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2014/12/31

2014年の○と☓ その2 ~ 自動車ジャーナリスト、徳大寺有恒氏がトヨタを批判できた理由

引き続き今年の○と☓。

自動車ジャーナリスト、徳大寺有恒氏の訃報に☓。
この徳大寺氏については、実はエントリーを書きかけていたのだが、今日までアップできなかった。
そこで、その書きかけのものを書き足して以下に掲載する。

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11月7日、自動車評論家の徳大寺有恒氏が亡くなった。
まずは心より追悼の意を表します。

私は徳大寺氏の訃報を聞いて残念でならなかった。
なぜならば、徳大寺氏の死は自動車ジャーナリズムのみならず、日本のジャーナリズム全体にとっても大きな損失であるからだ。

私は徳大寺氏とさほど深い親交があったわけではない。しかしながら都合四冊の本を担当させていただき(うちは二冊は経営評論家・梶原一明氏との共著)、その都度、氏の深い見識に目からうろこが落ちる思いだった。

ご存知の方も多いと思うが、徳大寺有恒はペンネーム。本名は杉江博愛(すぎえ・ひろよし)というお名前で、それがなぜ「徳大寺」になったかといえば、1976年に出版した『間違いだらけのクルマ選び』で本名を使うことができなかったらからである。

当時の自動車ジャーナリズムは(今もその傾向は強いが)、自動車業界と協調していくことが“常識”とされていた。
時はあたかも日本のモータリゼーションの隆盛期であり、マーケットは飛躍的に拡大していた。
そうしたなかで、日本の自動車メーカーが作ったクルマを一ジャーナリストが批判するということはあってはならないことだったのだ(杉江氏は当時、フリーランスの記者であった)。
ところが、当時杉江氏が所持していた初代フォルクスワーゲン・ゴルフと日本の全車種を比べた時、その差はあまりにも歴然としていた。それをそのまま書いたのが『間違いだらけのクルマ選び』であり、この本が雑誌媒体を持たいない(=広告と関係のない)草思社から出版されたのも必然だった。

『間違いだらけのクルマ選び』の出版後、自動車業界は大騒ぎとなり、犯人探しが始まる。
しかし一方、本当のことを書いた本は読者の圧倒的な支持を受けてベストセラーとなった。そして杉江氏は記者会見を開いて「自分が徳大寺有恒である」と名乗りでたのである。
以後、『間違いだらけのクルマ選び』は毎年改定されて出版されたが、徳大寺氏か筆を曲げることはなく、たとえトヨタのクルマでも日産のクルマでも「ダメなものはダメ」、そのかわりに素晴らしいクルマには賞賛の言葉を惜しまなかった。

つまり、徳大寺氏は当たり前のことをしたに過ぎないのだが、日本のジャーナリズムにおいてはこの当たり前のことが当たり前でない。
政治に対しても検察、警察に対しても、原子力に対しても、本来、ジャーナリズムは批判的な視点を持たなければならないが、もはや国民の目にも明らかなほど露骨に取り込まれていながら恥じるところはない。

そして、自動車業界においても、実は徳大寺氏のフォロワーはなかなか登場しない(逆にそれが徳大寺氏の名声をさらに盤石なものにした)。

私が担当した書籍は、いずれもビジネス分野に分類される本であった。
「徳大寺氏がビジネス本?」と思われるかもしれないが、徳大寺氏は実はクルマのことを話しているに過ぎない。しかし、「この会社からなぜこういうクルマが出てくるのか?」ということを突き詰めて考えると、それは優れた経営論へとつながるのである。

経営評論の第一人者であった梶原一明氏との共著は、自動車会社の経営者はよく知っているが、クルマのことは何も知らない梶原氏と、その真逆の徳大寺氏との組み合わせであったが、山に登るルートは違っても頂上で話がピタリと一致した。
そしてそこで浮かび上がったのは、「自分さえ良ければいい」というトヨタ自動車の体質が、自動車産業自体を歪めているという事実であり、厳しいトヨタ批判だった。

当時、私が在籍していた会社はトヨタから多くの広告をもらっている会社だったがゆえ、広告部からは相当に睨まれ、ゆえにこの本のサブタイトルには「日産」も加えたが、本当のサブタイトルは「トヨタの正義は日本の罪」であった。

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これが普通のジャーナリストだと、「トヨタ(あるいは自動車業界に)睨まれるのは怖い。クルマも貸してくれなくなる」となるのだが、実はきちんと批判したところに大きな成功の鍵があったのである。

ただ、正しい批判に対して自動車業界の中に聞く耳を持つ人がいたということも事実だ。それはこの業界がもはや国内のみならず、国際的な競争をしなければならず、そこではドメスティックな常識は通用しないということを知っていたということもある(ここらへんが原子力や金融の世界とは違うところである)。

ともあれ、日本のメディアには、もはや徳大寺氏のような骨のあるジャーナリストがほとんどいなくなった。
閉塞感がますます強まるなか、徳大寺氏の訃報は本当に残念でならない。
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またまた長くなってしまったので、2014年の○と☓その3へ。

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