« 2014年11月 | トップページ | 2015年3月 »

2014/12/31

2014年の○と☓その3

以下は箇条書きで○と☓。

今上天皇のご健勝に○。
もはや今上天皇は安倍晋三に対する最後の「砦」である。

・天皇陛下お誕生日に際し(平成26年)

ところで、「平成」という元号であるが、これは「平に成る」ということだから、ある意味では「水平社宣言」の理念にもつながるのではないだろうか。
水平社宣言の最後の「人間に光あれ」の「人間」は「じんかん」と読むという説もある。「じんかん」とは「人と人の間」であり、転じて「すべてのもの」。つまり水平社宣言は「すべてのものに平等に光が当たるように」との願いが込められているというのだ。
天皇制と水平社宣言とは対極の位置にあるものだが、しかして今上天皇のお考え、あるいは行動は、「すべてのものに平等に光を当てよう」というところにあるのではないかと思うのである。

電子書籍のデータを読むのが仕事のため、今年もたくさんの本を読んだが、その中で印象に残った本をいくつか。

『どぜう屋 助七』(実業之日本社)
版元さんの話では、あまり売れていないということだが、データを読んだ私も妻も大変に感動した(聞くところによると、版元の部長も校了の時に“泣いた”そうだ)。
「浅草の老舗「駒形どぜう」を舞台に、幕末・明治の歴史の渦に翻弄されつつも、江戸っ子の意地と持ち前の明るさで店を守りぬく主人〈助七〉と、店に集う人びとの人生模様を描く、感涙必至の傑作歴史時代小説!」(帯より)

『いつかあなたも』(実業之日本社)
「在宅医療専門クリニック看護師の“わたし”と新米医師、院長らが、患者本人と家族、病とその終焉に向き合う。」(帯より)。
在宅医療に関するノンフィクションはたくさんあるけれども、小説は初めて読んだ。著者が在宅医療に携わった医師なので、リアリティがあり(実際、すべて実話を元にしているとのこと)、高齢の一人暮らしの母親を持つ身としては興味深く読まざるを得なかった本。

『江戸の貧民』

『33年後のなんなとなく、クリスタル』

スポーツ。
中日ドラゴンズに☓。
浦和レッズに☓と○。ミシャは持ってないのかな、、、
松本山雅FCに○。映画「クラシコ」を見てファンに(長野にも縁があったので)。
Jリーグ100年構想は着実に実を結んでおり、地域を、そして世の中を少しずつだけれども変えていると思う。

J3リーグに○。今年はスカパーオンデマンドを契約し、J1だけでなくJ2、J3の試合や結果もよく見たのだが、これがそれぞれに面白い。
来季は大宮がJ2に落ちたので、J2の試合を観戦しようと思う。金沢のパウロ田中が見たい。

J2昇格プレーオフ、J2、J3入替戦に○。レベルは低くてもかかっているものが大きい試合はしびれる。

最後に、我が母校、専修大学野球部とラグビー部の1部復帰に○。
とくにラグビー部は13年ぶりの復帰。
日本代表キャップ41を持つ部のレジェンド監督。村田亙氏を抜きにこの復帰はあり得なかった。
就任3年目。長い2部暮らしに慣れきったチームを改革、朝の4時起きで早朝練習、深夜まで選手との面接やミーティング。
単にラグビーだけでなく、心の教育までを実践。決してあきらめることなくポジティブになる精神を植え付け、最後の最後に勝利するという意識付けを徹底。
危ない試合を僅差で乗り切りながらシーズンを2位でフィニッシュすると、リーグ戦2部2位チームが入替戦で勝って昇格するのは初めてという快挙を外人選手抜きで達成。
優れた組織マネージメント力は将来の日本代表監督の候補になり得る人材。

以上、今年の○と☓でした。
良いお年をお迎えください。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年の○と☓ その2 ~ 自動車ジャーナリスト、徳大寺有恒氏がトヨタを批判できた理由

