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2011/10/28

中野剛志氏の「とくダネ!」でのブチ切れは、言論操作機関にとっての放送事故

そもそも日本のメディアは息を吐くようにウソをつく。ところが日本人のほとんどは、これをアプリオリに信じてしまい、結果、権力がどれだけデタラメをやっても、暴動一つ起きない珍奇な国が出来上がった。

昨日の「とくダネ!」に反TPPの論客として名を馳せる中野剛志氏が出演し、フジテレビアナウンサーの意図的な誘導にブチ切れた。これに対してtwitterで芸能人が苦言を呈したのだそうだ。テレビ局への露骨なゴマすりには笑うしかない。

・痛いニュース
「とくダネ!」でTPP反対派の京大准教授・中野剛志ブチ切れ→Twitterで田村淳が苦言呈す

動画を見れば一目瞭然だが、中野氏は言論操作の意図に鋭く反応したに過ぎない。が、それが映像として流れてしまうのは、マスメディアという言論操作機関にとっては「放送事故」かもしれない。

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2011/10/27

YouTubeより ~ 福島原発3号機が放射性蒸気放出継続中!新映像が証明!10/19(字幕)

京都大学の今中哲二助教は、3.11後の東京電力福島第一原発の状況を聞いて「涙が出た」と言っておられたが、↓のビデオを見て、専門家ではない私でも涙が出た。
本当にとてつもないことが起き、しかもそれは収束することなく現在も続いている。

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2011/10/25

東電と小出裕章氏の原発事故に対する認識は実は同じである

ここ最近、思っていることがある。
それは反原発、脱原発を主張している人々、たとえば小出裕章氏と東京電力の福島第一原発事故に対する認識は実は同じなのだということだ。

東電は東日本大震災が起きて発電所の全電源が喪失した時点で全面撤退したい旨、政府に伝えたという報道がある。これについては東電は否定しているようだが、しかし少なくとも原子炉が制御不能の深刻な事態に陥ったことは正確に認識していただろう。
だとしたら、「こりゃアカン、逃げよう」と考えたとしても不思議はない。
一方、小出氏の同僚である京都大学の今中哲二助教は、福島第一原発の状況を聞いて「涙が出た」という。

つまり両者ともに破局事故だという認識で一致していたのである。
その後、3月末には当時の東京電力社長、清水正孝が入院する。これについては「雲隠れ」などと批判されたが、自分の経営する会社が日本ばかりでなく世界をも、そして未来をも巻き込む大事故を起こしたのであれば、気も狂わんばかりの思いになるのは当たり前のことで、要は清水という男は、そこそこ普通の神経の持ち主だったから入院したのだろう(それが普通でない神経の持ち主の会長、勝俣には我慢がならなかったわけだ)。

福島第一原発の破局事故は、国の根幹を揺るがすものであり、しかも現在も進行中である。実際問題として、メルトダウンし、メルトスルーした炉心が今どこにあるのかすらもわかっていない。
にもかかわらず、政府と東電は冷温停止状態を年内に実現すると主張している。
これについて小出裕章氏をはじめとする専門家は、すでに燃料は圧力容器の中にないのだから、圧力容器の健全性を前提とする「冷温停止」という言葉を使っても意味がないと指摘している。
そんなことは素人が考えてもわかるわけで、もちろん政府も東電も百も承知だろう。
にもかかわらず、なぜこのようなあからさまなウソをつくのか。
それは、すべての事実を正しく発表すれば、「東京電力が何度倒産しても、日本国が倒産しても贖いきれないほどの被害」(小出裕章氏。↓ビデオの6分58秒あたりから)が明らかになるからに他ならない。

もちろん、電力会社は用意周到だから、原子力損害賠償法を作って、破局事故への備えはしている。しかし、そうは言っても、現実問題として正確な事実を国民が知ったら、さしものおとなしい、世界でも稀に従順な国民であっても心穏やかではない。
となると東京電力の企業としての存続は危うくなり、これまで原子力行政を進めてきた連中、すべての責任問題が浮上してしまうだろう。
壊滅的な打撃を受ける農業、漁業の補償、あるいは学童疎開や移住のための費用。これらは、いったいいくらかかるのか見当もつない。
その他にも社会的な混乱が少しく起こり、その賠償請求が回ってくる可能性だってある。たとえば、いま柏の放射線量が問題になっているが、これが柏のみの問題に止まるはずはなく、これから各地でこのような現象が報告されるだろう。住宅地であれば、当然、地価は下がる。その結果、損をする人も多数出てくるわけだが、その責任を誰がとり、誰が補償するのか?
福島第一原発の影響で発生する放射性廃棄物、そしてこれから原発を廃炉にした際に出てくる同様の廃棄物は幾何級数的という言葉さえ超えるものであって、しかもその最終処分地は現状ではどこにもない。
核燃料サイクルなどというものは、すでにとっくの昔に破綻しているが、しかし稼働した原発から生み出される使用済み核燃料の行き先もない(だから、これ以上、原発を増設することなど、実は最初からムリなのである)。万年単位で管理しなければならない、それらの保管場所を誰が見つけるのか?

