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2011/07/25

「陸山会事件」 〜 二人の元検事によるビフォーアフター

・ビフォー / 川上和雄(←元東京痴犬地検特捜部長)

・アフター / 郷原信郎
「陸山会事件(石川・池田・大久保関係)の検察論告を読んだ。まさに瓦礫のような論告、「読むに堪えなかった」というのが率直なところ。ほとんど、妄想・憶測を書きならべたような三流週刊誌レベルの「論告」を、東京地裁の刑事法廷で恥じらいもなく朗読できる神経が私には理解できないし、特捜検察が、そのような存在になってしまったことは情けない限りである。」
全文はこちら

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現代の特攻隊と東京電力の崩壊

すでに多くのブログ等で話題になっているが、海江田万里が出演した田勢康弘(失笑)司会の番組で、「現場の人たちは線量計をつけて入ると(線量が)上がって法律では働けなくなるから、線量計を置いて入った人がたくさんいる」、「頑張ってくれた現場の人は尊いし、日本人が誇っていい」と言ったという。
私はこの件を聞いて瞬時に「要するに戦時中の特攻隊と同じじゃないか」と思った。本来、海江田はこのようにあってはならないことが福島第一原発の現場で起きているなら、厳重に指導しなければならない側の最高責任者である。にもかかわらず、その人物がこんなトンデモ発言をしているのなら即刻クビを飛ばすべきだ。
そもそもーー
海江田が言う「現場の人」の中に、おそらく東京電力の社員はほとんどいないだろう。その多くは“協力会社”、つまり下請け、孫請け、孫々請け……の人たちのはずで、彼らが高い放射線を浴びた結果としてガンになったとしても、それを東電や国が補償するわけではまったくない(東電は“協力会社”の労働者がどれだけいて、福島の現場を離れた後にどうしているかもしっかり把握していない)。
にもかかわらず、「線量計を外して働いている現場の人は尊い」などと言うのは、要するに「特攻隊員は英霊だ」というのと同じであって、そのうち政府から、あるいは電力会社からたっぷりカネをもらっている自民党の連中から、「福島原発の作業で命を失った人たちは英霊だから靖国神社に祀るべきだ」という声が出てくるかもしれない(アベシンゾーあたりが言い出しそう)。

原発を所管する大臣がこれほどのトンデモ発言をしているのに、しかしマスメディアの反応はきわめて鈍く、フジテレビにいたってはこのご時世に27時間テレビとかいうアホ丸出しの番組を垂れ流していた。
私は政府や東電による節電恐喝を絶対に許さないが、しかし日本という国全体が非常事態に陥っていることは事実である。にもかかわらず、このような番組を延々と垂れ流しているテレビ局は国賊としか言いようない。
なにしろエアコンの設定温度を下げるよりも、テレビを消すほうがはるかに節電効果は高いという。ならば、テレビを見ないのが一番いいわけで、政府はこのようなムダな電波を垂れ流す放送局の免許をさっさと取り上げるべきである。が、それをしないのは、つまりマスメディアもまた東電と同じくズブズブの既得権益グループの一員であるからだ。

世界最悪の放射能テロ会社が救済され、この非常事態にもっともムダに電力を消費しているテレビ局に何の咎めもないーー。
まさに狂っているとしか言いようがないが、しかし私はこういう状況は長続きはしないと思う。
なぜなら、当たり前の言い方になってしまうが、デタラメのツケは必ず来るから。
したがって、東京電力は自らが起こした史上最大規模の犯罪の責任から逃れることは絶対にできない。現在、東電は会長の勝俣が中心になって必死に延命を画策しているが、前代未聞の放射能災害の現実を前にして、何の正義もないそのような姑息な画策は必ず吹き飛ぶ。そして東電が吹き飛べば、それに連なる既得権益グループも一緒に吹き飛ぶ。
「本当かいな?」と思われる方もいるかもしれないが、兆候はすでに出始めていて、その一つが東電女性社員殺人事件の犯人として無期懲役が確定していたゴビンダ・プラサド・マイナリ氏に対する再審の可能性浮上ではないかと私は思うのだ。
これまで東電は、どんなデタラメをやっても、それを表に出すことなく情報をコントロールすることができた。それが東電の卓越した影響力、支配力、権力基盤の拠り所だったわけだが、今、そのコントロールが効かなくなりつつある。その象徴が東電女性社員殺人事件の再審への動きで、もしこれが実現すると、東電の力はいよいよもって落ちる。コントロール不能に陥った飛行機が落ちるのは自明の理である。