引き続き今年の○と☓。

自動車ジャーナリスト、徳大寺有恒氏の訃報に☓。
この徳大寺氏については、実はエントリーを書きかけていたのだが、今日までアップできなかった。
そこで、その書きかけのものを書き足して以下に掲載する。

--------------------
11月7日、自動車評論家の徳大寺有恒氏が亡くなった。
まずは心より追悼の意を表します。

私は徳大寺氏の訃報を聞いて残念でならなかった。
なぜならば、徳大寺氏の死は自動車ジャーナリズムのみならず、日本のジャーナリズム全体にとっても大きな損失であるからだ。

私は徳大寺氏とさほど深い親交があったわけではない。しかしながら都合四冊の本を担当させていただき(うちは二冊は経営評論家・梶原一明氏との共著)、その都度、氏の深い見識に目からうろこが落ちる思いだった。

ご存知の方も多いと思うが、徳大寺有恒はペンネーム。本名は杉江博愛(すぎえ・ひろよし)というお名前で、それがなぜ「徳大寺」になったかといえば、1976年に出版した『間違いだらけのクルマ選び』で本名を使うことができなかったらからである。

当時の自動車ジャーナリズムは(今もその傾向は強いが)、自動車業界と協調していくことが“常識”とされていた。
時はあたかも日本のモータリゼーションの隆盛期であり、マーケットは飛躍的に拡大していた。
そうしたなかで、日本の自動車メーカーが作ったクルマを一ジャーナリストが批判するということはあってはならないことだったのだ(杉江氏は当時、フリーランスの記者であった)。
ところが、当時杉江氏が所持していた初代フォルクスワーゲン・ゴルフと日本の全車種を比べた時、その差はあまりにも歴然としていた。それをそのまま書いたのが『間違いだらけのクルマ選び』であり、この本が雑誌媒体を持たいない(=広告と関係のない)草思社から出版されたのも必然だった。

『間違いだらけのクルマ選び』の出版後、自動車業界は大騒ぎとなり、犯人探しが始まる。
しかし一方、本当のことを書いた本は読者の圧倒的な支持を受けてベストセラーとなった。そして杉江氏は記者会見を開いて「自分が徳大寺有恒である」と名乗りでたのである。
以後、『間違いだらけのクルマ選び』は毎年改定されて出版されたが、徳大寺氏か筆を曲げることはなく、たとえトヨタのクルマでも日産のクルマでも「ダメなものはダメ」、そのかわりに素晴らしいクルマには賞賛の言葉を惜しまなかった。

つまり、徳大寺氏は当たり前のことをしたに過ぎないのだが、日本のジャーナリズムにおいてはこの当たり前のことが当たり前でない。
政治に対しても検察、警察に対しても、原子力に対しても、本来、ジャーナリズムは批判的な視点を持たなければならないが、もはや国民の目にも明らかなほど露骨に取り込まれていながら恥じるところはない。

そして、自動車業界においても、実は徳大寺氏のフォロワーはなかなか登場しない(逆にそれが徳大寺氏の名声をさらに盤石なものにした)。

私が担当した書籍は、いずれもビジネス分野に分類される本であった。
「徳大寺氏がビジネス本?」と思われるかもしれないが、徳大寺氏は実はクルマのことを話しているに過ぎない。しかし、「この会社からなぜこういうクルマが出てくるのか?」ということを突き詰めて考えると、それは優れた経営論へとつながるのである。

経営評論の第一人者であった梶原一明氏との共著は、自動車会社の経営者はよく知っているが、クルマのことは何も知らない梶原氏と、その真逆の徳大寺氏との組み合わせであったが、山に登るルートは違っても頂上で話がピタリと一致した。
そしてそこで浮かび上がったのは、「自分さえ良ければいい」というトヨタ自動車の体質が、自動車産業自体を歪めているという事実であり、厳しいトヨタ批判だった。

