2009/10/14

楽天の監督問題について思うこと

1週間ほど日本のニュースにあまり触れていなかったこともあって、どうも時事ネタに対する感覚が戻らない。
なので本日はここ最近、気になっていた楽天球団の監督問題に関して思うところを書きたい。

せっかく球団史上初のクライマックスシリーズ進出、それも本拠地での開催を決めた楽天が、野村監督の去就問題で揺れている。というよりも今季限りの辞任は決定であるらしい。確かに高齢ではあるが、これだけの手腕を持っている監督というのはそうはいないし、野村監督というのは個人的に非常に好きなので大変残念である。
もし親会社が球団をさらに強くするために現監督よりもさらに高いレベルの監督を連れてくるというのならば、私見では中日の落合監督以外にはいないと思うが、それは現状では不可能。
まして、次期監督が広島で結果を出せなかったブラウン監督あたりだったら、その判断に相当な疑問符がつくし、ファンからも批判の声が上がるだろう。つまり今回の監督交代というのは相当にリスキーである。
では、なぜそうまでして楽天は監督を替えたいのか。
これはあくまで推測だが、比較的年齢の若い楽天球団の経営者にとって野村監督は実力はあるものの非常に扱いづらい存在であるからなのではないだろうか。

私は野村監督を見ていると、以前に書いたある博士のことを思い出す。
この博士は本当に優秀で有能だったのだが(あの談志が認めるほど)、なにしろ私生活から何から行動がハチャメチャでその面倒を見るのは相当に大変だった。しかも当時はこちらも20代で人生経験も浅いので、「どうしたらこんなことになるんだ?」というようなことがしょっちゅうあったものだ。
それでも少しずつこの博士の行動に対応できるようになり、博士からも信頼を得るようになったころ、当時、独身だった博士に女性ができた。そしてこの女性、最初はあまり表に出てこなかったのだが、徐々に博士よりも前面に出てきて私たちを振り回し始めた。その頃には入籍もしていたので、そうなってくるとこの女性の発言力も強くなる。
一方、男には女性ができると全面的に寄りかかってしまうタイプがいるが、博士はまさにそのタイプで、これまでハチャメチャな生活をしてきた分、その後始末から何から身の回りのことを一切やってくれる女性なしには生活していけなくなってしまった。
ところが、この女性というのがなにしろ博士以上に一筋縄ではいかない。博士は根は素朴で純なのだが、この女性は戦中、戦後の混乱期をしたたかに生き抜いてきた人が持つある種、得体のしれない迫力があり、相手に対していい顔をするときもあるが、一転、思い切り恫喝するときもある。そしてもう決裂したのかと思いつつ翌日会うと、最初はニコニコ笑って普通に接しているが、そのうちまたこちらを延々と怒鳴りはじめる。それは人生経験の少ない側にとっては相当に苦痛で、現に一緒に博士の面倒を見ていた同僚はボロボロになった。

で、こんなことを書くと大変申し訳ないが、野村沙知代さんを見ていると、私はこの博士の女性を思い出すのである(おそらく沙知代さんよりもさらに強烈だった)。そして奥様に全面的に生活を委ねてしまう博士と野村監督の姿も見事なまでに重なる。
結局、博士と私たちの関係はその後切れてしまい、当時はそれも仕方のないこと、我慢の限界だと思った。
しかし、、、
今になって考えてみると、あの時にもう少しなんとかならなかったかと思う。
確かにあの夫妻は扱いづらかった。が、こちらがそれに対して最善の手を尽くしていたのかというと、やや悔いが残る。人生経験が圧倒的に不足していたこともあり、あの夫妻、とくに奥様に対してしたたかさで対抗できなかったわけだが、もっとやりようがあったのではないかと思うのである。

そして、これは推測であるが、楽天球団もマスコミの前で平気で球団批判をするなど、ひと癖もふた癖もある野村監督、あるいは沙知代夫人と付き合うことにホトホト疲れてしまったが故に監督交代に踏み切ったのではないだろうか。
楽天球団の社長は若い。それでいてここまでの地位に就いたのだから、それなりのプライドがあるはず。そういう人にとって、毒ガスをまき散らかしながら次から次へと変化球を投げてくる夫婦というのは、もう我慢の限界でウンザリという気分になるのはわかる。
しかし、かといってこれだけの手腕のある人物と契約せず、能力は低いが付き合いやすい、球団の言うことを聞く
人物を監督に据えたのでは組織は絶対に緩む。結果、成績もよほどのことがないかぎり今年を上回ることはないだろう。それは、これだけ地元に根付いたファンに対する背信であり、球団経営にとってマイナスである。
そもそも能力の高い人というのは付き合いにくいものだ(逆に「いい人」という評価は能力を競う場合、必ずしもほめ言葉ではない)。

だから、、、
私は楽天球団は、もう少し我慢して野村監督を使い続けてはどうかと思うのである。
相手がさまざまなことを仕掛けてくるのならば、それは軽く受け流して、たとえば野村監督にもっと高いハードルを課せばいい。もともと監督をやりたくて仕方がないのだから、それを逆手にとって相手の毒ガスをうまく受け流すしたたかさを持って欲しいと思うのだ。
なんだかんだといっても楽天がここまで仙台に根付き、しかも全国的にも注目される存在になったのは、野村監督の存在を抜きにしては考えられないのだから、使えるだけ使えばいい。

ちなみに私の経験では、毒ガス夫婦とのウンザリする日々というのは、後から考えると意外に懐かしいものだ(悪い記憶ほど鮮明に残るということもあるが)。また彼らのおかげで多少なりとも鍛えられたがゆえ、今では自分自身が「煮ても焼いても食えないオッサン」になりつつあるが、それはそれで悪いことではない。

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2009/10/04

突然ですが、、、

本日より出張で1週間、ニューヨークに滞在するため当ブログは更新が滞ることになると思う(いつも滞っているという突っ込みはスルー)。
まだ到着したばかりだが、空港からマンハッタンへ来る道すがら、道路を走るクルマを見ていると、日本ではもはやほとんど見ることのできない年季の入った日本車がたくさん走っていて、クルマ好きとしてはなかなか楽しい。
少し前に「久米宏ラジオなんですけど」でタクシーの運転手さんが「日本で走っているクルマを見ていると、買い換えの必要があるクルマなんて1台もないですよ、、、」と言っていた話を久米が紹介していたが、なるほど今のクルマというのは少々ボロかろうがへこんでいようが問題なく走るのである。
確かにこのニューヨークのクルマの流れを見ていると、日本のクルマというのは大げさに言えば新車の集団である。

ホテルに到着したのがチェックインの時間よりも前だったので、ホテル前のスポーツカフェのようなところで時間を潰した。入口にFREE WiFiと書いてあったので、試しにパソコンを立ち上げてみるとあっさりとネットに接続。メールをチェックすることができたのであった(それに比べると、ホテルのネットの接続料はちと高いような気がする)。
前回、ニューヨークへ来た時にはインターネットはまったく普及していなかったので、隔世の感がある。
日本への電話はスカイプでするつもりである。

