2013/12/31

今年の◯と☓

当ブログは2006年の開設。雑誌「NAVI」を真似て「今年の◯と☓」を始めたのが2008年。
まずは以下に過去の◯と☓を振り返ってみる。

2008年の◯と☓

2009年の◯と☓

2010年の◯と☓

2011年の◯と☓

2012年の◯と☓

こうしてみると2009年の政権交代と鳩山政権樹立というのは、日本におけるプラハの春のようなものだったんだナとつくづくと思う。
もっともこの年の3月には、すでに検察による小沢弾圧が始まっている。そして、この時(もっと遡れば、自民と民主の大連立構想あたり)から、今日にいたるまでの政局は、すべて直線的な因果関係で結ばれていると思う。
それは霞ヶ関独裁と民主改革勢力の対立を軸としており、マスメディアをほぼ全面的に味方につけた前者が司法権力を駆使して後者を殲滅、今日に至っている(その過程で有史以来、最悪の原発事故が起きた)。

ということで、今年の◯と☓。

まずは安倍政権に最大の☓。当ブログでは昨年の衆議院選挙後に「平成の大政翼賛 〜 改憲勢力455議席という時代の到来」というエントリーをアップしたが、予想通りに凄まじいまでの反動ぶりであり、ついには特定秘密保護法までが成立した。
霞ヶ関独裁がここまでネジを巻いたそのモチベーションの源は、閉鎖されたブロク「独りファシズム」氏が指摘したごとく、福島第一原発事故にあると私も思う。
いまや表面的には「アベノミクス」で経済はイケイケということになっているが、その足元には「東京電力が何回倒産しても、たとえ日本が破産しても贖うことができないほどの被害」(京都大学・小出裕章助教)という爆弾を抱えている。本来、この最大のリスクを捨象して経済を語ることなどできるはずはないが、そうするとこの国の本当の現実が知れ渡ってしまう。したがって当然、特定秘密保護法「福島第一原発隠し」に用いられることになる。
ただし、私はそれでも福島は隠し切れないと思う。なぜなら、百年、千年、万年単位で影響の残る事故を、たかだか霞ヶ関の独裁権力がコントロールすることなど到底できないことは明らかだからだ(ソ連という統制国家がチェルノブイリの事故から5年で崩壊したことを、くれぐれも記憶されたい)。

長くなってしまったので、急いで。

沖縄知事の年末最後の「転び」に同じく最大の☓。
ただし、この闘いは来年も続く。まだ負けたわけではない。

東京五輪の誘致に☓。これから2020年までメディアを通じた五輪ファッショが続くだろう。そしてすべては五輪再優先になるわけだが、東日本大震災の被災地、そして福島第一原発という難題の方がはるかにプライオリティが上であることを指摘しておく。

その東京五輪に「最後の一人になっても反対する」と宣言した久米宏に◯。それに比べて、スポーツジャーナリストの玉木正之は、東京開催礼賛をぶち上げて、ぶざまな醜態をさらした。

遠隔操作ウイルス事件に☓。まともな証拠もないままに拘束され続けている容疑者がいる。にもかかわらず、メディアはこの異常事態をほとんど報じない。
このブログでは何度か紹介しているが、岡庭昇氏の著書の引用をしておく(ちなみに同書は30年近く前に書かれた本である。電子版は志木電子書籍より刊行)。

「マスコミと裁判所は権力の手法のニ大武器だ。そして、それらはみごとに重なっている」(『この情報はこう読め』)

ということで今年もマスメディアに☓。これも毎度、同じことを書いているが、マスメディアはジャーナリズムではないということをニュースを見る側は深く肝に命じるべきだと思う。
こちらのリンクは安倍晋三のfacebookに掲載された写真だ。安倍の誕生日を前にプレゼントを渡す女性記者たち。彼女たちはジャーナリストではなく、単なる勝ち組である。
それにしても、どうしてこうなってしまうかといえば、それは彼女たちの上司が政権とベッタリだからだ。安倍晋三が靖国を参拝した日の晩はメディアの報道部長と会食したという。お話にならない堕落ぶりである。

民主党に☓。歴史的な政権交代を、「自らの手で意図的に」破壊したこの政党の役割はすでに終了した。

と、ここまて書いて、☓ならいくらでも思い浮かぶが◯がなかなか思い浮かばない。
なかで、、、

今上天皇のご健勝に◯。最良のリベラリストの存在はこの国の最後の砦である。

中日ドラゴンズのGMに落合博満氏が復帰したことに◯。

田中将大を含めて楽天の日本一に◯。落合派の私は星野仙一は好きではないが、今年は素直に「おめでとう」と言いたい。

「あまちゃん」と「ごちそうさん」に◯。
(能年玲奈より)橋本愛に◯。とにかく美しいデス。

電子書籍の普及に◯。私は現在、電子書籍データの検品、校正をしているのだが、今年は本当に多くのデータを読んだ。なかでも旧作が大変面白い。SF、ミステリー、歴史小説を山のように読んだが、こういう本が電子版として復活するのは嬉しい限りである。

今年の浦和レッズは最後にズッコケて☓。来年は最低でもACLへ。

最後に。
7月22日にアップした『民主惨敗の理由は「もし山本太郎が原発賛成派に転じたら?」と考えればすぐわかる』はYahooニュースに掲載されたこともあり、1日で24万5千アクセスを記録。これまでの当ブログの記録を圧倒的に塗り替えた。当日はココログのアクセスも1位だったが、にもかかわらず、その後、あまりこのブログを更新できなかったことに☓。
来年は心を入替えて奮起したいと思います。
ただ、facebook版は日々、更新しておりますので、こちらもよろしくお願いします。

それではみなさま、良いお年を。
来年こそは反転の年といたしましょう!

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2011/05/16

原発問題を動かすことができるのは女性の力

昨日は以前に紹介した福島第一原発を考えるfacebookのグループの会合が東京であったので参加してきた。
人数は30人ぐらいだったろうか。まず私が驚いたのは、その多く(7割ぐらい)が女性だったことだ。

私は元大阪地検特捜部の前田恒彦を特別公務員職権濫用罪で告発したグループにも加わっているが、こちらはどちらかといえばやはり男性が多いし、また年齢もある程度以上である(デモ参加者の年齢も高い)。
実は検察にしても原発にしても、問題の本質はまったく同じところにある。しかし、検察の問題がなかなか広がらないのは、やはりどこか自分たちとは関係のない世界の話であるという意識が多くの人にあるからだろう(それでもソーシャルメディアの発達によって、以前よりもはるかに多くの人が声を上げ始めたが)。
一方、原発事故とそれに伴う放射能の影響というのは、自らにも降りかかってくる問題だ。まして、子どもを持つ親、なかでも母親はその意識がとても強い。もちろん母親だけではなく、これから子どもを産む人、すでに子育ては終わったけれども自分のこととして考える人、そして子どもはいないけれども、やはり女性の立場から考える人。とにかく、原発問題については女性の意識が大きく変化している。

それに比べると、私自身も含めて男性はぜんぜんダメですね。現在の社会的立場だとか地位だとか、そういうものを最優先して思考停止に陥ってしまう。
私は『橋のない川』を書いた故・住井すゑ先生が永六輔さん相手に「男はホントにダメだよねえ」とおっしゃっていた時のことを思い出した(ちなみに永さんはその時、「スミマセン、でも僕は男のオバサンなんです」と言った)。

