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2012/05/25

戦争中より悪い時代

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 昭和19年、1944年も11月に入ると、毎日B29が一機ずつ東京上空に現れるようになった。ぼくは始めて飛行機雲というものを見た。高射砲が打ち出したが、米軍機のはるか下で砲弾が爆発するのか、白煙が綿のように浮かぶだけだった。
 授業中に空襲警報がなれば、授業は中止、そのまま下校ということになる。そして東京大空襲になる。ここでは、その詳しい経験は省くことにしよう。
 真夏の農村での麦刈り、田植えの動員から帰って間もなく、とうとう理科の学生も通年動員されることになった。その間に広島・長崎に新型爆弾が落ち、ソ連が参戦した。ぼく達は8月15日の午前8時か9時に立川の中島飛行機製作所に集合するはずだった。下宿が罹災したため、一時ぼくの家にいた友人と相談して、正午の天皇の放送を聞いてから立川に行こうということにして、天皇の放送を聞いた。聞き取りにくかったが、とにかく戦争が終わったことだけはわかったから、立川に行くことをやめた。一日二日して、友人は切符を手に入れて、郷里に帰っていった。
 ぼくはラジオから流れる天皇の声を聞いて、日本の敗戦を悔やむ、悲しむという気持ちはまったく起こらなかった。むしろ初めて聞く天皇の声、敗戦の弁のヘンなアクセントにびっくりした。まるで神主が祝詞を読むようだとおもった。天皇は神だと教えられてきたけど、ナーンダ、神主じゃないかとおもった。
 ぼくも King's English という言葉を知っていた。イギリスの王室は一番美しい英語を話すとを教えられていた。日本の天皇も一番美しい日本語を話すのかとおもっていた。ところが、そうではなかった。むしろ滑稽だった。その後の天皇の国内巡幸の際の国民と話す言葉をラジオで聞いても、その滑稽感はかわらなかった。そして、天皇という憑き物が落ちてしまった。
 戦後は大詔奉戴日もなくなったし、皇居や靖国神社の前を電車が通っても、黙祷はしなくてすんだ。ある政治学者が書いたように、ぼくも戦後は明るかったと実感している。それは天皇制の重しがとれたせいだろうと、ぼくは考えている。

京谷秀夫著 未公開未完原稿 「経験としての天皇制」より
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しばらく当ブログの更新が滞ったのは、父親が急逝したからである。
1925年(大正14年)生まれの86歳。
死去当日まで元気で、朝食を「食べ過ぎた」というぐらいに食べ、先月から始まった人工透析のために自宅である団地の一室を出て、9階からエレベーターに乗った直後に倒れ、7階から乗って来た人に発見された時には、すでに意識はなかったという。
なんともはや、急な出来事だったけれども、よくよく考えてみれば、見事な大往生。
ボケの「ボ」の字も、闘病の「と」の字も(透析は始まっていたが)、介護の「か」の字もなく、高い知性を維持し、亡くなる日まで難解な本を読み、ドイツ語の単語をノートに書き連ねてその意味を書き記していた。

大学を卒業したのは1950年で、その年に中央公論社に入社。
「君のお父さんが中公の入社試験を受けた時に渡辺恒雄も受けて落ちた」という話を少し前に聞いて、「まあ、年恰好は似てるけど、冗談だろう」と思っていたが、どうやらこれは本当らしい(ナベツネの読売入社も1950年なんですね)。
以後、13年間、中央公論社に在社。
第一回の中央公論新人賞を担当。この時の受賞者が『楢山節考』の深沢七郎氏だった。
当時の「中央公論」は今とは真逆のいわゆる戦後民主主義、進歩主義の牙城で、その編集部内の中心の一人だったらしいが、「風流夢譚」事件で編集部は瓦解。以後、中公は路線を大きく変更する。

