2012/09/27

速報! ~ 健全な法治国家のために声をあげる市民の会が新たな告発状を最高検に提出

健全な法治国家のために声をあげる市民の会(代表・八木啓代)は、本日、新たな告発状を最高検察庁に提出し、また東京第1検察審査会に「審査申立事実の補充申立書」を提出し、その後、司法記者クラブで会見を行いました(この映像はIWJより公開されます)。
とりあえず、本日提出した告発状を当サイトでもアップいたします。

最高検察庁あて「告発状」(2012年9月27日)

東京第1検察審査会あて「審査申立事実の補充申立書」(2012年9月27日)

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2012/06/14

速報!
健全な法治国家のために声をあげる市民の会が
新たな告発状を最高検に提出!

健全な法治国家のために声をあげる市民の会(代表・八木啓代)は、本日午前中、新たな告発状を最高検察庁に提出いたしました。
被告発人は、佐久間達哉(法務総合研究所国連研修協力部部長)、斎藤隆博(東京地方検察庁特捜部副部長検事)の二名で、罪状は「虚偽有印公文書作成罪及び同行使罪 刑法156条及び同158条」です。

告発状

もはや法治国家としての枠組みなど眼中になく、ただただ己の保身のために田代元東京地検特捜部検事をどうしても不起訴にしたい検察と市民の闘いは土壇場に来ております。
是非ともこの問題の拡散をお願いする次第です。

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2012/06/13

『プロメテウスの罠』の罠

********************
 日本の国連加盟が、昨年の十二月十八日の総会で決定された直後、重光前外相はとりまく記者団に向ってこう語った。
「満州事変以来の日本の混迷は今日この日をもって終った。これもついに国民の努力の結果である。この事実を基礎に謙虚な態度で過去のあやまちをふりかえり、二度と同じ間違いをしないようにしたいものである」(『朝日』31・12・19・夕刊)
「大日本帝国」最後の外務大臣、ミズーリ号調印式の政府代表、巣鴨のA級戦犯、そして国連加盟を承認された日本の外相と、このあわただしい十数年間それぞれの時期にそれぞれの歴史的な役目を負わされて来た人の言葉として、その中にはたしかに無量の感銘がこめられていたであろう。
 私はこの重光前外相の言葉を率直に受取りたい。しかし、「日本の混迷は今日のこの日をもって終った」という意味が、戦争以来こんにちまでの数々の過失と罪悪を、ここでやっと洗いおとしたというような、そんな生やさしい安堵感のあらわれだとすれば、私はこの言葉を全面的に否定する。それは、昨年あたりしきりとかつぎ出された「もう戦後ではない」という合言葉の裏にひそんでいる責任回避の意識、早く過去の現実からすりぬけたいというあのうしろめたそうな願望に通じるものが感じられるからである。
 とはいうものの、私はやはり重光氏の談話を額面どおり、善意に解したい。とすれば、むしろ今日この日から、「謙虚な態度で過去のあやまちをふりかえり、二度と同じ間違いをしないように……」という言葉にその重心をおかねばならぬ。それは、戦後十一年余の永きにわたって、まったく放置され、あるいは意識的に回避されて来た多くの問題を、この日からあらたな気持で直視し、検討するということであろう。けっして、いい加減に妥協したり、問題の焦点をズラしたりすることですりぬけられてはならない。そして、ここでとらえられたことは、過去がそのまま明日への架け橋としていかされるように提出されねばならないのだ。
 この日から、これだけは正しくはじめられねばならぬ過去の解明──国連加盟を私は、そのような日として明記したい。
    ☆
 私はその一つとして真っ先に戦争責任の問題を挙げる。
 昨年は知識人や文学者の戦争責任がさかんに論ぜられた。それは天皇から共産党まで、徹底的に追究せよという意見から、全くナンセンスだという総無責任論まで、まさに百家争鳴であった。しかし、折から巣鴨を出所した荒木貞夫、橋本欣五郎両氏を筆頭とするA級戦犯が、無謀な戦争指導者としての責任に全く無自覚だといわれたのと比較して、それはともかく真摯な意図によっておこなわれたことだけはたしかであろう。
 ただ私にはどうしても不思議でならなかったのは、知識人や文学者の戦争責任を、絶好の論争テーマとして取上げた新聞・雑誌・放送を含むジャーナリズムの態度である。正確にいうなら戦争責任論と、これを積極的に取上げたジャーナリストの関係についてである。
 ジャーナリストは一体、知識人であるのかないのか。すくなくとも職能的には知識人から除外される根拠は一つもないだろう。あるとすれば、それは次にのべる無責任の意識においてである。
 この一年間、知識人とくに文学者の責任がするどく追究されながら、ついにジャーナリストの責任については全くとりあげられなかった。戦争責任の問題で、文学者のみに追究の鋒先がむけられ、文学者よりはるかに政治に近接し、社会的影響力においても国民大衆と直結しているジャーナリスト(先に挙げた新聞・雑誌・放送関係者を含む)の責任が不問に附されているというバカげた法はない。文学者の戦争責任を“十大論争”などの一つにおさめているジャーナリズム自身は全く無風状態の中にある。つまり、このことは、戦争責任論がジャーナリストたちにとってはたんなる論争か特集記事のテーマにすぎず、しかもこの問題をとりあげている一部の新聞・雑誌編集者を除いて、大部分のジャーナリストにとっては、A級戦犯やパージ解除者にとってと同じように、すでに死語となっているという事実を示している。それは、十年前、各新聞社、雑誌社、放送局を襲った社内民主化と戦犯追放のあらしによって、片づいてしまったものと考えられているのである。
 間違いの出発点はここにあった。言論と報道に携わるジャーナリストの責任問題が、役人や財界人などと同じ目尺で行われた戦後の形式的な責任処理(職階によってきめられたパージ)によって解消されうるはずがない。
 私はジャーナリストなどという漠とした用語で表現したが、それは第一に新聞記者であり、第二に雑誌編集者であり、第三に放送関係者(とくに番組の企画・決定権をもつ者)であり、そして第四にマス・コミに登場する学者・評論家などである。
 横にならべるとこういうことになるが、これは大きく二つに分けられる。つまり、書く者と、書かせる者の立場である。戦争責任追究に則していうなら、新聞や雑誌の上で言論・報道に携わった新聞記者や評論家の責任、それと新聞・雑誌社というマス・コミ機構の内部にあって編集に携わった者、つまり編集者の責任ということであろう。
 ジャーナリストの戦争責任が、この一年間まったく取上げられていない、と私はいった。いや一年間だけではなかった。戦後ただの一度もジャーナリスト自身の問題として自主的に考えられたことはなかったのではないかと思う。
(以下略)