昨日のことに話を戻すと、参加者の中にはまだ若い保育園のお子さんを持つという女性がいた。髪の毛は茶髪で、私は最初、お子さんがいるとは思わなかったほどである。
その方が言うには、「自分の地域は放射能にまったく無頓着の人ばかりなのだが、いろいろと見てみると意外に数値が高い。だから心配でしょうがないけれども、そんなことを言うのは自分だけで、周りからは頭がおかしいんじゃないかと思われているフシさえある。保育園の園長に相談しても、まったく関心がない」とのこと。
そこで私は「ツイッターはやっていますか?」と訊いてみると「登録の仕方がわからないから、それはやっていないんです」とおっしゃる。すると私を含めた周りの方々も「それはすぐにやった方がいい」と口々にアドバイス。
そう、ツイッターを使えば、自分は一人で孤立しているのではないということがわかる。いま、突然、ツイッターを始めても、周りにいる人たちがそれぞれに自分のアカウントから彼女の発言をリツイートしていけば、必ず彼女と同じ心配をしている人が見つかるだろう。そういう女性たちが結びついていくことは、今後、社会を動かす大きな力になる。
今回の原発事故の場合、これまで政治や経済にははっきり言えば関心の薄かった若い女性、お母さんが高い問題意識を持ち始めている。これは原発問題の今後を占う意味で最重要のポイントだと思う(情けない男どもは女性をバックアップする側に回ればいい)。
福島第一での破局事故以降、個人的には悲観的な見通ししか持てなかったが、昨日、私は初めて希望の光を見た。

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2011/04/07

サッカー日本代表は、南米選手権に出場するべきだ

昨日、↓のニュースを見て胸が熱くなった。

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サッカー、日本出場辞退再考促す

 【リオデジャネイロ共同】アルゼンチン・サッカー協会は5日、東日本大震災の影響で南米選手権(7月・アルゼンチン)の出場辞退を申し入れた日本に対し、再考するよう促したことを明らかにした。再考期間は10日間としている。5日、日本協会の小倉純二会長が大会開催国の理解を得るため、アルゼンチン協会のグロンドーナ会長と会談した。小倉会長は4日、7月のJリーグ開催で代表チーム編成が困難になったことなどから、大会を主催する南米サッカー連盟のレオス会長に辞退を伝え、了承されている。
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サッカーの日本代表は南米連盟からの招待を受けて、7月の南米選手権への出場が予定されていた。1次リーグの対戦相手はコロンビア、ボリビア、そしてアルゼンチン! 今年1月、アジアカップに優勝した日本としては、早々は訪れない強化の機会であるだけに、私もこの大会を楽しみにしていた。
ところが、、、
震災の影響からJリーグの日程が厳しくなり、代表を編成できないということで、日本協会は辞退を申し入れたのである。
このニュースを最初に見た時、私はガッカリするとともに、むしろこういう時だからこそ日本代表は南米選手権に出場して欲しいと思ったものだった。そこへ舞い込んだのが冒頭のニュースだ。

で、まあ以下は私のまったく根拠のない憶測である。
アルゼンチン協会とて、日本が未曾有の国内に直面していることは百も承知、二百も合点だろう。にもかかわらず、辞退を申し入れてきた日本協会に対して彼らは「考え直してはどうだい?」と言ってきた。
それは、なんとなれば彼らがフットボールの持つ力を知っている、、、というか確信しているからではないかと。

思えばアジアカップ優勝で日本中が沸いたのは、3.11のわずかひと月ちょっと前のことであった。その余勢をかってJリーグが開幕した直後に東日本大震災が起こった。
暗転。
あまりにも大きな震災の爪跡、そして勃発した信じられないほど大きい原発のリスク。
そうしたなかで3月29日に行なわれた復興支援の日本代表対Jリーグ選抜のチャリティマッチ。
もちろん私もテレビの前で食い入るように見た。多くの人が同じような思いでこの試合を見て、遠藤と岡崎のゴールに喝采を送っただろう。
そうして後半、訪れたカズのゴール、、、、、
いつ以来なのかもわからないほどに久しぶりのカズダンスを見た時、私はテレビ画面の前で「やっぱりキングはキングだったんだ!」と叫びつつ、「真っ当に努力をしている人は必ず報われるんだナ」という当たり前の事実を再認識した。
一方、福島で起きている原発事故は、デタラメのツケである。どこかの知事が「天罰」などとのたまったが、バカなことを言ってはいけない。東京電力はひたすらに利益を上げるため、ムチャクチャなコストダウン=安全マージンの削減を断行し、マスメディアや学会にはカネをバラ撒くだけバラ撒いて買収した。その莫大なデタラメのツケが日本国民どころか世界中の人びとまでをも巻き込むほどの大きなツケをもたらしたのだ。

第二次世界大戦で敗戦国となった日本とドイツの大きな違いは、戦後、日本が経済で復興を目指したのに対してドイツはスポーツで復興をしようとしたことだ、、、という話を聞いたことがある。両国はどちらも見事な復興を果たしたけれども、しかし日本はその経済優先思想のなかで大きな歪みをため込んでいった。その歪みが極限にまで達した末に爆発したのが、今回の原発事故ではなかったか。
ま、これはあくまで個人的な意見であるが、であるとするならば次なる復興は経済優先とは別の道を目指すべきでないかと思う。その時、たとえばJリーグが掲げる百年構想は大きなヒントになるような気がする。
だからこそ、日本代表は南米選手権に行って欲しい。私は切にそう思うのである。

※と、このエントリーを書き終わってネットを見たら、↓のようなニュースが流れていた。
・日本が出場可否再検討、南米選手権
日本協会の英断を望みたい。

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2011/03/05

違和感

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 ふるさとは「日本」、祖先の地は「韓国」、そして、多くの親戚が祖先の地とは遠く離れた「北朝鮮」へ流れていきました。

 母語は、東京方言。
 韓国語は生活ができる程度の耳言葉。
 米国と英国以外では通じる英語。
 北京以外ではまったく通じない北京語。
 それでも世界は回れます。

 税金は日本人と同じ。
 その他の社会的な負担も、すべて日本人と同じ。
 しかし、選挙権もなければ、公務員への道も一部を除いて閉ざされています。
「在日」独自の教育をするという意味での教育権も認められていません。
 権利は、二級市民です。

(中略)

 夢は……。
 私が育った東京の下町で、旧植民地の臣民であった在日のハルモニと、旧宗主国の戦争遺族のおばあさんが、ともに心静かに豊かな老後を送れるようにすること。
 朝鮮のハルモニたちはキムチを食べ、日本のおばあちゃんはぬかみそ漬けを口にし、ときどき交換したりする。誰のご飯も食べやすく柔らかくなっていて、介護をする人は、男も女もいて、韓国語の話せる人や東北語の話せる人、ウチナンチュ(沖縄人)のことばが話せる人、手話で話せる人など、いろいろな人がいる。
 ……そんな社会をつくることです。

