキ」の定義も、「バラマキ批判」への矛先も完全に間違っていますよね。
投稿: コウジ | 2009/08/28 09:37