« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011/12/31

2011年の○と×

今年は人生49年でもっともひどい年であった。
ということで2011年の○と×、というよりも×と○。

最大の×はもちろん東京電力福島第一原発の破局事故。
私は当ブログで、原子力発電所が破局事故を起こす可能性は十分にあり、しかも電力会社ほどデタラメなものはないということを再三、書いてきた。
たとえば↓

・北朝鮮についての続き

・予定調和国家

・北朝鮮よりタチの悪い会社

・不敬企業、不敬メディア

しかし、それにしても、ここまでの事態(原発3機がメルトスルー、さらに使用済み核燃料のつまったプールのある建屋がボロボロ)が起きると、驚愕、慄然とするより他はなかった。
しかもさらに驚くべきことは、ことここに至っても、マスメディアはほとんどまともな真実を伝えないことである。
私はいまでも事故直後の春先、テレビに流れた東京電力のお詫び広告についてこだわっている。
あの時の広告の実施料金はいくらだったのか?
東京電力はダンピングが激しい広告業界にあって、間違いなく正規料金を支払うクライアントである(なにしろ総括原価方式だから、広告料金の値引き交渉などする必要がない)。その東電が、あのお詫び広告で正規料金をメディアに支払ったとしたら、それは福島県民の補償よりもメディア対策を優先したことを意味する(もちろん広告代理店にもマージンがガッポリ入る)。
そして、調べる手立てはないけれども、3.11後のメディアの状況(とくにテレビ)を見ると、相当に高い確率で正規料金での取引がなされたのだと私は思う(金平茂紀なんぞは、まず自社の広告局へ行って、お詫び広告の料金を調べるべきだろう。なにしろ自分自身の給料の中に東電からのカネが入っている可能性があるのだから)。

・原発広告とメディアの関係(2011年3月2日記)

・広告不況がもたらすマスメディアのもう一つの劣化(2011年2月7日記)

東京電力とマスメディアに最大の×。

Small
『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』
※紀伊国屋BookWebやソニーリーダストアなどへは左のリンクから。

同じく野田政権に最大の×。
私はかねて、少しの例外をのぞいて、「新政権は最悪を更新する」と思っているのだけれども、まあ野田政権はもちろん例外ではない。
しかし、この政権こそ独裁権力としての霞が関にとっては予定通りにできたもだろう。
思うに、ある時期から霞が関は自民党政権の存続を諦め、いずれ政権交代が起きることを視野に入れた。
しかし、ここで小沢一郎に政権を取られてはなんとしても困る。そこで、小沢一郎の“政治とカネ”のスキャンダルを捏造して、次期総理大臣が約束されていた小沢を民主党代表の座から引きずり下ろした。
ここで私は思うのだが、もし小沢が政権交代時にそのまま総理大臣となっていたら、今とはずいぶんと異なった世の中になっていただろう。そして、間違いなく東日本大震災、そして福島原発破局事故に対する対応も違ったものになっていたと思う。
その意味で、あの時に小沢スキャンダルを仕掛けた連中は万死に値する。
ということで検察と検察審査会に最大の×。

以上、こうして見ていくと2011年に起きた不祥事、不幸は、すべて日本のこれまでの権力機構の腐敗に由来していることがわかる。
ところが、依然としてこの体制は続いているのである。そして、そうである限り、私は第二の破局(「野田破局」)が来ると予想している。
なにしろ、放射能による災害は今でも続いているのであって、しかも広まっている。
「来年はいい年にしましょう」とは年末の決まり文句だが、残念ながら核による災害というのはわれわれの人智に及ぶところではなく、これから年を追うごとに状況は悪くなるだろう。

悪い話はこれぐらいにして、あとはサラッと。

ネットメディア、自由報道協会に○。
東京電力の会見を中継し続けた岩上安身氏のIWJは、絶望的なマスメディアと真逆の可能性をますます広げている。

東京新聞に○。2年ぶりぐらいで新聞購読を再開。「こちら特報部」は素晴らしい。

facebookに○。複数の小学校時代の友人を発見。

「久米宏ラジオなんですけど」と「伊集院光 深夜の馬鹿力」に○。
この二つの番組は相変わらず愛聴しているが、とくにラジオにおける久米宏の存在感は圧倒的。番組の企画力も素晴らしい。ちなみにこの二つの番組は同じプロデューサー。

