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2012/01/13

メディア・ファシズム 〜 事実を切り取り“像”に閉じ込める印象操作という手法

予想通り、健全な法治国家のために声をあげる市民の会による告発のマスメディアの扱いはベタ記事、ガン無視である(追記:私の購読している東京新聞は本日朝刊の最終版のみベタ記事。私が購読をしている11版S<最終版の1版前>以前にはなし。そして本日夕刊でベタ記事を掲載。ただし夕刊の購読者は朝刊より相当に少ない)。

・八木啓代のひとりごと
【重大】本日、最高検に告発状を提出いたしました

一方で、エネ庁前次長サンとやらが、 200万円ポッチという小ネタの「容疑」で逮捕され、新聞の1面(私は東京新聞)を華々しく飾っており、私は思わず「気の毒にナ」と思った。
検察審査会に小沢一郎を告発した謎の市民団体についてはかつて大々的に報道したマスメディアも、検察の前代未聞の組織的犯行を告発した市民団体のことを、ネットに接触していない多くの一般国民には知られたくないようだ。

そうして、朝日新聞は本日も朝から小沢一郎フルボッコ社説を掲載。私は朝日を購読していないので確認していないが、そりゃこれだけの社説を書いておいて、「その裁判自体がおかしいだろう」という告発は掲載できないだろう(言い訳程度にひっそりと掲載する可能性はあるかもしれないが)。

*****
小沢氏公判―政治家失格は明らかだ
 民主党の元代表・小沢一郎被告が、東京地裁で2日間の被告人質問を終えた。
 政治資金収支報告書に、秘書らと共謀してうその記載などしていない。4億円の土地取引も秘書に任せており、手元の現金を用立てたほかは一切あずかり知らぬ、と無罪を訴えた。
 虚偽記入の疑惑発覚から2年あまり、国会での説明を拒み続け、昨年1月に強制起訴された際には「法廷で真実を述べる」と言っていた。
 それが、ふたを開けてみれば「記憶にはない」「秘書に任せていた」の繰り返しだった。
 むろん、裁判所は政治家としての資質を論ずる場ではない。刑事責任の有無は今春の判決を待つしかない。
 だが、小沢氏はかねて、報告書の中身の透明度に胸を張ってきたはずだ。
 「政治活動を国民の不断の監視と批判の下におき、民主政治の健全な発展を図る」という、政治資金規正法の趣旨にかなう発言だった。
 それなのに法廷では、虚偽記載の罪に問われた問題の収支報告書にさえ、いまに至っても目を通していないと答えた。
 なぜ、見もしないで内容を保証できたのか。報告書に向き合う緊張感も、報告書を見る国民に対するおそれも持ちあわせていないことを端的に示した。
 かつての政界ならいざ知らず、政治とカネに厳しい目が注がれるいま、政治家として失格であることは明らかだ。
 こんなありさまで、「私の関心は天下国家」と唱えても、だれが耳を傾けるのか。
 「小沢氏は検察にはめられたのだ」と主張してきた人々は、これでもなお小沢氏を擁護するのだろうか。
 小沢氏が信頼し、任せていたという3人の秘書らは一審で有罪判決を受けている。会計責任者だった秘書は報告書を見もせず、宣誓欄の署名も代筆させていた。別の秘書は、政治団体間での何千万円という金のやり取りも記載しなかった。
 この監督責任も免れない。
 小沢氏の「秘書任せ」の弁明が通る余地があるのは、規正法が報告書の一義的な責任を政治家本人ではなく、会計責任者に負わせているからだ。
 その見直し問題は、長らく国会で放置されてきた。
 違反の言い逃れを封じるために連座制を強化し、政治家自身が責任と倫理を明確にする制度を確立すればよい――。
 19年前に出版した著書「日本改造計画」で、こう指摘したのは小沢一郎氏その人である。
*****

このゴミ社説に対する反論は田中良紹氏の一文をお読みいただければ十分だが、ここではその一部だけ引用させていただく。

*****
・田中良紹の「国会探検」
政治家の金銭感覚(←全文はこちら)

 検察が起訴できないと判断したものを、新たな事実もないのに強制起訴したのだから当たり前と言えば当たり前である。もし検察が起訴していれば検察は捜査能力のなさを裁判で露呈する結果になったと私は思う。従って検察審査会の強制起訴は、検察にとって自らが打撃を受ける事なく小沢一郎氏を被告にし、政治的打撃を与える方法であった。

