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2012/08/31

ACTA強行採決 ~ 「奥さん、『VERY』を読んでる場合じゃないんですヨ」

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 報道機関のガンは現代の記者クラブ制度だ……ということは、すでに耳にタコができるほど言われている。政治派閥の代弁者としての政治記者、財界業界のスポークスマンとしての経済記者、各官庁の広報担当係に成り下がった霞ヶ関記者。それなら「日本赤軍」や中核、革マルそれぞれの代弁記者が正規に振りあてられているかというと、こっちのほうは警察庁や警視庁の公安担当のあとを金魚のウンコのようについて行くか、クラブで警察発表されるものを、マージャンの合い間にデスクに送稿するだけの官報記者しかいない。それを現代のマスコミでは「報道の中立性」といい、この立場を堅持するのが、すなわち「言論の自由」を守り、日本を“なんでも言える国”(新聞標語)としてささえる新聞の役目だということになっているらしい。

丸山邦男『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』
「醜聞はマスコミのタブーか」より
(※初出は1974年12月『現代の眼』)
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先日、テレビ局(民放)で報道に携わる知人のtweetに以下のようなものがあった。

公共放送には、日頃から敬意を持ち合わせてはいるが…。
夜9時のニュース。野田首相が竹島問題で会見の日、沢尻エリカ映画を10分以上。本日はAKB前田卒業を大きく番宣。被災地、福島、原発、核廃棄物、尖閣、竹島、シリア、消費税、財政、オスプレイ、選挙…重要問題山積のなか、少々残念。

当ブログではいつも主張していることだが、「報じない」というのは立派な言論操作で、つまり「民は余計なことは知らなんでいい」という体制意志の発露である。
要はこの国の独裁権力者である霞が関にとって、国民が目覚めては困るのだ。

日本人の英語力の水準は世界レベルに比して劣っていることは、つとに伝えられている。これだけ長らく問題になっているにもかかわらず、なぜ事態はいっこうに改善されないのか。
突き詰めると、国家に「その気がない」ということだろう。
独裁権力にとって最大のテーマは情報をコントロールすることだ。島国という地理的条件に加えて、日本語という特殊な言語を使っている限りにおいては、メディアを抱き込めば国民は容易にコントロールできるのである(とくにその中心を担っているのがNHKと朝日だと思う)。

ま、それはそれでいい面もあって、デモクラシーマインドの欠片もない日本人は、戦後、文句も言わずにひたすら働き続けた結果、高度経済成長を成し遂げたわけだ。

しかし、当然、その過程でひずみは出る。だが、それを国民は何も知らぬまま(知らされないまま)3.11まで来てしまった。そのツケがモロに出たのが福島第一原発の破局事故だと思う。
これは日本の歴史上、というか世界史的に見ても稀な破局事故だ。私はさすがにこれで少しは世の中が変わるかと思ったのだが、権力はこれをキッカケにさらに独裁のタガを締め直すことに躍起になっている。

先日、半年に一度、雑誌の実売部数を公表するABC公差の数字を見ていたら、古巣の会社の「VERY」という雑誌が大変な伸びを示していた。漏れ伝え聞くところによれば、広告も絶好調だという。確かにこの雑誌の編集長は大変有能で、雑誌の出来もいい。
ただし、元々の源流がJJ(こちらの没落は著しい)にあるだけに、内容は消費の刺激一本槍、世田谷あたりに住む奥さんを念頭に置いた、言ってしまえばノーテンキな雑誌だ。
その雑誌の好調を示す数字を見て、私は「奥さん、『VERY』を読んでいる場合じゃないんですヨ」と心の中で呟いた。

もはや福島第一の事故は収束して、いつもの日常が戻ったと思っている人は多い。だが、放射能による影響が出るのはこれからだ。なにしろこれは津波による被害とはまったく性質の違うもので、東日本の広い範囲を壊しつつある。
マスメディアは消費税増税後の成長戦略がどーしたこーしたと言っているが、福島第一の破局事故の処理、及び住民の安全確保のコスト(+原発の今後の廃炉コスト、高レベル放射性廃棄物の廃棄コスト)を抜きにした成長戦略などありえない。そして、このコストを真剣に計算したら、成長戦略など吹っ飛ぶのは間違いない。それがわかっているから、政府は何もしないのである。

と、ここまで書いたところで、とんでもない動画があることを知った。

いやー、これは凄いですね。もう戦時中と同じです(というか、それよりももっと悪い)。

で、まあしかし、現代が戦時中と異なるのは、インターネットがあることだ。もちろん、ここに流れる情報も玉石混交だが、マスメディアによる大本営発表とはまったく違う情報も流れており、それがさまざまなSNSツールによって拡散されていく。
その成果の一つが、新しいエネルギー政策に関するパブリックコメントの結果だろう。

私のような者にとってはネットほどありがたいものはないが、言論操作に命をかけているこの国の権力からすれば、これほど忌々しい存在もない。
ゆえにACTAなるものが登場するわけだ。

本日、衆議院でACTAの強行採決が行われるという。その「こと」の重要性を知っている人がどれだけいるだろうか?