つまりすべては手詰まりなのである。
こういう状況のなか、政府や東電の人間が考えているのは、もはやただ一つ、ひたすら自らに降りかかる責任から逃れることだ。それも自分たちの子や孫すらどうでもよく、ただ自分が生きている間に身の破滅が起きないこと。それだけが実現すれば、その後に何が起ころうが知ったことではないというのが彼らの態度だと私は思う。
ただし、今回ばかりは彼らの思い通りにはいかないはずだ。
なぜなら、どんなに事実を糊塗しようとも、放射能による被害は確実に広がっていくのだから。

・琉球新聞社説(2011年10月23日)
福島全原発廃炉 危険性は全国民の問題だ

・ゴミ焼却で放射能再揮発しホットスポット作る!ガンダーセン10/20(字幕)

・【西ドイツ放送】 死の地域に生きる

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2011/10/22

原発が稼働することで実現する経済は、「豊かさ」とは関係がない

*****
 私はいままであまり認めたくなかったが、“日本人エイリアン説”というのをわれわれが認めて、国際的にすり合わせをしないといけないのではないかと思いだした。
 日本人というのは、考えるとそら恐ろしい存在だ。
 たとえば、このままいけば日本の一億二千万の民は毎晩キャビアを食べるようになり、クルマも日本中でベンツに乗るようになるかもしれない。私はこれに大いに疑問を感じる。ここで私が日本人に問いたいのは、“いいものはいいんだ”という思想が本当に正しいのかということだ。

徳大寺有恒、梶原一明共著『自動車産業亡国論』(1992年光文社カッパ・ビジネス)より徳大寺氏の発言
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昨日、「コクリコ坂から」を見た。きっかけは友人のくりおねさんの評価が高かったからなのだが、何よりも興味をそそられたのは、舞台が昭和38年の横浜という部分だった。
私は昭和37年生まれで、39年に横浜南部の公団住宅に引っ越している(以後、昭和60年まで横浜市に在住していた)。したがって、この映画の時代の横浜の記憶があるわけではないのだが、しかしそれでもある種の郷愁を感じられるのではないかと思ったのである(ちょうど近所のシネコンでは最終日だった)。

私は映画の感想を堂々と述べられるほどの映画好きではないのであくまで個人的な感想を書くと、「もの凄く良かった!」と深く感動する作品ではなかったけれども、できのいい短編小説の読後感のようなものが残った。ふとした拍子に手にとって目を落としたくなるような……。
画面を見ていると、私にとって記憶に残っているクルマがオート三輪なども含めて走り回っており、山下公園、氷川丸、マリンタワー、ホテルニューグランドといったアイコンは、やはり横浜で育った人間には懐かしい。
映像に出てくる市電が走っていた記憶は私にはないが、逆に横浜の中心部を走っていたトロリーバスが描かれていなかったのはちょっと残念でもあった(トロリーバスという言葉がわからない若い人はググってください)。

シネコンからの帰り道は、川沿いの土手をトボトボ歩きながら、自分の子ども時代に思いをいたしてみた。
昭和30年代後半といえば、これから高度経済成長が始るという時期である。もっとも私の家は豊かではなく、高度成長の恩恵を満足に味わったわけではない。しかし少なくとも今日より明日の方が良くなるという気持ちはあったし、今から考えればずいぶんと不便な世の中ではあったが、だからといって今日のような閉塞感はなかった。
そして、日本は敗戦から奇跡的な経済復興を遂げ、世界でも稀な「豊かな国」になったと言われている。
確かに、若い女性が高級ブランドのバッグを普通に持ち歩いている国というのはそうそうはない。家電製品、クルマ他、あるゆる商品の進歩には瞠目すべきものがあり、ほとんどすべての人がその恩恵を受けている。交通機関や道路網が発達し、A地点からB地点への移動時間は飛躍的に短くなった。
しかし、そういう「豊かさ」の中身を細かく見ていくと、実は少しばかり消費力が向上し、生活における利便性が若干(と言うと語弊がるかもしれないが)向上しただけである。もちろん、それはそれで大事なことだが、それがイコール生活の豊かさにつながるわけではない。
ところが、日本人はそれを真の豊かさと勘違いして、「この生活を続けるためには原子力発電が必要である」という政府や電力会社のセリフを鵜呑みにしてきた。
その結果、どういうことになってしまったか?

