2012/10/10

広告には必ず意図がある
~ 私が「はてな」のタイアップ広告にこだわった理由

以下は、「ざまあみやがれい!」さんのサイトにコメントしたものですが、当ブログにも転載しておきます。

********************
大変に遅まきながら、津田氏が貴ブログに寄せられたコメントについて、私の感想をいくつか書かせていただきます。

まず、津田氏は、「僕も出版業界に10年以上いる人間ですし、PR記事に対してクライアントが口を出して、その指示に従わなければいけないなんてことは当然知ってますよ。」とお書きになっています。
私は出版業界に1985年から2010年の25年間いましたが(いまもその近くにおります)、広告というものに対する認識をきちんと得ることができたのは、最後の8年弱、広告部に勤務してからでした。

「PR記事に対してクライアントが口を出して~」とありますが、正確な用語を使えば、これはタイアップ広告です(媒体側制作する広告。これに対してクライアント自身が制作するのが純広告)。つまり完全な広告なわけで、そうであれば媒体社側がクライアントの意向に従うのは当然のことなのです。

タイアップというのは、その媒体のデザインなどを踏襲して一回限り作る広告です(純広告に比べて広告色が低く、読者や視聴者からスキップされにくいという特徴があります)。これは前述したように媒体社側が制作しますが、この広告制作過程では、純広告とは比べものにならないぐらい多くの地雷(トラブルの種)があります。
私もずいぶんとタイアップ広告に関わりましたが、打ち合わせから掲載まで、すんなり終わることはまずないのがタイアップ広告で、営業努力の結果、大きなタイアップが取れれば嬉しいのですが、いざ制作となると苦労の連続でした。

さて、そのようにトラブルの種があちこちにあるタイアップ広告ですが、その原因の一つに媒体社側の編集やライターの広告に対する認識が甘いという問題があります。クライアントが「こうして欲しい」と要求したことについて、「そんなことはできない」と編集側が突っぱねるのです。これはよくあるトラブルなのですが、なにしろ広告なので、基本的にクライアントの言うとおりにしなければなりません。当たり前のことですが、しかしそれで揉めることは実際に多いのです。

ところが、はてなは津田氏に対して「単なるPRにはしない。環境省と折り合いがつかなければ最悪の場合、記事をPRではない形にしてでも掲載する。折れないところは絶対折れないから協力してくれ」と言ったとのこと。
これは相当に問題発言で、本来、タイアップ広告を作る上で、媒体社が言うセリフではありません。
では、なぜはてなは津田氏にこのようなことを言ったのでしょう?
まあこれも「邪推」でしかありませんが、環境省といのうは、これまでのはてなのクライアントとは1ランクも2ランクも上の、第一級のクライアントです。そこから問い合わせがあった。たとえていえば、堤防でハゼ釣りをしていたら、いきなり竿先が曲がって黒鯛が食いついてきたようなものでしょう。
となれば、どうしてもこれを釣り上げたい。その条件が津田氏の起用だったので、口説きにかかったのだと思います(担当者は社内から、「絶対にこのタイアップをとれ」と言われたことでしょう)。

これに対して津田氏は「そういうことなら」と受けるわけですが、もしタイアップ広告というものを理解していれば、そんなセリフを真に受けることはないでしょう。

また受ける理由としてもう一つ、「正面切って取材依頼をしても断られるのが目に見えてい」て、「取材の過程でそこ(20km圏内)に入れるのは大きな意味があ」ったとのこと。
ここらへんは考え方だとは思います。
確かに正面切って取材を依頼すれば断られるでしょう。しかし、だったらゲリラ的に入っていけばいいわけで、現にそうしている人もいます。
かつて鎌田慧氏は期間工としてトヨタに入り、生産ラインの過酷な労働を自ら経験して『自動車絶望工場』という本を書きました。これについては、その取材方法がフェアではないなどという批判も起きましたが、しかし真実というものが用意された取材では見えないことも事実です。まして原子力というのはもっとも閉ざされた世界なわけです。

話を戻します。
繰り返しいいますが、これはタイアップ広告なので、その内容の良し悪しは別としてクライアントの意向が最優先されます。
「最終的に環境省が折れなければ、掲載しない、もしくは僕のブログで発表するというギリギリの判断をはてな側も覚悟してました。いろいろ直せって言われたところもありますが、直したくない場所、削れない場所は削らなかったので、ある意味では環境省が折れた部分もある、ということです。」
とのことですが、これは環境省が広告としてギリギリ譲歩できる線まで書きなおさざるを得なかったということでしょう。

ちなみに、環境省がここで広告として成立する線まで引かないのは当たり前です。なぜなら、この広告には税金が使われているのだから、環境省の意図する内容が成立しなければ、つまり税金の無駄遣いになるわけです(くどいようですが内容の良し悪しは別です)。

津田氏は「僕は環境省から直接ギャラをもらったわけではなく、その博報堂のPR業務に協力したはてなから原稿料をもらっています。」と書いています。
このタイアップ広告は環境省が博報堂を通じてはてなに発注しています。
したがって環境省ははてなとの間で合意した広告掲載料を博報堂に払い、博報堂はそこから代理店マージンを引いた金額をはてなに払います。はてなはそのなかから津田氏に対する原稿料を払ったのです。もちろん、はてなへの広告掲載料には原稿料の他に取材費も含まれています。つまり、はてなが支払おうがなんだろうが、原資は税金なのです。

ちなみに、およそどんなタイアップ広告であれ、クライアントが直接、原稿制作に関わった人にギャラを払うことなど絶対にありません。
たとえばファッション誌におけるタイアップで、カメラマン、デザイナー、モデル、ライターなどへのギャラは、すべて編集部が払いますが、そのカネはもともとはクライアントから入ってきた制作費です。

とここまで書けばおわかりいただけると思いますが、税金から掲載料をもらい、税金で取材して、税金で原稿料が支払われるタイアップ広告において、いざとなったら掲載しない、PR記事としてでなく掲載する、自分のブログで発表するなどという選択肢は最初からあり得ないのです。
はてなと津田氏が最終的に、想定した「最悪の場合」のケースを選択しなかったのは、要するにそんなことはできなかったということです。