 ところがこの裁判で証人となった取調べ検事は、証拠を改竄していた事を認めたため、強制起訴そのものの正当性が問われる事になった。語るに落ちるとはこの事である。いずれにせよこの事件を画策した側は「見込み」が外れた事によって収拾の仕方を考えざるを得なくなった。もはや有罪か無罪かではない。小沢氏の道義的?責任を追及するしかなくなった。

 そう思って見ていると、権力の操り人形が思った通りの報道を始めた。小沢氏が法廷で「記憶にない」を繰り返した事を強調し、犯罪者がシラを切り通したという印象を国民に与える一方、有識者に「市民とかけ離れた異様な金銭感覚」などと言わせて小沢氏の「金権ぶり」を批判した。

 しかし「記憶にない」ものは「記憶にない」と言うしかない。繰り返したのは検察官役の指定弁護士が同じ質問を何度も繰り返したからである。そして私は政治家の金銭感覚を問題にする「市民感覚」とやらに辟易とした。政治家に対して「庶民と同じ金銭感覚を持て」と要求する国民が世界中にいるだろうか。オバマやプーチンや胡錦濤は国民から庶民的金銭感覚を期待されているのか?
*****

昨日の東京新聞朝刊の社会面にも「市民感覚懸け離れ」という見出しが躍っていたが、私もこのマスメディアが金科玉条のごとく振り回す「市民感覚」という言葉には、毎度のことながら本当に辟易とさせられる。というのも、そもそもマスメディアの人間に「市民感覚」があるとは思えないからだ。

もちろん会社によって差はあるが、たとえば朝日新聞の記者などは20代で年収は1千万を越えるか、あるいはその近辺までいくだろう。上記のような社説にタッチする編集委員になれば、年収2千万円以上は間違いない。そうして、毎晩、黒塗りのハイヤーを乗り回し、会社の経費で飲み食いをする。
さらに退職後も高額の企業年金で悠々自適に暮らせるわけで、それこそ「一般市民の感覚とは懸け離れて」いるのがマスメディアの人間である。

では、なぜそれだけのカネがもらえるかと言えば、莫大な広告収入があるからだ(もちろん販売収入他もあるが、広告収入はなんといっても真水なのである)。そして、そのなかには電力会社からのカネもたんまりと入っている。
そういう連中が、あたかも「市民感覚」の代弁者となって、特定の人物を袋叩きにするのである。

原発問題では頑張っている東京新聞も小沢問題では他のメディアとなんら変わることはない。
それについては以下のブログを読んでいただきたいのだが、、、

・くろねこの短語
読者に憤懣ぶちまける東京新聞のイチロー裁判「記者傍聴記」。貴重な傍聴券がもったいない。

私が昨日の東京新聞でもっとも引っかかったのは、記事の本文ではなく写真である。

20120113

多くの人がご存じだと思うが、報道のカメラマンというのはとにかくシャッターをたくさん切る。
とくにデジタル化して以降、フィルムの交換をする必要がなくなり、いくらでもシャッターを切ることができるようになった(しかも現像コストもなくなった)。
そうして撮影した多くの写真の中から、「これぞこの記事の方向性にピッタリ」という写真を選ぶ。

昨日の東京新聞の小沢関連記事の各面の見出しを見ると、「市民感覚 懸け離れ」「政治家としての責任は」「小沢代表 元秘書証言も否定 被告人質問 融資説明「記憶ない」」、「持論に終始 疑念拭えず」「4億円原資で説明に矛盾」、、、など、これでもかというほどネガティブなタイトルが並ぶ。
そうしておいて、いかにもふてぶてしく悪人面の写真を選んで(=一つの“像”を切り取って)掲載するのである。

私に言わせれば、これだけやれば、あとは細かい記事の内容など必要ない。
「法廷で何一つ本当のことを言わないふてぶてしい金権政治化・小沢一郎」という印象を写真という“像”に閉じ込めれば、それで小沢という悪の記号は完成するわけで、あとはその印象を振り回せばいい。

そして、この手法はこと小沢一郎のみに限ったことではなく、田中角栄の時代から(もちろんそれ以前もあったろうが)延々と続いてきた。

田中角栄は本当にただの金権政治化だったのか?
金丸信は?
江副浩正は?
鈴木宗男は? 
佐藤栄佐久は?