しかしながら、総じてTBSラジオに×。
私は長らくTBSラジオがメインのリスナーだったが、上記の番組以外はもうあまり聴かない(永六輔さんの番組と「宮川賢バカバカ行進曲」「安住紳一郎の日曜天国」は聴くが)。TBSは伊集院に土下座して、日曜の午後に戻ってきてもらったほうがいいです。

逆に文化放送に○。
吉田照美の番組はとくにイイ! その他の番組もなかなかよく、平日につけるラジオはすっかり文化放送になってしまった。

立川談志師匠の訃報に×。しかして落語界のますますの活況に○。
個人的には今年は柳亭市馬を聴いた一年。
その市馬の年末の「年忘れ市馬落語集」に○。
この会に出演していた春風亭一之輔と桃月庵白酒に○。

中日のセ・リーグ優勝に○。そして落合監督の退任に×。
ま、来年のプロ野球はもう巨人で鉄板でしょう。

浦和レッズに×。来年は少しはよくなるかな。

最後に母校のサッカー部に○。
最近、スポーツはすべてダメダメなわが母校。ところが、サッカー部が関東大学リーグで初優勝。
大学選手権(インカレ)も決勝へ。
攻撃的で華麗なパスサッカーで、是非とも初出場、初優勝を!


| | コメント (9) | トラックバック (0)

2011/12/24

東京電力と北朝鮮 〜 マスメディアという洗脳装置が作り出す印象操作の罠

*****
かつてジョージ・オーウェルは、空想的な近未来小説『一九八四年』を書いた。その主題は、管理社会における管理の極度な近代化は、ついに中世的な蛮行と相似形になる、という逆説にあると、わたしは考えている。その意味で、ニッポン低国の市民社会は、まさにジョージ・オーウェルの空想を裏書きしたのである。無名の大衆をひきずり出し、袋叩きにするスキャンダルの新時代とは、いいかえるならスキャンダルを使った超管理社会の実現にほかならない。ロス疑惑の登場をもって、われわれは、いわばメディア・ファシズムの新時代に突入したのである。
 ブラジルやチリやフィリピンでは、軍隊が最終的な管理の仕上げをしている。ソ連では官僚制が、イランでは宗教がその役目を担うだろう。われわれの日本では、メディアが管理の尖兵となる。社会主義国家における強制収容所をもち出し、もっぱらオーウェル『一九八四年』を反共宣伝のために利用している文化人たちは、自分がメディアの牢獄に囚えられていることには、まるで無知なように見える。

   *****

メディアは、気分と印象を操って、スキャンダルをでっちあげる。でっちあげられた対象は、記号に祭り上げられ、ただ記号として消費される。もともと実体ではないのだから、もはや定められた像をくつがえすことは不可能なのだ。

   *****

いまや病の身ではあるが、目白の帝王・闇将軍こと角栄サンこそ、構造としての国家スキャンダルをかくすために、個人の上にスキャンダルを押しつけられ、スキャンダルの代名詞へ“記号”化された“像”にほかならない。すこしでも考えてみればわかるように、田中角栄という悪の記号が生み出され、流布されることによって、ロッキード疑獄などに示される構造としての国家スキャンダル(そして国家こそがスキャンダルであるという構造)は、より広く、より明るみのなかで問われることになっただろうか。まったくその逆だ。一億総正義の士になって角栄サンをののしっている間に、構造はまんまんと秘匿されてしまったではないか。

以上、引用はいずれも岡庭昇著『テレビ帝国の教科書』(1985年)より
*****

今週、「とくダネ!」を見ていたら、司会の小倉智昭が北朝鮮の後継者と目される金正恩に関する神話(4歳の時だったかに拳銃を撃ったら、すべての弾が的に当たったとかいう類の話)について、「そんなことあるわけねえだろ」と吐き捨てた。
もちろん、これは笑ってしまうほどに明々白々なでっち上げの神話である。