「ジャーナリズムと戦争責任」 丸山邦男 (1957年2月 「中央公論」掲載原稿より)
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しばらく滞っていた当ブログの更新を、なんとか元に戻したいと思っております。
この間、コメントをいただいたみなさま、公開もせずに申し訳ありませんでした。お詫びいたします。

それにしても、このひと月の間も世の中は順調に悪くなっている。
大飯原発を再稼働するという。「最終責任者は私だ」と総理大臣なる男はのたまった。
この男は、政権交代が実現した前回の歴史的な総選挙の際、「消費税増税をする前にやることがある。公約しないことはやらない」と大見得を切った。しかし、これは大嘘だった。
そして、福島第一原発の事故は収束したという、子どもでもわかる大嘘をついた。
歴史に残る二つの大嘘をついた男の言葉を信じるほど、私はお人好しではない。
福島第一原発の破局事故では、未だ誰一人として責任を取っていないわけだが、そういえばこの男は、「福島第一原発事故の個人の責任は問わない」旨の発言をしている。つまり、今後、再稼働した原発で事故が起きたとしても、端から責任をとるつもりなどないのだろう。

自分たちが起訴できなかった総理大臣の有力候補を何がなんでも法律には素人集団の検察審査会で起訴させようと捜査報告書を捏造し、目論見通りに起訴することに成功した集団がいる。マスメディアが「史上最強の捜査機関」と絶賛してきた東京地検特捜部だ。
検察審査会制度の良し悪しは別として、まったくもって市民をバカにした、コケにしきった話であり、法治国家の枠組みをぶち壊すおそるべき犯罪集団である。
ところが彼らの身内である東京地検特捜部の元部長によれば、こんなことは「小さなこと」なのそうだ。つまりこの程度のことは日常茶飯にやっていることで、もっと大きなことをいくらでもやっているということだろう。はからずもそれを告白してしまったわけだが、なるほどその結果がロッキードであり、リクルートであり、鈴木宗男であり、福島県知事、、、ということか。

とはいえ、当然のごとく疑問をもった市民団体が、この犯罪集団を告発した。ところが彼らは自分たちの手で捜査をして、近日中に不起訴の結論を出すという。近所の独裁世襲国家も腰を抜かし、尻尾を巻いて逃げ出すような話である。
さして有能とは思えない元検事の法務大臣が、さすがにこれではいかんという認識のもと、指揮権を発動するべく総理大臣相談したら、法務大臣はアッサリと更迭された。

・現代ビジネス
「指揮権発動について再び首相と会う前日に更迭された」、「小沢裁判の虚偽報告書問題は『検事の勘違い』などではない!!」小川敏夫前法務大臣に真相を聞いた

すでに少なからぬ人が忘れてしまったと思うが、菅内閣時代に柳田という法務大臣がいた。彼はマスメディアが言うところの「失言」で更迭されたが、実は至極真っ当な検察改革をしようとしていた。
ところが、さして問題とも思えない発言をメディアが針小棒大に取り上げて、あっという間に更迭されてしまった。

ついでに言えば──。
野田内閣発足時には鉢呂という経産大臣がいた。どうしようもない顔ぶれの内閣にあって、原発に対して比較的まともな認識を持つ人物であったが、この鉢呂もマスメディアが騒ぎたてた「失言」によってあっという間に更迭された。

・誰も通らない裏道
鉢呂辞任と柳田辞任の共通点

その後任には何の批判もなく、3.11当時の官房長官で、驚くほど多くの人びとに無用な被ばくをさせてしまった犯罪議員が就任した。この男は「ただちに影響はない」との詭弁を弄して国民を騙し続けていたが、先月末に行われた国会の事故調査委員会で「炉心も溶けているし、漏れているのはあまりにも大前提で、改めて申し上げる機会がなかった」とのたまった。