いや、彼らだけではない。
過去、メディア・ファシズムの血祭りにあげられた多くの人々。
彼らのいったい何が問題だったのか?

小沢問題に戻れば、土地購入の4億円の原資について、検察は総力をあげたにもかかわらず、ついにその賄賂性を実証することはできなかった。だから起訴できなかったのである。
しかし、それでもなんとしても起訴をしたい検察(=国家権力)は、なんと「本来その全て検察審査会に送られるべき不起訴記録のうち、不起訴の根拠となる証拠を密かに除外し」「敢えて審査員に起訴の心証を抱かせようとする虚偽の証拠をも密かにねつ造すること」で、素人集団である検察審査会の起訴議決を導き出したのである。

恐るべきやり口ではないか。
にもかかわらず、マスメディアはこれを一切問題にすることなく、4億円の原資の説明で騒いでいる。
検察でさえ立証できなかったものを、それでも説明不足だとなじるのならば、その前に自分たちで調査報道をすればいいだけの話だが、それすらせずに、、、
(ま、それでTBSは一度はねつ造ビデオを垂れ流したあげく、頬かむりしているが)

かくして、粛々と御用をつとめるマスメディアという“岡っ引きジャーナリズム”に守られた権力は、今日も安泰である。

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コメント

「オールマスゴミ米軍スパイ」
米軍の日本全土核兵器牧場化および対米攻撃防御盾化戦略が進行中である。
マスゴミがこれを報じないのはマスゴミも霞ヶ関同様米軍が地位協定治外法権で日本から搾り取る搾りカスからこぼれる甘い汁に群がる卑しいスパイだからである。

長周新聞の最新記事を全文転載する。

>>http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/kouhosyasibarusiminnotikarakeltusyuuhe.html

候補者縛る市民の力結集へ
岩国市長選・29日投開票
               裏切りぞろいの各陣営     2012年1月11日付
 
 米軍再編問題を最大争点とする岩国市長選が29日に迫っている。岩国市では、民主党政府のあからさまな公約裏切りのもとで、二井知事、福田市長が愛宕山開発用地を米軍住宅用地として国に売却することを表明し、厚木基地からの空母艦載機部隊の移駐を事実上容認してきた。市民の怒りはうっ積しているが、選挙戦はしらけきっている。自民党に続いて民主党が裏切り、「日共」集団が市民の運動を引きずり回してすっかり沈滞させてしまった。かれら既成の政治勢力がなにかいいことをしてくれることを期待することはできない。それなら市民はどうするか。岩国市民の声を調査し、整理してみた。
 22日の告示が迫っているが、市内では選挙に向けた目立った動きが見られない。今回の市長選では、現職の福田良彦市長、四年前に「艦載機移転反対」を唱えて市長の座を追われた井原勝介元市長、そして、「日共」集団が擁立した元高教組委員長の吉岡光則氏の3氏が立候補を表明している。
 しかし「ウソのように静かだ」「選挙の話題にもならない」と語られている。自民党福田市政は艦載機移駐の容認、愛宕山の米軍売り飛ばしを強行してきた。対する井原陣営は民主党平岡代議士側が裏切るなかで米軍再編問題を争点とすることを避け対決姿勢が乏しい。「日共」集団はこの間、市民の大衆的な運動を沈静化させ、福田市政の暴走を助けることに貢献してきたが、立候補で福田陣営を喜ばせる役回りとなっている。
 前回市長選で敗れた後、米軍再編反対の市民運動のリーダー的な存在として持ち上げられてきた井原元市長は、「市民税の10%減税」「市長報酬の五割削減」「市議会議員定数の3割減」などをうたい、最大の争点である米軍問題については「現職市長が容認している現状を踏まえる」「基地問題は争点にならない」と公言してきた。後援会パンフレットでも米軍問題に触れていなかった。
 しかしこれに「堂堂と米軍再編反対を掲げろ」「逃げるな」と市民が総反発してきた。年明けに配られたパンフレットのなかでは「愛宕山の売却の阻止」が加えられ、「これ以上の機能強化には反対」「民意を無視し一方的に進められる空母艦載機の移駐にも反対」と明記した。だが、わざわざ「現在の米軍基地の存在は認める」と強調する及び腰的な態度。井原陣営は市民からの突き上げで引きずられている関係となっている。
 「日共」集団が独自候補を立てているが、市民のなかでは米軍再編反対の市民世論を分断し福田陣営を助けるものとして批判を受けている。住民が語っているのは、昨年の県議選において井原夫人との票の奪い合いで対立を深め、「日共」集団が議席を失ったことへの仕返しということである。岩国市民全体の利益は二の次で、自分たちの党派の利益しか考えない姿への怒りは大きい。
 「日共」集団は、前回市長選後、愛宕山現地の座り込みなどに乗り込み、その旗振りをしてきたが、それは市民を運動から遠ざけるのに決定的な役割を果たした。かれらは市民の目には届かない愛宕山現地での座り込みや爆音訴訟など、運動の枠を基地や愛宕山周辺の地域的な直接利害だけに切り縮め、全市的に発展した運動を片隅の運動にするのに役割を果たしてきた。
 「市民のためではなく自分の党派の票集めのための運動参加だ」「選挙目的の自己アピールに嫌気がさして住民が参加しなくなったが、はじめから市民のためではなく、自分たちのためではないか」「運動の私物化にもほどがある」として信用を失っている。
 自民党もダメ、民主党もダメ、「日共」集団もダメで市民はどうすることもできないのか。市政、県政であれ、国政であれ、今どき既存の政党が市民のためにみずからすすんでいいことをすることはない。政治を動かす最大の原動力は市民の大衆的な力であり、その力が全国と団結することで、だれが市長になってもその首に縄を掛け、市民のいうことを聞かせるようにするかどうかが分かれ道だという関係になっている。
 「岩国はおとなしい」といわれてきたが、近年は空母艦載機移駐に反対して一万人規模の市民大会を開いたり、住民投票で圧倒的な拒否を表明してきたりした。この市民大衆の世論と運動を、この選挙でふたたびとり戻すかが大きな焦点となっている。