さてしかし、、、
では小倉は、同じく笑ってしまうほどに明々白々なでっち上げである東京電力福島第一原発の収束宣言、「冷温停止状態」達成というニュースについても同じように「そんなことがあるわけねえだろ」と吐き捨てたのか。私はこの番組を毎日見てチェックしているわけではないが、少なくもとこのニュースを扱っていたある一日には、そのような言動はしていなかった。

それにしても、、、
金正日死去に乗じた今週のメディア(とくにテレビ)の北朝鮮に対する袋叩きぶりは異様だった。
それはまさに記号化された印象の操作に他ならない。「北朝鮮=怪しい国」と決めつけ、泣き女や金正恩の美味しすぎる映像を切り取って最大限に使う一方、この問題になると必ず出てくるコメンテーターに筋書き通りのコメントを喋らせる。まさに入神の技だ。
そして、結局のところ、その映像から何が導きだされるのかというと、「北朝鮮は何をするかわからない危ない国」で「情報は厳しく統制され国民は洗脳されているから」「そういう危ない国が核を持っていつ暴走するかわからない」といった筋書きである。
私はこういう映像を見て、呆れを通り越して笑ってしまった。
なぜなら、それはすべて東京電力を中心とする日本の原子力マフィアに当てはまることで、しかもすでにその狂った連中の暴走によって、日本は核による壊滅的な打撃を受けてしまったのだから。

「それはそれとして、しかし北朝鮮がとんでもない国であるのは事実だろう」と意見はもちろんある。私は北朝鮮の現体制の擁護者では断じてないが、ここで金正日についての一つの見方を提出してみたいと思う。
私は1994年に金日成が死んだ時、「北朝鮮はもうもたないな」と思ったものだった。
金日成の評価はさておくとして、この指導者にカリスマ性があったことは事実である。在日コリアンの女性の友人から聞いた話では、金日成はかの国の基準ではとにかく美男子なのだそうだ。したがって、女性は政治体制に不満があっても、金日成を見るともうそれだけで参ってしまったものだという。
それに比べると、金正日というのは、まあ不細工でぶ男、いかにも出来の悪いニ代目といった感じで、とても金日成のカリスマ性を引き継げるとは思えなかった。
ところが、結果的に金正日は死ぬまで体制を維持することに成功し、後継者の道筋も作った。
これは金日成、金正日と二代にわたって虐げられた北朝鮮国民にとっては誠に気の毒としかいいようがない。しかし一方でこの間、北朝鮮は核開発をしてテポドンを海にポチャリと落とすなど、常に「何をするかわからないぞ」という印象をチラ見せしながら、周辺諸国やアメリカの強い圧力を免れた。それどころかむしろ手玉にとって、明日潰れるかもしれないと思われた体制を維持したのである。私はこれはこれで大した政治的手腕だなと思うのである。
同じ世襲でも、祖父の七光りのみで首相になった挙げ句、腹が痛くなって政権を放り投げたアベシンゾーなどとはそもそも根性の入り方が違う(そのアベシンゾーがノコノコ出てきて北朝鮮についてあちこちで喋っているのには笑った)。

ここで私なりに断言しておくと、北の核が暴発するとか、その核が日本に向けられるなどということはあり得ない。
なぜなら、前述したように、北朝鮮の瀬戸際外交の肝は、本当に暴発するのではなく、その素振りを見せることで成立しているからだ。したがって、実際に暴発しては元も子もないのである。
まして、繰り返しになるが、すでに日本は東京電力の核でとんでもないことになっている(いまだに政府やメディアのことを信じて洗脳されている国民は知らないが)。その日本に、さらなる核攻撃なんぞをしたら、それこそ国際的な非難を浴びるわけで、そのような選択をするはずがない。
というよりも、、、
そもそも日本に敵対するのに自前の核などいらないのである。安全保障について、実はまったく真剣に考えていないこの国では、狭い国土にめったやたらに原発が林立しており、そのどこか一つをちょっとでも叩かれればそれでジ・エンドだったのだ。

では、東京電力という超ブラック企業の核を棚上げにして、北朝鮮の怪しさを真顔でまくしたてるメディアの意図は何なのか?

