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2011/06/23

日本が真の民主主義国家になるためには、東京電力を倒すことが必要である

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「革命抜きの民主主義はあり得ないと思うんです。民主主義があれば、革命という付帯条件は必ずついているはずなんだ。これ以上侵害されたら革命を起すというのが民主主義でしょう。日本では革命は、共産主義だけに縁がある。民主主義とは縁がないと思っている。」

久野収、鶴見俊輔、藤田昭三共著『戦後日本の思想』より、鶴見氏の発言


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19日に行われたクウェートとのサッカー五輪予選の日本代表の出来は素晴らしかった。その前日、浦和レッズの不甲斐ない試合を見たばかりだったので、胸がスカっとしたものである。
ところで、この試合が行われたのは名古屋の豊田スタジアムだった。
そこで私はふと思ったのだが、これが国立競技場だったら相手のチームは来日しただろうか。
ま、現状であれば来日はしたかもしれない。
しかし、福島第一原発の破局事故は、依然としてまったく収束の兆しがなく、それどころかどんどん悪化している。メルトスルーしている1-3号機にプラスしてさらに4号機の状態も非常に悪いという。
ここには使用済み核燃料が大量にあるため、この4号機の状況がさらに悪化すると、日本はいよいよもってカタルシスを迎えることになる。

そういう状況にあって、今後、海外からのアスリートや芸術家、ミュージシャンなどの来日がキャンセルになる可能性は十分にあると思う。

少し先の話で、一般の人にはあまり知られていないが、2019年には日本でラグビーのワールドカップが開催される予定だ。今から8年後である。では、その時、福島第一原発はどのような状況になっているのだろうか。まず事態が完全に収束していることはないだろう。それどころか、放射能汚染の範囲がより広がっている可能性が高い。
今はまだ福島とその周辺に止まっている高濃度の汚染が、東京を中心とした首都圏にまで広がっているかもしれない(↓は当ブログで以前にも紹介した瀬尾健著『原発事故…その時、あなたは!』の福島第一、第二の各事故シミュレーション)。

「原発事故…その時あなたは」~福島事故

こうなると、もはやラグビーどころではないし、国際的にも日本でのラグビーワールドカップ開催を危ぶむ声、あるいは開催地の変更要請が出てくるだろう。
つまり、もはやことは日本国内の問題ではない。

しかも、すでに放射能は風に乗って軽々と国境を越えて他国にも降り注いでいるのだ。
にもかかわらず、依然として東京電力は自社の生き残りと直接的な責任を逃れることを最優先に、ウソと隠蔽を繰り返している。
ところが、政府は安全が確認された原発を稼働するのだそうだ。地震の巣窟である日本列島においては、どんな場所であろうと原発にとって安全という場所はない。もし、次なる事故が起きた時、菅直人にしろ海江田万里にしろは、責任を取れるのか。いや、たとえ責任を取って首をくくったとしても、そんなものはなんの足しにもならない。
それでも原発を動かしたいというのは、単に政府の意思ではなく、この国に巣食う霞が関を中心とした既得権益者全体の意思である。

今回の原発破局事故で明らかになったのは、日本が民主主義とは程遠い体制だったことだ(これは以前から私が主張してきたことだが)。なぜそうなってしまったかというと、突きつめれば現在の体制は国民自らの手で勝ち取ったものではないからだ。冒頭で鶴見俊輔氏の言葉を引用したが、民主主義とは自らの手で勝ち取るものであって、革命を経ずしては成立しないのである。
では、現代における革命とは何か。それは東京電力を倒すことだ。この国のシステムの隅々にまではびこっている原発利権の総元締めを潰すことこそが、日本に本当の意味での民主主義をもたらす第一歩であると私は思う。
それができるかできないのか――。
いま、日本はその重大な岐路に立っている。

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2011/06/16

東京電力に破防法適用を!