さて、しかして、私は別に津田氏を批判しているつもりはありません。
誰がどんな仕事をしようが、それはまったく個人の勝手です。

では、何故にこんなことをつらつらと書いているかというと、要するに今回の津田氏の原稿は「広告」だということを言いたいだけなのです。そして、広告である限り、それはジャーナルとはまったく別のものなのです。

このコメント欄の2で「びとう さとし」さんが、

「広告記事と報道記事をわけて考えることが必要だと思いますよ。

新聞や雑誌などで「PR記事」と書いてあるのは、広告(記事です)。私がいた新聞社では、「パブリシティ」「パブ記事」などと呼んでいました。そこにジャーナリズムを求めるのは無理があります。報道記事ではありません。」

とお書きになっていますが、私もまったく同感です。

つまり、タイアップの内容がどんなものであれ、広告である限りはクライアントに必ず意図があるのです。それがどこにあるのか? それを読み取ること、あるいは読み取ろうとすることが大事だと私は考えています。

今、世の中には様々な情報が溢れかえっています。その中には、官がメディアに下げ渡した、いわゆる記者クラブの発表情報もあれば、広告とは見えない広告、パブリシティ記事など様々なものがあります。
受け取る側の読者は、単純にそれらの情報を真に受けてはいけないと私は思っています。この記事はなんなだろう、どういう意図があるのだろうということを考えながら情報を見ていかないと、なかなか真実というものは見えてきません。

津田氏が書いた記事についても同様です。読んだ人が、単に津田氏の書いた原稿を云々するのではなく、それが広告であることを認識し、クライアントである環境省の意図がどこにあるのかを読み取って欲しい。その注意を喚起したいがために、このようなことを書いてきたわけです。

以上、長々と失礼いたしました。
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2012/08/22

今後の日本経済を考える上でもっとも重要なのは
福島第一原発処理コスト&既存原発の廃炉コスト
を算出すること
+「おまけ」

先ほど、散歩をしながら先週放送の「久米宏ラジオなんですけど」を聴いていた。
そのオープニングトークは8月15日に放送されたNHKスペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったか」についての感想を交えてのものだったのだが、その締めくくりで日本人の「先を見る目」のなさを嘆いた久米宏はトークをこう締めくくった。

「領土の問題でいま騒いでますけど、福島第一原発の周辺って日本って領土を失ったってことを気がついてないのかね? あれ領土がなくなっちゃったんですよ」

「久米宏ラジオなんですけど」 オープニングトーク

これは言われてみれば、まったくその通りなのだが、付け加えれば失ったのは領土だけではない。領海もまた失ったのである。

・Blog vs. Media 時評
超高汚染魚が出現:網羅性欠く東電調査に問題

史上最低の野田政権は、「将来世代にツケを残さないため」と言って消費税を増税した。もっともこの増税分というのは、公共事業にも回るらしい。まったく馬鹿げた話だが、一方で新聞社は社説等で成長戦略が重要だというようなことを書き始めている。

しかし私は思うのだが、今後の経済戦略を考える上でもっとも重要なことは、福島第一原発事故の処理にいったいぜんたいどれだけの金額がかかるのか、そして日本にある原発を廃炉にした場合の処理コストはどのぐらいになるのかを試算することではないだろうか。

最近、あまりニュースにならないが(もちろん意図的に黙殺しているのだが)、福島第一原発の1~3号機でメルトスルーした燃料がどうなっているかは、依然として誰にもわからない。東京電力は、「人間が近づけない部分はロボットでやる必要があり、その開発からしないといけない」というようなことを言っている。
いったい、その開発費はいくらなのか? そもそもそんなものを開発できるのか? 開発が成功して首尾よくロボットが目的を果たしたとしても、そのロボットは高レベルの放射性廃棄物になる。それはいったいどこに処分するのか?

こうした福島第一原発の処理コストだけで、おそらく莫大な金額になるはずだが、たとえば東京電力管内でいえば、どんなに少なく見積もっても、福島第一の5号機、6号機、そして福島第二原発の1~4号機も廃炉にするしかないだろう。
では、その場合、廃炉費用はどのぐらいになるのか?
もちろん、廃炉作業から雇用が生まれることはあるだろう。ただし、この雇用には被曝労働が伴う場合もある。その場合には労働者に対してきちんとした手当、保障を出す必要もある。
そういったことを一切合財ひっくるめて、いったいどれぐらいの費用がかかるのか。
間違いなく言えることは、これは一企業では賄えるはずはなく、必ず国民負担が必要になるということだ。
しかもそれは消費税5%分どころの話ではないと私は思う。

昨年、国会に参考人として出席した京都大学の小出裕章助教は、福島第一原発の被害について、「本当に賠償しようとしたら、東京電力が何度倒産しても足りない、日本国が倒産しても贖いきれない」とおっしゃっている。

国も東電もそれはわかっているから本気で賠償する気などサラサラないわけだが(その一方で意味のない除染を利権化してゼネコンにカネをバラ蒔いているのだから、本当にどうしようもないクソ政権である)、賠償以外にも福島第一の処理、廃炉費用が必要なわけで、しかもこちらは無視しようにもしようがない。いつかかならず発生する。
そして、これもおそらく東電が何度倒産しても捻出できない金額になるだろう。

したがって、繰り返しになるが、今後の日本経済を考えるならば、まず何よりも福島第一原発の処理コスト、そして原発の廃炉コストを算出することが必要だと私は思う。
もちろん、正確に算出することは現時点では不可能だろうが、しかしそれにしても目安となる金額がどれぐらいなのかを見通すことなしに、これからの日本経済を語ることはできないのではないか。
それが遅れれば遅れるほど、第二次世界大戦のように、傷口はどんどん広がっていくと思うのである。


※本日のおまけ
春先に当ブログで「はてなブックマークニュース」のタイアップ広告記事について取り上げたことがある。
これは環境省がクライアントで、執筆は津田大介氏であった。
私は別に津田氏を批判するつもりは毛頭ないが、しかし広告だという認識は必要であるということを書いた
実際、はてなでは、このブックマークニュースのタイアップ広告を、きちんとセールスシートを作って売っている。

株式会社はてな タイアップ事例集

私はこのはてなのセールスシートに、いつ津田氏の事例が載るのだろうと思って時々サイトを見ているのだが、なかなか掲載されない。
そこで、私がちょっと作ってみました(^_^;)。
ちなみに、タイアップ広告の事例集を作るのは媒体社の広告営業マンの重要な仕事の一つで、私も以前はよくこういうセールスシートを作っては広告代理店、クライアントに売り歩いたものだった。

