2012/03/18

原発とアスベスト

福島第一原発の爆発時にアスベストも飛散したのではないかという説がある。

・本気で臨海部の未来を考える会BLOG
原発の水素爆発事故で、アスベストも大飛散した可能性大

・南相馬市 大山こういちのブログ
「衝撃の事実」④どこまで我々を欺くのか?!

かつての日本のアスベストの使用状況を考えれば、原発で、それもより古い型でアスベストが大量に使用されていた可能性は強いだろう。

かつて日本はアスベスト大国であった。しかも、官民一体となってその危険さを覆い隠したのである。
以下は1987年に岡庭昇氏が書いた原稿で、「この情報はこう読め!」(1989年刊行)に収録されたもの。
志木電子書籍では、このたび「この情報はこう読め」を電子書籍化したのだが、その刊行記念ということで、以下の原稿を全文掲載いたします。
一読していただければ、日本という国が、3.11を経験した今も、そしてそれ以前もまったく変わっていないことにお気づきいただけるはずだ。

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ああ、官民一致協力してガン王国ニッポン!
ーー社会的責任を放棄するコスト・バカ

 八七年八月二六日の朝刊各紙は、公害健康被害補償法の“改正”が、実質上決定したことを伝えている。むろん、じっさいは改悪、というよりも廃止である。関係産業全体で、公害患者に責任を示すという趣旨の法律だったのだが、それにしても経済的な側面の、それも一部だけを負担するにすぎない。こんどは、それも、やめようというのである。採算性だけに凝り固まり、倫理と無縁という点では、世界に冠たる日本の企業が、よっぽど国民に脅されたり、行政に泣きつかれたりしないかぎり、みずからまいた種で多くの人がいくら苦しもうが、誠意など示すわけがないので、虎視耽々と廃止を狙っていたにちがいない。いいなりの環境庁の方は、アメリカのEPAとは異なり、官庁の中のミソッカスみたいなものだから、独自の見識など、示し得るわけがない。かくて、大気汚染がますますひどくなる現状にあって、今後、産業公害(ほんとうは私害)による病害患者は存在しないことになってしまったのである。
 本来、議論はこう進むべきであった。すなわち、患者に多少の金を出して、他方で、生産効率のためには環境や健康の破壊を引き換えにするという、日本社会の世界に類を見ない本質──それも、ほんのちょっとのコスト高を嫌って、いくら安全な材料や方法があっても、それに変えようとはしない──の方を温存するという、“反省なき猪突猛進”を続けようとしていることが批判されるべきだ、と。ところが、それどころか、みせかけの社会的責任も、なりふりかまわず止めてしまおう、というのである。まことに、恥ずべき国ではないか。みっともないくらい、せっせと金を稼ぎ、がっぽり貯めこむことが、銭ゲバなのではない。稼ぐことを、たんにコスト切り下げと直結して考えることしかできず、環境や健康を引き換えにすることによってのみ、可能とするといった貧しさ、情けなさをこそ、銭ゲバというのである。この国が、まさにコスト・バカ鎖国社会であることを、公健法の消滅はみごとに露呈してしまった。公健法の消滅で、今後一〇年間で、企業の負担は約二〇〇〇億円減ることになる。まことに、浅ましく、露骨なことである。要するに、なんの代替案を出すでもなく、ただもう、社会的責任とやらのポーズはやめた、というのだから。じつに、世界に冠たる後進国であると、何度でもいっておかねばならない。