くりおねさんも書かれているが、ジブリ映画に出てくる食べ物はとても美味しそうに見える(これは藤沢周平が描く時代小説に出てくる食べ物なども同様だ)。
それは白いご飯であり、ハムエッグであり、焼き魚であり、煮物であり……と要するに、日本人がずっと食べてきた普通の食事である。
ところが、東京電力福島第一原子力発電所の破局事故によって、東日本の広い地域でそういうごく普通の食事を何の心配もなく、美味しく食べることができなくなりつつある。
米も魚も肉も野菜も少なからず放射能によって汚染されてしまったのだ。
もちろん、政府や行政は「基準の数値以下であって安全だ」と主張している。だが、信じられないほどの量の放射能が放出されている海を泳いでいる魚が、その影響を受けないことはあり得ないわけで、これは風評でもなんでもない。
しかも、その影響は現在、生存している国民がすべて死んだ後もずっと続くのである。
それだけ大変なこと、深刻なこと、取り返しがつかないことが、現在も収束することなく進行している。

にもかかわらず、この国の権力者たちは「原発がないと経済が行き詰まる」というセリフを吐き、依然として原発稼働の野心を隠さない。
もとより、これは根拠のない単なる恐喝であるが、百歩譲ってそれが正しいとしても、その経済が実現するのは、やや常軌を逸した消費力の維持と利便性向上の継続のみである。
そのようなもののために、これ以上、原発のリスクを抱える続けることはあり得ないと私は思うのである。


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2011/10/16

鉢呂吉雄が経産相に「起用された理由」を推測する

私は何かにつけてうがった見方をするタイプである。それは元来の性格でもあるわけだが、とくにマスメディアが報じるニュース(=権力による発表情報)については、つねに言論操作の疑いをもって見るように心がけている……。

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かくもさまざまな言論操作

そこで、まずはコメント欄にもいただいた前エントリーについての世田谷弦巻の件について追記しておくと(pc4beginner様、コメントありがとうございしまた)、これが福島由来のものではなかったことは大変良かったと思う(世田谷の区長が保坂展人氏だったことも幸いで、区長、あるいは市長選びの重要性を再確認する出来ごとだった)。
ただ、なんとも不思議な一件だとは思う。
横浜でストロンチウムが検出されたのとほぼ同時だったのは偶然だろうが、結果的に弦巻の放射能が福島とは関係なかったことで、なんとなく横浜のニュースも霞みつつあるように見えるのは気のせいか。また、この弦巻のお宅に住んでいる方が、高齢者であったことで、「放射線量が高くても健康被害にはつながらない」というイメージをそれとなく拡散させることができたようにも感じる(実際、世田谷区在住の知り合いがそう言っていた)。
つまり、今後、起きるであろう重大な健康被害について、福島との因果関係を否定できる材料が一つ増えたわけで、少なくとも政府や東京電力にとっては「悪くない」出来ごとだった。
もちろん、今回は偶然だったわけだが、しかし相手はどんな出来事も利用することばかり考えていることは間違いないわけで、このニュースの「使われ方」は今後、注意する必要があると私は思っている。
そして、今一度、改めて確認しなければならないことは、福島第一原発の破局事故を原因とする広範囲に及ぶ前代未聞の放射能汚染は現在進行形であるということだ。

・小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ
10月13日 どうにもならない現実を説明する責任が国にも東京電力にもマスコミにもある。 小出裕章(東京新聞こちら特報部)

さて、本日はうがった見方をもう一つ書きたいと思う。
ブログ「ざまあみやがれい!」さんのエントリーで知ったのだが、上杉隆氏の「ニュースの深層」という番組に鉢呂前経産相が出演していた。

これを見てわかるのは、鉢呂氏が原発に対して真っ当な考えを持っていることである。
それもそのはずで、この人は経産省の役人だった原発推進派の高橋はるみと2003年に北海道知事選で争い、原発に慎重な立場を表明して僅差で敗れているのだ。
そこで浮かぶ私の最大の疑問は、そんなことは百も承知のはずの野田佳彦が、何故に自らの政権の方針(それでも原発推進)と異なる人物を経産大臣に任命したのかということだ。
マスメディアの政局解説的には、それは鉢呂が旧社会党出身であって、組閣の際の派閥均衡の結果ということになるのだろう。あるいは、国民の反原発、脱原発への機運に一定の配慮をしたという解説もあり得るかもしれないが、それにしても経産省的にはあってはならない人事である。
とすると、何か他の意図があったのではないか?と私なんぞは思ってしまう。
そこで以下にうがった見方を書くと……

・野田の本心(=権力の総意)は枝野を経産相にすることだった。しかし、野田内閣発足時に枝野を起用すると、3・11後の経緯からして相当な非難、批判を浴びる。そこで、ワンクッションを入れることにした。