ここで話は突然飛ぶが、今年の芸能界の大きなニュースの一つは島田紳助の引退だった。その理由は紳助が暴力団と親密な交際をしていたからだそうだ。
私は芸能界というものには興味はないが、芸人が暴力団(というよりもヤクザ)と付き合うことは、別に珍しいことではないし、芸能の興行とヤクザは切っても切り離せない関係にあることは常識である。
(個人的にはヤクザを暴力団と呼ぶこともまた一つの印象操作であり、記号化だと思う)
では、なぜヤクザが悪いのかというと、反社会的な存在だからということになる。
実は私はこの世間に流布しているヤクザ=反社会的という“一般的な常識”についても少しく異論があるのだが、今はそれはおいておくとして、反社会的な集団と親密に交際することが自らの職業を捨てて引退しなければならないほど重要なことであるならば、とびきりの反社会的な集団である東京電力と親密交際をしていた国会議員や官僚、学者はなぜ糾弾されないのだろうか?

かつて“リクルート事件”が起きた時に、未公開株を受け取った個人までがさんざん糾弾されたことがある。あるいは古い話で恐縮だが、投資ジャーナル事件というのが起きた時、その主催者である中江滋樹から7000万円だかのマンションをもらった女性芸能人は、それゆえにメディアから吊るし上げを食らったものだった。
そんな些細なこと(とあえて言うが)ですら大騒ぎするメディアが、国土を放射能で汚染させるという日本の歴史上、始って以来の大罪を犯したあげく(もちろん世界的な海洋汚染も大問題)、後世にまで残るその重大な影響をまったく無視する悪魔の企業とその関係者を野放しにしているのはなぜか。
それはメディアもまた同じ穴の狢だからである。

22日に行われたシンポジウム、「検察、世論、冤罪 III」のなかで山口一臣前「週刊朝日」編集長は、近年のメディアの劣化を嘆くとともに、ジャーナリズムの役割は最終的に権力の監視であって、自分もそう教わってきたというようなことを言っていた。
しかし、私に言わせればそれもまた印象操作なのであって、実はジャーナリズムが権力の監視者であったためしはほとんどない。どころか、霞が関という独裁権力と一体化して、巧みに悪の国家、悪の政治家、悪の組織を仕立て上げつつ、一方で東京電力という超ブラック企業をまるで真逆の超優良企業に印象操作しながら、利権共同体の尖兵をつとめてきたのだ。

このマスメディアの罠に気づいて、その呪縛から逃れることが日本再建の第一歩だと私は思うのだが、「家政婦のミタ」の視聴率が40%などという話を聞くと、その道はまだまだ遠い。もちろん、このドラマ自体の出来は良かったのかもしれない。が、呆れるほど多くの時間帯を費やして番組の大キャンペーンを張ったあの日本テレビの番宣ぶりは洗脳以外の何ものでない。
その結果としての40%という数字に、この国の権力集団は「テレビを使えば、まだまだいくらでも国民を騙せるな」とほくそ笑んでいるのではないだろうか。


※お知らせ
岡庭昇著「テレビ帝国の教科書」は、来年1月、志木電子書籍より刊行されます。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2011/12/20

ひょっとして独裁が終わる?北朝鮮が少しうらやましい件

昨日からメディアは金正日急死一色である。
この“大騒ぎ”ぶりを見ていると、ひねくれ者の私は、日本人はホントに北朝鮮のニュースが好きなんだなァと思うのだが、それはさておき、、、
メディアの一連の報道には共通点があって、それは突きつめると「北朝鮮は異常な独裁国家で、その独裁者が死んだ後は不安定になるかもしれない。この国は核開発をしているので、暴走しないとも限らない」というあたりに収斂する。

本日の東京新聞社会面を見ると、「19日、平壌で、金正日総書記の死去を受け、泣き崩れる市民=共同」というキャプションで複数の女性が泣き崩れている写真を掲載している。確かにこの写真だけ見ていれば、「やっぱりおかしな国だナ」とは思うが、朝鮮半島には「泣き女」という類の人がいるわけで、それを知っていると知らないでは、この写真の見方も相当に変わってくることは事実だ。