最後に、、、
東京都民のみなさん、オリンピック落選、おめでとうございます。
これからは、あの珍太郎が自民党に続いて野垂れ死にしていく様をみんなでリアルタイムで鑑賞しましょう。

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2009/07/28

横浜市長の辞職について

取り急ぎ書いておきたい。

横浜市長が国政への野心を持っていようが、そのゆえにこのたびの政権選択選挙に乗り遅れて焦っていようが、それは勝手である。あるいは市長は2期をやるぐらいがちょうどよく3期は長すぎると考えているのならば、評価できるかもしれない。
が、だからといって任期満了前にその職を投げ出すのは無責任以外の何ものでもなく、論評のしようもない。
個人的に中田宏という人物には、さしたる根拠はないのだけれども常に胡散臭さを感じていた。
横浜市長としての手腕には評価する声もあるようだが、テレビに出演して喋っている映像を見ていると、民主党の前原一派と共通する非常に底の浅い、それでいて野心満々な感じが得体の知れない雰囲気を醸し出している。
ま、それもそのはずで、なにしろ中田宏は松下政経塾出身である。
そういう人物がつくる政治団体の名称は、「『よい国つくろう!』日本国民会議」というらしい。なんともザワザワした気分をかきたてる気色の悪い団体名である。

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2009/07/03

明るい選挙推進協会、自民党、児童ポルノ、、、

最近、電車に乗っていると液晶画面に流れる動画で20代に選挙へ行くように促すCMをよく見る。といってもクオリティはきわめて低く、妙ちくりんなゆるキャラが出てくるのだが、最後の提供クレジットを見ると、「(財)明るい選挙推進協会」となっている。いやはやなんとも腐臭漂よう名称である。
そこで、「明るい選挙推進協会」でググッてみると、他のキーワードで出てくるのが「明るい選挙推進協会 天下り」(^_^;)。
この国の権力というのは、とことん国民をなめきっているのがこの財団の存在だけでもよくわかる。

一方、自民党はというと、、、
これはもう豊洲の築地市場移転予定地みたいなものですね。
極限まで土壌が汚染されていて、どこまで掘ってもヘドロ。それを隠すための盛り土がそのまんま東だというのだから、もはやお笑いを通り越してシュールである。
いま私が結構、本気で心配しているのは、そんな状況で秋葉原大量殺人事件のように事件、あるいは大きな事故が起きやしないかということ。国を動かすシステムがここまで壊れてしまって、一方で景気はどん底である(底を打ったようなことをマスゴミは報道しているが、たとえば少し先までの広告の状況を見てもまったくそんな様子はない)。社会が非常に不安定な時にはちょっとしたことで暴発的なことが起こるものである。
にもかかわらず、自らの当選の確率を少しでも上げることしか頭にない自民党の面々はヘドロそのものだ。もはやこの連中に国家のあり方やら教育やらを語る資格は一切ない。
私は暴力団対策法(暴対法)というのは、その存在だけでレッテル貼りをして罪を問う大変な悪法だと思うが、この際、自民党対策法(自対法)を作ってこの集団を厳しく監視するべきなのではないかと本気で思う。ついでに厚労省対策法とか財務省対策法とか総務省対策法、法務省対策法、、、ええい面倒くさい、全部ひとまとめにして霞ヶ関対策法を(霞対法)を作るといいかもしれませんネ。

ついでだから児童ポルノについてもひとこと。
私はこの問題で自民党が主張している単純所持の処罰化に反対する。
もちろん児童ポルノそのものは規制しなければならない(刑事ドラマなどにおける取調室での被疑者への暴行シーンなども同じだと思う)。しかし、単純所持、それも宮沢りえの写真集を所持しているのさえ違法ということになると話は違ってくる。
この国の権力というのはとにかく国民を監視するのが大好きだ。そうして自分たちに都合が悪いことをやられたら、いつでも逮捕できるような状況を作ることに全精力を注いでいる。最近はこれに国策捜査というでっち上げも加わった。
植草一秀氏(※)、佐藤優氏、そして小沢一郎秘書の大久保氏、あるいは高知の白バイ衝突事故にしても、もはや事実もへったくれもない、権力によるでっち上げである。
私が児童ポルノの単純所持に反対するのは、このでっち上げをさらに簡単にすることができるからである。
たとえば児童ポルノの本や雑誌でなくても、画像データを対象者の所持しているパソコンに忍び込ませるぐらいは、まあこの国の捜査機関ならばいとも簡単にするだろう。
男性ならばネット上で18禁画像を見たことがないという人はまずいないだろう。ついでにそれをHDDにひょいとダウンロードしたことのある人だって相当数いるはずだ。その画像のフォルダのなかに権力が恣意的に摘発対象となる画像をまぎれこませた場合、これを否定するのは難しい。
いま国会ではもっぱら写真集や雑誌について議論されているようだが(私も詳しくウォッチしているわけではないが)、こういう画像データにまで範囲が広がれば、これはもう危険という他はない。

↓児童ポルノ関連のポッドキャスト
・宮台真司
「デイキャッチャーズ・ボイス」2009年6月26日(金)

・山田五郎
「デイキャッチャーズ・ボイス」2009年」7月2日(木)

最後にもう一つ呆れた話。
「THE JOURNAL」にこんな記事がアップされた。前回の記事以来、3カ月ぶりのご登場である。その間、あれだけ批判されたにもかかわらず、このご仁は一切それを無視して相変わらずのくだらない政局解説を垂れ流している(マスゴミはどこも一緒で、民主についてはしつこく批判記事を書くが、与党の話になるとひたすら政局解説になる)。
いったいこれのどこが「この国ではまだほとんど誰も踏み込んでいない独立不羈のブログ・ジャーナリズム」なのか、是非、教えてもらいたいものである。

※植草一秀氏におかれては、今回の不当な判決は腸が煮え繰り返る思いをされておられると思う。時、あたかも最大の政治決戦を目前にして、一時的とはいえ植草氏という政権交代を目指す勢力の理論的支柱を失うのは残念という他はない。
が、逆にいえば権力はそれだけ植草氏を恐れていたという証左でもある。もちろんお辛い立場であることは重々承知しているが、それでもあえて言えば、この判決は権力に完全に屈服、支配されているマスゴミ連中(たとえば上記の人物)とは真逆の位置にいる人のみが受ける制裁であり、それは同時に勲章でもあると思う。
そして次の総選挙で既存の権力が崩壊した時、植草氏の正義は立証される。

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2009/06/01

なぜ、Motherhouseは成長できるのか?

