2012/07/20

資本主義の精神がない日本の電力会社に、
原発を運転する資格はない

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 私はプロテスタンティズムの倫理のようなものがベースにないところで、経済活動が市場のメカニズムに任されると弊害があまりにも大きくなると思っている。

 というよりも、そもそもアダム・スミスが「神の見えざる手」による予定調和を考えたときに倫理が暗黙の前提にあったのではないか。

 その暗黙の前提に違反した人びとが大量に出始めたのが、今の日本の資本主義社会である。

 私はプロテスタンティズムの倫理のようなものがベースにあって、競争主義、成果主義というのは良いと思うが、そうしたベースのないところで競争主義や成果主義は、人の心を破壊する。
 もちろんあくまでもプロテスタンティズムの倫理のようなものであって、何もプロテスタンティズムである必要は全くない。
 仏教でも神道でもイスラム教でもヒンズー教でも、宗教でなくてもなんでもいいから「精神的なもの」という意味である。

加藤諦三 著 『誰も書かなかったアメリカ人の深層心理』 より


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 現代日本は、機能集団が同時に運命共同体としての性格を帯び、かかる共同体的機能集団の魔力が、日本人の行動を際限もなく呪縛することになる。

小室直樹著 『危機の構造』 より
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エネルギー政策意見聴取会で、電力会社の人間がノコノコと出てきて「会社の方針」を喋ったことが大問題となった。
この意見聴取会は、2030年時点での原発依存度を0%、15%、20~25%という3つの選択肢を示して、それぞれの選択肢から抽選で各3人づつが意見を述べた。そのうち20〜25%の選択肢を支持する発言者のなかに電力会社の人間がいたという。彼らは真顔で「選ばれた」と言い、しかも複数の会場で同じ有様だったというのだから、要するにそんな選択肢を支持しているのは、もはや原子力ムラの人間だけということなのだろう。

それにしてもこれが「やらせ」であることは間違いない。
そして、当然のごとくというか、さすがにというか、この「やらせ」に対してはメディアからも批判の声が出た。
私ももちろん腹は立ったが、しかし怒りが爆発するほどではなかった。
なぜなら、原子力ムラの連中であれば、このぐらいのことは朝飯前のこと、いつもやっていることに過ぎないからだ。
当ブログでもかねて電力会社こそは第一級のデタラメ企業であると主張してきたが、およそ原子力発電の歴史というのはウソとデタラメと差別の連続で、それをカネの力で隠蔽することだけで成り立ってきた業界である。

いまになって志賀原発の真下に活断層がある可能性があるなどというニュースがメディアを賑わせているが、そんなことも以前からわかっていたことだし、それをいうなら伊方原発の目の前にだって活断層はある。はたまた東海地震の予想震源域の真上に位置しているのが浜岡原発だ(というかそんな例はまだまだ山のようにある)。

そういう事実に一切目をつむり、ひたすらにカネ儲けを優先した結果として起きたのが、福島第一原発の大破局事故である。にもかかわらず、それを推進してきた連中が、自らの体質を一つも反省するでもなく、戒めるでもなく、原発再稼働、再推進に猪突猛進している。

今週は大飯原発4号機が臨界に達したというニュースがあったが、3号機を再稼働する時、会見に臨んだ関西電力副社長の豊松秀己は、「アメリカでは(原発の運転年数は)60年がスタンダードとなっている」強調していた。つまり自分たちも同じように60年運転したいということなのだろう。

もともと原発というのはアメリカから輸入した技術であって、「アメリカがそうなのだから、日本でもそうしたい」というのが原子力ムラの連中の言い分だ。
私はアメリカという国は好きではない。まして原子力産業というのは、どこの国においてもそれ相応にいかがわしい。
したがってアメリカにおいても原発を60年も運転することはあってはならないと思うが、しかし少なくとも日本に比べればアメリカの原発が事故を起こす確率は相当に低いのではないかと思う(もちろん、過去にスリーマイルの事故を起こしてはいるが)。
なぜなら、かの国には原発を開発、運転する上で最低限の倫理、モラル、ルールを遵守する精神が宿っているであろうからで、少なくとも日本の原子力産業のように1から10までデタラメをすることはできないし、やるつもりもないだろう。

ここで話は少々脱線するが、戦後、日本が奇跡的な経済復興を果たした最大の原動力は、いわゆる「日本的経営」にある。国中が上から下まで経済第一主義一色に染まり、ひたすら効率が優先された。そのため歯車である社員は信じがたい量の残業(それも往々にしてタダ働き)をした挙句、過労死しても労災はめったに認められず、裁判に訴えても司法はどこまでいっても企業の味方である……。
この社会システムに支えられた「日本的経営」は一時、世界から注目を集めてずいぶんと研究された。しかし結局のところ、「日本的経営」とは特殊な先進性であり、世界の国々が真似できるような普遍性を持っていなかった。

その一例を挙げると──。
かつてトヨタ自動車は、土日の電気料金が安いということで、週末を出勤日にしたことがある。一銭でも製造コストを下げて利益を追求するという姿勢は資本主義の行動様式として間違いではない。だが、普通の国では週末は家族と共に過ごし、教会へ行くのであって、たとえモノを安く作れるからといってその大切な週末を会社に捧げるなどというのは、理解の範疇外にある。
ところが、そういう常識、暗黙の前提を一切無視して、ひたすら効率優先(=人権無視)でカネ儲けをしようという国が現れた。それが日本だったわけだ。

そこで原発に話を戻すと、アメリカが原子力発電の技術を開発していく上でも、やはり暗黙の前提はあったのだと思う。つまり、日本ほどデタラメ放題に、モラルも倫理もかなぐり捨てて原発を推進・運転するという想定は、原発を開発した当のアメリカにもさすがになかったのではないだろうか(もちろん、原発は核兵器開発と密接不可分な関係にあるわけで、その部分を含めた倫理についてはアメリカも日本も同じだが)。
そして、そういう暗黙の前提の上に、原発の技術が成立しているのだとすれば、そもそもその前提を持っていない日本では、アメリカと同じような原発の運転はできないことになる。
というよりも、資本主義の下での最低限必要なモラルやルール(いわゆる資本主義の精神)をまったく持ち合わせていない原子力ムラの人間には、こんな危険な技術を扱う資格はそもそもないと私は思う。

もう十年以上前のことだと思うが、慶大教授の金子勝と木村剛(その後、逮捕されたが)の対談を読んだことがある。新自由主義の信奉者と反新自由主義の学者の対決はさぞや激しい論争になったかと思いきや、意外にも意見が一致していた。
その一致点を突き詰めると、要するに「日本の企業は、せめてアメリカ並にルールを守れ」ということだったと記憶している。

私は京都大学の小出裕章助教と同じく、「すべての原発を一刻も早く廃炉にすべきである」という論者だが、それはそうとして、まず電力会社はあらゆる面で、せめてアメリカ並にルールを守るべきだと思う(おそらくそのルールを適用した段階で、日本の原発のほとんどは止めざるを得なくなると推測する)。

とここまで書いて思い出したのだが、、、
私が編集者として最後に作った本は田原総一朗と木村剛の共著で、タイトルは『退場宣告 居直り続ける経営者たちへ』であった。
そして表紙には、タイトルとともに以下の英文が入っていた。

Why Are They Still Here?

