2012/06/22

小沢一郎が霞が関独裁の逆鱗に触れた理由

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 2011.1.21のことである。官僚に優越する政治という、当たり前のことが当たり前でなかった現状を批判して民主党が政権を取った基本姿勢、いわゆるマニフェストを菅直人首相は転換した。
 官僚に優越する政治という、従来の民主党の姿勢は行き過ぎだった、と公に表明したのである。むろん政権を取らせた国民への、いかなるエクスキューズさも含まない公然たる裏切りである。
 わたしもこの裏切りは、現在の政権が成り立った当初から実感していたが、先の八ツ場ダム建設中止の撤回とともに「恭順」はさらに推し進められたのだ。このあざといまでの「反省」は、その露骨な「正直さ」において辟易させられる。
 (中略)
 従来からの官僚独裁は蘇ったのである。鳩山―小沢の首を以て恭順を公にし、自民党と同じ体質の「官僚さまの素直な奴隷」として。もともとそれが、菅政権の本質ではないか。濃厚な疑いはまさに立証された。フェイクとしての一党独裁とは、最終的に政治を、ハンコをつくだけの存在に限定することだ。ナツメロ漢奸菅は、そこに戻った。いまや小沢一郎という「悪」を、自民党と民主党は一致して排外し、お役に立とうと雪崩を打っている。第二の55年体制の発足である。

(岡庭昇著『理不尽』「民主党の漢奸」より)
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 鳩山=小沢で出発した民主党政権は律義に、官僚独裁から政治家の手に政治を奪い返えそうとした。
 だが独裁者官僚が巻き返さないわけはなく、アメリカとも結んで反攻に出た。誰にでも予想がつく成り行きである。手っとり早く経済スキャンダルで、鳩山=小沢を追い落とした後、アメリカお気に入りの漢奸菅と岡田に引き継がせた。だがあまりにも漢奸菅がマスコミに人気がなく、さらにドジョウに首だけすげ変えたのだ。
 この事態でついにマニフェストは死んだ。「政治優先」の残滓もなくなったのを見越して、権力(官僚独裁)はグローバリズムの手先となり国家や民衆を売ったわけだ。そうこよなく明晰なジッチャマは、偏見と独断に満ちて断言する。一党独裁(本当は官僚独裁)は、さらに強力に再生したのである。

(岡庭昇著『理不尽』「売国奴!」より)
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どうやら民主党は分裂するらしい。しかも出て行くのは2009年の総選挙で圧倒的な支持を得た小沢一郎を中心としたグループで、残るのはこの総選挙で歴史的な大ウソをついた野田のグループだという。そして、この連中は、これまた先の総選挙で国民から圧倒的な不信任を突きつけられた自民党と手を組む。
ところが「造反」しているのは小沢グループだとマスメディアは書き立てている。
この光景を目の当たりにして思うのは、日本を長らく独裁支配してきた霞が関の凄まじい力で、私はその威力に慄然とせざるを得ない。

もとより今回の政局は、野田と小沢の対立ではない。
小沢一郎が民主党の代表就任以来、相手にしてきたのは、安倍でもなければ麻生でも菅でも野田でもないく、常にその背後いる霞が関(とそれを取り巻く利権集団)であった。
これに対して独裁権力を恣にしていた霞が関もまた、小沢一郎を最大の敵として認定した。
それはなぜか。
もちろん、小沢が独裁権力の本質を見破っていたことが第一の理由であるが、なによりも彼らの逆鱗に触れたのは、それを「国民の生活が第一」というキャッチフレーズに集約して、わかりやすく国民の前に提示したからではないかと私は思う。
これまで、完璧な言論操作で「日本はいい国だ」と信じ込まされてきた国民は、年金行政などを見るにつけ、薄々ながら「本当はこの国はひどいことになっているのではないか?」という疑念を募らせてきた。そこへ登場したこのキャッチフレーズは、デタラメの限りを尽くしてうまい汁を吸ってきた連中からすれば、世界一おとなしい(飼いならされた)国民に目覚めるきっかけを与えてしまうという意味で、正しく体制の危機だった。
しかも小沢は、せっかく前原が偽メール事件でボロボロにさせることに成功した民主党を瞬く間に立て直し、政権交代を可能にする勢力にまで復活させた。

ここから小沢対霞が関独裁の闘いが始まった。
小沢の狙いは衆議院選挙と参議院選挙に勝ち、真の権力交代、つまり霞が関から国民の代表である政治への権力交代を実現させること。
これに対して霞が関は衆議院選挙を前に小沢を民主党代表の座から引きずり下ろすことに専念し、衆議院選挙の勝利は捨てた。ただし、民主党が衆議院選挙で圧勝したことから、生半可な切り崩しが不可能になったため、参議院はどうしても民主党が負けて「ねじれ」を起こさせる必要があった。
そこで、参議院選挙の前に小沢の代理である鳩山のクビを飛ばし、菅直人を首相にして「消費税」を口にさせることで見事に民主党を沈めることに成功した。

ところがここで予想外の事態が一つ起きた。
それが3.11であり、福島第一原発の破局事故である。
独裁権力にとって傀儡政権とは当然ながらコントローラブルでなければならない。ところが、市民運動上がりの菅は、原発という戦後日本が生んだ最大のデタラメ利権を国民の批判から守るには、あまりに危険な人物だった。
そこでさらに菅を引きずり下ろして登場したのが、100%コントローラブルな野田だ。
この男は松下政経塾という独裁権力の身内出身で、利権集団のためならどんな大嘘でも平然とつけるという人材である。
平時であれば、これほどあからさまな人間というのはかえって使い道がないものだが、原発が3機もメルトダウンして収束もままならず、さらに4号機が危機敵状況にあるというなかでは、徹底的に独裁権力&利権集団に忠誠を誓える人間を首相に据えないと、彼らがこの事態から無傷で脱出できることはできない。
そうして、この野田の一派と自民党の残滓(利権に戻りたくてうずうずしている集団)は結合する。
岡庭氏が指摘するところの第二の55年体制の発足である。
ただ、実は私はこの体制はそう長続きはしないと思っている。
それは、福島第一原発の破局事故が彼らの浅はかな思惑などぶち壊すほどの猛威を、これからも振るい続けることは間違いないからだ。