数日前、用事があって知り合いの弁護士のところへ行った。
少しく要件を相談したあと雑談に。実はこの弁護士も反原発なのであるが……。

私「先生、なんで東電には強制捜査が入らないんですか?」
弁「エスタブリッシュメントだから……ですかね」
私「だって、あんなのただの犯罪集団じゃないですか」
弁「まあ、真面目に言うと、今回のケースで実際にどういう法律を使うかというと案外と難しいのかもしれませんね」
私「破防法を適用すればいいじゃないですか。私はオウムにも破防法を適用するのは反対だったけど、東京電力だけはいいと思いをすけどね」
弁「確かにオウム並にひどいですよね」
私「オウムもとんでもなかったけど、東電はその比じゃないんじゃないですか!」

上記の会話にあるように、私は一貫して破防法に反対の立場である。
しかしながら、このたびの東京電力にたげは適用するべきだと真剣に思う。

なにしろこの会社は現在進行形で日本を破滅に追い込んでいる。国民の命と安全よりも自社の存続を優先し、そのためならばどんなウソをつくことを平気だ。
そもそもなぜ原発を推進したかといえば、ひたすらカネ儲けをするためである。
そのために立地予定の地元を分断しようが、被曝労働者を出そうが、原発周辺の環境を汚染しようが平気の平左で、放射性廃棄物の最終処分地が見つからなくても、そんなことは自分たちが死んだ後のことだから知ったことではない。
そして、破局事故を起こしてもなお、国民に向かって「停電するぞ」と脅しをかける。ヤクザだってこんなここまではやらない(というか、阪神大震災にしても東日本大震災にしても、ヤクザ関係の方々というのは実は非常に真っ当で地道な活動もしている)。

つまり東京電力というのは、暴力主義的破壊活動を行った団体であり、さらに継続、反覆して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行うおそれがあるというか、現在も日本列島を鋭意破壊活動中である。
このような人類史上稀に見る危険団体は、破防法を適用して解散させるしかないと私は思うのだ。

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2011/06/13

6.11デモ ~ 諦めたら喰いものにされるだけ

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 自分のからだを自らの手で慈しみ、自らの努力で大事にしよう。するとそこで“守る”ことがみるみるうちに“問う”ことに、さらには“闘う”姿勢に転換していくはずである。防衛が攻撃へ反転する。この新鮮な発見が、すべての始まりだ。逆に言えば、この発見がないかぎり、システム化した社会によって、いいように踊らされるだけである。文字通り、それはわたしたちのからだが“喰いもの”にされるということだ。
 拙著『飽食の予言』シリーズ(情報センター出版局)を通して、わたしが警告してきたように、わたしたちはいつも“食べる”という幻影のなかで、実は“食べさせられている”のであり、“食べられている”のである。このシステムをどこかで断ち切らなければならない。断固たる、わたしたちの決意によって終わらせなければならない。
 つまり、こうだ。
 この社会は、わたしたちのからだを虎視眈々と狙っている。いや、わたしたちのからだを蚕食することこそが、日本の鎖国的な収奪システムの、不可欠の土台になっている。だから、だれもわたしたちのからだを救ってはくれない。自分で大事に扱い、救出しないかぎりは。そして自分のからだを大事にするということは、システムの蚕食から自分のからだを奪い返すということなのだ。そこからでなくては、なにひとつ肝心の行動は始まりはしない。
 奪い返されたからだを基本として、はじめてわたしたちの主体性が確立する。
 言い換えるなら、この暴力的なまでにゆがんだ工業社会、生産力だけに価値を置くことで人間を殺す異様さが、もはや究極の世紀末的様相を見せているニッポン鎖国に、たった一人でもきちんと向き合うことができるようになるのだ。

岡庭昇著『一九九九年の平らげ方』(情報センター出版局)より
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ということで6.11は永田町と新宿へ行ってきた。

まずは木下黄太氏の呼びかけに応じて永田町へ。
こちらはデモとはまったく違う、ただのゆるーい散歩。木下氏のブログ、及びfacebookでの呼びかけにどれだけの人が呼応するのかと思ったが、15時に永田町につくと黄色いアイテムの人がチラホラ。
みんなバラバラに歩いているが、なんとなく国会正門へ。

ワンコも黄色。
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面白かったのは警察関係の方々。なんだか突然、黄色いアイテムをつけた人が国会周辺を散歩し始めたことに明らかに動揺。「これは何かの集まりですか?」とか「主催者の方はどなたですか?」とか聞きまわっている。
「いや、まあ散歩しに来ただけなんですけどね」。
ついには警察、「正門前にいるみなさんは、散歩してくださーい」と拡声器で呼びかけ(笑)。
ということで、私もまあ国会をぐるりと散歩して、地下鉄で新宿へ。