なんだか出版から十年を経て、時宜に合っているような、、、

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2012/07/02

大飯原発再起動 ~
抗議活動を完全中継したIWJと
お笑い記者クラブの惨状

先週金曜日(6月29日)に総理官邸前で20万人規模のデモが行なわれ、そして大飯では再稼働に反対する人達が大飯原発前に集結し、警察官が築いた砦の前で昼夜にわたって「再稼働反対」を叫び続けた。
そしてこの大飯の模様はIWJでずっと中継された(土曜日の真夜中3時ぐらいでも4000人前後の視聴者がいた)。
私もこの映像を時間が許すかぎりは見ていたのだが、「いま日本で映像ジャーナリズムが果たすべき本来の使命を遂行しているのはIWJだけだナ」と思った。

一方、マスメディアはひたすらくだらない番組を垂れ流しているわけだが、これはもちろん意識して黙殺しているわけで、大飯原発再稼働反対の声などなかったことにする立派な言論統制である。
ネットの時代、それもUSTREAMの時代が来るまでは、この手法でほとんどの国民が完璧に洗脳されていた。
が、しかし今は違う。もちろん数は少ないけれども、大飯の様子をネットで目を凝らして見ている人がいる。しかも、それは国内のみならず国外にもいるのである。
その現実が、警察権力の無謀な行使の歯止めになっていると私は思う(岩上安身氏もそのようなことをツイートしていた)。

このIWJ中継とまさに真逆、対極にあったのが、昨日の午後9時(つまり大飯3号機の起動直後)、記者クラブメディアが中心になって行なわれた関西電力の会見である。

・2012/07/01 大飯原発1.3号機起動操作時の中央制御室内の現場映像と起動操作立会い後の牧野副大臣へのぶら下がり

私は牧野の会見は見ていなかったが、関西電力の会見を生中継で見ていた。
以下はその映像と会見を書き起こしたものだ(聞きとりにくいところは伏字にしてあります。また、多少の誤りはお許しください)。

↓関電の会見(副社長・豊松秀己)は1分30秒過ぎから。


Video streaming by Ustream

────以下、会見、書き起こし────

「代表して3つほど質問させていただきますんで、よろしくお願いします。まず一つ目ですけれども、全国の全原発が停止して、国論を二分するなかで、定検後には初めての再稼働第一号となるわけですけれども、原発の反対派が原発の入口に抗議活動をするなかで、異例という形での起動となりました。こういう事態を踏まえて副社長としてどういうふうに受け止められておられるか、今、起動を終えられた率直なご感想をよろしくお願いします

「ありがとうごさいます。御存知の通り、福島の事故以来初めての再稼働のプラントということで、このプラントをちゃんと再稼働していくことがこれからの日本の原子力の将来のあり方を決めると思っています。そういう意味で、きわめて責任重大であるということからスタートしています。私ども、これを再稼働するにあたりまして安全最優先にステップバイステップに進めていくということでのぞんでおります。本日起動がスタートいたしましたけれども、これから臨界、並列、100%出力と続いてまいります。本日の思いは、気を引き締めて一歩ずつ着実に安全最優先にやっていく必要があるという気持ちを改めて思いました。以上でございます。」

「ありがとうございます。反対する方の抗議活動のなかで背後で渡られたということがあるかと思うんですが、これについてはどう受け止めておられますか?」

「今回、反対されている方、慎重派の方が道路を占拠されまして、道路による必要なものの運搬ができないという事態になりました。しかしながら今回、危機管理システムが有効に働きまして〇〇の一部、もしくは船によるピストン輸送によりまして、運転員、それからいろんな協力会社の方々、支障なく運ぶことができました。また、いろんな食料なども無事運ぶことができまして、今回、あの道路が閉鎖されましたけれども、プラントの運転上、安全管理上、まったく問題ない状況でスタートすることができました。そういう意味で一つの安堵感を持っております。一方で、やはりいろんな意見の方がいらっしゃって当然だと思うのですけれども、やはり〇〇重視といいますか、そういうことをちゃんとしていただくということがきわめて重要であって、それについては是非お願いしたいと思います。意見をいろいろ闘わすということは大事でございますが、やはり〇〇いただくということも大事だと思いまのでそういう思いを持っています、以上です」

「ありがとうございます。続いて質問なんですけれども、安全対策は免震重要棟や防潮堤の嵩上げなどまだ現時点では満たせぬものもございます。また破砕帯が活断層ではないかという、いろいろなご指摘も出てます。こうしたなかでの再起動となったわけでございますけれども、御社としてこういう慎重派、、、いろんな意見をとられる方もおられます。どういうふうにご理解を得て、どういうふうに取り組んでいくのか、お願いします。」

「まあ免震重要棟とか〇〇〇〇〇とか、計画を隔離したものがございます。しかしながら、今回の政府として再稼働への判断基準としては基準1、2で福島と同じことが起こっても炉心溶融しないという規定でございます。これについては100%満足しておりますので、仮に万が一、この若狭湾というところは津波が少ないところでございますけれども、東京電力で起こったような地震や津波がございましても、〇〇〇使いまして〇〇〇対策とりますので、炉心溶融することはまったくないというところの自信を持っております。その上で、やはりそれ以外にもでもできるだけ安全性を高めていくということが重要でごさいますので、免震重要棟などを並行しているということでございます。私どもは安全というのは終わりがないということ、さらに安全性を高めていくということこそが、事業者に求められていると思っております。したがいまして免震重要棟なども含めましてさらなる安全対策を実施し、最終的には世界最高水準の安全にもっていきたいと思っています。破砕帯のことにつきましても大飯3、4号の建設時に調査をし、また新しいバックチェックの時にも調査をし、これが十二、三年前、動いていないと確認していますので、そういうことを今まで報告しておりますし、審査していただいております。これからもいろんな議論が出てまいりまして、そういうことを議論していくことが必要だと思っておりますけれども、現時点で問題ないことが確認されていると考えております。以上でございます」

「はい、わかりました。最後の質問になりますけれども、いま大飯原発を再稼働しても10%節電は変わらないと言われてます。電力供給の責任ある立場として綱渡りの状態は続くかと思いますけれども、知恵を出してどのように考えておられるのか、お願いできますか」

「電力の安定供給というのは電力会社にとってもっとも大事な使命だと思っています。その使命がいま果たせてない。すなわち節電をお願いし、計画停電の準備もしているという状況は本当にみなさまに申し訳ないと思っています。なんとか安定的に電気を送ることこそがきわめて重要でございますので、できるだけ安全を最優先に、この大飯3、4を動かしまして、少しでも供給力をアップしていくことに全力を尽くしたいと考えております」

「ありがとうございます。代表質問は以上です。各社さんよろしくお願いします」

「福井新聞のいずくらと申します。よろしくお願いいたします。今日、大飯3、4号機が再稼働手続きに入っているわけですけれども、で、今日、3号が再稼働しましたが、関西電力さんのその他の原発でいいますと、高浜3、4号をのぞきますと、7機が運転30年を越えています。そういう高経年化した問題があるかと思うんですが、そういった原発の今後の運転方針というのは、いまどのようにお考えになっていますでしょうか?」