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2012/05/02

福島の子どもの甲状腺検査結果
朝日新聞の大本営発表

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子の甲状腺「安心できる」 福島、問題なしが99.5%

 福島県は26日、東京電力福島第一原発事故に伴う放射線の健康影響を見守る県民健康調査で、子ども約3万8千人の甲状腺検査の結果を発表した。しこりがないなど問題ないとされた子どもが99.5%を占め、残りも良性の可能性が高いと判定。県の検討委員会は「通常と変わりない状況で安心できる」としている。
 避難区域を含む13市町村に当時いた18歳以下の約4万7千人が対象で、約8割の3万8114人の検査を終えた。約0.5%の186人に良性の可能性が高いしこりなどが見つかり、念のため再度の超音波検査や血液検査が必要としている。
 県は、すべての子ども約36万人を対象に、生涯にわたって甲状腺に影響が出ないか追跡していく。

朝日新聞デジタル 社会 記事2012年4月30日6時31分
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↓こちら専門医に配布された文書。

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関連リンク
・院長のひとりごと
福島-子どもの甲状腺にしこり(追加検査なし)

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2012/03/12

今上天皇のお言葉をカットする不敬メディアの意図を推測する

2月18日に冠動脈のバイパス手術を受けられて、3月4日に退院されたばかりの天皇陛下が、昨日行われた「東日本大震災一周年追悼式」にご出席された。
以下が陛下の追悼式でのお言葉(音声版&テキスト版)である。

↑のアイコンが見えない場合は↓をクリックしてください。
2012年3月11日 東日本大震災一周年追悼式 今上天皇お言葉

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 東日本大震災から一周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。
 一年前の今日、思いもかけない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ二万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人びとの救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人びとが含まれていることを忘れることができません。
 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。
 このたびの大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人びと、また、原発事故に対応するべく働いてきた人びとの尽力を、深くねぎらいたく思います。
 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人びとが被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象づけられたと記されているものがあります。世界各地の人びとから大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。
 被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう、期待しています。
 そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。
 今後、人びとが安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。
**********

今上天皇は「追悼式への出席は手術前から強く望んでいたとされ、手術後も心臓機能回復のためのリハビリを黙々とこなしたという。3月4日の退院後も息切れの症状が残るなど、改善傾向が後戻りする局面もあったが、7日に右胸にたまった水を抜く治療を受け、9日にも検査を受けたうえで出席を決めていた。」(朝日新聞)という。

それだけの困難を乗り越えてまで追悼式に臨まれた今上天皇のお言葉を聞いて、私が最初に思ったのは、「陛下は原発の破局事故に対する極めて正しい認識を持っておられる」ということだ。
陛下ははっきりとこうおっしゃっている。

「さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。

「放射能は困難な問題」だとはっきり認識しておられるのだ。そして、

「今後、人びとが安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。」

と締めくくっておられる。
あくまで個人的な意見だが、これは今上天皇がその制約された立場から出来得る最大限の原発に対する意見表明だ。

「にもかかわらず」、あるいは「であるからか」、twitter等からの情報では、マスメディアは昨日、今日のニュースでこの「放射能」の部分をカットして流しているらしい。
確かに私もいくつかのニュースを見たが、この部分は流れなかった。

決して万全でない体調を押して、それでも今上天皇が追悼式に出席されて発せられたお言葉の肝腎な部分をカットして放映するとは、日本のメディアはどこまでも不敬である(右翼は即刻抗議の街宣活動をすべきだ)。

これに対して野田の挨拶には「放射能」の「ほ」の字もない。原発事故について言及したのは「原発事故との戦いは続いています。福島を必ずや再生させ、美しいふるさとを取り戻すために全力を尽くします。」という部分だけである。
「あれ、冷温停止状態で収束したんじゃなかったかね?」と皮肉の一つも言いたくなるが、はっきり言えば福島が再生し、美しいふるさとを取り戻すことができるのは、いま日本列島に住んでいる日本人全員死んだ、そのまたずっと後のことだ。
それほどの破局事故が起き、現在も進行中であるにもかかわらず、野田の言葉はなんと軽いのか。
京都大学の小出裕章助教の言葉を借りれば、まさにそう遠くない将来に復興できるかのような「幻想を与えて」いるのであって、しかもその裏で除染や震災瓦礫の広域処理といった無意味な事業を利権化して血税を投入している。

そういう現政府や東京電力、原子力ムラにはびこる国賊連中からすると──。
今上天皇が追悼式に出席することを本音の部分では快しとしなかったのではないだろうか?
そんな想像すら私の頭には浮かんでしまう(少なくとも、今上天皇という日本でも稀なリベラリストと上記の連中が根本的に肌合いが違うことは、彼ら自身が強く感じていることだろう)。
そして、そういう本音を読み込んでいるマスメディアは、せっせと天皇のお言葉をカットし、連中のお役に立っていることをアピールしているのではないかと思ったりするのである。

※関連リンク

「小泉靖国参拝で脳裏に浮上した天下の暴論」(2006/08/15)

不敬企業、不敬メディア(2009/04/10)

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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2012/02/06

陸山会事件
東京地検の新たな「虚偽記載」発覚!
朝日新聞の重要記事

小沢一郎元秘書の石川知裕議員を、陸山会の土地取引問題で取り調べた東京地検特捜部(当時)の田代政弘検事らを「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」が「虚偽有印公文書作成及び行使容疑」で告発した件(東京地検刑事部で受理)に関連して、昨日、朝日新聞が重要な記事を掲載したので、以下に引用します(私は東京新聞購読者なので、本日まで記事内容を確認できなかった)。

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石川議員取り調べの特捜検事
捜査報告書 他にも加筆

 資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる政治資金規正法違反で、民主党元代表・小沢一郎被告(69)の元秘書・石川知裕衆院議口(38)を取り取り調べた検事が作成した捜査報告書に、実際には取り調べ中になかったやりとりが、小沢氏の公判で発覚した以外にも、記載されていることがわかった。