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2012/08/30

小室直樹のデモクラシー講座

小室直樹先生の未見の動画がYouTubeにアップされていた。
これが立川談志、桂三枝(現・桂文枝)とのからみだからそれだけでも面白いのだが、内容も大変に興味深い。
最初からご覧いただければそれでいいのだが、動画の下に少し書き起こしをしておきます。


《4分10秒あたりから》

談志「『先生いま何してらっしゃる?』って訊いたらね、日本がやればこの間の太平洋戦争に勝てたと、その思いがあってね、『そんなこと必要なんですか?』ってたら『キミ、必要じゃないか、すべてのことに対して、どうなしてこうなったかということを徹底的に調べるのは必要』とそれはそのとおりだと思う。『日本が勝ったらね、いいことないだろ』と言ったんですよ。軍人がえばるだけえばって。『それでいいんだと、えばるだけえばらせろと。そこで初めて立ち上がった時に日本のデモクラシーがあるんでね。それなくしてどこに日本のデモクラシーがあるか』って先生、さんざんっぱら言ってましたね」

小室「現在の日本ほどデモクラシーの誤解がはびこっている国はないですよ」

談志「簡単にいうと、どういう誤解が一番ですか?」

小室「どういう誤解といったって、一番日本人にとって理解ができないってのは、“政治家は公約を守らなくちゃならない”とこれがデモクラシーの第一歩ですけど、日本人に対してこれを理解させるくらい、困難なことはないですね

談志「ということは、公約は日本人は守らない人間なんですか?」

小室「そうなんです」

談志「守らない人間を守るもんだとしたところに無理があるということですね?」

小室「そうですそうですそうです。だからたとえば、青島が公約を守るって、あれだって守ると思ったらたちまちうやむや、守るのやめちゃいましたね。」

談志「あれが本来なんですか? 日本人の」

小室「だから、もしも政治家がですね、なんかの事情で公約が守れないということがわかったら、ただちに辞職しないといけない、本当は」

談志「そうすると、守らないだけの土壌がある、その土壌は直しようがないんですね」

小室「それがニッポン。というのはデモクラシーを理解してないから守らない」

談志「もともと守らないもんだというんだったら、あれは正当ですね。正当っていうより、ごく普通のことをやってるんですね」

小室「いや、だから、、、そうですね、“公約っていうのは守らなくていいもの”であれば。ということは日本人はデモクラシーの初歩の入門の手ほどきがぜんぜんわかってない、ぜんぜん理解できてない

談志「それを聞きたいんですよね。どうやっても日本人を分解すると、これは守らない性格のものなんだから、守ろうということをしちゃいけないんですか?」

小室「いや、だからそれだったならば、デモクラシーはやめましょうと」

談志「あ、そうか。デモクラシーってのは守ることなんですね」

小室根本は政治家が公約を守る。だからアメリカやイギリスでは、守れなくなったら、ただちに辞めなさいと、それだけはもう絶対ですよ

(中略)

小室「だからそれならデモクラシーをやめて独裁国家や専制国家にしましょうと。それだったらいいですよ」

談志「わいわい国家でいい、長屋国家でいいんですね」

小室「そうであるならば」

談志「デモクラシーにしないといけないんですか?」

小室「そんなことないですよ、それは世界中でデモクラシーでない国の方が圧倒的に多いですから」

談志「政治家が約束を守ることがデモクラシーなんですか? そうじゃないでしょ」

小室約束にもいろんな約束ありますけど、とくに絶対守らなくちゃならないのが公約。選挙の時の公約

三枝「それがデモクラシーの基本だと」

談志「それさえ守られていれば、デモクラシーが存在しているといいっていいわけですか?」

小室「そうですそうです。それを守っていれば」

↑で演説をしていいる人、この時点ではわりとデモクラシーを理解しているのかと思いきや、まったく理解していないただのスカタンだったわけですね(w。

それを「決める政治」だというのだから笑わせる。
メディアもこぞって消費税増税を支持したわけだが、この問題で問われたのは消費税増税の可否ではなく、デモクラシーマインドなのである。
野田がやっているのは「決める政治」ではなく、

「(国民を)キメる政治」

でしかない。

なおこの動画は、「いじめ問題」についても大事なことが語られており、(2)もあるので、是非、ご覧ください。

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2012/08/23

ブラック企業・東京電力の言い分を垂れ流すメディア

福島第一原発で57歳の男性が作業中に亡くなったという。

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福島第1原発の作業員倒れ死亡 今回で5例目

 東京電力は22日、福島第1原発内で男性作業員(57)が意識を失って倒れ、心肺停止状態で福島県いわき市内の病院に搬送されたと発表した。福島県警によると、男性は同日午後、死亡した。
 東電は「現時点では倒れた原因は分からない」としている。同原発事故の収束作業に当たった作業員の死亡は東電が把握しているだけで、今回が5例目。
 東電によると、男性は午前9時すぎから、防護服とマスクを着けて汚染水貯蔵タンクの増設工事に従事。同50分ごろに体調不良を訴え休憩室で休んでいたが、同10時35分ごろ、意識がない状態であおむけに倒れているのを別の作業員に発見された。
 男性は昨年8月から同原発で働き始め、この日の被ばく線量は0.03ミリシーベルトだった。累積の被ばく線量は約25ミリシーベルトという。〔共同〕
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日経のサイトにあった共同通信の配信記事だが、「5例目」とはすごい表現ですね。
人が亡くなっているのに「例」かよ。
記者の感性がいかに鈍磨しているか、この表現だけでもわかろうというものだ。

しかも、「東電が把握しているだけで」という注釈つきだ。つまり、東電が「発表」している以外にも作業者が亡くなっている可能性はあるのだろう。だったらそれを調べるのが記者の仕事だと思うが、「発表してくれないことはわからない」というのが、つまりこの記事のスタンスだ。

「現時点では倒れた原因は分から」ず、「累積の被ばく線量は約25ミリシーベルトという」という部分にしても同様である。
なにしろ、福島第一原発というのは、つい最近も作業員が線量計に鉛のカバーをつけていたことが発覚した、いわくつきの現場である。だったら、本当に累積25ミリシーベルトだったかを真っ先に調べるのがメディアの仕事だろう。
東電を取材すれば、「それは特定の業者がやっていたことだと」言い張るかもしれない。が、実際は3.11以前から同様のことが起きていたのだ。
↓は2007年4月の当ブログのエントリーであるが、是非、ご覧いただきたい。

・北朝鮮よりタチの悪い会社

もちろん、原発というのはどこでも同じ状況であるが、はっきり言えることは、東京電力というのは3.11以前も以後も、一貫してブラック企業であり、危険な団体なのだ。
にもかかわらず、依然として何か事が起きると、東電がのうのうと会見をして自社の見解を述べたて、それをメディアが検証もせずに垂れ流すという構図が続いている。