「私どもは30年を越えたプラント、もしくは40年を越えた美浜1号機、美浜2号機、これを含めまして高経年化の技術〇〇を行い、いままで審査してきてもらってきております。それにつきましては独自運転しても安全上問題ないという確認ができております。わが国のようにエネルギー自給率が少ない国におきましては、やはり安全性を最優先にですね、エネルギーセキュリティ、それから経済性、地球環境問題の観点から原子力は重要な電源だと思っておりますので、安全性が確認されたプラントについては、継続して運転すべきであるし、そうしたいと考えています。
アメリカにおいては約102機ほどの原子力発電所が運転中でございますけれども、6、7割でしたか、ちょっと数字ははっきり覚えておりませんが、プラントについてはすでに40年を越えて60年運転する認可が得られております。またいま運転中で、そういうことを迎えようとするプラントについては、ほとんどのプラントが申請しているという状況でございまして、アメリカにおきましては60年というのがスタンダードになっています。しかしながら、これから、いま法が決まりまして、具体的に40年というのをどうするかというのがこれから国で具体的な基準が決めていかれると思います。すなわち40年を延長する前の20年というものにつきまして、どんな条件をクリアすればこれが運転できるのかということがメインになってまいります。私どもそういう基準を見ながら40年を越えるプラントについての運転方針を検討していくということにしていきたいと考えております。以上でございます。」

「朝日新聞の大谷といいます。今回の起動に関しては当初の予定よりだいぶ遅れた時期の起動になったと思うんですけれども、このことに関してこれまでの政府の対応の経緯についてご感想、お考えをお聞かせ願えますか」

「3.11の事故以降、国民の方のご不安というのもございますし、原子力発電自身の信頼性が失墜したという状況が起こりました。そのなかでやはり安全性を確保すればエネルギーセキュリティなどの観点から原子力が必要になるということで、判断基準をつくっていただき、その判断基準をつくるにあたりましては、のべ40回にわたるいろんな意見聴取会を積み重ねていただいたということについて感謝申し上げます。そういう公開での議論を踏まえて今回の再稼働にあたる安全基準、判断基準ができたということだと思っています。そういう意味でいままでそういことを積み重ねていただいた政府には感謝申し上げたいと思っています。以上でございます。」

読売新聞の野中といいます。今日はどういった気持ちで起動に立ち会われて、起動が終ったあとの心情を教えていただけますか

「ありがとうごさいます。起動が終ったというか、起動、それから臨界、並列、100%ということで、やっと一歩が踏み出せたということぐらいのことだと思っています。これから本当に心を引き締めて一歩ずつ着実に安全最優先で進めていきたいという思いを本日新たにしたところでございます。以上でございます。」

ここで関電の会見は終了。
このあとの大飯町長のコメントは省略。
そして会見終了。

「それでは会見を終わらせていただきますけれども、先ほど入りました情報で、このオフサイトセンターの入口付近に反対の協議をされる方々が集まってきていると、あまり多くではないそうなんですけれども、ですからちょっと記者の方々ですね、ちょっといま出られないというか、警備を固めておりますので、ちょっと外に出られない状況だということをご理解いただくようお願いいたします。2階のプレスルームに戻っていただいて結構です。

──── 書き起こしはここまで ────

しかし、まあなんと内容のないお粗末な会見だろうか。
クラブメディアの記者というのは、基本的に感想しか聞かないのだろうか。
関電・副社長の答えとういのも、あらかじめ作られた装丁問答に沿っているような、無難なものに終始しているが、それでも突っ込み所は多々ある。

世界最大級の原発事故が現在進行形の国で、初めて再稼働する原発の安全水準は世界最高ではないのだそうで、「これからもっていく」のだそうだ。
また、話はとかく安全やら経済性の話に終始しているが、では原発の使用済み核燃料、あるいは廃炉にした時の費用はどうするのか、その際に出る低レベルから高レベルまでの放射性廃棄物の処分場が日本のどこにもない、つまりまったく未解決であるという点についてどう考えているのか。
地球環境の問題というが、現在、福島や関東、東北周辺の環境を破壊しまくっているのは、福島の放射能である。

まあ、私が記者の立場だったら、問い詰めたいことが山ほどある。
にもかかわらず、読売新聞の記者などは、「気持ち」「心情」を訊くのである。
をいをい、その質問は二度目だぜ。最初の質問と答えを聞いてなかったのかよ。

そして、この日のハイライトは最後の部分だ。

「(いま外が騒ぎになっているから)記者のみなさんは出られませんので、プレスルームに戻っていただいて結構です」

なんだこれ。
こんなことを言われて記者連中は恥ずかしくないのか。
そもそも、その騒ぎを取材して、関電との温度差を書くのが記者の仕事ではないのか?
私はパソコンの画面を見ていて、その会見のあまりの低レベルぶりにツイートをしまくってしまった。

口では「国論を二分する」などと言いながら、関電のご感想うかがいに終始し、キツイ質問を一つもすることなく、答える相手から「ありがとうございます」と言われてしまうクラブメディアの記者たち。
彼らはみな一流大学を優秀な成績で卒業しているのだろう。
なのに、なんでこんなにバカなのか? 
もともと日本の教育は、優秀なバカを作るためのものなのか、それともマスメディアという組織に入るとバカになるのか。
ま、そのどちらでもあるような気もするが、とにかくこのお粗末さに、昨晩は最初は激怒していたが、最後はそれも通りこして大笑いしてしまったのであった。

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2012/07/01

福島第一原発4号機の冷却システム停止について

福島第一原発4号機の冷却システムが故障して、使用済み核燃料を冷却できなくなっているというニュースがあります。

電源が故障し、非常用電源も使えないという情報もあれば、無理な解体工事で冷却の配管を損傷したという情報もあります。

いずれにしろ大変なニュースです。
現在、プールの温度は少しずつ上昇しており、武田邦彦教授によれば100℃を超えるのは7月5日とのことです。

・緊急情報4 福島4号機冷却できず 100℃を超える日

この4号機はすでに日本のみならず世界中の注目を集めており、ある意味、人類最大のリスクとなっています。

にもかかわらず、残念ながらマスメディアでは、ほとんどこのニュースは流れてきません。
したがってここ数日は、このニュースをネットで追いかける必要があると思います。
たとえばtwitterの検索で「4号機」と入れただけで、このニュースを拾ってくれます。
もはや個人の安全は個人で守るしかありません。
是非、この情報を注視していただきたいと思います。

※昨晩、ネットを見ていたら、フクイチはもはや「原子力発電所ではないのだから、東京電力放射性物質放出所と名称変更しろ」という書き込みをみましたが、誠にもってそのとおりだと思います。こんな状態で収束宣言を出した人間の頭の健全性を疑います。


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2012/06/30

6.29大飯原発再稼働反対デモ
〜 マスメディアはこの現実を徹底的に隠せ!
(広瀬隆氏直撃を含む官邸前最前線デモ動画あり!)

前エントリーで、総理官邸前の大飯原発再稼働デモは4万人ではまだまだ少ないと書いた。

それから一週間ーー。
昨日の官邸前は先週とは最初から雰囲気が違っていた。
私は東武東上線の沿線に住んでいるため、有楽町線の永田町駅で下車するのだが、ホームを降りると明らかにデモへ向かう人の数が多い(先週はほとんど見かけなかった)。
改札口ではデモの案内をしている女性がいた。
そして参議院議員会館前の出口から地上へ出ると、官邸方向へ歩いている人が多数(先週はパラパラという感じだった)。
私が官邸前到着したのは、18時20分ぐらいだったろうか。すでにもの凄い人である。
総理官邸を隔てて反対側は国会記者会館がある。先週はその前の道を隔てた反対側(国会議事堂側)はそれほど人はいなかった。しかし、すでにそこに人がギッシリ。
そして側道には警察の車輌が連なって停まっており、議事堂側の歩道からは道を隔てた反対側のあまりよく見えない。これは明らかに故意だろう。

↓官邸前位置関係(拡大して見てください)。

大きな地図で見る

以下、大変に画質は悪いが、私のTwitCasting Liveの映像のご紹介。
何しろ人が多く、しかもスマートフォンを持ってツイッターなどを見ている人も多いので、Wi-Fiがよく切れているが、雰囲気はそこそこ伝わると思う。