 そこにはまた、挙国一致体制である“行革”のインチキさ、いかがわしさが、濃厚に影を落としている。行政における無駄な出費をはぶき、出費を節約するというのが行革のタテマエであるが、現実には膨大な税金のたれ流しは温存したまま、安全や健康のための研究、管理の手間と費用を片っ端から削っているのが、行革にほかならない。たとえば国鉄が、行革と称して最初にやったのが、無人駅の増大化であった。それも西日暮里といった、通過人口の多い乗り換え駅のホームを無人化して、酔っ払いが線路に落ちたりしたら、居合わせた客が警報機を鳴らせというのである。一時が万事、すべて行革の現実はこうだ。
 行革と税金タレ流し行政が不一致であったり、矛盾するというのではない。ほんとうは、それらは相反する別々のことがらなのではなく、ひとつのものである。行革においてこそ、タレ流し体制が完成する。なぜなら前者は消費、健康、安全、倫理といった“無駄な出費”の側面を、後者のために切り捨てることにほかならないからである。すなわち、コスト主義・生産至上主義と、意図された税金タレ流し(正確には日常化した租税再分配のシステム)は表裏一体のものであり、この一体化の仕上げのために“行革”が媒介する。生産と引き換えに身体を犠牲にするガン王国ニッポンは、さらにこの事態において完成するのである。
 社会的な配慮やモラルにおいて世界最低の国が、ますます銭儲けだけに専念し、力で賃金を押えこんだのに続き、こんどはひたすら環境や健康を破壊して、コスト・ダウンのみを計ろうとする。そういう時代の、幕開きを象徴するのが、行革にほかならなかった。行政を、その日本的な本来の構造に純化して、幹は企業のための租税収奪、枝葉は、日々の対企業サービスに専念しようということだ。また、行革という名の、かかる犯罪をおおっぴらに行っておいて、環境破壊の責任のために金を出せと、企業に要請する根拠もあるまい。たしかに、公健法は、一三年前、四日市公害判決をきっかけに制定されたものであり、大気汚染の原因は、当時の硫黄酸化物から多様化したかもしれないが、それはますます事態が深刻化したということであって、それも、明らかに企業のコスト主義の、野蛮な結果にほかならないのだ。
 アスベストが、最近、急に話題になりはじめた。アスベスト、すなわち石綿である。話題になりはじめた、と厭味な正確さで書いたのは、いくら情報量が増えても、決して“問題”にされているわけではないからである。日本という国は、生産に都合がいいが、健康に害があるものについては、徹底的に事実をおし隠して、生産に便宜を計る。隠し切れなくなったときは、それを“話題”にして、本質を韜晦させ、やがて、なし崩しにしていくのである。いつものこの手口は、アスベスト問題においても健在(!)のようだ。今回も、取材を続けていくうちに、官民一体のこのなし崩し体質に、ほとほと愛想が尽きた。
 アスベストは、発ガン物質である。目に見えないほど小さなトゲになって、人体に入り込み、長年、肺に蓄積されて、やがて肺ガンの原因になる。これほど確実に、因果関係が突きとめられている発ガン物質も、めずらしいといわれる。危険きわまりない物質である。もはや、数年前から、アメリカでは大問題になり、厳重な規制がなされているというのに、世界最大の使用国日本では、なんとまったく野放しで、まったく規制値さえないというのだ。
 アスベストが、建材をはじめ、日本のいたるところで使われているのは、防火・防音機能に勝れているという理由もあるが、何よりも安いからである。とっくに危険性はわかっていたのに、コストを理由に、大量に、かつ無造作なやり方で使用されてきた。知っていながら、情報機関は、誰かが指摘するまでは、パニックを防ぐという大義名分のもと、何も報道しなかった。ここらが、いかにもニッポン的な風景である。