一方、昨日のエントリーでも触れた超高汚染のアイナメが福島沖で発見された件では↓のようなニュース映像があった。

「東京電力は来月末まで調査して原因を究明する方針」ってアホか!
そんなものは福島第一原発の破局事故以外にあるわけがないだろうが。
しかも、その事故の当事者、つまり犯罪者が原因を究明するというのだからお話にならないではない。
「漁が自粛されているから市場に出回ることはない」などと言っているが、この汚染は十年単位で続くもの、であれば早急に検討されなければならないのは、漁業者に対する抜本的な賠償だろう。にもかかわらず、そういう主張をするメディアにはほとんどお目にかからない。

↑の音声の前半部分では、小出助教が政府、東電に対して怒りをあらわにしている。
まったくもって当然の怒りだが、その政府や東電の言い分をひたすら垂れ流すメディアにも、私は同じだけの怒りを感じるのである。

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2012/08/22

今後の日本経済を考える上でもっとも重要なのは
福島第一原発処理コスト&既存原発の廃炉コスト
を算出すること
+「おまけ」

先ほど、散歩をしながら先週放送の「久米宏ラジオなんですけど」を聴いていた。
そのオープニングトークは8月15日に放送されたNHKスペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったか」についての感想を交えてのものだったのだが、その締めくくりで日本人の「先を見る目」のなさを嘆いた久米宏はトークをこう締めくくった。

「領土の問題でいま騒いでますけど、福島第一原発の周辺って日本って領土を失ったってことを気がついてないのかね? あれ領土がなくなっちゃったんですよ」

「久米宏ラジオなんですけど」 オープニングトーク

これは言われてみれば、まったくその通りなのだが、付け加えれば失ったのは領土だけではない。領海もまた失ったのである。

・Blog vs. Media 時評
超高汚染魚が出現:網羅性欠く東電調査に問題

史上最低の野田政権は、「将来世代にツケを残さないため」と言って消費税を増税した。もっともこの増税分というのは、公共事業にも回るらしい。まったく馬鹿げた話だが、一方で新聞社は社説等で成長戦略が重要だというようなことを書き始めている。

しかし私は思うのだが、今後の経済戦略を考える上でもっとも重要なことは、福島第一原発事故の処理にいったいぜんたいどれだけの金額がかかるのか、そして日本にある原発を廃炉にした場合の処理コストはどのぐらいになるのかを試算することではないだろうか。

最近、あまりニュースにならないが(もちろん意図的に黙殺しているのだが)、福島第一原発の1~3号機でメルトスルーした燃料がどうなっているかは、依然として誰にもわからない。東京電力は、「人間が近づけない部分はロボットでやる必要があり、その開発からしないといけない」というようなことを言っている。
いったい、その開発費はいくらなのか? そもそもそんなものを開発できるのか? 開発が成功して首尾よくロボットが目的を果たしたとしても、そのロボットは高レベルの放射性廃棄物になる。それはいったいどこに処分するのか?

こうした福島第一原発の処理コストだけで、おそらく莫大な金額になるはずだが、たとえば東京電力管内でいえば、どんなに少なく見積もっても、福島第一の5号機、6号機、そして福島第二原発の1~4号機も廃炉にするしかないだろう。
では、その場合、廃炉費用はどのぐらいになるのか?
もちろん、廃炉作業から雇用が生まれることはあるだろう。ただし、この雇用には被曝労働が伴う場合もある。その場合には労働者に対してきちんとした手当、保障を出す必要もある。
そういったことを一切合財ひっくるめて、いったいどれぐらいの費用がかかるのか。
間違いなく言えることは、これは一企業では賄えるはずはなく、必ず国民負担が必要になるということだ。
しかもそれは消費税5%分どころの話ではないと私は思う。

昨年、国会に参考人として出席した京都大学の小出裕章助教は、福島第一原発の被害について、「本当に賠償しようとしたら、東京電力が何度倒産しても足りない、日本国が倒産しても贖いきれない」とおっしゃっている。

国も東電もそれはわかっているから本気で賠償する気などサラサラないわけだが(その一方で意味のない除染を利権化してゼネコンにカネをバラ蒔いているのだから、本当にどうしようもないクソ政権である)、賠償以外にも福島第一の処理、廃炉費用が必要なわけで、しかもこちらは無視しようにもしようがない。いつかかならず発生する。
そして、これもおそらく東電が何度倒産しても捻出できない金額になるだろう。

したがって、繰り返しになるが、今後の日本経済を考えるならば、まず何よりも福島第一原発の処理コスト、そして原発の廃炉コストを算出することが必要だと私は思う。
もちろん、正確に算出することは現時点では不可能だろうが、しかしそれにしても目安となる金額がどれぐらいなのかを見通すことなしに、これからの日本経済を語ることはできないのではないか。
それが遅れれば遅れるほど、第二次世界大戦のように、傷口はどんどん広がっていくと思うのである。


※本日のおまけ
春先に当ブログで「はてなブックマークニュース」のタイアップ広告記事について取り上げたことがある。
これは環境省がクライアントで、執筆は津田大介氏であった。
私は別に津田氏を批判するつもりは毛頭ないが、しかし広告だという認識は必要であるということを書いた
実際、はてなでは、このブックマークニュースのタイアップ広告を、きちんとセールスシートを作って売っている。

株式会社はてな タイアップ事例集

私はこのはてなのセールスシートに、いつ津田氏の事例が載るのだろうと思って時々サイトを見ているのだが、なかなか掲載されない。
そこで、私がちょっと作ってみました(^_^;)。
ちなみに、タイアップ広告の事例集を作るのは媒体社の広告営業マンの重要な仕事の一つで、私も以前はよくこういうセールスシートを作っては広告代理店、クライアントに売り歩いたものだった。

