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2011/09/04

マスメディアはなぜ思考停止するのか

9月1日の以下の朝日新聞の記事には驚いた。

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朝日がん大賞に山下俊一さん 被曝医療に貢献

日本対がん協会(垣添忠生会長)は、今年度の朝日がん大賞と対がん協会賞の受賞者を1日付で発表した。大賞には長崎大学大学院教授で、7月に福島県立医科大学副学長に就任した山下俊一さん(59)が選ばれた。チェルノブイリ原発事故後の子どもの甲状腺がんの診断、治療や福島第一原発事故による福島県民の健康調査や被曝(ひばく)医療への取り組みが評価された。2日に鹿児島市である「がん征圧全国大会」で表彰する。
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朝日新聞が何をしようが知ったことではない。しかし、最初にこの情報をとあるブログで見た時にはさすがにビックリして、おもわずツイッターで「何これ。ネタじゃないの?マジなの?」とつぶやいてしまった。が、その後、上記の記事を見て(もちろんネットで)、「ホントだったんだナ、それにしても朝日も堕ちるところまで堕ちたナ」と思わずにはいられなかった。
ま、ここで山下俊一について書くことは省くが、この人物こそは霞が関や東電の意を体して福島に送り込まれた男である。そういう人物を「高く評価する」ということは、まさに記者クラブという情報下げ渡し制度の中でせっせと権力の広報をつとめる御用機関の証明に他ならない。

その日の晩、私はメディア関係者が集う会合に顔を出した。そこには朝日新聞の社員も何人かいたのだが、そのうちの一人が「今日は朝から山下俊一のガン大賞のことで大騒ぎでした。まあ1カ月前からわかっていたんですけどね(笑)」と言っているのを聞いて、「ああ、やっぱり完全な確信犯だったんだナ」と思ったものだった。
その後、別の若い記者と名刺交換をしながら雑談をしている折、アルコールの勢いもあって思わず私が「それにしても山下の件にしろ何にしろ、最近の朝日さんはどうなっちゃったんですか?」と訊くと、その記者(女性だった)は、「まあ、うちにもいろいろな人がいますから」と別に気にとめる風もなく、むしろ「なんでそんなことを言うの?」という目を向けられてしまったので、早々にその場を移動したのだった……。

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ところで、このメディア関係者の集いの中で私がもう一つ感じたのは、全体に福島第一原発に対する危機意識が希薄なのではないかということだ。
現在進行形の福島第一原発の事故は、もはやチェルノブイリを越えて人類史上、誰も経験したことのない域に突入している。にもかかわらずメディア関係者の中で、そのファクターをきちんと織り込んでいる人は意外に少なく、誰もがなんとなく「事態は収束に向かっている」と思い込んでいるように見える。

もっとも、そう感じたのは別にこの日が初めてではない。
たとえば私の古巣の出版社は、リストラから1年を経て、そこそこの黒字を出したらしい。
それはそれで良かったと思うのだが(ただしその結果、大きな経営責任のある前経営者に退職金を払ったというのには驚いた)、聞こえてくるのは圧倒的に「広告が戻ってきた」という声である。ま、確かに私が在籍した最後の数年はものすごい勢いで広告の売り上げが落ちていたので、それがプラスに転じたというは朗報だろう。とくにこの会社の場合、女性ファッション誌の売り上げと広告が生命線なだけに安堵感は大きいはずだ。
だが――
それで安心していて大丈夫なのだろうかとも思う。
というのも、ブランドの新作バッグがどうしただの、着こなしがどうしただのといった編集内容の雑誌がこれからも永続的に売れる つまりそれらの雑誌の売上げの非常に大きな部分をしめる首都圏の読者が3・11以前のような生活にこれからも現を抜かしていられるとは私にはとうてい思えなのだ。
もちろん今は国もメディアも必死になって福島第一原発は収束に向かっているイメージを振りまいている。そのため、景気が悪いと言ってもファッション雑誌のビジネスモデルが存続できる程度の状況にはある。
しかし、一方で来年、再来年……と年を経るごとに、放射能による被害は恐るべき勢いで拡大していき、しかも、それがいつ終わるのかは誰にも予測がつかない。
確実に言えることは、小出裕章氏が言うように、3・11と前と後では別の世界になってしまったということだ。
が、今のところ私の古巣にはそういう危機感は皆無のようだ。無論、今や外から見るだけなので、本当の内情はわからないが、少なくとも経営陣が原発リスクのヘッジを真剣に考えているようには見えない。
そして、これは私の古巣のみならず、程度の差こそあれ、メディア企業に共通しているように思えるのだ。
その理由を考えてみると、突き詰めればこれまでの広告を中心としたビジネスモデルがあまりにも美味しすぎたがゆえ、今日の状況を迎えてもなお、そこから一歩も抜け出すことができずに思考停止に陥っているということではないかと思う。
マスメディアが福島第一原発の真実を伝えようとしないのは、もちろん権力による情報コントロールがあるからだが、深層心理の中に「これまでの美味しい生活を失いたくない」という願望があるからだと私は思う。
ただでさえインターネットの登場によって壊れつつあるマスメディアのビジネスモデルは、実は福島第一原発の破局事故によってさらに揺らいでいる。しかし、(あたかも原発において想定を越えた地震や津波を考えないことをしたのと同じように)それは考えないことにする、つまり思考停止に陥っているのが現在のマスコミなのではないだろうか。
朝日が山下俊一にガン大賞とやらを進呈してしまうのも、つまるところはその結果なのである。