 武道館の天井はアスベストだらけで、最後列の座席は、客に届きそうな低さまで、はがれたアスベストが垂れ下がっているのは、よく知られた事実である。また、日比谷図書館の天井もそうだし、東大工学部では、抵抗のためか、マスクをして授業に出る学生が出てきた。が、何も、とりたてて、これらの例をあげるまでもなく、たいがいの場合、アスベストと縁がなく暮らしている日本人などは、存在しえないのである。先日、いろいろな住宅メーカーの、パンフレットを取り寄せてみたが、どこにも、例外なく“彩色アスベスト使用”と、堂々と断ってあった。安い素材だからという理由で、あらゆるビルや住宅、ボイラー、船舶、ドライヤー、白粉、車のブレーキ、蚊取り線香の蓋のウラ、ベビーパウダーなど、膨大に使用してきたこの国は、同じ理由で、アスベスト関連産業、またアスベストが大量に使われている職場で働く労働者、それ以上にアスベスト材で作られた、建築物とり壊し作業に従事する人々の、健康管理などは、まったく無視してきたのである。
 軍艦は断熱のため、膨大なアスベストを使用する。横須賀の米軍基地で働く日本人労働者は、寄港する軍艦の壁などから、アスベストをはがす仕事をさせられてきた。アメリカは、厳重な健康基準を持っているから、防護服などの使用を義務づけているが、日本人労働者は裸でその作業に従事してきた。まともにアスベストを吸い込んできたのである。その結果、横須賀労災病院における肺ガンの発生率は、他の六倍にもなっているのだ。
 なかでも、緊急の課題は小・中学校だろう。子供たちが、アスベストの降る下で授業を受けている国なんて、まったく日本くらいのものである。かつてアメリカでは、生徒・父兄の側が登校拒否で戦ったが、日本では、改造が間に合わないから、ともかく夏休みあけは、危険であろうとおかまいなしに学校に出ろと、いっている。健康より出席が大事だ、というこの国の“義務教育”の観念なのであり、親の側も不思議に思ったり、不安になったりしないらしいのだ。騒音対策のため、基地の学校は、すべてアスベストを大量に使用しているが、その他でも、じつに例が多い。まず、たいがいの場合は該当すると思っていい。
 わたしが怒りを覚えるのは、コストのためにのみ危険な発ガン物質を用い、そのことを隠してきた、使用、放置、情報等のすべてにわたる官民一致体制がここにきて、隠しおおせなくなっても、なおその論理に執着し、取り壊しや、改造のプロセスにおいて、あたりにアスベストの粉塵を撒き散らし、新たな公害を平然と作り出している点だ。犯罪的なコスト主義の後始末についてさえ、やむをえずポーズをとっているだけなのであり、しかも後始末にまでコスト主義を貫いて、手抜きの極みゆえの、公害を増やしている。さらにいえば、いま、アスベスト対策のニュースが急に盛り上がってきたように見えるのは、きちんとしたやり方──まことにコスト至上主義を自己否定し、身体保護の観点から生産の方を振りかえる姿勢からしか、正しい事後処理も生まれない──で処理を、全面的、かつ厳重にやらねばならなくなったら金がかがるため、駆け込みで糊塗しようとしているからなのだ。だから、やり方自体が公害を作り出しているのであり、現場はどこも、完全な秘密主義で、絶対に取材に応じない。法律ができてからでは金がかかるから、作業員にとっても、まわりの住民にとっても、危険極まりない処理工事がひそかに夏休みに行われ、行政はいつもそうであるように、あらかじめ猶予期間をわざわざ設けてやり、その上で、駆け込み工事の危険さに対して、しらんふりをしている。もとより、彼らは官民こぞってグルなのだ。(1987年8月)
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Johoi