当時、私が在籍していた会社はトヨタから多くの広告をもらっている会社だったがゆえ、広告部からは相当に睨まれ、ゆえにこの本のサブタイトルには「日産」も加えたが、本当のサブタイトルは「トヨタの正義は日本の罪」であった。

001

これが普通のジャーナリストだと、「トヨタ(あるいは自動車業界に)睨まれるのは怖い。クルマも貸してくれなくなる」となるのだが、実はきちんと批判したところに大きな成功の鍵があったのである。

ただ、正しい批判に対して自動車業界の中に聞く耳を持つ人がいたということも事実だ。それはこの業界がもはや国内のみならず、国際的な競争をしなければならず、そこではドメスティックな常識は通用しないということを知っていたということもある(ここらへんが原子力や金融の世界とは違うところである)。

ともあれ、日本のメディアには、もはや徳大寺氏のような骨のあるジャーナリストがほとんどいなくなった。
閉塞感がますます強まるなか、徳大寺氏の訃報は本当に残念でならない。
--------------------

またまた長くなってしまったので、2014年の○と☓その3へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年の○と☓ その1 ~ 2016年体制を構築する原子力ムラ

昨年に引き続き、今年も当ブログの更新は滞ったけれども、facebook版の方は更新しております。

来年はもう少し更新頻度を以前のレベルに戻したいと思いつつ、今年も最後に○と☓。

まず解散総選挙と史上最悪の安倍政権の存続に☓と○。
もちろんこの政権は一刻も早く倒さなければいけないと思っているけれども、私は最近、行き着くところまで行かないとこの国は変らないのではないかと思っている(実は原発のメルトスルーというのは行き着くところなのだが、、、)。
今年読んだ本の中で、稲盛和夫が「組織はリーダーの器以上のものにはならない」と言っていた(偶然にも先ほど見たNHKの川上哲治の番組内で野村克也も同じことを言っていた)。
その伝で行けば、この国は安倍晋三という驚くほど知性の低い人間の器以上にはならないということになる。
この1年の日本という国家の劣化ぶりは、安倍晋三という人物によるところ大だと私は思う。

原発再稼働の動きに☓。来年はいよいよ川内原発の稼働が焦点になってくる。
原子力ムラはなりふりかまわず、それをきっかけに他の原発の再稼働も目論んでくる。
一方で福島第一の状況は、もはやどうにもならず、健康被害もいよいよ顕在化しつつある。

マスメディアに☓。この国の情報統制は、いまや戦時体制のそれであることを認識する必要がある。
今月BS-TBSで放送された「みんな子どもだった」のなかで久米宏は、「ニュース番組が時の行政府と結託すること自体が間違っている。マスメディアは反権力でなくては意味がない」と言いつつ、同志社大学の浜矩子教授の言葉を紹介した。
曰く「マスコミは条件反射的に反権力にならなければいけない」
マスメディアがそのように行動したのは、近年では鳩山政権時の鳩山由紀夫、小沢一郎に対してだけだったが、これは単に大量のデマゴーグをばらまくということでしかなかった。

そういう意味では、今、まっとうにメディアが機能しているのは沖縄のみであり、ゆえに沖縄県民はまっとうな判断ができ、ゆえに弾圧されるのだと私は思う。

野党、なかでも民主党に☓。
この12月の総選挙で民主党は勢力を拡大できなかった。
危機感を持つ人間は山のようにいるのに、それを取り込めなかったのは、前々回の総選挙からこの党が何もしてこなかったことの証明であると思う。
ま、そもそもリアル民主の面々で選挙に勝ったことなどほとんどないのだから、これは当然と言えば当然である。
そして、その面々の中から次の代表が出てくるのであろうから、依然として何も期待できない。
その打開策がちょっと見当たらないところに、危機の深刻さが潜む。

そうしてこのままいくと、2016年まで安倍政権は続くことになるだろうが、私は個人的にこの2016年というのは一つのキーポイントではないかと思っている。
というのも、この年は東日本大震災、福島第一原発の破局事故から5年という節目を迎えるからだ。