まず最初の映像。正面に見える建物は国会記者会館。この前の歩道が人がいっぱいなのだが、私はその反対側にいる。記者会館から外を見ている人はほとんどいない。先週はこの反対側はガラガラだったのだ。

↓の映像も最初は同じ位置。官邸も見える。しかしなかなか身動きがとれない。ここは先週は簡単に行ったり来たりできたのだ。総理官邸前から坂道を下る。なにしろ警察車輌がたくさん停まっているので反対側の歩道の様子を撮影するには、この車輌の間から車道に出ないといけない。
その後、横断歩道を渡って反対側へ。注目していただきたいのは、まだこの時点では上下車線ともクルマが走っていること。

その後、人の波をかきわけて国会記者会館の敷地内へ。会館内は閑散としたものである。そしてその敷地内で取材していたTBSに直撃!(3分あたりから)。私は女性を差別するつもりは毛頭ないが、この状況で女性のカメラマンでは、敷地の外には出られないだろう。でもってそんな安全地帯でいくらインタビューしてもこれは報道ではない。

そして、ここらへんからさらに人が増え始める。徐々に歩道から人が車道に溢れはじめ、そして坂道の下からも人が上がってくる。
次はこの日のkappaman中継のハイライト!(笑)
そうしたなかで官邸前交差点の道の真中で広瀬隆氏を発見して直撃!(10分30秒あたりから。ただしここらへんからWi-Fiがさらに重くなり画質が落ちます)。私はこの時、「人の波が官邸に向かって動き出した!」とツイートしたが、警察の「車道に出ないでください」という声が虚しく響く。ちなみに私が広瀬氏に「どうですか、今日のこの感じは?」と訊くと、広瀬氏は「いい、昔に戻ってきた。もっとここ(車道)を埋めないといけない」とおっしゃってます。
そしてついに道路はクルマの通行不能に。

ここで機動隊の車輌が官邸前に連なってやってきて道路を封鎖! しかし、この中にいても危険な感じはまったくなかった。騒然とはしていたが騒動にはなっていなかったと断言できる。警察は「いったん落ち着いてください」などと言っているが、落ち着いてないのは警察で、むしろ現場にいる人々は熱くはなっていたが、冷静な気持ちも忘れていなかった。

このデモの最前線で健全な法治国家のために声をあげる会の理事のF氏と、畏友ざまあみやがれい!さんに遭遇!(4分過ぎから)。

↓デモの最前線で雑談(笑)。そして少しずつ解散ムードに。しかし、道が歩行者天国状態。こんなことはもうあまりないだろうから、国会議事堂横の坂道の歩行者天国を満喫。「ここでビールを売ったら飛ぶように売れるんじゃね?」などとツイート。その後、いったん永田町駅方面へ。ここでも日の丸を持った人が「再稼働反対!」とコールしながら練り歩く。ちなみに先週は、官邸前を離れればもう人はまばらで、永田町の普段の金曜日の夜の静けさがあった。が、昨日はまったく違う。
そして、ちょっと歩けるようになったので、踵を返して官邸前へ(28分30秒あたりから)。官邸のど正面は警察だらけ。そしてこの中で野ブタは「大きな音だね」と言ったそうだ。くろねこの短語さんも書いているが、オレたちゃノイズかよ。

さて、先週とはうってかわって人が増えたデモ。しかしそれでもマスメディアの扱いはまだまだ小さく、ほとんどどスルーしている新聞もあるとか。
日頃、何かというと1000人にも満たないようなサンプル数で「世論調査」をやって、その結果をあたかも国民の声かのように大々的に報じるメディアであるが、国会記者会館という自分たちの目の前で10万〜20万の人びとがデモをしいてる状況をできるだけ小さく扱うことに腐心しているのだから、怒りを通り越して哀れという他はない。

そして私は思うのである。
こうなったら、マスメディアは徹底的にこのデモを報じるな! 隠せ!
でもって、パンダの懐妊でも追っかけてろ!
小沢一郎でも叩いてろ!

しかし、どんなに記者クラブメディアが情報統制しようとしても、現実にはネットを通じて真実がどんどん流れている。
ネットでこの真実を知ったみなさんは、是非、官邸前に来て欲しいと思う。
なぜなら、ネットではわからないリアルの空気がそこにはあるからだ。
かつて伊集院光が「ネットが普及すればするほど、ライブの価値も上がる」と言っていたが、やはりライブでこのデモを体感するのと、ネットを通じて見るのとでは明らかに違う。
実際にデモに来れば、集まった人々の年齢層の幅広さに驚くだろう。子どももいるし女性も多い。そして外国人もいる。若い兄ちゃんもいるし、私のようなオッサンもいる。
ツイッターを見ていたら、警察官が規制用のコーンを動かしながら「再稼働はんたーい」とつぶやいていたそうだ。

日本という、私に言わせれば最高度に統制された官僚独裁のファッショ国家において、これだけの規模のデモは安保闘争以降は始めてである。しかも、さらにこの波は拡大するだろう。といってもこのデモは、一人ひとりの個人が集結して緩やかに連帯しているもので、それだけに一種のお祭り騒ぎという雰囲気もある。
是非、それを多くの人に味わってもらいたいと思う。

そして、繰り返しになるが、マスメディアはこれを報道せずに、徹底的に黙殺していただきたい。
なんとなれば、彼らが黙殺すればするほど、ネットメディアに注目が集まり、その価値が上がるのだから。