地上に出るとちょうどデモがやって来た。

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集まった人数はドイツなどの反原発デモに比べればまだまだ少ないかもしれない。
けれども、ずっと反原発だった私としては、「こんなに人が集まるようになったか、、、」とやはり感慨深い。破局的事故が起きてしまった後というのが残念ではあるが……。
しかしそれでも前進である。プロゴルファーの青木功の言葉に「朝一番のティーショットがチョロでもいいんだよ。ちょっとだけでも前に進んでいるだから」というのがある(私の好きな言葉の一つ)。その例えで言うならば、今回のデモはまっすぐに100ヤードぐらいは飛んでいますね。大いなる前進です。

歩道橋の上も鈴なり。
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こんなカッコした官房長官もいたな。
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タマミちゃん(なんだかよくわからないけど)。
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いろいろな方がいらっしゃいます。
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個人的にウケてしまった「寺ベクレル和尚」。
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プラカードもいろいろ。
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座布団一枚。
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警察関係の方々も黄色いアイテムを身につけてデモに参加ちう。
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お父さんの肩車の上で疲れて寝てしまった女の子。この子たちのために頑張らんといかん。お父さん、お疲れさま。あれって重いんですよね。私も経験あります。
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新宿駅東口。
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そしてアルタ前へ。イニエスタもいるな。
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アルタ前にこんなに人がいるのを見るのは久しぶり。
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さてしかし、、、
福島第一原発はまったく収束する気配がなく、しかも政治もマジでレベル7、どころかメルトスルーでレベル8に引き上げか?という状態。
国会ではどさくさにまぎれてコンピュータ監視法案という天下のクソ法があっという間に「スルー」(これぞ独裁国家の証)。
その意味では、まだまだこの国には怒りが足りない。
私は思うのである。
諦めたら喰いものにされるだけだ、と。

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2011/06/11

YouTubeより ~ 村上春樹氏「原発批判」演説ノーカット

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6・11 ~ 今こそ行動の時!&お知らせ

ここのところ当ブログを更新できなかった。
その理由は、政治にも原発事故にも幻滅したから……
というわけではない。
いや、もちろん幻滅はしているが、ここで挫けてしまっては悪どい連中に負けてしまうのである。
ま、私は50年近くを生きて、それなりにいい時代を過ごしてきたからそれでも仕方がないのだが、しかし孫子の代にまで思いをいたせば、ここで引き下がるわけにはいかない。。

私は子どもが好きだ。
よく電車の中などでキャーキャー言っている子どもをしかめっ面で見る人がいるが、私はぜんぜん気にならない。
それどころか、ほっぺたをチョンと突つきたくなる。
だが3・11以降、そういう子どもを見ていると、そんな衝動よりも本当に「今、なんとかしないと本当にこの子どもたちの将来は大変なことになる」と思いが先に立つ。
残念ながら、すでに彼らの未来は十分に大変ではあるのだが、それを少しでも軽減するべく行動することは、今の時代に生きるすべての大人の責務だと思う。

時々……
「自分は子どももいないし、そんなことは関係ない」
と冷やかに言う人がいる(私見では男性に多い)。
しかし、そういう人だって子どもたちが元気に成長してくれなければ、自分の老後が危ういのだ。
当ブログでは同じことのまたも繰り返しになってしまうが、現在のこの事態に対してそういう「想像力」を少しでいいから働かせていただきたいと思う。
現実問題として、3カ月にわたって福島の放射能はダダ漏れ状態だ。
これはもう本当にとてつもないことであって、時とともに“食”や“健康”について、ますますもって重大な影響が出てくるわけで、このまま放置すればするほど、その被害は幾何級数的に増大してく。
こういう中にあって、もっとも優先すべきは子どもや若い人の命と安全であり、その第一原則は「セーフティファースト」だと思う。
人類がいまだかつて経験したことのない放射能災害においては、どんなに用心しても、どんなに安全マージンを取っても取り過ぎることはない。
そのためには、これまで[原発は安全だ」と言い続けてきたすべての人間の言うことを信じないことが重要だ。そういう連中の言ってきたことはすべてウソ、デタラメ、あるいは間違いだったことは、この状況を見れば明々白々である。
にもかかわらず、原発をこれまで推進してきた自民党と、これからも進めようとしていた民主党が連立するだって? 冗談を言ってはいけない。
とここまで書いたところで、6月2日のエントリーと同じような内容になってしまったことに気づいた(脳みそがトロトロなのです)。
が、とにかく今、行動しなければ末代までの恥と禍根を残すことになる。
これまで妻は私が「やれ、小沢だ、検察だ」といってデモへ行ったり最高検へ前田恒彦を告発に行くのを冷やかな目で見ていた。その顔には「あまりヘンなことをしないで欲しい」という表情がありありと出ていた。
ところが、その妻が先日、「私も6月11日はデモへ行ってみようかな」と言った。
そう思う人が一人でも増えて欲しいと切に願う次第である。