「隠し録音」と食い違い

 この捜査報告書は、小沢氏の強制起訴を決めた検察審査会に資料として提出されていた。17日の小沢氏の公判で東京地裁が証拠採用し、中身を調べる見通しだ。小沢氏の弁護側は「石川氏の供述調書の内容は信用できる」と審査会が判断した根拠の一つになったとみて、小沢氏の公訴(起訴)の棄却を求めている。
 この捜査報告書を作成したのは、東京地検特捜部で捜査に加わった田代政弘検事(45)。検察審査会が小沢氏の1回目の審査で「起訴相当」と議決した後の2010年5月17日に、保釈中の石川議員を取り調べた。上司の特捜部長あてに、その日の石川議員とのやりとりをまとめた。
 石川議員がこの取り調べをICレコーダーで「隠し録音」していたため、小沢氏の弁護側か公判で指摘して食い違いが発覚した。
 録音にないことが新たに判明したのはまず、この調べの日に供述調書を作成するかどうかのやりとり。捜査報告書では、田代検事が「署名拒否にしますか」と投げかけ、石川議員が「そんな、突き放さないでくださいよ」と述べたと記載されている。録音には石川議員が調書の作成をためらう様子は記録されているものの、こうした問答はなかった。
 また、石川議員が同年1月に特捜部に逮捕された直後の田代検事による取り調べを振り返り、「『弁護士には内緒にしてください』とお願いして、供述調書を作ったんでしたね」などと発言したという記載が捜査報告書にあった。しかし、録音にはこうした弁護士についてのやりとりは一切なかった。
 他にも、録音では田代検事が発言し石川議員が肯定したやりとりなのに、すべて石川議員の発言として記した部分が数力所あった。
 昨年12月に小沢氏の公判で弁護側が指摘してすでに発覚しているのは石川議員が逮捕中に、「政治資金収支報告書の虚偽記載を小沢氏に報行し、了承を得た」と認めた理由についてのやりとり。「検事から『11万人の選挙民の支持で議員になったのに、うそをつけぱ選挙民を裏切ることになる』と言われたのが効いた」などと石川議員が語ったと報告書に記載されたが、録音にはなかった。
 公判で証人として出廷した田代検事は、捜査報告書との食い違いを認めたうえで、「逮捕中に石川氏が話したことと記憶が混同して書いてしまった。虚偽ではない」などと弁明した。
 この捜査報告書をめぐっては、市民団体「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」が今年1月に、虚偽有印公文書作成・同行使などの容疑で田代検事らを刑事告発し、東京地検刑事部が受理している。

Asahi

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もはや、これは小沢一郎・陸山会の虚偽記載問題ではない。
一人の有力な総理大臣候補者を陥れるために東京地検特捜部が行なった、恐るべき「捜査報告書虚偽記載事件」である。

今回の朝日新聞の記事は大変に評価できるが、日頃から根拠なく小沢一郎を罵倒する同社の論説委員諸氏はどう説明するのか(思うに現場は頑張っているけど、ベンチがアホなんでしょうな)。

・朝日新聞 読後雑記帳
特捜検事の「虚偽記載」犯罪を徹底批判しない記事

あるいは、こういう恐るべき体質を持つ検察のリークを、2009年の3月(大久保秘書逮捕)以来、延々と垂れ流してきたメディアはどういう責任をとるのか(この期に及んでも検察リークを垂れ流し、しかもそれを指摘されてもドスルーする毎日新聞サンはとくに問われますネ)。

少なくとも、あの時点で、マスメディアが真っ当な報道をしていれば、今日の政治状況は非常に大きく変わっていたことは間違いないだけに、その罪は重大だ。。
しかも、当時、すでにネット上では、大久保逮捕に対する疑問が溢れかえっていたのだから、「まさか検察がこんなにおかしなことをしているとは思わなかった」とは言わせない。
とすれば結論はただ一つ。
マスメディアは東京地検の共犯者だったのだ。

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2012/01/28

志木電子書籍からの新刊情報 ~ 「テレビ帝国の教科書 メディア・ファシズムの罠を見抜け!」発売!

株式会社志木電子書籍(代表は当ブログ管理人)からの新刊情報です。

タイトル:『テレビ帝国の教科書 メディア・ファシズムの罠を見抜け!』
著者: 岡庭昇
価格: 500円(税込)

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ボイジャーストア『テレビ帝国の教科書』

(※まずはボイジャーストアでの販売が先行しますが、近日中に紀伊国屋やソニーリーダーストアなど左にある「電子書店リンク」の書店でも販売いたします<発売日は決定次第発表>。さらに取り扱い電子書店も来月初めから増えます。)

岡庭昇氏の著作としては、弊社では2冊目の電子化となります。
まずは目次のご紹介。

二〇一二年──電子書籍版への序文

はじめに──メディア・ファシズムとの共犯を断ち切れ

Ⅰ メディアとスキャンダルが相姦する

  1 ロス疑惑とテレビの新時代

    “疑惑”という名の公開処刑イベント
  2 かい人21面相と事件の“顔”
     仮説・グリコ‥森永不連続説
  3 倉田まり子と国家のスキャンダル
    “コト”が“ヒト”にすりかわる
  4 山口組と劇場犯罪
     あらゆるスキャンダルはイベントとなる

Ⅱ テレビは空気のような罠である
  1 体験的“抗議電話”
     それはリアクションとしてのアクションである
  2 安心は既視感のなかに
     メディアに出るのはエライ人、か?
  3 テレビは“市民”のパスポート
     永遠に停滞するわれらの至福の共同体

Ⅲ“像”という名の妖怪が歩き出す
  1 われらの“現実”は仮装する
     メディアの権力を解剖する
  2 一枚の写真とイメージの罠
     感性の支配が確立するとき
  3 スキャンダルのケインズ理論
     広告代理店向け“疑惑”のマニュアル
  4“像”は君臨する
     露出する人々は権力を得る

Ⅳ 逆説のカラクリが情報を戦略する
  1 情報帝国主義の完成
     統制がリーグとなり、リーグが統制となる
  2 真のスキャンダルは逃亡する
     タレント・スターという機能
  3 メディア・ファシズムヘの逆転技
     官能を研ぎすませよ!

あとがき

1985年に刊行された本なので、出てくる事件は古いですが、しかし、書かれている内容はまったく古くありません。
それどころか、現在起きている福島第一原発の破局事故をめぐるさまざまな情報、あるいは政治、とくに小沢一郎の「陸山会事件」についての情報など、マスメディアがながすあらゆるニュースについて、これまでとはまったく異なる視点を読者のみなさんは持つことができると思います。

私はかつて、田中角栄という政治家は大変に悪い、金権政治家だと思っていました。
だから、東京地検特捜部によって田中角栄が逮捕され、総理の犯罪として裁かれたことに喝采を送ったものでした。
しかし、この「総理の犯罪」と命名された戦後最大の“疑獄事件”を徹底的に見直す必要があると今は思っています。
岡庭氏は文中でこんなことを書いています。

《ヨーロッパをひとつの妖怪が徘徊する、共産主義という名の妖怪が》と若きマルクスは誇らかに書きつけた。いま、ずっとネガティブな意味であるが、市民社会を一つの妖怪が徘徊する、既視感(デジヤ・ヴユ)の他者であるところの“像”という名の妖怪が、とわたしは書きとめておかなければならない。