Jirei


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2012/07/31

マスメディアの正体 その2
広告とメディア
~「たね蒔きジャーナル」の打ち切りを考える

本日二本目のエントリー。
まずは以下のリンク先の記事をご覧いただきたい。

「憂国呆談」 (浅田彰、田中康夫)

この二人の対談は複数の雑誌を渡り歩いている。私はもう十年以上前になるだろうと思うが、自動車雑誌「NAVI」に連載されるようになってから読むようになったが、その後も「週刊ダイヤモンド」に移り、そして現在は「ソトコト」で連載されている。
田中康夫ファンの私は、できるだけ目を通すようにしているのだが、今回の「憂国呆談」を読んで一つ「ほお~っ」と思ったことがある。それはこの対談の中で浅田、田中のご両人が厳しい東電批判をしていることと関係している。
といっても、この二人が東電を批判していることに驚いたのではもちろんない。対談の内容自体は私にとっては至極当然でまことにもって腑に落ちるものだ。
では、何に対しての「ほお~っ」かというと、「ソトコト」が東電批判が語られている対談を掲載したことについての「ほお~っ」なのである。

3・11以前、「ソトコト」は東電のタイアップ記事を毎号掲載していた。私は以前にそのことについて、以下のようなエントリーを書いたことがある。

広告で雑誌のお里が知れる?

上記のエントリーでは書かなかったが、このタイアップにおける1号あたりの東電の出稿金額は、私の試算では500万である(ソトコトの広告料金から試算)。年間に直すと6000万。タイアップ記事なので制作費はかかるが、それは別途徴収しているはずだ。

広告という商売のうま味は、、それだけの金額がほぼ“真水”で入ってくるという点にある(上記の私の試算では、広告代理店が手にするマージンはのぞいてある)。つまり恐ろしく利益率が高い。そして、「ソトコト」の例でいえば、これだけのカネを出してくれるクライアントは第一級である。
であるならば、3・11以前であれば、このような内容の対談は絶対に掲載されることはなかった。
というのも、業界用語で言えば「記事同載」(同じ号に広告とそのクライアントのネガティブ記事が掲載されること)というのは絶対に避けなければならない、広告マンの初歩の初歩であるからだ。

かつて私は自分が広告営業マンだった時代、担当する媒体にどうしても入れたいクライアントがあった。そこで、その扱い代理店から調べて、細いツテをたどってようやく「お試し」ということで軽いタイアップ広告を掲載するところまで辿りついた。
ところが、その記事が掲載された同号の編集ページで、このクライアントのタブーに触れる記事があったのである。といっても、その記事は一つの特集で、その中の数行にそのクライアントの創設者についての表現があった。しかもそれは悪く書いてあるわけではない。だが、そもそも「触れること自体がNG」だったのだ。
これはもちろん、そういう記事が掲載されることに気がつかなかった私の責任である(もちろん掲載台割は確認していたが、この特集記事についてはタイトルだけが書いてあり、中身まではチェックをしていなかった)。
まあそれでも大きなもめ事にはならなかったのは幸いだが、少なからぬペナルティを科せられたものだった。

あるいは──
これは私自身の身にふりかかったわけではないが、やはり広告営業時代、ある雑誌の編集が超第一級のクライアントを怒らせてしまったことがあった。このクライアントは当時、私が勤務していた会社の複数の雑誌に非常に大きな出稿をしており、つね日頃から注意はしていたのだが、ひょんなことから広告部の気がつかないところでミスが起きたのである。
この時はしばらくの間、当該雑誌だけでなく、他にも出稿のあった全雑誌での広告が止まったものだった。この事態をなんとか打開するには、詫びに詫びるしかない。そして、最終的には、このクライアントのトップが会社を訪れ、出稿のなかった雑誌も含む(私の担当する雑誌はまったく関係がなかった)全誌の編集長が招集され、このトップの話(ブランド戦略等)を拝聴するということで解決が図られたのであった。

くどくどと書いてしまったが、つまり私がここで何を言いたかったかというと、一つの政権を葬り去るぐらいの強大な力を持つマスメディアも、広告主(それも大きな広告主ほど)にはからきし弱いということだ。
といって、「だから広告はいけない」と言うつもりは私にはない。電通や博報堂が裏でとんでもないことをやり放題やっているというつもりもない。
むしろ、本来、媒体社は広告主や広告代理店に対して最低限譲れないラインを敷くことこそが必要で、そこに媒体社の“見識”が現れると思う。
もっとも広告不況と呼ばれるなか、広告主の力は実際問題としてどんどん上がってきているのだが……。

・広告不況がもたらすマスメディアのもう一つの劣化

そこで本エントリーのメインテーマに移る。

毎日放送(MBS)のラジオ番組、「たね蒔きジャーナル」が打ち切られる可能性が高いという。

・ざまあみやがれい!

マスメディア総崩れ状態の今日、そのなかで一定のクオリティを維持しているのがラジオである。
それはテレビや新聞に比べて、「現場」の規模が圧倒的に小さく、かつ機動性があるからで、だからプロデューサーやディレクターの意向がわりと強く出せるのだと思う。

私は関東在住なので、関西圏のラジオを聴くことはできない。だが、この「たね蒔きジャーナル」については、その放送がYouTubeにアップされるため、私はこれをいつも聴いている。もちろん本来は違法だが、おそらく毎日放送(というより現場のプロデューサー)もその内容を幅広く伝えたいがために削除要請をしていないのだろう。

ご存じの方も多いと思うが、この番組には京都大学の小出裕章助教が定期的に出演している。
この小出氏は改めて言うまでもないが、反原発派の大御所である。したがって、他のメディアに出演することはほとんどない(テレビ朝日の朝の番組に時々出るが)。
本来、福島第一原発の事故は起こり得ると警告を発してきた学者と、絶対に起きないと断言していた学者のどちらを今日の状況で信用すべきかと言えば、明らかに前者のはずだ。
にもかかわらず、マスメディアに登場するのは、いわゆる御用学者のみ。

そういうなかで、小出助教が出演して、現状の福島第一原発や他の原発、あるいは原子力関連施設の分析、知見を話してくれたり、リスナーからの疑問に答えてくれる「たね蒔きジャーナル」は私のような者にとってはとてつもなく重要な情報源であった。
その番組が打ちきりの瀬戸際にあるという。