・6.11 脱原発100万人アクション (No Nukes Action by a million people)

※最後に一つお知らせがあります。以前にもちょっと書きましたが、当ブログでこれまで書いてきた原発やメディアに関するエントリーをもとに電子書籍を刊行することになりました。タイトルは、

「東京電力福島第一原発事故とマスメディア」

です。詳細は近日、ご報告いたしますが、iPhone、iPad、アンドロイドにも対応したものとなる予定です。

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2011/06/07

田中良紹の「国会探検」〜 「うそつき」の「もがき」

以下、全文転載。

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 内閣不信任案の否決は菅政権を支持した否決ではない。政治空白を作らずに菅総理を辞めさせるための否決である。そして菅総理が延命のためにもがけばもがくほど自分の首を絞める仕掛けである。ところが案の定と言うか菅総理とその周辺は延命のための「もがき」を始めた。

 鳩山前総理が口頭で今月中の辞任を迫ったとされる合意書には「退陣」の「た」の字もない。しかも内輪の合意書であるため「民主党を壊さない」とか「自民党に政権を戻さない」とかが真っ先に書いてある。これが表に出れば自民党が反発する事は必至である。そこに仕掛けがある。

 その上で不信任案は大差で否決された。大差の必要があったからである。これで菅総理の心に「延命可能」の思惑が生まれた。大差の否決は延命のための「もがき」を誘う。しかしなぜ大差の否決が生まれたのか。それは小沢一郎氏の指示があったからである。「自主判断」の指示がなければ大差の否決にはならなかった。

 合意書には「退陣」が書かれていない。不信任案は大差で否決された。菅総理の表情に笑みが生まれる。そこで菅総理は鳩山前総理との口頭での約束を反故にし、原子炉の冷却停止のめどがつく「来年1月」を退陣の時期と明言した。しかし原子炉の冷却停止が来年1月に出来るかどうかは誰にも分からない。ズルズル延びる可能性もあり、菅総理はいつまでも居座る事が出来る。

 むしろ延命のために冷却停止を引き延ばせば、総理の延命が国家の損失を招く事になる。ところが岡田幹事長や枝野官房長ら菅総理の周辺は「合意書にある事は退陣の条件ではない」と一斉に鳩山発言を否定した。これを鳩山前総理は「うそつき」と呼んだ。現職の総理、官房長官、与党幹事長を「うそつき」と断じたのだから尋常ではない。鳩山発言が本当なら日本は「うそつき」が権力を握った国になる。

 しかし「もがき第一弾」とも言うべき菅総理の発言はメディアにも評判が悪かった。メディアは「総理退陣表明」でニュース速報や号外を出した手前、来年までズルズル居座られると立場がなくなる。「それはないよ」と言う話になった。これを見て鳩山前総理の言う「うそつき」たちは「もがき第二弾」を点火した。退陣時期を8月に前倒しすると言い出したのである。

 民主党代表選挙が9月に行なわれる事から、そこまで菅総理を延命させ、民主党内の菅支持派の体制を立て直そうとしたのである。メディアは「総理周辺が菅離れを起こしている」と書いたがそうではない。菅総理の影響力を削がれまいとする「うそつき」たちの「もがき第二弾」なのである。

 そしてそれも難しいとみるや「もがき第三弾」が点火された。それが「大連立」である。菅総理は鳩山前総理との約束どおり今月中に退陣する。その見返りに「小沢抜き大連立」を図ろうと言うのである。大臣ポストと民主党マニフェストの破棄をエサにして、内閣不信任案で共同歩調を取った自公と民主党内小沢グループの間に楔を打ち込み、菅周辺は生き残り、菅総理も退陣後の影響力を確保しようと言うのである。

 これら「もがき」に共通するのは全く国民の方を向いていない姿勢である。第一弾、第二弾は自分の利益と自分たちの都合だけであった。第三弾は一見与野党が協調する体制を作るかのように見えるが、まったくそうではない。マニフェストの異なる政治勢力が連立を組むためにはそれなりの手続きが必要で、まずは辞めていく総理の側が提案する話ではない。