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2012/02/23

国民の生命と安全よりパニック回避を優先し
情報を秘匿するのは日本の権力の一貫した体質だ

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 チェルノブイリ原発事故の後遺症で、ヨーロッパでは今後、一〇〇万人からの死者が出るという。吉本隆明なら、歴史の進歩は核が支えているのだから、進歩のためによろこんで死ねというだろうが、大事なのはむろん、具体的な問題である。チェルノブイリ事故で被曝した小麦が、イタリアなどに送られて製粉され、製粉した国の製品として輸入されているという情報が入ってきた。その場合、いくら高濃度の放射能がふくまれていても、はじめから検査の対象にもなっていないらしい。当分の間、マカロニやスパゲッティには御用心! というわけだ。
 なんせこの国の行政は、生産者の便宜ばかり計っていて、自国の民の健康など、屁とも思ってやしないのだから。先日も、八二年に日本に出回っていたアメリカ産小麦食品(とりわけてポップ・コーン)には、じつは一七〇〇ppbものEDB残留物(発ガン物質)がふくまれていたと、いまごろになって公開される始末である。この国の行政は、わたしたちが情報を探り当て、その隠蔽を批判すると、いつだっておなじことをいう。“人心を不安に陥れたくない、パニックを招来させるわけにはいかなかったのだ”と。何やら、毒だらけのハマチの真実を明らかにしたわれわれに向かって、消費者をいたずらにおびえさせたと攻撃する養殖業者どもの、わけのわからない逆ネジとそっくりではないか。かくて日本は、行政と圧力団体による、“人心をパニックに陥らせないように配慮した”秘密で、満ち満ちている。念のためにいっておくが、一ppbの残留物があっても業界に回収命令を出すアメリカに対して、日本の行政は、一七〇〇ppbのケースを放置し、秘密にしてきたのである。
(太字下線はブログ管理人)

岡庭昇著 「この情報はこう読め」より
1989年7月31日 初版第1刷
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いまでも目に焼き付いている光景がある。
3・11は金曜日だったが、その翌週月曜日の朝のことだ。
私は東武東上線沿線に住んでいるのだが、東上線は池袋~志木間の折り返し運転となっていた。私の自宅は志木の一つ先。といっても会社員でない私は、早朝、表通りへ出てみると、志木駅へ向う道を会社員が列をなして歩いていたのである。

私は会社員でないので出勤する必要はなかったが、もしまだ前の会社に勤務をしていれば、月曜日の朝は営業の会議である。
しかし、元来、反原発である私は震災によって福島第一原発で破局事故が起きていることを確信していた。
それはいつか起きるだろうと想像はしていたものの、現実に起きてみると恐怖以外の何ものでもない。そんななかで、もし自分が会社員を続けていたら恐らく会社には行けなかっただろう。

その後、広告代理店の友人から連絡が来た。彼によると、その会社は自宅待機になるという。汐留にある日本一の広告代理店である。雨が降ろうが槍が降ろうが社員は出社しそうな会社が自宅待機になるのはただごとではない。
聞くところによれば明らかに原発の影響で、外資系のクライアントの腰が引けたことで、さすがに「これは大変なことらしい」ということになったという。

一方、かつての会社の同僚に連絡をしてみると、こちらは通常出勤とのこと。私はそのうちの何人かに、「もし、会社へ行っても急な仕事がないのなら、行くのはやめなさい」とお節介ながら言ったものだった。
もっとも、彼らからしてみれば、当時の私は、頭がおかしくなったぐらいにしか見えなかっただろう。何しろテレビでは枝野が「ただちに影響はない」「念のために原発より10キロ圏内に避難指示」などとやっていて、御用学者が「心配はない」と連呼していたのだから。

だが、事態はもちろんそんな生易しいものではなかった。しかも、アメリカは日本からのデータを受けて、最悪の事態を想定して自国民に避難指示を出していた。それがアメリカの内部文書の公表によって明らかにされると、日本の官房長官は「震災関連の会議の議事録がなかったことは遺憾」などと言っている。どこまで国民を舐めれば気が済むのか。

そうして、国内でも福島第一原発から250キロ先の住民までが強制避難という最悪のシナリオが想定されながら、「パニックを防ぐ」ためにこれは無視され、多くの人が本来、避けられた被曝をしたわけだ。

↓のラジオの中で、小出裕章助教は「私は米国という国は大嫌いだが、個人的な好みをのぞけばまだまだ米国の方がまともな国だと思う」と述べている。私もまったくもって同感だ。日本の権力がそれほどまでにアメリカに心酔しているなら、せめてアメリカ並みの情報公開をして欲しいものだが、それを絶対にしないのがこの国一貫した体質で、それは3・11以後に始まったことではない。

※岡庭昇著「この情報はこう読め」は近日、志木電子書籍より電子化されます。


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2012/01/28

志木電子書籍からの新刊情報 ~ 「テレビ帝国の教科書 メディア・ファシズムの罠を見抜け!」発売!