おそらく毎日放送はその理由について、「以前から決まっていたこと」とか「番組編成の見直しの一環」としか言わないだろうが、その内容からして、番組に強い圧力がかかっていたことは間違いないと思う。
なかでも放送局にとってもっともキツイのは広告がらみの圧力で、となると関西電力あたりからの圧力である可能性が高い。
パナソニックやシャープといった関西資本のメーカーの業績が悪化している。となると、当然、真っ先に削ってくるのは宣伝費で、それが関西の放送局の広告収入を直撃する可能性は高い。そうしたなかで、数少ない有力クライアントからの圧力がかかれば、現場がどれだけ抵抗しても、会社として屈してしまうのではないだろうか……。
と、まあこれはあくまで私の推測である。

※おまけ。↓は聴きごたえがあります。
「久米宏ラジオなんですけど」 2012年07月21日:オープニングトーク

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丸山邦男著
『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』
著者略歴&立読み版

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2012/04/01

ネットに掲載された「震災瓦礫PR記事」を考える
〜 【補足】広告とジャーナルは別のもの
(はてなのセールスシートを読む)

前エントリーで書いた「環境省が推進するがれき広域処理の意味――前編:大量のがれき」というはてなブックマークニュースに掲載された「PR記事」は、ライターが津田大介氏であったため、ネット上で少しばかり物議を醸したようだ。そのせいもあってか、昨日の当ブログのアクセス数は通常より多めに推移した。
そこで、私としては前エントリーに少々補足しておきたいと思う。

まず指摘しておきたいのは、はてなが普段からこのブックマークニュースの枠で広告タイアップ企画をセールスしていること。

株式会社はてな タイアップ事例集
(※はてなが公開しているこの事例集は、もっとページ数が多いのですが、ココログにアップできるPDFのファイルサイズが1Mまでなので、その範囲内になるようページを削除しています。すべてを見たい方は→こちらへ

↑はクライアントや広告代理店に配布する広告媒体資料(セールスシート)で、内容を見れば一目瞭然、この広告企画の効果が列記されている。
つまり、今回の場合も、純然たるタイアップ広告なのだ。

ところが、はてなが「PR記事」という言葉を使っているために、話がややこしくなる。
少なからぬ人が「PR」と入っているけど、これはきちんと取材された「記事」なんだなと誤解してしまうのではないだろうか。

しかし、そうではない。単純に事を整理すれば、

「はてなはブックマークニュースの枠で広告タイアップを売っている」→「そこへ環境省が出稿した」→「津田大介氏がライターとして起用され、クライアントのニーズを満たした広告原稿を書いた」

という、ただそれだけのことだ。
それ以上でも以下でもない。

ちなみに私は、自分も広告営業マンとして雑誌媒体でこのようなタイアップ広告をせっせと売っていた。
広告には純広告とタイアップ広告がある。純広告とはクライアント自身が制作するもので、訴求したいことを許される表現の範囲内ですべて出すことができるが、原稿は広告そのものである。
対してタイアップ広告は各媒体に合わせて一回一回作るもので、手間はかかるが媒体になじんだ構成となるため、純広告に比べるとスキップされにくいという特徴がある。
したがって、近年、クライアントのタイアップ広告志向は強いのだが、今回の環境省の場合で言えば、朝日新聞の2面見開きで純広告をドカンと打つ一方で、このようなタイアップ広告も仕込んでいるわけで、ここらへんはおそらく広告会社のブラニングなのだろう(朝日とはてなの扱いが同じ広告会社かどうかは不明だが、この流れは多分同一ではないかと私は推測する)。

付け加えておけば、私は別に広告原稿を書くことが悪いとは思わない。誰が何を書こうと、それはライター個人の判断だ。したがって今回の場合も、津田氏に対してどうのこうのと言うつもりはまったくない。
ただ、今回の「記事」は広告だということだけは、ハッキリさせておくべきだと思う。

そして広告であるから、取材費(顎足、宿泊があれば枕も)はクライアントから出て、コーディネート、資料もクライアントから提供される。掲載前にクライアントからの原稿チェックがある。これが当たり前のことだ。
そのこと自体にはなんの問題もない。ただしこれはジャーナルではない。それもまた当然のことである。

はてなのセールスシートのファイル名を見ると、「(2012年4-6月版)」と書かれているので、いずれ今回の広告事例も追加掲載されるのだろう(はてなが目的や効果をどのように書くのかは興味がある)。
広告会社やクライアントはそのセールスシートを見て、「なるほど、はてなではこういうタイアップができるのか」と思うわけである。

Johoi

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2012/03/30

ネットに掲載された「震災瓦礫PR記事」を考える

興味深い記事を見た。

環境省が推進するがれき広域処理の意味――前編:大量のがれき

これは「はてなブックマークニュース」に掲載されている記事だが、タイトルの下に小さく「PR」と入っており、編集部の書いているリードには、「こんにちは。はてなブックマークニュースはこのたび、環境省の広報業務をお手伝いすることにしました。」と入っている。

また、本文に入る前にも(※この記事は環境省の提供によるPR記事です)というクレジットが入っているので、まぎれもなく環境省からカネの出ている記事で、厳密にいえば広告、それも純広告ではなくタイアップ広告と見ていいだろう。

であれば、これは形としては私が先日誌面を紹介した、浅草キッドを起用した「週刊現代」の東京電力タイアップと同じ構図だ。

「福島第一原発破局事故の直前に掲載された東京電力のタイアップ広告を発見!」

となると私としても非常に気になるので、以下、少しばかりこの「記事」について考えてみたいと思う。

まずこういうPR記事が出るということは、環境省が広報予算を立てて、どこかの広告会社に発注していることになる。
そこで環境省HPの調達情報→「14.過去の企画競争公示一覧」を見ると、11月9日に、「平成23年度東日本大震災に係る除染等広報業務」「平成23年度東日本大震災に係る除染等に関する普及・啓発業務」という二つの企画競争公示が出ている。
他にこの記事に該当しそうな企画競争公示は見当たらないので、ここから捻出された可能性はある(朝日新聞に掲載された見開きの瓦礫処理広告もここからの予算?)。
ただし除染と瓦礫は違うので、ひょっとして随意契約の可能性もあるかもしれない。今回の記事掲載は3月29日。平成23年度内におさまっているが、記事中に4月上旬に後編が掲載されることが予告されているのも引っかかる。