 自民党の谷垣総裁が「新しい民主党代表が決まらなければその話をする事は出来ない」と言うのはその通りである。それにも増して国民が選んだマニフェストを変えるには国民の理解を得る必要がある。この時期に選挙をやる訳にはいかないから、国会議員が良く良く有権者の意見を聞きながら党内で調整を図っていく必要がある。

 与野党協調の道は「大連立」にあるのではない。これまで協調体制を作る姿勢をまるで見せなかった菅政権に退場していただき、全政治勢力が結集して「復興のための臨時政権」を作る事なのである。マニフェストを変える必要もない。大臣ポストを各党に割り振る必要もない。復興のための組織に超党派で適材適所の人物配置を行なえば良い話である。

 復興のための組織は時限的なもので、復興の道筋が出来れば解散する。しかし現状の菅政権では国民経済にも被災者の救済にも見通しが立たないため、今回の不信任案提出問題が起きた。それが不信任案を可決しようとした与野党の共通認識である。「大連立」を組まなくともすでに与野党には共通認識と協調姿勢があり、政治空白を作らずに復興作業を行う事は出来るのである。

 鳩山前総理の言う「うそつき」たちは「大連立」を提案すれば時間稼ぎが出来ると思っているのかもしれないが、「大連立」で時間を浪費する訳には行かない。しかし「うそつき」たちが「もがいた」ため、ついに自民党の谷垣総裁は菅総理に対して来週中の退陣を要求した。「もがき」によって退陣時期は早まっていくのである。
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リンク元は→こちら

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2011/06/03

内閣不信任案は「アングル」か?

昨日昼に行われた民主党の代議士会の中継を見ていて私が驚いたのは、菅直人が「一定のめどがつくまで私に責任を果たさせてほしい」と言った瞬間にピロリロリ〜んという音が鳴ってNHKの画面に「菅首相が退陣を表明」という趣旨のテロップが流れたことだ。
菅発言を聞いて私が「とゆーことは、当分、辞めないんだナ」と思っていたら、次の瞬間に真逆のテロップが事前に打ち合わせができてたいかのように流れたのである。
しかし、この菅直人の投げたクセ球で内閣不信任案否決の流れが決まった。

午後、仕事先との打ち合わせまでの間、内閣不信任案の採決の様子をパソコンで視聴した。最後までは見られなかったが、賛成討論の大島理森と石原伸晃の部分は見た。この大島という人物は自民党核融合エネルギー推進議員連盟副会長、自民党電源立地等推進及び原子力等調査会会長、自民党エネルギー戦略合同部会顧問、社団法人原子燃料政策研究会理事、元原子力委員会委員長、青森県六ヶ所村再処理施設誘致推進で、かつ東電株主なのだそうだ(「世に噛む日々」より)。
石原伸晃は菅直人の唯一の功績である浜岡原発の停止要請をヒトラーのようだと決めつけていた。
内閣不信任決議案は圧倒的な大差で否決され、その夜、菅直人は早期退陣を否定した。

もはや素人には理解し難い状況である。

菅直人の頭の中にはたった一つのことがらしかない。それは、とにかくできる限り長く総理の座に居続けること。すでに大震災から3カ月になんなんとしている。その間の政府の対応はお粗末としかいいようがない。そういう状況で、こんな人間が総理ではダメだということで民主党内から不信任決議案への賛成論が浮上してきたわけで、にもかかわらず辞任するのが6カ月先というのではお話にならない。
だが、一方で上記の大島の肩書を見てもわかるとおり、これまで原発の利権にまみれてきた自民党に政権を戻すわけにも絶対にいかない。
つまり、今回の政局の一つのポイントは、菅の首に鈴をつけることと、自民党を復活させないことという二つの解を同時に求める必要があった。

そう考えると……。
今回の落とし所はそれほど悪くはない。
twitterで「今回の菅対小沢の政局は自民党の液状化を狙った、プロレスで言うところの『アングル』ではないか?」というメンションを送ってくれた方(@hatoさん)がいるのだが、なかなか深い読みだと思う。
まずは自民党の息の根を止めて、しかるのちに菅を引きずりおろす。
菅とすれば、自分に不信任を突き付けた相手と連立するわけにはいかない。しかし、一方では与党内に政権を危うくするに十分な数の集団がいる。となれば、政権は弱体化せざるを得ない。

と、ここまで書いたところで……。
田中良紹氏の「国会探検」が更新された。
あとは政治を読むプロにお任せします。

・田中良紹の「国会探検」 菅政権の最期


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2011/06/02

不信任案採決 〜 菅直人を支持する議員に覚悟はあるか?