株式会社志木電子書籍(代表は当ブログ管理人)からの新刊情報です。

タイトル:『テレビ帝国の教科書 メディア・ファシズムの罠を見抜け!』
著者: 岡庭昇
価格: 500円(税込)

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ボイジャーストア『テレビ帝国の教科書』

(※まずはボイジャーストアでの販売が先行しますが、近日中に紀伊国屋やソニーリーダーストアなど左にある「電子書店リンク」の書店でも販売いたします<発売日は決定次第発表>。さらに取り扱い電子書店も来月初めから増えます。)

岡庭昇氏の著作としては、弊社では2冊目の電子化となります。
まずは目次のご紹介。

二〇一二年──電子書籍版への序文

はじめに──メディア・ファシズムとの共犯を断ち切れ

Ⅰ メディアとスキャンダルが相姦する

  1 ロス疑惑とテレビの新時代

    “疑惑”という名の公開処刑イベント
  2 かい人21面相と事件の“顔”
     仮説・グリコ‥森永不連続説
  3 倉田まり子と国家のスキャンダル
    “コト”が“ヒト”にすりかわる
  4 山口組と劇場犯罪
     あらゆるスキャンダルはイベントとなる

Ⅱ テレビは空気のような罠である
  1 体験的“抗議電話”
     それはリアクションとしてのアクションである
  2 安心は既視感のなかに
     メディアに出るのはエライ人、か?
  3 テレビは“市民”のパスポート
     永遠に停滞するわれらの至福の共同体

Ⅲ“像”という名の妖怪が歩き出す
  1 われらの“現実”は仮装する
     メディアの権力を解剖する
  2 一枚の写真とイメージの罠
     感性の支配が確立するとき
  3 スキャンダルのケインズ理論
     広告代理店向け“疑惑”のマニュアル
  4“像”は君臨する
     露出する人々は権力を得る

Ⅳ 逆説のカラクリが情報を戦略する
  1 情報帝国主義の完成
     統制がリーグとなり、リーグが統制となる
  2 真のスキャンダルは逃亡する
     タレント・スターという機能
  3 メディア・ファシズムヘの逆転技
     官能を研ぎすませよ!

あとがき

1985年に刊行された本なので、出てくる事件は古いですが、しかし、書かれている内容はまったく古くありません。
それどころか、現在起きている福島第一原発の破局事故をめぐるさまざまな情報、あるいは政治、とくに小沢一郎の「陸山会事件」についての情報など、マスメディアがながすあらゆるニュースについて、これまでとはまったく異なる視点を読者のみなさんは持つことができると思います。

私はかつて、田中角栄という政治家は大変に悪い、金権政治家だと思っていました。
だから、東京地検特捜部によって田中角栄が逮捕され、総理の犯罪として裁かれたことに喝采を送ったものでした。
しかし、この「総理の犯罪」と命名された戦後最大の“疑獄事件”を徹底的に見直す必要があると今は思っています。
岡庭氏は文中でこんなことを書いています。

《ヨーロッパをひとつの妖怪が徘徊する、共産主義という名の妖怪が》と若きマルクスは誇らかに書きつけた。いま、ずっとネガティブな意味であるが、市民社会を一つの妖怪が徘徊する、既視感(デジヤ・ヴユ)の他者であるところの“像”という名の妖怪が、とわたしは書きとめておかなければならない。