ソ連という国家はチェルノブイリの事故(1986年)から5年後の1991年に崩壊している。当ブログでは以前から述べていることだが、チェルノブイリとソ連の崩壊は決して無関係ではないと思う(それは小出裕章先生も同様の意見であった)。
まして日本の場合、福島第一原発の事故は依然として進行中であり、むしろ手のつけられない状況が顕在化しつつある(チェルノブイリでは1986年の年末までに、とにもかくにも石棺はできたのである)。
福島のみならず関東圏にも(東京都内にも)、本来であれば放射線管理区域に指定しなければならない場所が山のようにあり、しかもそこで普通に人びとが生活している。

この破局事故は紛れもなく有史以来最悪のものであり、人類が経験したことのない事態が進行しているというものである。そして、これからますます健康被害は増加していく。

そして原子力ムラの面々も、実はそのことは熟知している(安倍晋三がわかっているかどうかは定かではない)。
事故の深刻さに対する認識は原子力ムラと反原発陣営とでは、実は変わりはない。まったく同じなのである。
ただ、原子力ムラの場合は、それを認めてしまったが最後、自分たちの責任問題になる。
がゆえに、スクラムを組んで、なんとしても自分たちに類が及ばないように、あらゆる手を尽くしている。
それが現在の状況なのだと思う。
そして、それはチェルノブイリでも健康被害が顕在化した事故後5年以降のダメージを出来る限り少ないものにするために画策されているというのが私見である。
その意味で、原子力ムラは一体となって「2016年体制」というものを構築しているのではないかと思うのである。

では、その目論見は成功するのかというと、私は一時的にはまあまあの成果を出すかもしれないが、最終的には三つの原子炉のメルトスルーという圧倒的な現実の前に潰滅すると思っている。


長くなってしまったので、2014年の○と☓その2へ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/12/06

ある派遣社員から来たメール

以下、facebook版「誰も通らない裏道」に書いたものですが、若干修正して、当ブログにも転載します。

--------------------
ある会社に派遣で入っていた知り合いの女性から、「これ以上は契約を更新できなくなったので、来年春に辞めることになりました」というメールが来ました。

とても優秀な女性で、最初に入ったセクションでの働きぶりが認められ、すぐに隣のセクションに引き抜かれました。
正社員は始業時間にほとんど来ない職場で(そういう意味ではちょっと特殊)、必ず始業前に出社。朝から電話も取ります。
その上、本来の業務とは関係のない雑用までが降ってくるのですが、これも彼女がミスをしないからゆえ。

仕事は忙しく夜遅くなることもあるのですが、他の部署の正社員は終業時間になると帰宅する人も多くいます。
月に数日は帰宅が0時近くになる時もあるそうですが、正社員のように時間外の給与が割増になることはありません。

同じ派遣で少し前に入ったAさん(女性)も似たような状況だったのですが、彼女は自宅が遠く、深夜になると駅からのバスもなくなってしまいます。そこで職場の上司に「タクシー代は請求できるのでしょうか?」ときいてみたところ、さすがに「領収書をもらってぼくに回してください」と言ったそうです(この職場は、タクシーで帰宅する人も多いいとか)。ちなみにAさんも優秀で何回か契約を更新しましたが、最後は期間満了で会社を辞めたそうです。

彼女は内勤だったのですが、3年前から正社員と一緒に営業へ出るようになり、毎週行われる営業会議へも出席するようになりました。正社員の中には営業への異動を断って内勤のままでいる人もいるのですが、そんなことはできません。その代わり時給は多少アップしました。それでも正社員の給料とは比べものになりませんが、、、

私はある時、「それだけ仕事をしていのなら、もう社員にしてもらうことはできないの?」と訊いたのですが、「何回か契約を更新しましたが、派遣で営業をやる場合は3年という決まりがあるのでこれ以上はダメなんです」とのこと。
1年ほど前に彼女の勤務する部署出身の役員が社長に昇進したそうですが、状況は変わらなかったとか。