と、まあそんな経歴の父親であったが、その彼が最晩年に言っていたのは、「今は戦争中より良くない」ということだった。

先日、瀬戸内寂聴さんが経産省前でハンストを行った時、彼女は以下のように言ったという。

「日本は原爆を2度受けてて、わたしが生きてきた90年でね、こんな悪い時代はなかった、って言っているの。戦争中の方がね、まだ、ましでしたよね。恐ろしい国ですよ、滅びつつありますよ、これから生きていくね、若い人とかね、子どもたち、生まれてくる子はどうするんですか?と、どうやってそれをね、平気で恐ろしい国に渡せるんですか?
だから、それはとてもね、今悪い状態ですね。それをどうして政治家が感じないのかがね、本当に鈍いと思いますね。だって今の政府が再稼働をしようとしているんでしょ?
ドジョウはそんなことしませんよ。本当のドジョウは。もう、政府がけしからんと思っています。」

これに対して江川紹子氏は「兵士や軍属など約230万人が戦死し、80万人の一般市民が空襲などで命を失った戦争中の方がましだった、という発言は残念…というか、ダメだと思う」とツイートしたそうだ。

・日々坦々
「江川紹子 VS きっこ大バトル」のきっかけ・・・きっこ氏は100%理解でき、江川氏は1%も理解できなかったという上杉隆氏のツイート「ひばくなう」の真意!

確かに第二次大戦における国内の死者数、そして加害者として近隣諸国の人びとを殺害した、その死者数は現状、原発事故の比ではない。
だが、誤解を恐れず、かつ大幅に端折って言えば、しかしその後、日本も近隣諸国も復興することができた。
確かに戦争というのは根本的に誤りだが、しかしどこかの時点でそれは終らせることができる。
ところが、放射能による災害というのは、ほとんどエンドレスで末代にまで重大な影響を与えるのである。

私の父に言わせれば、当時、どんなに政府が大本営発表を垂れ流しても、実際には「これは負けるのではないか」と内心で思っていた人も少なくなかったはずだという。
これは以前にも当ブログで書いたことだが、彼は1945年8月15日は「終戦」でいいと言っていた。なぜなら、あの時はもうなんでもいいから終って欲しかったわけで、その気分に「終戦」という言葉は合っている。そして「敗戦」というと、もう一度やって今度は勝ちたいなどという連中が出て来るから「終戦」でいいというのだ。
そして戦後は「明るかった」。
日本は高度成長をして、経済白書には「もはや戦後ではない」という言葉が躍った。

では──
「もはやフクシマ後ではない」という日はいつ来るのか?
これはまったくわからない。
なにしろ、この事故はまったく収束していないのであって、1号機~3号機においては、溶けた燃料がどこにあるのかもわからない。ジャブジャブと水をかけているが、その水がたまる気配はなく、したがってどこかに流出している。
当然、海の汚染も凄まじく、福島を中心に近海の魚介類は壊滅的な打撃を受けている。
そればかりではない。
東京湾においても汚染は深刻化しており、これはまだまだ進行するという。
まさに「江戸前」の危機だ。
そして、日本が世界に誇る食文化を次世代の人びとにきちんと引き継げない可能性が高い。
しかもさらなる問題があって、ボロボロになった4号機には1500以上の使用済み核燃料がある。一応、応急措置はとられているが、もし強めの地震が再び4号機を襲い、建屋が崩壊した場合には、今度は世界を道連れにする可能性が高い。
そんなリスクが現に今、目の前にあるのだ。
そして、これだけひどい状況にありながら、多くの人はメディアが垂れ流す大本営発表を信じて、「もう原発事故は過去のもの」と思っている。
原発の再稼働は着々と進められ、日本の有史以来、最大の犯罪者集団である東京電力は誰一人逮捕者を出すでもなく、電力料金を値上げすると言って国民を恐喝中だが、なにしろ大人しいことにかけては世界一の日本人はさして抵抗することもなく、この値上げを受け入れるのだろう。

この状況をして、90歳の瀬戸内寂聴、そして86歳の私の父親は、「戦争中よりも悪い」という感想を漏らしたわけだ。
私はこの人生の先達による言葉は、誠にもって傾聴に値するものだと思うし、深刻に受け止めなければならないと思う。
にもかかわらず、それを頭から否定してしまう江川紹子という人は、はっきり言ってダメだと思うのである。


Fuuryus_2


京谷秀夫 著『一九六一年冬「風流夢譚」事件』
著者紹介&立読み版!