・その経産相は誰でも良かったが、あえて鉢呂を選んだ。それは対外的に原発に慎重な姿勢を示している人物を起用することで、野田政権の本心を多少なりとも糊塗できるということが一つ、もう一つはどうせすぐに交代させるのであれば面倒くさい反原発派を起用して失脚させると一石二鳥になる。

・経産相交代の機会は折を見て、、、と思っていたら、鉢呂が早速「総合資源エネルギー調査会」の人選に手を突っ込んできたため(反原発派の数の大幅増員)、あわてて失言騒動をでっち上げて引きずりおろし、予定通り枝野を後任に据えた。

もちろんこの推測に根拠などない。しかし、この国の権力というのは、そのぐらいのことはやると私は思っている。
実際、鉢呂の後任が枝野になった時に個人的には強い違和感があったが、マスメディアは何の批判もせず「安定感がある」などと解説していたと記憶している。
「それにしても、うがち過ぎだろ。現に、枝野は九州電力のやらせメール問題でも、退任しない九電社長を強く批判していたではないか」
とおっしゃる向きもいるだろう。それについて言えば、枝野は「批判しているフリをしているのではないか」と私は推測するのである。

・八木啓代のひとりごと
九州電力第三者委員会が突きつけたもの

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戦後日本の思想

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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2011/10/13

首都圏の放射能被害はどんどん深刻化する ~ 『原発事故……その時、あなたは!』より

横浜市港北区でストロンチウムが、そして世田谷区弦巻の民家脇で毎時2.7マイクロシーベルトという放射線量が測定された。
すでにニュースで流れているように、後者は福島県内の計画的避難区域並みの線量である。
史上最悪の原子力災害が現在も進行中であるにもかかわらず、荒川に現れたアザラシの追っかけに夢中だったマスメディアも、さすがにこれはニュースは報じないわけにはいかないようだ(ちなみに私は、このアザラシ騒動もまた最高度の情報操作の一つだと考えている)。

とはいえ、その報道ぶりはまだまだ私には腰が引けているように見える。
基本的に国家権力(もちろんその中には東京電力も含まれる)は、福島第一原発事故について一刻も早く幕引きをしたがっている(正確には「幕引きをしたことにしたがっている」)。ゆえに、マスメディアを使ってあたかも事故は収束に向かっているかのような幻想をバラマキ(「冷温停止」に近づいているなどという発表は、その最たるものだろう)、必死で国民を洗脳しているわけだ。
それは現状、相当程度成功しており、実は多くの国民にとって原発事故は過去のものになりつつある(もちろん、そこには「嫌な情報は見たくない」という究極のニヒリズムも介在しているだろうが)。

しかし、現実にはいよいよもって事態は悪い方向へ進んでおり、もちろん首都圏へのさらなる影響も不可避だ。
そこで、以下にある図表ご紹介しよう。
これは本年3月に当ブログでも何回か紹介した瀬尾健著『原発事故……その時、あなたは!』という本のなかに掲載されている図である。
福島第一原発事故後、おびただしい数の原発本が発売されたのに対し、本書の刊行は1995年と古い。
著者の瀬尾氏は京都大学原子炉実験所の助手だったが、本書が刊行される前年に逝去されている。その瀬尾氏が書き残した遺稿をまとめたのが本書で、同僚だった小出裕章氏が内容の確認をしている(だから私は「小出裕章」という名前はこの時から知っていたが、顔と名前が一致したのは今年の3月だった)。
さて、この本の冒頭では、全国16の原発基地と、もんじゅ、さらに核燃料輸送中の事故について、破局的事故が発生した場合の災害規模の計算が行なわれている。
ちなみに、各原発基地には複数の原発があるが、本書ではその中で最大出力の原発一基が計算の対象とされている。したがって福島第一原発の場合で言えば、対象となっているのは6号炉である。
その計算結果が下記の図なわけだが、現実に起きた破局事故は1号炉~3号炉の破局事故であって、そのスケールは本書の計算よりもさらに大きい。
また、今回の事故はチェルノブイリのように最初からドカンといく爆発的なものではなかったので、本書が指摘するように急性の死者は出ていないが、東京電力が最初の時点で全面撤退を主張したのは、そのようなケースもあり得ることを十分に知っていたからだろうと個人的には推察している。
ということで、以下の図をご覧いただきたい。

【書誌情報】
書名:『原発事故……その時、あなたは!』
著者:瀬尾健
出版社:風媒社(http://www.fubaisha.com/
初版情報:1995年6月10日 第1刷
底本情報:1995年8月15日 第2刷
ISBN-4-8331-1038-5