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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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コメント

↓の部分、同感です。

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というのも、ブランドの新作バッグがどうしただの、着こなしがどうしただのといった編集内容の雑誌がこれからも永続的に売れる つまりそれらの雑誌の売上げの非常に大きな部分をしめる首都圏の読者が3・11以前のような生活にこれからも現を抜かしていられるとは私にはとうてい思えなのだ。
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これからは、食べ物だけでなく身近な日用品、使用している化粧品や買おうとしている洋服の生地などが、どこで作られているのか、その原材料や場所に放射線の影響はないのか、などの情報が求められるような気がします。

投稿: カナン | 2011/09/07 15:32

「マスコミと東電の犯罪隠蔽工作共謀共同正犯」

>福島作業員の白血病診断が早過ぎる(院長の独り言さま)
>>http://onodekita.sblo.jp/article/47664993.html
に、検死の必要性について以下のコメントをしたので転載します(加筆あり)。
(開始)
次にあげる最近の共同新聞記事にも同じ問題が含まれている。
見出しになった「死亡後に被曝の疑い」は警察関係者の意見としているが、1000人もの変死体(そんな病死はぜったいないからね)について警察関係者が検死も死体検案もせずに「死亡後に被曝した」という明らかな嘘を記者に話すはずが無い。1000体の変死体を実際に死体検案してから死因発表するのでなければ警察関係者が不正な捜査情報を記者にリークするという犯罪を犯すことになるからね。

つまり根拠の無い不正な死因憶測記事を書いた新聞記者と容疑者東電の間に不法行為である事実の隠蔽共謀共同正犯の容疑が生じている。

>20キロ圏に数百~千の遺体か 「死亡後に被ばくの疑い」(共同通信)
>>http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000278.html
>福島第1原発事故で、政府が避難指示を出している原発から約20キロの圏内に、東日本大震災で亡くなった人の遺体が数百~千体あると推定されることが31日、警察当局への取材で分かった。27日には、原発から約5キロの福島県大熊町で見つかった遺体から高い放射線量を測定しており、警察関係者は「死亡後に放射性物質を浴びて被ばくした遺体もある」と指摘。(以下略)<

またこの共同新聞記事についてwelcome toののちゃんちtwitterさまにも同様の指摘をするコメントがあったので転載してご紹介する。
>>http://c3plamo.slyip.com/blog/

>震災後、原発周辺で1000名近い遺体が放置された。何で死んだのか? グーグルの事故後衛星写真で、この付近で津波被災などごくわずかだった。三陸と比較すれば分かる。揺れも震度6程度、家も倒壊してない。ならば死因は放射能急性被曝死しかない http://t.co/AWxyzWN
4 days ago · reply · retweet · favorite<
(終わり)

投稿: 通りがけ | 2011/09/05 15:11

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まあ、新聞社とか放送局の人間、いや社畜というのは大抵あれですわ、 自分たちが「一流企業」に籍を置いているというのがステータス。 何やっていて、それにどういう思想信条があるかというのはどうでもいい ことなんですよね。 自分たちが情報を握っていて偉い。これだけ。 インターネット前ならまだしも、きょうびは自分たちの言っていることがどう 評価されるかが露呈される。それがわかっていてもてめえが「一流企業」 にいて守られていることで傲慢に構えられ、会社に甘える。 私は実体験や人からの話で痛いほどわかっている、つ... [続きを読む]

受信: 2011/09/07 01:09

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