 米軍占領支配との対決 空襲で基地奪い拡張

 6年前の住民投票で「艦載機移駐反対」が圧倒して以来、市民の中では60年に及ぶ米軍支配に縛られた戦後を根底から見直す論議が発展した。これまで「基地容認」だった井原元市長をして「移転反対」を表明させる強力な市民世論が形成されてきた。安倍自民党政府(当時)が交付金の凍結という経済制裁をかけ、金力・権力の総動員で襲いかかるなかでおこなわれた前回市長選では、有形無形のあらゆる謀略が飛び交う中で1700票差という僅差となり、福田陣営が「勝利」とはいえない状況をつくった。その後の衆院2区補欠選挙、09年の総選挙では自民党候補を大差で叩き落とし、米軍再編への市民の怒りを突きつけるものとなった。
 だが「米軍再編見直し」を掲げて与党となった民主党はすぐに公約を投げ捨て、「米軍再編ロードマップの遵守」「自民党路線の継承」を表明。岩国への艦載機移転の受け皿である米軍住宅用地として愛宕山買いとりの予算を計上した。「草の根ネットワーク」などの市民団体を立ち上げた井原元市長も、「現状容認」の色合いを強めて「地方自治」などへと問題をそらしてきた。当初は米軍再編反対で結集していた市民団体でも「井原氏の後援会のようになって嫌気がさしてやめていく人が増えた」「市民の声を聞くのではなく、井原氏の政治信条を押しつけるもので市民の要求からずれている」と離れていく市民が続出した。井原批判の「日共」集団も市民の運動破壊では共通した。
 岩国市民の米軍再編に反対する運動が盛り上がった要因はなんであったか。それは米軍に占領支配されてきた戦後六十数年の経験であった。日本の降伏がわかっている8月14日にやられた残虐な岩国空襲の体験。それは岩国駅を中心にして上下線の列車がちょうど停車している時間帯にB29による集中的な爆撃をやり、1000人近い市民を惨殺した。しかし海軍の飛行場は無傷で残した。米軍が基地として占領するために、市民を惨殺して脅し上げるものであった。
 戦後の全経験は、米軍が日本人を虫けらのようにしか見なしてこなかったことである。米軍が日本を守るのではなく、日本が米軍を守る関係であることは岩国市民みんなが経験してきたことであった。9・11ニューヨークテロ事件の際には、基地は厳戒態勢で、米兵が市民に銃口を向け、自衛隊は市民から基地を守るために動いた。
 岩国では政治も行政も経済も、道路や鉄道、港湾も、電気や水道、学校や文化もすべてが米軍優先で、市民は片隅におかれてきた現実である。日本政府が出す国民の血税で、5000万~6000万円もかけた豪華な米兵住宅が建てられ、1年中エアコンはつけっぱなし、米兵子弟の学校も同じ贅沢三昧。
 そして今度の空母艦載機移駐に至る基地の沖合拡張は、はじめから基地拡張をもくろみながら、危険性を少なくするための沖合移設と市民をだましてすすめた。愛宕山の米兵住宅建設も岩国市民の住宅開発とだましてすすめた。ふたを開けてみれば、基地を2倍に拡張し、空母が接岸できるような港まで建設。基地問題をめぐってはいつも市民をだますのが常であった。