さて、金正日後の北朝鮮がどうなるのか。
もちろん私にはわからないが、それでもあえて個人的な予想を述べてみると、噂の三男が順調に権力を継承できるとは思えない。つまり、個人崇拝を基本にした独裁というのは、そうそう長続きはしないのではないかと思うのである。
「しかし、現実に独裁は金日成から金正日に引き継がれたじゃないか」
と言われれば、まあその通りなのだが、だからこそ誤解を恐れずに言えば、金正日というのはそれはそれでなかなか大したものだったわけで、金正恩なる人物にそれほどの力はなかろうと思うのだ。ほら、「世襲経営は三代目が潰す」なんてこともよく言われますしね。
で、その場合、どうなるかというと、しかし北朝鮮というのはなかなかにしたたかな国だから、おかしな暴走はせずに(その素振りは見せるかもしれないが)、なんとか軟着陸する方向へ向かうのではないだろうか。

で、まあもし本当にそうなったとしたら、北朝鮮がうらやましいナと私は思うのである。
なぜなら、日本の独裁権力というのは霞が関という組織にる集団的な独裁であるため、個人による独裁とは比較にならないほど強固で、終わる見込みがないから。

私は何度となくこのブログで書いているが(例:世界の独裁者が憧れる国)、日本こそは世界でもっとも優れた独裁国家である。なにしろこの制度は“民主主義”をも呑み込んで成立しており、国民の多くは自分たちが独裁国家で暮らしているとは思わない。
それをいいことに、霞が関を中心とした利権共同体が、国民をなめきって、およそやりたい放題にやっているのがこの国の本質である。

金正日が死んで、北朝鮮の核がどうなるかなんて、ハッキリ言ってそんなことを心配している場合ではない。
なにしろ、すでにこの国は東京電力の核で壊滅状態なのである。
しかも、この福島第一原発から飛散した放射能は無主物で、東電の知ったことではないという。
北朝鮮の拉致問題で激怒する日本人が、なんでこの論理に激怒しないのかが私には不思議だ。

その福島第一原発はメルトダウンどころかメルトスルーをしており、今現在、溶け落ちた核燃料がどこにあるのかサッパリわからないのに、野田という総理大臣は高らかに「収束宣言」。
本来ならばその放射線量の高さから、全員退避させなければならない地域が広範にあるのに、まったく無視を決め込んだあげく、徐々に住民を戻していきたいのだそうな。
そういうことだから、今後、住民の健康被害については、放射能との因果関係をおいそれとは認めないだろう(それは数々の公害問題で経験済みだが)。

ま、福島第一原発事故の収束がいつのことになるのかは誰もわからず(なにしろ放射能の影響というのは万年単位で残るんだから)、少なくとも野田が生きているうちに終わることはない。つまり、未来の世代がどれだけ野田を呪おうが恨もうが、死んだ後のことは知ったこっちゃない。究極の無責任、これが現在の民主党政権の本質だ。

だが、そもそもこの野“ブ”田、本来ならば総理大臣にはなれないはずだった。
普通のまともな民主主義国家だったら、小沢一郎が総理大臣になっていたはずなのである。
ところが、次期総理大臣が確実だった小沢に対して霞が関はスキャンダルをでっち上げ、野党第一党代表の座から引きずり下ろすと、それでも政権交代を実現した民主党に対して、今度は鳩山由紀夫を袋叩き。並行してさらに小沢のスキャンダルをでっち上げ、ついには検察では起訴できないから、検察審査会という謎のグループを使って強制起訴。
その際の捜査報告書には、検事のでっち上げが書いてあって、それをもとに素人の検察審査員が起訴議決をしたらしいよ。日本のマス・メディアではほとんど報道されてないけどね。
さらに、あのフロッピー前田君は「自分が裁判官なら小沢は無罪」と法廷で証言。
つまり小沢スキャンダルはすべてねつ造だったわけだ。
そうしてアホ菅を経て登場した野“ブ”田は、霞が関、財界の意のままに大増税、TPP。でもって本心では年金の支給年齢も引き上げたいそうで、その一方で税金ぶち込んで有史以来、最大の犯罪企業である東京電力は救済したいらしい。
本来ならば、勝俣恒久やら清水正孝なんてとっくの昔に逮捕されてなければいけない大犯罪者が娑婆でピンピンしているのだから凄い。
これほどの無法とデタラメがまかり通る国家というのは、そうあるもんのではない。