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2012/06/24

6.22大飯原発再稼働反対デモ ~ 4万人ではぜんぜん少ない

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 ひとくちに誤報といっても、ニュースが誤ってつたえられる過程で、さまざまなニュアンスの違いがみられる。三樹精吉氏の『誤報』によると、誤報は、①虚報、②歪報、③誤報、④禍報、⑤無報……の五つに分類されるという。「公正な報道」という観点からすれば、大小の誤報とその政治的社会的影響力にてらし、大体この分類に振りわけられると思う。ただこれに、私なりにちょっと手を加えさせていただくならば、次のような類別が可能ではないかと考える。
 ①虚報──三樹氏の規定どおり完全に事実無根の報道。
 ②歪報──文字どおり事実を歪めた報道だが、そこには(イ)誇報と(ロ)矯報の二種類がある。語法上おかしいかも知れないが、誇報とはある事実をとくに誇大につたえることであり、矯報とは何らかの意図で、逆に事実よりも矮小化して報道することを指す。
 ③誤報──報道機関の機構上の欠陥からうまれる過失や、作為はないが記者の軽率さによって生じるもの。
 ④禍報──意図はないが、周囲の状況や記事作成上の不手際から、読者に誤って受けとられるばあい。不作為の歪報。
 ⑤無報(あるいは不報)──何らかの事情で報道されず終いになること。これには意識的な黙殺、つまり「自主規制」によるものと、直接に外部から圧力が加えられてニュースが抹殺される「言論統制」によるものと、二つがある。
 ⑥削報──矯報と無報(不報)にそれぞれ近いが、ある部分にかぎって、外部からの圧力や自己検閲によって記事を故意に削除すること。
 ⑦猥報──戦後の「言論の自由」によってジャーナリズムに根づよく腰をすえたエログロ・スキャンダリズム。主たる原因はマスコミの過当競争だが、注意すべきは、いわゆる識者のいうように“劣情を刺戟”することに問題があるのではなく、むしろ既成の道徳観や性にたいする偏見から、故意に男女問題をスキャンダル化して報じることに、マスコミの偽善性が特徴的にあらわれている。多くのばあい古いモラルをかくれみのにしているところに、言論報道の自由にたいして官憲や道学者が介入するスキを与えている。私は、これも現代マスコミが明らかにしなければならない主要な課題であり、アキレス腱だと考える。
 戦時中の新聞は、厳しい言論統制によって毎日のようにひどい「歪報」をかさねていたし、また戦後の占領下ではプレスコードに縛られて連日「無報」の罪を犯していたといえる。陸海軍大本営発表が極端な歪報を報道機関に強要したように、占領下の新聞はGHQ新聞課の検閲によって、アメリカ兵は「大男」、米軍ジープは「小型車」という、苦しい表現でしか報道することを許されなかった。さらにさかのぼれば、日中戦争勃発当時の「爆弾三勇士」が、全くの虚報であったことは、当時から新聞記者のあいだでは公然の秘密だったにも拘わらず、軍当局は国威発揚のために、新聞にデタラメな三勇士物語を書きたてることを強制し、銅像までつくられてしまった。知らぬは国民と三勇士の親ばかりだった、ということになるが、当時の国民にたいする宣伝効果は十二分に達せられたわけだ。軍に都合のわるいことは一切載せさせないという戦時下の言論統制は、国民の大多数をメクラ同然にしてしまったといえる。
 だが、このいわば権力の圧力によってうまれる「無報」も、戦時中は無暗に××の文章が新聞や雑誌に目立ったために、かえって検閲制度のきびしさを国民に知らせる結果になった面がないでもない。これに反して戦後の占領軍は、あきらかに削除(削報)とわかる紙面づくりを許さなかった。したがって××は「言論の自由」を高らかに謳い上げた戦後のジャーナリズムには一つも出てこない。それだけに、占領軍(とくにアメリカ軍)に対する批判がいっさい禁止されていることに、国民は気づかず、ジャーナリストの間でさえ「今日ほど言論が自由になった時代はない」などと手放しで謳歌する者がすくなくなかった。日本の検閲制度に苦しんだ言論人も、××のないことによっておこる錯誤のワナに、みごとに落ちこんでしまったといえる。その点では占領軍の言論統制は日本軍部よりも巧妙であり悪質だった。

(丸山邦男著『遊撃的マスコミ論──オピニオンジャーナリズムの構造』(1974年)より)
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先日、知り合いが「原発がすべて停止して以来、涼しい日が多いような気がする」と言っていた。
確かに6月も後半に入るが真夏のような暑さの日は少なく、朝晩は窓をあけていればひんやりするほどだ。
それが原発と関係あるかどうかはわからないが、原発という巨大海水温め装置が止まったことと気象の関係をきちんと調べてみる必要はあると思う。
何しろ核分裂反応によって得られる熱エネルギーの3分の2は、単純に海に捨てているのが原発なのだから。

さて──
一昨日の22日の夕刻、私も総理官邸前へ行って来た。

位置関係で言うと、総理官邸と道を隔てて反対側には国会記者会館があり、その前、あるいは敷地内にまで人が入り込み「再稼働反対」の声をあげていた。
集まった人数は4万以上だという。
自分たちの目の前でこれだけの人が集まったにもかかわらず、それでも何も報じないNHKや読売新聞は、つまり意識的に黙殺しているわけで、丸山邦男氏が指摘するところの「無報」である。

そにれしても──。
長らく反原発の立場にあった私としては、まさかこれだけ多くの人が原発反対のデモに参加する日が来るとは思わなかった。その意味で、まさに隔世の感がある。
しかも、若い人から年配の人まで年齢層が幅広い。そして、男性にしても女性にしても、一人でやってきている人も少なくない。また多くの人がスマートフォンを手にしてツイッターを見たり、ツイートしている。
ソーシャルメディアを手にした市民が目覚めつつある光景は、この国を支配する記者クラブメディアによる強烈な言論統制の崩壊を予感させる。

が、だからこそ私は思うのだ。
「まだまだぜんぜん少ない」と。

昨日、今日と、日頃私が目を通している多くのブログで今回のデモが、その人数も含めて好意的に取り上げられていた。
もちろん、それは喜ばしいことだ。
だが、20時を過ぎて私がデモの現場を離れて地下鉄の駅へ向かうと、少し歩けばそこにはすでに金曜日夜の永田町の日常的な静寂があった。そして電車に乗り込めば、ほとんどの人が官邸前の出来事など知るはずもない。

原子力発電所が3機もメルトスルーし、総理大臣の「収束宣言」という大ウソとは裏腹に、すでに手をつけられない状況になりつつある(ひょっとしたら手段がないという意味での「収束宣言」かもしれない)。
東京電力のみならず、すべての電力会社がデタラメの限りを尽くして原発を運転してきた。その体質を一つも改めることなく、原発を再稼働しようなどというのは狂気の沙汰だ。使用済核燃料の最終処分地の行き先すら見つからないなかでの「安全宣言」など無意味以外の何ものでもない。
これだけの現実を目の当たりにしたら、普通の国であれば暴動の一つや二つは起きていると私は思う。
にもかかわらず、この期に及んでも総理官邸の前にせいぜい4万人しか集まらないというのは、逆に言えば国家権力の情報統制がそこまで行き届いていることの証明とも言える。

私が生まれる2年ほど前に60年安保というのがあった。この時、国会周辺に集まった人数は、一昨日の人数とは比較にならない、100万人単位だったという。
にもかかわらず、時の首相である岸信介は「声なき声が聞える」と嘯いた。
官僚というのは前例を踏襲する。
おそらくいま野田を取り巻く官僚たちは、「あの60年安保に比べれば、ぜんぜん大したことはない。声なき声に耳を傾ければいいのです」と耳もとで囁いていることだろう。
岸信介という政治家が私は反吐がでるほど嫌いだが、しかし岸には岸なりの信念があっただろう。
一方、野田という男には何もない。たとえ官邸の外で少々の騒ぎがあろうとも、官僚に入れ知恵されれば何の疑問もなくそれを受け入れるだろう。そんな無気味さが野田にはある。

ところで、これまでに私が見たデモの中で最大規模のものは70年安保だ。
この70年安保は60年安保に比べると、規模としては小さいと言われる。
が、当時、小学校低学年だった私が見たこのデモは(親に連れられて見に行った)、子供心に強烈な印象として残っている。その時の記憶と比べてみても、一昨日のデモはまだまだスケールが小さい。

もっともっと多くの人が国会周辺のみならず全国で行動を起こさなければ、国民まるごと原発破局と道連れという運命は変わらない。そして、悪い奴らは誰一人責任を取ることなく逃げ切ることになる(彼らはもはや国の将来がどうなろうが知ったことではない)。
そう私は思うのである。

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(写真は70年安保のデモ隊を見る私(^_^;) )

※丸山邦男氏(丸山真男氏の弟)の『遊撃的マスコミ論──オピニオンジャーナリズムの構造』は、近日、志木電子書籍より電子化されて刊行されます。

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2012/05/08

「こどもの日」に全原発停止
~ 嬉しいけれど、喜べない その2

その1より続く)

1999年9月30日、東海村でJCOの臨界事故が起きた。
この日は中日ドラゴンズがセ・リーグ優勝を決めた日で、私は午後から会社の半休を取って神宮球場へ出かけていたので、事故のことを帰宅するまで知らなかった(当時は携帯でニュースなど見られなかった)。
早速、パソコン通信で情報を確認すると、大変な事故であることがわかったが、ここでもメディアの伝えるニュアンスとパソコン通信から入ってくる情報は相当に異なっていた。

