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2012/07/31

マスメディアの正体 その2
広告とメディア
~「たね蒔きジャーナル」の打ち切りを考える

本日二本目のエントリー。
まずは以下のリンク先の記事をご覧いただきたい。

「憂国呆談」 (浅田彰、田中康夫)

この二人の対談は複数の雑誌を渡り歩いている。私はもう十年以上前になるだろうと思うが、自動車雑誌「NAVI」に連載されるようになってから読むようになったが、その後も「週刊ダイヤモンド」に移り、そして現在は「ソトコト」で連載されている。
田中康夫ファンの私は、できるだけ目を通すようにしているのだが、今回の「憂国呆談」を読んで一つ「ほお~っ」と思ったことがある。それはこの対談の中で浅田、田中のご両人が厳しい東電批判をしていることと関係している。
といっても、この二人が東電を批判していることに驚いたのではもちろんない。対談の内容自体は私にとっては至極当然でまことにもって腑に落ちるものだ。
では、何に対しての「ほお~っ」かというと、「ソトコト」が東電批判が語られている対談を掲載したことについての「ほお~っ」なのである。

3・11以前、「ソトコト」は東電のタイアップ記事を毎号掲載していた。私は以前にそのことについて、以下のようなエントリーを書いたことがある。

広告で雑誌のお里が知れる?

上記のエントリーでは書かなかったが、このタイアップにおける1号あたりの東電の出稿金額は、私の試算では500万である(ソトコトの広告料金から試算)。年間に直すと6000万。タイアップ記事なので制作費はかかるが、それは別途徴収しているはずだ。

広告という商売のうま味は、、それだけの金額がほぼ“真水”で入ってくるという点にある(上記の私の試算では、広告代理店が手にするマージンはのぞいてある)。つまり恐ろしく利益率が高い。そして、「ソトコト」の例でいえば、これだけのカネを出してくれるクライアントは第一級である。
であるならば、3・11以前であれば、このような内容の対談は絶対に掲載されることはなかった。
というのも、業界用語で言えば「記事同載」(同じ号に広告とそのクライアントのネガティブ記事が掲載されること)というのは絶対に避けなければならない、広告マンの初歩の初歩であるからだ。

かつて私は自分が広告営業マンだった時代、担当する媒体にどうしても入れたいクライアントがあった。そこで、その扱い代理店から調べて、細いツテをたどってようやく「お試し」ということで軽いタイアップ広告を掲載するところまで辿りついた。
ところが、その記事が掲載された同号の編集ページで、このクライアントのタブーに触れる記事があったのである。といっても、その記事は一つの特集で、その中の数行にそのクライアントの創設者についての表現があった。しかもそれは悪く書いてあるわけではない。だが、そもそも「触れること自体がNG」だったのだ。
これはもちろん、そういう記事が掲載されることに気がつかなかった私の責任である(もちろん掲載台割は確認していたが、この特集記事についてはタイトルだけが書いてあり、中身まではチェックをしていなかった)。
まあそれでも大きなもめ事にはならなかったのは幸いだが、少なからぬペナルティを科せられたものだった。

あるいは──
これは私自身の身にふりかかったわけではないが、やはり広告営業時代、ある雑誌の編集が超第一級のクライアントを怒らせてしまったことがあった。このクライアントは当時、私が勤務していた会社の複数の雑誌に非常に大きな出稿をしており、つね日頃から注意はしていたのだが、ひょんなことから広告部の気がつかないところでミスが起きたのである。
この時はしばらくの間、当該雑誌だけでなく、他にも出稿のあった全雑誌での広告が止まったものだった。この事態をなんとか打開するには、詫びに詫びるしかない。そして、最終的には、このクライアントのトップが会社を訪れ、出稿のなかった雑誌も含む(私の担当する雑誌はまったく関係がなかった)全誌の編集長が招集され、このトップの話(ブランド戦略等)を拝聴するということで解決が図られたのであった。

くどくどと書いてしまったが、つまり私がここで何を言いたかったかというと、一つの政権を葬り去るぐらいの強大な力を持つマスメディアも、広告主(それも大きな広告主ほど)にはからきし弱いということだ。
といって、「だから広告はいけない」と言うつもりは私にはない。電通や博報堂が裏でとんでもないことをやり放題やっているというつもりもない。
むしろ、本来、媒体社は広告主や広告代理店に対して最低限譲れないラインを敷くことこそが必要で、そこに媒体社の“見識”が現れると思う。
もっとも広告不況と呼ばれるなか、広告主の力は実際問題としてどんどん上がってきているのだが……。

・広告不況がもたらすマスメディアのもう一つの劣化

そこで本エントリーのメインテーマに移る。

毎日放送(MBS)のラジオ番組、「たね蒔きジャーナル」が打ち切られる可能性が高いという。

・ざまあみやがれい!