辛淑玉著『在日コリアンの胸のうち』(光文社)
「まえがき」より
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私は前原誠司という政治家が大嫌いである。この男が「国民的な人気がある」と書いていたメディアがあったが、そのようなことはまったくもって信じられないし、もし前原が次の総理大臣になるというのなら、この国から逃げたしたいとすら思う(もちろんそんなことは現実的には不可能だが)。したがって、この男が失脚するのは大歓迎である。

そんな前原に「誠司とカネ」の問題が浮上した。競馬予想会社から政治献金を受けていたという。今日はそのことを書こうと思っていた。というのも、競馬予想会社については、私も広告営業をやっていた経験から少し知っていることがあるからだ。
すると昨日になって↓のようなニュースが流れた。

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前原外相、外国人からの献金認める
TBS系(JNN) 3月4日(金)19時0分配信

「あなたは大臣どころか、国会議員の資格がないということですよ。分かってるんですか!」(自民党 西田昌司参院議員)
 激しい口調で詰め寄る自民党の西田議員。4日、前原氏に新たな「政治とカネ」の問題が浮上しました。それは外国人からの政治献金です。
「在日(外国人)の方の場合は『選挙運動してはいけない』とか、『お金もらってはいけない』などあるが、そういったことはしていないか」(自民党 西田昌司参院議員)
「献金を受けておりました。返金をして収支報告書を訂正したい」(前原誠司外相)
 政治資金規正法では、外国人からの寄付を受けることが禁止されています。しかし、前原氏の政治団体(「まえはら誠司後援会連合会」)の政治資金収支報告書には、外国人とされる人物が2007年と2008年に5万円ずつ、あわせて10万円を献金していると記載されていました。
 西田議員が指摘した人物に話を聞きました。
「(Q.国籍は?)韓国や、在日だって言うてるやん。(Q.2回、5万円ずつ寄付?)そうそうそう」(献金した女性)
 女性と前原氏は旧知の仲。30年以上の付き合いになるといいます。
「ポスター貼りに行ったり 『前原頼むで頼むで』と言うだけ。『前原のナンバーワンの営業マン』 と言っている。それだけ、うちは何も頼むことはない」
「(Q.外国人の献金は違法の可能性も?)知らんわ、そんなもん。それは気持ちでやっているだけで」(献金した女性)
 女性は外国人が献金することが法律違反であることは知らなかったといい、「これからはしない」と話しました。
 総務省の担当者は、故意に政治資金規正法に違反した場合、罰則として立候補が出来ない「公民権停止」の対象になると答弁しました。
「外国人から継続してもらっているんですよ。あなたは大臣どころか、国会議員の資格がないということ。責任取って辞任すべきじゃないですか」(自民党 西田昌司参院議員)
 これに対し前原氏は・・・。
「全体像を把握してから判断をした方がいいと思います」(前原誠司外相)
 会見を開き、釈明した前原氏。
「献金をいただいているということについては認識していなかった」(前原誠司外相)
 こう語りましたが、問題の責任は自らにあると陳謝しました。
「誤記入とか、あるいは外国人から献金があったとか全て私の責任。」(前原誠司外相)
「外務大臣としての資質、または国会議員としての姿勢、ただされなければならないだろう」(自民党 石原伸晃幹事長)
 一方、新たな閣内のトラブルを抱え込むことになった菅総理。4日、内閣不信任案が可決された場合には、解散を踏み切る可能性があるという考えを示しました。
「解散するつもりはありませんけども、憲法上のルールで何らかの選択を迫られることがあった時は、それは憲法上のルールにのっとって行動するということを申し上げた」(菅首相)
 閣内の揺らぎは、今後の政権運営にも大きな影響を与えそうです。(04日23:48)
******

前原は「焼き肉屋を経営されている方だと思います。政治の世界に出るようになってからは一生懸命に応援をしていただいております」と言っているという。
これ以上、詳しい事情はわからない。そして、これは確かに法律違反なのだろう。
だが、、、
私はこの件に関しては、どうしても違和感を感じるのである。
焼肉店を経営しているこの方は、おそらくきちんと納税もしているだろう。そうして、旧知の政治家にたかだか年間5万円を寄付することが政治資金規正法違反だというなら、そういう法律の方が問題なのではないのか。こんなことで、「政治家としての資質」云々が問われなければならないのか。
断っておくと、私は前原という人物のこれまでの政治家としての行動や発言から、その資質には大いなる疑問を持っているし、競馬の予想会社から、しかも脱税をしていた会社から政治献金を受けるのは相当に問題があると思う。
だけど、、、
昔から知り合いの在日の人から少しばかりの寄付をもらい、それを収支報告書に記入していたことが議員生命に関わるほどの大問題だというのなら、私はそういう社会は嫌だ。

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2011/01/19

「報道特集~政治とネットの蜜月検証」を見て思ったこと ~ ネットメディアの登場によって可視化されたのは既存メディアの惨状である

1月15日、TBSの報道特集で、「政治とネットの蜜月検証 」という特集があった。
私は放送中にtwitterのタイムラインでそのことを知ったので、番組自体は途中からしか見ることができなかったが、一方で同番組でインタビューを受けた岩上安身が、TBSの取材時の模様をUSTREAMで生中継しており、そのアーカイブをネット上で全編、見ることができた。その映像がこちら↓。


報道特集を見ていた人のtweetのまとめはこちら↓。

・TBS報道特集「政治とネットの蜜月検証」金平茂紀 x 岩上他済

この番組はタイトルこそ「政治とネットの蜜月検証」だが、その裏にあるのは、最近、ネットメディアに出演することが多い小沢一郎に対する既存メディアの意趣返しであろう(菅直人も現役首相として初めてネットの番組であるビデオニュース・ドットコムに出演したが、これは小沢への対抗意識という側面が強いと思われる)。
したがって、番組が主張するところは、「このところ政治家がネットメディアに積極的に出演している」→「しかしネットのいわゆるダダ漏れというのは、つまるところ政治家が自分の言いたいことを述べたてる場でしかない」→「しかし、それでは権力に対するチェック機能が働かないのではないか(それをするのがジャーナリズムの使命である、既存メディアにはその機能がある)」→「取材プロセスの可視化とか、報道の可視化とか、つまりエディトリアルをすること自体がよくないというのはいかがなものか?」といったところで、最後にこの番組のキャスターである日下部なる人物は「編集されることと恣意的にねじ曲げるのは別なのに、編集されるのを理由にして既存メディアを拒否するのは政治家としてあまりにもひ弱ではないか?」と締めくくった。これは明らかに小沢一郎を意識しての発言である。
ま、この日下部のコメントは論外だが、もう一人のキャスターで、この特集で岩上にインタビューをした金平茂紀は、今のマスメディアの中ではまともな部類に入るのだろう。ただし、それでもやはりその発言には相当、違和感があったことも事実である。そこで以下に金平の発言を引用して、私の感想を書いてみる。