ついでに言うと、日本人は北朝鮮のメディアを見て「おかしな国だ」と喜んじゃってるけど、日本のメディアも凄いよ。
福島のみならず東北や上信越、首都圏でも大変なことが起きているのに、まるっきり無視。テレビでは毎日、アホなお笑い番組垂れ流して「何もなかった」ことにして国民を「収束洗脳」中。「臭いもの蓋」に習って言うと「ヤバい情報にメディアの蓋」だね。
でもって、放射能の汚染水が漏れたりすると、「影響はありません」という政府や東京電力の発表を垂れ流すけど、発表情報をただ右から左へ流すだけなら、子どもでもできる。本来、その発表が事実かどうかを調べるのがジャーナリズムの役割のはずだけど、そんなことをやっているメディアは皆無、、、

と、まあ、北朝鮮にも決して引けをとらない超独裁国家・日本。
ところが、あちらはひょっとすると金正日の死をきっかけに、少しばかりまともな方向へ動く可能性もある。対して日本の独裁はまだまだ続く。
実は北朝鮮のニュースを熱心に見ている日本人には、そのことへの恐怖感というか抵抗感が、心のどこかにあるような気が私はするのである。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011/12/19

「検察崩壊」〜 田中良紹の「国会探検」

是非、一読を。

・田中良紹の「国会探検」
「検察崩壊」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/12/14

志木電子書籍からのお知らせ〜 「マガジン航」に「幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由」を寄稿しました

以下は志木電子書籍としでのお知らせです。
「マガジン航」のサイトに「幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由」というタイトルで寄稿しました。見出しは、

・電子書籍のラインナップに感じた“すき間”
・3.11後にブログの電子書籍化に着手
・「風流夢譚」と現在の日本を結ぶ線

となっています。最後の項目については、「風流夢譚」と原発、東電について感じたことを書いてみました。
是非、ご一読いただければ幸いです。

・マガジン航
幻の小説「風流夢譚」を電子書籍化した理由

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011/12/12

今さらながら、一川防衛相の問責について

*****
 なぜテレビが問題なのか。テレビが現実を代行し、テレビだけが現実像であるという錯覚が広くいき渡ってしまったからである。
(中略)
 これははなはだしく危険な状況である。現代社会は、テレビをはじめ新聞・雑誌など、総じてメディアを手段としない限り一片の情報も入手できない仕組みになっている。口コミや噂の比重は減じ、直接現実に接し取材するなどという態度そのものが消えた。しかし、人々は本当はメディアを手段にしているわけではない。逆にメディアの囚人になっている。メディアによる現実像を現実そのものと錯視することで、いいようにメディアに翻弄されている。わたしはこのような状況をメディア・ファシズムと呼ぶ。

岡庭昇著『テレビ帝国の教科書』(1985年)より
*****

すでに遅きに失した話だが、野田内閣の閣僚二人の問責決議案について。
正直、野田内閣がどうなろうと知ったことではないのだが、この二人の閣僚、なかでも一川防衛大臣に対する問責のニュースが妙に引っかかったので、ひとことコメントしておきたい。

今回の一川大臣問責についての野党の主張は、前沖縄防衛局長への監督責任、そして1995年の在沖米兵による少女暴行事件を「詳細には知らない」とした国会答弁、防衛相就任時の「私は安全保障の素人」発言、さらにこんなことはどうでもいいと思うが、ブータン国王夫妻歓迎の宮中晩餐会欠席などが主な理由だそうだ。これをして、国の安全保障を担う資格はないという。

要するに素人大臣だということだが、これをラジオのニュースで聞いて、私が瞬間的に思ったのは、この程度の大臣ならば自民党政権時代だって掃いて捨てるほどいただろうということだった。
組閣時に官邸に呼び込まれた議員がまずやることは、各省庁から早速、派遣された役人にレクチャーを受けることである。それでもトンチンカンなことを喋る大臣はままいたものだった(これは民主党政権でも同様だが)。