マスメディア総崩れ状態の今日、そのなかで一定のクオリティを維持しているのがラジオである。
それはテレビや新聞に比べて、「現場」の規模が圧倒的に小さく、かつ機動性があるからで、だからプロデューサーやディレクターの意向がわりと強く出せるのだと思う。

私は関東在住なので、関西圏のラジオを聴くことはできない。だが、この「たね蒔きジャーナル」については、その放送がYouTubeにアップされるため、私はこれをいつも聴いている。もちろん本来は違法だが、おそらく毎日放送(というより現場のプロデューサー)もその内容を幅広く伝えたいがために削除要請をしていないのだろう。

ご存じの方も多いと思うが、この番組には京都大学の小出裕章助教が定期的に出演している。
この小出氏は改めて言うまでもないが、反原発派の大御所である。したがって、他のメディアに出演することはほとんどない(テレビ朝日の朝の番組に時々出るが)。
本来、福島第一原発の事故は起こり得ると警告を発してきた学者と、絶対に起きないと断言していた学者のどちらを今日の状況で信用すべきかと言えば、明らかに前者のはずだ。
にもかかわらず、マスメディアに登場するのは、いわゆる御用学者のみ。

そういうなかで、小出助教が出演して、現状の福島第一原発や他の原発、あるいは原子力関連施設の分析、知見を話してくれたり、リスナーからの疑問に答えてくれる「たね蒔きジャーナル」は私のような者にとってはとてつもなく重要な情報源であった。
その番組が打ちきりの瀬戸際にあるという。

おそらく毎日放送はその理由について、「以前から決まっていたこと」とか「番組編成の見直しの一環」としか言わないだろうが、その内容からして、番組に強い圧力がかかっていたことは間違いないと思う。
なかでも放送局にとってもっともキツイのは広告がらみの圧力で、となると関西電力あたりからの圧力である可能性が高い。
パナソニックやシャープといった関西資本のメーカーの業績が悪化している。となると、当然、真っ先に削ってくるのは宣伝費で、それが関西の放送局の広告収入を直撃する可能性は高い。そうしたなかで、数少ない有力クライアントからの圧力がかかれば、現場がどれだけ抵抗しても、会社として屈してしまうのではないだろうか……。
と、まあこれはあくまで私の推測である。

※おまけ。↓は聴きごたえがあります。
「久米宏ラジオなんですけど」 2012年07月21日:オープニングトーク

※志木電子書籍より近日発売!
丸山邦男著
『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』
著者略歴&立読み版

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マスメディアの正体 その1
『戦後史の正体』を読んで
~ メディアが潰した「福田自民」、「小沢民主」の連立構想は「対米自主派連立」だった

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「今日において新聞を引っくるめてマス・コミの勢力は、ある意味で政治以上に強力であるということができる。マス・コミが協力すれば、一政権を倒すぐらいは易々たるものであるが、政治の力では、右にせよ左にせよ、ファシズム的専制政治が出現しない限り、一新聞を倒すこともできないであろう」(『毎日』9・29・阿部真之助「民衆が自由を支配する」)
 こういう事実を正しく指摘する人は案外すくない。マス・コミが独自の権力機構を形成しつつ、社会の既成支配権力──政府・官僚・財閥──に拮抗し、一つの支配権力を優に凌駕する実力を貯えてきているといういい方は、けっして誇大な表現ではない。
(1957年2月 『中央公論』 丸山邦男「ジャーナリストと戦争責任」より)
********************

孫崎亨著『戦後史の正体』を読んだ。
といってもまだ一度、読んだだけで、この本は少なくとも数回は読んでみる必要がありそうだ。

その感想については、これから折々に書いていきたいと思うが、私が一読してつくづく思ったのは、「やっぱりメディアが問題なんだな」ということ(これについては孫崎氏も「今回、戦後七〇年の歴史をふり返ってみて、改めてマスコミが日本の政変に深く関与している事実を知りました。」と書いている。『戦後史の正体』370ページ)。
いまとなっては汗顔の至りだが、私もかつてはマスメディアの報道を信じていたので、田中角栄がロッキード事件で逮捕され、その後、裁判になった時には朝日新聞や朝日ジャーナルの立花隆の記事を熟読したものである。
私の場合、そういうメディア観をぶち壊してくれたのが岡庭昇氏の著作であり、以後はできるだけ慎重に報道のウラを読むようにしてきたのだが、それでも時としてメディアの罠にハマってしまうことがある。

最近(といっても四年前だが)の例で言えば、その一つが福田康夫政権時代の幻の自民、民主(小沢一郎代表)連立構想だった。
これについて例によってマスメディアが徹底的に叩きまくり、また民主党内でも現在の主流派である前原、野田、枝野といった勢力が猛反対したものだった。が、私も当時は「小沢は何を考えているのだろう」と思ったクチである。そして、その真意がわかった時に書いたのが↓のエントリーだ。