 高度に制度化された制度は、もはや制度であることを感じさせない。権力の最高度の達成とは、何よりも権力としての自己消滅である。支配されているという実感を、支配されている者の感性から拭い去ることこそ、支配の完成にほかならない。その意味で、鎖国ニッポンの完成、そこでの身体の囲いこみの完了は、警察や軍隊といった暴力による支配の形を遠く離れる。いまや支配されたがっている人間ほど、自分を自由だと実感しているはずだ。市民社会はすでに法や規範や戒律や禁忌や私刑で動かされているのではない。“空気”と“気分”こそが、市民社会の鉄の掟である。それは法や規範や戒律や禁忌や私刑以上に絶対管理制であるところの、いわばソフト・ファシズムである。このソフト・ファシズムはメディアによって司られている。とりわけて空気のファシズムたるテレビによって。

 このメディア・ファシズム状況の中核にあるものが“像”である。メディア批判は、報道の右傾化を憂うといったおなじみのスタイルにおいてではなく、メディアそのもののホンシツをつかない限り成り立たない。そのとき、メディアの支配力の源泉である“像”のトリックこそが、批判的な課題として考察されるべきである。

“像”とは、読んで字のごとく“像”である。たとえば山口百恵、田中角栄、三浦和義という名前から、われわれがおおむね共通に浮かべるイメージが“像”である。モモエにも、角栄氏にも、三浦サンにもさまざまな表情やシチュエーションがあるのだが、われわれはただひとつの“像”を条件反射するのだ。それは記号化された顔である。同時に意味が記号化している。彼らは既視感(デジヤ・ヴユ)のかたまりであり、それゆえ他者総体を代行している。つまり彼らが記号化されることは、現実そのものを記号化するということなのだ。そのことによって、われわれは空気の制度をみずからの手で完成しているといわねばならない。

 現実が“像”におきかえられる。同時に“像”もそのままたれ流されるだけでは“条件反射”を保証されないから、さまざまに“像”のころがし方が発達する。たとえば角栄さんに顕著だったような、“像ころがし”だ。三浦印や角栄印の場合のように“像ころがし”はますますテレビの支配機能を尖鋭にした。それに“像”をひきしめるスパイスの投入がある。スキャンダルの使用である。そんな風にして、現実と“像”をすりかえるメディア力学は、ますます盛大に栄えている。

 しかし、現実を記号に変え、他人の生き死にをイベントにすりかえるメディアと共犯に立つことで、市民たちはいずれ手ひどいしっぺ返しをうけるだろう。GNPぼけして忘れているが、半世紀前の日本人たちは、いよいよ自分が死地にひっぱられるまで、祖国ニッポンが自分たちの檻であるなどとは夢思わず、さまざまな国家製の物語や記号を娯楽していたのである。

↓こちらでは「はじめに――メディア・ファシズムとの共犯を断ち切れ」もお読みいただけます。 
志木電子書籍からのお知らせ ~ 「テレビ帝国の教科書」がボイジャーストアより発売されました!

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2012/01/20

大飯原発意見聴取会 ~ メディア・ファシズムの罠を見抜け!

*****
「ナマであるように見えるほど、つまりリアルであればあるほど、メディアはウソをついている。つまり現実を“像”にすりかえ、“像”を現実として送り返している。(中略)ここから権力の源泉としてのあらゆるトリックが発生するのである。」

「メディアは現実を“像”に変える。そして“像”を現実そのものであるかのように錯覚させる。そこに、メディア・ファシズムとでも称すべき、こんにちの“管理”のホンシツがある。イデオロギーを統制するのではなく、“像”というコンセンサスを市民社会に共有させることで管理を実現するのである。」

「高度に制度化された制度は、もはや制度であることを感じさせない。権力の最高度の達成は、何よりも権力としての自己消滅である。支配されているという実感を、支配されている者の感性から拭い去ることこそ、支配の完成にほかならない。その意味で、鎖国ニッポンの完成、そこでの身体の囲いこみの完了は、警察や軍隊といった暴力による支配の形を遠く離れる。いまや支配されたがっている人間ほど、自分を自由だと実感しているはずだ。市民社会はすでに法や規範や禁忌や私刑で動かされているのではない。“空気”と“気分”こそが、市民社会の鉄の掟である。それは規範や戒律や禁忌や私刑以上に絶対管理制であるところの、いわばソフト・ファシズムである。このソフト・ファシズムはメディアによって司られている。とりわけて空気のファシズムたるテレビによって。」

いずれ岡庭昇著『テレビ帝国の教科書』(1985年)より
*****

いまさらだが、大飯原発再稼働の条件となる安全評価の意見聴取会での“混乱”について。

私は仕事をしながらつけていたテレビからの音声で、このニュースの一次情報を得たのだが、「反対派」「市民」「乱入」というような言葉が聞こえた。
そこでおやっと思ってテレビを振り返ってみると、案の定、この会を傍聴するはずだった市民が、さもトラブルの原因であるかのような映像が流れていたのだった。

もちろん、この期に及んでも原発を存続するため、「反原発という意志を持った市民=秩序を乱す社会常識のない集団」というネガティブ・キャンペーンのための“像”の拡散である。

この映像を見た素直な視聴者たちは、「反原発の人たちの行動は、どうも非常識だな」という印象を持つわけで、それこそが権力の意図であり、見方を変えれば、マスメディアがその共犯者であることの何よりの証拠映像といえるだろう。
ちなみに、このニュースを伝えるNHKは↓のようなものであった。

この映像でアナウンサーは早速、冒頭から「会議が開催できない異例の事態になっています」と喋り始める。そしてテロップは「傍聴不許可の人たち抗議 会議開催できず」。
この時点で、「反原発派のせいで、真っ当な会議が開催できない」という印象を視聴者にガッツリ与える寸法である。
しかし、では事実はどうだったのか。原発に関しては真っ当な記事を出す東京新聞はこう書いている。

*****
再稼働条件の原発安全評価 大飯3、4号機「妥当」
2012年1月19日 07時02分

(略)