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『東京電力福島第一原発事故とマスメディア』

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2011/07/21

小出裕章氏 〜 政府:Step1達成しました⇒「私も分かりません」

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2011/07/20

かくも情弱な政治家たち

昨日、帰宅してパソコンを立ち上げると、ちょうど海江田と細野の記者会見が始まるところであった。
会見の内容を事前に知らなかったので、見るとはなしに見始めると、この両人は福島第一原発の収束に向けた工程表の第一段階をクリアしたと発表している。あまりにも素っ頓狂な内容に私は思わずtwitterで、

「ステップ1が完了だと? アフォか。メルトスルーした燃料はどこにあるんだか答えてみろや」

と品のないつぶやきをしてしまった(元々品がないと言われればそれまでだが)。
私はニコニコ生放送でこの会見を見ていたのだが、似たような感想を持っていたのはもちろん私だけではなく、したがってニコ生もtwitterも批判的なコメントが多かったと思う。
つまり――
国民は、もはや工程表の前提が崩れていることを知っているのである。少なくともネットの情報を見ていれば……。

↑の放送で小出先生もおっしゃっているごとく、要するに工程表などというものは作成時の前提がまったく崩れているのであって、もはやこんなものに拘泥することには何の意味もない(1分57秒あたりから)。
つまり、この会見で発表されたことは、最初から最後までウソなのだ。まさに、「平成の大本営発表」である……というタイトルでブログを書こうと思っていたら、すでに同じ表現をされていた方がいらっしゃった。

・世に噛む日々
本日、「工程表第一段階クリア」という「大本営発表」がありました。

私よりはるかに立派なブロガーがお書きになっていることに、もはや付け加えることはなにもない。

それにしても、なぜに海江田や細野、あるいは菅直人は、一般の国民でも知っていることについて、平然とこのような大ウソ会見ができるのだろうか?
少なくとも本当のことを知っていて、かつまともな神経をしていれば、まして国民の命を(一応)預かる政治家なら、このようなデタラメ会見をそう易々とできるわけがない。
それができてしまうのは、彼らが原子力ムラの利害関係者でよほどの大ウソつきか、はたまた官僚や東電が耳元で囁く話以外に情報の入手経路がないかのどちらかだろう。
しかして、菅も海江田も細野も、ついこの間までは野党議員だっただけに、自民党政権時代からどっぷり原発利権に浸ってきた与謝野馨あたりとはタイプが異なる。
とすると――
彼らは原子力利権にどっぷり浸かった人間から以外の情報ルートがないということになる。つまり、情弱(改めて書くまでもないが、「情報弱者」の略)なのだ。

私は先日、民主党の小沢系議員のパーティに出席してみた。もとより頑張って欲しい議員だから出席したわけだが、そこで率直に感じたのは、与党議員の中では頑張っている方だと思う議員でさえ、福島第一原発の破局事故に対する認識がまだまだ弱いのではないかということだった。
いくら非主流の立場にあるとはいえ、与党議員であればできることなどいくらでもあるはずだと思う。しかし、実際に何人かの議員と話をしてみると、もちろんやる気はあるのだが、スピード感が決定的に欠けているのである。
もはや福島第一原発の事故は、地元福島のみならず東日本一帯、食の問題を考えれば日本全体を一刻の猶予もならない事態に陥らせている。にもかかわらず主要大臣が情弱で、政権与党も動きが鈍い。かといって、最大野党は原発利権亡者の集団……。
なんとも八方ふさがりなこの状況の中で、次なる大事故が起こらないことを願うばかりである。