・大マスコミが報じない政局

歴史に「れば、たら」はないが、もし当時、この連立がうまくいっていたら、日本の政治はまたずいぶんと違った流れになっていただろう。
が、今回、『戦後史の正体』を読んでさらに気づくのは、この連立構想が自民・福田、民主・小沢という、それぞれの党内の対米自主派主導によるものだったということだ。
つまり、米国の対日政策という観点からすれば絶対に許されない、叩き潰さなければならない構想だったわけだ。
そしてメディアが大バッシングを展開し、見事にこの構想は葬り去られた。

一方、今回の消費税政局については、四年前とはうってかわってメディアはしきりに「民主と自民は手を組め」と勧めた。それは現在の民主、自民の体制が両方とも対米追随派(というか従米派、屈米派)だということだろう。

・田中良紹の「国会探検」
消費増税は真珠湾攻撃か

※お知らせ
冒頭で紹介した「ジャーナリストと戦争責任」を収録した、丸山邦男著『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』(1974年刊)は来月初旬、志木電子書籍より再編集した電子書籍版として刊行されます。
丸山邦男著
『遊撃的マスコミ論 オピニオン・ジャーナリズムの構造』
著者略歴&立読み版

※お知らせその2
本日はもう一本エントリーがあります。最初はつながっていたのですが、長すぎるということで分けたのですが、話としては最後に微妙につながります。

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2012/07/20

資本主義の精神がない日本の電力会社に、
原発を運転する資格はない

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 私はプロテスタンティズムの倫理のようなものがベースにないところで、経済活動が市場のメカニズムに任されると弊害があまりにも大きくなると思っている。

 というよりも、そもそもアダム・スミスが「神の見えざる手」による予定調和を考えたときに倫理が暗黙の前提にあったのではないか。

 その暗黙の前提に違反した人びとが大量に出始めたのが、今の日本の資本主義社会である。

 私はプロテスタンティズムの倫理のようなものがベースにあって、競争主義、成果主義というのは良いと思うが、そうしたベースのないところで競争主義や成果主義は、人の心を破壊する。
 もちろんあくまでもプロテスタンティズムの倫理のようなものであって、何もプロテスタンティズムである必要は全くない。
 仏教でも神道でもイスラム教でもヒンズー教でも、宗教でなくてもなんでもいいから「精神的なもの」という意味である。

加藤諦三 著 『誰も書かなかったアメリカ人の深層心理』 より


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 現代日本は、機能集団が同時に運命共同体としての性格を帯び、かかる共同体的機能集団の魔力が、日本人の行動を際限もなく呪縛することになる。

小室直樹著 『危機の構造』 より
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エネルギー政策意見聴取会で、電力会社の人間がノコノコと出てきて「会社の方針」を喋ったことが大問題となった。
この意見聴取会は、2030年時点での原発依存度を0%、15%、20~25%という3つの選択肢を示して、それぞれの選択肢から抽選で各3人づつが意見を述べた。そのうち20〜25%の選択肢を支持する発言者のなかに電力会社の人間がいたという。彼らは真顔で「選ばれた」と言い、しかも複数の会場で同じ有様だったというのだから、要するにそんな選択肢を支持しているのは、もはや原子力ムラの人間だけということなのだろう。

それにしてもこれが「やらせ」であることは間違いない。
そして、当然のごとくというか、さすがにというか、この「やらせ」に対してはメディアからも批判の声が出た。
私ももちろん腹は立ったが、しかし怒りが爆発するほどではなかった。
なぜなら、原子力ムラの連中であれば、このぐらいのことは朝飯前のこと、いつもやっていることに過ぎないからだ。
当ブログでもかねて電力会社こそは第一級のデタラメ企業であると主張してきたが、およそ原子力発電の歴史というのはウソとデタラメと差別の連続で、それをカネの力で隠蔽することだけで成り立ってきた業界である。

いまになって志賀原発の真下に活断層がある可能性があるなどというニュースがメディアを賑わせているが、そんなことも以前からわかっていたことだし、それをいうなら伊方原発の目の前にだって活断層はある。はたまた東海地震の予想震源域の真上に位置しているのが浜岡原発だ(というかそんな例はまだまだ山のようにある)。

そういう事実に一切目をつむり、ひたすらにカネ儲けを優先した結果として起きたのが、福島第一原発の大破局事故である。にもかかわらず、それを推進してきた連中が、自らの体質を一つも反省するでもなく、戒めるでもなく、原発再稼働、再推進に猪突猛進している。

今週は大飯原発4号機が臨界に達したというニュースがあったが、3号機を再稼働する時、会見に臨んだ関西電力副社長の豊松秀己は、「アメリカでは(原発の運転年数は)60年がスタンダードとなっている」強調していた。つまり自分たちも同じように60年運転したいということなのだろう。