少し前に「Motherhouseのバッグ」というエントリーを書いた。
そのMotherhouseに関して興味深い記事を見つけたので紹介する。

もう一つのマザーハウスストーリー (株)マザーハウス 副社長 山崎大祐氏インタビュー

私がこの会社が素晴らしいナと思う理由は、金儲け以前に明確なミッションを持っているからだ。
このブログでは時々書いていることだが、企業にとってもちろん金を儲けること、そのための手段を構築することはもちろん大切なことであるが、もう一つ大事なことは、なぜその事業をやるのか?というミッションを確立することである。
ところが案外、これがあやふやな企業は多い。そういう会社も経済が右肩上がりの時代には、拡大するマーケットのおこぼれにあずかることができたが、現在のように世の中が経済的にも社会的にも停滞するようになると、企業としてのミッションを明確に持っているか持っていないかは生き残るための大きな分かれ道になる。
要は金儲けをひたすら追求するだけでは存続は危ういのである。

そしてこれは企業だけでなく、あらゆる組織においても言えることなのだと思う。
たとえば政党であれば「政権をとる」ことは確かに重要だ。が、その前提として「なぜ自分たちは政権をとる必要があるのか? とって何をするのか?」という部分がキチッと確立されていなければならない。
では民主党にはそれがあるか?
私はここへ来て、鳩山由紀夫の言う「友愛」というのは案外いい線をいっているのではないかと思っている。
それについては次回に。

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2009/05/21

公務員宿舎を豊洲(築地市場移転予定地)に!

昨日、田中康夫の週1連載を読もうと日刊ゲンダイを広げたら、こんな記事が目に飛び込んできた。

106億円の血税投入 朝霞ツイン公務員マンションは自然破壊する

私は十数年、朝霞市民だったので(いまは隣接の志木市)この公務員宿舎の建設予定地である米軍キャンプ跡地のことはよく知っている。ちなみに場所はここ。

東武東上線朝霞駅からほど近く、まわりには市の施設が調い、朝霞市の中でも地価の高い場所である。
朝霞駅の隣の和光市駅からは地下鉄有楽町線、副都心線が乗り入れているため、池袋の他、有楽町(銀座)、新宿、渋谷へも1本で行ける。
非常に便利なわりに東武東上線沿線ということで、東急、小田急、京王線といったイメージのいい私鉄沿線に比べると、都心からの距離が同じ地域でも地価は全体に安い。また、駅から近い場所にマンションを建設可能な土地がまだまだ残っている。したがって朝霞市は全国でも珍しく人口が激増している地域である。
私の長女が通っていた朝霞の市立小学校は全校生徒が1000人、しかもまだまだ増えていったために新しい小学校を作り学区を分けた。その学区の線引きで揉めたのが、わずか十年ほと前のこと。
その後も新築マンションは増え続けている。

そうしたなかでこの米軍キャンプ跡地は手つかずのまま残っている。
金網に囲まれた内部は雑木林のようになっているのだが、私はここをかねがねニューヨークのセントラルパークのような公園にしたらいいナと思っていた。
朝霞市というのは東上線の駅でいうと、朝霞台、志木の近隣までが含まれる。そうして実は朝霞と朝霞台の間は川を挟んで谷となっており、朝霞台、志木近辺の住民が朝霞へ行くのは結構、しんどい。しかもこちらの方が全体的に住民が多い。
ところが朝霞の方に行政のサービス機関が寄っている。ま、これは地形的に仕方がないのだが、朝霞台、志木駅周辺の朝霞市民からすると人口が増えるばかりで公園も非常に少ない。
その意味では、この米軍跡地を完全な公園化し、無料の循環バスを走らせるような工夫をすべきではないかと思っていた。
ところがここに高層の公務員宿舎を建設するという。ま、そんなことをすると、朝霞の陸上自衛隊で観閲式が行われたとき、飛んでくる飛行機が激突するんじゃないかとも思うが(^_^;)、長らく市の最大の課題であったと土地をあっさりと公務員住宅用に明け渡すというのはなんとも不可解である。

そもそもなぜ、税金を投入してわざわざ公務員住宅なんぞを建てる必要があるのか。そんなことをするよりも、住宅手当を出して公務員は勝手に住居を探したほうが、よほど民間の不動産市場にとってもよろしい。
いやそうではない、やはりまとまった宿舎が必要というのならば、これは私は以前から思っているのだが、豊洲の東京都中央卸売市場(築地市場)の移転予定地を使ったらどうであろうか。
もとより築地市場を移転する必要などまったくない。あれはあの場所にあるからいいのであって、銀座にほど近いあの場所だからこそ外国人の観光地としても人気なわけである。老朽化したというのであればクラシックな外観にでもして建て直せばいいだけの話である(もちろんそのためにはいろいろと大変なことはあるが)。
ところがよりによって、土壌汚染が十分すぎるほど予想される土地に市場を移転するという。しかも都や御用メディアは安全だといいまくっている。
そんなに安全ならば、ここに公務員宿舎を建てればいい。近くにはららぽーともあるし、高級、高層マンションがどんどん建設されている地域で住民のレベルも高いだろう。豊洲からなら霞ヶ関界隈へ行くのも便利だし、朝の通勤も朝霞と豊洲では比較にならないほど後者がラクなはずだ。
公務員宿舎は豊洲に建てるべきである。

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2009/04/24

Motherhouseのバッグ

営業マンにとってバッグというのは必須かつ重要アイテムである。
40代も半ばを過ぎた身としては、最近、またミニノート・パソコンを持ち歩き始めたこともあって、とにかく軽いバッグがいい。でないと、モロに肩に来るんですね。
が、軽くて手ごろなバッグというのがなかなかないのである(というか、「これいいナ」と思うものは大抵、とても手が出ないようなプライスがついている)。

で、しばらく前から興味があったのがMotherhouseのバッグ。
この会社を立ち上げた山口絵理子さんが「久米宏 ラジオなんですけど」にゲスト出演し、話を聞いて以来、ずっと気になっていた。

山口さんは埼玉出身で、大宮工業高校で柔道をやっていたが一念発起して、「普通は大宮工業高校からは行けない」(と久米宏が言った)慶應大学へ進学。その在学中に確かニューヨークの国連で働いて、発展途上国の支援に疑問を持ってしまう。で、自分の目で現地を見てみようとバングラディシュへ行ってみる。そしてわずかな滞在期間の間に現地の大学に留学することを決めて帰国。慶應を卒業後、バングラディシュの大学で学び、さらに卒業後、現地でジュート(コーヒー豆が入っているような麻)を素材として使ったバッグを生産して売ろうと決意、会社を立ち上げる。
ここで彼女が考えたのは、このバッグが単に発展途上国で作られた安かろうという商品ではなく、有名ブランドメーカーのバッグと伍していけるだけのブランド力を身につけて、きちんとした価格で売れる商品にすること。それがバングラディシュの人たちの経済的自立を促すことになると考えたわけだ。