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2011/07/18

若い人たちへ ~ これから首都圏に家を買うのはおやめなさい

私は埼玉県南部、東武東上線の沿線に住んでいる。
二十年ほど前に引っ越してきたのだが、その頃からこの地域は人口が増え始めた。
子どもが通っていた公立小学校は当時でも全校生徒が1000人近くおり、しかもまだ増え続けていたので、娘が高学年になった頃にはついに学校を増設することになり、その区割りで揉めたなどということもあった。
なぜ、そんなことになったかのかというと……。
東武東上線というのは意外にアクセスがいい。志木あたりまでだと池袋まで20分で出られるし、有楽町線が乗り入れているため銀座方面へも出られる。しかも、数年前には副都心線が開通し、新宿、原宿、渋谷方面へも一本で出られる。
にもかかわらず、東急や小田急沿線に比べるとイメージが悪くブランド力がない分だけ地価も安い。
しかも、駅から至近の場所に土地がまだまだあるので、マンション建設をしやすいのである。
私は毎日1時間半ほどウォーキングをしているのだが、この地域のマンション建設や戸建て分譲のブームはおさまっておらず、東日本大震災後もあちこちで工事が行なわれている。
そして出来上がった物件は販売されるわけだが、いつも思うのは「売れているのだろうか?」ということだ。

私も住宅は購入したクチだが、まだ借家でこれから住宅をどうしようかと考える立場だったら、絶対に首都圏の物件には手を出さないだろう。
住宅と言えば、普通の人にとっては一生の買い物であり、それなりのローンを背負わなければならない。
バブル以前は不動産を買えば値上がりするのが常識だったが、そういう時代は過去の話で、今は購入してもよほどのことがないかぎり値上がりすることはない。まして、これからは少子化の一途をたどるから、住宅は供給過剰になる。だから、住宅の購入というのは実はリスクが高い。
私の知り合いのファイナンシャルプランナーは、「青山の一等地とか、よほどいい物件でない限り、住宅は買っても損」と言っていたものだった(だから、私が会社を辞める時、住宅ローンについて相談すると「家を買うなんてバカだねえ」と言われてしまった)。
しかし、それも3・11の前の話であって、もはや青山の一等地の不動産を所有していたとしても、その価値を維持できるかどうかはわからない。
なぜなら、そこに放射能がやって来たら、ジ・エンドであるからだ。
だから、私はこれから住宅を買おうかと悩んでいる若い人に対しては、こう言いたい。

「家を買うのはおやめなさい。その分、お金を貯めて、いつでも放射能の影響のない地域(それがどこだかわからないが)へ逃げられるようにしておきない」

ついでに言えば、

「もし家族や子どものパスポートを取っていないのなら、それもすぐにお取りなさい」

住宅産業というのは、実は景気を支える重要な柱である。若い夫婦が家を買えば、それに付随して、いろいろな家具なども購入していかなければならない。そういう中でお金が動いて経済が活性化していくわけだが、もはや景気がどうのこうのと言っている場合ではない。
住宅産業の方々にとっては死活問題になってしまうが、結局、放射能災害というのはそれほどのもの、とてつものないものであって、これまでの社会の仕組みをすべてぶち壊してしまうのである。

では、私を含めてすでに住宅ローンを背負っている人はどうすればいいのか。
これは難しい。
私もいますぐ答えは見つからないが、食の問題だけでなく、住宅の問題においてもこれから大混乱が起き、経済が相当なダメージを受けることは避けられないと思う。
問題は、そこまで政治や行政がそこまで見据えて手を打っていけるかどうかだが、今のところその兆候はまったく見られない。

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2011/07/14

菅直人の脱原発 ~ 原発推進派が描いたシナリオの一つの役を演じているだけである可能性はないか?