もともと原発というのはアメリカから輸入した技術であって、「アメリカがそうなのだから、日本でもそうしたい」というのが原子力ムラの連中の言い分だ。
私はアメリカという国は好きではない。まして原子力産業というのは、どこの国においてもそれ相応にいかがわしい。
したがってアメリカにおいても原発を60年も運転することはあってはならないと思うが、しかし少なくとも日本に比べればアメリカの原発が事故を起こす確率は相当に低いのではないかと思う(もちろん、過去にスリーマイルの事故を起こしてはいるが)。
なぜなら、かの国には原発を開発、運転する上で最低限の倫理、モラル、ルールを遵守する精神が宿っているであろうからで、少なくとも日本の原子力産業のように1から10までデタラメをすることはできないし、やるつもりもないだろう。

ここで話は少々脱線するが、戦後、日本が奇跡的な経済復興を果たした最大の原動力は、いわゆる「日本的経営」にある。国中が上から下まで経済第一主義一色に染まり、ひたすら効率が優先された。そのため歯車である社員は信じがたい量の残業(それも往々にしてタダ働き)をした挙句、過労死しても労災はめったに認められず、裁判に訴えても司法はどこまでいっても企業の味方である……。
この社会システムに支えられた「日本的経営」は一時、世界から注目を集めてずいぶんと研究された。しかし結局のところ、「日本的経営」とは特殊な先進性であり、世界の国々が真似できるような普遍性を持っていなかった。

その一例を挙げると──。
かつてトヨタ自動車は、土日の電気料金が安いということで、週末を出勤日にしたことがある。一銭でも製造コストを下げて利益を追求するという姿勢は資本主義の行動様式として間違いではない。だが、普通の国では週末は家族と共に過ごし、教会へ行くのであって、たとえモノを安く作れるからといってその大切な週末を会社に捧げるなどというのは、理解の範疇外にある。
ところが、そういう常識、暗黙の前提を一切無視して、ひたすら効率優先(=人権無視)でカネ儲けをしようという国が現れた。それが日本だったわけだ。

そこで原発に話を戻すと、アメリカが原子力発電の技術を開発していく上でも、やはり暗黙の前提はあったのだと思う。つまり、日本ほどデタラメ放題に、モラルも倫理もかなぐり捨てて原発を推進・運転するという想定は、原発を開発した当のアメリカにもさすがになかったのではないだろうか(もちろん、原発は核兵器開発と密接不可分な関係にあるわけで、その部分を含めた倫理についてはアメリカも日本も同じだが)。
そして、そういう暗黙の前提の上に、原発の技術が成立しているのだとすれば、そもそもその前提を持っていない日本では、アメリカと同じような原発の運転はできないことになる。
というよりも、資本主義の下での最低限必要なモラルやルール(いわゆる資本主義の精神)をまったく持ち合わせていない原子力ムラの人間には、こんな危険な技術を扱う資格はそもそもないと私は思う。

もう十年以上前のことだと思うが、慶大教授の金子勝と木村剛(その後、逮捕されたが)の対談を読んだことがある。新自由主義の信奉者と反新自由主義の学者の対決はさぞや激しい論争になったかと思いきや、意外にも意見が一致していた。
その一致点を突き詰めると、要するに「日本の企業は、せめてアメリカ並にルールを守れ」ということだったと記憶している。

私は京都大学の小出裕章助教と同じく、「すべての原発を一刻も早く廃炉にすべきである」という論者だが、それはそうとして、まず電力会社はあらゆる面で、せめてアメリカ並にルールを守るべきだと思う(おそらくそのルールを適用した段階で、日本の原発のほとんどは止めざるを得なくなると推測する)。

とここまで書いて思い出したのだが、、、
私が編集者として最後に作った本は田原総一朗と木村剛の共著で、タイトルは『退場宣告 居直り続ける経営者たちへ』であった。
そして表紙には、タイトルとともに以下の英文が入っていた。

Why Are They Still Here?

なんだか出版から十年を経て、時宜に合っているような、、、

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2012/07/13

世襲議員 〜 小沢一郎と河野太郎の違い

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「うちのオヤジが新しい器(注:新自由クラブ)を作って、十年苦労して、つい何年か前にその借金払い終ったというのをずっと見てますから、新しい器をつくるのも結構大変だなというのは感覚的にありますんで、どうせならまずあるものを乗っ取って、それがダメなら次のことを考えようというのが正直なあれです、、、」
(2009年11月7日 「久米宏ラジオなんですけど」に出演した河野太郎が、久米宏に「新しい器(新党)を作った方が手っ取り早くないですか?」と問われた際の答え)

音源はこちら
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小沢一郎を党首とする新党「国民の生活が第一」が結党した。
早速、朝日が昨日の社説で「小沢氏は政治資金をめぐる刑事裁判の被告である。一審判決は無罪だったが、国会や国民に対するいっさいの説明責任から逃げ続けている。けじめをつけないまま、新党の党首として政治の表舞台に立つ。私たちはそもそも、そのことに同意することはできない。」と書くなど、主要メディアは袋叩きの様相である。