 高度に制度化された制度は、もはや制度であることを感じさせない。権力の最高度の達成とは、何よりも権力としての自己消滅である。支配されているという実感を、支配されている者の感性から拭い去ることこそ、支配の完成にほかならない。その意味で、鎖国ニッポンの完成、そこでの身体の囲いこみの完了は、警察や軍隊といった暴力による支配の形を遠く離れる。いまや支配されたがっている人間ほど、自分を自由だと実感しているはずだ。市民社会はすでに法や規範や戒律や禁忌や私刑で動かされているのではない。“空気”と“気分”こそが、市民社会の鉄の掟である。それは法や規範や戒律や禁忌や私刑以上に絶対管理制であるところの、いわばソフト・ファシズムである。このソフト・ファシズムはメディアによって司られている。とりわけて空気のファシズムたるテレビによって。

 このメディア・ファシズム状況の中核にあるものが“像”である。メディア批判は、報道の右傾化を憂うといったおなじみのスタイルにおいてではなく、メディアそのもののホンシツをつかない限り成り立たない。そのとき、メディアの支配力の源泉である“像”のトリックこそが、批判的な課題として考察されるべきである。

“像”とは、読んで字のごとく“像”である。たとえば山口百恵、田中角栄、三浦和義という名前から、われわれがおおむね共通に浮かべるイメージが“像”である。モモエにも、角栄氏にも、三浦サンにもさまざまな表情やシチュエーションがあるのだが、われわれはただひとつの“像”を条件反射するのだ。それは記号化された顔である。同時に意味が記号化している。彼らは既視感(デジヤ・ヴユ)のかたまりであり、それゆえ他者総体を代行している。つまり彼らが記号化されることは、現実そのものを記号化するということなのだ。そのことによって、われわれは空気の制度をみずからの手で完成しているといわねばならない。

 現実が“像”におきかえられる。同時に“像”もそのままたれ流されるだけでは“条件反射”を保証されないから、さまざまに“像”のころがし方が発達する。たとえば角栄さんに顕著だったような、“像ころがし”だ。三浦印や角栄印の場合のように“像ころがし”はますますテレビの支配機能を尖鋭にした。それに“像”をひきしめるスパイスの投入がある。スキャンダルの使用である。そんな風にして、現実と“像”をすりかえるメディア力学は、ますます盛大に栄えている。

 しかし、現実を記号に変え、他人の生き死にをイベントにすりかえるメディアと共犯に立つことで、市民たちはいずれ手ひどいしっぺ返しをうけるだろう。GNPぼけして忘れているが、半世紀前の日本人たちは、いよいよ自分が死地にひっぱられるまで、祖国ニッポンが自分たちの檻であるなどとは夢思わず、さまざまな国家製の物語や記号を娯楽していたのである。

↓こちらでは「はじめに――メディア・ファシズムとの共犯を断ち切れ」もお読みいただけます。 
志木電子書籍からのお知らせ ~ 「テレビ帝国の教科書」がボイジャーストアより発売されました!

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2011/09/30

止まらない放射能汚染 ~ 2019年、ラグビーW杯は日本で開催できるのか?

ニュージーランドで開催されているラグビーW杯で、日本代表は1分3敗とグループリーグの最下位に終わった。
このラグビーW杯というのは歴史が浅く、最初に開催されたのは1987年。したがって日本ではあまり馴染がないが、いまやスポーツイベントとしての規模は、サッカーのW杯、オリンピックに次ぐものだという。
このラグビーW杯に日本は第1回から連続出場をしており(ただし第1回は招待制だった)、その意味ではサッカーよりも立派だが、しかし成績の方は芳しくなく、過去7回の通算成績は1勝2分21敗と惨憺たるものである。
とくに1995年のニュージーランドとの対戦では145失点(得点は17点)という大失態を演じてしまい、ラグビーをよく知らない人でも「なんだか恥ずかしいぐらいに大敗した試合があったナ」とご記憶の方も多いかもしれない(映画「インビクタス」ではマンデラがニュージーランドの予選での成績をたずねるシーンで対日本戦の結果が「145-17」と聞いて、「145点!?」と驚くシーンがある)。