菅直人が脱原発の方向性を打ち出した。
その評価はさまざまで、私が普段から目を通しているブロガーの意見も、「とにかく方向性は正しいのだから支持する」という人から疑問を呈する人までそれぞれである。
私はと言うと、長らく反原発の立場にあったのだから本来、歓迎すべきであるが、しかして諸手を挙げて賛成する気分に今のところ到底なれない。
それは、菅直人が脱原発に至った理由が自らの延命と切っても切れない関係にある、つまりそもそもの動機がまことにもって不純であるからだ。

3・11以降、やっと多くの人が気づくところとなったが、原子力産業というのは日本が誇る既得権益の中でも図抜けて問題の根が深く、霞が関から財界、政界、マスメディア、そして学界にまで、幅広く原子力マネーが行き渡っている。まさに原発ドランカー状態だが、それだけに連中の結束は固い。
しかも、これだけの破局事故を起こしながら、依然として東京電力に司直の手すら入らないのを見ればわかる通り、原発マフィアはとてつもなく強大な力を持っている。
そういう組織を相手に、総理という立場にありながらも自らの非常に矮小な思惑で「脱原発」を打ち出すのは、かえって原発マフィアにとって思う壺なのではないかと思うのである。

普通に行けば――
菅政権というのは完全な死に体であるから、どんなに本人がクソ粘りを発揮しても、そう遠くない時期に退陣となるだろう。であれば、原発マフィアはその時、菅と一緒に脱原発も永遠に葬ればいい。
もし、そうなったら、国家百年の計である脱原発は、菅直人というお粗末な政治家のお陰で潰され、しかも国民はさらなる不幸とリスクを背負い込むことになる。

あるいはもっとうがった見方をすれば――
そもそも菅直人には脱原発などという意向はサラサラなく、ただ原発マフィアの描いたシナリオの中の「脱原発を言いだす総理大臣役」を演じているだけなのかもしれない。
もちろん、さすがにこれは勘ぐり過ぎだろうが、しかしそれぐらいのことを考えかねないのが原発マフィアであることは肝に銘じておいて間違いはない。
もちろん、私の見方が間違っていれば、それはそれでいい。
しかし、この国のマスメディアが流している情報は頭から信じず、まずはいったん疑ってかかることはとても重要なことだと私は思うのである。

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2011/07/10

54基の原発(+六ヶ所村、もんじゅ)の存在こそ、日本が民主主義国家でないことの何よりの証明である

今さらながらではあるが、九電のヤラセメール問題について触れておく。
3・11以降に原発に関心を持った私の友人は、この問題が発覚すると「これはあまりにもひどい。すべての信頼が崩れた」と言って怒っていたのだが、私にはなぜ彼がそんなに怒るのか理解できなかった。
というのも、こんなことは日常茶飯事で行なわれていたことだからだ。
過去から現在にいたるまで、山のように積み重ねられてきた電力会社のウソ、デタラメの数々をふり返れば、この程度のことは大したことではないわけで、「ヤラセメールなんて普通じゃん」と思ってしまう私は、怒りのモチベーションが下がっているのかもしれない……と思っていたら、小出裕章先生も同様の感想をお持ちだった。

