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2007/12/26

ある博士の思い出

「博士の愛した数式」を読んでいた間中、一人の博士のことが頭に浮かんでいた。
私が存じ上げていたその博士は数学者であったが、広い意味での社会学者でもあった。
「博士の愛した数式」の解説を書いている藤原正彦によると、数学者というのは奇人変人というのが通り相場なのだそうだが、私が知っている博士も強烈な個性の持ち主だった。

博士は家庭的、経済的にはあまり恵まれていなかったそうだが、ある地方の名門高校出身だった。博士がその高校を出てから20年ぐらい後、その高校の生徒や教員OBに「開校以来の秀才は誰か?」というアンケートを募ったところ、博士は断トツの1位だったという。
進学した大学では数学を学んだが、国内の複数の大学で他分野にわたる学問を学び、さらにフルブライトで留学。しかし、帰国後に大学教員になることはなく、私が初めてお目にかかったときには東京郊外の木造アパートに住んでいた。

トイレは共同だった。部屋は2階の一番奥だったが、その手前の部屋をいくつか、また階下にも複数の部屋を借りており(全部6畳一間)、その部屋のすべてに膨大な本や資料が格納されていた。
博士の家には電話がなかった(ちなみにこれは20年ちょっと前の話)。したがって話をするためにはうかがうしかなかった。電報という手段もあったが、「連絡をください」という電報を打って、実際に連絡がくることはほとんどなかった。
博士のアパートはいつもじめじめしていた。2階の奥の部屋に入る時は一応ノックをしたが、返事があることはほとんどなかった。カギは長期で部屋をあける時以外はかかっていなかった。部屋の中はいつも薄暗くすえた匂いがした。床は新聞やらわけのわからない紙くずで覆われており、おそらく何年も前からその表面が見えることはなかったと思う。また備え付けの小さなキッチンがあったが、そのキッチンも機能を果たしている様子はまるでなく、ゴミや薄汚れた食器が転がっており、ガス台はなかった。
ただし冷蔵庫はあり、そこにはウォッカやウイスキーが冷やされていた。

この部屋に足を踏み込むと、まるで潜水艦の中に入ったような気がした。据え付けの二段ベッドがあり、狭いスペースを挟んで反対側に机があったが、その机はうずたかくゴミが積まれており、およそ机の役割を果たしてはいなかった。そこへたどりつく狭いスペースがあったが、それ以外は本棚が天井まで届いていた。
部屋に入っても博士がいるのかいないのかは即座にわからなかったが、たいていの場合、二段ベッドの下で泥酔して寝ており、声をかけてもなかなか起きることはなかった。朝だろうが昼だろうが夜だろうが、いつもそんな感じで博士の部屋は世の中の時間の流れから完全に隔絶されていた。

私が初めて博士のアパートにうかがったのは昼間だった。同行したのは博士の面倒を見るベテランで、およそ勇気がないと入れないその部屋に涼しい顔で入り、博士に声をかけて起きるのを待った。
しばらくすると博士は目を覚まし、そうしてうつろな目でこちらを見ていたが、徐々に状況を認識したようであった。だんだんと調子が出てきた博士にベテランが私を紹介すると、博士は「じゃあ歓迎のために飲もうじゃないか」といった。
そうして私にそこらへんに紙コップがあるからもってくるよう命じた。さらに冷凍庫に冷やしてあるウォッカと紙コップに水を入れてくるように命じた。ウォッカを入れた紙コップと水をいれた紙コップを各自が並べて乾杯した。
私はそのとき初めてウォッカというものを飲んだ。経験したことのない環境と緊張のなか、初めて飲む強烈なアルコールに、私はあわてて水を飲んだ。博士とベテランは平然と紙コップにウォッカをドボドボと注いでは飲んでいた。
しばらくすると紙コップのまわりにショウジョウバエのようなものがやってきて、アルコールのなかにトポンと落ちた。その日、その後のことはあまり覚えていない。


なんだか長くなってしまったので、つづきはまた。

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