さて、私の予想では、広告会社は事前に、はてなに対して、環境省の予算が取れた場合、どのようなタイアップ企画が立てられるかどうかのヒアリングをしたと思う。
そこで、はてなはいくつかの企画をたて、ライター候補も立てる。
その中でこの企画が選ばれて予算がついたという流れだろう(私の雑誌広告での経験からだが)。

次のステップとしては、環境省、広告会社、はてな(ライターが入る場合もある)の打ち合わせとなる(広告会社の営業担当者がクライアントの意図を代弁して説明することもある)。
ここで記事の方向性や取材日程を話し合って決めていくわけだが、ライターである津田大介氏のtweetを見ると、「環境省批判もOKという条件で受けた」そうだ。

ということは、環境省としては、そもそも「厳しいことも言っていただくこと」が今回の広告の意図だったわけである。ただし読み終われば「やっぱり広域処理は必要だな」と読者に思わせたいわけで、その意味では津田氏の原稿も非常にうまい。そして、この記事のコメント欄やソーシャルメディアへの波及度(ツイート数やいいね!の数)を見ると、環境省の意図はうまく当たっているように見える。

しかし、繰り返しになるが、この記事はあくまでPR、つまりクライアントがカネを出しているのであり、さまざまなデータ提供や取材のコーディネートもすべてクライアント側の設定で行われており、掲載前にはクライアントによる原稿チェックもしているはずだ。
したがってそこに書かれた情報は中立ではあり得ないのである。

いま、読者(あるいは視聴者)に求められているのは、そこを見抜く力なのだが、これがなかなか難しい。なにしろ、いろいろなメディアを見ていると、広告業界にいたことのある私にだって判別することができないケースも多々あるのだから。


Johoi

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2012/03/23

福島第一原発破局事故の直前に掲載された
東京電力のタイアップ広告を発見!

私は昨年3月2日、まさに東日本大震災の直前、「原発広告とメディアの関係」というエントリーを書いた。

これは、当時、書店で偶然手にした週刊現代3月12日号に掲載された、東京電力の編集タイアップ広告について、私なりの見方を書いたものだ(雑誌広告にはクライアントが制作した広告原稿である純広告と、媒体社とクライアントが一緒になって一回限り作る編集記事風のタイアップ広告の二つがある)。このタイアップ広告は二週連続企画だった。その二回目も見たので、「またエントリーを書かなければ、、、」と思っていたところへ東日本大震災とそれに続く福島第一原発の破局事故が起きた。

以後、ずっとこの編集タイアップのことは気にかかっていたが、週刊誌は書店から消えてしまうと再び目にすることは難しく(近隣の図書館には週刊現代をおいていない)、再度確認することができなかった。が、本日、偶然にも当時の週刊現代を目にすることができ、二週連続だったこの広告企画をコピーすることができた。それを以下にアップする。

もちろん著作権のあるものなので問題があることは十分に認識しているが、一方でわが国始まって以来、最大の事故を起した企業(しかもその影響はこの先、万年単位で残る)がどのような広告宣伝活動をしていたかを知る貴重な資料でもある。そこで、当ブログではこのタイアップ記事は、紹介するだけの価値がある資料と判断した。
(※実際はカラー。また掲載号の日付は、実際の発売日の2週間前。画面はScribd.と書かれた右隣りのアイコン「view in fullscreen」をクリックすると表示が大きくなり、「Exit Fullscreen」で元に戻ります)。

誌名:週刊現代(講談社)
掲載号:2011年3月12日号(通巻2608号)
記事種別:東京電力タイアップ
タイトル:「浅草キッドが行った!見た!聞いた!!原子力発電最前線 第1回」
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誌名:週刊現代(講談社)
掲載号:2011年3月19日号(通巻2609号)
記事種別:東京電力タイアップ
タイトル:「浅草キッドが行った!見た!聞いた!!原子力発電最前線 第2回」
asakusa_genpatsu_2

いまこうしてこのタイアップ記事を見ると、内容は大変に「痛い」が、起用された浅草キッドを一方的に批難することはできないと思う。原子力業界の内情をまったく何も知らない芸能人が、一般的認知度で言えば超優良クライアントから来たタイアップ広告への出演オファーを断ることはまずできない(よほど原発に対して正しい見識を持っていれば別だが)。

問題は、週刊現代編集部(=編集長)がこのタイアップ企画を受けたことの是非だが(私の経験上、広告担当部門は編集長に対して、東京電力のタイアップを受けていいかの問い合わせは必ずしている)、これも広告収入の下落に歯止めがかからない雑誌の編集長としては、拒否することはできなかったと思われる。

週刊現代の名誉のために書いておけば、私は「原発広告とメディアの関係」の中で、「こと原子力発電についてはもはや何も書けない。電力会社がどんなにデタラメをやろうとも、ひたすらスルーするか、あるいは電力会社の言い分をそのまま載せるかのどちらかしかできないだろう。」と書いたが、記事中にもある『止める』『冷やす』『閉じこめる』のすべてに失敗した大破局事故が起きたことで、さすがに自主規制することはなかった(それにしても編集部は、このタイアップ掲載が3.11の週の発売号でなかったことに胸をなでおろしたことだろう。なにしろ1週間ズレていたらアウトだったのだから)。

しかし、幸いにも被害規模がもう少し小さかったら、通常の広告料金+タイアップ制作料を、おそらくは定価で出稿した東京電力にとって、このタイアップは十分な効力を発揮しただろう。
しかも、高額な広告料金が痛くも痒くもないのは、東電が総括原価方式を採用しているからだ。

「総括原価方式」については↓を参照。


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2012/03/07

朝日新聞社のみなさまへ
~ 震災瓦礫広告についての質問

朝日新聞社のみなさまへ

昨日の貴紙に掲載されたカラーの見開き広告をネットにて拝見しました。

・院長の独り言
3億円の札束でマスコミを懐柔する政府-震災ガレキ広域処理

上記サイトには「噂ではこの広告1回で5000万円程度の費用がかかるそうです。」と書いてあります。
おそらく従来の政府広告の掲載実績料金を適用すれば、そのぐらいの額が御社には入るでしょう。