朝日は同じ社説の前半で「この20年間、小沢氏がつくった新党はこれで四つ目だ。これまでの三つの党は、権力闘争と合従連衡の果て、すでに存在しない。また、その繰り返しではないのか。うんざりする思いの人も多かろう。」と書いているが、「うんざり」どころの話ではない。大歓迎である。

私の住む地域の小選挙区は、どこにでもあるような民主対自民+共産の構図だ。
2009年は民主がもちろん勝ったが、この議員は松下政経塾出身がウリというトホホな経歴で、それでも目をつぶって投票したのは、一応、小沢一郎を支持する若手グループに属していということも大きかった。
が、その後、この民主党議員が小沢一郎と行動を共にすることはなかった。要するに小沢グループに仕込まれていたユダだったことが確定したわけで、かといって自民候補はこの民主議員に輪をかけてトホホであるし、残念ながら私には日共に投票する器量もまたない。

つまり行き場がないのである。となると選挙そのものへのモチベーションが下がることになる。
そして、そういう人は決して少なくないのではないかと私は思う。
なぜなら、そもそも2009年に民主を大勝させたのは、圧倒的な浮動票だったのだから。
その浮動票が動かない=投票率が下がれば、企業、労組、宗教といった固い組織を持つ候補が有利になる。そして、低投票率の中で絶対得票では大したことのない組織候補が勝ち、霞が関と結託して国政を動かしていく、、、
これは考えてみれば恐ろしい話なのだが、一方で民主潰し(小沢外し)の最大の眼目はここにあったと私は思っている。選挙結果を左右する浮動票が選挙に対する関心を失ってくれることを、民自公の連中は切に願っていることだろう。

これに対して小沢は再度、新党を作ることで対抗した。
少し前に朝日の天声人語は「小沢は壊すことは得意だが、作ったものはない」というようなことをシラッと書いていたが冗談ではない。1993年に細川連立政権を作り、民主党では鳩山政権を作ったのである(本当は小沢政権になるはずだったが)。
自民党と霞が関による一党独裁が長く続いたこの国で、この20年間に二度も政権交代を実現した政治家は他にいない。
民主党では前原が偽メール事件でボロボロにした後の代表に就任し、参議院選挙、東京都議選、衆議院選挙と、あの政権交代のムーブメントを作ったのは小沢であって、たとえば野田には絶対にそんなことはできなかっただろう。

だから、、、
マスメディアは苛立つのである。
これだけぶっ叩いても、まだ小沢は諦めないのか、、、と。

もちろん、新党「国民の生活が第一」の前途が多難であることは間違いない。
結党に参集した議員の中に、まだまだユダが紛れ込んでいる可能性は十分にある。
そしてなにより、もはや法治国家の体をなしていないこの国では、今後も小沢のみならず、グループの有力議員に対してメチャクチャな冤罪をでっち上げてくる可能性もある。
リーガルマインドのかけらもない検察による不正行為が明らかになってもなお、小沢に対して「刑事裁判の被告」と決め付ける朝日の論調を見ていると、「このレッテルを貼るために、検察官役の弁護士は控訴したんだろうな」と私は思う。

しかしそれでも、新党「国民の生活が第一」に期待したいし(できれば埼玉4区に候補者を立てて欲しい!)、このたびは人生で初めて一つの党の党員になってもいいかな、、、とすら思っている。
新党を作るということは資金的にも大変だろう。であるがゆえに政治資金を集めるのは当たり前の行為であり、それに対して金権などとレッテルを貼るのは笑止千万である(ちなみに先日、大きな会計事務所に所属している会計士の方に話を聞く機会があったが、「小沢事務所の政治資金処理には何の問題もなく、もしこれが重大な犯罪だというのなら、どうすればいいのかわからないし、実際、現場ではそういう空気がある」と言っていた)。

それに引きかえ、、、
冒頭に発言を引用した河野太郎は、何かというと「小沢は金権」などと言っているが、久米宏から「新党への意欲」を問われると、「オヤジがカネで苦労をしたから、、、」と尻込みしているのである。
つまり、「国民の生活」よりも「自分の生活が第一」なのだろう。
河野家は3代続いた政治家の家系であり、長らく与党に所属しながら何か大きく政治を転換させた業績というのはまったくない。
河野洋平が作った新自由クラブにしても、一時こそブームを作ったが、最終的には尻尾を巻いて自民党に戻っただけ。
洋平、太郎という親子はリベラル保守の顔をして、自民党内では野党的立場にいたが、私はある自民党の秘書から、「選挙区が神奈川県という土地柄、そういうスタンス(与党内野党)が一番選挙に通りやすい」と聞いたことがある。