・痛いニュース
枝野官房長官(当時)「メルトダウンは分かり切ったことで言わなかった」

唖然とする発言で、即刻、経産大臣という役職を剥奪すべきだと私は思うが、先の内閣改造でも留任し、野田とともに大飯原発再稼働を推進する中心人物として居座っている。
思うに、野田、枝野、細野など、大飯原発再稼働を目論む連中は、しきりに大飯の安全性、健全性を強調するが、そもそも彼らの頭の健全性が失われているとしか言いようがない。

さて──
すっかりマクラが長くなってしまったが、、、(久しぶりのブログ更新であるとともに、先日、柳家小三治師匠の独演会を堪能したためか)。
本日、書きたかったのは朝日新聞が「好評連載」と胸を張る「プロメテウスの罠」についてだ。

私は朝日新聞の購読者ではないのでこの連載を読んでいなかったが、先日、単行本を読む機会があった。
連載直後から、ネットでも少しく話題になっていたので、期待して読み始めたのだが、冒頭部分からすでに大きな違和感を抱かざるを得なかった。
この本の「はじめに」にはこう書かれている。あえて全文を掲載してみよう。

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 はじめに

 2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故──いわゆる「3・11」は未曾有の衝撃を日本社会に与えました。
 物理的被害の甚大さだけではありません。私たちが長い間「安全」と信じようとしてきたものが一瞬にして崩れ去り、社会の大前提が根っこから揺らいでしまいました。言い古された言葉を使えば「安全神話は崩壊した」のです。とりわけ原発事故は衝撃的でした。放射能汚染が明らかになるにつれて、私たち一人ひとりの心に「何を信じればいいのか」という不安と「どうしてこんなことになったのか」という疑問を広げてきました。
 報道現場も例外ではありません。いや、より深刻でした。事故の実態をまず追わねばならなかった現場では、現に起きていることの情報すら希薄でした。不安におののく被災者、右往左往する政府や東電関係者を尻目に、汚染は福島県から県外にと広がり続けました。記者たちは「どうして」を自問しながらも、ただただ「何が起きたのか」を求めて走り回るほかありませんでした。それでも全貌をつかむことが到底できない、腹ふくるる日々だったのです。
 ひと月ほどして私たち朝日新聞は、あの時、福島で日本で何が起きていたのかにもう一度肉薄し、同時にどうしてそうなってしまったのかに迫る長期連載を構想し始めました。事実を丹念に追うなかで、この世界史的事故の意味を問いたいと考えたからです。
 原発は、戦後の日本が国策として決断し衆知を集めて作り上げ、万全の危機対策も誇ったはずの造営物です。電力は社会の近代化や成長の源であり、原発はまさに人々の生活を豊かにするために作られたはずです。
 だが事故は防げず対応はもたつき、原発は人と社会に刃を向けました。原発の意味と歴史を知る私たちは、単に「人知の限界」「想定外」として済ますことはできません。科学技術への姿勢、政策決定の仕組み、政治や世論のあり方など戦後の日本社会の体質にも切り込まねばならないだろうという予感に満ちて、取材は始まりました。
 原子力はときに、人間に「火」を与え文明をもたらしたとされるギリシャ神話のプロメテウスにちなみ「プロメテウスの第二の火」と形容されます。
 この火はしかし、人々の生活にいったい何をもたらしたのか――
 連載『プロメテウスの罠』は、2011年10月から朝日新聞紙上でスタートしました。分かりやすく事実をもって事態を語らしめようと、出来事の細部に徹底的にこだわりつつ、ほぼ連日の掲載を続けています。本書はその冒頭、第6シリーズまでの内容の書籍化です。
 本書を通じて私たちの思いが伝わり、読者の皆さんがまだまだ続く朝日新聞紙上での連載にも熱いご声援を送ってくださることを願ってやみません。

  二〇一二年二月
    朝日新聞社 編集担当 吉田慎一

※下線はブログ主
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ありていに言えば、この「はじめに」を読んだ時点で、私は「こりゃダメだ」と思った。
なぜなら、この記者がア・プリオリに信じていた前提にこそ、日本の原子力産業の本質的な問題が潜んでいるからだ。
『言い古された言葉を使えば「安全神話が崩壊した」のです。』だって?
そもそもそんなものは存在しなかったんだよ。
それは推進派を含めた原子力に関わるすべての人が知っていた。だからこそ原子力ムラの連中は莫大なカネをかけて「安全神話」をでっち上げたのである。そしてメディアはこの工作に深く関与していた。
にもかかわらずこの記者は、「安全だと思っていたらこんなことになってビックリ仰天した」という立場に立っている。
これは、戦争中にさんざん大本営発表を垂れ流していたメディアが、敗戦を迎えて「日本は勝つと信じていたのに、まさかこんなことになるとは思わなかった」と言っているようなものではないか。

ただ、ここで思うのは、この記者が本当に単純に「安全神話」を信じていのかもしれないということ。だとすると、つまり朝日新聞社という会社は、原発の安全神話を疑うようなタイプの人間は採用していないのかもしれない。
そう考えると、記者クラブに所属して発表情報を何の疑念もなく垂れ流し続けるこの会社の体質(検察にしても原発にしてもみんなそうだ)も理解できる。要は、朝日新聞記者たる者、本当の権力に対しては疑問なんて持ってはいけないということなのだろう。