と、こういう話を久米宏相手にしているのがまだ20代の女性なのだから、この時の放送には聴き入ってしまった。

さて、このMotherhouse。直営店もあるのだが、今月は池袋の東武百貨店の催事に参加している。東上線沿線の住民としてはこれは嬉しい情報なので、昨日、東武へ行ってみた(本館2Fの3番地)。
すると以前、新宿の小田急百貨店で見た時にはなかったバッグがあり、価格もなんとか手が届く!(ちょうど1人分の定額給付金分ぐらい)。 しかも軽い!
ということで衝動買いしてしまったバッグが↓。

http://www.mother-house.jp/collection/line/mens/mh044.php

色は「ダークインディゴ」。
まだ昨日の帰りと本日の出勤にしか使っていないけれども、非常にいい感じである。
昨日は電車で隣の席に座っていた女性が某高級有名ブランドのバッグを持っていたけれども、「オレのはそーゆーバッグとちょっと違うんだよね」という気分も心の中に芽生える。まあくだらぬ心持ちではあるのだが、そういうイメージが浸透していくこと=ブランド力が高まるということでもある。
しかしなによりも「応援したくなる会社」の商品を持っているのは、それだけで気分がいいものだ。

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2009/04/12

八木啓代「ラテンアメリカと新自由主義」

尊敬する友人である八木啓代(やぎ・のぶよ)さんがついに(というか遅ればせながら?)、自らのページをブログ化された。

・八木啓代のひとりごと

早速、非常に刺激的なエントリーがアップされている。

*****
60年代から70年代にかけて、チリのアジェンデやペルーのベラスコ、パナマのトリホス、ニカラグアのサンディニスタといった「本気で貧困問題を解決しようとした」結果、アメリカ合衆国と富裕層の反感を買った政権が、暗殺やクーデターや(対立候補に外国資本から臆面もなく大量の資金援助を与えられた)選挙によってことごとく崩壊したあと、何が起こったかと言えば、答えは簡単。

小泉が日本でやったようなこと、つまり、新自由主義政策を、80年代のラテンアメリカで、もっとイケイケドンドンでやったわけ。

すでに幾多のすぐれた経済学者の方たちが指摘するとおり、新自由主義政策をやると、一時的に「好景気」な状態が生まれる。
これをもって、チリのアジェンデをクーデターで倒したピノチェトなどは、「自由主義の勝利」と言い回ったわけだが、所詮、それは一時的なものに過ぎない。

新自由主義という、富裕層を圧倒的に優遇し、福祉を切り捨ててゆくやり方は、結果的に弱者をさらに搾取することにしかならないから、当然ながら格差は拡大し、それが20年も過ぎると、弱者の側にある大量の貧困層は、社会に対して二つの大きな問題を提起することになるわけだ。

ひとつは、当たり前だが、治安の悪化。
食えなくなれば、人間犯罪に走りますわな。ジャン・バルジャンのような「飢えのため」までいかなくても、必死で仕事を探して、一生懸命働いてもワーキングプアでしかないなら、あほくさくなるのは当たり前です。
秋葉原事件じゃないけれど、人生に希望のない人間に、他者に対して思いやりを持てるわけもない。

もうひとつは、富裕層と大量の貧困層に別れて、中間層がなくなった結果、国民の購買力そのものが大幅に落ちる。
中南米の場合、主要産品は輸出用の第一次製品であることが多いので、これは直接的にすぐ影響をおよぼすわけではないにしても、長期的に見れば、やはり国内でモノがまともに売れないというのは、経済破綻への一里塚。

この80年代の新自由主義政策のおかげで、軍事政権は21世紀を松までもなく次々と国家経済を崩壊に導き、ハイパーインフレの中で、その座を追われたわけ。

で、そのあとをいわゆる民政(ただし、クーデターや軍事侵攻が起きたりしないように、米国が納得できる程度の穏健なやつ)が引き継ぐわけだが、それらの穏健派が、次々に敗北して、いまの、はっきり「社会主義を標榜し、キューバをモデルとする」と言い切っちゃうベネズエラのチャベスを皮切りに、「コカはボリビアの文化です」と主張して当選するエボ・モラレスという、もう、「米国に面切って喧嘩を売ることを怖いと全然思ってない連中」が政権をとってしまったわけだ。

それはどういうことかというと、大衆が、そんだけ、米国(というか、新自由主義)に対する憎悪感を募らせてしまったということ。
*****
詳細は↓
・ラテンアメリカと新自由主義

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2009/03/03

将棋界の一番長い日~頑張れ、谷川浩司!

将棋については駒の動かし方しかわからない。
だから自分で将棋を指すことはない。しかしNHK杯のトーナメントは時々見る。
それはプロ棋士同士が考えに考え抜いて指す一手一手、真剣勝負にのぞむ姿を見るのが好きだから。
そして棋界の動きにも興味がある。
なかでも名人戦とその挑戦者を決める順位戦は特別だ。
かかっているものが大きいほど勝負は白熱する。
しかも年齢にはまったく関係のない実力の世界。
たとえ元名人でも負ければ降格してしまう。
今日はそのA級順位戦の最終日、いわゆる「将棋界の一番長い日」である。
羽生名人への挑戦者が決まる一方でA級から2人の棋士が降格する。
その降格圏のなかに谷川浩司九段が入っている。
私は谷川九段を応援している。
理由は簡単。同い年なのである。つまり同世代の希望の星なのである。
A級という棋界の最高峰で、30代の脂ののりきった棋士たちと戦う46歳の谷川九段。
是非とも勝ってA級残留を決めて欲しい。
そうして来期以降、再度、名人戦の挑戦者になって欲しい。
心より谷川九段の今日の勝利を願っている。

頑張れ、谷川浩司!


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2009/01/21

公立学校の小中一貫教育で教育の質は向上するのか?

昨日は今年になって初めて落語を聴きに行った。柳亭市馬と橘家文左衛門がそれぞれ二席ずつ。個人的には市馬目当てで行ったのだが、文左衛門も非常に面白く、今後は文左衛門出演の落語会も気になってきた。

この会の前座には小朝の弟子という春風亭ぽっぽが出演した。まだ若い女性(というより女の子)で落語家になって日も浅いようだが、なかなかどうして淀みなく話す。前座としてはまあ聴けるレベルである。とはいえ、もちろん文左衛門、市馬の両師匠とは格段の差があるわけで、一人前の落語家になるためにはまだまだ修行を積まなければならない。

とここで話は急転。

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2009/01/09

麻生太郎は「売二(うりふたつ)」にうり二つ

かつてギャンブルレーサーというマンガがコミックモーニングで連載されていた。
関優勝という暇さえあればキャンブルをやっている競輪選手が主人公のかなり面白いマンガだったが、この関には売二(うりふたつ)という弟子がいた。
あるとき、この売のものすごい脚力を見た関は、「こいつを育ててカネ儲けをしよう」と思って、売の家族から二(ふたつ)を買い取る。ところがこの売二、競輪選手としての素質はあるのだが、とにかくバカ。いつも頭の上にプクプクと泡が浮いているというキャラクターだった。