金平発言 その(1)
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既存メディアの一部の人たち、あるいは一部ではないか、もう少し多いですね、、、は既存メディアvs.インターネットを基盤にする新興メディアみたいな枠組みでモノを考える人がいるというのは、僕ははっきり言って古すぎるし、それ以上に自分たちの可能性をダメにしていっているというふうに個人的には考えているんですよ。
ただね、マスメディアに対する政治家が抱く不信ということに関して言えば、ダダ漏れですべてありのまま、初めから終わりまで全部垂れ流しにするのが真実を伝えことになるのかどうなのかということで言えば、マスメディア、あるいはジャーナリズムの機能として、その中の何が重要で、何がニュース性があるかということについての一定の価値判断が働く局面というのがありますですよね。活字で言えばもちろん字数の問題がありますし、テレビで言えば時間数の問題、枠というものがありますね。エディトリアルというのはものすごく大事で、つまりエディトリアルの質を競うというところが実はジャーナリズムのクオリティを高いもの、低いものっていうようなことで競うという伝統というのは、まあこれは長い歴史があるジャーナリズムの中での伝統的な考え方ですよね。
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金平発言 その(2)
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「私が申し上げたのは、政治家というのはある種の権力を持っているからというのがあってですね、1対1の市井の市民と、私たちが対等に向き合って真剣勝負をやるというようなこととは違う局面があって、権力を持っている人たちは自分たちにとって都合のいいものを一方的に流すということになると、それはチェックができないというかね。僕は古い考え方を言っているですよ、非常に伝統的なね、メディアが果たすべき機能として、力のあるものに対してチェックをする。それともう一つはアジェンダセッティングという、私たちが考えるべきものはどういう問題なんだろうかということを提示するというようなね。で、それは質問の切り口とか、そういう攻め口で、そういうものが自然に浮かび上がってくるということが、もちろんあるでしょう。それも大きな意味でいうとエディトリアルですよね。で、エディトリアルが僕らのある種の生命線みたいなところがあってですね、それを「いやそうじゃないんだ」と、私たちは生のものを全部差し出すことによって、見ている人にそれをいちいち全部判断してもらえばいいと、それはなぜならば見ている人たちにエディトリアルの権利があるからだというね、そういう考え方はもちろんあるでしょう。それを僕は否定するつもりはないんですが、僕の立場は、なぜこういうことをお聞きするかというと、問題意識が同じで今の既存のメディアというものが、そういう機能というかね、そういうものを恐ろしく失っていると思うから、危機感を抱いているんですよ。で、そこのところは同じだと思うんですよ、で、その次の段階が恐らく真逆だと思うんですよね。」
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最初に結論を言ってしまえば、ここで金平が言うところの「エディトリアル」の質の低さが、近年のネットメディアの台頭によって可視化されてしまったところに、今日のメディア不信の原点がある。
ちなみに私が言うネットメディアというのは、ネットを基盤にしてフリーで活動しているジャーナリストのみならず、その他、一般の多くのブログをも含むのだか、もちろん星の数ほどもあるブログの質が玉石混交であることは間違いない。しかし、その中から玉を探し出すことが容易であることが、ソーシャルメディアの最大の特徴なのである。
私の場合で言えば、「これは信頼できる」と思ったブログを読んだり(現状、政治系のブログでRSSリーダーに登録されているのは200弱だが、もちろん見出ししか読まないもの、じっくり読むものなどの区別がある)、twitterのTLを見ることで、日々のニュースに対する考え方をまとめていく。そうやってソーシャルフィルターにかけられた情報は、少なくとも私自身にとっては、マスメディアが上から目線で提供する「アジェンダセッティング」とは比較にならないほど有益である。
もちろん、自分好みのブログを読んだりtwitterのTLを作れば、情報の見方が偏るという意見もあるだろうが、幸いなことに現状では、まさにマスメディアの論調が私の見方とは対極にあるので、それにも合わせて目を通すことが、ネットから得る情報の検証になっている。

それにしても、、、

「ダダ漏れは権力者の都合のいいものを一方的に流す」という発言は、ネットジャーナリストに失礼な言い方である。つまり、ここで金平が言っているのは、「自分たちはプロのジャーナリストだが、ネットのジャーナリストなんて所詮、素人で御用聞きでしかないだろ」ということだ。
しかしながら、実際に少しずつではあるがオープン化された記者会見の中継をネットで見ると、圧倒的にくだらない質問をしているのは、その自称「プロのジャーナリスト」の連中である。
しかも、それがメディアに露出する時にはさらに「編集」されているからたまったものではない。
(記者会見の完全版と編集版、いわゆるビフォー・アフターについては、当ブログ、本年最初のエントリーで紹介した動画を参照してください)

ただし、繰り返しになるが、そのマスメディアの劣化が可視化されたからこそ、ネットでの言論が勃興したとも言える。
そして、現在、ネットの一部には小沢待望論がある。もちろん、これがこの国の世論だというつもりは毛頭ない。数から言えばきわめて少数派ではある。しかし「マスメディアが言っていることはおかしいんじゃないか?」と気づき始めた人が増えていることもまた事実だろう。

今、マスメディアの経営が加速度的に苦しさを増しているのは、広告収入が激減しているからである。これまで、寡占化された市場の中で暴利とも言える広告収入を得てきた各社は、ネットが参入したことによって競争を余儀なくされ、結果、マスメディアの広告市場は調整局面に入った。
それと同じことが、実はメディアの本業においても起きているのだと私は思う。
これまで、「ジャーナリズム」という“商売”を独占し、あらゆる既得権益という脂肪を身につけた既存メディアは、結果、徹底的に劣化した。ところが、ネットメディア、ネットジャーナリズムが参入してきたことで、彼らと競争しなければならなくなった。
もちろん、メディアは本来、そんな競争はご免である。だから、記者クラブの殻に閉じこもり、必死になってネットを基盤とするフリーランスを排除しようとする。だが、いくら排除しようとしても、もはやそれはできない。なぜなら、情報を受け取る側、つまりお客がネットの方へシフトし始めたからだ。
そして、そのトレンドをいち早く察知した政治家がネットを重視し始めたとしても、それは当然の成り行きと言うべきだろう。

私も既存メディアの中で広告営業をしてきたが、告白すると、ネットが台頭してきた当初は、それを苦々しく思っていた一人だ。何しろ商慣習がまったく違う。それは、既得権益側から見ると、業界秩序を乱す存在にしか見えなかった。しかし、客はどんどん自分たちから離れてネットの方へ行く。
当初は、「まあクライアントも一度は新しいことを試してみたいんだろうけど、そのうちまた戻って来るだろう」とわれわれも、あるいは広告代理店も思っていたのだが、もとよりそれは根拠のない希望的観測でしかなく、実際、少なからぬ客は戻って来なかった。あるいは、戻ってきたとしても、これまでとはまったく異なる要求をしてくるようになった。
そうして気がつくと、これまで営々と築いてきたビジネスモデル、少し前までは漠然とではあるが、これからもずっと続いていくだろうと信じて疑わなかったビジネスモデルが脆くも崩れ去っていたのだった。
今、ジャーナリズムにも、その波が押し寄せている。だが、ことの重大性に気づいているジャーナリストは、残念ながらほとんど見当たらない。


↓こちらは間もなく出る新刊


※参考資料:孫崎亨氏のtweetより
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ツイッターの力1: チュニジア デモで政権が崩壊。.デモ形成はツイッター等での情報発信、これに民衆大々的に呼応。明確にツイッター政治的力に。フォーリンアフェアーズ誌最新号(一・二月号)の最重要論文をshirsky「社会メディア(インターネット、ツイッター)の政治力」として発売直後