そんななかで、今回、「一川なんてあれに比べればぜんぜんマシだろう」と私が真っ先に頭に浮かべたのは、なんといっても法務大臣時代の鳩山邦夫だ。
なにしろこの人、大臣になって辞書を引くまで「冤罪」という言葉の意味を知らなかったというのである。しかも、そういう大臣が法務官僚の求めるがままに死刑を粛々と執行し続けた。
これぞ空恐ろしい素人大臣で、当時、私はこんなエントリーを書いたものだった。

その他にも「なんだこりゃ?」という大臣はいくらでもいたわけで、それに比べるて一川が格別、問題だとは私には思えない。部下とはいえ、官僚の監督責任でいちいち問責されていたら、大臣のクビなどいくらあっても足りないし、官僚は気に入らない大臣がいれば、生贄を一人差し出せばいいことになる。沖縄での少女暴行事件にしても、まったく知らないのであれば大問題だが、「詳細には知らない」というのは、ではどの程度が詳細なのかという話になる。

・田中良紹の「国会探検」
問責決議で始まる攻防

・朝日新聞 読後雑記帳
野党の尻馬に乗って防衛相更迭を迫る愚かな社説

要するにこの問責決議は野党としても「ためにする」という類のものでしかない。
ところが、テレビをつけた折に偶然やっていたニュースでは、相変わらずこの件についての世論調査をやって「一川大臣は辞任すべきが8割」などとやっている。そのメディアの惨状を見て、私はカクッときたのであった
(そういえば、東京電力についての世論は見たことがないことに、今気づいた)。
ちなみに、冒頭で紹介した岡庭昇氏の『テレビ帝国の教科書』には、こんなことも書いてある。

*****
 諸君、受身の読者(視聴者)であることをただちに止めよ。
 メディア・ファシズムの現状は、想像をこえて進行している。腐敗は深くわれわれ自身を囚えている。テレビのスキャンダルを無邪気に楽しんでいる間に、とりかえしのつかない事態が現出しているのだ。危機が深いほど、しばしば危機は自覚されないものである。そしてメディア・ファシズムとは、あらゆる危機意識を官能の次元において奪ってしまうゆえに真に危機であるようなネットワーク体制のことなのだ。
 この危機にどっぷり身を浸し無自覚であるとき、あなたはとはりも直さずメディア・ファシズムの共犯者である。共犯者として人権侵害、冤罪者いじめ、利権かくし報道、差別的な感性の再生産に積極的に関わっている。そしていつかあなた自身、現実とイベント、スキャンダルとニセ・スキャンダル、情報と物語の区別がつかない関係になりおおせ、この退った鎖国ニッポンを理由もなしにバンバンザイするノー天気になるほかはないだろう。
*****

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011/12/01

原発でダメになるのがおいらの祖国だナ

*****
「ここまで来て日本人が目が覚めないなら、この日本という国はダメだろうと私は思います。」
(小出裕章京都大学助教。11月6日、長野大学での講演にて)
*****

ここ最近、ブログの更新を怠っている。ややバタバタしているということもあるが、私の心の中に急速に諦めムードが広がっていることも否定できない。
東京電力は、これまでありとあらゆるウソとやらせ、つまりデタラメの限りをつくし、さらにカネの力に物を言わせて「原発は絶対に事故を起こさない」という“安全神話”を偽造してきた。
その結果、日本史どころか世界史、人類史的に見て特筆すべき破局事故を起こしたわけである。
これはある意味、当然の帰結であって、デタラメをやればそのツケは必ず来るのだ。
オリンパスや大王製紙の事件にしても、いつかはバレる。それは歴史の法則だと私は思う。
しかし、誤解を恐れずに言えば、オリンパスや大王製紙の場合、この会社の社員や家族、関連会社の人には大きな影響を与えるが、それ以外の人にとっては大した問題ではない。