「原発事故…その時あなたは」~福島事故

※左下の「view in fullscreen」のボタンをクリックすると拡大します。

ちなみに緩い避難基準とは、「緩く見積もった場合」であり、厳しい避難基準とは「厳しく見積もった場合」ということになる。福島第一6号炉の場合、緩い避難基準は関東では茨城県、栃木県までであるが、実際には群馬県や千葉県、埼玉県にも汚染地帯があり、東京にもホットスポットが及んでいることを考えると、事態はより一層深刻だということがわかる。

本書では炉心溶融事故についてのシナリオが紹介されている。このシナリオは第一期から第七期にまで分かれており、順に[第一期 ブロウダウン]→[第二期 炉心温度上昇:崩壊熱のみ]→[第三期 炉心温度上昇:崩壊熱とジルコニウム・水蒸気反応]→[第四期 炉心崩壊]→[第五期 原子炉容器の熔融貫通]→[第六期 格納容器底部の加熱]→[第七期 格納容器底の熔融貫通]となっている。
そして第七期では「灼熱の熔融体はコンクリートも鉄の構造材をも熔かしてひたすら沈降していくだろう」「格納容器底部が貫通すると、熔融体は地中に出てしまう。」「地中に潜り込んでいく熔融体は、なおも七〇〇〇~二万キロワットの発熱を維持しているから、土を分解してひたすら下へ下へと沈降していくと思われる」と書かれており、そこでこのシナリオは終了している。いま現実に起きているのは、この第七期である。
いったい、この事態をどのように捉えて行動すべきか。
もはや、、、
一人ひとりがマスメディアを通じた政府や東電の発表(それはほとんどがウソである)に惑わされることなく、本やネットから知識と情報を得て、自分の頭で判断するしかないと私は思う。

※それにしても世田谷区の区長が保坂展人氏であったのは幸いだった。今回の事例から痛感するのは、たとえ区長選(あるいは市長選)と言えども軽視してはいけないということだ。

↓は世田谷の2.7マイクロシーベルト、横浜のストロンチウムについて語る小出裕章氏。

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2011/10/08

電子書籍 新刊案内 〜『光文社争議団』

このたび、志木電子書籍では、『光文社争議団』を発売した。

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・光文社争議団 ~ 出版帝国の“無頼派”たち、2414日の記録

これは、私が昨年まで25年間勤務していた光文社で1970年に起きた労働争議の記録である。
解決までに6年半を要したこの争議は、かつての出版界ではちょっと知られた大争議だった。
私が光文社に入社したのは、争議終了から十年ほどしてからであったが、しかし当時はまだなんとなくその余韻が残っていた。
もっとも、それを私が感じることができたのは、配属先がカッパ・ブックスだったことも大きいかもしれない。光文社には第一組合(争議を起こした元々の組合)と争議時に分裂した第二組合(当然、労使協調)があり、カッパ・ブックスグループには、第一組合の人も少なからずいたからだ。
春闘になれば第一組合はそれなりの活動をして、役員室の前で座り込みをしたり、社内には組合のビラがペタペタと貼られていた。
しかし、組合員が高齢化し、定年者が続出するとともにその勢いは衰えていった。
一方、第二組合の執行委員長や書記長ポストは、出世コースを意味していた(もちろん全員が全員ではないが)。
たとえば、ある年の春闘のこと。執行委員会から妥結提案が出て、それに対する反対意見がいくつか出ると、執行委員長は「会社側の代弁をするわけではありませんが、、、」と前置きをして、えんえんと会社側の代弁をした。その委員長は、やがて総務部長(非組合員)になり役員となった……。
もちろん、だから悪いというわけではない。会社の経営がいい時代はそれで問題はなかった。
しかし、会社の経営がおかしくなりはじめた時、やはりその歪みが出てきた。

1970年の争議の原因は、当時の社長・神吉(かんき)晴夫(カッパ・ブックスの創刊者)のワンマン経営にあった。そして、それから四十年後に起きた経営危機の際も、やはり一人のワンマン経営者がいた。そのワンマン経営者は、第二組合誕生時の執行委員に名を連ねている人だった。
1970年当時、組合はワンマン経営者の経営責任を徹底的に追及し、退陣要求を突き付けた。それが原因のすべてではないが、結果として社長のみならず役員全員が退任した。
四十年後、御用組合と言われた第二組合の組合大会で、やはりワンマン経営者(当時は会長だった)に対して退陣を要求するべきだという声が上がり、議論の末に採決され、可決された(細かい経緯は忘れたが)。この時の第二組合は、かつての御用組合とは異なり、そこそこ真っ当な労働組合であった。つまりそれだけ組合員の危機感が強かったわけだが、しかし、それでも結果として会長以下の経営陣の経営責任はついに追及しきれないままにリストラだけが行なわれた。彼らは逃げ切ってしまったのである。
残念なことに、四十年を経て、労働側は連勝することができなかった。

