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2012/11/13

陸山会事件控訴審判決 ~ 問われるべきは検察の「クーデター」に加担したマスメディアの責任だ

小沢一郎の控訴審判決は無罪だった。当たり前の判決だが、それが新鮮に感じてしまうところに、この国の病の深さがあると思う。
以下はこの件に関する郷原信郎氏の連続ツイートをつなげたもの。

今日の小沢控訴審判決の要旨を入手して読了。一言でいうと、「指定弁護士惨敗」判決。一審判決では多少、検審や指定弁護士への配慮もあったが、控訴審判決は、遠慮なく正論でズタズタに斬り捨てている。指定弁護士は、控訴したことを後悔しているだろう。一審で止めておけば「惜敗」で済んだのに

予想以上だったのは、控訴審判決が、小沢氏の「虚偽性の認識」だけではなく、石川・池田氏の「虚偽性の認識」の一部も否定したこと。近く始まる秘書公判にも重大な影響を与える。石川氏に殆ど犯意らしき犯意がなかったとすると、秘書事件一審判決の「水谷裏献金隠し」の動機は宙に浮く

今日の控訴審判決、簡単にまとめると、指定弁護士⇒《大恥》、検察・登石(秘書事件一審裁判長)⇒《真っ青》と言ったところか

以下はIWJの岩上安身氏による郷原氏へのインタビュー映像。本エントリーで少し書き起こしもしたが、できればご覧いただきたい。



Video streaming by Ustream

「陸山会事件」の一審判決は、「政治的事件の政治的判決」(田中良紹氏)だった。そして今回の控訴審判決。郷原氏は言う。

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(一審、控訴審とも無罪なのは当たり前だが)私もここまでは予想していなかったのですが、単なる無罪判決ではないんですね。私の予想以上の判決でしたね。高裁がここまでの事実認定をきちんとしてくるとは、私も思わなかったですね。

ひとことで言うと、一審判決の段階では、石川さんたち秘書のレベルでは一応犯意があった、違法性、虚偽の認識もあった。しかしそれを小沢さんが認識していなかった可能性があるといって、小沢さんの虚偽性の認識だけを否定したわけですよ。ところが今回の今日の控訴審判決は、小沢さんの虚偽性の認識を否定しただけではなくて、石川さん、池田さんという秘書の、直接、収支報告書を記載した立場の人の虚偽性の認識も、少なくとも一部は明確に否定した。そしてはっきりは認定していない部分についても、「それで説明がつくと考えていた可能性がある」といっているので、これはこれから秘書の事件の公判が高裁で始まりますから、重大な影響があるということになると思いますね。

まあこんなことになるぐらいだったら、指定弁護士さんたちは本当に(控訴を)やめておけばよかったということになりますね。検察にとってももう、とんでもない控訴をしてくれたということだと思いますよ。

一審判決は、まだ多少なりとも検察審査会とか指定弁護士に対して遠慮したんですよ。あんまり正面から否定すると、まあちょっとカッコがつかないんじゃないかと思って配慮してもらっているのに、それをありがたく受け取らないで、『もうちょっとだ』と思ってしまったというね、本当に(指定弁護士は)何を考えているのかという話ですね。冷静に考えてみれば、あそこ(一審判決)はもう本当に善戦だったと。もうこんなデタラメな事件で、あそこまで惜敗の雰囲気を漂わせることができたのは御の字だったと思わなければいけないのに、調子に乗って、その最後のところで負けにされたのが気に食わないといって、正面から一審判決を批判したものだから、今回の控訴審判決では「思い上がるな」という意味ですよね。もう何を考えているのか?と。

ここまで高裁が踏み込んだ判断をするというのは、『ちょっとどうかしてるんじゃないか』という思いがあったと思いますよ。こんな事件で一審判決がこれだけの配慮をしているのに控訴したということに対して。
そういう意味では今回の控訴審判決は、一審、二審とより深まったわけですけどね。検察の無茶苦茶、暴走と比較すると、司法が最終的にはきちんとした判断をしたという、ある意味では歴史的にも意味のある判決なのではないかという気がしますね。
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この判決を受けて、日経の本日の朝刊は「強制起訴見直し迫る小沢裁判」という社説を掲載したが、見当違いも甚だしい。
なぜなら、小沢裁判の最大の問題点は、2009年の総選挙前の時点で、次期総理大臣の最有力候補だった野党第一党の党首が、まったく架空の「犯罪」をでっち上げられたことによってその座を追われたことにあるからだ。
この冤罪事件がなければ小沢一郎は総理大臣になっていたことは間違いない。当時、民主党による政権交代を期待していた人々もそれを当然と思っていたわけで、まさか数年後に野田佳彦などという人物が総理大臣に就いているとは思いもよらなかったはずだ。
ところが検察はその流れを冤罪をでっち上げることで断ち切った。これは民主主義に対する挑戦であって、検察による完全なクーデターである。
したがって、本来ならばこの検察の動きはマスメディアによって徹底的に批判されなければならないのだが、現実の動きはそれとは真逆で、マスメディアは検察に全面的に加担した。

昨日の日経夕刊の社会面には、「陸山会事件をめぐる主な経過」という表組みがあった。これを見るとその始まりは「2010年1月15、16日東京地検特捜部が元秘書3人を政治資金規制法違反容疑で逮捕」となっているが冗談ではない。
小沢一郎をめぐる一連の事件のそもそもの始まりは、2009年3月の「西松事件」である。
まさに総選挙を目前に控えたこの時期、東京地検特捜部は小沢の秘書を「西松事件」で逮捕し、その直後からリーク情報を徹底的にメディアに流すことで、世論のコントロールにかかった。

・誰も通らない裏道
小沢秘書逮捕報道~いま問われているのはメディア自身である

テレビでは政治評論家と称する連中や東京地検特捜部OBが小沢の悪質生を指摘し(郷原氏をのぞく)、マスメディアは小沢の「政治とカネ」を激しく非難した。
さて、ではその西松事件はどうなったか? これは当ブログでは何回となく書いてきたことだが、公判の途中で検察側の証人が検察の構図を否定したため、事件そのものがすっ飛んでしまったのである。
そこで困った検察が持ちだしてきたのが「陸山会事件」だ。

マスメディアに真っ当な感覚があれば、この検察の暴走を追及しなければならないが、ここでもメディアは検察の構図に乗って小沢一郎を叩きに叩いた。

TBSは「水谷検察と石川秘書の現金受け渡し場面」という、まったく架空の捏造ビデオを「スクープ」といって垂れ流した。フジテレビの「とくダネ!」では、田崎史郎というゴロツキ政治評論家がニヤニヤ笑いながら番組のオンエア開始と同時に、えんえんと小沢の悪口を言い続けていたものである。

それが、、、である。
本日のとくダネ!では、冒頭からやれ衆議院の解散だの、朝日新聞出版の橋下への謝罪をさんざんやって、田崎はお役御免。そして、それから1時間以上たってから、小沢のニュースをチラッと流して、司会者もなんのコメントも出さないままコマーシャルへ。田崎はまんまんとトンズラに成功だ。
しかしまあ呆れるのは、田崎にしても、あれだけ小沢叩きをしたのだから、せめて番組で判決に対する感想を述べさせるぐらいはするべきだし、それが言論人としての最低限の義務だろう。ところが「逃げた」ということは、田崎にとってもフジテレビにとっても、それだけ今回の判決は都合が悪かったということだ。

そして本日の朝刊。日経は前述のような社説を掲載したが、論点をすり替えつつもそれはそれで、さすがに今回はまずかったという雰囲気が節々に見える。社会面には「『筋書きありきだった』検察元幹部、反省の声」という見出しの記事もあり、「当時の捜査を知る元幹部は『誤った見立てに基づくストーリーありきの捜査だった』と指摘した」などと書いてある。自らの責任は棚に上げてはいるが、さすがにこれまでのような論調で小沢を叩くのは気が引けたのだろう。

ところで、私が購読しているのは日経だけ。そこで他の新聞についてはネットで社説を読んでみた。
結果、読売も毎日もどうしようもない内容だったが、なかでも頭抜けてひどかったのが朝日だ。
というのも、読売にも毎日にも、一応、検察の捜査に対する苦言がかろうじてある。ところが、朝日にはそれすらなく、依然としてただひたすら小沢を叩いているのである。
以下がその社説だが、この目を覆うばかりのひどさを「国民はしっかり見ている」。

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小沢氏無罪―政治とカネ、いつまで

 政治資金収支報告書にうその記載をしたとして強制起訴された小沢一郎衆院議員が、東京高裁であらためて無罪となった。
 追加の証拠調べがなく、結論は予想されていた。高裁は、実際に報告書をつくった元秘書らについても、わざとではなく、認識不足から一部誤って書いた可能性があると結論づけた。
 元秘書らは検察によって起訴され、一審で虚偽記載の故意が認められた。高裁の別の裁判長のもとで、あすから二審が始まる。そこではどう判断されるのか、行方を見守りたい。
 刑事責任の有無をはなれ、事件は「政治とカネ」をめぐる多くの疑問や不信を招いた。
 今回の判決も、問題となった土地の取引が本来報告すべき年に報告されなかったこと、元秘書が公表を先送りする方針を決め、不動産業者らと調整したこと――などを認めている。
 金や資産の流れをそのまま明らかにして、国民の不断の監視の下におく。それが法の精神ではないか。何億円もの動きについて、事実と異なる報告がされていた点に変わりはない。
 疑惑が指摘された当初、小沢氏は会見で身の潔白をあかす書類を示して追及をかわした。後にそれは、日付をさかのぼって急きょ作成したものであることがわかった。捜査や公判を理由に国会での説明から逃げ続け、一審の法廷では「関心は天下国家で、収支報告書は見たこともない」と述べた。
 こうした行いは国民と政治との距離を広げただけでなく、小沢氏への失望を呼び、活動の幅をせばめる原因にもなった。
 その自覚と反省を欠いたまま、新しい政党をつくって「第三極」の結集をうったえたとしても、広範な支持を得るのはむずかしいだろう。
 なげかわしいのは、他の政党や国会議員も同じだ。
 事件によって、「秘書に任せていた」「法律の知識がなかった」ですんでしまう制度の不備が、再び浮かび上がった。ところが、かねて課題の企業・団体献金の廃止をふくめ、見直しの動きは起きていない。
 抜け穴の多いしくみの方が楽だし、どうせ国民は忘れてしまうさ。そんな甘えがないか。
 氏が政治の中心にいるときは思惑ぶくみで事件を利用し、後景に退けば知らんふりを決め込む。政局優先のご都合主義が、既成の、とりわけ大政党への不信となって表れている。
 衆院の解散が近い。政治とカネというこの古くて新しい問題に、各政党はどう取り組むか。国民はしっかり見ている。
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