Jirei


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2012/08/18

「週刊新潮」の「報道ステーション記事」を考える

先週発売の週刊新潮に『「テレビ朝日」看板番組の裏の顔 「報道ステーション」は闇金融に手を染めた』という記事が掲載されている。今週はお盆休みで週刊誌も休みなので、現状では最新号である。ちなみに、週刊誌は2週合併号となった場合、通常の号よりも発行部数を何割か上積みする。そういう部数の大きい号での「報道ステーション」ネタに私は「おっ、来たな」と思った。

ちなみに私は「報道ステーション」を日常的にはまったく見ていない。ただ、この番組が原発に対してそこそこ真っ当な立場で報道していることはネットからの情報で知っており、該当する部分の動画がアップされると削除される前に見るようにしている。
「このぐらいは最低限、報道しなければダメだろう」というぐらいの内容だが、マスメディア総崩れ状態のなかにあっては、残念ながらこの程度でも貴重な存在だと言える。

その「報道ステーション」が「闇金融に手を染めた」という。何事かと思って記事を読んでみると、要は『「報道ステーション」の制作会社(古舘も役員をつとめる古舘プロジェクト)の社長が闇金融に手を染めた?』という内容で、そこから「制作会社の社長」と「?」を取ってタイトルにしているわけだ。
古舘プロジェクトの社長が10人ほどの人にカネを貸していて、貸金業法違反の可能性もある。もし本当にそうであれば、これは闇金融だというのである。話にすればそれだけなのだが、前段ではさまざまな関係者のコメントを駆使して、この社長が怪しい人物であるということをこれでもかと印象づける。その中には「闇金の帝王と呼ばれている」とか「出資法違反の法外な金利で貸している(=闇金融のイメージ強調)」というコメントもある。
だが、実際にこの社長に取材すると、至極真っ当な金利で貸していることが判明。また人数も10人ほどで、これが「闇金の帝王」という立派な呼称に値するかは微妙なところだろう。
つまり、あとはこの社長の行為が貸金業法違反かどうかの問題で、それが立件され有罪の判決が出れば罪となるわけだが、『「報道ステーション」は闇金融に手を染めた』というタイトルは、現時点での真実とはかけ離れた事実のつぎというしかない(それが週刊新潮の伝統的な編集テクニックなのだが)。

ところで週刊誌という媒体は記者クラブメディアでないことはよく知られている。それが「週刊誌のジャーナリズムはゲリラ」と言われて評価される所以でもあるのだが、本当にそうなのだろうか?
その話をする前に、週刊誌がどのように作られているかをちょっと説明しよう。

週刊誌という組織のトップはもちろん編集長である(その上に発行人がいるが)。編集長の下に複数の班があるのだが、これは雑誌の「折」によって分かれている。一般に週刊誌というのは、グラビアがあり、ざら紙の記事ページがある。グラビアの中にもカラーとモノクロがあり、モノクロはニュースに対応する。記事ページも「折」によってその役割が異なり、外側の折(週刊誌の最初と最後のニュース記事部分)は締切時間がもっとも遅い。そして内側に入っていくほど締切が早くなり、そういう部分には連載モノが入る。
そしてこの折ごとに班があり、担当デスクがいて、その下に編集者いる。さらに各班にぶらさがった形で記者がいるのだが、社員なのは編集者までで、記者は契約である。
週刊誌の場合、取材をするのはこの記者で、記者がネタを編集に上げ、そのなかから「ゴーサイン」が出たものを取材して記事にしていく。

ではその記者はどこからネタを拾ってくるかといえば、これはもちろん一人ひとりがさまざまなネットワーク、ネタ元を持っているわけだが、たとえばニュース班の記者であれば、やはり重要な情報源はクラブ所属の記者ということになる。つまり、記者クラブに属さない週刊誌といえども、クラブと無縁でないのであって、いざとなれば権力が情報をコントロールすることは十分可能なのだ(先日、当ブログで読売新聞政治部著による『民主党 迷走と裏切りの300日』という本を紹介したが、この本の版元は新潮社だ。しかも読売新聞政治部による本はこの他にも数冊あり、こういった点からも、たとえば読売の政治部と新潮社の関係がうかがわれる)。

まあ今回の記事のネタ元が誰で、どんな経緯で掲載されたかは知る由もないが、しかしここ最近の報道ステーションの原発報道をふり返ってみると、やはり何かしらの「意図」を感じずにはいられない。そこで、以下に私の推測を週刊誌風に書いてみよう。