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2012/05/24

緊急速報
健全な法治国家のために声をあげる市民の会
新たな告発状を提出!

本日、健全な法治国家のために声をあげる市民の会(八木啓代会長)は、最高検察庁に新たな告発状を提出しました。

2012年5月24日提出 告発状

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2012/05/09

東京地検特捜部 捜査報告書でっち上げ事件
元特捜部長、次席検事らへの告発状を最高検が受理!

健全な法治国家のために声をあげる市民の会が、4月25日に最高検察庁あてに提出した告発状(佐久間達哉元特捜部長、大鶴基成元次席、木村匡良元主任検事、斎藤隆博特捜副部長、吉田正喜元副部長を偽計業務妨害、田代政弘検事を偽証、堺徹特捜部長、斎藤隆博特捜副部長を犯人隠避)は、5月7日に最高検に受理されました。
それを受けて、昨日、司法記者クラブで八木啓代会長が、この告発状の受理の件、及び東京地検特捜部が組織ぐるみで作成した捜査報告書(もはや虚偽記載のレベルをこえている)流出の件で会見しました。以下はその映像です。


Video streaming by Ustream

※本日の東京新聞こちら特捜部の記事も合わせてご覧ください。
2012年5月9日東京新聞

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2012/05/08

「こどもの日」に全原発停止
~ 嬉しいけれど、喜べない その2

その1より続く)

1999年9月30日、東海村でJCOの臨界事故が起きた。
この日は中日ドラゴンズがセ・リーグ優勝を決めた日で、私は午後から会社の半休を取って神宮球場へ出かけていたので、事故のことを帰宅するまで知らなかった(当時は携帯でニュースなど見られなかった)。
早速、パソコン通信で情報を確認すると、大変な事故であることがわかったが、ここでもメディアの伝えるニュアンスとパソコン通信から入ってくる情報は相当に異なっていた。

2002年10月、私は勤務していた会社で編集部から広告部へ異動する。
それまで広告に関する知見はほとんどなかったが、営業の現場を経験するなかで、東京電力が想像以上に有力な広告主であることを知った。
私の勤務していた会社は女性誌を中心に発行していたが、たとえば30代以上の主婦向けファッション誌には「オール電化住宅」の広告が入る。しかも、雑誌広告の売上げが落ち込んでいくなかで、定価ベースの広告料金を払ってくれる貴重なクライアントの一つだった。
そして2006年から当ブログを書き始めた私は、以後、原発についてかねて思っていた懸念、あるいは電力会社とメディアの関係を時々、書くようになった。
そうして2011年3月11日に東日本大震災が起きて、福島第一原発は破局事故を起こした。

こんな私であるから、こどもの日に全原発が停止したしたのはもちろん嬉しい。良かったと思う。
だが、手放しで喜ぶ気持ちにもなれないのは、いつ収束するかまったく見当もつかない破局事故がすでに起きてしまったからだ。
福島第一原発1号機から3号機で原子炉から溶け落ちた燃料はいまだにどこにあるのかわからず、それが回収可能であるかどうかもわからない。4号機には莫大な数の使用済み燃料があり、これが強い余震で倒壊するかもしれない建屋の中にある(一応、補強工事はしたが)。
原発周辺に住んでいた住民はもはや帰宅することはできない。
そして──。
日本の法律をきちんと適用するならば、福島のみならず群馬、栃木、茨城、千葉、埼玉、東京の一部にも放射線管理区域にしなければならない場所、つまり住んではいけない場所がある。にもかかわらず、政府は法律をネジ曲げてしまったため、いまだにそこで多くの人が普通に暮らしている。

そうしたなか、原発推進勢力は産学官報一体となった恐るべき情報コントロールで、なお原発を再稼働させようと試みている。まったくもって原子力ムラの強大さには驚くばかりだが、しかしその彼らをもってしても全原発を停止せざるを得なかった。つまり、福島第一原発の事故はそれほど大きなものだったのだ。

