「~~というのであれば」という用法
今朝の新聞を見ると、例の「たらたら飲んで食べて何もしない人の分のカネを何で私が払うんだ」という発言について、アソーが陳謝したと書いてある。
曰く「私の発言の一部が誤解を与えて、病にある方に不快な思いをさせたというのであればおわびする」。
ま、「~~~というのであればおわびする」というのは、政治家が良く使ういつものフレーズではあるが、、、
しかしこれって謝罪と言えるのだろうか?
たとえばビジネスの席上で何らかのトラブルになり、謝らなくてはならなくなった場合、「ご迷惑をおかけしたというのであればおわびします」などといったら、さらにこじれることは間違いない。
元々、謝るつもりはあまりなかったけど、あなたが不快だというならば謝りますよという態度。
つまりここには本当なら謝りたくない、なんで謝らなければならないんだ?という気持ちが透けて見える。
もちろん、理不尽な言いがかりをつけられた結果、本当なら謝らなくてもいい話だけれども、しかしどうしても頭を下げなければならないというシチュエーションは誰にでも日常茶飯にある。が、そのときでさえ、こんな言い方はしない。それが大人の態度というものである。
あるいは、、、
学校で子どもが廊下を走っていて先生に怒られたとき、「学校の規則に反して周りの人に迷惑をかけたとゆーのなら謝ります」などと言ったものなら、「能書き垂れるんじゃない!」とばかりにさらに怒られることは小学生でもわかる。
もっとも日本においてはもはや何が常識なんだかさっぱりわからなくなりつつありますね。
いま、わが家の中学生は期末試験の真っ最中である。残念ながらこの中学生、あまり国語の成績がよろしくない。
もうちょっと漢字の読み書きができれば成績も上がる。だから親としてはなんとか勉強をやらせようとする。
親「こらっ、もっとちゃんと漢字をやらないと成績上がらないし、本を読めなくちゃ困るよ」
子「でも、総理大臣ぐらいにはなれるんじゃね?マンガ読んでりゃいいんでしょ」
なんてシャレにもならない。
自民党の文教族は、現在の総理大臣が日教組以上に子どもに害悪を与えていることを早急に糾弾するべきである。
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