クリーンなのかもしれないが、時折、パフォーマンスをする以外にさして見るべきものもなく(原発問題では時々いいことを言うが、ただそれだけ)、カネで苦労したくないから自民党を乗っ取ると嘯く政治家と(それにしたってそこそこの資産はあるだろう)、叩かれても潰されても懸命にカネを集めて、70歳になっても政治理念を実現しようと挑戦する政治家のどちらが国民にとって有用かは言うまでもない。

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2012/07/02

大飯原発再起動 ~
抗議活動を完全中継したIWJと
お笑い記者クラブの惨状

先週金曜日(6月29日)に総理官邸前で20万人規模のデモが行なわれ、そして大飯では再稼働に反対する人達が大飯原発前に集結し、警察官が築いた砦の前で昼夜にわたって「再稼働反対」を叫び続けた。
そしてこの大飯の模様はIWJでずっと中継された(土曜日の真夜中3時ぐらいでも4000人前後の視聴者がいた)。
私もこの映像を時間が許すかぎりは見ていたのだが、「いま日本で映像ジャーナリズムが果たすべき本来の使命を遂行しているのはIWJだけだナ」と思った。

一方、マスメディアはひたすらくだらない番組を垂れ流しているわけだが、これはもちろん意識して黙殺しているわけで、大飯原発再稼働反対の声などなかったことにする立派な言論統制である。
ネットの時代、それもUSTREAMの時代が来るまでは、この手法でほとんどの国民が完璧に洗脳されていた。
が、しかし今は違う。もちろん数は少ないけれども、大飯の様子をネットで目を凝らして見ている人がいる。しかも、それは国内のみならず国外にもいるのである。
その現実が、警察権力の無謀な行使の歯止めになっていると私は思う(岩上安身氏もそのようなことをツイートしていた)。

このIWJ中継とまさに真逆、対極にあったのが、昨日の午後9時(つまり大飯3号機の起動直後)、記者クラブメディアが中心になって行なわれた関西電力の会見である。

・2012/07/01 大飯原発1.3号機起動操作時の中央制御室内の現場映像と起動操作立会い後の牧野副大臣へのぶら下がり

私は牧野の会見は見ていなかったが、関西電力の会見を生中継で見ていた。
以下はその映像と会見を書き起こしたものだ(聞きとりにくいところは伏字にしてあります。また、多少の誤りはお許しください)。

↓関電の会見(副社長・豊松秀己)は1分30秒過ぎから。


Video streaming by Ustream

────以下、会見、書き起こし────

「代表して3つほど質問させていただきますんで、よろしくお願いします。まず一つ目ですけれども、全国の全原発が停止して、国論を二分するなかで、定検後には初めての再稼働第一号となるわけですけれども、原発の反対派が原発の入口に抗議活動をするなかで、異例という形での起動となりました。こういう事態を踏まえて副社長としてどういうふうに受け止められておられるか、今、起動を終えられた率直なご感想をよろしくお願いします

「ありがとうごさいます。御存知の通り、福島の事故以来初めての再稼働のプラントということで、このプラントをちゃんと再稼働していくことがこれからの日本の原子力の将来のあり方を決めると思っています。そういう意味で、きわめて責任重大であるということからスタートしています。私ども、これを再稼働するにあたりまして安全最優先にステップバイステップに進めていくということでのぞんでおります。本日起動がスタートいたしましたけれども、これから臨界、並列、100%出力と続いてまいります。本日の思いは、気を引き締めて一歩ずつ着実に安全最優先にやっていく必要があるという気持ちを改めて思いました。以上でございます。」

「ありがとうございます。反対する方の抗議活動のなかで背後で渡られたということがあるかと思うんですが、これについてはどう受け止めておられますか?」

「今回、反対されている方、慎重派の方が道路を占拠されまして、道路による必要なものの運搬ができないという事態になりました。しかしながら今回、危機管理システムが有効に働きまして〇〇の一部、もしくは船によるピストン輸送によりまして、運転員、それからいろんな協力会社の方々、支障なく運ぶことができました。また、いろんな食料なども無事運ぶことができまして、今回、あの道路が閉鎖されましたけれども、プラントの運転上、安全管理上、まったく問題ない状況でスタートすることができました。そういう意味で一つの安堵感を持っております。一方で、やはりいろんな意見の方がいらっしゃって当然だと思うのですけれども、やはり〇〇重視といいますか、そういうことをちゃんとしていただくということがきわめて重要であって、それについては是非お願いしたいと思います。意見をいろいろ闘わすということは大事でございますが、やはり〇〇いただくということも大事だと思いまのでそういう思いを持っています、以上です」

「ありがとうございます。続いて質問なんですけれども、安全対策は免震重要棟や防潮堤の嵩上げなどまだ現時点では満たせぬものもございます。また破砕帯が活断層ではないかという、いろいろなご指摘も出てます。こうしたなかでの再起動となったわけでございますけれども、御社としてこういう慎重派、、、いろんな意見をとられる方もおられます。どういうふうにご理解を得て、どういうふうに取り組んでいくのか、お願いします。」