『光文社争議団』に話を戻すと、この本はいろいろな読み方ができると思う。
たとえば、昨年、出版界の話題をさらった、たぬきち氏の「リストラなう!」の前史としても読める。出版業界やそれをとりまく書店、取次、印刷会社、そして広告業界の方にとっては、光文社という会社の興味深い一つの歴史を知ることになるだろう。ひょっとすると、本文中に知っている人の名前をいくつか発見するかもしれない。
以上は業界的な読み方だが、しかし本書にはもう一つの読み方があると思う。
光文社争議において、会社は親会社である総資本=講談社の命令一下、警察、暴力団と一体になって労働者に襲いかかってきた。多くの血が流され、不当逮捕者も続出した。こうした厳しい弾圧の末、それでも闘い続けた先に勝利はあった(支援労働者との連帯も重要なポイントになった)。
いま、日本では東京電力福島第一原発の事故がますます深刻化しているにもかかわらず、霞が関、電力会社を中心とした財界、政治、マスメディアの連合体は国民に対してウソをつきまくって国民を弾圧している。しかし、この暴挙を許していては、断じて日本に復興はない。では、この巨大な敵にどのように闘い挑むのか。
本書にはそのヒントがあると思うのである。

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2011/10/05

731部隊と山下俊一

以下に書くことは、すでにネットでは少なからぬ人が指摘していたが、私は迂闊にも気づいていなかったーー。

まずは信濃毎日新聞のこちらのニュースから。

*****
・10人の甲状腺機能に変化 福島の子130人健康調査
認定NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院(ともに松本市)が、福島県内の子ども130人を対象に今夏行った健康調査で、10人(7・7%)の甲状腺機能に変化がみられ、経過観察が必要と診断されたことが3日、分かった。福島第1原発事故との関連性は明確ではない。旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の被災地では事故から数年後に小児甲状腺がんが急増しており、JCFは今後も継続的に検査が受けられるよう支援していく方針だ。
 調査は原発事故から逃れて茅野市に短期滞在していた子どものうち希望者を対象に7月28日、8月4、18、25日に実施。130人は73家族で生後6カ月~16歳(平均年齢7・2歳)。医師の問診と血液検査、尿検査を受けた。
→記事の続きはこちら
*****

このニュースは私が読んでいるいくつかのブログでも取り上げられていたし、また小出裕章氏も以下の放送のなかで、この検査結果を問われて感想を述べている(6分過ぎから)。

しかしながら、肝心の福島県は県民の血液検査をすることに、まったく積極でないという。そして、その中心にいるのが山下俊一である。

・低気温のエクスタシーbyはなゆー
〔子供の甲状腺悪化〕福島県は楽観論一色「血液検査やらない」

私が上記のエントリーを読んで強く思ったのは、これではまるで福島県の人々を人体実験しているようなものではないかということだった(もちろん、そういう意見は以前からあったが)。そして、そこに第二次大戦中の旧陸軍満州第七三一部隊(通称731部隊、あるいは石井部隊)と共通する感覚を感じたのである(731部隊については、ネット上で検索をすればいくらでも出てくるので、詳しくご存知ない方は調べてみていただきたいが、要するにこの部隊は中国人、ロシア人、朝鮮人、、、他多くの国の捕虜に対してまったくもって非人道的、かつ大々的な人体実験を行った。そして人体実験を行う際、捕虜は「マルタ(丸太)」と呼ばれた)。

・真実を知りたい
石井部隊-”マルタ”生体実験

しかも、この731部隊の人脈というのは戦後も少なからず生き残り、多くの機関、組織へと入り込んで戦後史の都度都度で顔を出す(その一つが薬害エイズ事件である)。

・誰も通らない裏道
偽装、ミドリ十字、、、(1)
偽装、ミドリ十字、、、(2)

山下俊一に話を戻すと、この男が福島でやろうとしていることは、繰り返しになるが731部隊がやった行為と非常に似ている。そこでためしにネットでいくつかのワードを入れて検索をかけてみた。すると、山下俊一は重松逸造なる人物の直弟子だということがわかった。
この重松逸造とは何者かというと、放射線影響研究所(放影研)の理事長をつとめた経歴があり、1991年にチェルノブイリ事故への安全宣言を出した人物であった(参考:ウィキペデア・重松逸造)。

・ざまあみやがれい!
1991年「チェルノブイリ安全宣言」発表した重松逸造氏(IAEA事故調査委員長)を糾弾したドキュメンタリー動画(一部文字おこし)