ここで話は突然かわるが、消費税増税を目論む野田政権、そしてそれを後押しするメディアによれば、増税を必要とする最大の理由は後世にツケを回さないためだという。そのためには、消費税の負担増はやむを得ないのだそうだ。

ところで後世にツケを残すという意味では原発ほど莫大なツケを残すものはない。
なにしろ高レベルの放射性廃棄物は十万年、百万年の単位で管理しなければならないのである。
現在、原発各地の使用済燃料プールはすでに限界に近づいており、一方で核燃料サイクルはとっくの昔に破綻している。
今後、原発を稼働すれば、またまた使用済核燃料が出てくるわけで、その持って行き場はすでになくなりつつある。
しかも、これから福島第一原発の処理で膨大という言葉でもまだ足りないほどの想像を絶する放射性廃棄物が出てくるわけだが、これをどこでどうやって管理するのかも定かではない。

一昨日の朝、TBSの「サンデーモーニング」を見ていたら、原発推進派の寺島実郎が「泊は最新鋭の原発で耐震性もしっかりしており、古い原発とは安全性が比較にならない」とういうようなことを力説していた。しかし、たとえ少しばかり耐震性や性能が向上したとしても使用済核燃料は出るわけだし、耐用年数を過ぎた原発は解体しなければならない。つまり、ここでもまた膨大な放射性廃棄物が出てくるのである。
寺島実郎が生きているのはせいぜいがあと二十年ぐらいのものだろうが、問題はその後なのだ。
ただでさえ、現時点で後世に莫大な負債を作ってしまったのに、ここでまた原発を再稼働をすれば、負債がどんどん積み上がるのである。

私に言わせれば答えはすでにハッキリしている。
もはや原発の再稼働は絶対にしてはいけない。
それで電力不足が起きることはないが、百歩譲って電力会社が言うように電力不足で計画停電のような事態に陥ったとしても、それでも原発は稼働してはいけない。
結果、これまでのように経済成長一本槍の路線は変更せざるを得ないが、それでももちろん稼働をしてはいけない。ここまで大きなツケを後世に対して作ってしまったのだから、もはや原発が動かなくてもやっていけるだけの経済規模にするしかない。

もっともその方が社会は成熟すると私は思う。
エアコンの設定温度は上げて、できるだけ我慢すればいい。真夏にどうしても暑くて設定温度を下げたくなったら、テレビを消せばいいのだ。その方がよほど節電になる。だけど高校野球に関心があるというのなら、ラジオを聴けばいいいじゃないか。
スーパーにしてもコンビニにしても、煌々と照明をつける必要はない。昨年は節電で結構、照明を落としている店があったが、私はそういう店へ行くたびに「これで十分だナ」と思った。要はこれまでが明るすぎたのである。
何も電気のまったくない時代に戻るわけではない。ただ一人ひとりが少しずつ我慢をすればいいのであって、その間に新たなエネルギー源、あるいは電池の分野に国全体で投資をしていけば、今以上の成長分野になる可能性は十分にある。

昨日から今日にかけて、テレビは竜巻一色であった。たしかにこの竜巻は凄まじい被害をもたらしたし、死者、けが人が出た。
しかし、誤解を恐れずに言えば、自然災害というものは避けられない一方で、しかしそこから復興することも可能だ。しかし、原発事故による放射能災害というのは、一度起きてしまえば、容易に復興できない。
その災害がすでに日本で起きてしまったことを考えれば、繰り返しになるが原発は再稼働してはいけない。
全原発が停止したのは「こどもの日」。その意味をよくよく考えなければならないと私は思うのである。


誰も通らない裏道 蔵出しエントリー
2007/01/16 「原発は高い」(アル・ゴア)


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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』