2002年10月、私は勤務していた会社で編集部から広告部へ異動する。
それまで広告に関する知見はほとんどなかったが、営業の現場を経験するなかで、東京電力が想像以上に有力な広告主であることを知った。
私の勤務していた会社は女性誌を中心に発行していたが、たとえば30代以上の主婦向けファッション誌には「オール電化住宅」の広告が入る。しかも、雑誌広告の売上げが落ち込んでいくなかで、定価ベースの広告料金を払ってくれる貴重なクライアントの一つだった。
そして2006年から当ブログを書き始めた私は、以後、原発についてかねて思っていた懸念、あるいは電力会社とメディアの関係を時々、書くようになった。
そうして2011年3月11日に東日本大震災が起きて、福島第一原発は破局事故を起こした。

こんな私であるから、こどもの日に全原発が停止したしたのはもちろん嬉しい。良かったと思う。
だが、手放しで喜ぶ気持ちにもなれないのは、いつ収束するかまったく見当もつかない破局事故がすでに起きてしまったからだ。
福島第一原発1号機から3号機で原子炉から溶け落ちた燃料はいまだにどこにあるのかわからず、それが回収可能であるかどうかもわからない。4号機には莫大な数の使用済み燃料があり、これが強い余震で倒壊するかもしれない建屋の中にある(一応、補強工事はしたが)。
原発周辺に住んでいた住民はもはや帰宅することはできない。
そして──。
日本の法律をきちんと適用するならば、福島のみならず群馬、栃木、茨城、千葉、埼玉、東京の一部にも放射線管理区域にしなければならない場所、つまり住んではいけない場所がある。にもかかわらず、政府は法律をネジ曲げてしまったため、いまだにそこで多くの人が普通に暮らしている。

そうしたなか、原発推進勢力は産学官報一体となった恐るべき情報コントロールで、なお原発を再稼働させようと試みている。まったくもって原子力ムラの強大さには驚くばかりだが、しかしその彼らをもってしても全原発を停止せざるを得なかった。つまり、福島第一原発の事故はそれほど大きなものだったのだ。

ここで話は突然かわるが、消費税増税を目論む野田政権、そしてそれを後押しするメディアによれば、増税を必要とする最大の理由は後世にツケを回さないためだという。そのためには、消費税の負担増はやむを得ないのだそうだ。

ところで後世にツケを残すという意味では原発ほど莫大なツケを残すものはない。
なにしろ高レベルの放射性廃棄物は十万年、百万年の単位で管理しなければならないのである。
現在、原発各地の使用済燃料プールはすでに限界に近づいており、一方で核燃料サイクルはとっくの昔に破綻している。
今後、原発を稼働すれば、またまた使用済核燃料が出てくるわけで、その持って行き場はすでになくなりつつある。
しかも、これから福島第一原発の処理で膨大という言葉でもまだ足りないほどの想像を絶する放射性廃棄物が出てくるわけだが、これをどこでどうやって管理するのかも定かではない。

一昨日の朝、TBSの「サンデーモーニング」を見ていたら、原発推進派の寺島実郎が「泊は最新鋭の原発で耐震性もしっかりしており、古い原発とは安全性が比較にならない」とういうようなことを力説していた。しかし、たとえ少しばかり耐震性や性能が向上したとしても使用済核燃料は出るわけだし、耐用年数を過ぎた原発は解体しなければならない。つまり、ここでもまた膨大な放射性廃棄物が出てくるのである。
寺島実郎が生きているのはせいぜいがあと二十年ぐらいのものだろうが、問題はその後なのだ。
ただでさえ、現時点で後世に莫大な負債を作ってしまったのに、ここでまた原発を再稼働をすれば、負債がどんどん積み上がるのである。

私に言わせれば答えはすでにハッキリしている。
もはや原発の再稼働は絶対にしてはいけない。
それで電力不足が起きることはないが、百歩譲って電力会社が言うように電力不足で計画停電のような事態に陥ったとしても、それでも原発は稼働してはいけない。
結果、これまでのように経済成長一本槍の路線は変更せざるを得ないが、それでももちろん稼働をしてはいけない。ここまで大きなツケを後世に対して作ってしまったのだから、もはや原発が動かなくてもやっていけるだけの経済規模にするしかない。

もっともその方が社会は成熟すると私は思う。
エアコンの設定温度は上げて、できるだけ我慢すればいい。真夏にどうしても暑くて設定温度を下げたくなったら、テレビを消せばいいのだ。その方がよほど節電になる。だけど高校野球に関心があるというのなら、ラジオを聴けばいいいじゃないか。
スーパーにしてもコンビニにしても、煌々と照明をつける必要はない。昨年は節電で結構、照明を落としている店があったが、私はそういう店へ行くたびに「これで十分だナ」と思った。要はこれまでが明るすぎたのである。
何も電気のまったくない時代に戻るわけではない。ただ一人ひとりが少しずつ我慢をすればいいのであって、その間に新たなエネルギー源、あるいは電池の分野に国全体で投資をしていけば、今以上の成長分野になる可能性は十分にある。

昨日から今日にかけて、テレビは竜巻一色であった。たしかにこの竜巻は凄まじい被害をもたらしたし、死者、けが人が出た。
しかし、誤解を恐れずに言えば、自然災害というものは避けられない一方で、しかしそこから復興することも可能だ。しかし、原発事故による放射能災害というのは、一度起きてしまえば、容易に復興できない。
その災害がすでに日本で起きてしまったことを考えれば、繰り返しになるが原発は再稼働してはいけない。
全原発が停止したのは「こどもの日」。その意味をよくよく考えなければならないと私は思うのである。


誰も通らない裏道 蔵出しエントリー
2007/01/16 「原発は高い」(アル・ゴア)


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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』


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2012/05/01

連休谷間の戯言〜
千年に一度の想定もできないタコ集団に、
万年単位の放射性廃棄物の管理などできるかっ!

********************
落合 だからおれ、この考え方間違っているかも知れないけれど、あえて言うよ。野球界、いっぱい問題あるよね。で、実行委員会、月に何回やるの。これだけ問題あるのに、全部が棚上げされている。何にも進まない……。ということは、やらなきゃいけない仕事をみんな放棄しているわけだ。
 おれ、日本の政治と一緒だと思っているんだ、ここ数十年の球界というものは。政治家は、人から信任されて、政治家になる。だったら、この国家危急存亡のときに休んでいる暇なんてないだろうって思う。国会? 休会している場合じゃないだろう。この国をよくするために、変えるために、あんたら毎日働かなきゃいけないんじゃないのか。土日返上して、毎日会議やって、一日でも早く法案を通さないかんだろう。世の中が望んでいるのだから、しかるべく結論を出して実行実現させなきゃいかんじゃないかと。それがどうだい、一年のうち決められた日数しか、国会、やらないでしょう。それと野球界は、一緒だな。絶対変わらない。命がけで変えようと思っている者がいない。これは政治でもそうだと思う。それよりもっと野球界はひどいんだもん。変わるわけがない。だれがコミッショナーになったって一緒だよ。

「新潮45」2012年5月号
オレ流「プロ野球改革論」 落合博満VS.坂井保之 より
********************

知り合いの国会議員秘書氏によれば、連休の谷間の本日あたりは議員会館は閉めている事務所もあるらしい。
地方選出の議員は地元に帰って大忙しなのだそうだ。
facebookを見れば、休みをとってゴルフに出かけている友人も複数。
世の中は3.11以前とまるで変わらなく動いている。
しかし、どう考えても現実に起きていることはただ事ではない。