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原子力ムラの虎の尾を踏んだ? 古館伊知郎

いま売りの「週刊新潮」に『「テレビ朝日」看板番組の裏の顔 「報道ステーション」は闇金融に手を染めた』という記事が掲載されている。なんともはや、おだやかでないタイトルだ。早速、その裏を追ってみた。
「古館が虎の尾を踏んだんですよ」と声を潜めて話してくれたのは、テレビ朝日に近い関係者。
「報道ステーションは視聴率もいいし、バックに権力べったりの朝日新聞がついているから、内容も何の問題もなかったんです」
ならなぜ、今ごろ、こんなネタが出てきたのか。関係者が続ける。
「古館の原発に対するスタンスです。とくに福島第一原発については収束したというのが業界の一致した報道基準。もはや過去の話であって、大々的に報道する必要はない。むしろこれからは、広告復活に向けて電力業界と一致協力するというのが放送関係者の基本路線です。ところが古館が妙に原発に対して突っ張り始めたので、局のトップも心配していました……」(前出・関係者)
確かにここのところ、古館は原発に対してマスコミ的には尖ったコメントをし続けていたが、その発端となったのは、今年3月11日に放送されたスペシャル番組だった。古館はその中でこうコメントしたのだ。
「原子力村という村が存在します。 都会はこことは違ってまばゆいばかりの光にあふれています。 そして、もう一つ考える事は、地域で主な産業では中々暮らすのは難しいという時に、その地域を分断してまでも、積極的に原発を誘致した、そういう部分があったとも考えています。その根本を、徹底的に、議論しなくてはいけないのではないでしょうか。私はそれを強く感じます。 そうしないと今生活の場を根こそぎ奪われてしまった福島の方々に申し訳が立ちません。私は日々の報道ステーションの中でそれを追求していきます。もし圧力がかかって番組を切られても、私はそれはそれで本望です。」
ここから「報道ステーション」でマスメディアとしては“異例の”原発報道が始まった。これに対しては、テレビ朝日の中からも心配する声が上がったという。語るのは広告関係者。
「あの古館発言は禁句です。そもそも原子力ムラの中にはマスメディアも含まれていて多額の広告費が流れていました。3.11後もその流れはまったく変わっていません。にもかかわらず、その秩序を乱すのは、まさに虎の尾を踏む行為です」
一方、こんな見方もある。
「それでも最初のうちは容認されていたのです。あまり踏み込みさえしなければ、この程度の番組はむしろガス抜きになるという見方もありました。ただ、ここへきて首相官邸前での脱原発デモの規模が大きくなり、全国的な広がりを見せ始めたことで原子力ムラにも危機感が募ってきました。その流れで「報道ステーションもそろそろ叩いておかないと」ということになったんでしょうね」(放送関係者)
では報道ステーションはどうなるのか?
「週刊新潮はもともと権力にもっとも近いメディアで、これまでも反原発運動などを叩いてその見返りに広告をもらってきました。新聞や放送とはまた違った役割を持った権力の別働隊です。今回は原子力ムラがそういう雑誌を使って『これ以上やったら許さないよ』というシグナルをテレビ朝日に対して送ったのでしょう。もちろんそのことは番組関係者だってわかっています」(雑誌関係者)
今後の報道ステーションに要注目だ。
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──志木電子書籍からのお知らせ──
マスメディアの今日抱える問題点を30年以上前から鋭く指摘していた丸山邦男(政治学者・丸山真男の実弟)著『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』(1976年創樹社)は、志木電子書籍より好評発売中です。本書の中には「“新潮ニヒリズム”の正体」という章もあります。

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2012/08/16

ところで年金はどうなった?

先日、5月に急逝した父の年金を母の遺族年金に代えるための手続きをしに年金事務所へ行ってきた。
この手続きがなかなか大変で、真夏に80歳を越えた老母一人ではどうにもならないので、私が代理人として行ってきたわけだ。

戸籍謄本やら何やらをとって、やっとこさ年金事務所へ到着すると、なるほどこれが混雑している。
やっとこさ順番が回ってきて、年金の記録を調べてもらうと、どうもデータと年金手帳の記録が異なる。ただしこれは些細な差異だったため、とりあえずデータのままで申請をしてもらうことに。
パソコンのキーボードを叩く担当者。そして、母の遺族年金の額が算出されたのだが、開口一番、

「ああ、これはほとんどマックスで出ますね。すごいなー」

とのこと。父は大正14年11月生まれだったのだが、この世代がもっとも年金額が高く、その先はどんどん目減りしていく。再び、担当者曰く、

「ワタシなんて団塊の世代ですけど、もうどんどん減ってます」

そう言って彼は年齢別の年金額の表を見せてくれた。
それを見ると、50歳の私なんぞは団塊の世代よりもさらに悲惨である(もちろん、その下の世代はさらに悪くなる)。
改めて言うまでもないが、まことにもって年金というのは国家的詐欺という他はない。

しばらく前にタレントの母親の生活保護不正受給が問題になり、メディアが盛んに取り上げていた。もちろん不正受給がいいとは言わないが、話のスケールとしては国による年金詐欺の方が圧倒的に大きい。にもかかわらず、この母親を叩いているメディアや一部の国会議員は、木を見て森を見ずどころか葉っぱを見て森を見ずとしか言いようがない。

話を年金に戻すと、私は年金額の表を見ながら、ふと「ひょっとするとこの国の権力者は、国民の数を減らしたいのではないかな」と思った。だから、たとえば福島第一原発事故による放射能の影響を最大限に過小評価しているのではないかと。

で、そんなことをボンヤリ考えていたら、先週末、気弱な地上げ屋さんの人気ブログ「ラ・ターシュに魅せられて」のエントリーに以下のような部分があった。

********************
「ねえ、××サン? もう14年ですか? 年間自殺者が3万人超してるでしょ? 罪務省は・・何か方策無いのですか?」
赤門出身らしい
いろんな屁理屈並べたあと・・
ついクチを滑らしました。
「でもね、気弱な地上げ屋サン。 いまこの国の現状や・・将来の経済見通しからすると・・日本の人口の・・適正規模は・・7000万人がいいとこですよ」

驚きました。
年間3万人の自殺者どころか・・
3000万人以上死んでも・・
いや・・
ヘタすると・・
3000万人以上死んだほうがいい・・
と言う意味で、言ってたのかも知れません。 (苦笑)

・ラ・ターシュに魅せられて
「2人だけのハナシなんだから、代表変わったら無効? 輿石さん・・だから、代表変わる前に解散するんでしょ!」 野田佳彦
********************

これを読んで私は「ああ、やっぱりな」と思った。
ま、もちろん普通に考えれば、これはいくらなんでも冗談だろうという話だろうが、しかしこの国の官僚ならそれぐらいのことは考えかねない。それこそが霞が関の官僚だと思うのだ。

それにしても年金を巡るさまざまな問題というのはどうなったのだろう?
政権交代時には「ミスター年金」と呼ばれた議員が世間で大人気を博し、勇んで厚生労働大臣になったが何もできずに退任した。その後、この議員が年金で何かを発言したという話はとんと聞かない。
そうして、先日の消費税増税法案にはしっかり賛成していた。