では、さらに放影研とはどのような組織か? ホームページの沿革にはこう書いてある。

「財団法人放射線影響研究所(放影研)は、日本国民法に基づき、日本の外務省および厚生省が所管し、また日米両国政府が共同で管理運営する公益法人として1975年4月1日に発足しました。
前身は1947年に米国原子力委員会の資金によって米国学士院(NAS)が設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)であり、翌年には厚生省国立予防衛生研究所(予研)が参加して、共同で大規模な被爆者の健康調査に着手しました。(以下略)」(下線太字はブログ主によるもの)

ABCC-放影研の歴史

また、↓の資料の19ページも参照していただきたい。

「放影研ニューズレター」

ここには、こう書いてある。

「放影研の研究成果は、放影研の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)の研究成果と深く結びついています。ABCCは1947年に設立されましたが、当時は財政・運営ともにほとんどが米国によるものでした。日本側は主に、厚生省国立予防衛生研究所(予研)の人材を、広島・長崎のABCC内に設置された予研の支所に派遣することを通じてABCCにかかわることとなり、広島と長崎の予研支所長であった槙 弘博士と永井 勇博士は、ABCCの準所長も兼任することでABCCの方針決定に関与していました。」(下線太字はブログ主によるもの)

なるほど、これでわかった。
この国立予防衛生研究所(通称・予研。現在は国立感染症研究所)こそは厚生省の関連施設で、731部隊で生き残った人脈が深く入り込んでいる組織である
(ちなみに、今年に入ってからも↓のようなニュースがあった)

・47ニュース
新宿区戸山の人骨」発掘開始 731部隊との関連指摘も

つまり、山下俊一の経歴を少し手繰れば、即座に731部隊の人脈に突き当たるのだ。そして、その731部隊こそはありとあらる人体実験をやった悪魔の組織であった。
その組織の系譜に連なる人物が今、福島で壮大な人体実験をしようと張り切っている。
まさに「悪魔の飽食」の復活である。
私はその事実に、この国の底知れぬ闇の深さを見て慄然とした。

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かくもさまざまな言論操作

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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戦後日本の思想

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2011/10/02

倒錯国家

昨日の東京新聞「こちら特報部」は、9月30日に公表された九州電力の「やらせメール問題」に関する第三者委員会の最終報告書をめぐる動きを伝えている。
その中で私が笑ってしまったのは、第三者委員会の委員長である郷原信郎氏に対して九州電力社内から『「ストーリーありきの特捜部的手法」と感情的に非難する声も上がった。』という部分だ。
そういう声が出ていることはすでに他のメディアに出ていたので知っていたが、こうして改めて見ると、「原発推進のストーリーありき」でせっせと「やらせ」をやっていた連中の倒錯ぶりは、もはや喜劇的ですらある。
彼らこそがまさに、「特捜部的な手法」の使い手であるわけだが、私としては、ここは時流に乗って、「ストーリーありきの裁判所的手法」という形容をしておこう。

それにしても、福島第一原発事故は、この国の倒錯ぶりを浮き彫りにしている。
破局事故を起こした側の連中が、「予見できない天災だった」と開き直る一方で、一貫して原発を批判してきた小出裕章氏が、「このような事故が起こることがわかっていたのに止められなくて申し訳ない」と謝っている。
事故を起こした直後に、トップ自らが「逃げたい」(全面撤退)と言っていた超無責任企業が、いまだに事故処理を任されており、資料を出せと言われれば黒で塗りつぶし、福島の方々へ補償をするについてもデタラメと横暴の限りを尽くしている。
にもかかわらず、この会社に強制捜査が入る気配は微塵もなく(もうすでに、重要な書類はすべて破棄しているだろうが)、腹立ちまぎれに(たかだか)いたずら電話をした男が偽計業務妨害容疑で逮捕されるのである。べつにいたずら電話がいいとは言わないが、しかし根本的なところが倒錯している。

話を東京新聞に戻すと、この記事中には以下のような部分もあった。

「本来は県議会がチェック機能を果たすべきだが、最大会派の自民党は及び腰だ。同党の原子力安全対策特別委員長が九電還付から個人献金を受けた責任を取って辞任する始末だから無理もない。三十日の県議会本会議で、地方自治法に基づく調査特別委員会(百条委員会)設置を求める動議が提出されたが、自民党などの反対多数で否決された。」

つまり自民党議員(これは地方議員も国会議員も同様)には電力マネーがたっぷりと回っているわけだが、回っているのはカネだけではない。
実は私はこの部分を読んで思い出したことがある。
それは少しばかり知り合いの地方議員のことだ。
彼は自民党ではなく民主党で当選回数もまだ浅いのだが、日頃から熱心に地元を回って支持者との会合を持っており、時には後援会でバス旅行などもしている。
その企画の一つとして、これは私にも案内が来たのだが、ある時、「原発見学ツアー」がというのがあった。当時、私は「なんでそんな所へ行くのだろう」と少しく訝ったものだったが、その理由は選挙の時にわかった。
彼は東電の支持が欲しかったのである。
いったい、その選挙区内に東電票がどれだけあるのかは私にはわからない。だが、彼の秘書から聞いた話では、とにかく東電の支持が欲しいとのことだった。その後、首尾よく支持をとりつけたのかどうかは知らないのだが、結果的に彼はギリギリと言われた選挙を乗り切って当選した。