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2009/01/07

派遣労働=人間版かんばん方式

いまさらながらだが、、、
鎌田慧の下記のインタビューを読んで、派遣労働は人間版かんばん方式、つまり人間をジャスト・イン・タイムに「調達」するシステムであることがよくわかった。

http://www.magazine9.jp/interv/kamata/index1.php

つまり労働者派遣法とは人間を対象とした究極のトヨタシステムなわけで、これからこの法律を表記するときには「労働者派遣法(通称・人間版トヨタシステム法)」とするといいのではなかろうか。

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2008/12/31

今年の○と× その2

立川談春の「赤めだか」に○。

その談春の高座は4回ほど聴いたけれども、とくに12月27日よみうりホール「三人集」(柳亭市馬、立川談春、柳家三三)での除夜の雪、棒鱈に○。ついでに柳亭市馬の掛け取りにも○。あっ三三さんも良かったです。

浦和レッズ対柏レイソル(埼玉スタジアム)での柏フランサのゴールに○。

http://jp.youtube.com/watch?v=9t2DUEKBlOw

これは観戦していて目の前で見たのだが、途中出場してほとんど何もしていなかったフランサが試合の最後の一瞬のチャンスをものすごい集中力でものにしてしまった。私や息子、そうして周りにいたレッズファンすべてがその瞬間、静まり返った。

ジェフ千葉をJ1に残留させたミラー監督に○。
毎年、戦力を引き抜かれながら上位に進出した大分のシャムスカ監督に○。
同様に鹿島のオリベイラ監督にも○(チームは好きではないが)。
企業にしてもスポーツにしても、やはりトップの力量がもっとも大切なことを実感。なかでもこの3人はみな言葉の使い方が巧みらしい。これこそが最重要ポイント。
その意味では、社長に復帰したスズキ自動車の鈴木修会長に来年は要注目。先日、日経でインタビューを受けていたのを読んだが、稀代の実力経営者がこの時代をどう乗り切るかは見ものだと思う。
ということで新監督にフォルカー・フィンケを選んだ浦和レッズに○。27日の「久米宏ラジオなんですけど」に電話出演した祖母井秀隆(千葉にオシムを連れてきた人)がフィンケに太鼓判を押していたことに安心。

今年もその「ラジオなんですけど」と田中康夫出演の「アクセス」に○。前者はゲストとのトークが絶品。後者は自分の考えの基本となることを示してくれる。来年はいよいよ選挙がある。田中康夫にさらなる期待を込めて○。民主党が政権をとったとき、おかしな方向にいかないように、是非、政権に入って欲しい。
来年は大変な年になる。そのとき基本となるのは「人間(じんかん)に光あれ=すべてのものに平等に光があたるように」という考え方だと思う。

30年ぶりに釣りにハマッたことに○。とくに太刀魚釣りは面白かった。

さて、こうしてみると少なからぬ○は自分が実際にライブで見たり聴いたり経験したことである。
Webの力や影響力がますます強まるなかで、しかし一方、だからこそライブの価値もまたますます上がるという伊集院光の説は正しい。

最後にもう一つ○を書きたいのだが、その前に今年、本ブログで書きかけて結局アップしなかったものが四つあった(最後まで書ききれなかった)。それは「講談社の月刊現代休刊」「日本テレビとテレビ東京の赤字転落」「本当に景気が悪くなるのは年明けから」、そうして「二人の学習院大OB」であった。最後のテーマは今上天皇と現総理大臣について書こうとしたものだが途中で挫折してしまった。

ということで今年の私の最大の○は、世間の人にはまったく興味もないし知らないことなのだが、、、
本当に長い間(10年以上)低迷を続けてきたあるラグビーチームにようやく復活の兆しが見えたことに◎。
時間があれば↓の2分25秒のタックルを見てみてください。この凄まじいタックルが一つのチームをChangeさせた。

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2008/12/16

「転向」したという中谷巌の品性

今朝の日経に中谷巌の新刊の広告が出ていた。
タイトルは『資本主義はなぜ自壊したのか-「日本再生」への提言』。宣伝文句は、

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これは私の「懺悔の書」である
「構造改革の急先鋒」といわれてきた著者は、なぜグローバル資本主義に疑問を!?
広がる格差、止めどない環境破壊、迫り来る資源不足、そして未曾有の金融危機--すべての元凶は新自由主義にあった。構造改革は日本人を幸福にしたかを検証する。
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となっている。
つまり小泉構造改革の旗振り役だった人物が宗旨替えをしたということらしい。
そこで書店へ行ってパラパラと立ち読みをしてみた。
すると、やはり自分がいわゆる新自由主義、市場原理主義といった小泉構造改革の旗振り役だったことを記した上で、しかしそれが今になって間違いだったことを認めるという内容であった。
中谷の表現ではそれは「転向」であり、宣伝文句にもあるように、だから懺悔の書としてこの本を出版したらしい。

パラパラとながめただけなのでこれ以上、内容については詳しくは書けないのだが、それにしても私の記憶でもこの中谷という人物はワールドビジネスサテライトやニュースステーションなどにも頻繁に出演し、とにかく世論を“小泉改革”支持へと導いた元凶の一人で、その結果が今日の格差社会や雇用不安を生んだことは衆目の一致するところだろう。
つまりこの人物のお陰で非常に多くの人が苦況に陥っているわけで、明らかに現在の状況に対する責任がある。
そういう人物が「転向した」といって本を出版することは、版元(集英社インターナショナル)からすれば「ウリ」となる。つまり本を売る(=金儲け)きっかけになると考えるのは自然な話だが、問題は中谷もその話に乗ったということだ。
ちなみにこの本は四六判ハードカバーで定価1,765円となっている。
世の中の人をさんざん間違えた方向に導いた末に「私は間違っていました。本当に正しいのはこうでした」ということを知らせるにあたって、この大不況のご時世に「内容を知りたければ1,765円いただきます」というのだから呆れた話である。

今の時代、ブログを開設して無料で情報を提供することなど誰にでもできる。
せめて中谷がそうやって「私は間違えていた」ということを多くの人に告白し懺悔するのならば、まだ情状酌量の余地もある。が、さんざんぱら人をだましておいて「本当のことを教えてやるから1,765円払え」というその品性、感性が理解不能である。
おそらくこの本の初版は5,000部ぐらいがいいところだろう。いまどき1,765円を出して本を買うという行為だってそうそう簡単にできるものではない。それほど世の不況感は強い。
にもかかわらず平気でこういうことをやっている中谷というのは、つまり転向しようが何しようが本質的には何もかわっていないということである。