20代後半でスキルは十分。まさにこれからという人材。しかも扱っている商品は、若い女性をターゲットにしたものなのに、、、

彼女のメールの最後には、「有給休暇がずいぶん残っているので、それは消化してから辞める予定です」と書いてありました。
--------------------

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/12/04

解散総選挙 ~ 自民300議席でいいじゃないか

「『小室(直樹)先生いま何してらっしゃる?』って訊いたらね、『日本がどうやればこの間の太平洋戦争に勝てたかと思ってね』と言う。『そんなこと必要なんですか?』って言ったら『必要じゃないか、すべてのことに対して、どうしてこうなったかということを徹底的に調べるのは』と。『でも日本が勝ったらね、いいことないだろ』と言ったんですよ。軍人がえばるだけえばって。『それでいいんだと、えばるだけえばらせろと。そこで初めて立ち上がった時に日本のデモクラシーがあるんでね。それなくしてどこに日本のデモクラシーがあるか』って先生、さんざんっぱら言ってましたね」(立川談志)

各メディアが衆議院選挙の世論調査の結果を垂れ流している。

・日経
自民、300議席うかがう 衆院選序盤情勢

・読売
自公、300議席超す勢い…衆院選序盤情勢

どこもかしこも同じような結果である。
前回の総選挙あたりまでは、こういう予測を聞くと気分が悪くなったが、今回は実はそれほどでもない。
というのも、これは十分に予測の範囲内だからだ。

私の知り合いは「オレの選挙区は自民、共産以外は野田佳彦」とつぶやいていた。もうズッコケるしかない話だが、私の住んでいる選挙区も似たようなものだ。
ま、それでも今回は「とりあえず自民で」ということで、どうしようもない民主に入れるだろうが、そんな人が多いとも思えない。

そこで、以下に自民圧勝予測について個人的な感想をいくつか書いてみよう。

1 まず、メディアの報道ぶりを見て、この国が完全な戦時体制であることを再認識した。
2 選挙結果は多少の誤差はあっても自民圧勝だろう。

それを踏まえて、、、

3 自民300でもいいじゃないか。

こんなことを書くと、当ブログを読んでいただけるような方々からはお叱りを受けるかもしれないが、もちろん私だって本当は少しでも自民が減って欲しい(注1)。
しかし、少しぐらい減ったところで自公体制はこれからも続くことは間違いない。
だとしたら、いっそうのこと300議席でもなんでもとってもらって、アベシンゾーというキ○ガイにメチャクチャにされた方がいいんじゃないかとも思うのである。

といって、これは決してヤケクソで言っているわけでもない。
つまりもう、行き着くところまで行かないと、この「戦時体制」の洗脳状態というのはとけないのではないかと思うのだ。

と言いつつ、実は福島第一原発の破局事故で「行き着くところまで行った」と私は思っていたのだが、それでもまだ目が覚めず、立ち上がりもしないのであれば、まだまだもっとひどいめに会うしかない。

ちなみに──。
このままいくと、3・11から丸5年を経た時には、おそらくアベシンゾーがまだ政権にいるのだろう。
これは、私の知る限り私しか言っていないのだが(笑)、ソ連がチェルノブイリから5年後に崩壊したという歴史を鑑みると、3・11から5年というのは一つの節目なのではないかと思うのだ。
この時、日本はアベシンゾーが君臨する日本はどうなっているのだろうか?

とまあ、ここまで書いて、しかしやはりこれは若い人たち、後世の人たちに対してあまりにも無責任な言説であることは認めざるを得ないのだが──。


(注1)
この状況で、与野党の構成比が大きく変わることはありえないが、それでもアベシンゾーを退場させることができないわけではない。一番簡単なのは、アベが落選することであるが、まあ長州人に期待するのが野暮というもので、アホのような得票をするのだろう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年11月 | トップページ | 2015年3月 »