次の選挙の争点は「脱原発、消費税、TPP」だという。それはそれで異論はないが、年金問題も忘れてはならない。

※参考リンク
・8月11日 北海道新聞社説「消費増税法が成立 国民欺く理念なき改革」

・120810 みどりの風 緊急記者会見

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2012/08/15

YouTubeより転載 ~ 孫崎亨vs.田中康夫

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2012/08/11

伊集院光の原発廃止論

久しぶりにラジオネタを(元々、このブログは政治やら原発のことやらばかりを書いていたのではなく、私の好きなAMラジオの話なんども好き勝手に書いていたのである)。

今週、月曜日深夜の関東圏のAMラジオ放送は、すべて「なでしこ対フランス」の試合の中継だった(それも音声はすべて同一。これを伊集院光は「バカですよね」と言っていたが、いたって同感)。
結果、深夜放送のキー局は通常の番組を流さなかったが、ネットしている局向けには通常の番組が放送された(これを「裏送り」ということはラジオマニアの私も初めて知った)。
したがって、私の愛聴番組である「伊集院光 深夜の馬鹿力」も関東では聴くことができなかっのだが、幸いなことに地方の友人が録音してくれて、その音源を貸してくれたので、この「裏送り」の番組を聴くことができた。

とはいっても、やはり関東圏のリスナーに配慮して、今回の放送はいつもやっている通常コーナーはなく(といっても「深夜の馬鹿力」の場合、伊集院のフリートークが圧倒的に長いのだが)、リスナーから来た質問に伊集院が答えていくという形がとられたのだが、そのなかに「最近、原発反対のデモが金曜日に行われていますが、伊集院さんは原発の再稼働についてはどう思われますか?」という質問があった(おそらくこういう質問も、通常放送であれば絶対に読まれないだろう)。
以下が、伊集院のそれに対する答え。

 えーと僕はですね、再稼働するしない、廃止するしないっていう議論より先に、“原発がなくなったほうがいい派”としては、国内の原発のなかで、まずこれはないねというものをすべて廃炉にするから始めたほうがいいと思うんです。
 結局、いまの段階だとゼロか100かみたいな議論に絶対なっていく、これはあまりスピード感があるものとは思えないんですよ。だから真ん中に、頭がいいというか悪知恵が働くというか、うまく揚げ足が取れたりとか理詰めでいける人が、じゃあそのいまある原発のなかで順位をつけてくださいと、いろんな総合的に安全だったり必要だったりしていくと、少なくとも今の稼働率でこの夏乗り切れているということは、いらないものが相当にあるはずなんです。そのいらないものに関して、廃炉の確定をガンガン出していった方がいいと思うんです。そうじゃないとなか、なかちゃんと実利が取れないような気がして……。
 なんでしょうね、今まで原発って安全と言われていたことも危険って言われてきたことも、どれもこれも、危険度ですら、原発を作ってる人側から教わったことばっかなような気がするんだよね。
 だからもう今や、たとえば歴史の教科書が全部ウソでしって言われたのとあんまり変わってないから、どうしていいかわからなんですよ、何か自分の中で原発に関して。ただこんなになくていいことは少なくても確定でいいだろうっていう、それだけでもやっていく価値はある気がするんだよね。
 そうじゃないと裏表ゲームになった時に、全部取られる、全部稼働に近いような状況が起こるような気がするんで、まず少なくとも全廃する、もしくは全稼働するという話をいった置きましょうと。少なくともいらないものを全部壊し始めましょうよという、停めて廃炉にすることをしましょうというのをやるのはいかがでしょうか?

ちなみに、伊集院は昨年3・11以降、つい先日まで奥さんと別居していた。
そもそも伊集院は大変な愛妻家だが、震災や原発の影響を心配して、奥さんを和歌山の実家に帰していたのである。

さて、そういう伊集院の原発廃止論はなかなか面白い。
確かにそういうモノ言いをしてみて、電力会社がどう出て来るかというのは見てみたい気がする。
だが──。
おそらく、こういう案を出しても、原子力ムラは一切、受けつけないだろう。
なぜなら、廃炉にしたら原発を解体しなければならない。ところが、このコストがどの程度になるのか皆目見当もつかないからだ。
しかも、そこから出て来る膨大な放射性廃棄物の最終処分地はどこにもない。
だいたいが、この放射性廃棄物は万年単位での管理が必要だが、なにしろ原子力ムラの連中は、福島第一原発を襲った津波は千年に一度のものだから想定外と言っているのである。そんな連中が万年単位の安全など確保できるはずもないのである。というか、そもそも万年単位の管理が必要という時点で、小出助教がおっしゃるように、それは科学ではない(ところが、実際にはその研究にもジャンジャカとカネが投入されている)。

伊集院も言っているように、現状ですでにこのクソ暑い夏を乗り切れている。ということは、原発はほとんど必要ない。だが、これを停止したが最後、電力会社には天文学的な額の廃炉コストが降りかかってくる。
東京電力について言えば、さらに福島第一原発処理という天文学的額のコストがプラスオンされる。
もし、このコストが降りかかってきたら、電力会社はどこもかしこも大苦境に陥る。
それだけは自分たちの生きている間は避けたい。だったら危険だろうがなんだろうが、とにかく動かしちまえ。後世に生きる人たちのことは知ったこっちゃないというのが、原子力ムラの立場だろう。
要は、自分たちが見たくないものを見ないために、危険を承知で原発を動かそうとしているのである。

昨日は消費税増税の法案が可決された。
野田という日本の憲政史上稀に見るウソツキ男は、「孫子の代にツケを残さない」ための決断だという。
誰が信じるか、そんなこと(財務省 外国格付け会社宛意見書要旨)。

一方、原発は作って稼働してしまえば、万年単位のツケが孫子の代に必ず残る。しかも、事故が起きればさらなる悲劇が起きる。
誤解を恐れずに言えば、たとえ財政が破たんしても山河は残るが、原発が事故を起こせばそれも残らないのである。

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2012/08/10

従米メディアの真骨頂
読売新聞政治部著『民主党 迷走と裏切りの300日』は
『戦後史の正体』の最高の副読本だ!