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2012/05/07

「こどもの日」に全原発停止
~ 嬉しいけれど、喜べない その1

私の反原発歴は結構古くて、チェルノブイリ以前からである。
1980年代の前半の大学時代、とある一般教養の授業でレポートを提出しなければならなくなった。テーマは自由ということだったので、近所に住んでいた新聞記者の方に相談したところ、「原発はどうか」というヒントをくれた。
当時はスリーマイル島の原発事故の余韻が残っていた頃だったので、いくつかの資料を読んだ。さらに、日本の状況も調べてみた結果、「日本での原子力発電はやめた方がいい」という結論のレポートを書いて提出した。
新聞記者の方には書き上げた時点で読んでいただき、もちろん多分にお世辞も含んでいるものの、過分なお褒めの言葉をいただいた。
が、教授から戻ってきたレポートの評価はBだった。
その時には「そんなものかな」としか思わなかったのだが、しばらく後の授業中にこの教授がわりと唐突に「原発というのは絶対にやらなければならないんです」と言い出した時、「なるほど、この人は原発推進派だったのか。それでオレのレポートはBだったんだな」と妙に納得したものだった。

その後、社会人になってからチェルノブイリの事故が起き、広瀬隆の「危険な話」がベストセラーとなった。「朝まで生テレビ」に広瀬隆や故・高木仁三郎が出てきて、原発推進派とやりあったのもこの時期である。
私は原発関連の本を読んで、「ますます原発はやめた方がいい」と思うようになっていた。すると当時の職場の先輩から「原発の勉強会があるから、行ってみませんか」というお誘いをいただいたので行ってみることにした。
それはわりと名の知れたメディア関係者の集まりで、そこに講師として東京電力の関係者が来ていたのだが、この講師は「日本ではスリーマイルやチェルノブイリのような事故は絶対に起こらない」と力説していた。私的にはその話はかなり突っ込み所が多く、とても真に受けられるようなものではなかったが、周りにいた人はみな一様にその話に納得していた。

そうこうするうちに私は結婚することになったのだが、相手の実家は静岡県島田市だった。
義父は釣り好きな人で、私も釣りは好きだったので、帰省するとよく一緒に御前崎へ行くようになった。
御前崎の目と鼻の先には浜岡原発がある。義父は「原発の近くでは釣りはしない」と言っていた。
ためしに浜岡原発について調べてみると、ここはもともと砂丘だったところで地盤がおそろしく弱い。そんなところに中部電力はドンドン原発を増設しているのだから驚いた。
静岡というのは温暖な気候で海の幸にも山の幸にも恵まれており、将来はこちらに移り住んでもいいなと思える環境だったが、ただ一つ、浜岡原発に近いことが気がかりとなった(最近は、ついに震災瓦礫の処理を始めてしまったが)。

・瀬尾健著 『原発事故……その時、あなたは!』(風媒社)より
<シュミレーション>原発事故が起こったら 浜岡3号炉

1995年にはもんじゅでナトリウムの漏洩事故が起きる。この頃はまだインターネット以前のパソコン通信が全盛の時代。いまよりもはるかにネットワークの規模は小さかったが、それでも反原発系のフォーラムがあり、私はそこの掲示板を見ていたが、そこでの報告や議論は、一般のメディアが報じる内容とはまったく異なるもので、この時点で核燃料サイクルという馬鹿げた夢物語の命脈が尽きたことを実感した。

(その2に続く)

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』


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2012/05/04

東京地検虚偽記載疑惑
の・ようなもの その2
田代・斉藤・木村報告書(と思われるもの)

・八木啓代のひとりごと

大暴露:とんでもないものが届きました

大暴露の裏側:正直言うとびびってました


ということで、以下は「田代・斉藤・木村報告書(と思われるもの)」です。
その1と同じように表示させようとしましたが、どうもうまくいかないので、晴天とら日和さんにアップされていたリンクを張ります。

田代・斎藤・木村報告書(と思われるもの)

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2012/05/03

東京地検虚偽記載疑惑
の・ようなもの その1
石川録音文字起こし(と思われるもの)

画面下の「view in fullscreen」をクリックすると拡大されます。


石川録音文字起こし(と思われるもの)