 対中国戦争を企む米国 岩国はじめ日本盾に

 そしてアメリカは中国、朝鮮との戦争を準備してきており、その最前線基地に日本の米軍基地を位置づけてきた。日本を鉄砲玉にし盾にして戦争をする態勢をすすめてきた。岩国基地を前線基地にし、標的にするというとんでもない計画である。
 オバマ米政府が最近打ち出したアメリカの新国防戦略では、国防費の大幅な削減を迫られるなかで、これまでの中東、アジアの「二正面作戦」をやめて、アジア・太平洋地域重視へと見直し、日本に対するさらなる負担を求めている。そこでは中国を「アメリカにとっての潜在的脅威」と名指しし、アジアでの戦争準備を強める方針である。
 有事の際には軍事基地がミサイル攻撃を受けることを想定し、海兵隊をオーストラリアなどに分散させる。つまり岩国をはじめ在日米軍基地がミサイルの標的になることがアメリカの戦略上の前提であることを隠さない。第二次大戦で原爆まで投下して占領した日本を再び核戦争の火の海に投げ込むというものであり、岩国市民のみならず日本人民全体にとって「仕方がない」では済まされない事態となっている。
 民主党政府は、アメリカの要求に従ってTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を推進し、日本ではさらなる市場原理改革を加速させて日本の富を根こそぎアメリカへ吸い上げるとともに、経済ブロック化を進めて中国に対抗している。戦後の対米従属の下で、国の食糧確保であり国土保全、水資源確保、歴史文化の継承にとって重要な農林漁業を潰してきたが、今では工業も海外移転を促進して空洞化させ、日本社会を成り立たないようにしている。国内の雇用はなくし、文化も教育も日本全体がアメリカの植民地のようにされて国民生活が破壊されている。岩国の米軍支配による植民地的な状態は、日本全国の縮図であり、岩国市民が基地の撤去を求めるのは、日本の独立と平和、繁栄を実現する全国民的な課題となっている。
 米軍基地を増強し、岩国を丸ごとアメリカ村にすることは、日本全国を同じようにすることを意味する。そして日本社会がさんざんに食いつぶされ、あげくの果てにはアメリカの国益のための原水爆戦争で、再び火の海に投げ込まれるという屈辱はすべての日本民族の許すことのできないことである。
 岩国の市民の大衆的な運動が強いものになったのは、この民族の命運をかけた争点が鮮明だからである。「日共」集団その他の市民の運動に抱きついた諸勢力の特徴は、この大きな争点をそらして、特定地域の危険性や環境問題に限定したこと、それによって岩国全市に広がった運動の結集体をつぶしたことである。かれらの票集めのために利用したということでもある。
 問題は、岩国基地増強をめぐる全市民的、全国民的な死活の争点を鮮明にすることで、全市民の大衆的な世論と運動を、この選挙のなかでどう強めるかであり、その力で候補者をいかに縛り付けるかである。政治勢力が市民を引きずり回すのではなく、市民大衆が政治勢力を縛り付け引っ張っていく関係をつくることである。