そして、この記者は「右往左往する政府や東電関係者を尻目に、」と書く。
確かに東電の現場は右往左往していただろう。しかし、では経営トップはどうだったのか。彼らはどのように動いていたのか。これを検証することこそ、福島第一原発の破局事故でもっとも重要な点であると私は思う。
なぜなら東京電力は史上稀に見る犯罪企業なのだから。
おそらく──
東京電力で経営責任を負う人々は、自分たちに火の粉が降りかからぬよう全力で情報を操作し、危ない証拠を隠滅し、あらゆる方面に圧力をかけただろう。東電の経営トップが事故後、どのように動いていたのか? そこに斬り込まなくて、何がジャーナリズムなのか。

「だが事故は防げず対応はもたつき、原発は人と社会に刃を向けました。」

たとえば、もしジャーナリズムが本来持っていると想定される使命をきちんと行使して、原子力産業を取材し、批判していれば、これほどまでの破局事故は起こらなかったと私は思う。ところが、実際には多くのメディアが、それも大きいメディアほどが、原子力産業とがっちりスクラムを組んで、「安全神話」の構築にせっせと汗を流してきた。そのジャーナリズムの責任を丸ごと抜け落とした上で、「原発は人と社会に刃を向けました」などと書くのは噴飯ものである。

「原発は、戦後の日本が国策として決断し衆知を集めて作り上げ、万全の危機対策も誇ったはずの造営物です。電力は社会の近代化や成長の源であり、原発はまさに人々の生活を豊かにするために作られたはずです。」

こういう文章を書く人間に、私はジャーナリストとしての資質があるとは到底思えない。
なにしろ、私のような素人でさえ、ちょっと調べれば原発の危機対策などほとんどなかったことなど知っている。この国では原子力災害は起きないことになっていたから、その対策など必要ないというのが基本スタンスだった。そして、コストアップの要因になる安全対策をどんどん切り捨て、そのかわりに「原子力は安全だ」という宣伝に莫大な予算を投入したのだ。

「科学技術への姿勢、政策決定の仕組み、政治や世論のあり方など戦後の日本社会の体質にも切り込まねばならないだろうという予感に満ちて、取材は始まりました。」

それほどの「予感に満ちて」いるのなら、まず自社の広告局へ行ってグループ全体で電力会社や電事連といった原子力関係のクライアントから過去から現在にいたるまで、どれだけの広告予算をもらっていたかを調べて発表するべきだろう。原子力産業を語る上で必要不可欠なのは、メディアとのつながりであり、それこそが「戦後の日本社会の体質」なのだから。

「本書を通じて私たちの思いが伝わり、読者の皆さんがまだまだ続く朝日新聞紙上での連載にも熱いご声援を送ってくださることを願ってやみません。」

繰り返して書くが、自分たちの責任をまったく棚上げどころか「ないもの」として、「熱いご声援を送ってくださることを願ってや」まないというこの認識は、見当違いもはなはだしい。
そして私は思うのである。この「プロメテウスの罠」という連載は、そもそも朝日新聞が自らの責任から目をそらすための「罠」なのではないか、と。
もっともこれは今に始まったことではなく、それが日本のマスメディアの体質であることは、最初に引用した丸山邦男氏の文章が、今読んでもまったく古びていないことが証明している。

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2012/05/24

緊急速報
健全な法治国家のために声をあげる市民の会
新たな告発状を提出!

本日、健全な法治国家のために声をあげる市民の会(八木啓代会長)は、最高検察庁に新たな告発状を提出しました。

2012年5月24日提出 告発状

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2012/05/09

東京地検特捜部 捜査報告書でっち上げ事件
元特捜部長、次席検事らへの告発状を最高検が受理!

健全な法治国家のために声をあげる市民の会が、4月25日に最高検察庁あてに提出した告発状(佐久間達哉元特捜部長、大鶴基成元次席、木村匡良元主任検事、斎藤隆博特捜副部長、吉田正喜元副部長を偽計業務妨害、田代政弘検事を偽証、堺徹特捜部長、斎藤隆博特捜副部長を犯人隠避)は、5月7日に最高検に受理されました。
それを受けて、昨日、司法記者クラブで八木啓代会長が、この告発状の受理の件、及び東京地検特捜部が組織ぐるみで作成した捜査報告書(もはや虚偽記載のレベルをこえている)流出の件で会見しました。以下はその映像です。


Video streaming by Ustream

※本日の東京新聞こちら特捜部の記事も合わせてご覧ください。
2012年5月9日東京新聞

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2012/04/28

落とし所としてこれしかなかった判決と
ますます進行するメディアのビョーキ

本や雑誌を読んでいて、時々、「うまいなあ」と思う原稿がある。
もちろん「うまい」にもいろいろな種類があるわけだが、私が反応するのは、きわどい内容をギリギリの線で書きながら、しかしなおかつ、どこから突っつかれても大丈夫という書きようをしているライターの原稿を読んだ時だ(ちょっとわかりにくいけど)。

さて、陸山会の小沢判決。
私はこれまでの経緯を考えると、ひょっとして有罪もあるかも、、、と思っていたが、蓋を開けてみれば無罪という至極真っ当な判決が下った。
2009年3月以来の小沢vs.検察の流れをきちんと捉えていれば、この結論は誰にでも腑に落ちるものだが、その当りまえの結論が当たり前に出るかどうかが不透明だったところに、この国が抱える本質的な問題点が潜む。