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2012/05/02

福島の子どもの甲状腺検査結果
朝日新聞の大本営発表

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子の甲状腺「安心できる」 福島、問題なしが99.5%

 福島県は26日、東京電力福島第一原発事故に伴う放射線の健康影響を見守る県民健康調査で、子ども約3万8千人の甲状腺検査の結果を発表した。しこりがないなど問題ないとされた子どもが99.5%を占め、残りも良性の可能性が高いと判定。県の検討委員会は「通常と変わりない状況で安心できる」としている。
 避難区域を含む13市町村に当時いた18歳以下の約4万7千人が対象で、約8割の3万8114人の検査を終えた。約0.5%の186人に良性の可能性が高いしこりなどが見つかり、念のため再度の超音波検査や血液検査が必要としている。
 県は、すべての子ども約36万人を対象に、生涯にわたって甲状腺に影響が出ないか追跡していく。

朝日新聞デジタル 社会 記事2012年4月30日6時31分
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↓こちら専門医に配布された文書。

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関連リンク
・院長のひとりごと
福島-子どもの甲状腺にしこり(追加検査なし)

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2012/05/01

連休谷間の戯言〜
千年に一度の想定もできないタコ集団に、
万年単位の放射性廃棄物の管理などできるかっ!

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落合 だからおれ、この考え方間違っているかも知れないけれど、あえて言うよ。野球界、いっぱい問題あるよね。で、実行委員会、月に何回やるの。これだけ問題あるのに、全部が棚上げされている。何にも進まない……。ということは、やらなきゃいけない仕事をみんな放棄しているわけだ。
 おれ、日本の政治と一緒だと思っているんだ、ここ数十年の球界というものは。政治家は、人から信任されて、政治家になる。だったら、この国家危急存亡のときに休んでいる暇なんてないだろうって思う。国会? 休会している場合じゃないだろう。この国をよくするために、変えるために、あんたら毎日働かなきゃいけないんじゃないのか。土日返上して、毎日会議やって、一日でも早く法案を通さないかんだろう。世の中が望んでいるのだから、しかるべく結論を出して実行実現させなきゃいかんじゃないかと。それがどうだい、一年のうち決められた日数しか、国会、やらないでしょう。それと野球界は、一緒だな。絶対変わらない。命がけで変えようと思っている者がいない。これは政治でもそうだと思う。それよりもっと野球界はひどいんだもん。変わるわけがない。だれがコミッショナーになったって一緒だよ。

「新潮45」2012年5月号
オレ流「プロ野球改革論」 落合博満VS.坂井保之 より
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知り合いの国会議員秘書氏によれば、連休の谷間の本日あたりは議員会館は閉めている事務所もあるらしい。
地方選出の議員は地元に帰って大忙しなのだそうだ。
facebookを見れば、休みをとってゴルフに出かけている友人も複数。
世の中は3.11以前とまるで変わらなく動いている。
しかし、どう考えても現実に起きていることはただ事ではない。

・低気温のエクスタシー
〔放射能写真〕郡山市の子供が遊ぶスポットも数値が高い

今、手を打たなくては未来永劫にわたって禍根を残すような事態が進行中にもかかわらず、これまでの政策の責任を問われたくない原子力ムラの連中と、その集団に担がれた政府の面々は、対策を取るどころか放置し、なかんずく現在、避難している人々をも帰宅させる方向に動いている。

総理大臣は犬のように(という表現は犬に気の毒だが)千切れんばかりに尻尾を振りながら訪米したが、今日の東京新聞2面には↓のような記事があった。

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原子力協力委
首相、再稼働へ加速狙い
米お墨付きで反対論抑制

 野田佳彦首相がオバマ米大統領との首脳会談で、民生用原子力協力に関する二国間委員会の設置を決めるのは、首相が目指す原発再稼働方針を加速させる狙いがある。再稼働に対して原子力大国である米国のお墨付きを得ることで、日本国内の反対論を抑えたいという思いがあるようだ。
(以下略)
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国内の反対論をアメリカのお墨付きで跳ね除けようということらしい。
この記事が事実なら、日本国の首相というのはクズの中のクズだね(ちなみに普段、マスメディアの書くことはほとんど信じていないが、東京新聞の原発関連記事は信用している)。

その原発再稼働についてだが、京都大学原子炉実験所の教授なる肩書きを持つ人物によれば、「原発ゼロは危険な社会実験」なのだそうだ。

・ざまあみやがれい!
あの山名元が今度は支離滅裂な「タイタニック」の例えで「原発ゼロは危険な社会実験」と暴言!