「まあ免震重要棟とか〇〇〇〇〇とか、計画を隔離したものがございます。しかしながら、今回の政府として再稼働への判断基準としては基準1、2で福島と同じことが起こっても炉心溶融しないという規定でございます。これについては100%満足しておりますので、仮に万が一、この若狭湾というところは津波が少ないところでございますけれども、東京電力で起こったような地震や津波がございましても、〇〇〇使いまして〇〇〇対策とりますので、炉心溶融することはまったくないというところの自信を持っております。その上で、やはりそれ以外にもでもできるだけ安全性を高めていくということが重要でごさいますので、免震重要棟などを並行しているということでございます。私どもは安全というのは終わりがないということ、さらに安全性を高めていくということこそが、事業者に求められていると思っております。したがいまして免震重要棟なども含めましてさらなる安全対策を実施し、最終的には世界最高水準の安全にもっていきたいと思っています。破砕帯のことにつきましても大飯3、4号の建設時に調査をし、また新しいバックチェックの時にも調査をし、これが十二、三年前、動いていないと確認していますので、そういうことを今まで報告しておりますし、審査していただいております。これからもいろんな議論が出てまいりまして、そういうことを議論していくことが必要だと思っておりますけれども、現時点で問題ないことが確認されていると考えております。以上でございます」

「はい、わかりました。最後の質問になりますけれども、いま大飯原発を再稼働しても10%節電は変わらないと言われてます。電力供給の責任ある立場として綱渡りの状態は続くかと思いますけれども、知恵を出してどのように考えておられるのか、お願いできますか」

「電力の安定供給というのは電力会社にとってもっとも大事な使命だと思っています。その使命がいま果たせてない。すなわち節電をお願いし、計画停電の準備もしているという状況は本当にみなさまに申し訳ないと思っています。なんとか安定的に電気を送ることこそがきわめて重要でございますので、できるだけ安全を最優先に、この大飯3、4を動かしまして、少しでも供給力をアップしていくことに全力を尽くしたいと考えております」

「ありがとうございます。代表質問は以上です。各社さんよろしくお願いします」

「福井新聞のいずくらと申します。よろしくお願いいたします。今日、大飯3、4号機が再稼働手続きに入っているわけですけれども、で、今日、3号が再稼働しましたが、関西電力さんのその他の原発でいいますと、高浜3、4号をのぞきますと、7機が運転30年を越えています。そういう高経年化した問題があるかと思うんですが、そういった原発の今後の運転方針というのは、いまどのようにお考えになっていますでしょうか?」

「私どもは30年を越えたプラント、もしくは40年を越えた美浜1号機、美浜2号機、これを含めまして高経年化の技術〇〇を行い、いままで審査してきてもらってきております。それにつきましては独自運転しても安全上問題ないという確認ができております。わが国のようにエネルギー自給率が少ない国におきましては、やはり安全性を最優先にですね、エネルギーセキュリティ、それから経済性、地球環境問題の観点から原子力は重要な電源だと思っておりますので、安全性が確認されたプラントについては、継続して運転すべきであるし、そうしたいと考えています。
アメリカにおいては約102機ほどの原子力発電所が運転中でございますけれども、6、7割でしたか、ちょっと数字ははっきり覚えておりませんが、プラントについてはすでに40年を越えて60年運転する認可が得られております。またいま運転中で、そういうことを迎えようとするプラントについては、ほとんどのプラントが申請しているという状況でございまして、アメリカにおきましては60年というのがスタンダードになっています。しかしながら、これから、いま法が決まりまして、具体的に40年というのをどうするかというのがこれから国で具体的な基準が決めていかれると思います。すなわち40年を延長する前の20年というものにつきまして、どんな条件をクリアすればこれが運転できるのかということがメインになってまいります。私どもそういう基準を見ながら40年を越えるプラントについての運転方針を検討していくということにしていきたいと考えております。以上でございます。」

「朝日新聞の大谷といいます。今回の起動に関しては当初の予定よりだいぶ遅れた時期の起動になったと思うんですけれども、このことに関してこれまでの政府の対応の経緯についてご感想、お考えをお聞かせ願えますか」

「3.11の事故以降、国民の方のご不安というのもございますし、原子力発電自身の信頼性が失墜したという状況が起こりました。そのなかでやはり安全性を確保すればエネルギーセキュリティなどの観点から原子力が必要になるということで、判断基準をつくっていただき、その判断基準をつくるにあたりましては、のべ40回にわたるいろんな意見聴取会を積み重ねていただいたということについて感謝申し上げます。そういう公開での議論を踏まえて今回の再稼働にあたる安全基準、判断基準ができたということだと思っています。そういう意味でいままでそういことを積み重ねていただいた政府には感謝申し上げたいと思っています。以上でございます。」