 深刻な経済の疲弊 米軍への売り飛ばし政治4年間で加速

 川下地区では12月31日に酒に酔った米兵2人が70代の一人暮らしの婦人の家の窓ガラスを割って侵入した事件や、米兵がうさ晴らしのために店のドアのガラスを蹴り割った経験などが語られている。「米軍もアフガンで失敗、イラクでも失敗で市民めがけてストレス発散をする。アメリカ国内でも雇用が悪化し、刑務所あがりを軍に入れたりしているので精神がすさんでいる。市民がおとなしければ米軍は増長する」と語られている。
 「福田市長は昨年から川下小学校や高森みどり中などで基地内のペリースクールとの交流をさせている。給食食器にまで“米軍再編交付金”のラベルを貼らせた。米軍美化のために子どもを利用するなどパフォーマンスがすぎる。ゲート前では、他県ナンバーの車が米兵のエスコートで基地内に入っていくが、“本場の英語が学べる”とか軽薄な勘違いをした女学生などがひどい目にあっている。米軍が“イエローキャブ(売春婦)”といっているのを知っているのか」と怒りをもって語られている。
 さらに、今岩国では経済の疲弊が4年前からさらに深刻になっている。昨年には市内では最大企業である日本製紙が生産量の15%削減と従業員100人、関連企業100人を含める200人の解雇を発表した。「年間7000㌧の生産能力をもつ工場を停止するので下請の打撃も大きい」「50代を中心に早期退職が促されているが、新規採用はなくなる」といわれ、さらなる雇用状況の悪化が懸念されている。
 これまでにも米軍機の飛行ルートにあたる帝人岩国工場の煙突は切られ、生産拠点を松山に移転。錦川水系の豊富な水資源と港湾を持ちながら、騒音や治安の悪化、港の軍用化のなかで商業港として発展の道が閉ざされた。三菱レーヨン、東洋紡などの繊維産業も縮小、その他の製造業や石油産業なども撤退の流れが加速している。今の大企業の海外移転の流れに加えて、基地に制限されることによって経済的な疲弊が強まった。今後20年で、人口総数は3割近く減少し、なかでも生産年齢人口(15~65歳未満)が4割近く減ると試算されている。
 雇用が厳しくなるに従って岩国のメイン通りである駅前商店街はシャッター通りとなり、老舗小売店が雪崩を打つように廃業していった。ただでさえ岩国市の一等地である川下地区を基地として占領され、愛宕山も米軍住宅にする。固定資産税も入らないうえに「見返り」としてつくられる運動施設も米軍施設であり、そこに市民の自由はない。はじめから赤字がわかりきって進められた愛宕山開発事業を見るまでもなく、まちづくりも米軍優先で市財政はいつも火の車におかれ、わざとでも市民を住みにくくさせて米軍に売り飛ばすという政治が進行してきたのが岩国の現実であった。
 駅前の商店主は、「客層に若者がいなくなり、ほとんどがお年寄りになった。売上は年年落ち込んで、経営者も高齢化して後継ぎがなければ廃業していく。そんなところで駅前開発などをしても、徳山をみても全国どこでも失敗例ばかりで幽霊屋敷のようになるのはわかりきっている。駅舎建て替えもJRは最初から金は出さないと明言し、発頭になっているのは工事に関係する業者や地権者など少しでも利益を得ようという部分だけ。国の補助金や税金にまぶり付くだけで、本気で市の将来のためになると思っているものはいないからみんながしらける。米軍問題は“来るものは来るのだから仕方がない”と思いがちだが、ご無理ごもっともで好き放題にさせていたら子どもの教育も含めて岩国はズタズタになっていく」と思いを語った。
 川下地区や麻里布地区では日本人用の飲食店が減り、米兵目当てのワンショットバーなどが増え始めた。4000人もの米軍が移転してくることでアメリカ村になり、米兵が我が物顔で市民が片隅におかれることが危惧されている。
 別の市民は、「フジやイズミも売上が減り、商店街の組合費の値下げを要求してくる始末。市内で働く現役世代が少なくなり、飲食店がなくなるに従って、米屋や酒屋などの業者も減っていく。基地の交付金で市役所だけは豪華になったが、酒販組合や周辺の商店組合は解散した。岩国は交付金で成り立っていると強調されるが、その金はどこに消えているのか」と思いをぶつけた。