とまあ、なかなか結果を残せない日本代表なのだが、8年後の2019年には日本でこのラグビーW杯が開催されることになっている。
ラグビーファンの私としては今からとても楽しみであるが――
しかし一方で2019年の日本で果たして本当に世界規模のスポーツイベントを開くことができるのだろうか?という疑念、あるいは不安も捨てきれないのだ。
というのも、これだけの大会となれば、日本各地で試合をしなければならず、当然、首都圏を含む東日本でも少なからぬ試合をしなければならないだろう。しかし、それは可能なのか?
問題はその時の福島第一原発をめぐる状況にかかっているだろう。

いま、マスメディアでは福島第一原発の1~3号機の原子炉がすべて100度以下となったという東京電力の発表情報をしきりに流している。それだけを聞いていると、あたかも事態は収束へと向かっているかのようだ。
たとえば、読売新聞はこのような記事を書いており、あわせてそこにこのような図を掲載している。
が、一方で、京都大学の小出裕章氏は、もはや原子炉はそのような状態ではないと言う。


溶けた燃料が地下水を汚染する可能性 投稿者 HEAT2009

では、東京電力と小出氏のどちらの言っていることが正しいのだろうか? 
私には技術的なことはわからないが、しかしどちらが信用できるかと言えば、小出氏に軍配を上げざるを得ない。なにしろ、東電は3.11前まで「原発の破局事故など絶対に起きない」と言い、小出氏は「絶対に起きる」と言っていたのだから。
となると、これから先、事態はおそらくは小出氏の予想する方向へと進むだろう。しかも、小出氏が求めているような対策は遅々として進んでいない。であれば、事態はより悪化する他はない。
チェルノブイリの事例を見るまでもなく、放射能災害というのは広範囲に、しかも非常に長期間にわたって影響が残る。このことを海外の人は知っているから、当然のことながら、来日公演がキャンセルになる事例も出ている。

・セシウム飛散、250キロ以遠にも 群馬の汚染地図公表

セシウム汚染の帯、首都圏に 千葉・埼玉の汚染地図公表

※注「文部科学省による広域航空機モニタリング計画について 」によれば、この調査はその他の都県でも行なわれている。

そうしたなか、8年後、たとえ屈強なラガーマンたちといえども、彼らが喜んで日本にやって来るとは、現状では私にはどうしても思えないのである。

ところがそれほど深刻な状況であるにもかかわらず日本では……
たとえば昨晩のNHKニュースウォッチ9のニュースの並びは、

(1) チュートリアル福田摘発
(2) トイレに1000万円
(3) むち打ち刑撤回
(4) イチロー記録ストップ

だったそうだ(私は未見だったが、視聴していたテレビマンからの情報)。
おそらく、これこそが岡庭昇氏が言うところの最高度の言論操作なのであろう。
つまり、本当に重要なことは何一つ伝えないことで、原発には何の問題もないという洗脳をしているわけだ。
この大本営発表とは比べものにならないほど洗練された言論操作に、果たして日本人はいつになったら気づくのだろうか?

Gwngos

かくもさまざまな言論操作

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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戦後日本の思想

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2011/09/15

『週刊岡庭昇 29』 ~ 「一億総懺悔体制が確認された」

順不同ですが、「週刊岡庭昇29」、「一憶総懺悔体制が確認された」を転載します。

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週刊岡庭昇 29 ~ 一億総懺悔体制が確認された
(2011.7.2記) 