読売新聞の野中といいます。今日はどういった気持ちで起動に立ち会われて、起動が終ったあとの心情を教えていただけますか

「ありがとうごさいます。起動が終ったというか、起動、それから臨界、並列、100%ということで、やっと一歩が踏み出せたということぐらいのことだと思っています。これから本当に心を引き締めて一歩ずつ着実に安全最優先で進めていきたいという思いを本日新たにしたところでございます。以上でございます。」

ここで関電の会見は終了。
このあとの大飯町長のコメントは省略。
そして会見終了。

「それでは会見を終わらせていただきますけれども、先ほど入りました情報で、このオフサイトセンターの入口付近に反対の協議をされる方々が集まってきていると、あまり多くではないそうなんですけれども、ですからちょっと記者の方々ですね、ちょっといま出られないというか、警備を固めておりますので、ちょっと外に出られない状況だということをご理解いただくようお願いいたします。2階のプレスルームに戻っていただいて結構です。

──── 書き起こしはここまで ────

しかし、まあなんと内容のないお粗末な会見だろうか。
クラブメディアの記者というのは、基本的に感想しか聞かないのだろうか。
関電・副社長の答えとういのも、あらかじめ作られた装丁問答に沿っているような、無難なものに終始しているが、それでも突っ込み所は多々ある。

世界最大級の原発事故が現在進行形の国で、初めて再稼働する原発の安全水準は世界最高ではないのだそうで、「これからもっていく」のだそうだ。
また、話はとかく安全やら経済性の話に終始しているが、では原発の使用済み核燃料、あるいは廃炉にした時の費用はどうするのか、その際に出る低レベルから高レベルまでの放射性廃棄物の処分場が日本のどこにもない、つまりまったく未解決であるという点についてどう考えているのか。
地球環境の問題というが、現在、福島や関東、東北周辺の環境を破壊しまくっているのは、福島の放射能である。

まあ、私が記者の立場だったら、問い詰めたいことが山ほどある。
にもかかわらず、読売新聞の記者などは、「気持ち」「心情」を訊くのである。
をいをい、その質問は二度目だぜ。最初の質問と答えを聞いてなかったのかよ。

そして、この日のハイライトは最後の部分だ。

「(いま外が騒ぎになっているから)記者のみなさんは出られませんので、プレスルームに戻っていただいて結構です」

なんだこれ。
こんなことを言われて記者連中は恥ずかしくないのか。
そもそも、その騒ぎを取材して、関電との温度差を書くのが記者の仕事ではないのか?
私はパソコンの画面を見ていて、その会見のあまりの低レベルぶりにツイートをしまくってしまった。

口では「国論を二分する」などと言いながら、関電のご感想うかがいに終始し、キツイ質問を一つもすることなく、答える相手から「ありがとうございます」と言われてしまうクラブメディアの記者たち。
彼らはみな一流大学を優秀な成績で卒業しているのだろう。
なのに、なんでこんなにバカなのか? 
もともと日本の教育は、優秀なバカを作るためのものなのか、それともマスメディアという組織に入るとバカになるのか。
ま、そのどちらでもあるような気もするが、とにかくこのお粗末さに、昨晩は最初は激怒していたが、最後はそれも通りこして大笑いしてしまったのであった。

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2012/07/01

福島第一原発4号機の冷却システム停止について(続報)
冷却再開の模様

福島原発4号機の使用済み燃料プールの冷却は再開された模様です。

・低気温のエクスタシーbyはなゆー
【速報】福島第一原発4号機プールの冷却がなんとか再開

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福島第一原発4号機の冷却システム停止について

福島第一原発4号機の冷却システムが故障して、使用済み核燃料を冷却できなくなっているというニュースがあります。

電源が故障し、非常用電源も使えないという情報もあれば、無理な解体工事で冷却の配管を損傷したという情報もあります。

いずれにしろ大変なニュースです。
現在、プールの温度は少しずつ上昇しており、武田邦彦教授によれば100℃を超えるのは7月5日とのことです。

・緊急情報4 福島4号機冷却できず 100℃を超える日

この4号機はすでに日本のみならず世界中の注目を集めており、ある意味、人類最大のリスクとなっています。

にもかかわらず、残念ながらマスメディアでは、ほとんどこのニュースは流れてきません。
したがってここ数日は、このニュースをネットで追いかける必要があると思います。
たとえばtwitterの検索で「4号機」と入れただけで、このニュースを拾ってくれます。
もはや個人の安全は個人で守るしかありません。
是非、この情報を注視していただきたいと思います。

※昨晩、ネットを見ていたら、フクイチはもはや「原子力発電所ではないのだから、東京電力放射性物質放出所と名称変更しろ」という書き込みをみましたが、誠にもってそのとおりだと思います。こんな状態で収束宣言を出した人間の頭の健全性を疑います。


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