ツイッターの力2:過去の情報発信は既成メディア。ある種の統制下。一般市民が発信する政治力の潜在性、多くの政治を変革。メディア弱体の全体主義的国家を先ずヒット。日本のように大手メディアが自由を標榜し巧妙に誘導の中では社会メディアが力 持つには逆に時間がかかるが必ず変化もたらす
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2010/12/31

今年の○と×

今年もお世話になりました。
締めくくりとして、個人的な○と×をアップします。

まずは菅政権と民主党に過去最大の×。
年末にきて、この政権はついに国民総背番号制の導入を進めることを決めたという。

・低気温のエクスタシーbyはなゆー
年末のドサクサにまぎれて「共通番号制度(国民総背番号制)」導入決定

日本は霞が関による超管理独裁国家であるというのが私の持論だが、国民総背番号はその霞が関の悲願である。来年はこの制度導入のための大キャンペーンがマスメディアを中心に行われるのだろうが、どんなにメリットがあろうとも、現在の霞が関体制においては、独裁の効率化、つまりさらなる国民締め付けの道具でしかない。

・本のセンセのブログ
「日本一新の会」代表 平野貞夫氏による論説~@jaquie35さんの連続つぶやきより編集

マスメディアに×。
もともと日本の記者クラブ制度というのは、霞が関からの情報下げ渡し制度でしかないわけだが、それにしてもここ最近のマスメディアの劣化は凄まじい。おそらくそれは、広告収入の激減による経営悪化と無縁ではないだろう。マスメディアは、これまで濡れ手に粟の莫大な広告収入を得てきた。それが社員の高収入を支えてきたわけだが、もはやその原資がない。かつてのようにマスメディアに気前よく正規料金を払って広告を出してくれるクライアントは、非常に少ない。逆に言えば、いまでも正規料金を払って広告を出してくれるクライアントに対しては最上級のもてなしをする必要がある。ちなみに、政府広報や電力会社の広告というのは、いまでも正規料金である。

TBS(テレビ、ラジオとも)に×。
マスメディアの中でも、とくにTBSの劣化が著しい。テレビはともかく、私はラジオについては評価してきたのだが、今年はアクセスという非常に重要な番組が姿を消した。また、平日の帯の番組も、その内容については「?」がつくものが多い。その結果、録音をして聴く番組以外は、文化放送にダイヤルを合わせる日が多くなっている。ということで文化放送に○。
ただし「伊集院光 深夜の馬鹿力」、「久米宏 ラジオなんですけど」、「安住紳一郎の日曜天国」は今年も○。これまで伊集院、久米は名人だが、安住は実力のある真打だと思っていたが、今年は名人への道を歩み始めたと思う。
TBSに話を戻すと、この会社は横浜ベイスターズの売却にも失敗したことも含めて、経営陣に根本的な問題があるように見える。ちなみに今年、書こうと思って書けなかったエントリーの一つは「TBSの心ある社員のみなさん(とくに若い方)へ」というタイトルであった。これはまた来年に。

radikoに○。

USTREAM、twitter、ニコニコ生放送に○。マスメディアが劣化してもまったく困らないのは、ネットから正しい情報が入ってくるからである。この流れはもはや止めようがない。発言の場をネットに移した小沢一郎の戦略は正しい。

有田芳生さんの参議院当選に○。ダメダメな民主党ではあるが、個々には素晴らしい議員がいる。ここ最近の有田さんの活動を見ていると、選挙を手伝って良かったと思う。

森ゆうこ議員に○。素晴らしいのひとこと。

小室直樹先生の訃報に×。
↓は会社のロッカーを整理していたら出てきた本。目次トビラには先生のサインが入っていた。
この本の中に練馬のアパート時代の小室先生の貴重写真が載っている。最初はスキャンしようかと思ったが、ちょっと考えてやめました(笑)。

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中日ドラゴンズのセリーグ優勝に○。日本シリーズ敗退に×。
昭和49年、巨人の10連覇を阻止して以来のドラゴンズファンである私にとって、この年の日本シリーズで敗れたロッテに再び負けてしまったのは残念で仕方がない。ただし、落合監督に対する信頼は微動だにしない。落合博満は平成の川上哲治である(関連エントリー→落合博満は“深い”)。

ワールドカップ日本代表に○。岡田監督、悪口を言ってごめんなさい。駒野のPK失敗は、ドーハの悲劇と同じく、サッカーの神様が下した「ベスト8はまだ早い」という裁きなのだと思う。

ザッケローニ新監督に○。ヨーロッパでは「終わった人」という評価もあったが、その風貌を見ていると、「日本もやっとサッカーの本場から監督を招へいできるようになったんだナ」という感じがする。もちろん、オシム監督も素晴らしかったが、ザッケローニにはテレビでよく見るヨーロッパの一流クラブの監督という雰囲気がある。そして、いかにもイタリア人しらいファッション。いずれ男性ファッション誌(「LEON」あたり)の表紙を飾るのではないだろうか。

浦和レッズに×。フィンケ監督の辞任は仕方がないと思う。

最後に自分のことについて。
25年間勤務した会社を辞めたことに△。この判断が正しかったのかどうかは、まだわからない。
ちなみに、すでに少々やっているのだが、来年からは本格的に電子書籍に関わる仕事をする予定です。
また、「ドキュメント出版社」のつづきも当ブログでは折をみて書いていこうと思う。とりあえず今考えているのは、私が創刊から休刊まで広告営業を担当した「VS.」(バーサス)というスポーツ雑誌についてである。

以上、今年の○と×、そして△でした。

ではみなまさ、良いお年をお迎えください。


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2010/11/19

柳田失言騒動に対する違和感の正体

柳田なる法務大臣が自らの失言がきっかけで大バッシングを浴びている。
今のところ本人は辞意を否定しているようだが、与党内からも更迭論が出ているようなので、そう遠くない時期に辞任することになるのだろう。

さて、私はこの人物の失言を擁護する気は毛頭ない。
ただ一つ、大きな違和感があるのは、この法相が立ち上げた「検察のあり方検討会議」がスタートしたとたん、この騒ぎが勃発したことだ。

そもそも、第二次菅内閣の組閣時から、柳田は法相としての適格性が疑われていた。
ま、これまで法務大臣というのは、どちらかといえば伴食系のポストであったから、平時であれば柳田程度で十分だっただろう。ところが、現在の法務省というのは平時ではない。そういう時の大臣としてはいかんせん器に非ずであったことは否めない(もっとも弁護士資格を持ち、死刑制度反対論者だった前任者にしてからがあの程度ではあったのだが)。

しかし、この柳田がとにかもくにも「検察のあり方検討会議」を立ち上げたこともまた事実である。しかも、そのメンバーには郷原信郎や江川紹子という、法務省にとっては好ましからざる顔触れも含まれていた。
おそらく、法務行政に精通していた大臣が人選をしたら、この二人は選ばれなかっただろう。
つまりこれは素人だからできた人選であり、しかも結果的に珍しく期待ができそうな雰囲気が漂っていた。