日本の原子力推進一派(行政&企業&政党)の最大の特徴は、デモクラシーマインドがひとカケラないことである。
というのも、正しく民主主義的な手続きを踏んで原発を作ろうとしたならば、おそらく日本には一基も作れないだろうからだ。
なにしろ日本列島というのは地震の巣窟である。そこに無理やり原発を作ろうとすれば、地元の住民が反対するのは当然のこと。漁業権を買い上げるといっても、その結果として海が放射能で汚染されたり、あるいは冷却用に使用された熱い海水をぶちまけられたりしたら(あるいは冷却水の取水口についてしまう藻を取るために、強烈な薬品を使っているとも言われている)、海そのものが死んでしまう。
原発によって利益を得る以外の真っ当な感覚の持ち主であれば、そんな危険とマイナスしかもたらさないモノは望むはずがない。
では、それでも原発を作りたい連中はどうするのか。
カネで住民の顔をひっぱたき、一方で今回のヤラセメールのような手口を使って民主主義的手続きを偽装するのである。そうして、「地元の同意を得た」と嘯いて、建設を強行する。
原発ができる地域というのは、過疎化した村落が多く、いわゆる日本的共同体の性格を色濃く残した地域が多い。そういう中では、いったん着工された原発に反対するのは勇気のいることになり、そうして「物言えば唇寒し」という状況が生まれる――。
つまり、推進側が原発を作るにあたって致命的に重要なポイントは、外形的には民主主義と言われているこの国のシステムを骨抜きにすることなのである。そして、これは国民を徹底的に監視、管理した上で、あらゆる利権を掌中に収めることに命をかけている霞が関の独裁体制と軌を一にしている。
なにしろ、この国では司法からメディアまで、すべてが“あちら側”だから、原発に反対する住民が裁判をやっても勝つことはなく、国家に楯突けば冤罪で嵌められることなど日常茶飯事のこと。
結果、福島第一原発のような破局事故が起き、一方で実質的に不信任を食らった総理大臣が官邸に籠城しても、暴動一つ起きない凄い国なった。

私はかねてより当ブログにおいて日本は民主主義国家ではないと主張しているが、この狭い国土に54基の原発と六ヶ所村の再処理工場、そしてもうどうにもならない「もんじゅ」が現に存在することこそが、その証明であると思う。

※本日23時よりニコニコ動画で『徹底検証!検察調書「大量却下」はなぜ起きたか? 』が行なわれます。是非、ご視聴ください!

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2011/07/06

東電の責任追及はテロとの闘いである

アメリカがビンラディンを暗殺した際、民主党の岡田克也は「アルカイダの力が弱くなるということで、テロのない世界を目指すという観点からすると大きな前進だ」と述べている。
つまり、岡田は「テロとの闘い」という大義さえあれば、アメリカが行なったような暗殺も肯定する立場にあるわけで、これは日本政府も同様である。

ところで――。
いま日本はアルカイダの存在すらも霞むほどの核テロリスト集団の攻撃を受けている。その集団とは、言わずとしれた、勝俣恒久をトップにいただく東京電力である。
この集団が始末に負えないのは、その行動基準に何がしかの政治目的があるわけでもなく、ただひたすら自分たちの金儲けと保身だけを追い求めているという点にある。
そういう体質の会社が、ウソ、デタラメ、差別の3点セットを最大限に駆使して維持してきたのが原子力発電だ。
およそ非効率なこの発電方法をなぜ電力会社が取るのかといえば、突き詰めれば「アホのように儲かる」からである。
ただし、「アホのように儲かる」のには、もちろんそれなりのカラクリがある。
つまり、万年単位で管理が必要な放射性廃棄物をどう処理するかという問題については、「そのうちなんとかなる」といってスルーする。
地震や津波の影響によって原子炉が破局事故を問われる可能性を問われれば、「そんなことは絶対にない。原子力発電は絶対安全」という内容の宣伝に巨額の予算を投入し、また学者を買収してウソとデタラメを喋らせる。しかしその一方で、本当に原子炉の安全性を高めるための投資はコストダウンと称してどんどん削っていく。
揚句の果てに、「絶対に起きない」はずの破局事故が起きると、実は以前からコッソリと仕込んであった「巨大な自然災害については免責される」という条項を持ち出す。つまり、この連中は「事故は絶対に起きない」と言いつつ、起きた後のこともしっかりと想定していたわけだ。