内閣不信任案が本日午後、採決される。
可決されるかどうかは非常に微妙な情勢らしい(あくまでメディアの報道によるとだが)。

ちょっと馬鹿げた空想だが、もし自分が衆議院議員だったらどうするだろうと考えてみた。
まず明らかなことは、菅直人を支持する理由がないということ。
なぜ参議院選挙、統一地方選挙であれだけの惨敗を喫して菅直人が総理でいられるか。それは一にかかって東日本大震災と東京電力福島第一原発の大事故があったからだ。
つまり、この男は国全体を襲った不幸を千載一遇のチャンスとして政権に居座っているのである。
しかもその結果、事態はどんどん悪化するという二次災害が起きている。
であれば、この人物を信任することはできない。

しかしながら、では不信任をした後にどういう政権を作るのか?
おそらく小沢一郎には深い読み筋があるのだろうが、素人にはこれがとてもわからない。
小沢が原発問題について、真っ当かつ十分な危機感を持っていることは確実だが、そもそも原発を推進してきたのは、内閣不信任案を提出した旧与党勢力、わけても自民党だ。その自民党が政権に復帰していいのかというのもまた問題になる。
ということで、もし自分が投票する立場だったらそれなりに悩むだろう。

しかし、やはり信任はあり得ない。
今回の内閣不信任案の投票行動は、間違いなく歴史の審判を受けることになる。
その時に正しい行動をしたか否かは厳しく問われることになるし、そもそも次の衆議院選挙においても大きな判断材料になる。
菅直人を信任する議員にその覚悟はあるか?

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郷原信郎 〜 「不信任案可決なら解散」が最悪のメッセージ

TwitLongerより全文転載。

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    「不信任案可決なら解散」が最悪のメッセージ

「菅直人首相は不信任案が可決されれば衆院を解散する意向」と報じられている。この姿勢こそが、菅首相に対する不信の最大の原因であることがなぜわからないのか。
震災、原発事故によって危機的な事態であるのに、復旧、復興を担うべき政治が、内閣不信任をめぐる混迷を続けているという異常な事態が生じているのはなぜなのか。倒閣をめざす自民党に同調する小沢グループの動きの背景には、昨年の代表選以来の民主党執行部との確執がある。その根本的な原因は、その代表選を政権交代後の政策論争ではなく「政治とカネ」の呪文による不毛な政争に終始させ、政権与党なのに深刻な党内対立を抱えてきたことにある。しかし、それでも、このような危機的事態において、倒閣の動きが現実化したり、それが多くの議員に支持されることは、本来はありえない。あり得ないこと起きている最大の原因は、「震災、原発事故対応に全力を挙げる」と言っている菅首相に対して、それは口先だけで、実は「何が何でも自分の首相の地位を守りたい」だけなのではないか、という根深い不信感があることだ。震災後の対応の一つひとつから、そのような不信感を生じており、それが、本来であれば、国民としてすべてを託されるべき存在である総理大臣が支持されないという異常な事態を生じさせている最大の原因だ。
そういう意味で、今の菅首相にとって必要なことは、「権力維持」ではなく震災への対応、被災地・被災者の支援を最優先に考えていることを、自らの言葉として明確に示すことだ。
「不信任案可決なら解散」というのは、全く逆のメッセージだ。今の被災地の状況を考えたら、衆議院解散等という選択肢は出てくる余地はないはずだ。直近の日本の国の運営、政治の在り方を決める上で、最も尊重しなければならないのは未曾有の震災で被災し、国の救援、支援を心待ちにしている被災者の”被災地の民意”のはずだ。その被災地での投票は現状では事実上困難なことが明らかだ。それなのに、「不信任案が成立したら解散だ」と言うのは、震災対応、被災地対応より自分の権力維持の方が優先することを「自白」しているに等しい。
菅首相が行うべきは、「震災後の現在のような状況では解散などできない。だからこそ、不信任案を否決してもらいたい。私にすべてを任せてほしい。私は、皆さんの信任を受け、自らの命を投げ打って震災対応に全力を尽くしたい」と自党議員にメッセージを送ることだ。
現在の内閣の危機の本質は「菅首相の権力への執着への不信感」にある。その執着から自らを解き放つ言葉こそが、結果的には内閣を守ることにつながるはずだ。
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」菅首相は、今こそ、その言葉を噛みしめるべきだ。
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元記事はこちら