御社の広告料金体系はもちろん多岐にわたっていますが、この場合は全国版での掲載だと思われるので、そうするとおそらく全5段でおおよそ1,000万(私はそう聞いた覚えがあります)。1面15段で3,000万。見開きだと×2で6,000万という計算になります。
広告代理店の手数料は20%ですので、ここから1,200万を引くと残りは4,800万。これが御社に入ったネットの金額ということになります。
媒体社にとっては見開き分の紙面を提供し、そこに代理店経由で送られてきたクライアント制作の広告原稿をただ印刷するだけでそれだけのお金が入ってくるのだから、おそろしく利益率の高い商売です。
もちろん、貴紙は大きな部数を発行しているのだから、それぐらいの広告料金を手にするのは当然という意見はあるでしょう。

しかしながら、そのような気前のいいクライアントがここ最近、激減しているのもまた事実です。
近年、貴紙にも非常に多く見受けられる広告に、通販広告があります。
このクライアントが定価で広告を出稿していることはありません。
なぜなら、通販会社というのは費用対効果、今風に言うとROI(return on investment)を重視するので、その金額ではレスポンスが見合わないからです(新聞社には発行部数とは別に「押し紙」という不透明な部分もあります)。
したがって、これらのクライアントは数年前まで貴紙に広告を掲載することはほとんどありませんでした(御社側から見ても、通販クライアントは広告原稿がきれいとは言えないので、たとえ正規料金を払うクライアントがいても、原稿審査が通りにくいということもあったでしょう)。

しかし、近年、この通販広告が非常に多いのは、御社が料金と原稿審査の基準を下げているからです。広告営業の現場としては、これまでのような殿様商売では立ち行かなくなってしまったのだから、広告掲載基準を下げるのはいたしかたありません。

さて、そうして掲載された通販広告は、クライアントにとっても当初は“さすが天下の朝日新聞”というだけのレスポンスが取れるでしょう。しかし、回を重ねるうちにその効果も下がっていきます。そうなると、クライアントはもう一段の料金下げと、広告表現の自由化を求めてきます(もちろんこれは通販クライアントに限ったことではありません)。
こうしたサイクルに陥ってしまうと、実態としての広告実施料金はどんどん下がっていきます。結果、御社の広告といえども、数年前までとは比較にならないほど安く取引されているでしょう。

そうしたなかで、政府広告は東京電力と同じく定価で商売をできる数少ない相手です。
したがって、広告局的には非常にありがたいクライアントと言えます。
しかし、、、です。
現在、国家の財政が大変厳しい状況にあることは貴紙がいつも指摘されている通りです。
まして、現在はその対策として消費税増税までが議論されており、貴紙もその方向を後押ししております。
私は消費税増税に賛成ではありませんが、今その是非は脇に置くとして、こういう状況で政府のムダな歳出を徹底的に見直して削減することには貴紙としても異論はないはずです。
その場合、いくらこれまでの商慣習として政府広告が定価だったとしても、現在の国家財政の状況を鑑みれば、この料金もまた実態に合わせて値引きをするべきではないでしょうか?

無論、それは第一義的にはクライアント側の仕事でしょう。
しかし、役人が民間と同じような厳しい料金交渉をできるとも思えませんし、そもそもマスコミ対策として定価で取引するという下心も十分以上にあるでしょう。
もちろん、普通は相手が口に出さなければ、わざわざこちら側から「料金を割引きましょうか?」などと言う必要はありません。

しかし、御社は日本のジャーナリズムを背負って立つ大新聞社であって、堂々たる主張を日々展開されております。
そういう会社が、「いただけるものはなんでもいただく」という姿勢で、現在、流通している広告実施料金とは比較にならないほど高額の取引をすることは、ジャーナリズムの精神、矜持として問題はないのでしょうか?

御社にしても、経営状態は健全とはいえ、広告収入が下がっていることで、その分、経費の削減につとめられているはずです。紙を購入するにしても何を買うにしても、現場では担当者が値下げの料金交渉をしているでしょう。それが真っ当な感覚というものです。

まして、今回の広告原稿は震災瓦礫の処理に関する内容です。
政府はこれを推進すべく広告予算(血税)の投入を始めたわけですが、この問題については根強い反対論があり、まさにジャーナリズムが追いかけなければならない最重要テーマであると愚考します。
そうした折りに政府の主張を定価で掲載して儲けることに、御社として何の抵抗もないのでしょうか?

是非、ご意見を承りたく思いますが、もちろんそれが不可能であることは当方も承知しております。
したがいまして、愚民の一妄言と受け取っていただいて結構ですが、一応、ここに問題を提起させていただきます。

※ちなみに小沢一郎さんが「消費税増税をする前にやることがある」というなかには、このような広告取引における安易な商習慣の継続も含まれるのではないでしょうか?


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2011/11/22

「赤文字系雑誌」衰退という世相

久しぶりにABC協会による雑誌の調査部数を見た。本年の上半期(1月〜6月)のものである。
紙媒体にとっては厳しい時代のなか、今年の前半は東日本大震災と東京電力福島第一原発の破局事故があったわけだが、それでも健闘して部数を伸ばしている雑誌もある。これは本当に大したものだと思う。
一方でもちろん部数を落としている雑誌もある。

そんななかで私の目を引いたのは、いわゆる赤文字系雑誌の部数減だ。ちなみに赤文字系というのは、JJ、Cancam、ViVi、Rayなど20歳前後の女性をターゲットとしたファッション誌を指す。
私が勤務していた光文社は、JJをベースとして、これを卒業した読者にCLASSY.(30前後のOL層)、さらにVERY(30代の子どもがいる主婦層)、STORY(40代の主婦層)、HERS(50代の主婦層)と各年代別に雑誌を用意している。つまり、若い層にブランドを叩き込んで消費を煽り、それをどんと上に引っ張っていく作戦である。
これは自動車で言えば「いつかはクラウン」をキャッチフレーズにカローラ、コロナ、マークⅡ、クラウンというラインナップを作り、カローラで得たユーザーをそのまま囲い込んだ、かつてのトヨタのようなマーケティングだ。
しかし、JJは9年前、絶好調でダントツトップを独走している時に編集長を交代して以来、転落の道を辿る。50万部近くあった実売部数はあれよあれよという間に落ち、Cancam、ViViに追い抜かれ、ついにはるか後方にいたRayにも抜かれてしまう(というかRayはマイペースで走っていただけだが、JJがどんどん落ちてきて、あっという間にRayの後ろへ行ってしまったのであった。このJJについては、それだけで本が一冊書けてしまうような話なので、いずれまとめることとしたい)。
このJJと入れ替わってトップに立ったのがCancamだ。蛯原友里、押切もえ、山田優などの人気モデルを擁して、大ズッコケしたJJを抜き去り、アッという間にトップに立つと快進撃を開始、絶頂時には70万部以上の発行部数がほぼ完売ということもあったほどである。
もちろん、広告の状況も多少のタイムラグはあるものの、部数と軌を一にする。JJからはどんどんクライアントが去り、Cancam、ViViへと流れていった。
しかし、このCancamの独走も長くは続かず、やがて部数が落ち始め(Cancamの派生雑誌としてAnecanを出したということもあるが)、やがてViViがトップになる時代が来る。といってもViViはCancamのように爆発的に部数を伸ばしたわけではなく、安定した部数を維持していたら、JJやCancamが勝手に浮き沈みをしていっただけなのだが、とにもかくにもViViがトップに立った(Sweetは外して書いてます)。