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 このように米国は、好ましくないと思う日本の首相を、いくつかのシステムを駆使して排除することができます。難しいことではありません。たとえば米国の大統領が日本の首相となかなか会ってくれず、そのことを大手メディアが問題にすれば、それだけで政権はもちません。それが日本の現実なのです。

孫崎亨著『戦後史の正体』より
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きわめて偶然なのだが、『戦後史の正体』を読んだ後に、読売新聞政治部『民主党迷走と裏切りの300日』(新潮社)という本を読んだ。
これがまあ、当ブログをご覧いただいているような方々にとっては、まさしく反吐が出るような内容なのだが、しかし『戦後史の正体』を読んでからこの本を読むと大変に興味深い。『戦後史の正体』の副読本といってもいいほどなのである。

今日の読売新聞を築いた中興の祖である正力松太郎が、この正力がCIAの協力者だったことは、もはや知られた事実だ。つまり読売は日本を代表する従米メディアである。
そこで、『民主党迷走と裏切りの300日』であるが、その内容をひとことで言えば、従米メディアの親玉による鳩山由紀夫と小沢一郎への罵倒である。

私は以前、「問題は最初にタイトルをたてること」というエントリーを書いたことがある。
これは週刊誌などでも使われる手法だが、マスメディアでは、まず取材をして様々な事実を掴み、そこから真実を探るのではなく、最初に目指す方向性のタイトルをたて、そのタイトルを成立させるべく事実を切り張りしていくということがよくある。そしてそれは、往々にして真実ではない。

問題は最初にタイトルをたてること

読売の現・主筆である渡辺恒雄は、よく週刊誌メディアを三流呼ばわりするが、この『民主党迷走と裏切りの300日』はまさにそういった類の本で、とにかくタイトルを最初にたて、あとはそこへ向ってあらゆる“事実”を切り張りする。
しかも、切り張りするのは“事実”だけでない。

(行政刷新会議)発足翌日の23日、2010年度予算概算要求についてヒアリングを始めたところ、民主党側から「当選したばかりの新人衆院議員を仕分け人に使うのは困る」とのクレームがついたのだ。「仕分け人」の人選を巡る事前の調整不足が原因だった。「選挙至上主義の小沢幹事長が横槍を入れたのでは」との憶測も流れた。(『民主党迷走と裏切りの300日』42ページ 下線部は引用者)
小沢の不満の背景には仕分けチームの仕事によって、小沢が新人議員に求めた、再選を目指した選挙区での活動重視の姿勢が崩れかねないとの思いもあった。同時に、仕分けチームの統括役を務める枝野と仙谷由人行政刷新相がともに、従来から小沢の政治手法に批判的だったことから、「小沢は仙谷らの邪魔をしたかったのではないか」といった憶測も呼んだ。(同43ページ)
その新人議員たちは国会召集後、毎朝、国会内に集められ、山岡賢次国会対策委員長ら国対幹部から指導を受けている。指導内容には首をかしげるようなものまである。
「ハートマーク付きの携帯メールを送らない」
「一斉にトイレに立たない」
 新人議員の中には「いくらなんでも子ども扱いだ」と反発する向きもあるが、だれも表立って言わない。「またあの人に激怒されるのが怖い」からだ。(同47ページ)
また、民主党内では、小沢幹事長が選挙での勝利を最優先に掲げているため、「『与党議員は国会審議に時間を割くより、選挙区での活動に集中すべきだ』と考えて、小沢が国対に指示したのではないか」と見る向きもあった。(同47ページ)

どうですか、吐き気がしたでしょ(^_^;)。
このような正体不明の“憶測”を駆使する一方、都合の悪い“事実”は黙殺する。

たとえば、小沢の「西松事件の違法献金事件」などと書いておきながら、その後、この事件が公判で雲散霧消してしまったことには一切触れず(つまり東京地検特捜部がいかに杜撰かということには目も向けず)、しらっと陸山会事件が登場し、石川知裕代議士が逮捕された“衝撃”を書き立てるのである。

もっとも、今からみると完全に墓穴を掘っている部分もある。それがたとえば以下のような部分だ。

超特大の新年会は、小沢が権勢の頂点にあることを見せつけるものだったが、出席者の中には一抹の不安を抱えている者もいた。この日(※引用者注 2010年元旦)、読売新聞が朝刊1面トップで「小沢氏から現金4億円 土地代の相談後 石川議員供述」と報じていたからだ。
 記事は小沢の資金管理団体「陸山会」が04年に購入した土地の代金を政治資金収支報告書に記載しなかった問題で、購入代金に充てられた現金4億円について、同会の事務担当者だった石川知裕衆院議員が東京地検特捜部の事情聴取に対し、「小沢先生に資金繰りを相談し、現金で受け取った」と供述していることを報じたものだった。(前掲書180ページ)

読売さん、小沢を追い込む重要な役割をいただいていたんですなあ、、、(w

一方、鳩山への罵倒の中身は、普天間基地移設問題をめぐる「日米関係」に端を発しているわけだが、ここで際立つのは読売の凄まじいまでの従米ぶりだ。

バラク・オバマ大統領のアジア歴訪を間近に控え、ホワイトハウスではこの日、対日政策を巡る国連安全保障会議(NSC)の会議が開かれていた。
 この会議が異例であったことは、NSCが前日、日本を最初の訪問地とするオバマのアジア各国歴訪に関する詰めの打ち合わせを済ませたばかりだったことからうかがえた。いかに日本を巡る問題がオバマ政権を悩ませているか、ワシントンの外交サークルはただちに感得した。(前掲書 56ページ)
国務省のイアン・ケリー報道官は「日米関係をどうしたいのかは、日本次第だ」と突き放す姿勢を示した。(前掲書61ページ)