そして、いま現在進行形で未曾有の放射能災害=核テロが起きているにもかかわらず、「原発が止まっている分、電力が足りないんだから節電しろ」と国民に強要する東電。居直り強盗などといった生易しいものではない、悪魔の集団そのものである。
にもかかわらず、この集団に対してオウム真理教に対してのごとく、司直による捜査の手が伸びるわけでもなく、マスメディアによる厳しい追及が行なわれるわけでもない。
それもそのはずで、この会社からは過去に平岩外四、那須翔の二人が国家公安委員に任命されているのである。なんと、この恐るべきテロリスト集団はずっと以前から国家の中枢にまで入り込んでいたのだ。
かつて、マスメディアはオウムの活動について国家を乗っ取る計画があったのではないかと大騒ぎをしていたが、なんのことはない、日本はとっくの昔に核テロ集団に乗っ取られていたのである。

本当にこのままでいいのかと私は思う。
毎度、同じことばかり書くのは気が引けるが、今回これだけの人為的核災害が起きてなお、東京電力が逃げ切ってしまうのならば、復興もへったくれもないし、まったく同じ体質を持つ他の電力会社が同じような事故を必ず起こすと私は断言する。そうなれば日本は完全にジ・エンドだ。
では、そうならないためにはどうするか。
国民が自分の手で東電の責任を追及するしかないのだが、、それができないというのであれば、テロとの闘いの親玉であるアメリカの特殊部隊にでも頼みますか……。

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2011/07/05

田中康夫のにっぽんサイコー!~ 竹田恒泰が語る「原発はいらない!」11/07/02

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2011/07/04

前代未聞の核災害を“食”から考える

電力会社や原発の利権に群がる連中が、しきりに「原発をやめると電力料金が上がる」と脅している。
東京電力という歴史上、稀に見る核テロリスト集団の責任を追及するどころか擁護にまわり、国民を脅迫しているのだから始末に負えない連中である。
ただし、原発をやめた場合の電力料金について一つだけ言っておかなければならないのは、オール電化住宅に住む方々にとってはつらいということだ。
なぜならオール電化住宅というのは、そもそも原発が生みだす余剰電力(出力を調整できない原発は深夜の時間帯に不必要な電気をドンドコつくってしまう)対策として考えられたものだから(詳しくはこちら)。
当然、原発を止めれば余剰電力はなくなるわけで、となると値引きをしてまで売る必要はない。それどころか、本来だったら需要の少ない時間帯に電力を使われるのはむしろ困った事態であり、電力会社はこの時間帯の値上げに踏み切るかもしれない……。
と、まあさすがにそこまではしないと思うが、しかし東京電力を東の横綱とする各電力会社のデタラメぶり、開き直りぶり、無責任ぶり……は凄まじいものがあるから、自分たちの都合でオール電化住宅を販売しておいても、コロリと態度を変えてくる可能性はあるかもしれない。
というか――。
そもそも電力会社の社員や幹部の自宅はオール電化なのだろうか?
少しく興味深い問題である(その裏側を知り尽くした連中だけに、オール電化率が低いような気がする)。

さて、それにしても福島第一原発が依然としてなんの収束のメドも立っていないなか、これから私たちの生活はどうなるのだろうか。
たとえ、これ以上の破局的な事態が起きなくても(たとえば使用済み核燃料の山積みの4号機の状況が悪化するとか)、信じがたいレベルの放射能が垂れ流されているわけだから、これから秋口にかけて、いよいよもって深刻になるのが“食”の問題だと思う。