 際立つ福田市長の孤立 栄えるのは米軍だけ

 このようななかで福田市長の孤立ぶりは際だっている。選挙戦は井原陣営と「日共」陣営のケンカが頼りとなっている。前回市長選では米軍再編容認を迫る自民党政府の「経済制裁」や市議会による予算否決に便乗し、「このままでは岩国市は倒産する」「保険料や税金も値上がりし、国立病院の移転も白紙になり、福祉バスも廃止になる」と吹聴。「現実的対応(容認)すれば医療費無料、保育料無料、給食費無料になる」などといって、県から補助金を受けている各種団体、創価学会などの宗教団体、山銀などの金融機関に依存する土建企業、医療機関などを締め上げて総動員し、1700票差でかつがつ当選した。
 しかしこの4年間で、その化けの皮が剥がれて、求心力はまったく衰えた。前回までは熱心に動いていた商工会議所青年部なども鳴りを潜め、基盤であった中小企業からは「地元企業に仕事が回るといわれたがだまされただけ」「選挙応援どころの話ではない」と冷ややかに語られている。
 基地内の沖合拡張事業や、最大の目玉である民間空港開港も利権を独占しているのは、広島からやってくるゼネコンや第三セクターの空港ビル社長に就任した商議所ボスの柏原伸二氏(カシワバラ・コーポレーション社長)の関連企業だけで「地元には孫請も回ってこない」状態。同時並行で福田市長の自宅が新築になったり、賃貸マンションが建てられるなど左うちわの生活ぶりが市民の中では語りぐさになっている。「明らかな癒着関係ができあがっている。だれのための市政なのか」と不満が絶えない。
 ある自営業者は、「昨年9月まで土木事業がまったく動かず、廃業した業者もいる。震災の影響で資材が高騰し、防衛省の予算も下りないため、防音工事も全面ストップしている状況で市内の建設業者がさらに淘汰されるのは時間の問題だ」と語る。
 「民空や愛宕山の運動施設という鼻先にニンジンをぶら下げて建設業者を煽っているが、市役所庁舎や防衛省の仕事が決まったとたんに県外から暴力団系の業者がどんどん乗り込んできて数百万円をぼりとられた話や、大部分をピンハネして下請けに丸投げするなど結局バカを見るのは地元業者だと話題になる。年収200万円以下の人間ばかりで市内が活性化するわけがない。一時的に仕事が回ってもこれで岩国の経済がよくなると考えている市民はいないし以前の“夢物語”にはみんな冷め切っている。“だれのおかげで市長になったのか!”といってやりたい」と収まらぬ胸の内を語っていた。
 別の自営業者は、「この4年で福田市長の無能ぶりが嫌というほどわかった。結局は柏原など一部経済人のいいなりで艦載機を容認し、民間空港などでもうけるのは息のかかった一部の人間ばかり。市内では雇用がなく、若い者は県外へ出て行く。東北のガレキ撤去作業に出て行ったりして、食いつないでいる同業者もいる。子どもに仕事を継げとはいえない状況になっている。大規模な公共事業をゼネコンに流すだけでなく、中小企業の育成をやるべきだ」と話した。
 「基地による繁栄」や「共存共栄」などを真に受けるものはおらず、米軍が栄えるに従って進む市民生活の疲弊が実感されている。
 さんざん市民を欺瞞し、暴走したあげくの孤立であり、選挙を前にして市民の中に直接入る勇気もない様子で、市内では「早く回ってこい。いってやりたいことは山ほどある」と手ぐすねを引いて待っている市民も少なくない。

 全国と連帯力の結集を 市政動かすのは市民

 こうしたなかの市長選であるが、有能な人物を市長に据えればうまくいくというものではなく、だれが市長であろうがこれを市民の運動によって縛り付けていく市民の力がなければ市政を動かすことはできない。福田市長の暴走は、国の強権をバックにしたものであるが、同時にそれは市民の運動をつぶす役割をしてきた党派の助けによるものである。市長選は、そういう仕掛けを突き破って、独立、平和、繁栄を求める全国と連帯した岩国市民の力をどう結集するかが最大の焦点となる。
(転載終わり)

投稿: 通りがけ | 2012/01/13 23:16

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» マスコミはいかにして世界が戦争をするように仕向けているのか:報道のふり [マスコミに載らない海外記事]
James Corbett grtv.ca 2012年1月2日 (訳注:リンク先は原文通りに設定。したがって、文章の場合は英語原文。) イラン、シリア、南シナ海や世界中の他の紛争地域や引火点で、陣太鼓がまたもや鳴り響き始めている今、虐殺に飽き飽きした世界や、紛争にうんざりした国民が、一体どうしてそうした場所に引き込まれ... [続きを読む]

受信: 2012/01/13 12:28

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