ところが原発の破局事故というのはそうではない。
放射能の汚染マップを見れば一目瞭然だが、東京電力が起こした事故は、すでに福島のみならず広範な場所に及んでおり、本来ならば放射線管理区域にしなければならない場所(そこでは飲食をしてはならないし、そもそも生活することなど論外である)で、普通に人が暮らしている。
その結果としてこれから何が起きるのか?
私は日本の社会システムが崩壊すると思う。
何しろ原発が3機メルトダウン(あるいはメルトスルー)して、さらに膨大な使用済み燃料が貯蔵されている4号機も悲惨な状況なのである。
少し前ならちょっと信じがたい、SF的な事故が現実に起きてしまい、しかも現在もまったく収束していないのだ。
にもかかわらず、依然としてこの事故を引き起こした超A級の戦犯である東京電力は野放しで、なかんずくその連中が事故対応の主導権を握り、情報をコントロールしている。

東京電力は福島第一原発で熔融した燃料がどこにあるのかの見解を発表した。きわめて甘く、かつ楽観的な予測だと個人的には思う。が、百歩譲ってそれが正しかったとしよう。だが、普通に考えれば究極の嘘つき企業が発表する内容など、頭から疑ってかかるのが当然である。
ところが、それを伝えるメディアは、多少の疑問は呈しているかもしれないが、基本的に発表情報をそのまま垂れ流している。
一事が万事、この調子。
こうして、ただでさえ深刻な事態は、事故対応のデタラメと相まってますますその深刻度を増す。

東京電力が発表した「推定資料」

・東電が発表した「炉心損傷状況の推定」に関する小出裕章氏の見解

そこで、今後、短期から中期的に起こるだろうことを少し予測してみる。
まず、ガン、白血病が増えることは間違いない。また、子どもに顕著に影響が出始め、また残念ながら障害をもって生まれて来る子どもの率も上がる。となるとどうなるか。普通に考えれば、子どもを作ろうという人が減るだろう。となると、少子化はこれまで予測されてきたスピードをはるかに上回る可能性が高い。
となれば、ただでさえ甘めな出生率を前提にしている年金制度は完全に崩壊するだろう。最近、厚労省が年金の支給年齢を引き上げるアドバルーンを上げたのは、実はそういうファクターも考慮しているのではないかと私は思う。
さて、少子化が深刻化し、放射能による健康被害が福島を中心に広い範囲(そのなかには当然首都圏も含まれる)で及び始めれば、経済活動は停滞せざるを得ない。したがって、私は今後、企業経営者にとって求められるのは、こうした原発リスクを織り込んだ経営だと思う。
ついでに言えば、このリスクをまったく織り込まない、あるいはきわめて低く見積もった上での政府の経済予測など、いくらやっても意味はないし、あてにもならない。

ところで、現在、日本の大学の序列のナンバーワンは、誰が見ても東京大学だ。が、この序列も少しずつ変わっていくのではないかと私は予測している。つまり京都大学、大阪大学、あるいは九州大学など、福島からより離れ、しかも西に位置する大学に優秀の中でも優秀な人材が動き始めるのではないだろうか(名古屋は福島からの距離を考えると若干、微妙な気がする)。
私はAMラジオが好きで、毎週、「久米宏ラジオなんですけど」(TBSラジオ)を愛聴しているが、この番組のゲストコーナーには、よく東京大学数物連携宇宙研究所(IPMU)の研究者が出演する。このIPMUの研究レベルは非常に高く、世界中から研究者が集まってくるという。ところが、そのキャンパスは柏市にある。柏と言えば首都圏でも放射線量が高い地域として知られているわけで、そのような場所へ、素人ならいざ知らず、世界レベルの科学者が今後も集まってくるかどうかは、はなはだ疑問だ。

と、このように考えて行くと、私にはおよそ悲観的な予測しか思い浮かばないのである。
しかも、この状況でなお、東京電力という巨大な犯罪者集団が依然として、自らが起こした破局事故対応の主導権を握っている。
私には本当に信じられないことだが、それが続く限り、つまり小出裕章氏が言うところの日本人が目覚めない限り、私もこの国はダメだろうナと思う。
深沢七郎的に言えば、“原発でおしまいになるのがおいらの祖国だナ”……。

↓福島第一原発の実際の状況

↓こちらもどうぞ。
Fukushima Daiichi Nuclear Power Station 12 November 2011


| | コメント (17) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »