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2012/09/25

「プロメテウスの罠」の見当違い ~ 環境省と津田大介氏の対立は広告制作上の問題でしかない

9月21-23日の朝日新聞朝刊の連載「プロメテウスの罠」に、「はてな」に掲載された津田大介氏のPR記事に関する取材記事が掲載された。
この件については、畏友、「ざまみやがれい!」氏のサイトにfacebook経由の私のコメントも掲載されているが、過去にこの問題については自分でもエントリーを書いているので、ここで「プロメテウスの罠」に関する感想を、再度、書いておくことにする。
 まず、この記事の冒頭部分を引用する。

 ジャーナリストの津田大介は、今年2月16日、博報堂から下請けしたネットサービス会社「はてな」から、広域処理のPR記事をネットに書くように依頼された。
 依頼の主な内容はこうだった。
「がれき処理のげっ場や環境省の担当職員を取材する」
PR記事であると明記する
「うそは書かない」
取材経費と原稿料は、はてな側が支払う」
 環境省への批判を交えてもいいといわれ、津田は引き受けた。ツイートについては依頼はなかった。

この記事を書いたのは吉田啓という記者であるが、おそらく広告業界のことをまったくご存知ないのだろう(実際のところ、新聞記者や編集者にはハナから広告を馬鹿にしている、あるはいまったく無知である人は少なくない)。

まず、この記事は最初から表現が間違っている。「博報堂から下請けした」と書いてあるが、正確には環境省が博報堂を介して「はてな」にタイアップ広告を発注したのである。
これは以前のエントリーでも書いたが、「はてな」はブックマークニュースのスペースで、タイアップ広告をセールスしている。

株式会社はてな タイアップ事例集

このセールスシートの上段を見ていただきたい。はっきりと「記事広告タイアップ企画」と書いてある。
「はてな」の広告担当は、このセールスシートを持ち歩いて代理店などを営業に回っていたわけで、それが環境省の目にとまり、広告を受注することになった。つまり、きわめて真っ当な営業活動の成果であって、別に下請けをしたわけではない。

逆にこの記事を書いた記者に聞きたいが、では朝日新聞や朝日新聞出版で受けている多くのタイアップ広告は「下請け」なのか? そうではないだろうし、もしこの記者がそう思っていて、自社の広告担当に「お前らはどうせ下請けだろう」などと言ったら、広告担当者は全員激怒するだろう。「誰のお陰でお前の給料が出ているのか」と。

話を記事に戻すと、次に注目すべきは「PR記事であると明記する」という部分だ。つまり、「この記事は広告ですよ」と明記することで、きわめて当たり前の条件である。
たとえば、みなさんも手持ちの雑誌をパラパラとめくっていただきたい。その中に、「PRのページ」などと表記されているページがあると思う。これは、つまり「このページは記事ではなくて広告ですよ」ということを知らせるためのクレジットである。
編集記事と広告ページを区別することは大事なことで、だからこのようなクレジットを入れているのだ。

※注 ただし、近年はこのPR表記をせずにタイアップを掲載することも多い。つまり「記事のようにしか見えない広告」もあるのだ。これを「ノンクレジット・タイアップ」と呼ぶが、何を隠そう、私は広告営業時代、自分の担当する媒体でノンクレジット・タイアップを売りにしてセールスして歩いた。

「取材経費と原稿料は、はてな側が支払う」というのも、カネの流れを考えれば当たり前のこと。
クライアント(環境省)は広告掲載料(グロス)を広告代理店(博報堂)に支払う。そこからマージンを抜いた掲載料(ネット)を代理店は媒体社(はてな)に支払うのである。

※クライアントが代理店に支払う総額を「グロス」、そこからマージンを抜いて媒体社に支払う金額を「ネット」と広告業界ではいう。

おそらく「はてな」では、通常の広告掲載料金+取材費、津田氏への原稿料を含めた金額を提案し、なにがしかの金額でクライアント、媒体社の双方が折り合ったのだろう(あるいは広告掲載料金のみかもしれないが、どちらにしろ、津田氏へ支払われるギャラは、その料金からであって、「はてな」が別口で出すわけではない。こんなことは当たり前のことである)。

と、まあここまで書けばおわかりの通り、あの津田氏のはてなブックマークニュースの記事は、環境省をクライアントとした、タイアップ広告なのだ。

さて、このタイアップ広告は前編は首尾よく3月29日に掲載されたが、4月上旬に掲載予定とされた後編が実際にネットに登場したのは、6月8日だった。その間、「はてな」から掲載が遅れている旨の追記があったが、私はすぐに「揉めたな」とわかった。

以下は私の推測のまた推測だが、おそらく津田氏はこのPR記事という体裁が完全な広告であるという認識が薄かったのだと思われる(ここらへんは「はてな」の説明不足だった可能性もある)。ところが前編の掲載後にそれがわかり、後編については必死に広告原稿からの脱却(=環境省への批判を強める)をはかろうとしたのだろう。
であれば、揉めるのは当然のことで、何しろ環境省側は完全な広告だと思っているのだ。そして、この環境省の認識は正しい。
21日の「プロメテウスの罠」の締めくくりはこう書かれている。

 環境省廃棄物・リサイクル対策部は、津田と「はてな」の担当者に記事の書き直しを求めた。環境省の担当職員はつぶやいた。「PR記事なのに、なんでこんなことを載せなければならないのか」

これは当然のつぶやきだろう。なにしろこれは広告なのだから、媒体側がクライアントの要求を聞かなければならないのは当たり前のことで、朝日新聞の広告局においても日常茶飯に行われていることである(ま、この会社の広告部はいまだに殿様商売をしているのかもしれないが)。

ところが、続く22日の「プロメテウスの罠」は以下のように始まる。

 ジャーナリストの津田大介が、博報堂を通じて依頼された広域処理についてのPR記事執筆は、注文主の環境省から書き直しを求められた。
 批判もOKということだったので広域処理への異論も盛り込んだ。それがひっかかった。

21日付の冒頭でも「批判を交えてもいい」という条件があったと記載されている。それはそうだろう。
なぜなら、環境省のこの広告での狙いは、批判的な文脈がありつつも、津田氏が文章を書くことで、全体的な方向として広域処理は必要だという方向へ世論を持って行こうというものだからだ。
そして、この観点から見た場合、前編の原稿は実はなかなか出来がよく、環境省の意図した通りのものだったと思われる。

しかし、批判を交えてもいいといっても、あくまで広告なのだからNGワードに触れられては困るのも当然のことだ。
お断りしておくが、私は環境省が正しい主張をしているというのではない。しかし、広告という構図の中では、クライアントの意向を汲まないわけにはいかないのである。
「津田は批判部分を残そうと粘り、交渉は2カ月続いた。」(22付締めくくり)そうだが、私に言わせれば広告というものがわかっていないライターがグズっただけのことで、だったら最初からこんな話は受けなければいい。

最終的に、この後編は「環境省の言い分を加え」つつ「環境省への批判は残した」(23日付)とのことだが、これはクライアント的にギリギリ譲歩できる線で落ち着いたということである。

23日付の「プロメテウスの罠」では、こういう経緯の「はてな」問題と並べて、「たとえば環境省は、今回の取材にも条件をつけてきた。」と書いているが、広告とジャーナリズムはまったく別のものであって、朝日の取材と「はてな」の広告を同列に扱うこと自体、話が違う。

その朝日の取材では、細野豪志に対する取材の記事を事前に見せろと環境省がいい、これに対して記者は「新聞は官報ではない。全発言の掲載や事前検閲など問題外だ。」と勇ましい。
ま、当たり前の主張だが、二点だけ指摘しておく。
まず、津田氏の原稿に対する環境省の言い分は、事前検閲ではなく、広告原稿のクライアントチェックであるということ。
もう一つ、「新聞は官報ではない」というセリフは自社内で、記者クラブの発表情報を垂れ流している同僚に言いなさい。特捜部検事のリーク情報、東京電力の発表情報をただただ垂れ流しているのは新聞社自身であり、これぞ官報以外のなにものでもない。

話を元に戻そう。
はてなブックマークニュースにおける環境省と津田氏のトラブルは、ジャーナリズムをめぐる問題ではない。
タイアップ広告の制作進行上で起きた問題だ。そして、この種のことはタイアップ広告を作るうえではきわめてよく起こる。
つまり、この件から唯一の教訓を学び得るのは広告営業マンだけで、しかしてその内容は「タイアップ広告における事前の打ち合わせ、ライター選びはしっかりやらないといけない」という当たり前の事実だけである。

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コメント

>ひとつ質問が 様
私の理解では、「はてな」がセールスしていた広告枠を環境省が買ったのであって、これは元請け→下請けの関係ではないということです。少なくとも私の経験では、「クライアントから広告の発注が来た」という言い方は普通にしておりましたが、、、

投稿: 誰も通らない裏道 | 2012/09/26 09:14

私も広告から出版へと長く業界におりますが、

元請け=代理店、下請け=制作会社、または個人

という認識でしたが、なぜ下請けではなく、発注とご説明されているのか、わかりませんでした。お金や契約が、代理店を通し、直接ライターと結ばれているのであれば、発注でかまわないと思うのですが、確かに代理店からは発注したも言葉上は言えますが、仕事の大元が別にある場合は、代理店から下請けした仕事という風に言うのではないでしょうか?でないと、そもそも下請けという言葉が存在しなくなるのでは?

と疑問に思いまして、失礼とは思いましたがコメント欄にて疑問かかせていただきました。

投稿: ひとつ質問が | 2012/09/25 14:35

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