私は今回の裁判長がどのような人物かは知る由もないが、おそらく無罪判決を書くには相当なプレッシャーがあっただろう。
一人のまともな法律家としてみればどう考えても無罪。
しかし、自らが身を置く世界をぐるりと見回した時、その当たり前の帰結そのまま文字にするのはためられわれたはずで、そこらへんを郷原信郎氏は、以下のようにツイッターでつぶやいている。

@nobuogohara
小沢氏無罪。あまりに当然の判決だが、その「当然の判決」をすることが、大善裁判長ら3人の裁判官にとっては、とてつもなく大変なことだったのだろうと思う。主文を2回読んだ裁判長の気持ちもよくわかる。裁判官としての矜持に敬意を表したい。

@nobuogohara
今日の「八方美人的判決」の評価は難しいが、おそらく、まず無罪という結論を決め、それをどのように社会的に受け入れ可能なものにするか苦心惨憺した末に、あのような内容になったのだと思う。「小沢排除」の政治的、社会的圧力が高まる中、刑事裁判の最後の良識を守ったと評価すべきだ。

無罪判決以後、マスメディアは鬼の首を取ったように「判決は、小沢氏の政治団体の政治資金収支報告書の内容はうそだったと認めた。」と横一列で書き立て、限りなく黒に近いグレーなのだから「説明責任を果たせ」とわめきたてている(カッコ内はいずれも朝日新聞社説)。

やれやれという他はない。
そもそも、ここに至る発端は、政権交代が確実とされた2009年の衆議院選挙直前、次期総理大臣の最有力候補だった小沢一郎の秘書である大久保隆規氏を検察が政治資金規正法違反で逮捕したことだった。
これが「西松事件」なわけだが、当時、検察側の代弁者としてメディアに出演していた宗像紀夫(元東京地検特捜部長)でさえ、これは入口であって、その先に大きな疑惑があるはずと言っていたものだった。
ところが検察は結局、大久保氏を政治資金規正法違反でしか起訴することができず、しかもその公判は検察側の証人が検察の主張と真逆の証言をして吹っ飛んでしまった。
そうして浮上してきたのが、「陸山会事件」なのである。
まあ、これ以上、私がクドクドと書いても仕方がないので、以下の田中良紹氏のエントリーを読んでいただきたいが、田中氏も書いているがごとく、公判の中では「会計学の専門家である筑波大学の弥永真生教授は石川議員の作成した政治資金収支報告書は虚偽記載に当らないと証言」しているのだ。

・田中良紹の「国会探検」
政治的事件の政治的判決

話を戻すと、今回の判決というのは、郷原氏がつぶやいているように、無罪という後世の評価に耐えうる結論を出しつつ、田中氏が言うところの政治的な部分にも十分に配慮したもので、苦し紛れといれば苦し紛れだが、落とし所としてはこれしかなかったのだろう(ちなみに、この「限りなく黒っぽい無罪」判決が出ることを事前に予想していたのが、八木啓代さんだった)。
であれば私はそれはそれで、うまい判決だと思う。

もっとも、この判決でマスメディアのビョーキはいよいよもって進行している。私はすべてを見ているわけではないが、偶然見た天声人語は以下のごとくであった。

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 政治を動かした判決といえばやはりロッキード事件だろう。1983年秋、東京地裁は田中角栄元首相に有罪を言い渡し、闇将軍が表舞台に戻る日は遠のいた。約1年後、田中派の重鎮竹下登らは、分派行動ともいえる創政(そうせい)会の旗揚げへと動く▼だれの時事漫画だったか、元首相が「ああせいこうせいとは言ったが、そうせいとは言っとらん」と嘆く傑作があった。田中は心痛と深酒で脳梗塞(のうこうそく)に倒れ、失意のうちに影響力をなくしていく▼さて、この判決は政治をどう動かすのか。資金問題で強制起訴された小沢一郎氏の、無罪である。大まかな経理処理の方針は承知していたが、うその記載を巡る秘書との共謀までは認められないと▼小沢氏は折にふれ、「今後は一兵卒で」と殊勝な言を重ねてきた。くびきを解かれた兵卒が見すえるのは、秋の代表選か、集団離党や新党か。消費増税の前途多難といい、野田首相は頭が痛かろう▼民主党は、各自の当選を目的とした非自民の選挙互助会でもある。にわか作りの公約が破れ、政策や手法が敵方に似てくるほど、小沢流の原点回帰は説得力を増す。首相の使い捨てが続く中、「なれたのにならない」政治家の凄(すご)みも無視できまい。だが顧みるに、この人が回す政治に実りは乏しかった▼若き小沢氏は心ならずもオヤジに弓を引き、創政会に名を連ねた。以来、創っては壊しの「ミスター政局」も近々70歳。「最後のご奉公」で何をしたいのか、その本心を、蓄財術とともに聞いてみたい。
********************

この原稿を書いているのは、本当にプロの記者なのだろうか?
「この人が回す政治に実りは乏しかった」そうだが、ニセメール事件でボロボロだった民主党を見事に立て直して政権交代を実現したのは、圧倒的な実りではないのか?(でなければ、この筆者にとって政権交代は実りとは真逆のものだったのだろう)
無罪判決後も、その本質を見ようとせず、すべてを政局に結びつけて報道する朝日新聞社こそが「ミスター政局」集団ではないのか?
小沢一郎が「最後のご奉公」で何をしたいのかがこの筆者にはわからないらしいが、それは「国民の生活が第一」という政権交代の本義に戻すことであって、そんなことは私にでもわかる。
そして「蓄財術とともに」という形容。
何の工夫も伏線もなく、ただ思考停止した人間が、感情のままに書きなぐった原稿など、ただのクズ原稿でしかない。

私は最近、愛聴している「久米宏ラジオなんですけど」で唯一不満なのは、一部のコーナーで朝日新聞が
スポンサーになり、天声人語がどうしたこうしたというCMが入ることだ。

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2012/04/25

速報!~ 東京地検特捜部「捜査報告書虚偽記載事件」
最高検察庁に新たな告発状を提出!