議員にとって何よりも欲しいのは票とカネであるが、このケースを見ると、電力会社はカネだけでなく、票も持っているわけで、まさに選挙を戦う人間にとっては拝み倒してでも支持をとりつけたい相手ということになる。
そして、おそらくは長らく自民党にのみ流れていたこの票とカネが、ある時期から民主党にも流れ始めたのだろう(それは多分に政権交代への保険であろう)。

私には今でも非常に印象に残っているシーンがある。
それは第一回目の政府、東電、保安院の統合会見でのことなのだが、この時、細野豪志が受け答えのなかで「東電さん」と言ったのである。私はその瞬間に「ああ、これはダメだナ」と思った。
原発事故担当大臣が、この期に及んでも史上最悪の事故を起こした企業を「さん」付けで呼んでいる。これでは政府の側が主導権を握ることはできないと思ったからだ。
そして、その状態は今もって続いている。
この倒錯が解消されない限り、福島第一原発事故の収束はないと私は思うのである。

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2011/10/01

プルトニウム検出報道 ~ かくも横並びなメディア

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 「情報を貰う」ことが、「貰った情報であることの確認」を抜かして、公認された情報を成立させるなら、それはそのままで、すでに言論操作であると言わなければならない。記事の質に対する評価以前に、基本的なありかたにおいて操作された言論なのである。
 記者クラブとは、基本的に取材をしないところである。断っておくが、もとより「情報を貰う」相手である官庁に接することは、ほんらい「取材」の範囲に入らない。入り得るとすれば、「官庁がそう発表した」というだけの「事実の」確認としてであり、そもそも「事実」はそこではそれだけのものに限定される、という問題意識を前提にする。取材とは、ほんらい自己責任であり、自前である行為なのだ。
 したがって、記者クラブ情報に基本的に依存して成り立つ限り、はなはだ逆説的な事態が現実となる。すなわち、報道とは、つまり取材を前提としない情報なのだ。報道に関する予断や概念はどうであれ、実際にはそれが現実なのである。

岡庭昇著 『かくもさまざまな言論操作』より
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福島県飯舘村などの土壌からプルトニウムが検出されたという。
では、メディアはこれをどう伝えているか?

・47ニュース
「プルトニウムは半減期が極めて長く、呼吸などで体内に入ると強い発がん性を帯びる。文科省は「ごく微量で、人体に影響を及ぼすような値ではない」としている。」

・NHK
「文部科学省によりますと、今回検出されたプルトニウムの濃度はいずれも低く、これらのプルトニウムによる被ばく量は非常に小さいとしています。」

・日本テレビ
「プルトニウムは半減期が長く、吸い込むと長期にわたって内部被ばくの危険性がある。しかし、今回の検出量は、過去の核実験の影響とみられるプルトニウムの量を超えるものではなく、健康への影響はないという。」

・朝日
「文科省は「プルトニウムやストロンチウムの沈着量はセシウムに比べ非常に小さい。今後の被曝の影響評価や除染対策はセシウムに着目するのが適切」としている。」

・読売
「プルトニウムは、福島県双葉町、浪江町と飯舘村の計6か所の土壌から検出され、国の調査では初めて原発敷地外から見つかった。同省は、「プルトニウム、ストロンチウムによる被曝線量は非常に小さいため、除染対策はセシウムに着目していくのが適切」と話している。」

・FNN
「今回検出されたプルトニウムの最大濃度は、原発からおよそ30km離れた浪江町で、1平方メートルあたり4.0ベクレル(Bq)。
さらに双葉町や飯舘村などの土壌からもプルトニウムが検出され、原発事故に由来するものとみられている。
文部科学省は、いずれも低い濃度で、被ばく量も微量としている。」

以上、各社の報道を見ての感想。
「福島第一原発の敷地外からプルトニウムが発見されたが、大したことはない」と文科省が発表したことはわかった。
問題は、その発表が真実なのかどうか? それを検証するのがジャーナリズムの仕事ではないのかね?
頂いた情報をそのまま「文科省が〇〇〇〇〇と言ってました」と垂れ流すだけだったら、それはアホでもできるんじゃないかね?
とまあ、噛みついてもムダなことはわかっている。そんな抜けがけをやってはいけないのが、記者クラブメディアなのだから。

Gwngos

かくもさまざまな言論操作

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