■「今日中に」聴取会強行

 原発の専門家からの意見聴取会は、原発の再稼働への重要な節目となるとあって、再稼働に反対する大勢の傍聴者が詰めかけた。
 前回の聴取会で、傍聴者の一部が委員に詰め寄る混乱があったため、保安院は一般傍聴者の入場を禁止。別室で中継のモニターを見る形式にした。これに反発した傍聴者が会場になだれ込んだ。
 十数人の傍聴者は口々に「なぜ傍聴させないんだ」「こんな保安院に再稼働を決める資格はない」と、意見聴取のあり方や、聴取対象の専門家の中に原発関連企業から研究費を受け取っていた人がいることを批判。原子力プラント技術者の後藤政志委員が「仕切り直すべきでは」と流会を投げかけた。
 しかし、司会で東京大教授の岡本孝司委員は拒否。以後は退室を求める保安院側と原発反対派の間でにらみ合いが続く異様な雰囲気になった。
 その後、保安院は省内に別室を確保。委員を移動させた。説明に当たる保安院の職員と傍聴者がもみ合いになる一幕もあった。
 「今日やってしまいたい」(幹部)という保安院は、庁舎のエレベーターを止め、通報で駆けつけた警視庁丸の内署の警官隊を出入り口に配置。傍聴者を新たな会場に近づけないようにし、午後八時ごろ、審査書に批判的な後藤氏と井野博満東京大名誉教授の委員二人が欠席する中で聴取会を強行した。
 聴取会が始まると、保安院の担当者は淡々と評価報告書を読み上げ、「妥当」「有効」を繰り返した。
 この間、枝野幸男経産相は緊急記者会見を二回開き、「平穏に議論できない状況では、広く意見を求めるという聴取会の目的が果たせない」「ルールを守ってもらいたい」と述べた。
 井野氏は「原子炉の老朽化や、人為的ミスの可能性を考慮しておらず、審査は不十分だ。弱点を見つけることと、安全だから再稼働ということは別だ」と批判した。
*****

もともと、きちんとパスをもって傍聴のために入場した市民に対し、保安院側が別室に誘導しようとすれば、市民が怒るのは当然のことであり、そこですごすごと別室に従う方がよほど人間として問題があることは言うまでもない。
もちろん、NHKでもその経緯は一応なぞっているが、問題はそのトーンなのである。
たとえば↑の映像では、「原発の運転再開に反対する人たちなどおよそ20人が会議室に入りこんで抗議をつづけました」といっている(1分3秒あたりから)。
この「入りこんで」という、まるで市民が無理やり中央突破をはかったがごとき表現こそが、印象操作の肝である。
それは、例の北朝鮮の女性アナウンサー仰々しく独裁者を賛美するよりもはるかに国民を深いところで洗脳し、統制する。

実際の様子はこちら↓

そして枝野の会見の様子。

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この意見聴取会は、「政治的に再稼働すべきかどうか議論している場ではな」く、「あくまで客観的科学的技術的に専門家の皆さんに論議いただく場」だというのである。
しかもご丁寧にNHKはわざわざここにテロップを入れている。

しかし、前掲の東京新聞記事にもあるとおり、「この専門家のみなさん」の中には原発関連企業からカネをもらっていた委員が複数いた。

・田中龍作ジャーナル
「大飯原発ストレステストは妥当」 傍聴者排除し推進派だけのイカサマ専門家会議

つまり、現実には、これほど「政治的に再稼働をすべきかどうかを議論する」「客観的でない議論の場」はなかったのである。
だが、ここでNHKは、現実を“像”にすり替えた。
結果、視聴者は、この一見すると市民がただクレームをつけているだけのような“像”を現実と錯視し、「反原発=一部の危ない“市民”」というイメージを共有することになる。
まさに“空気”と“気分”による、完璧な統制だ。

ところで、こうして市民を締め出して行なわれた聴取会には、枝野がのこのことやってきて、しきりにぺこぺこと委員に向かってお詫びをしたという。
詳しくは、「みんな楽しくHappy♡がいい♪」さんのエントリーをご覧いただきたいが、枝野が頭を下げている画像は必見だ(是非、見てください)。

・みんな楽しくHappy♡がいい♪
国民を締め出したストレステストの会議中「謝りに来た」枝野大臣(動画&書き出し)

さて、今日は本当はSPEEDIについても触れたかった。
これまで100億円以上のの日本国民の税金を投入して、まさに福島第一原発破局事故の時のためにつくられた「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」のデータを、文部科学省は真っ先に米軍に渡し、自国民に対しては秘匿した。
このデータを見たアメリカはさっさと米国民を80キロ圏外へと避難させる一方、日本人は避けられた被曝を避けられなかったどころか、正しい情報があればしなかった被曝までしてしまったのである。
以下は京都大学・小出裕章氏の話。

狂 っ て い る 。

腐 っ て い る 。

どこぞの国の独裁者の資質が云々などと言っている場合ではない。
この国の権力構造は、ヘドロどころか、まさに高濃度の放射能汚泥のようなものである。
このまま放置すると、国民はこいつらの毒にによる被ばくで死ぬことになる。


※お知らせ
冒頭で紹介した岡庭昇著『テレビ帝国の教科書 ~ メディア・ファシズムの罠を見抜け!』の電子書籍版が、間もなく志木電子書籍より発売されます。
詳細は、追ってご紹介しますが、是非、ご期待ください!

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2012/01/12

小沢関連速報! 〜 最高検察庁に告発状を提出しました

ただいま、最高検察庁に刑事告発状を提出してまいまりした。
被告発人は不詳と田代政弘(新潟地方検察庁検事)です。
告発状を下記にアップいたしましたので、ご覧ください。
検察審査会による起訴議決によって始った小沢裁判とはいったい何なのか?
この告発状を見て、是非、今一度考えてみていただきたいと思います。

・健全な法治国家のために声をあげる市民の会

告発状

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2011/12/24

東京電力と北朝鮮 〜 マスメディアという洗脳装置が作り出す印象操作の罠

*****
かつてジョージ・オーウェルは、空想的な近未来小説『一九八四年』を書いた。その主題は、管理社会における管理の極度な近代化は、ついに中世的な蛮行と相似形になる、という逆説にあると、わたしは考えている。その意味で、ニッポン低国の市民社会は、まさにジョージ・オーウェルの空想を裏書きしたのである。無名の大衆をひきずり出し、袋叩きにするスキャンダルの新時代とは、いいかえるならスキャンダルを使った超管理社会の実現にほかならない。ロス疑惑の登場をもって、われわれは、いわばメディア・ファシズムの新時代に突入したのである。
 ブラジルやチリやフィリピンでは、軍隊が最終的な管理の仕上げをしている。ソ連では官僚制が、イランでは宗教がその役目を担うだろう。われわれの日本では、メディアが管理の尖兵となる。社会主義国家における強制収容所をもち出し、もっぱらオーウェル『一九八四年』を反共宣伝のために利用している文化人たちは、自分がメディアの牢獄に囚えられていることには、まるで無知なように見える。

   *****

メディアは、気分と印象を操って、スキャンダルをでっちあげる。でっちあげられた対象は、記号に祭り上げられ、ただ記号として消費される。もともと実体ではないのだから、もはや定められた像をくつがえすことは不可能なのだ。

   *****

いまや病の身ではあるが、目白の帝王・闇将軍こと角栄サンこそ、構造としての国家スキャンダルをかくすために、個人の上にスキャンダルを押しつけられ、スキャンダルの代名詞へ“記号”化された“像”にほかならない。すこしでも考えてみればわかるように、田中角栄という悪の記号が生み出され、流布されることによって、ロッキード疑獄などに示される構造としての国家スキャンダル(そして国家こそがスキャンダルであるという構造)は、より広く、より明るみのなかで問われることになっただろうか。まったくその逆だ。一億総正義の士になって角栄サンをののしっている間に、構造はまんまんと秘匿されてしまったではないか。

以上、引用はいずれも岡庭昇著『テレビ帝国の教科書』(1985年)より
*****

今週、「とくダネ!」を見ていたら、司会の小倉智昭が北朝鮮の後継者と目される金正恩に関する神話(4歳の時だったかに拳銃を撃ったら、すべての弾が的に当たったとかいう類の話)について、「そんなことあるわけねえだろ」と吐き捨てた。
もちろん、これは笑ってしまうほどに明々白々なでっち上げの神話である。

さてしかし、、、
では小倉は、同じく笑ってしまうほどに明々白々なでっち上げである東京電力福島第一原発の収束宣言、「冷温停止状態」達成というニュースについても同じように「そんなことがあるわけねえだろ」と吐き捨てたのか。私はこの番組を毎日見てチェックしているわけではないが、少なくもとこのニュースを扱っていたある一日には、そのような言動はしていなかった。

それにしても、、、
金正日死去に乗じた今週のメディア(とくにテレビ)の北朝鮮に対する袋叩きぶりは異様だった。
それはまさに記号化された印象の操作に他ならない。「北朝鮮=怪しい国」と決めつけ、泣き女や金正恩の美味しすぎる映像を切り取って最大限に使う一方、この問題になると必ず出てくるコメンテーターに筋書き通りのコメントを喋らせる。まさに入神の技だ。
そして、結局のところ、その映像から何が導きだされるのかというと、「北朝鮮は何をするかわからない危ない国」で「情報は厳しく統制され国民は洗脳されているから」「そういう危ない国が核を持っていつ暴走するかわからない」といった筋書きである。
私はこういう映像を見て、呆れを通り越して笑ってしまった。
なぜなら、それはすべて東京電力を中心とする日本の原子力マフィアに当てはまることで、しかもすでにその狂った連中の暴走によって、日本は核による壊滅的な打撃を受けてしまったのだから。

「それはそれとして、しかし北朝鮮がとんでもない国であるのは事実だろう」と意見はもちろんある。私は北朝鮮の現体制の擁護者では断じてないが、ここで金正日についての一つの見方を提出してみたいと思う。
私は1994年に金日成が死んだ時、「北朝鮮はもうもたないな」と思ったものだった。
金日成の評価はさておくとして、この指導者にカリスマ性があったことは事実である。在日コリアンの女性の友人から聞いた話では、金日成はかの国の基準ではとにかく美男子なのだそうだ。したがって、女性は政治体制に不満があっても、金日成を見るともうそれだけで参ってしまったものだという。
それに比べると、金正日というのは、まあ不細工でぶ男、いかにも出来の悪いニ代目といった感じで、とても金日成のカリスマ性を引き継げるとは思えなかった。
ところが、結果的に金正日は死ぬまで体制を維持することに成功し、後継者の道筋も作った。
これは金日成、金正日と二代にわたって虐げられた北朝鮮国民にとっては誠に気の毒としかいいようがない。しかし一方でこの間、北朝鮮は核開発をしてテポドンを海にポチャリと落とすなど、常に「何をするかわからないぞ」という印象をチラ見せしながら、周辺諸国やアメリカの強い圧力を免れた。それどころかむしろ手玉にとって、明日潰れるかもしれないと思われた体制を維持したのである。私はこれはこれで大した政治的手腕だなと思うのである。
同じ世襲でも、祖父の七光りのみで首相になった挙げ句、腹が痛くなって政権を放り投げたアベシンゾーなどとはそもそも根性の入り方が違う(そのアベシンゾーがノコノコ出てきて北朝鮮についてあちこちで喋っているのには笑った)。

ここで私なりに断言しておくと、北の核が暴発するとか、その核が日本に向けられるなどということはあり得ない。
なぜなら、前述したように、北朝鮮の瀬戸際外交の肝は、本当に暴発するのではなく、その素振りを見せることで成立しているからだ。したがって、実際に暴発しては元も子もないのである。
まして、繰り返しになるが、すでに日本は東京電力の核でとんでもないことになっている(いまだに政府やメディアのことを信じて洗脳されている国民は知らないが)。その日本に、さらなる核攻撃なんぞをしたら、それこそ国際的な非難を浴びるわけで、そのような選択をするはずがない。
というよりも、、、
そもそも日本に敵対するのに自前の核などいらないのである。安全保障について、実はまったく真剣に考えていないこの国では、狭い国土にめったやたらに原発が林立しており、そのどこか一つをちょっとでも叩かれればそれでジ・エンドだったのだ。

では、東京電力という超ブラック企業の核を棚上げにして、北朝鮮の怪しさを真顔でまくしたてるメディアの意図は何なのか?

ここで話は突然飛ぶが、今年の芸能界の大きなニュースの一つは島田紳助の引退だった。その理由は紳助が暴力団と親密な交際をしていたからだそうだ。
私は芸能界というものには興味はないが、芸人が暴力団(というよりもヤクザ)と付き合うことは、別に珍しいことではないし、芸能の興行とヤクザは切っても切り離せない関係にあることは常識である。
(個人的にはヤクザを暴力団と呼ぶこともまた一つの印象操作であり、記号化だと思う)
では、なぜヤクザが悪いのかというと、反社会的な存在だからということになる。
実は私はこの世間に流布しているヤクザ=反社会的という“一般的な常識”についても少しく異論があるのだが、今はそれはおいておくとして、反社会的な集団と親密に交際することが自らの職業を捨てて引退しなければならないほど重要なことであるならば、とびきりの反社会的な集団である東京電力と親密交際をしていた国会議員や官僚、学者はなぜ糾弾されないのだろうか?

かつて“リクルート事件”が起きた時に、未公開株を受け取った個人までがさんざん糾弾されたことがある。あるいは古い話で恐縮だが、投資ジャーナル事件というのが起きた時、その主催者である中江滋樹から7000万円だかのマンションをもらった女性芸能人は、それゆえにメディアから吊るし上げを食らったものだった。
そんな些細なこと(とあえて言うが)ですら大騒ぎするメディアが、国土を放射能で汚染させるという日本の歴史上、始って以来の大罪を犯したあげく(もちろん世界的な海洋汚染も大問題)、後世にまで残るその重大な影響をまったく無視する悪魔の企業とその関係者を野放しにしているのはなぜか。
それはメディアもまた同じ穴の狢だからである。

22日に行われたシンポジウム、「検察、世論、冤罪 III」のなかで山口一臣前「週刊朝日」編集長は、近年のメディアの劣化を嘆くとともに、ジャーナリズムの役割は最終的に権力の監視であって、自分もそう教わってきたというようなことを言っていた。
しかし、私に言わせればそれもまた印象操作なのであって、実はジャーナリズムが権力の監視者であったためしはほとんどない。どころか、霞が関という独裁権力と一体化して、巧みに悪の国家、悪の政治家、悪の組織を仕立て上げつつ、一方で東京電力という超ブラック企業をまるで真逆の超優良企業に印象操作しながら、利権共同体の尖兵をつとめてきたのだ。

このマスメディアの罠に気づいて、その呪縛から逃れることが日本再建の第一歩だと私は思うのだが、「家政婦のミタ」の視聴率が40%などという話を聞くと、その道はまだまだ遠い。もちろん、このドラマ自体の出来は良かったのかもしれない。が、呆れるほど多くの時間帯を費やして番組の大キャンペーンを張ったあの日本テレビの番宣ぶりは洗脳以外の何ものでない。
その結果としての40%という数字に、この国の権力集団は「テレビを使えば、まだまだいくらでも国民を騙せるな」とほくそ笑んでいるのではないだろうか。


※お知らせ
岡庭昇著「テレビ帝国の教科書」は、来年1月、志木電子書籍より刊行されます。

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2011/12/20

ひょっとして独裁が終わる?北朝鮮が少しうらやましい件

昨日からメディアは金正日急死一色である。
この“大騒ぎ”ぶりを見ていると、ひねくれ者の私は、日本人はホントに北朝鮮のニュースが好きなんだなァと思うのだが、それはさておき、、、
メディアの一連の報道には共通点があって、それは突きつめると「北朝鮮は異常な独裁国家で、その独裁者が死んだ後は不安定になるかもしれない。この国は核開発をしているので、暴走しないとも限らない」というあたりに収斂する。

本日の東京新聞社会面を見ると、「19日、平壌で、金正日総書記の死去を受け、泣き崩れる市民=共同」というキャプションで複数の女性が泣き崩れている写真を掲載している。確かにこの写真だけ見ていれば、「やっぱりおかしな国だナ」とは思うが、朝鮮半島には「泣き女」という類の人がいるわけで、それを知っていると知らないでは、この写真の見方も相当に変わってくることは事実だ。

さて、金正日後の北朝鮮がどうなるのか。
もちろん私にはわからないが、それでもあえて個人的な予想を述べてみると、噂の三男が順調に権力を継承できるとは思えない。つまり、個人崇拝を基本にした独裁というのは、そうそう長続きはしないのではないかと思うのである。
「しかし、現実に独裁は金日成から金正日に引き継がれたじゃないか」
と言われれば、まあその通りなのだが、だからこそ誤解を恐れずに言えば、金正日というのはそれはそれでなかなか大したものだったわけで、金正恩なる人物にそれほどの力はなかろうと思うのだ。ほら、「世襲経営は三代目が潰す」なんてこともよく言われますしね。
で、その場合、どうなるかというと、しかし北朝鮮というのはなかなかにしたたかな国だから、おかしな暴走はせずに(その素振りは見せるかもしれないが)、なんとか軟着陸する方向へ向かうのではないだろうか。

で、まあもし本当にそうなったとしたら、北朝鮮がうらやましいナと私は思うのである。
なぜなら、日本の独裁権力というのは霞が関という組織にる集団的な独裁であるため、個人による独裁とは比較にならないほど強固で、終わる見込みがないから。

私は何度となくこのブログで書いているが(例:世界の独裁者が憧れる国)、日本こそは世界でもっとも優れた独裁国家である。なにしろこの制度は“民主主義”をも呑み込んで成立しており、国民の多くは自分たちが独裁国家で暮らしているとは思わない。
それをいいことに、霞が関を中心とした利権共同体が、国民をなめきって、およそやりたい放題にやっているのがこの国の本質である。

金正日が死んで、北朝鮮の核がどうなるかなんて、ハッキリ言ってそんなことを心配している場合ではない。
なにしろ、すでにこの国は東京電力の核で壊滅状態なのである。
しかも、この福島第一原発から飛散した放射能は無主物で、東電の知ったことではないという。
北朝鮮の拉致問題で激怒する日本人が、なんでこの論理に激怒しないのかが私には不思議だ。

その福島第一原発はメルトダウンどころかメルトスルーをしており、今現在、溶け落ちた核燃料がどこにあるのかサッパリわからないのに、野田という総理大臣は高らかに「収束宣言」。
本来ならばその放射線量の高さから、全員退避させなければならない地域が広範にあるのに、まったく無視を決め込んだあげく、徐々に住民を戻していきたいのだそうな。
そういうことだから、今後、住民の健康被害については、放射能との因果関係をおいそれとは認めないだろう(それは数々の公害問題で経験済みだが)。

ま、福島第一原発事故の収束がいつのことになるのかは誰もわからず(なにしろ放射能の影響というのは万年単位で残るんだから)、少なくとも野田が生きているうちに終わることはない。つまり、未来の世代がどれだけ野田を呪おうが恨もうが、死んだ後のことは知ったこっちゃない。究極の無責任、これが現在の民主党政権の本質だ。

だが、そもそもこの野“ブ”田、本来ならば総理大臣にはなれないはずだった。
普通のまともな民主主義国家だったら、小沢一郎が総理大臣になっていたはずなのである。
ところが、次期総理大臣が確実だった小沢に対して霞が関はスキャンダルをでっち上げ、野党第一党代表の座から引きずり下ろすと、それでも政権交代を実現した民主党に対して、今度は鳩山由紀夫を袋叩き。並行してさらに小沢のスキャンダルをでっち上げ、ついには検察では起訴できないから、検察審査会という謎のグループを使って強制起訴。
その際の捜査報告書には、検事のでっち上げが書いてあって、それをもとに素人の検察審査員が起訴議決をしたらしいよ。日本のマス・メディアではほとんど報道されてないけどね。
さらに、あのフロッピー前田君は「自分が裁判官なら小沢は無罪」と法廷で証言。
つまり小沢スキャンダルはすべてねつ造だったわけだ。
そうしてアホ菅を経て登場した野“ブ”田は、霞が関、財界の意のままに大増税、TPP。でもって本心では年金の支給年齢も引き上げたいそうで、その一方で税金ぶち込んで有史以来、最大の犯罪企業である東京電力は救済したいらしい。
本来ならば、勝俣恒久やら清水正孝なんてとっくの昔に逮捕されてなければいけない大犯罪者が娑婆でピンピンしているのだから凄い。
これほどの無法とデタラメがまかり通る国家というのは、そうあるもんのではない。

ついでに言うと、日本人は北朝鮮のメディアを見て「おかしな国だ」と喜んじゃってるけど、日本のメディアも凄いよ。
福島のみならず東北や上信越、首都圏でも大変なことが起きているのに、まるっきり無視。テレビでは毎日、アホなお笑い番組垂れ流して「何もなかった」ことにして国民を「収束洗脳」中。「臭いもの蓋」に習って言うと「ヤバい情報にメディアの蓋」だね。
でもって、放射能の汚染水が漏れたりすると、「影響はありません」という政府や東京電力の発表を垂れ流すけど、発表情報をただ右から左へ流すだけなら、子どもでもできる。本来、その発表が事実かどうかを調べるのがジャーナリズムの役割のはずだけど、そんなことをやっているメディアは皆無、、、

と、まあ、北朝鮮にも決して引けをとらない超独裁国家・日本。
ところが、あちらはひょっとすると金正日の死をきっかけに、少しばかりまともな方向へ動く可能性もある。対して日本の独裁はまだまだ続く。
実は北朝鮮のニュースを熱心に見ている日本人には、そのことへの恐怖感というか抵抗感が、心のどこかにあるような気が私はするのである。

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2011/10/16

鉢呂吉雄が経産相に「起用された理由」を推測する

私は何かにつけてうがった見方をするタイプである。それは元来の性格でもあるわけだが、とくにマスメディアが報じるニュース(=権力による発表情報)については、つねに言論操作の疑いをもって見るように心がけている……。

Gwngos

かくもさまざまな言論操作

そこで、まずはコメント欄にもいただいた前エントリーについての世田谷弦巻の件について追記しておくと(pc4beginner様、コメントありがとうございしまた)、これが福島由来のものではなかったことは大変良かったと思う(世田谷の区長が保坂展人氏だったことも幸いで、区長、あるいは市長選びの重要性を再確認する出来ごとだった)。
ただ、なんとも不思議な一件だとは思う。
横浜でストロンチウムが検出されたのとほぼ同時だったのは偶然だろうが、結果的に弦巻の放射能が福島とは関係なかったことで、なんとなく横浜のニュースも霞みつつあるように見えるのは気のせいか。また、この弦巻のお宅に住んでいる方が、高齢者であったことで、「放射線量が高くても健康被害にはつながらない」というイメージをそれとなく拡散させることができたようにも感じる(実際、世田谷区在住の知り合いがそう言っていた)。
つまり、今後、起きるであろう重大な健康被害について、福島との因果関係を否定できる材料が一つ増えたわけで、少なくとも政府や東京電力にとっては「悪くない」出来ごとだった。
もちろん、今回は偶然だったわけだが、しかし相手はどんな出来事も利用することばかり考えていることは間違いないわけで、このニュースの「使われ方」は今後、注意する必要があると私は思っている。
そして、今一度、改めて確認しなければならないことは、福島第一原発の破局事故を原因とする広範囲に及ぶ前代未聞の放射能汚染は現在進行形であるということだ。

・小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ
10月13日 どうにもならない現実を説明する責任が国にも東京電力にもマスコミにもある。 小出裕章(東京新聞こちら特報部)

さて、本日はうがった見方をもう一つ書きたいと思う。
ブログ「ざまあみやがれい!」さんのエントリーで知ったのだが、上杉隆氏の「ニュースの深層」という番組に鉢呂前経産相が出演していた。

これを見てわかるのは、鉢呂氏が原発に対して真っ当な考えを持っていることである。
それもそのはずで、この人は経産省の役人だった原発推進派の高橋はるみと2003年に北海道知事選で争い、原発に慎重な立場を表明して僅差で敗れているのだ。
そこで浮かぶ私の最大の疑問は、そんなことは百も承知のはずの野田佳彦が、何故に自らの政権の方針(それでも原発推進)と異なる人物を経産大臣に任命したのかということだ。
マスメディアの政局解説的には、それは鉢呂が旧社会党出身であって、組閣の際の派閥均衡の結果ということになるのだろう。あるいは、国民の反原発、脱原発への機運に一定の配慮をしたという解説もあり得るかもしれないが、それにしても経産省的にはあってはならない人事である。
とすると、何か他の意図があったのではないか?と私なんぞは思ってしまう。
そこで以下にうがった見方を書くと……

・野田の本心(=権力の総意)は枝野を経産相にすることだった。しかし、野田内閣発足時に枝野を起用すると、3・11後の経緯からして相当な非難、批判を浴びる。そこで、ワンクッションを入れることにした。

・その経産相は誰でも良かったが、あえて鉢呂を選んだ。それは対外的に原発に慎重な姿勢を示している人物を起用することで、野田政権の本心を多少なりとも糊塗できるということが一つ、もう一つはどうせすぐに交代させるのであれば面倒くさい反原発派を起用して失脚させると一石二鳥になる。

・経産相交代の機会は折を見て、、、と思っていたら、鉢呂が早速「総合資源エネルギー調査会」の人選に手を突っ込んできたため(反原発派の数の大幅増員)、あわてて失言騒動をでっち上げて引きずりおろし、予定通り枝野を後任に据えた。

もちろんこの推測に根拠などない。しかし、この国の権力というのは、そのぐらいのことはやると私は思っている。
実際、鉢呂の後任が枝野になった時に個人的には強い違和感があったが、マスメディアは何の批判もせず「安定感がある」などと解説していたと記憶している。
「それにしても、うがち過ぎだろ。現に、枝野は九州電力のやらせメール問題でも、退任しない九電社長を強く批判していたではないか」
とおっしゃる向きもいるだろう。それについて言えば、枝野は「批判しているフリをしているのではないか」と私は推測するのである。

・八木啓代のひとりごと
九州電力第三者委員会が突きつけたもの

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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