では、ここで柳田が更迭された場合、「検察のあり方検討会議」はどうなるのか?
それは次の法務大臣の手に委ねられるわけで、現状、その行方についてはまったくわからない。
ただ、この騒動のお陰で当面、会議どころではないということにはなるだろう。
となれば一番喜ぶのは誰か? いうまでもなく検察である。
自分たちの意に沿わない人間が紛れ込んだ検討会議の開催を、とりあえずは先延ばしにするぐらいのことはできるだろう。その間に新たに就任する法務大臣に対して、巻き返すことも可能かもしれない。
法務行政に素人だった柳田が更迭された場合、おそらく次の大臣は弁護士資格を持つなど、多少なりとも法務知識を持つ人物が就任するだろう。であれば、かえって法務官僚としては取り込みやすい可能性はある。それは千葉景子の例を見れば明らかだ。
ということで、当面、私は次の法務大臣の人選と「検察のあり方検討会議」の行方を注視する必要があると思う。

それにしても、、、

野党の連中は柳田に「二つの答弁」を繰り返されていた時には、それを何も言わずにスルーしていたくせに、「そういう答弁をしてりゃあいいんですよ」と言われた途端に怒り出すのもアホな話である(※)。

※参考ブログ
・世に噛む日々
「議員の劣化」は、「国会の劣化」であり、それはそのまま、「ニッポンの劣化」につながるのだ。

これって、さんざんバカにされていたことに気がつかなかった人間が、「あんたたちバカだね」と言われたとたんに「そうか、オレたちバカにされてたんだ」と気がついて怒り出すようなものなんじゃないのかね?

そうしてもう一つ。
柳田に「こういう答弁をしていればいいいんですよ」と教えたのは、間違いなく官僚だろう。青天の霹靂で法務大臣になった人物が、自分で「こうやって答弁すれば乗り切れるナ」と考えつくことはあり得ない。
つまり、柳田は官僚の振り付け通りに答弁していただけなのである。
とすると、この失言もどこかで官僚が柳田に振り付けたのではないか?
そんな疑問を持つ私は、自分では陰謀論者ではないと思っているのだが。

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2010/11/15

なぜ、既成政党は共産党までが堕落するのか? ~ 個人的経験からの推測 その2

前エントリー

******

ふーむ、、、この事態をどうとらえればいいのか、、、
以来、私はこのことについて考えるようになり、そして一つの結論に達した。

******

からのつづき。

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なぜ光文社において総務部の重要度が高いのか。それは大労働争議を経験し、かつ「過激な活動をする組合」がその後も残っていたからである。業績が順調に推移するなか、会社を治める最大のポイントは労務管理にあった。したがって、第一組合と対峙する総務担当役員(あるいは総務部長)の力は必然的に上がっていく。
しかし、、、
見方を変えれば、その総務の力は第一組合の存在がなければあり得ないのである。

一方、第一組合の側に目を転じてみると、彼らは春闘(や秋闘)で過激な活動をすると、あとの期間は世のサラリーマンには考えられないぐらい、のんびりとした会社員生活を過ごし、しかも相当な給料をもらうことができる(改めて断っておけば、ものすごく働いてベストセラーを出している光労組の人も、もちろんいた)。
では、彼らはどのような組合活動をしているかというと、確かにストを打ったりビラを張ったり配ったりしているが、しかしその活動が実った結果、何がしかの成果が上がることはほとんどない。
なぜなら光文社には第二組合があり、そちらの方が圧倒的に人数が多く、こちらが会社と妥結してしまえば、その後にさらなる前進回答があることは絶対にないからだ。

私も所属していた第二組合は、(会社が良かった時代はだが)要求を出して一次、二次と回答が出てくるたびにボーナスについては少しずつ上乗せがあり、だいたい三次回答で妥結していた。
これに対して第一組合は「スケジュール団交だ」といつも批判していた。しかし、彼らも第二組合が妥結するとしばらくしてから妥結する。「会社側の回答は納得できないからあくまで闘う」ということは絶対になく、つまり彼らもまた見事なまでのスケジュール団交をしていたのであった。
もっとも、彼らの言い分では「いくら自分たちが頑張っても御用組合が妥結するからしかたがない」のであって、つまり自分たちの責任ではないということになる。
となると彼らが活動する理由は、突き詰めれば、自分たちは会社にとって手強い存在であるということをアピールするだけなのだ。

と、こうして見ていくと、一見、対立しているはずの総務と第一組合が、実は自らの既得権益を守るための運命共同体として存在していることに気づく。それは右辺と左辺が「=」でつながっている数式のごとく、完全に均衡した、まさにイコールパートナーなのだった。

ところが、この状況が2000年代の半ばあたりから変化してくる。
会社の経営状態が悪くなっていくとともに、これまで総務側の「辺」の中で安定係数として存在していた第二組合が、御用体質から脱皮して、次第に本来の労働組合の機能を取り戻し始めるのだ。

ここで少し自分の話をすると、私はもともと第二組合の中にあって、会社と協調した執行部が提案していくることについてはいつも「反対」していた。春闘や秋闘の妥結提案の職場集会で、他の人がみんな「賛成です。とくに意見はありません」というなか、私は何かひとくさり言わないと気がすまず、あげくの果てに「反対です」というようなことをいつもやっていた。もっともそこは執行部も心得たもので、「あの人はそういう人だから、、、」と割り切っていたし、第二組合の中にも少数ながらそういう人はいた。そして、どちらかというとそういうタイプは編集系に多かった。したがって、2002年の秋に編集から広告へ異動すると、そこでの私は完全に異質なタイプだった。
ところが次第に非編集部門の中にも意見を言う人たちが増えていく。
というのも、たとえば私のいた広告部においては、インターネット広告の伸びと反比例して雑誌広告が落ちていく様子を目の当たりにしているわけで、当然のごとく「大変なことが起きている」ということを日々、ヒシヒシと感じる。クライアントが雑誌広告の予算を減らし、その分をネットへシフトすれば、当然、自分たちの売り上げは減る。もはやかつてのような美味しい商売はあり得ない。とすれば自分の会社も改革していかなければならない。
そう思うのは当たり前の感覚なのだが、ところが経営者や現場の上層部にはその危機感がない。しかも売上げが落ちているはずなのに、なぜかあまり給料は落ちない(最後の方はドカンと落ちたが)。となると、これまでおとなしかった広告部の面々も「これはいくらなんでもおかしい、このままではいけない」と思うようになるわけで、必然的に組合でもいろいろな意見が出るようになる。そしてこの意見に対する会社の反応が鈍ければ鈍いほど、ますます組合で出てくる意見は先鋭化する。

では、この時に第一組合は何をしていたのか。
もちろん活動はしているのだが、そもそも高齢化している組織は定年によってどんどん人が減っていく。
そして、残った人たちの目標は、「しっかり退職金をもらって逃げ切ること」のみなのだ。そして、そういう人たちにとって会社とことを荒立たせるのは、もはや得策ではない。
結果、第二組合との団交の席上で会社側が「そんなことは第一組合も言わない」と言うほどに、会社に対する第一組合と第二組合の立場が逆転してしまったのであった。
先ほどの数式の例で言えば、第一組合は総務の辺に移項し、一方、会社側の辺の中にいた第二組合は反対側の辺に移項してしまったのである(しかもこの両辺はイコールではない)。