私はカツオが大好きなのだが、ついに今年の春~初夏はカツオを自宅で食べることはなかった。というのも、よく行く近所のスーパーのカツオは千葉産なのである。ま、私のようなジジイの入口に立った人間は、もはや放射能の影響などあまりなく、子どもさえ食べなければいいのだが、それでもやっぱり「どうなんだろう」と思ってしまう。
これが、秋の戻りガツオのシーズン、あるいはサンマのシーズンになった時にどうなるか。
もちろん国は御用学者を総動員して、「基準値を下回っているから大丈夫」「ただちに影響はない」などとわめきたてるだろうが、この国の権力がやることに信じるに足ることがほとんどないことは、3・11以降、明らかである。まして、小さな子どもを持つ親や、これから子どもをつくる若い男女にとっての大原則はセーフティファーストだ。
したがって、やはりこれは食べない方がいいということになる。
あるいは野菜、米にしても、福島周辺のものはある年齢以下の人は食べるべきではないと私は思う。
少し前に関東から関西へ居を移した人の話だと、引っ越して何が良かったかというと、まず第一に食に関する心配のレベルが相当に下がったことだそうだ。
ただし、食材を選んで買ったとしても注意しなければならないことがある。
これはチェルノブイリの時にも相当に横行したと言われているが、やはり産地偽装をしたものは出てくるだろう。ブローカーが安く購入して、これに偽の表示をして高値で売るということは、その方面の人ならば誰でも考えることだ。
しかも、そもそも日本は食の安全基準というものに対する抜け穴がたくさんある。したがって、これは注意しなければならない。
また、一度、加工されたものについても注意が必要だろう。カット野菜や、デパートやスーパー、あるいはコンビニで売られている惣菜などに、食材の産地が表示されているものはほとんどない。商売で惣菜を売る場合の最大のテーマは利益であるから、安く仕入れることができる食材があれば、どうしてもそちらへ流れる。放射能による汚染の場合は、食中毒などと違って実際に人体に影響が出ても因果関係を特定することは不可能だし、たとえ基準値を下回っている食材であっても、そもそもその基準値自体が怪しく、さらに20ミリシーベルト問題のように、今後その数値引き上げられていく可能性もある。であれば、やはり出来あいの惣菜に対しても注意をするにこしたことはない。
と、こう見ていくと、なんとも面倒くさい世の中になったと思われる方も多いだろう。

だが――。
私はこれはこれでいいことだとも思うのだ。
というのも、食というのは人間生活の基本であって、そもそもないがしろにしてはいけないものだから。
ところが、あらゆる面でコストを最優先する日本においては、これまで全体的に食についての関心が非常に低かったと私は思う。
もちろん、テレビをつければグルメ番組はあふれかえっており、むしろ一億総グルメじゃないかという批判はあるだろう。だが、それはあくまでマスメディアを通じて流された作られたものであって、本来的なグルメとはかけ離れたものだ(そもそも、テレビの場合は紹介する店からカネを受け取っているケースもあるという)。
個人で、あるいは家庭で、自分の食べる物、あるいは子どもが食べる物についてきちんと考えること。
これこそ、前代未聞の核災害を生き抜く基本ではないかと私は思うのである。

※参考リンク
「久米宏ラジオなんですけど」7月2日オープニングトーク

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2011/07/01

霞が関独裁帝国が崩壊する時

もう15年以上も前のことだが、一時、ハマコーこと浜田幸一の話を聞く機会が何度かあった。
その当時のハマコー先生は「国民の命と安全を守るのが政治の使命である(それができるのは自民党だけ)」というのが得意のフレーズだった。
そして私は、その頃から心のなかで、「だったらまずは原発をやめて欲しいものだ」と思っていたのだが、、、

3・11以降、誰の目にも明らかなりつつあるのは、この国の権力者たち(その中心は霞が関の官僚であり、そのまわりに政治家や財界、そしてマスメディアがまとわりついている)が国民の命と安全を守る気などさらさらないということだ。
震災が起き、原発がメルトスルーをしてすでに3カ月半。この間、人類史上最悪の核災害は放置されたままである。
しかもその間に政府がやったことは年間の被曝量を1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げることであり、あとは根拠不明の「安全」を連呼しているだけだ。
細野という原発担当大臣は、緊急時避難準備区域の縮小を検討するという。私なんぞは、拡大するのかと思っていたら、縮小なのだそうだ。