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6・11に向けて 〜 今、声を上げなければ国民も政府と同罪になる

ここ最近はどうなのかわからないが、かつての国内生保のやり口というのはひどいものだった。
これはどこの会社でもそうだったと思うが、新入社員が入ってくるとその職場担当のセールスレディがやって来て勧誘する。生命保険というのはなぜだか「社会人になると入るもの」という“空気”があった。結果、新入社員はまったく必要のない保障の入った契約に加入することになる。そして、年齢が上がり結婚したり子供ができるにつれて、さらにこの契約を過剰なものに転換していく。
要するに、国内生保は顧客の無知につけこんでやりたい放題をやっていたのである。
これに対して知り合いのファイナンシャルプランナーはこう言っていた。

「私は、最初は生命保険のことがよくわからないので若い頃は加入しませんでした。今はとてもよくわかっているので加入していません」

ある時、会社で昼休みの休憩時間に同僚の女性社員が生保のセールスレディと話をしていた。
聞くともなく聞いていると、今でも十分にエグい契約をさらにエグいものに転換しようという内容なのだが、それを言葉巧みに説明している。幸いその場はハンコまでは押すような状況ではなかったので、セールスレディが帰ったあと、私は同僚にこう言った。

「その契約を変更する必要はないからやめなさい」
「そうなの?」
「ついでに言うと、今の契約も保障が大きすぎるから減額しなさい」
「そんなことできるの? それに大丈夫かな?」
「できるし大丈夫。ちなみにいま月々、いくら払ってるの?」
「00円ぐらい」
「あのさ、お金をドブに捨てるなら、その金をオレにくれない?」

結局、彼女は契約変更を思いとどまった。

ここで話は変わるが……。
結局のところ、日本を支配してきた霞ヶ関の官僚というのは、この生命保険会社と同じことを国民に対してずっとやってきたのだと思う。しかもより強烈に。
年金問題、薬害、ムダな公共事業、そしてなによりも原発……。
ありとあらゆる利権が渾然一体となり、霞ヶ関を頂点に政治、財界が結びついて国民をいいように食いものにしてきた。
しかし、どんなにやられても国民は怒らない。
時々ガス抜きのための“事件”はあるが、それは本質から目をそらすためのでっち上げ。だが、それをさも「日本は民主主義国家だから、こんなことも明るみにでる」とばかりに大々的に報道するのがマスメディアの仕事だ。
結果、自国の原発が3つもメルトダウンしても、「政府が大丈夫だと言ってるんだから大丈夫なんだろうな」、「メルトダウンって実は大したことじゃなかっただな」と思っている人、あるいは「騒いだって仕方がない。もう悪いことは考えたくない」と思考停止している人が圧倒的な多数派である。少し前に隣国が核実験をした時には大騒ぎをしていたのに(もちろんこれだってとんでもないことだが)。
ドイツでは10万人単位の反原発デモが起きているのに、日本ではコトここに及んでも1万人集まるのが精一杯。もちろん、それでもかつてに比べれば多いが、現在の状況は国の存続にかかわる=国民一人ひとりの命にかかわる、とくに今いる若者、子供、さらにこれから生まれてくる生命に対してまで重大な影響を与える局面である。
状況はすでに十分、破局的なのだ。
にもかかわらず、この国の権力者がやっているのは、どさくさにまぎれて「コンピュータ監視法案」を成立させることである。連中は国民を本当に心の底からなめきっている。

本当にこのままでいいのだろうか?
いまわれわれはフルボッコで殴られているのだ。にもかかわらず怒りの声を上げないのでは、もはやアホの極みかよほどのドMのどちらかでしかない。
ここで声を上げなけれ末代までも苦しめることになり、しかも後世の人びはメチャクチャなことをやった権力者と同じレベルで、何も行動を起こさなかった国民の無責任も批難するだろう。つまり現在の政府と国民は同罪ということになる。
いまもっとも必要なのは、そのことを想像する力だと思う。

6月11日は大震災から3カ月目。
各地で脱原発のデモが企画されているが、もし可能ならばこの日に国会や首相官邸の周辺へ散歩に行きましょう。
その際にはリボンでも帽子でもなんでもいいから黄色のものを身につけて。

※過去の関連エントリー
・今がそのとき

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