******

思いがけず、グダグダと長文を書いてしまった。
この駄文をタイトルと結びつけると、要するに現在の政治状況、なかでも共産党の堕落ぶりを見ていると、私はかつて自分がいた会社の第一組合を思い出すのである。
かつて、あれだけ旧権力である与党・自民党を批判していた共産党が、いまや自民党と一緒になって、従来の既得権益をぶち壊そうとした小沢一郎を批判している。それは共産党が実は旧権力と運命共同体であったことの証明だろう。
しかも、ここへきて明らかになったのは、その旧権力と対峙して誕生したはずの民主党政権の現在の主流派もまた旧権力と運命共同体であったことだ。

であれば、、、
小沢一郎のグループは、彼らと反対側の辺へ行くべきではないかと私は思うのである。

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2010/11/10

なぜ、既成政党は共産党までが堕落するのか? ~ 個人的経験からの推測 その1

11月5日のデモの後は、その日が初対面のある大学教授とご一緒した。この教授は前田恒彦の告発に賛同していただいた方である。
とある中華料理店でビールを飲みながら話をさせていただいたのだが、この先生も昨今の検察や政治の状勢に「もう我慢がならん」というお気持ちなのだという。そして「たとえ小さな集会であっても、こういうことをどんどんやっていったほうがいい」とおっしゃっていた。NGOで活動をしていらしたという先生の言葉は私には非常に腑に落ちるものだった。

で、しかし今日、書こうとしているのはそのことではない。
実はこの先生とお話しをしばらくしていたら、先生は私の在籍していた会社についてこうおっしゃった。

「光文社は大きな労働争議がありましたよね」

そう、今現在、出版界にいる若い人たちは知らないだろうが、光文社争議というのは1970年に起きた業界ではちょっと知られた大労働争議であった。この争議は沈静化までに7年ほどを要したもので、この間に光文社を去った人たちが祥伝社やごま書房をつくった。したがってNONブックスやゴマブックスの本作りは、すべてカッパ・ブックスのノウハウが基本になっている。

今、ここで争議の経緯を詳しく書くつもりはないが、要するにこの争議で光文社の労働組合は元からあった光文社労働組合(光労組/第一組合)と全光文社労働組合(全光労/第二組合)に分裂した。光労組は以後も先鋭的な活動を続け、全光労は争議を終息させて労使協調路線を歩む。

私が光文社に入社したのは1985年で、この頃には表向きは争議の余波はもうまったくなかった。
当時の本社ビルは現在の講談社の新本社ビルのある場所にあり、そして1Fから4Fまでが光文社で、5F以上には同じ講談社グループのキングレコードが入っていた。どうでもいいことだが、キングレコードにはスタジオもあったので、デビュー当時の中山美穂や山瀬まみを、時々、会社の入口で見かけたものだった。
光文社の新入社員は4月1日に入社すると、まず社内の各フロアを総務部長と一緒に回って一人ひとり紹介されるのだが、私の入社した年までは、社内だけでなく池袋の分室へ行った。
この分室にいるのは光労組の人たちだった。つまり、光労組の人たちだけの編集部というのが少なからずあり、その人たちは本社から離れた分室に勤務していたのである。
この状況は、私の入社した年に解消されたと記憶している。が、そういう状況ではあったから、春闘(や秋闘)の時期になると光労組は活発に活動し、社内の壁という壁に短冊のビラを張ったり、ストライキを打って各部署を回りながら演説をし、さらには深夜にいたるまで役員室の前での座り込みしていたことはもあった。
当時の役員室は4Fにあり、私の所属していた編集部は3Fにあったため、春闘の時期に夜、仕事をしていると、座り込みの途中で自分のデスクに戻ってきて仕事をしている光労組の人を見かけたものだった。
だが、そういう人は実はあまり多くなく、光労組の少なからぬ人たちは春闘の時期になれば組合活動にほぼ専念していた。
というのも、光労組の人たちだけで構成されている編集部というのが、「EQ」、「ジャストコミック」(この雑誌はほとんど知られていないと思うが、「クッキングパパ」を描く前のうえやまとちや山本直樹なども連載陣に名を連ねていた)、「カッパ・サイエンス」(栗本慎一郎の『パンツをはいたサル』などを出した編集部)などいくつかあったためだ。「EQ」、「ジャストコミック」は隔月刊、「カッパ・サイエンス」も編集部員は多かったが出版点数はきわめて少なく、組合活動をする時間的な余裕はいくらでもあった(もちろん他の部署に散らばっている人もいた)。

一方、第二組合の全光労はというと、こちらは当然のことながらある種の出世コースと言えた。現在の光文社の取締役にしても6人中4人が組合の執行委員経験者である(社外取締役をのぞく)。
私は若い時にしばらく全光労の職場委員をやっていたことがある(争議後に入社した社員はもちろん第二組合所属となる)。書籍の編集部にいた私は跳ね返りで、春闘などの妥結提案にはいつも反対していた(編集部系にはそんな人が時々いた)。
ある年に開かれた妥結提案の職場委員会でのこと。執行委員会が妥結提案を出してきた時に私を含めて複数の職場委員が反対した。すると執行委員長は「会社側の代弁をするわけではありませんが、、、」と前置きをして、えんえんと会社側の代弁を述べ始めたものだった。

と、まあそれはさておき、、、

こんな会社の中で力を持っているのは総務部であった。
私が入社した時の社長は労働争議時の総務部長だったし、総務部長は後に並河良氏が社長に昇進した時のもう一人の社長候補と目され、最終的には副社長にまでなった矢島介氏だった。また現在の社長も総務部長経験者である。
もちろん、どんな企業においても総務部というのは重要だ。が、なかでも大労働争議を経験して300人程度の小さな会社にもかかわらず組合が二つ存在し、かつ一方の組合が経営者に対して強硬姿勢をとる会社にとって総務部の役割がとくに重きを置かれていたのは当然と言えば当然だった。

さて、私は入社から2000年の4月までカッパ・ブックスのグループにいたが、最初の10年ほどは光労組の人と同じ部署になることはなかった。当時のカッパグループはカッパ・ブックス、カッパ・ビジネス、カッパ・ホームス、そして前述したカッパ・サイエンスの4編集部体制で、よくサイエンスの人たちとも話をして仲も悪くなかった。ただ、他の3編集部に比べてサイエンスの発行点数は圧倒的に少なく、年間一冊しか本を作らない人というのがザラにいた(しかもその本がほとんど売れないことが多い)。
とはいえ、まったく別の編集部でもあるし、当時は会社の状況も悪くはなかったので、それほど腹も立たなかった。
ところが、1990年代後半、カッパグループはブックス第一編集部と第二編集部という二つの編集部に再編成され、私は第一編集部でサイエンスの人たちと融合したグループに入った。
ここで驚いたのが、サイエンスの、つまり光労組の人たちの思考停止ぶりであった。企画会議をやると、とても売れそうにない本を半年後か一年後に作りたいというような話しか出てこないのである。ではそれ以外は何をしているかというと、組合活動をやっている時間は非常に長い。
春闘の期間中に外部から光労組の人あてに電話がかかってくるが席にいない。そこで机の上のメモを見てみると、「午後出社→団交→スト→不帰社」なんてこともある(笑)。
しかも、組合活動期間以外は遅くまで会社に残っていることも多く、夜はゆったりと食事に行っている。もちろん私もそういうことはままあったが、一応、そこそこきちんと仕事はしていたつもりである(とはいえ、いまの若い人たちから見たら信じられないような緩さであったことは間違いない)。が、あちらは何しろ年に一冊ペースだ。

ふーむ、、、この事態をどうとらえればいいのか、、、
以来、私はこのことについて考えるようになり、そして一つの結論に達した。

******
このエントリーはこんなに長くなる予定ではなかったのだが、ダラダラと書き連ねてしまい、現時点ではタイトルとは関連性がない(笑)。しかし、もう少しでつながる予定なので続きは次に。

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2010/11/02

最高検に告発状を提出 ~ 「一般来庁者出入口」への道は遠かった

昨日、最高検に大阪地検元特捜部検事の前田恒彦を特別公務員職権濫用罪で告発してきた。
以下はそのレポート。

集合は霞ヶ関の地下鉄出口。地裁前には耳かき殺人の判決に備えるメディアの中継車が多数、停まっていた。
われわれはというと、ここで初めて知り合った人も少なくないので簡単にご挨拶。その後、20人分以上ある告発人目録のコピーをとってから最高検のある検察庁合同庁舎へ。
ところがこの場所をきちんと知っている人がいない。みんなグーグルマップで確かめただけなので、途中、警備の人に訊いたりしながらやっとこさ合同庁舎に到着したのであった(笑)。
ビルの入口には門があって(高さは非常に低い)、一人ずつでないと通れそうもない。そこにガードマンが立っている。とりあえずそこでビデオを回しながら用件を話すとしばらくして、、、
ビルの中から何やら血相を変えたガードマンのおじさんがやって来た(門のところにいたガードマンとは制服が違っていたように思う)。
このおじさんという方がなかなかに濃ゆいキャラの方で、私の印象ではその昔の日本映画の喜劇にでも出てくるようなおじさん。
いきなり、「何をやっとるんですか、ビデオとか写真撮影は一切ダメですよっ!ここは法務省の敷地の中なんですからっ!カメラはダメっ!そっちの公道にまで行ってくださいっ!」とゆーよーなことをおっしゃって「しっしっ」と追い払うようにカメラマンを後ろに下げさせる(ま、ディテールは違っているけれども、そんな雰囲気)。
そして門の脇にいたガードマンの人に向かって「つみたちも、そんなことわかってるでしょう。ダメじゃないの!」と叱っている(「つみたち」といったわけではないが、そういう雰囲気だったということ)。
それからおじさんは当方の用件を聞くと、「係の者に伝えてきますから、、、」といってビルの中に戻ってしまった。数メートル先には一般来庁者出入口が見えているのだが、なにしろそこに至るまでの道のりが遠いのである。仕方がないのでここで一発tweet。

「最高検、なかなか入れてくれないなう。」

待つことしばし、、、

「まさか入れてくれないの?」「私たち、一般人以下になっちゃう、、、」「それにしてもあのおじさんはいいキャラだ、、、」などと雑談。
すると少し冷静になったガードマンのおじさんが戻っていらして、、、

おじさん「おたくさまたちはなんかの団体なんでしょうか? ちょっとそれをおっしゃってください。あのー3、4、5、6名様でお見えになったということなら団体の何か?」
告発人代表「団体というとこではないです。告発人が複数名いるということで。しいていいますと、正しい法治国家を守るために、、、」
お「(メモを取りながら)正しい、、、法治国家? 法治国家のなんとか会?」
代表「正しい法治国家を守るために声を上げる市民の会」
お「それは国民救援会とは違うんですか?」
告発メンバー「違いますー」
お「(再び一生懸命メモをとりながら)正しい法治国家を、、、まもるために、声をあげる、、、市民の会。(やっと書き終わって)それはどこにあるんですか?」
代表「任意団体として別に認証を受けているわけではないです」
お「届け出はしてある?」
代表「してないです」
お「はあー」
代表「ですから団体というよりは複数の告発人がいるということです」
お「何名様なんですか?」
代表「25、6名おります」
お「25、6名、、、ね。ではちょっとお待ちくださいね」

とゆーとおじさんは再びビルの中へ入ってしまうのであった。
今回の告発状提出メンバーの中に弁護士がいなかったこともあるだろうが、何しろ一般来庁者出入口まで辿りつけない。で、twitterを見ると、先ほどの私のtweetに↓のようなRTが。

「@orukat24最高に険しいから。 RT @amneris84: ほわい? RT @kappaman 最高検、なかなか入れてくれないなう。」

あ、どもども江川紹子さん。
なるほど、確かにこの道のりは険しい、、、

さらに待つことしばし、、、

お「係の者が来ますからちょっとお待ちください」
メンバー「まさかここでやるんですか?」
お「わたし、よくわかりません。係の者が来て話をしますから」

さらにさらに待つことしばし、、、

やっとこさ慇懃無礼を絵に描いたような中堅と若手の2人組が登場。どうやら事務官らしい。

事務官1「最高検の刑事の第一係長、木下と申します、、、」
メンバー「名刺をいただけませんか?」
事務官1「あっ名刺を持ち合わせていなくて、、、」
代表「このような告発状を持ってまいりましたので、是非、受理していただきたいと思いまして、、、」
事務官1「あのー検察官に渡しておきますので、、、(をいをい、ここで門前払いかっ!)」
メンバー「直接、渡したいんですけどね」
代表「中には入れていただけないんですか?」
メンバー「ここじゃ話にならんでしょう」
事務官1「わたくしの方が窓口になっておりまして、、、では面談室へ行きますかね。検察官は対応しませんで、わたしらが対応します」
メンバー「名刺ぐらい持ってるでしょう?」
事務官1「名刺はいま持ち合わせがないです、、、とりあえずいまここで見てですね、、、」
メンバー「ここで?」
事務官1「いや面談室へどうぞ、、、」

ということで、やっとこさわれわれは一般来庁者となったのであった(笑)。

面談室は1F入口のすぐ正面にあり小さな会議室風。
ここでテーブルに向き合って事務官と話す。2名とも首からかけたIDカードをキッチリ裏返しているのは、このような場合の基本動作か(ちなみに2人とも良さげな腕時計をしてましたなあ)。
そして、再度、来庁の意図と告発状、告発人目録について具体的に説明。書類に不備がないかのチェックをざっと受ける。
日付等に関して若干の修正をしたところで、事務官はこの書類を受け取った。
ただし、これはあくまで受け取っただけで受理ということではないという。
そして、この告発が正式に受理されるかどうかは告発人代表に通知が来るそうだ。その期間は「そんなにはかからない」とのこと。まあ1カ月ぐらいを見ればいいようである。
ということで面談室での会談は正味10分もなし。この間、tweetでもしようかと思ってiPhoneを見たらアンテナが圏外になっているのであった、、、orz(ソフトバンクの電波は霞が関界隈では非常によろしくないことを後でtwitterで知る)。最高検を出てからのtweet。

「検察庁合同庁舎の面談室はソフトバンクのアンテナが立たず。」

以上、全員集合してから合同庁舎を出るまでにかかった時間は約1時間。
いやはや権力というのは慇懃無礼にして頑なであることを実感したが、大変に良い社会勉強になったのであった。

※次のエントリーで告発状をアップします。

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