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2008/11/28

「~~というのであれば」という用法

今朝の新聞を見ると、例の「たらたら飲んで食べて何もしない人の分のカネを何で私が払うんだ」という発言について、アソーが陳謝したと書いてある。
曰く「私の発言の一部が誤解を与えて、病にある方に不快な思いをさせたというのであればおわびする」。
ま、「~~~というのであればおわびする」というのは、政治家が良く使ういつものフレーズではあるが、、、

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2008/11/07

筑紫哲也氏の訃報

筑紫哲也氏が肺ガンのために亡くなったという。
筑紫氏といえば朝日ジャーナルの元編集長、そしてTBSニュース23のキャスターとして有名であるが、私がもっとも筑紫氏らしかったと思うのはテレビ朝日で放送されていた「こちらデスク」だった。
この番組が放映されていたのは私がまだ中学か高校ぐらいの頃であったはずだが、ほぼ毎週見ていたと記憶している。内容も面白かったが、むしろスタジオでタバコを吸いながら(今では考えられないが)、あるいは水割りらしきものを飲みながら議論をする新聞記者、なかでも筑紫氏のことを単純にカッコイイなあと思ったものである。
当時、この番組に対しては政治からの圧力も相当なものがあったはずで、そのことについて書いた筑紫氏の原稿も食い入るように読んだ。

朝日ジャーナルでは、編集長をやっている時よりも、むしろそれ以前、確か副編集長として立花隆氏とともにロッキード事件に取り組んでいた頃の方が輝いていたと思う。
先日、筑紫氏が編集長になって最初の号の朝日ジャーナルを偶然にも見る機会があったのだが、この号はまだ表紙も誌面も前編集長までの体裁そのままで巻頭特集は「よみがえれ、不良精神」というタイトルの藤田省三氏と筑紫氏の対談であった。
その後、筑紫氏は大胆な誌面改革をして浅田彰を初めとするニューアカ・ブームを作り出した。また田中康夫のファディッシュ考現学も筑紫氏が編集長の頃に始まったと記憶しているが、この連載は私が田中康夫という人物に注目するきっかけとなった。さらに立花氏のロッキード裁判傍聴記も当時は熱心に読んだものだが、ただ誌面全体のテーストは、筑紫氏が意識的に朝日色を薄めようとしたことで本来朝日ジャーナルが持っていたいい部分までが失われてしまった印象があった。
なので私は筑紫氏の朝日ジャーナルよりも、その次の編集長だった伊藤正孝氏(故人)の朝日ジャーナルの方が好きだった。

話は脱線してしまうが、田中康夫は新党日本の候補者としてなぜ有田芳生に声をかけたのだろうと最初は思ったのだが、よくよく考えてみるとこの2人は伊藤正孝氏でつながっていた。

さて、筑紫氏はその後、再びテレビの世界に戻り、ニュース23のキャスターを長年続けたわけだが、正直、私はこの番組はあまり見なかったし(もちろん時間がないこともあるが)、たまに見ても筑紫氏の発言には「?」を感じることが少なくなかった。そもそもこの番組は「こちらデスク」と比較すると圧倒的につまらなかった。

とはいえ、個人的に非常に影響を受けたジャーナリストの死はやはり残念である。
折しもアメリカではオバマが次期大統領に決まった。
筑紫氏はこれを見届けたのだろうか?
どんな感想を持ったのだろうか?
是非、聞きたかった。

筑紫哲也氏のご冥福をお祈りする。

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2008/11/06

好きではないけど大した国~オバマ当選の感想を少しだけ

フィデル・カストロが好きな私は基本的に反米である。とくにこの8年間はある意味、心地よく反米していたのであるが、今回の大統領選挙の結果を見るとやはりアメリカという国に畏敬の念を抱かざるを得ない。
口先だけで新自由主義だとか競争などと唱えながら世襲が跳梁跋扈する国と、完全な競争を勝ち抜いて黒人の大統領を誕生させる国とでは彼我の差は明らかである(もちろんアメリカの差別構造がなくなったわけではないが)。

考えてみると2000年以降、森→小泉→安倍→福田→麻生と続いた自民党政権がそれなりに持ちこたえられたのは、アメリカの大統領が日本並みにバカだったからではなかろうか。
ブッシュと小泉、あるいは安倍、福田が並んでいる映像というのは、おぞましいけれども両者のレベルがほぼ同じという意味では鑑賞に耐えられた。ブッシュと麻生でもおそらくそうだろう。
が、オバマと麻生がもしツーショットで並んだ映像を見たら、、、
これを想像するだけで私は慄然としてしまうのである。
これはおそらく日本にとって国辱的な映像になるだろう(別に相手に辱められているわけではなく、とにかく自分たちが情けないという意味で)。
とまあそんなことを考えると、麻生が「オバマにすぐには会いに行かない」といっているのは正解だと思う。オバマ当選にあたって「日米同盟をさらに強化云々」という最低のコメントしか出せない人間がノコノコと訪米してオバマと並んだら、あまりのレベルの差に国民の士気がさらに下がるし、日本の国際的な地位はさらに失墜する。つまり国益を損なうわけで、もはや日本の民主党も「自分たちの選挙に有利になるならば、麻生がどれだけ恥をかいてもかまわない」などという考え方は捨てて欲しいものだ。

日本では過去の植民地支配について「侵略国家は濡れ衣」などと発言した(しかもそれがアパグループの懸賞論文だというのだから呆れる)現役の空幕長に対して、役職は更迭されたが6000万円もの退職金が支給されるという。
一方、アメリカでは共和党員であるパウエルが選挙戦中にオバマ支持を表明した。イラクでの日本人人質事件の時のコメントといい、このパウエルという人物の発言を見ていると、アメリカと日本では制服組のレベルにも雲泥の差がある。

このたびの大統領選を見て、私は依然としてアメリカという国を好きにはなれなかったが、しかし「大した国だナ」と思った。

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2008/10/26

これはひどい


未曾有の危機が迫るなか、こんな男を担いでいる政権与党は、もはや気が狂っているとかしか思えない。

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2008/10/23

尋常でないほど増えている鉄道の人身事故

電車通勤をしている人ならば同じよう感想を持っている人が少なからずいると思うのだが、、、

ここ最近、とにかく鉄道の人身事故が増えていると感じる。
私は東武東上線と東京メトロ有楽町線を利用して通勤してもう15年以上になる。つまりバブル崩壊後の失われた10年あたりからこの路線を利用しているわけだが、ほんの数年前まで東上線や有楽町線のダイヤが人身事故で乱れてまいったということはほとんどなかった。私なんぞは「東上線で人身事故はほとんど起きないナ」とさえ思っていた。
ところが本当にこの1年ほど、とにかく人身事故でダイヤが乱れることが多い。
もちろん相互乗り入れでダイヤが複雑化たことも原因だろう。いまでは西武池袋線の人身事故の影響が有楽町線、副都心線にダイレクトに影響し、ひいては東上線の接続にも影響する。
しかし、それにしてもこの人身事故の多さは尋常ではないと思う。
最近は改札口やホームの掲示板に各線の運行状況に乱れがあった場合、その文字情報が流れるが、本当に毎日どこかで人身事故が起きている。
数日前にはまったく別の2線で人身事故によるダイヤ乱れが起きていた。