健全な法治国家のために声を上げる市民の会は本日、最高検察庁に新たな告発状を提出いたしました。被告発人は、

偽計業務妨害 刑法233条
・佐久間達哉(法務総合研究所国連研修協力部部長)
・木村匡良(東京地方検察庁公判部副部長検事)
・大鶴基成(元最高検察庁公判部部長検事)
・斉藤隆博(東京地方検察庁特捜部副部長検事)
・吉田正喜(元東京地方検察庁特捜部副部長検事)

偽証罪 刑法169条
・田代政弘(法務総合研究所付検事)

犯人隠避罪 刑法103条
・堺徹(東京地方検察庁特捜部部長検事)

です。
告発状は↓をご覧ください。

告発状

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2012/04/23

「陸山会事件」判決直前!
東京地検特捜部、組織ぐるみの「虚偽記載事件」不起訴に
市民の怒りは爆発している

ここ最近、ブログを更新できなかったのは、珍しく仕事が忙しかったということもあるのだが、もう一つの理由は↓にあった。

・八木啓代のひとりごと
その挑発、再び受けて立たせていただきましょう:刑事告発いたします

今週、いよいよ検察審査会による起訴議決の結果、強制起訴された小沢一郎に判決が出る。
しかし、そもそもこの起訴議決に至る過程で、検察が重大な不正行為、すなわち捜査報告書の虚偽記載を行なっていたことが発覚した。
自分たちが起訴できなかった案件を、素人である検察審査員に起訴されるために、虚偽記載満載の捜査報告書を作成したのである。
しかも、これは明らかに組織ぐるみだ。
(※これについては、是非、「世界」(岩波書店)5月号の江川紹子「裁かれるべきは検察か── 小沢裁判で見えた司法の「闇」──」をご一読ください)

陸山会事件がでっち上げられた当初、テレビのワイドショーは「東京地検は最強の捜査機関」と力説していた。しかしてその実態は「最強の冤罪捏造機関」だったわけだ。
法治国家としてはあるまじき、恐るべきことである。
にもかかわらず、捜査報告書に虚偽記載をした実行犯である田代元検事は不起訴になるという。
しかもこれは、身内(東京地検刑事部)が身内(田代)を捜査した結果だ。

これには、さしもおとなしい日本人も怒りが爆発した。
冒頭の八木啓代さんのエントリーに対して、「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」への入会希望者が殺到したのである。
そして、この入会申請を受け付ける事務担当が、不肖、私だった、、、
結果、その対応に大わらわ (^_^;) 。

何しろもの凄い勢いで入会申請のメールが来るのだ。このメールは私のところへ転送されるのだが、その数がハンバでなく、Gmailの受信トレイがどんどん埋まっていく。
なんとか対応をして返事を送ると、そのメールを送信しているそばから新たなメールが来るといった塩梅で、正直、「いい加減にしてくれ」と思わないでもなかった。
だが、送られてきたメールに書かれたコメントを読むと、本当に一人ひとりのみなさんが心底、激怒していることがわかる。
となれば、これはもう「やるっきゃない」ということで、メール対応していたのが先週半ばからの状況だった。

考えてみると、前回の総選挙前(麻生政権時)も国民の怒りはマックスに達していた。
だが、当時は民主党というはけ口があり、それが総選挙での歴史的政権交代へとつながった。
だが、今回はそういうはけ口がない。
そうした中で、「もう今回は黙っていられない」という人が増えていることは悪いことではないと思う。
当ブログの以前のエントリーで、「普通の国だったらとっくに暴動が起きている」と書いたところ、「お前は暴動を煽っているのか」という反応もあった。もちろん暴動というのはよろしくないが、しかし真っ当な怒りを表明することは人間として当たり前の行為だ。

小沢一郎はいくつかのインタビューで、「このような政治状況が続くと、社会はおかしな方向へ行くのではないかという心配がある」ということを述べていたと記憶している。
確かにこのままいくと、かなり社会が危ない方向へ行く可能性はあると私も思う。
これを防ぐには、きちんとした形で現状の政治に怒りを表明すること、つまり参加することが大事で、もはや傍観している場合ではない。
日本人はどんな仕打ちをうけてもあまりにもおとなしいから、どんどん権力にナメられていいようにやられるのだ(これは原発問題も同様)。

ということで、、、
「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」では、新たな告発状を提出いたします。
乞うご期待。