――と、これが昨年、私が会社を辞めるあたりまでの情勢だった。ちなみに、昨年の上半期(1-6月)の実売はViViが32万6,000、Cancamが21万2,000(この落ち方も凄い)、Rayが12万2,000、そしてJJが11万1,000である(ただしJJのこの数字は特殊事情(※注)によるもので、実際の平均的な実売はもっと低かった)。
そして、昨年の下半期(7-12月)はViViが30万2,000、Cancamが19万3,000、Rayが10万7,000、JJが8万6,000となっている。
で、今年の上半期は、、、

ViVi 25万1,000(前期比83%)
Cancam 14万8,000(前期比76%)
Ray 11万4,000(前期比106%)
JJ 7万6,000(前期比88%)

かろうじてRayが前期(2010年下半期)を上回っているが、そのRayにしても、昨年の上半期の部数は下回っている。そして、ViVi、Cancamの落ち方が激しく、Rayからすると、しばらく前までその姿すら見えなかったCancamが完全に視界の中に入っている。

この数字の推移をどう解釈すればいいのだろうか。
一つには単純に紙媒体離れに歯止めがかからないということがあるだろう。しかし、一方でそれだけでは説明し足りないとも思う。
わが家にも大学4年の娘がいる。彼女は入学したての頃はCancamを読んでおり、私が会社から持ちかえるJJにも一応、目を通していたようだ。しかし、しばらくしてパッタリ両誌とも読まなくなった。
親戚から「大学の入学祝いに何を欲しいか」と聞かれた時には、某ブランドのバッグなどと答えていたが、その後、ブランドに関心があるようにも見えない。
この間、世の中で何が起きたかと言えば、リーマンショックであり、そして東日本大震災と東京電力福島第一原発の破局事故である。
もともと、現在の大学生というのは、バブル崩壊後に生まれた、元号で言うならば平成世代で、1995年には阪神大震災、2001年にはアメリカの同時多発テロも経験している。
つまり高度成長ともバブルともまったく縁がなく、成長するとともに国内外のさまざまな苦難、事件、混乱に遭遇しているわけだ。しかも、その少なからぬ部分は、国内的に言えば昭和のツケである。
さらに、東京電力福島第一原発が撒き散らかしている放射能の影響は今後も止まるところを知らず、どんなに政府や東電がウソをつこうとも、彼らの人生において、本来なら楽しかるべき20代、充実すべき30代、40代、そして老後にいたっても深刻な影響を与えることは間違いない(もちろん、彼らに続く世代にとってもこれは同様である)。
そういう大変な時代を生きなければならない世代が、急速に昭和的な経済重視、あるいはカネ、モノ(ブランド)重視の価値観から離れているのではないだろうか。
だとしたら、そういう彼らに、昭和世代(なかでも高度成長やバブルの恩恵を受けた世代。以下同じ)はどう対すればいいのか。
少なくとも、それでも昭和的な価値観を押しつけるのは根本的に間違いだろう。なにしろ、今日の国難をもたらした最大の原因は昭和世代のエゴイズムにあるのだから。
京都大学の小出裕章助教は放射能で汚染された食材について、これからは40禁、50禁という表示をして、この食材は40歳以下は食べてはいけない、50歳以下は食べてはいけないというようにすべきだと一貫して主張している。これはつまり、汚染された食材は40歳以上、50歳以上が引き受けるべきだという考え方だが、昭和世代が今すべきことは、このようにわが身を削ってでも後世に残る莫大なツケとリスクを少しでも軽減することだと私は思うのである。

※注 このJJの特殊事情とは、部数低迷が続く中、東方神起を表紙にした号のみが爆発的に売れ、雑誌としては異例の増刷までかかったため、その数字が平均値を押し上げたことによる。

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2011/09/18

TBSに抗議した東京電力の意図

私が広告営業をしていた頃、主に担当していたのは週刊誌だったのだが、雑誌広告において最初にネット広告の影響を食らったのは、この週刊誌という媒体だった。つまり、少なからぬクライアントが週刊誌の予算をネットへ回したのである。
大きなクライアントが抜ける穴埋めというのは、それは大変で、新たなクライアントを見つけてくるというのは至難の業。それでも予算を作らなければならないので、結果、安売りするという方向へ走ってしまったものだった。
そんななかにあって、当時、ありがたかったのは消費者金融の広告だった。というのも、消費者金融というのは値引き率が低い、つまり高い金額で広告スペースを売ることができたからだ。各号の広告予算表といつも睨めっこしていた私は、消費者金融の広告が入っている週は、「あまり心配しなくていいナ」と思っていた。

ところが、ある時、そのうちの一つの大手消費者金融で大きなスキャンダルが出てきて、事件になる気配があった。
もし、事件になれば、週刊誌としては取材して伝えなければならない。それは当たり前のことだが、広告担当者としては、その消費者金融の広告と事件の記事が同じ号に載る、いわゆる「記事同載」だけはどうしても避けたかった。
広告掲載のある号は事前にわかっているので、もし事件が起きてしまったらその後の広告は差し替えればいいが、問題は広告掲載号の編集中に事件が起きてしまうことだった。
当時、この雑誌のカラー広告の校了は水曜日。しかし、モノクロ記事の最終締切は土曜の夜だった。つまり、カラーページの方が印刷が早い。そして、この広告はカラーだったので、木曜から土曜の間に事件が起きてしまうと、「記事同載」になってしまう。当時はこれに随分と気を揉んで、印刷所とも相談したりしつつ、いろいろとシミュレーションしたものだった。
ま、結局のところ、事件化は広告掲載号と関係のない週だったので、いらぬ心配だったのだが、ではなぜそれほど気を揉んだのか。正直に言えば、この事件が終わってほとぼりが冷めれば、また広告の出稿があるかもしれないという思いがあったからだった。