アメリカとギクシャクしたり突き放されたりすることは、読売的には大変なことであるらしい。

2009年11月13日午後3時40分、オバマ大統領が大統領専用機「エアフォース・ワン」で羽田空港に到着した。日本国民の間に期待のあったファーストレディー・ミシェル夫人の姿はなかった。ワシントンの私立学校に通う娘二人、マリア(6年生)、サーシャ(3年生)の面倒を見るためだった。ホワイトハウスの報道官は、ファーストレディーとしての公務と同時に、何よりも子どもに対する責任を優先したのだと説明した。(前掲書67ページ)

夫人が来日しなかったからといってそれがどうしたというのか? そもそも「日本国民の間に期待」なんてあったのか? ファーストレディが来ないのはアメリカが怒っているからだとでもいうのか?
私はあえていうが、こんな調子だからこそ周辺国からもなめられるのだと思う。

ちなみに読売新聞社の安保観は、

 鳩山は「日米同盟の深化」を今後1年かけて協議することを呼びかけ、オバマも同意したと胸を張った。鳩山側近は「首相は非軍事分野での協力を重視していく意向だ」と解説する。
 だが、日米安全保障条約は、米国が日本を防衛する一方、日本は米軍に基地を提供することで成り立つ。在日米軍が日本の安定と繁栄の基盤を提供しているのは、紛れもない事実だ。この点を重視しない同盟の「深化」を米国は認めないだろう。鳩山が進めようとしているのは、「同盟の変質」にほかならない。(前掲書70ページ)

というものである。『戦後史の正体』を読んだ読者は、この認識が噴飯ものであることをおわかりいただけるだろう。

 

ダレスが日本との講和条約を結ぶにあたってもっとも重要な条件とした、日本国内に「われわれが望むだけの軍隊を望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する」という米国の方針は、その後どうなったでしょうか。

 答えは、「いまでも変わっていない」です。

 (中略)

 二〇〇九年九月から二〇一〇年五月まで、鳩山由紀夫首相が普天間基地問題で「最低でも県外」とし、「国外移転」に含みをもたせた主張をしました。これは日本の首相として、歴史的に見てきわめて異例な発言でした。日本側から米軍基地の縮小をもちだしたケースは過去半世紀のあいだ、ほとんどなかったからです。ですから鳩山由紀夫首相のこの主張は、米軍関係者とその日本側協力者から見れば、半世紀以上つづいてきた基本路線への根本的な挑戦でした。そこで鳩山首相を潰すための大きな動きが生まれ、その工作はみごとに成功したのです。(『戦後史の正体』142~143ページ 下線部は引用者)

故・丸山邦男(ジャーナリスト。丸山真男の実弟)は『遊撃的マスコミ論』のなかで日本のメディアが伝えるニュースについて、以下のように書いている。

 ひとくちに誤報といっても、ニュースが誤ってつたえられる過程で、さまざまなニュアンスの違いがみられる。三樹精吉氏の『誤報』によると、誤報は、①虚報、②歪報、③誤報、④禍報、⑤無報……の五つに分類されるという。「公正な報道」という観点からすれば、大小の誤報とその政治的社会的影響力にてらし、大体この分類に振りわけられると思う。ただこれに、私なりにちょっと手を加えさせていただくならば、次のような類別が可能ではないかと考える。
 ①虚報──三樹氏の規定どおり完全に事実無根の報道。
 ②歪報──文字どおり事実を歪めた報道だが、そこには(イ)誇報と(ロ)矮報の二種類がある。語法上おかしいかも知れないが、誇報とはある事実をとくに誇大につたえることであり、矮報とは何らかの意図で、逆に事実よりも矮小化して報道することを指す。
 ③誤報──報道機関の機構上の欠陥からうまれる過失や、作為はないが記者の軽率さによって生じるもの。
 ④禍報──意図はないが、周囲の状況や記事作成上の不手際から、読者に誤って受けとられるばあい。不作為の歪報。
 ⑤無報(あるいは不報)──何らかの事情で報道されず終いになること。これには意識的な黙殺、つまり「自主規制」によるものと、直接に外部から圧力が加えられてニュースが抹殺される「言論統制」によるものと、二つがある。
 ⑥削報──矮報と無報(不報)にそれぞれ近いが、ある部分にかぎって、外部からの圧力や自己検閲によって記事を故意に削除すること。
 ⑦猥報──戦後の「言論の自由」によってジャーナリズムに根づよく腰をすえたエログロ・スキャンダリズム。主たる原因はマスコミの過当競争だが、注意すべきは、いわゆる識者のいうように“劣情を刺戟”することに問題があるのではなく、むしろ既成の道徳観や性にたいする偏見から、故意に男女問題をスキャンダル化して報じることに、マスコミの偽善性が特徴的にあらわれている。

『民主党迷走と裏切りの300日』はこの①~⑥手法を駆使して、鳩山と小沢を叩きに叩く(ちなみに今年になって出てきた小沢夫人の件は⑦の変型だろう)。
そこには、選挙による初めての政権交代という歴史的意義、それはなぜ起きたか?(=自民党はなぜ有権者から見放されたか)というような視点はない。
しかし、そうやって読売が叩けば叩くほど、実は鳩山政権というのが、アメリカに対してクソ粘りをしていたことが見えてくる。私はこの本を読んで改めて、「鳩山政権はもったいなかったナ」と思わずにはいられなかった。

そう思いつつ本文を最後まで読み、何気なく奥付に目を落として驚いた。
この本の初版発行日は「2010年6月25日」。なんと前回の参議院選挙公示日の翌日なのであった。


──志木電子書籍からのお知らせ──
本エントリーで紹介した丸山邦男著『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』(1976年創樹社)は、志木電子書籍から電子化されて今月より好評発売中です。
電子書籍化にあたっては、新たに単行本未掲載の「ジャーナリズムと戦争責任」(1957年2月「中央公論」掲載)を付けくわえて再編集をしております。

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