なにしろ、福島ではもはや原子炉に水をかけることしかできない。その結果、高濃度の汚染水があふれかえり、作業員の作業を難しくして、しかもこの水は海洋へもどんどこ流れ出している。
京都大学の小出裕章助教は、ことあるごとに「福島の汚染水をタンカーに移して柏崎の廃液処理施設へ持っていくべきだ」と提言している。この人は原発の破局事故は起こり得ると一貫して主張してきた、つまり正しいことを言ってきた人である。
ところが、「破局事故など絶対にあり得ない」とデタラメを言ってきた連中は、いまだにこの正しい人の意見に耳を傾けるどころか、まるで無視をしている。
なぜ、このようなことになるのか?
結局のところ、これまで原発を推進してきたすべての連中は、自らの責任を認めたくないのだろう。なぜなら、責任を認めてしまえば、これまで数々の利権によって築き上げた社会的な地位を失ってしまうから。
そしてもう一つ、彼らが一貫しているのは、とにかく面倒くさいことは一切したくないという姿勢だ。

小松左京原作の「日本沈没」という小説がある。
私が昨年まで勤務していた会社の社史に燦然と輝く大ベストセラーだ。といっても「日本沈没」が出版されたのは私がまだ小学生の頃だった。しかし、当時、父親が買ってきたこの小説を私は読んだし、ラジオドラマも聴いていた。そして、映画も観に行ったと記憶している。
この小説では、最初は田所博士(今でいうところの小出助教のポジショニングか?)の日本沈没の予言を信じていなかった政府が、最後は国民を海外に避難すべく必死になって計画を遂行するのだが、今になって考えてみると、やはり小説と現実とは違うものだナと思う。
なぜなら、「日本沈没」とまではいかないが、東日本が沈没するぐらいの原発事故が起きても政府は何もしないのが現実なのだから。しかも、もう一度、同じような事故が他の原発で起きれば、完全に日本は沈没するにもかかわらず、安全が確認できた原発は稼働していくのだという。
アホーとかいう変わった名前の元総理大臣は、「原発を止めたら、電気料金は10倍になる」と言ったそうだ。明らかな脅しである。自民党の総裁やら幹事長にしても、原発を推進しないと経済が立ち行かなくなるといってはばからない。つまり、この連中にとって国民の命と安全よりも経済の方がプライオリティが高いわけである。
海や山が汚染されて食べ物が放射能まみれになろうが、国民がどれだけガンになろうが、それよりも原発を動かすことの方が大事だというのだ。
狂っているとしかいいようがないが、この状況は今後もずっと続くのかというと、私はそう長くは続かないのではないかと思う。

3月11日、私は武蔵新田(大田区)にいた。そして夕方、武蔵新田から桜新町(世田谷区)にある友人の家まで徒歩で移動したのだが、その道筋の大半は高級住宅街だった。その時に私が感心したのは、この住宅地(小沢一郎宅の前も通った)が普段とあまり変わらない様子だったことだ。上空をヘリが慌ただしく飛んでいる音が聞こえる以外は静寂に包まれており、大地震直後という雰囲気はない。
「ああ、やっぱり高級住宅地というのは地盤がしっかりしているんだナ、そこにしっかりした大きな家を建てれば地震も怖くないんだナ」と思ったものだった。
しかし――。
地震に対しては強い高級住宅地も放射能となると話は別だ。下町だろうが山の手だろうが、放射能は地形による多少の差異はあっても、万遍なく、そして平等に降り注ぐ。どんなに地価の高い地域であろうとも、放射能は容赦しないのである。
今後も福島第一原発に対する無為無策が続けば、あるいは不安視されている4号機が悪い方へ向かったりすれば、関東地域全般にさらに強い放射能の影響が及ぶことは間違いないわけで、そうなればもう港区だろうが世田谷区だろうが目黒区だろうが関係なく地価は暴落する。
つまり放射能は国民生活ばかりか、日本の勝ち組の論理をも一緒に破綻に導く。
そうしてこうなった時、ついに明治維新以後から続いた日本の国家体制、あるいはその体制が築き上げてきた価値や価値観のすべてが崩壊するのではないかと私は思うのである。
ただし、その後に来るのがどのような時代なのかは今のところよくわからない。

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