このように週刊誌の広告営業というのはニュースに敏感である(これはニュース部門のある媒体社ならどこも同じだろう)。
私のいた会社では、ファッション誌の広告の比率が高く、それに比べると男性週刊誌の広告売上げなどというのは大した金額でなかった(といっても書籍の売上げ、利益と比較するとそれなりに大きかったが)。したがって、多少、売上げを落としても咎められることはほとんどなかったのだが、ただ日々の営業活動とともに、週刊誌担当にはもう一つ大事な仕事があった。それは編集内容のチェックである。
これには2パターンあって、一つは大きなクライアントの「危ない記事」がないかの自主的なチェック。たとえその週刊誌に広告出稿がなくても、他の雑誌で大きな取引のあるクライアントというのはたくさんあるわけで、そのクライアントのネガティブな記事が出ていないかどうかのチェックは重要なのだ。
そして、もう一つは広告代理店から記事チェックの依頼が来るケース。
たとえば、このようなメールが来る。

**********
題名:〇〇社(←ここに企業名が入る)記事チェックのお願い

お世話になっております。
表題の件、〇〇社関連の記事チェックのお願いです。

本日の〇〇新聞 朝刊1面に、「×××」という記事が取り上げられています。

下記は既にWEBには出ており、雑誌でも掲載が確認されているものもあります。

来週売りで掲載予定がありましたらご連絡いただけますでしょうか?

お忙しい中お手数をお掛けいたしますが、
何とぞよろしくお願い申し上げます。
**********

では、上記のようなメールにどう対応するのか。
この「〇〇社」というのが自社とまったく関係ない場合は突っぱねる……と、もちろんそれが基本ではあるが、代理店に一つ恩を売っておこうということで、掲載がなければ「なし」と伝えることもある。ではあった場合は? これは難しいが、すべて校了してから発売までの間に「あるみたいだな」と伝えることもある。
その他、本当にケースバイケースであるが、つまりそういうやり取りを、媒体社の営業と広告代理店が頻繁にやっていることは事実だ。

さて、前ぶりを長々と書いてしまったが、、、
数日前、東京電力がTBSの放送したスペシャル番組に抗議をしたという。

・9月11日放送 TBS「震災報道スペシャル 原発攻防180日間の真実」における報道について

↓がその番組。


20110911 原発攻防180日の真実 故郷はなぜ奪われ... 投稿者 PMG5


20110911 原発攻防180日の真実(2) 投稿者 PMG5

私はこのニュースを見た時、もちろん「さすが東電、傲慢なことこの上ない、第一級の国賊会社だナ」と思ったが、同時に「これはTBSだけでなく他局や他媒体の広告担当者には意外に効果的かもしれないナ」とも思った。
つまり東電のこの抗議の隠された意図は、広告関係者へのプレッシャーであり、「こういう内容の放送をしていると、もう広告は出さないよ」というメッセージなのではないか、と。
もちろん、これは私の単なる推察であるが、現在のメディアの状況を見ていると、あながち的外れではないと思う。
少なくとも、東京電力が広告代理店を通じて、各メディアの報道を逐一チェックしていることは間違いないだろう。

つまり、、、
この会社は原発の危機管理についてはまったくもって無能だが、自社が存続するためならどんな手でも使う、そういう意味での危機管理は万全の会社なのである。

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

Gwngos

かくもさまざまな言論操作

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戦後日本の思想

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2011/05/04

「焼肉酒家えびす」食中毒事件 〜 このチェーンをヨイショしたメディアに責任はないのか?

死者を出した、焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の食中毒事件。
このこと自体について述べることはもはや何もないのだが、植草一秀氏のブログを拝読していて↓のようなテレビ放送があることを知った。

私がこの映像を見て瞬間的に思ったのは、この番組を作るにあたって「焼肉酒家えびす」はテレビ局にカネを出していないのか?ということだった。

ここ最近、テレビではいろいろな旅番組やそれに類した番組をやっている(その理由はなにより制作コストが安いからだろう)。
少し前に聞いたのだが、その手の番組では、有名人がいかにも偶然フラッと目についた店に入るようなシーンをよく見かけるが、ある番組では実はそういう店から事前に少額ではあるがカネをとっているという。
声をかけられた店にしてみれば、テレビ番組で紹介してもらうことのメリットは計り知れず、もしそれを宣伝費に換算すれば、テレビCMの価値が下がっているとはいえ、小さな個人経営店で出せる金額ではない。であれば、「うちの番組で紹介したいので、ちょっとだけおカネを出してくれませんか?」と人気番組のスタッフに言われれば、たいがいの店はOKするだろう。
もしそこで断ったら別のライバル店にこの番組スタッフは行ってしまうかもしれず、そうなれば自分の店にとっては大打撃となる。であれば、少しぐらいなら、、、と思うのは人情だ。

そこで↑の番組である。
これは視聴者からの投稿情報があって番組が取材に行ったという体裁になっているが、それは事実なのか?
なにしろこの紹介のしかたは「焼肉酒家えびす」にとっていいことずくめで、もし番組を視聴した後にこの店の看板を見れば「あ、あの店か」とみんなが思う。
しかも、安くて美味しくて子供連れの客にも親切な接客をしてくれるとテレビ局が太鼓判を押しているなら、これは家族連れにはポイントが高い(私も経験があるが、子供連れに寛容な店というのはありがたいものだ)。
そして、この事件が起きたのは放送の数日後であり、犠牲者の最初の2人は子供である。

となればーー。
少なくとも、この番組が本当に視聴者の投稿によって取材を開始したものなのか? 「焼肉酒家えびす」からテレビ局には一銭のカネも出ていないのか? 広告代理店はまったくからんでいないのか? それを説明する責任が放送局にあると私は思う。

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