・低気温のエクスタシー
〔放射能写真〕郡山市の子供が遊ぶスポットも数値が高い

今、手を打たなくては未来永劫にわたって禍根を残すような事態が進行中にもかかわらず、これまでの政策の責任を問われたくない原子力ムラの連中と、その集団に担がれた政府の面々は、対策を取るどころか放置し、なかんずく現在、避難している人々をも帰宅させる方向に動いている。

総理大臣は犬のように(という表現は犬に気の毒だが)千切れんばかりに尻尾を振りながら訪米したが、今日の東京新聞2面には↓のような記事があった。

********************
原子力協力委
首相、再稼働へ加速狙い
米お墨付きで反対論抑制

 野田佳彦首相がオバマ米大統領との首脳会談で、民生用原子力協力に関する二国間委員会の設置を決めるのは、首相が目指す原発再稼働方針を加速させる狙いがある。再稼働に対して原子力大国である米国のお墨付きを得ることで、日本国内の反対論を抑えたいという思いがあるようだ。
(以下略)
********************

国内の反対論をアメリカのお墨付きで跳ね除けようということらしい。
この記事が事実なら、日本国の首相というのはクズの中のクズだね(ちなみに普段、マスメディアの書くことはほとんど信じていないが、東京新聞の原発関連記事は信用している)。

その原発再稼働についてだが、京都大学原子炉実験所の教授なる肩書きを持つ人物によれば、「原発ゼロは危険な社会実験」なのだそうだ。

・ざまあみやがれい!
あの山名元が今度は支離滅裂な「タイタニック」の例えで「原発ゼロは危険な社会実験」と暴言!

世界有数の地震国家、かつ島国という条件の場所に50機以上の原発をつくるという「危険」かつ「壮大」な「社会実験」をした結果、このたびの大破局を来したという認識がこの人物にはない。
こういう人物が京都大学という最高学府の教授である一方、原発の危険性と破局事故の可能性を指摘し続けた人物が助教なのがこの国の現実である。

・京都大学原子炉実験所
研究部門等教員配置表

福島第一原発の事故は、千年に一度という想定外の地震と津波だったから事業者に責任はなく、そもそも原子炉の設計段階でそのような「あり得ない」状況を想定することは、現場では一笑に付されていたのだそうだ。

********************
 東日本大震災による大津波が発端となり、世界有数の原発事故を起こした東京電力福島第一原発。その設計や安全性の検証を担った東芝の元社員二人が本紙の取材に応じ、「設計時は、これほどの津波は想定していなかった」と証言した。東電の想定していた津波は最高で五・五メートル。実際には倍以上高い十四メートルを上回る大津波が押し寄せており、二人は設計に想定の甘さがあったと口をそろえる。
 取材に応じたのは、一九七〇~八〇年ごろに同原発の安全性を検証した元技術者の男性(63)と、七一年から順次稼働した同原発1~3号機と、5~6号機の設計に加わった元設計者の男性(69)。
 タービンの安全性の検証に携わった元技術者は、原発の設計図の青焼きを見ながら「今回のような大津波やマグニチュード(M)9は、想像もできなかった」と振り返った。
 元技術者は事故や地震が原因でタービンが壊れて飛んで炉を直撃する可能性を想定し、安全性が保たれるかどうかを検証。M9の地震や航空機が墜落して原子炉を直撃する可能性まで想定するよう上司に進言した。
 だが上司は「千年に一度とか、そんなことを想定してどうなる」と一笑に付したという。
(以下略)
「東京新聞」2011年3月23日より
********************

ところで原発を運転することで出てくる高レベル放射性廃棄物というものは、その管理を万年単位、それも十万年、百万年の単位でしなければならない。
たかだか千年単位の事態ですら想定できないタコ集団に、どうして百万年単位の想定などできるのか?(まあそんな時点まで管理可能と言っている時点で頭がおかしいが)

世の中には様々な職業についている人がいるが、プロフェッショナルであれば、みなその仕事にプライドを持っているわけで、それをよく〇〇屋という表現をすることがある(「鉄道屋」とか)。
もし、電力会社の人間がそれぞれプライドを持って仕事をしているのならば、原発がダメでも「火力屋」や「水力屋」が「俺たちが頑張って、絶対、電力不足なんて起こさせない」という声が出くるはずで、それがプロの気概というものだろう。
ところが、そんな声は一つも聞こえてこないどころか、東電(他の電力会社も同様)から出てくるのは、「原発が稼働しなければ、電力不足になる」「電気料金を値上げするしかない」という恫喝だ。
歴史上、稀に見る犯罪企業が、この期に及んでもこういう態度を取れるのは、電力会社が地域独占であるからである。
そして、そういう経営形態であるにもかかわらず、この会社のトップは常に経団連の要職を努め、規制緩和やら新自由主義やらの旗を振り、二言目には「自己責任」なる文句を持ち出して、時の政府に影響力を与えてきた(4月29日のバス事故にしても、規制緩和による価格競争激化と密接な関係があるだろう)。

いやはや日本の国民というのは、とことんナメられたものである。

ついでに言えば、、、
現在、新聞各社は横並びで野田政権の消費税増税路線を全面的にバックアップしているが、一方で新聞業界は「消費税率引き上げの際は、欧米諸国と同様に軽減税率を適用するよう求めている」ことをご存知ですか?

・日本新聞協会
税制改正で経産省に要望

もう何から何までデタラメだらけで、私なんぞは激怒するのが普通じゃないかと思うのだが、どうやら今もってこの程度のことで怒っているのは圧倒的少数派らしい。

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2012/04/17

原発の再稼働こそが集団自殺への道である

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仙谷氏「原発動かさないと日本は集団自殺」

 民主党の仙谷由人政調会長代行は16日の名古屋市内での講演で、原発の再稼働をめぐり「原発を一切動かさないということであれば、ある意味、日本が集団自殺をするようなものになる」と述べた。電力不足に陥ったら生活が行き詰まることをたとえた発言だが、藤村修官房長官は同日夕の会見で「その言葉だけをとれば、良い言葉ではない」と指摘した。
 仙谷氏は講演で「日本の経済・社会が電力なしでは生活できないということは、昨年の計画停電騒ぎで明らかだ」とも強調。電力不足を避けるため、再稼働への理解を求めた。
 仙谷氏は大飯原発(福井県)の再稼働をめぐる関係閣僚会合にも出席。再稼働の議論を主導している。
(asahi.com)
********************

いまネット上でも話題になっている仙谷由人のこの発言は、「集団自殺」という言葉がいい悪いという話ではない。
「原発を再稼働しなければ、それほど大変なことになる」という発言の意図こそが問題なのであって、私に言わせれば、この期に及んで原発を再稼働ことこそが集団自殺であって狂気の沙汰である。
にもかかわらず、その言葉の良し悪しだけを切り取って取りざたするのは、実は「再稼働しないと集団自殺だよ」という狂気の推進派集団の恫喝をあまねく国民に広めるためのプロパガンダであり印象操作であると私は断言しておく。

それにしても、仙谷の話を聞いていると、今後、大飯原発のみならず、他の原発も「安全性が確認されれば」どんどん再稼働していくつもりらしい。
供給電力には十分に余力があるにもかかわらず、これだけ拙速に再稼働をさせたがっているのは、個人的には14日のエントリーで書いた、原発が生み出す余剰電力でまかなっていた深夜の割引電力を化石燃料で発電しなければならないことによるコストアップが、電力会社の経営を直撃しているのではないかという推測がやはり正しいのではないかと思わずにはいられない。