人身事故の統計というのがあるのかどうかはわからない。
マスコミ報道でもダイヤ乱れの情報は流れるが、人身事故が増えているというようなニュースはない。
が、電車通勤をしている営業職の私の皮膚感覚では、この人身事故の多さは尋常ではないと思うのである。

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2008/10/11

三浦和義氏のご冥福をお祈りする

いまwebのニュースを眺めていたら、いわゆる「ロス疑惑」の三浦和義氏が自殺したというニュースを目にした。
この「疑惑」は私が学生だった20年以上前、週刊文春に掲載された「疑惑の銃弾」という「スクープ連載」を発端に、日本中で話題となったもので、当時はすべてのメディアがこの文春記事を追って報道合戦を展開した。

一方で、この「疑惑」はメディアの報道のあり方というものを根本から問われたものでもあった。

なにしろあらゆる媒体が報道合戦を繰り広げた結果、それこそ「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とばかりに(そういえばビートたけしが出てきたのもこの頃で、当時の雰囲気をこのフレーズは的確に言い当てている)、ありとあらゆるメディアが三浦氏が「疑惑」とされた事件の犯人であるとの前提のもと、裏づけのないデタラメ記事を書き散らしたり、三浦氏の人権をまったく無視した取材を繰り広げた。
その背景にあったのは「自分たちだけでなく他のメディアもやっている」、「面白ければいい、視聴率が取れればいい」という考え方である。

結局、三浦氏は逮捕されたが、この際はメディアが作った信じられないぐらいの数のカメラの列の間を拘束された三浦氏が素顔のまま引き回されフラッシュを浴びるという「儀式」までが行われたと記憶している。

ところが三浦氏は拘置所の中から一人で裁判を起こしてこれらのメディアとの戦いを始めた。
そしてこの戦いでメディアは負け続けた。
さらに自身の裁判についても本件とされたものについては無罪を勝ち取った。
しかし、メディアの内部ではほとんど反省は見られなかった。
むしろ悪びれもせず、「当時はみんながしていたから自分もした」、「あの時は疑惑を取り上げれば視聴率が取れた、媒体が売れたから当然だった」と思ったはずだ。
そうしてメディアはいくばくかの慰謝料を払いながら、同じような事件があれば「ロス疑惑」と同じようにバカ騒ぎを繰り返した。

このような経過を経て、長い拘留から解放された三浦氏が、またぞろサイパンで今度はアメリカ側に拘留されてロサンジェルスに移送された。まずこのサイパンでの拘留について私は強い違和感を感じた。
一方で、ここまで負け続けたメディアの側は、さすがに当時よりも節度は保ったものの「やっぱりやってたはずだ」という「空気」をしたたかに漂わせることは怠らなかった。

三浦氏の「疑惑」が本当にあったのかどうかは知る由もない。が、少なくともこれだけのメディア(&権力)の総攻撃に対して、支援者はいただろうが基本的に“個人”として戦い、しかも一定の勝利を収めた三浦氏に対して、私は敬意を感じていたし、その気持ちは今でもかわらない。
個人的にはロサンジェルスに行っても頑張って欲しかったし、多分、彼ならそうするのだろうと思っていた。
しかし日本でのあまりにも長い拘留、そこからやっと解放された後にまた今度はアメリカ側からの拘束。そうして日本のメディアの反撃。
さしもの強靭な精神力をもってしても、これ以上、戦うだけの余力はなかったのだろう。
さらには年齢的なものもあったと思う。

この件で私がとても印象に残っているのは、三浦氏が拘留された当時の手記で、彼は自身の置かれた環境をして「日本は本当に民主主義の国なのか?」ということを常に問いかけていた。それは司法、メディアという権力の権化と対峙した人間のまさしく実感であり、しかもタブーだった。
つまり三浦氏は権力にとって鋭くとがった、しかもやっかいな棘だったのだと思う。

今回のサイパンでの拘束は日本とは関係なく、アメリカ側が勝手にやったもので、しかも本当に新証拠があったのかもしれない。
それはわからないが、私は日本の官&メディアという圧倒的な独裁権力を相手に一人で戦った個人として心から敬意を表するし、その死を残念に思う。

三浦和義氏のご冥福をお祈りする。

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2008/10/02

民主党の組閣名簿に期待すること

麻生太郎の国会での演説を見て(といってもじっくり見たわけではないが)改めて思ったのは、一国の最高責任者である総理大臣がここまで劣化したのかということである。
私は「日本の総理大臣は就任ごとに史上最低を更新する」という原則があると思っているのだが、麻生に至ってはもうマンガという他ない。アベシンゾーと同じレベルかそれ以上に生理的に受け付けませんね。
国会ではこの麻生の背後に河野洋平が座っているのが見えた。麻生は元々河野グループだったわけで、今回の総裁選では息子の太郎も麻生支持だったらしい。「河野親子なんぞは時々まともなことを言うナ」なんてちょっとでも思っていた自分が情けない。所詮は同じ世襲の狢だ。

とはいえ政権交代というのは、ここまで自民が劣化してもそう簡単なことではないとこれまでは思っていたが、田中良紹に「選挙に勝たないための組閣」とまで書かれてしまったこの内閣の顔ぶれを見ていると、案外と民主が地滑り的な勝利をおさめるような気もする。
もっともこーゆー私の予想というのは当たったためしがない(直近では、今回の総裁選で自民は小池百合子を当選させるのかと思っていたし)。

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2008/09/25

政権交代をそこまで恐れる理由を知りたい

自由民主党に集っている面々というのは、その党名から推測するならば、自由と民主主義を標榜しているはずだ。
では"自由民主"主義とは何なのか?
その定義の細かい部分は人それぞれに解釈が異なるかもしれないが、少なくとも公平、透明な選挙によって選出された国会議員の中で、より多数を占める会派が政権政党となること、その多数派とはあくまで国民のその時々の意思によって決まるわけで、つまりは政権交代という仕組みを肯定しているのが"自由民主"主義者であるはずだ。
実際、自民党の、それもこのたびの組閣で登用された閣僚の少なからぬ連中は中国や北朝鮮の一党独裁という政治体制を常日頃、大いに批判している。
ところが、、、

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2008/09/23

とにかく終わって欲しい

私の父親は戦後民主主義を標榜してきたが、1945年8月15日については“終戦”記念日でいいという論者である。いわく「あの時には勝っても負けてもなんでもいいからとにかく早く終わって欲しいかった。その意味では“終戦”というのはあの時の気分に合っている。それに“敗戦”などというと、負けたのは悔しいからもう一回やろうなどという連中が出てくる。だから“終戦”でいいンだ」

いま私の気分はこれと同様で、とにかくなんでもいいから自民党による政治が終わって欲しい。たとえ民主党が単独で過半数を取れなくても新党日本に国民新党、そして社民党が加わった連立政権ができればいい(というよりも民主が過半数を獲得しても連立を組むべきだと思う)。たとえそれに共産党の数を加えないと過半数が取れないならそれでも構わない。自公やマスコミは一斉に野合と批判するだろうが、とにかく反自公というその一点に絞って内閣総理大臣の指名を小沢一郎で統一できればそれでいいと思う。

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2008/09/11

総裁選などやっている場合か!