 2011年7月1日のNHKのニュースウォッチ9は、いざというときは体制維持のため、国民の感性操作に邁進する同局の本質を改めて確認させた。
 一般的に言ってNHKの内容が、民放と比べけしからんなどとはまったく思わない。それどころか、ここ十五年ほどの民放の呆れるはどの退廃は、かつてTBSのドキュメンタリディレクターであったわたしなど、そういう事実自体を隠したいほどだ。相対的に言ってこの民放の堕落と比べれば、もはや聴率料拒否の理論など成り立たないので、20年位前からちゃんと支払っているほどだ。
 報道以外では『ダーウィンが来た!』や『世界ふれあい街歩き』など立派な番組があるし、最近の東北大震災を題材にしたドキュメンタリにも良いものがあった。そのことは十分認めたうえで、ああ忘れていたが、NHKは第二次大戦以来、官僚独裁がいざというとき宣伝するメディアなんだな、と改めて確認させられたのである。
 戦時下の大本営発表は、事実と違うことをたれ流した点で批判される。それはまったくそうなのだが、それだけというところに、物を考えないこの国の怖さがある。問題はその点なので、考えること自体に対してわれわれが無気力に陥ることなのだ。
 事実と違う大本営発表は、そのことで、人間にはそれぞれの立場があって、その対立や融合の上に選ばれた結果として現実がある、という原則を無化する。これが大事なのだ。まるで季節のように検討を経ない現実が自明にやって来て、「選ぶ」のではなく「対応」だけが、行動として「自然」だと強制される。それが、この国である。抜き難いこの国の倒錯であり、この倒錯した本質に気付きようもない諸外国は、信じられないくらい紳士的な人々だと驚嘆する。
 いよいよ夏。われわれは節電に協力しなかればならんのだそうだ。でも、なぜ? いやなぜという問いすら、お目にかからぬのはなぜ?
 ごく常識的な問いを、二度、三度繰り返して置こう。①は、東京電力とわれわれ国民の関係は、説明するまでもなく加害者と被害者である。加害者が威張って被害者に電力供給に協力しろと命令している。なんでこんな横暴が、まかり通るのか? 常識的なわたしには理解出来ない。
 ②は故・高木仁三郎もつとに指摘しいていたことだが、原発がなければわれわれは停電生活を余儀なくされるという電力企業の脅しは、誰が、いつ、どういうデータに基いて客観化したと言うのか。高木は既存の火力発電を一部止めて、原発が必要な状況を電力自らが虚構していると明確に述べたが、いつ電力企業は客観的に高木を論破したのか。原発再開に当たってこの論議を棚上げするなんて、許されることか。
 2011年7月1日のニュースウォッチ9は、別に手間暇掛けた陰謀を仕込んだわけではない。さりげなく、夏が来たぞ、電力供給が大変だから、みんな協力しようと言っただけである。そして「だからこそ」それは、最高度の言論操作であった。
 わたしが言うところの、真の意味での大本営発表を実現した。自ら「考えること」を、現象に対置するのではなく、季節に対応するように「対応」することで、事態は糾弾されることなくやり過ごされ、悪はまんまと延命したのだ。
 かくて一時少しは揺らいだかに見えたメイファーズ日本は、また「動かぬ欺瞞の自然」にもどった。戦争に負けても「敗戦」とは言わず「終戦」とする政治が、結局は戦後史を征したのと同じである。雨が降り止んだのと同じように1945年8月15日に戦争は止んだのであり、誰も何処にも責任など取る必要はなかった。ただ国内外の運の悪い人が、ひどい目にあっただけだった。そう言えば谷川雁の詩に、「ギナノコルガフノヨカト(残った奴が運の良い奴)」というのがあったな。
 さあ一億総懺悔して、つまり誰も悪くはなかったと確認して、もとのメイファーズに戻ろうと、「自然」の家元であるNHKは宣告した。震災も原発のいかがわしさも、「節電」というコピーのもと初夏の風物詩と定められたようだ。めでたきかな無思想、無主体、無気力の集大成である「自然」! ああ恐ろしきかな、メフィストフェレスより暗黒のわが「自然」!
 自らの世界観に立脚した、自らの判断に基づく、自ら共働による社会など想像もつかないメイファーズ日本人は、おとなしい仮面の背後で、本当はエゴイズムの極なのかも知れない。かくて誰も責任を取らない、一億総懺悔体制はまたもや不滅である。震災以来1パーセントぐらいは、この国の人々も「考える」かと期待して来たが、またもやこのビッコの老人の挫折は必然だった。もう電力についても、核についても、語りたくはない。あんたの勝ちだよ。

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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