しかし、そもそも電力が足りようと足りまいと、原発を再稼働するかしないか、脱原発を即刻実施するかしないかを議論して決定するにあたり、もっとも重要なのはより若い人たちの意見を聞くことだと私はかねて思っている。

・原発の是非は、小学生以上、40歳以下の人たちに問うべきだ

先のない仙谷ごときが関与するような問題ではないのである。
今、原発の是非を国民投票で決めようという動きもある。実は私はそれについてはあまり詳しく知らないのだが、肝心なのは若い人たちの意見であって、もし投票で決めるとしても、私の意見では40歳以上に投票権を与える必要はない(まあまだ未成年の子供のいる人は40代以上でも投票権を与えてもいいかもしれないが)。
そして小学生の高学年以上には投票権を与えるべきだと思う。
(ただし、その投票をする際には、推進、反対の両派がわかりやすく、かつ徹底的に論点を出し尽くす必要がある)

ではわれわれ世代は何をするか。
50歳以上で足腰が動く男性には、社会的地位の差に関係なく、全員に一定期間、福島第一原発での労働を課すべきである。
これはもう国会議員であっても、トヨタ自動車の社長であっても関係なく、とにかく全員。
それぐらいのことをしないと、今、この危機を乗り切ることはできない。

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2012/04/16

仙石由人の古典的恫喝と
原発を知りつくした男が東京電力を辞めた理由

本日の東京新聞によると、仙石由人は、「脱原発依存が実現するまで、真っ暗な中で生活をおくるわけにはいかない」
と述べたそうだ。
かつて自民党政権時代、「原発を停めたらロウソクで生活しなければならなくなる」というようなことを言った政治家がいたが、この手の論理はずっと以前から推進派が使ってきた最単純な恫喝である。

一方、枝野幸男は「七月以降に猛暑が来る可能性がある。それまでに(再稼働の)理解をいただければありがたい」と言ったそうだが、この男はいつから気象予報士になったのか? まさに周りから「そう刷りこまれている」ことを露呈したといえるだろう。

京都大学の小出助教は原発に破局事故が起こる可能性をずっと指摘してきた。
これに対して、推進派の御用学者や政府は「絶対に起きない」と言ってきた。
結果、破局事故は起きた。

そして今、小出助教は「原発をすべて停めても電力不足は起きない」と言っている。
一方、推進派は「原発を再稼働しないと、真っ暗な中での生活をおくることになる」と言い出した。
どちらの言葉が信じるに値するかは火を見るより明らかだろう。

ただ、原発を停めても電気が足りるからと言って、享楽的な生活を送っていいというわけではない。
これまで日本経済は成長一本槍で来たわけだが、これからはほどほどで足れりとしなければならず、相当な我慢も必要になる。
しかし、それは依然として収束のメドすら立っていない原発事故を現在進行形で抱えている国としては、致し方のないことで、それがせめてもの後世の人びとへの償いである。

元東電社員木村俊雄氏:原発を知りつくした男 東京電力を辞めた理由

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2012/04/14

大飯原発再稼働問題
逼迫しているのはオール電化住宅用の
割引深夜電力ではないのか?

大飯原発再稼働の方針が決定された。
TPP、消費税、原発再稼働、、、
これほどまでに国民に対して挑戦的な政権(=霞が関が扱いやすい)があったろうか。
枝野はこれまで2010年参議院選挙の敗北でも、3.11後の「ただちに問題はない」発言による被ばく者の拡大についても一切、責任を取ることはなかった。
その男が口にする「責任」という言葉は空疎という以外にない。

原発再稼働は、もちろん電力会社の意向である。野田政権はそのためにせっせと汗をかいている。
しかし、いま原発を再稼働すれば、またぞろ使用済み核燃料が大量に出てくる。
核燃料サイクルなんてとっくの昔に破綻しているなか、いったいそれをどこで保管するのか?
まして、これから福島第一原発の処理のために想像を絶する放射性廃棄物が出てくる。それだってどこかに厳重に保管しなければならないのだ。しかも、この処理がいつまでかかるかは誰にもわからない。

そんななか、「たかが電気のため」(京都大学・小出助教の言葉)に、なぜ電力会社はこれほどまでに原発再稼働に固執するのか?
これについては、今年1月に書いたエントリー(電力会社が電気料金を値上げしたい本当の理由)と似た内容になるが、私の見解を書いておく。

電力会社が原発再稼働を持ち出す最大の理由は、このままだと夏の電力需要に対応できないという論理だ。政府もこれをまんま同じ理屈で持ち出す。が、実際のところ、その詳しい数字についてきちんと検証していないことは東京新聞が報じているところだ。
実際、小出助教も供給不足が起きることはないと断言している。
つまり夏の電力不足などという理由はウソなのである。
では、本当の理由は何か?

私はこれは割引された深夜電力を利用する、オール電化住宅対策だと思う。
そもそも、深夜電力はなぜ安いのか? これは何度も当ブログで書いてきたが、もう一度書くと、原発が生み出す電気が深夜に余っていたからだ。
原発は出力調整をできないため、いったん稼働すればマックスで運転せざるを得ない。その原発の比率を上げていったため、深夜の時間帯に電力は余ってしまったのである。その対策としてひねな出されたのがオール電化住宅だ。
もともと余っているのだから、料金の割引はできる。それを餌にオール電化を普及させて、電気余り状態を解消しようとしたのである(そのお先棒を担いでいた雑誌の一つが「ソトコト」)。

(※もともと原子炉で生み出される熱のうち発電に使われるのは3分の1で、排熱として海に捨てている。また、原発は発電所から利用地域までの距離があるから、その間に送電ロスが出てしまう。さらにそうまでして作り出した電気が深夜には余るというのだから、目を覆いたくなるほどの非効率である)

ところが、原発が停止したことで余剰電力がなくなった。しかし、オール電化住宅を利用している人はいるわけで(なにしろ電力会社がその市場を掘り起こしたのだから)、その人たちのために電力を作らなければならず、しかもその電力は割引しなければならない

私は少し前に、東京電力にオール電化住宅利用者を装って電話をして、電気料金の値上げについての質問をしてみた。電話口の男性は、こちらがオール電化住宅利用者だと名乗ると恐縮しきって、「申し訳ありません」を連発する。
私が「まさか深夜電力の割引制度自体がなくなるということはないでしょうね?」と訊くと、相手は「まだ決まったわけではないが、すべてを一律に上げる予定なので、深夜電力の割引制度はなくなりませんが、他の時間帯と同じパーセンテージで上がるはずです」と答えた。
「しかし、深夜電力は安いというから導入したんですよ」と突っ込むと、「申し訳ありません」を再び連発しながら、「割引制度自体はなくならないから、他の時間帯よりは安いです」の一点張りであった。

と、こう見ていくと、、、
実は電力会社にとって逼迫しているのは、真夏や真冬の電力需給ではなく、オール電化住宅用の割引深夜電力である可能性が高いと私は思う。
ここを火力で補い、さらに値段を割引くという、まあ言ってみれば逆ざやのような状態、コストアップ分を解消するためにどうしても原発を再稼働し、さらにそれでも間に合わない分を電気料金の引き上げで乗り切りたいというのが、電力会社のホンネ中のホンネなのではないだろうか?

つまり、現状、電力会社は自らが撒いた種でどんどん首を締められている。そこからなんとか脱出するために政治家を使っている。
呆れ果てた話だが、これを認めてしまったら、本当にこの国は終わるのではないだろうか。

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