耐震偽装、教員不正採用、事故米、、、
この国の官僚はデタラメの限りをつくし1から10までウソをついたあげく、それが発覚すると「事態をすべて公表すると混乱するから」と居直る。
ところがその官僚を監督するべき内閣は脳死状態。
この期に及んで「自分たちには政権担当能力がある」とうそぶく連中は2週間近くにわたって総裁選のバカ騒ぎを繰り広げるそうである。
ひと言で言ってこの連中は国賊だ。

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2008/08/29

独裁権力のタガが外れる時

農林水産大臣が秘書の自宅を事務所として届けて経費を計上していた問題で、アルファブロガーで経済学者の池田信夫氏がこの秘書の自宅の隣に住んでいたことをブログで公表、話題になっている。
池田氏はこの秘書の自宅が事務所として使われている形跡は皆無で、これを国会で証言してもいいとまで述べている。

さらに池田氏は、何かと物議を醸しているグーグルのストリートビューを使ってこんなページまでつくった。
いまストリートビューの善し悪しは置いておくとして、これはこれでおそるべき説得力である。

ところで、これを見ていてふと思ったのだが、もしこのストリートビューがグーグルというアメリカの会社ではなく日本の会社が作ったものであったならば、おそらく政府・自民党は「プライバシーの侵害だ」として大騒ぎをしただろう。ことによったら警察権力を行使したかもしれない。あるいはマスコミを通じて大々的なキャンペーンを張っただろう。

しかし、世界でもっとも洗練された独裁権力をしても、このグーグルの力を止めることはもはやできない。マスコミという広報機関を使ってウソを垂れ流しても、いまやそのウソはバレてしまう運命にある。

そもそも独裁の本質は情報の独占にある。
日本ほど国民が情報から遠ざけられている国はないというのが私の意見だが、この秘書官宅のストリートビューを見ていると、ついにその独裁のタガが外れる時が来つつあるのかナと思うのであった。

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“国会偽員”はいらない

民主党のゴミが自ら自民党というゴミ箱の方へ行くという。結構なことである。そもそも代表になるという人物は民主党にいること自体が“?”で、“七奉行”ほどにも論評に値しない。
ま、世の中が変わるときには大きな流れと関係のないところに棲息している生物も妙チクリンな行動を取るのはよくあることである。
それにしても、、、
この動きを歓迎している自民党というのもとことん墜ちたものだ。いくら苦しくても民主党の比例区で当選した連中とは距離を置くぐらいの了見も見せられない。そもそも比例区で当選した議員がコロコロ所属政党を変えるというのはリーガルマインド以前の問題で、そういう“偽員”を引きずり込んででも既得権益を守ろうとする体質こそがいま問われているのである。

話は変わるが、、、
2カ月ほど前だったか、TBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」にゲスト出演した黒鉄ヒロシが言った「とりあえず議員の世襲はやめた方がいいんじゃないですか」という言葉がここ最近、妙に印象に残っている。
日本の政治が劣化した理由の一つは間違いなく世襲議員の増加にある。とくに自民党に世襲議員が多いわけだが、それは“与党の政治家”という商売がオイシイものであるということの証明である。
商売には当然ながらメシの種があるわけで、そいつが親から子へと引き継がれる利権だ。
始末に負えないのは、そういう利権を引き継いで議員になった連中が声高に新自由主義やら競争の必要性を説くことである。私に言わせれば世襲の連中というのもまた“偽員”だ。

そこで民主党への提案。
次期総選挙の公約の一つに“世襲禁止”を入れてはどうですか?
もちろん小沢や鳩山も世襲議員である。彼らもかつては自民党にいたわけで、あまりえらそうなことは言えないが、少なくとも一度は利権集団の外へ出たということを評価しましょう。
ただし政権を取ったら最後、自分も含めてすべての議員が絶対に子どもに世襲はさせない。それを公約することで初めてイカサマ新自由主義の対立軸になると思うのである。

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2008/08/22

いま問われているのは“了見”である

民主党の代表選は野田佳彦の出馬が焦点になっている。
野田は「民主党が政権担当能力を向上させるには、複数候補による政策競争などが明確になる代表選が必要と主張」(日経)しているそうだ。
この男、ぜんぜんわかっていない。
いますべての政党、すべての議員に問われているのは政策なんかじゃない。“了見”なのである。
もはや国民は自民党の個々の政策に対して呆れているわけではない。財政再建派だの上げ潮派だの、突き詰めれそんなことはどうでもいいのであって、要は既得権益まみれのデタラメ政治、今日の新聞報道で言えば総選挙を先延ばしにするために15カ月予算を組もうなどという、その姑息な了見に見切りをつけつつあるのだ。

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2008/08/12

教員不正採用の徹底調査こそ「安心実現」への道

第二次福田政権のスローガンは「安心実現内閣」であり、消費者行政に力を入れていくそうだ。
農相などは「消費者がやかましいから徹底してやっていく」という(これに対して福田首相は「『あまり適切な言葉でない』と述べ、不適切だとの認識を示した」(日経)というが、「あまり適切な言葉でない」と「不適切」はイコールなのだろうか?) 。
そこで、もし本当にこの内閣が国民の安心を第一に考えるのならば、何よりも優先してやって欲しいことがある。
それは大分県以外の都道府県のにおける教員採用の徹底的な実態調査である。

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2008/03/12

ある博士と立川談志

3月9日の日曜日、テレビのNHK・BShiで立川談志のスペシャル番組を10時間放送していた。
あいている時間にぼんやりと見ていただけなのだが、弟子や友人などいろいろな人たちが談志の魅力を語っているその画面を見ながら、またまたある博士のことを思い出した。
博士は談志が尊敬する数少ない人物の一人だったのである。

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2007/12/26

ある博士の思い出

「博士の愛した数式」を読んでいた間中、一人の博士のことが頭に浮かんでいた。
私が存じ上げていたその博士は数学者であったが、広い意味での社会学者でもあった。
「博士の愛した数式」の解説を書いている藤原正彦によると、数学者というのは奇人変人というのが通り相場なのだそうだが、私が知っている博士も強烈な個性の持ち主だった。

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