※現時点で入会申請されると、告発状の参加には残念ながら間に合いません。

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2012/03/24

東京地検刑事部 様
田代検事の捜査報告書虚偽記載事件は
暴力団や検察という違いは考えず
上下関係で判断してください

**********
「暴力団や政治家という違いは考えずに、上下関係で判断して下さい」
(検察審査会が小沢一郎の起訴議決をした際の審査補助員、吉田繁実弁護士の言葉)
**********

本年1月12日、私も会員である健全な法治国家のために声を上げる市民の会が田代政弘検事らを最高検察庁に告発してから、すでに1カ月半近くがたった。

この告発は最高検から東京地検刑事部に回送され受理されており、市民の会では2月9日と2月21日の2回にわたって東京地検刑事部長あてに「捜査要請書」を提出している。

本来、こうした要請書が提出された場合、その受取の窓口は文書課なのだが、2回目の時には刑事部の事務担当統括捜査官がやって来て、われわれと面談をした。
この時、この統括捜査官はにこやかに(もちろん目は笑っていないが)、「これからまた3回目、4回目とこのような文書を出す予定はおありになるのですか?」と聞いてきたので、「きちんと捜査をしていただければ、もう来ません」とお答えしたものである。

その後、田代検事の事情聴取をしたという報道が流れたが、それ以降は動きがない。どうやら、「小沢公判に影響を与える」という理由で、判決が出るまでは何もないという説もある。

しかし、そもそもが小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の捜査自体が日本の国政に重大な影響を及ぼし(なにしろ次期総理大臣の最有力候補だった野党第一党の代表が、その座に就くことができなかったのだから)、その後3年間の政局を歪めるだけ歪めてきたのだから、今さら判決云々などと言っている場合ではない。
しかも、田代検事の虚偽記載こそが、この公判の最大のポイントなのだ。

ここで致命的に重要なのは、この虚偽記載が田代検事個人の犯罪なのか、それとも上層部からの指示なのかという点である。
が、これについてはすでにいくつかの報道があり、検察は虚偽記載の事実を事前に把握しており、さらに複数の検事が関与していたことまでが指摘されている。

・石川議員の虚偽報告書、上司指示で書き換えか 複数検事、関与の可能性
(産経ニュース)

つまり、この虚偽記載は東京地検ぐるみで行われたと推認できるわけだ(最近の裁判では、この推認だけで有罪にできるらしい)。

であれば、ことは田代検事一人の問題ではなく、当然、当時の特捜部長にまで波及すべきだし、さらにそのもっと上まで捜査の手が伸びるべきである(小沢一郎だって、その論理で追及したわけで、マスメディアにしても、陸山会に対したのと同じ姿勢で検察組織に斬り込むべきだろう)。

ということで、東京地検刑事部においては早急に、この事件は「暴力団や検察という違いは考えずに、上下関係で判断して」捜査を進めていただきたい。


Johoi

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2012/03/05

2012年検察版──
問題は最初にタイトルを立てること

私はかつて週刊誌の活版ニュース班のデスクを数カ月だけやったことがある。
出版社に入社して最初の15年は書籍(カッパ・ブックス)に在籍したが、16年目に週刊宝石に異動して雑誌の編集経験のないまま、週刊宝石のニュース版のデスクになったのだ。

当時の週刊宝石は部数が低迷しており(といっても今現在の週刊誌の部数というものから考えれば、まだままた圧倒的な余力があった)、それが社内で問題視されている時期だった(※その後、週刊宝石は当時の経営者の判断で休刊になるが、その経緯についてはこちら)。

結果から言えば私は有能なデスクではなく、すぐにニュース班はお払い箱になったのだが、個人的には貴重な経験でもあった。そんな短い週刊誌生活のなかで、私が「やり方によっては危ないな」と感じたのは、その記事の作り方である。

週刊誌のニュース版は発売日の1週間前から次の号の記事制作が始まる。週刊宝石は私の在籍時は木曜日発売なので、スタートも木曜日。
まずは、自分の班に属する記者(編集部の契約記者)から編集部員(社員)と一緒に、ネタになりそうなプランを吸い上げる。次に編集部員(当時は2人)と私の3人でこのプランについて議論をする。
その後、私の班ともう一つの班(こちらも3人)に編集長、副編集長を交えての会議をして、そこでどのプランを進めていくかの振り分けをして編集長の判断を仰ぐ。
すると、その席上で編集長があるプランについて、「こういういタイトルでいけると面白いよな」という言う。確かにそうなのだが、ネタの段階ではそこまで面白くするだけの事実関係、裏取りができるかどうかは微妙なケースも多い。
そういう場合にどうするかというと、とりあえずタイトルを立てて、その方向で取材をしてみるのである。

そして、金曜、土曜といろいろなプランの取材を進めて行く。
土曜日には月曜発売の週刊誌(週刊現代、週刊ポストなど)を見ることができるので、ここでネタが被ってないかなどを確認し、日曜、月曜となる。
この月曜の深夜から翌火曜の朝にかけてが締切だ。月曜日は断続的に会議が開かれ、最終的に活版ニュースページの構成を決めていく。どのプランに何ページを割くか、その順番をどうするかを決めていくのである。

そんななかで、タイトルを見れば面白いけれども、果たしてこれを記事化できるかどうか微妙という案件もある。たとえば芸能ネタで、タレントに裁判を起こされてアッサリ負けてしまっては話にならない。
しかし、行けそうであるとなれば、あとはタイトルに沿うようなデータ、取材記事をできる限り集める。そして、そのデータを元にアンカーマンが最終原稿を書くのだ。

こうして出来あがった記事を掲載した場合、当たり前の話だがその責任の第一義は編集長にある。反響を呼べば、その手柄はもちろん編集長のものだが、記事に誤りがあった場合も編集長の責任であって、データを集めた現場の編集部員だけに責任を押し付けるのは不可能だ──。

前置きを長々と書いてしまったが、本日、書きたいのは実は週刊誌についてではない。
以下は3月2日の読売新聞記事である。

**********
陸山会事件の虚偽報告書、検察は1年前に把握

 小沢一郎民主党元代表(69)が政治資金規正法違反に問われた陸山会事件に絡み、東京地検特捜部検事が作成した捜査報告書に虚偽の記載があった問題で、地検が問題発覚の約1年前にこの事実を把握しながら、十分な調査を行わず放置していたことがわかった。
 報告書は検察審査会の審査に影響を与えた上、公判で証拠が問題視される結果を招いており、判断の是非が問われそうだ。
 この報告書は、元特捜部の田代政弘検事(45)(現・新潟地検)が2010年5月17日、保釈後の陸山会元事務担当者・石川知裕衆院議員(38)(1審有罪、控訴)を再聴取した内容を特捜部長に報告するため作成した。
 しかし、「『親分を守るためにウソをついたら選挙民への裏切りだ』と検事に言われ、小沢先生への報告・了承を認めた」などと、石川被告が実際は発言していないやり取りが含まれており、石川被告が隠しどりした録音記録から気づいた元代表の弁護側が昨年12月の公判で指摘して発覚した。
 複数の検察幹部によると、東京地検はこの公判より前の昨年1月上旬、石川被告ら元秘書3人の公判前整理手続き中に弁護側から録音記録が開示され、報告書の内容との食い違いに気づいたという。大阪地検特捜部の不祥事を受け、最高検が再発防止策を発表した直後だった。
(2012年3月2日06時57分 読売新聞)

※関連動画
日テレNEWS24
**********

私も所属する「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」は、捜査報告書に虚偽の記載をした田代政弘検事を告発している。
しかし、告発しているのは田代検事だけではない。氏名不詳の人物もまた「偽計業務妨害」で告発している。
なんとなれば、この虚偽報告書の作成が田代検事のみの犯罪であるとは考えられないからだ。

冒頭に書いた週刊誌の事例を元に考えてみよう。
田代検事は、現場で上からの指示通りにデータを作っていた編集部員の立場である。編集部員の上にはデスクがいて、さらに副編集長、編集長といった面々がいる。
命令は上から下りてくるわけで、現場はそれを忠実に実行しなければならない。ところが、問題が起きた時に、編集部員、もしくはデスク、せいぜいが副編集長までしか追及されず、編集長が「自分はそんなことは知らなかった」と言い逃れすることは絶対にできない。
実際、週刊誌の記事で問題が起きた場合、内容証明が送られてくるのは編集長だし、その後の対応もすべて編集長の仕事である。
記事を書かれた相手に対して、現場の編集部員やデスクがノコノコと出て行ったら相手は激怒して、「編集長を連れて来い!」と言うだろう。

検察の問題もそれと同じことである。
田代検事はあくまで現場の人間なのだ。
今回のいわゆる小沢一郎の「政治とカネ」、あるいは「陸山会事件」と称されるものの最大の問題点は、証拠もデータもないのに「小沢一郎を逮捕する」あるいは「政治生命を絶つ」というタイトルだけを最初に検察上層部がたててしまったことにある。
ところが、実際にやってみるといい証拠はまったく集まらない(前田元検事も「現場には厭戦ムードが漂っていた」と証言している)。
にもかかわらず、上層部はメディアや特捜OBを動員して「小沢悪玉論」を煽って風を吹かせている(いまや雲散霧消してしまった2009年3月の大久保秘書逮捕の案件を、当時メディアは「西松建設の巨額献金事件」と報じていた)。
だが、結局のところ検察自身では起訴をすることができず、検察審査会という素人集団に虚偽の捜査報告書を見せて(それを田代検事が書いた)強制起訴へ持って行ったわけだ。
恐るべき悪質性である。

と、こういう経緯を見て行くと、読売新聞記事のインパクトは大きい。
ここまで来ると、もはや田代検事にのみ責任を押し付けることはあり得ないだろう(もちろん、日本の法務・検察というのは異常だから、何が起きるかわからないが)。
この際、検察の膿を出し切るためにも、捜査は「最初にタイトルを立てた」人物にまで行き着くべきである。

そしてメディア。
いつも既存メディアの悪口を書いている私であるが、ここ最近、読売にしても朝日にしても、現場レベルでは相当に頑張っている(まあ毎日さんはアレですが)。

一方、各社の編集委員や論説委員クラスで、小沢一郎を叩きまくっていた面々は、今、振り上げた拳の落とし所に相当、困っているようだ。

・朝日新聞 読後雑記帳

先週末には、「政治を見る『職人』」を自称し、この3年間、さんざん小沢をこき下ろしていた田勢康弘の番組に小沢一郎が出演していたが、ややこしい質問を女性アシスタントにさせている田勢の姿に、とっくの昔に賞味期限の切れていた「政治ジャーナリスト」の終わりの終わりを見た。

※関連リンク
2007/01/30 問題は最初にタイトルをたてること


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