2012/04/23

「陸山会事件」判決直前!
東京地検特捜部、組織ぐるみの「虚偽記載事件」不起訴に
市民の怒りは爆発している

ここ最近、ブログを更新できなかったのは、珍しく仕事が忙しかったということもあるのだが、もう一つの理由は↓にあった。

・八木啓代のひとりごと
その挑発、再び受けて立たせていただきましょう:刑事告発いたします

今週、いよいよ検察審査会による起訴議決の結果、強制起訴された小沢一郎に判決が出る。
しかし、そもそもこの起訴議決に至る過程で、検察が重大な不正行為、すなわち捜査報告書の虚偽記載を行なっていたことが発覚した。
自分たちが起訴できなかった案件を、素人である検察審査員に起訴されるために、虚偽記載満載の捜査報告書を作成したのである。
しかも、これは明らかに組織ぐるみだ。
(※これについては、是非、「世界」(岩波書店)5月号の江川紹子「裁かれるべきは検察か── 小沢裁判で見えた司法の「闇」──」をご一読ください)

陸山会事件がでっち上げられた当初、テレビのワイドショーは「東京地検は最強の捜査機関」と力説していた。しかしてその実態は「最強の冤罪捏造機関」だったわけだ。
法治国家としてはあるまじき、恐るべきことである。
にもかかわらず、捜査報告書に虚偽記載をした実行犯である田代元検事は不起訴になるという。
しかもこれは、身内(東京地検刑事部)が身内(田代)を捜査した結果だ。

これには、さしもおとなしい日本人も怒りが爆発した。
冒頭の八木啓代さんのエントリーに対して、「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」への入会希望者が殺到したのである。
そして、この入会申請を受け付ける事務担当が、不肖、私だった、、、
結果、その対応に大わらわ (^_^;) 。

何しろもの凄い勢いで入会申請のメールが来るのだ。このメールは私のところへ転送されるのだが、その数がハンバでなく、Gmailの受信トレイがどんどん埋まっていく。
なんとか対応をして返事を送ると、そのメールを送信しているそばから新たなメールが来るといった塩梅で、正直、「いい加減にしてくれ」と思わないでもなかった。
だが、送られてきたメールに書かれたコメントを読むと、本当に一人ひとりのみなさんが心底、激怒していることがわかる。
となれば、これはもう「やるっきゃない」ということで、メール対応していたのが先週半ばからの状況だった。

考えてみると、前回の総選挙前(麻生政権時)も国民の怒りはマックスに達していた。
だが、当時は民主党というはけ口があり、それが総選挙での歴史的政権交代へとつながった。
だが、今回はそういうはけ口がない。
そうした中で、「もう今回は黙っていられない」という人が増えていることは悪いことではないと思う。
当ブログの以前のエントリーで、「普通の国だったらとっくに暴動が起きている」と書いたところ、「お前は暴動を煽っているのか」という反応もあった。もちろん暴動というのはよろしくないが、しかし真っ当な怒りを表明することは人間として当たり前の行為だ。

小沢一郎はいくつかのインタビューで、「このような政治状況が続くと、社会はおかしな方向へ行くのではないかという心配がある」ということを述べていたと記憶している。
確かにこのままいくと、かなり社会が危ない方向へ行く可能性はあると私も思う。
これを防ぐには、きちんとした形で現状の政治に怒りを表明すること、つまり参加することが大事で、もはや傍観している場合ではない。
日本人はどんな仕打ちをうけてもあまりにもおとなしいから、どんどん権力にナメられていいようにやられるのだ(これは原発問題も同様)。

ということで、、、
「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」では、新たな告発状を提出いたします。
乞うご期待。

※現時点で入会申請されると、告発状の参加には残念ながら間に合いません。

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2012/03/21

橋下徹は小沢無罪後の布石か?

東京地検特捜部という、マスメディアによれば「最強の捜査機関」ですら起訴できず、検察審査会という素人集団の起訴議決によって小沢一郎が起訴された「陸山会事件」が結審した。
この過程で明らかになったのは、小沢の「犯罪」ではなく、法治国家の根底を揺るがす検察の驚くべき不正と疑惑である。

起訴議決の根拠となった、検察から検察審査会に送られた捜査報告書は、小沢を起訴させるべく虚偽記載に満ちていた。
一方、無作為で選ばれたはずの検察審査員は、二回の起訴議決時の平均年齢がまったく同じという、天文学的確率の奇怪な現象が報告されていたが(しかも超高齢化が進行中にもかかわらず、その平均年令は30代半ばである)、ここへ来て、その検察審査員を選ぶパソコンソフトは、その人選を恣意的にコントロールすることかできる可能性が指摘されている。

・一市民が斬る!!
2月2日 こんなイカサマソフトに6,000万円もの血税が!最高裁事務総局発注の「検察審査員選定クジ引きソフト」操作マニュアルを見た!

また、発注元は「最高裁事務総局」という聞きなれぬ組織で、このソフト制作を競合の末に落札した富士ソフトという会社の顧問には意外な名が連なっていたという(「検察審査員」「選考」「節ソフト」「顧問」で検索した結果はこちら)。

この裁判だけを見ても、これだけの疑惑がゴロゴロ転がっている。
しかし、有罪立証の根幹である石川議員の供述調書(虚偽記載満載)の証拠採用が却下された際、毎日新聞社の主筆はテレビで「これで有罪にもっていきにくくなったが、まだわからない」とのたまったものだった。
この期に及んでもまだそのようなセリフを公衆の面前で吐く「ジャーナリスト」とは、いったいなんなのか。

そもそもーー。
3年前の2009年3月3日に小沢事務所の大久保秘書が逮捕された時から、この小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の事件は一貫して疑惑だらけだった。
その中身については当ブログでもこれまでさんざん書いてきたので割愛するが、にもかかわらずマスメディアに所属する「プロ」のジャーナリストたちは、一貫して検察側の主張に何の疑問を差し挟むこともなく、ひたすら小沢一郎を糾弾し続けた。

一方、ネット上には、プロのジャーナリストとは真逆の素人が多数いて、「小沢対検察」の行方をウォッチしていた。将棋にたとえると、プロのジャーナリストが観戦記者だとすれば、彼らはネット上のファンということになる。
ところが、観戦記者の見立てはことごとくハズレ、ネット上のファンがお互いに情報交換をしながらする分析の方がはるかに正しかったことが、ここへ来て証明されつつあると私は思う。

そうして3年以上に及んだ「小沢事件」に間もなく一つの結論が出る。
判決は普通に考えれば無罪だが、何しろこの国は普通ではない。したがって何が起こるかわからない。
たとえ罰金でも有罪判決が出れば、マスメディアはついに鬼の首を取ったがごとく騒ぎ立てて、小沢辞任論を展開するだろう。
では、無罪だったら?
私の予想では、「それでも疑惑が消えたわけではない」などと言い出す可能性もあるが、それ以上にマスメディアが誇張するのは、「どちらにせよ小沢一郎はもはや過去の政治家である」という印象操作だと思う。

ここ最近、大阪市長をやたらめったら持ち上げるマスメディアの最大の狙いは、ここにあると私は睨んでいる。つまり橋下のやっていることの是非はどうでもよく、小沢との対比で「若くて新しい政治家が出てきたことで、小沢のような古い政治家の役割は終わった」というキャンペーン張る、その布石が橋下なのだと思う。
つまり、小沢にとって検察との闘いに一区切りがついても、マスメディアとの闘いは残念なことにまだ終わらない可能性が高い。
しかし、それももはやそう長くは続かないはずだ。
楽観的に過ぎるかもしれないが、どんな組織でも、デタラメをやった報いは必ず来る。それを如実に示したのが東京電力で、その歴史の法則は不変であると思うのだ。

※そしてTBSはどうする?

朝ズバで森ゆうこ議員が語ったTBSによる水谷建設裏... 投稿者 torigonn


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2012/01/26

歴史的総選挙で「改革を騙った」野田佳彦

まずは下記の動画をご覧いただきたい。
この動画はかつて当ブログ一度紹介したことがあるが、改めてもう一度、貼ってみる。
2009年の衆議院選挙の最終日、最後の小沢一郎の演説である。場所は石川2区。森嘉朗と闘った田中美絵子の選挙区で、場所は田んぼの真ん中の広めの駐車場。そこに6000人もの有権者が集まったという。

この演説はいま見てもグッとくる。
実際、2009年の夏は熱かった。

当ブログを少し前からご覧いただいている方はご存じかと思うが、私もまたこの総選挙では東京11区(板橋)で有田芳生さんの応援をした。
残念ながらこの選挙では有田さんは最高惜敗率で落選してしまったが、あの時の有権者の反応は未だに覚えている。道行く人がチラシを受け取り、激励の声を運動員にまでかけてくれたものである。

それは有田さんが当選を果たした一昨年の参議院選挙とはまったく異なる空気だった(なによりも当時の総理である菅直人が、いきなり消費税という銃弾を味方の背後からぶっ放したのだからたまったものではなかった)。

2009年の総選挙に話を戻すと、この時、小沢一郎と同じく改革を「騙った」男が民主党にはいた。

小沢と野田――両者の動画を見ただけで、器の違い(逆に言えば独裁官僚による操りやすさ)は歴然としているが、まあそれはこの際、置いておこう。

本来ならば総理大臣になるはずだった小沢一郎は検察とマスメディアに狙い撃ちされ、2009年時点では誰もが想像だにしなかった男が首相の座についた。
そして一昨日行なわれた施政方針演説で↓のように言ったのである。

「これらは、私の言葉ではありません。三年前、当時の麻生総理がこの議場でなされた施政方針演説の中の言葉です。私が目指すものも、同じです。

今ごろになって、野田という男は、

「ホントのこというと、麻生さんや歴代の自民党総理と同じだったんだよね」

と言ったのだ。
驚愕の告白である。

では、なぜ2009年にはこの男は心にもないことを言ったかといえば、要するに権力が欲しいかった、つまり政権奪取の単なる方便だったとしか言いようがない。

一方、野田と同じだった麻生は、その主張が正しいかどうかは別にして、従来の自民党の政策で勝負したのだから、少なくとも野田よりもはるかに真っ当だと言えるだろう(まさか私が麻生を評価するような時代が来るとは思わなんだ)。

そして、野田という政治家の最大の問題は、この「歴史的位置づけにある衆議院選挙において、心にもない政策を騙って国民を騙した」いう点にあると思う。

いま、メディアの中には、「自民党も本当は野田と一緒なのだから、大人の対応をすべきだ」というような論調もある。
しかし、保守政治家にとって何よりも優先すべきは信義であり秩序であるはずだ。
自分たちが良かれと思って打ち出した政策で大惨敗したのと同じ選挙で真逆の大ウソをついておいて、後になってから、

「実は自分も心の中では同じだったんだよね。で、今回はあんたたちと同じことを言ってるんだから、協力するのが筋でしょうよ」

などというのは、信義を重視する立場にあれば許されざることで、道徳の問題である。

今後、世論を詐称するマスメディアが、自民党にも「野田と同じ土俵に乗れ」という圧力をますますかけてくるだろう。
しかし、野田のような政治家を野放しにしておけば、日本は故・小室直樹博士が言うところのアノミー(無秩序状態)に陥ってしまう(まあ原発事故後の世界は、歴史的犯罪企業が野放しになっているという点で、すでに十分にアノミー状態だが)。それは保守政治家にとって断じて好むところではないはずだ。

ということで、私は少なくとも現時点で、自民党は野田のかけてくるモーションに対して保守の良識を存分に発揮して欲しいと思う。
それを貫くことが、自民党にとって捲土重来の第一歩になるのではないだろうか。


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2012/01/18

さらに毎日新聞誤報問題について

岸井毎日新聞さんえ

市民なんぞ愚民だと思ってなめたらいかんよ。

shimbunkyokai

mainichi120118

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2011/12/19

「検察崩壊」〜 田中良紹の「国会探検」

是非、一読を。

・田中良紹の「国会探検」
「検察崩壊」

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2011/10/02

倒錯国家

昨日の東京新聞「こちら特報部」は、9月30日に公表された九州電力の「やらせメール問題」に関する第三者委員会の最終報告書をめぐる動きを伝えている。
その中で私が笑ってしまったのは、第三者委員会の委員長である郷原信郎氏に対して九州電力社内から『「ストーリーありきの特捜部的手法」と感情的に非難する声も上がった。』という部分だ。
そういう声が出ていることはすでに他のメディアに出ていたので知っていたが、こうして改めて見ると、「原発推進のストーリーありき」でせっせと「やらせ」をやっていた連中の倒錯ぶりは、もはや喜劇的ですらある。
彼らこそがまさに、「特捜部的な手法」の使い手であるわけだが、私としては、ここは時流に乗って、「ストーリーありきの裁判所的手法」という形容をしておこう。

それにしても、福島第一原発事故は、この国の倒錯ぶりを浮き彫りにしている。
破局事故を起こした側の連中が、「予見できない天災だった」と開き直る一方で、一貫して原発を批判してきた小出裕章氏が、「このような事故が起こることがわかっていたのに止められなくて申し訳ない」と謝っている。
事故を起こした直後に、トップ自らが「逃げたい」(全面撤退)と言っていた超無責任企業が、いまだに事故処理を任されており、資料を出せと言われれば黒で塗りつぶし、福島の方々へ補償をするについてもデタラメと横暴の限りを尽くしている。
にもかかわらず、この会社に強制捜査が入る気配は微塵もなく(もうすでに、重要な書類はすべて破棄しているだろうが)、腹立ちまぎれに(たかだか)いたずら電話をした男が偽計業務妨害容疑で逮捕されるのである。べつにいたずら電話がいいとは言わないが、しかし根本的なところが倒錯している。

話を東京新聞に戻すと、この記事中には以下のような部分もあった。

「本来は県議会がチェック機能を果たすべきだが、最大会派の自民党は及び腰だ。同党の原子力安全対策特別委員長が九電還付から個人献金を受けた責任を取って辞任する始末だから無理もない。三十日の県議会本会議で、地方自治法に基づく調査特別委員会(百条委員会)設置を求める動議が提出されたが、自民党などの反対多数で否決された。」

つまり自民党議員(これは地方議員も国会議員も同様)には電力マネーがたっぷりと回っているわけだが、回っているのはカネだけではない。
実は私はこの部分を読んで思い出したことがある。
それは少しばかり知り合いの地方議員のことだ。
彼は自民党ではなく民主党で当選回数もまだ浅いのだが、日頃から熱心に地元を回って支持者との会合を持っており、時には後援会でバス旅行などもしている。
その企画の一つとして、これは私にも案内が来たのだが、ある時、「原発見学ツアー」がというのがあった。当時、私は「なんでそんな所へ行くのだろう」と少しく訝ったものだったが、その理由は選挙の時にわかった。
彼は東電の支持が欲しかったのである。
いったい、その選挙区内に東電票がどれだけあるのかは私にはわからない。だが、彼の秘書から聞いた話では、とにかく東電の支持が欲しいとのことだった。その後、首尾よく支持をとりつけたのかどうかは知らないのだが、結果的に彼はギリギリと言われた選挙を乗り切って当選した。

議員にとって何よりも欲しいのは票とカネであるが、このケースを見ると、電力会社はカネだけでなく、票も持っているわけで、まさに選挙を戦う人間にとっては拝み倒してでも支持をとりつけたい相手ということになる。
そして、おそらくは長らく自民党にのみ流れていたこの票とカネが、ある時期から民主党にも流れ始めたのだろう(それは多分に政権交代への保険であろう)。

私には今でも非常に印象に残っているシーンがある。
それは第一回目の政府、東電、保安院の統合会見でのことなのだが、この時、細野豪志が受け答えのなかで「東電さん」と言ったのである。私はその瞬間に「ああ、これはダメだナ」と思った。
原発事故担当大臣が、この期に及んでも史上最悪の事故を起こした企業を「さん」付けで呼んでいる。これでは政府の側が主導権を握ることはできないと思ったからだ。
そして、その状態は今もって続いている。
この倒錯が解消されない限り、福島第一原発事故の収束はないと私は思うのである。

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2011/09/26

「陸山会事件」判決 ~ マスメディアは「西松事件」に遡って総括すべきである(追記あり)

本日午後、「陸山会事件」の判決が出る。マスメディアは「陸山会事件」と表記し、主に石川知裕衆院議員を中心にした報道をしているように見受けられる(あくまでザックリした印象だが)。
しかし、この事件のそもそもの発端は「陸山会事件」ではなく、「西松事件」なのである。
2009年の3月、小沢一郎の秘書である大久保隆規氏が逮捕、起訴された。
時、あたかも政権交代を賭けた大一番の衆議院選挙前。
民主党代表は小沢一郎であり、何事もなければ総理大臣の座は確約されていた。
そこに起きたのが「西松事件」であった。
マスメディアはこれをきっかけに小沢の責任論を展開、総力をあげて「辞任すべき」という論陣を張った。
当時、有力とされる「政治記者」はこぞって「政治とカネの問題=小沢」とはいう印象操作に狂奔し、新聞記事のリードには、小沢という固有名詞の前にしばしば「西松事件で秘書が逮捕された……云々」という形容詞をつけていた。

たとえば、以下は2009年3月10日の日経の社説である。

*****
 政治の現状にあきれ果てた。これが大多数の国民の実感だろう。経済危機が一段と深刻になっているのに、政治は機能不全に陥っている。日経平均株価は終値ベースでバブル経済崩壊後の最安値を更新した。
 西松建設の巨額献金事件で公設第1秘書が逮捕された民主党の小沢一郎代表への批判が強まっている。先週末に共同通信など各報道機関が実施した世論調査では、辞任を求める声が5―6割に達した。8割前後の人が小沢氏の説明は「納得できない」と回答している。
 麻生政権への視線も厳しい。大きな「敵失」にもかかわらず、内閣支持率は10%台に低迷。世論から不信任を突きつけられたままだ。
 私たちは来年度予算成立後の衆院解散を求めてきた。世論調査の結果は、国民が自民、民主両軍にピッチャー(党首)を代えて決戦に挑む覚悟を求めているようにもみえる。民主党も自民党も危機管理能力を問われており、政治のリセットに向け早急に態勢を整える必要がある。
 民主党内では小沢氏の代表辞任は避けられないとの見方が広がっている。小沢氏は身の潔白を強調しているものの「個々の一つ一つの献金についてはわからない」と述べるなど、説明にはあいまいな点が多い。
 小沢氏は秘書が起訴されることはないとの見通しを示しているが、この前提が崩れれば政治的、道義的な責任は免れない。次期衆院選への影響も含め、民主党は小沢氏の進退問題で賢明な判断が求められる。
*****

あるいはこんな記事も。

・ザ・ジャーナル 岸井成格
小沢秘書逮捕と見るに堪えない政局

さて、ではこの「西松事件」はどこへ行ったのか? すでにこのブログでは何回も書いてきたことだが、なくなってしまったのである。
検察は大久保氏を逮捕、起訴して公判に持ち込んだが、その過程で、なんと検察側の証人が検察の描いた構図を否定する証言をし、結果、検察は窮地に追い込まれた。
そこで勃発したのが「陸山会事件」であり、石川議員とともに大久保氏も再び身柄を拘束された。そして、大久保氏の公判は「西松」から「陸山会」へと訴因が変更されたのである。
しかして、、、
本日の判決では、大久保氏は無罪と言われている。
また、石川議員についても、JNNの大スクープがあったにもかかわらず、それが公判に影響を与えたという話は一切ない(↓動画の3分50秒あたりから)。石川氏の場合は執行猶予付きの判決も予想されているが、実質的には無罪といっていいだろう。


asazuba3 投稿者 thinkingreed

つまりこの2年間の小沢をめぐる「政治とカネの問題」というのは、何の実態もない印象操作、言論操作だったのだ。にもかかわらず、検察審査会による強制起訴議決の末にこれから始まる小沢公判は、この「陸山会事件」の延長線上にある。
いったいこの状況はなんなのか?

歴史に「たら、れば」は禁物だが、もし「西松事件」というでっち上げがなければ、小沢一郎は総理大臣になっていただろう。そして、おそらくは「国民の生活が第一」の公約を実行し、昨年の参議院選挙でも勝利をおさめ、政権は安定したものになっていたはずだ。
そしてまた、もし小沢が総理であったならば、3・11後の、とくに福島第一原発破局事故への対応もまったく違ったものになっていたものと思う。
その意味で、この2年間、政治を不必要に混乱させて国民生活を悪化させ、しかも原発事故での人災的側面を拡大させた張本人は、突き詰めれば検察とメディアだと私は断言する。
にもかかわらず、その張本人たちが↓のような与太話をしているのだから、呆れる他はない。

・おーい、とらちゃん出番だよ!
「対談」橋本五郎・星浩・飯尾潤 なぜ、「政権構想」はここまで空虚になったのか。(鍋常のゴミと、朝日のゴミに、言われたかぁ~ないってもんだ~♪)

いま、「西松事件」→「陸山会事件」の総括を求められているのはマスメディアである。

***************

以上、ここまでは本日、午前中に書いたものである。
そして午後、判決が出た。
結果は3人の秘書、全員が有罪。

これを受けて早速、朝日新聞は、小沢一郎についても「政治的責任」を問う姿勢を示している。

つまり、私の予想は外れたわけだ。
が、しかし、だからこそ私はこのニュースを聞いて慄然とせざるを得なかった。

そもそも、この公判の論告は↓のようなものであった。

・郷原信郎 TwitLonger

郷原氏のこの文章を読むと、氏は少なくとも司法はまともな判断を下すだろうという予想の下に特捜検察批判をしている。ところが、判決はそうではなかった。
私はここに、これまで一応、戦後の日本が装っていた法治国家やら民主主義国家といった素振り、建前をかなぐり捨てた独裁権力の意志を見るのである。
そして、この小沢一郎への弾圧から東京電力の救済まではすべてつながっている。
片や総理の座を目前に冤罪をでっち上げられ、片や人類史上最悪の放射能災害を引き起こし、それが今も続いているにもかかわらず、その会社から一人の逮捕者も出ることはない(しかもこの会社が発表はウソとデタラメだらけである)。これらすべては権力の意志によるものに他ならない。
検察批判のデモを主催すれば痴漢冤罪の罠が待ち受け、電力会社へ抗議に行けば逮捕される国。
しかも、ほとんどの国民がそれに対してさしたる疑問も持たず、わが身にも放射能が降りかかっても怒らない国。
ニヒリズムなのか、はたまた岡庭昇氏が指摘するようにエゴイズムの極なのか、、、
2011年9月26日は、かくも奇天烈な国に生きているということを再確認した日なのであった。

そしてもう一つ。
これから反原発や反検察の運動しようという人たちは、相手が恐るべき独裁権力であることを、まず心にしっかと刻み込み、根性を据えてから行動を起こしていただきたい。


参考リンク
小沢秘書逮捕報道~いま問われているのはメディア自身である

Gwngos

かくもさまざまな言論操作

Small
『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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2011/09/12

鉢呂辞任と柳田辞任の共通点

今回の鉢呂経産相の辞任騒動を見ての私の第一印象は、柳田稔が法務大臣を辞めた時に酷似しているナということだった。

といってもすでに忘れかけている方々も多いだろうが、菅内閣の法務大臣だった柳田は、第一次菅内閣の法務大臣に就任したが、それからわずか2カ月ほど後に行なわれた地元での大臣就任祝いのパーティの席上での発言をマスメディアが失言として大々的に報道したことで辞任に至った。

その柳田は法務行政については確かにまったく素人だった。だが、それを言うなら歴代の法務大臣にも素人はたくさんいたし、たとえ玄人でも官僚の軍門にあっさりと下る人間もいる(たとえば千葉景子)。そもそも、大臣に求められるのは知識よりも見識であろう。

・千葉景子、死刑を執行 ~ 霞が関の高笑いが聴こえる

そこで柳田であるが、彼は当時、村木厚子氏の冤罪事件でその威信が地に堕ちた検察を立て直すべく、「検察のあり方検討会議」を立ち上げて、そこに郷原信郎、江川紹子といったメンバーを入れた。つまり、それなりの見識で検察改革に「やる気」を見せていたわけだが、その途端に「法相は国会答弁では二つ覚えておけばいい。『個別の事案については答えを差し控える』と『法と証拠にもとづいて適切にやっている』だ」という、どこが悪いのかさっぱりわからない発言をマスメディアにピックアップされて辞任に追い込まれたのであった。

・柳田失言騒動に対する違和感の正体

そこで鉢呂に話を戻す。
私は「死の街」発言にしろ、本当はどのような表現をしたのかいまだに曖昧な「放射能をつける云々」の発言にしろ、そんなことで辞める必要はまったくないと思っていたが、辞任の記者会見を見ていた人のツイートの中には、「こんなことで辞めるということは、所詮、その程度の人物だったということ」という主旨のものも少なくなかった。そして、その気持ちも私は非常にわかる。
鉢呂は社会党出身ということだが、辞任会見を見ている限り、確かに政治家として信じた道を貫こうという胆力が不足していることは否めない。
しかし一方で、柳田の時と同様、鉢呂もまた原発に対して、現職の国会議員のなかではかなり真っ当な部類に属する見識を持っていたこともまた間違いない。
(↓ブログで紹介されているツイートも是非、参照されたい)

・晴れのち曇り、時々パリ
マスコミ独裁暗黒国家『ニッポン』。閣僚を怒鳴りつけるチンピラ記者が支配する国。もはや戦争だ。

・スロウ忍ブログ
鉢呂経産相が不適切発言の責任を取り辞任。マスゴミによる揚げ足取りに負けた脱原発派議員。

・河野太郎ブログ
無念の経産相、辞任

そして鉢呂は経産相に乗り込んで、その見識を披露した瞬間に、マスメディアによって大バッシングを受けて辞任したわけだ。まさに柳田辞任にソックリである。

それにしても、↓の会見映像での記者連中の傲慢さは呆れるしかない。とくに15分あたりからは田中龍作氏のブログにも書かれている通りである。

・田中龍作ジャーナル
鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて









Video streaming by Ustream

この会見を見てわかるのは、3・11の地震直後、福島第一原発の原子炉がおかしくなり始めた時点で現場からの全面撤退をしようとした、つまり後のことは知ったこっちゃないということで逃げ出そうとし、それができないとわかると、今度は自分たちに責任ができるだけ降りかからないように、これまで以上にウソとデタラメをまくしたて、出さざるを得ない資料は黒で塗りつぶすという、そういう大犯罪企業に対しては何ら責任追及をしない連中が、その大犯罪企業を真っ当に監督しようとしている大臣の首をとって喜々としていることだ。
ということは、つまりマスメディアも大犯罪者側の紛れもない一員なのであろう。

さて、そして――。
後任の経産相は、原子炉がメルトダウンしているにもかかわらず、「ただちに影響はない」と言い続けて電力会社を泣いて喜ばせた“あの枝野”だという。
柳田の後の法務大臣が“あの仙谷”だったことを考えると、今回もまったく同じパターンだと言えるが、それだったら最初から枝野を経産相にしておけよとも言いたくなる。
実はそうせずに、なぜ野田がわざわざ最初に原発に慎重な人間を経産相に据えたのか、その真意が私には測りかねたのだが、ひょっとして内閣発足の頭から前官房長官の枝野を起用すると叩かれるということで、反原発でうるさい鉢呂を潰してから枝野を起用しようというシナリオが最初からあったのかもしれない。
とこれは自分で書いていても相当にうがった見方だナと思うが、もしこれが当たっていたら、霞が関をバックにした野田という男は相当に手強い。

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2011/08/30

霞が関の傀儡・野田佳彦の登場は、独裁の危機の裏返し

**********
 この国が独裁に支配されていると言ったら、反発するひとは多いだろう。軍事政権が成立しているわけではないし、選挙で選ばれた政治家が権力の座にあり、マスコミもまた報道の自由を国家に保障されているではないか、というような反論が出ても、ある意味で当然かもしれない。
 だが、むろん、そうであるからこそ、この「一党独裁と、それ自身でもありそれを支えるものとしての情報帝国主義」という問題意識を、あえて提出しているのである。古典的な形式とは隔たったものであるがゆえに、この独裁は強固なのであり、民衆に革命の、あるいは改善の意欲をも起させない。
 端的に言ってしまえば、これは、民主主義を十全に手段として使うことで成りたった、民主主義を否定する支配の完成、すなわち独裁なのである。
 この、「民主主義を手段として成立した独裁」というはなはだしい逆説をこそ、なによりも認識しなければならない。

岡庭昇著「かくもさまざまな言論操作」より
**********

野田佳彦が民主党代表に選出され、総理大臣となった。
海江田万里との争いは不毛以外のなにものでもなく、結果、菅直人よりもさらに悪い、おそらく憲政史上最悪の部類に属する総理大臣が誕生したことになる。この野田に比べれば、安倍、麻生、はたまた小泉純一郎でさえもひょっとしてマシだったかもしれないとさえ思う。
では、何がそれほど最悪なのかと言えば――
これほどまでに露骨な霞が関独裁の傀儡はこれまでいなかったという意味で最悪なのである。

今日の政局を見るためには、時計の針を小沢一郎が民主党の代表に就任した2006年の時点に戻す必要がある。
この時点の民主党は前原体制が引っかかった偽メール問題で大揺れに揺れて窮地に追い込まれていた。この危機を救ったのが前原の後任となった小沢一郎である。小沢は直後に行われた千葉の補選に勝ち、以後、着々と党勢を回復させ、2007年の参院選挙では大勝利をもたらし、ねじれ国会という状況を作り上げた。
これに心胆を寒からしめたのが、霞が関の独裁権力である。
おそらく、この独裁権力も当時の自民党に権力維持装置としての耐用年数が訪れつつあることは気づいていただろう。であれば、いざという時のために民主党内にも同様の装置の受け皿を作っておかなければならない。
しかしそれは、小沢ではない。なぜなら小沢は霞が関独裁というこの国の正体を的確に見抜いた上で「国民の生活が第一」の政権を作ることに目標をおいていたからだ。しかも外交的にも対米従属からの独立がその基本にあった。
これは、長らく日本を支配してきた独裁権力にとっては、社会主義や共産主義などとは比べものにならない“危険思想”だったのである。
しかし一方で、さしもの従順な国民の間にも政権交代への機運が醸成されつつあり、次の衆議院選挙では確実に民主党政権が誕生するのは明らかであった。そして、そうなれば小沢一郎が最高権力者の座に就くこともその時点ではまた明らかだった。

そこで起きたのが、政権交代選挙の直前といっていい、2009年3月3日に起きた小沢一郎の秘書である大久保隆規秘書の逮捕である(西松事件)。
以後、検察から流れるリーク情報をマスメディアという洗脳装置が大々的に垂れ流すことで、小沢はついには代表を辞任することになる(そのへんの流れについてはこちらを参照されたい)。
当時、朝日の星浩、毎日の岸井成格(この男はネット上でこの原稿を書いて読者から批判コメントが殺到すると、何の反論もしないままトンズラした)、田勢康弘などを筆頭に、ほとんどすべてのメディアが小沢バッシングという新たな鬼畜米英に邁進したわけだが、ではいまこの大久保秘書の裁判はどうなっているのか? 大久保氏は確かに現在も裁判を闘っているが、その訴因は「西松事件」ではない。なぜなら、「西松事件」というのは公判の途中で、検察側の証人が検察のシナリオを覆す証言をした結果、裁判そのものが成り立たなくなって雲散霧消してしまったからだ。
では、現在、大久保氏は何の裁判を争っているかというと、石川知裕議員が逮捕された、いわゆる「陸山会事件」である。この時、大久保氏も逮捕されて、ここで検察は「西松事件」を捨てて、陸山会事件へと訴因変更をしたのである。
そして、この裁判は9月26日に判決が出る予定だが、検察側の圧倒的不利が予想されている
これだけの経緯があってもなぜ、メディアが検察の捜査や自分たちの報道を検証することなく、「脱小沢」を喚き立てるのか? それが独裁権力の“国策”だからだ。

そこで野田佳彦である。
いまなぜ野田なのか。それは、最初に書いたように、野田が完全なる霞が関傀儡として存在するからだ。
この男はこれからも原発を推進するという。福島ですでに信じがたい破局事故が起きながら、それでも原発を否定しないのはなぜか。
それは、独裁権力が原発を否定しないからである。
では、なぜ霞が関は原発を否定しないのか。それは原発もまた独裁権力の“国策”だからだ。
なにしろここには無数の利権がゴロゴロと転がっており、さらに原発推進の前提として官僚は無謬であるという、本来、あり得ない神話が組織内に横たわっている。もし、ここで原発が間違っていたということになると、それは霞が関の“国策”そのものが間違っていたということになり由々しき責任問題が発生する。そのようなことはあってはならないことで、ゆえにこれからも原発は粛々と推進するのが彼らの立場であり、その際、国民の命と安全、健康など知ったことではない。

しかし、それにしても、なぜここまで霞が関傀儡があからさまに透けて見える野田なのか。
実はここに私は日本を長年にわたって支配してきた霞が関という独裁権力の危機意識を感じるのである。
普通に考えれば数年がかりで小沢という危険思想の持ち主を潰すことができたことは、独裁権力にとって大勝利だろう。
だが、9月26日に判決が出る陸山会事件の行方は彼らが当初思い描いた結末にはならない可能性が高い。そういう判決が出た場合、体制に少なからぬ影響が出ることは間違いないだろう。そのための十分な備えとして野田が必要であったということが一つ。
そしてもう一つ、いまや霞が関の独裁体制を揺るがすのは小沢ばかりではない。その筆頭が福島第一原発の破局事故であり、いつ収束するのかもわからない人類史上、未知の放射能災害である。実はその深刻さを彼らは表向きの言動とは裏腹にそれなりに理解しており、だからこそ自分たちに災いが降りかからないよう、現状でできる最善手として超傀儡の野田が登場させたのではないか? 私はそのように現状を邪推するのである。

※お知らせ
冒頭で引用した岡庭昇著「かくもさまざまな言論操作」は近日、新たに「究極のニヒリズムを越えて――原発社会との対峙」という1章を加えてより電子書籍化されます。
また、これより先に、戦後の日本思想の古典である久野収、鶴見俊輔、藤田省三著「戦後日本の思想」も電子かされます。
詳しい刊行予定は志木電子書籍のサイトをご確認ください。

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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2011/08/17

菅の裏切りを見抜けなかった「権力&マスメディア」にとっての次期総理の条件

**********
 記者クラブは、怠惰ゆえに取材をしないのではなくて、おそらくはある種の信念として、本質的にそれを許容しないのだ。そうでなければ、しばしばがんばって独自取材を試みた加盟員が叱責されたり、ときにはなんらかの処分さえ受けるなどということが、ほんらいあるはずがない。
 きわめて挑発的な言い方になるかも知れないが、つまりは怠惰によるのではなく、むしろまったく逆に、いわば「努力してなにもしない」のではないのか。そのことによって、官庁製の発表記事を、そのまま積極的に、公認された情報として仕立て上げる力学、と説明することも出来る。もはや、こういう意味での、報道という「制度」が成立している、ようにわたしには考えられるのである。
  (中略)
 報道は積極的に無為であることによって、官庁が仕組んだ工作を公的な情報として認知させるべく「協力」する。これをたんなる追随と考えるのはあやまりであり、事実はニヒリズムに基づいた民衆蔑視が、積極的にそのような姿勢をとらせている。かくて、報道的な感性とは、人間同士の対等な向き合い方を拒否した、いわば支配者の感性なのであり、その自意識によって、民衆に情報を「与える」ものとなる。
 そこでは、権力と報道とは一体なのであり、もはや、権力が報道を利用するというよりは、すでに報道が権力それ自身でもある。そのようなものとして、支配の総体としての情報帝国主義が存在するのだ。

岡庭昇著『かくもさまざまな言論操作』より
**********

やっとこさ菅直人が辞任する方向らしい。
次の有力候補は野田佳彦だそうだが、この野田なる人物が総理大臣になればどうなるかは、植草一秀氏のブログを読めば十分である。

・植草一秀の『知られざる真実』
野田佳彦氏が新代表に就任すれば日本は沈没する

そもそも、一般にはまったく知られていない地味な人物が総理大臣候補になるのは、この国の真の支配者がそれを望んでいるからだろう。
私の愛読ブログのブロガーのみなさんは、「野田なんて」と一様に怒っているが、私なんぞはむしろ「いよいよ権力の手持ちのカードが枯渇してるんだナ」と思う。大貧民をやっていて、とりあえずいいカードから出していったら最後の最後にカスしか残らなかったみたいな……。
案の定、舞い上がった野田は早速「大震災は千載一遇のチャンス」などと霞が関の本音を漏らしてしまい、その“資質”のなさを露呈した。これには本来、野田を望んでいる官僚も頭を抱えていることだろう。

で、まあ野田のことはこの際おいておくとして、、、
私がことここに至ってもずっと引っかかっているのは、実は6月2日の民主党の両院議員総会である。
といっても総会の中身についてではなく、NHKの“報道”ぶりだ。
この総会は昼に行われたので、NHKはニュースの時間に生中継をしていた。私はこれを見ていたのだが、菅直人が「一定のメドがついた段階で、、、」と辞任をするんだかしないんだがあやふやに言った瞬間、画面にはニュース速報のテロップが出て、続いて「菅首相が辞任を表明」という文字が流れたのだ。
これには驚いた。なぜなら、私は菅の発言を聞いて「なんだこりゃ? 辞任するつもりなんかないじゃないか」と思ったからだ(実際、私はツイッターで「これ、退陣の表明じゃないだろ。」とつぶやいた)。
ところがNHKは菅の発言内容を吟味もせずに、用意したテロップを即座に流したのである。
これはNHKだけではないが、つまりマスメディアは菅の胸の内など一切、取材することなく、横一線で菅の辞任表明をなんの疑問もなく信じていたわけて、これはつまりそういうシナリオが完璧に出来上がっていたということだろう。
ところが、実際は菅の胸の内は違っていた。それがいいか悪いかはこの際、脇に置いておく(後任が正式に決定していない現時点では、菅直人は史上最悪の総理大臣だったともちろん思う)。
ただ、マスメディアの“取材者”の誰一人として、その菅の胸の内に気づかなかったということは、この国のメディアの体質として特筆に値すると思う。

これまで、小沢政権を阻止するためにさんざん菅を擁護してきたメディアまでが、これを機に一斉に批判に転じたのは、菅が予定調和という秩序を乱したからに他ならない。その意味で、菅は最後の最後のところで、メディアからすると、政治的志向、方向性はまったく違うが、既存の秩序を乱す存在ということでは小沢一郎と同じ側に落ちたのである。
もちろん、だからといって繰り返しになるが、菅を評価することはまったくできない。なぜなら、この男は総理大臣という職をただただ続けたいだけのために、これまで乗っていたバスを降りたに過ぎないのだから。したがって、その一貫してデタラメな政治姿勢はどんなに批判されてもされ過ぎることはない(とくに3・11以降)。

とはいえ、かくなる形で飼い犬に噛まれてしまった権力とメディアにとって、次の総理大臣を選ぶ際の最大の基準は「絶対に秩序を乱さず、完全にコントロールできること」であることは間違いない。

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