世界有数の地震国家、かつ島国という条件の場所に50機以上の原発をつくるという「危険」かつ「壮大」な「社会実験」をした結果、このたびの大破局を来したという認識がこの人物にはない。
こういう人物が京都大学という最高学府の教授である一方、原発の危険性と破局事故の可能性を指摘し続けた人物が助教なのがこの国の現実である。

・京都大学原子炉実験所
研究部門等教員配置表

福島第一原発の事故は、千年に一度という想定外の地震と津波だったから事業者に責任はなく、そもそも原子炉の設計段階でそのような「あり得ない」状況を想定することは、現場では一笑に付されていたのだそうだ。

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 東日本大震災による大津波が発端となり、世界有数の原発事故を起こした東京電力福島第一原発。その設計や安全性の検証を担った東芝の元社員二人が本紙の取材に応じ、「設計時は、これほどの津波は想定していなかった」と証言した。東電の想定していた津波は最高で五・五メートル。実際には倍以上高い十四メートルを上回る大津波が押し寄せており、二人は設計に想定の甘さがあったと口をそろえる。
 取材に応じたのは、一九七〇~八〇年ごろに同原発の安全性を検証した元技術者の男性(63)と、七一年から順次稼働した同原発1~3号機と、5~6号機の設計に加わった元設計者の男性(69)。
 タービンの安全性の検証に携わった元技術者は、原発の設計図の青焼きを見ながら「今回のような大津波やマグニチュード(M)9は、想像もできなかった」と振り返った。
 元技術者は事故や地震が原因でタービンが壊れて飛んで炉を直撃する可能性を想定し、安全性が保たれるかどうかを検証。M9の地震や航空機が墜落して原子炉を直撃する可能性まで想定するよう上司に進言した。
 だが上司は「千年に一度とか、そんなことを想定してどうなる」と一笑に付したという。
(以下略)
「東京新聞」2011年3月23日より
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ところで原発を運転することで出てくる高レベル放射性廃棄物というものは、その管理を万年単位、それも十万年、百万年の単位でしなければならない。
たかだか千年単位の事態ですら想定できないタコ集団に、どうして百万年単位の想定などできるのか?(まあそんな時点まで管理可能と言っている時点で頭がおかしいが)

世の中には様々な職業についている人がいるが、プロフェッショナルであれば、みなその仕事にプライドを持っているわけで、それをよく〇〇屋という表現をすることがある(「鉄道屋」とか)。
もし、電力会社の人間がそれぞれプライドを持って仕事をしているのならば、原発がダメでも「火力屋」や「水力屋」が「俺たちが頑張って、絶対、電力不足なんて起こさせない」という声が出くるはずで、それがプロの気概というものだろう。
ところが、そんな声は一つも聞こえてこないどころか、東電(他の電力会社も同様)から出てくるのは、「原発が稼働しなければ、電力不足になる」「電気料金を値上げするしかない」という恫喝だ。
歴史上、稀に見る犯罪企業が、この期に及んでもこういう態度を取れるのは、電力会社が地域独占であるからである。
そして、そういう経営形態であるにもかかわらず、この会社のトップは常に経団連の要職を努め、規制緩和やら新自由主義やらの旗を振り、二言目には「自己責任」なる文句を持ち出して、時の政府に影響力を与えてきた(4月29日のバス事故にしても、規制緩和による価格競争激化と密接な関係があるだろう)。

いやはや日本の国民というのは、とことんナメられたものである。

ついでに言えば、、、
現在、新聞各社は横並びで野田政権の消費税増税路線を全面的にバックアップしているが、一方で新聞業界は「消費税率引き上げの際は、欧米諸国と同様に軽減税率を適用するよう求めている」ことをご存知ですか?

・日本新聞協会
税制改正で経産省に要望

もう何から何までデタラメだらけで、私なんぞは激怒するのが普通じゃないかと思うのだが、どうやら今もってこの程度のことで怒っているのは圧倒的少数派らしい。

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