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2010/11/29

大切なのはノイズを出し続けること ~ 11月24日シンポジウム「検察・メディア民主党」

半ば予想されたこととはいえ、沖縄県知事選挙は残念な結果に終わってしまった(私も伊波氏の応援表明ということで、数日前にブログのタイトル部分を黄色に変えてみたのだが、せっかくだからしばらくはこのままでいきます)。とにもかくにも、この結果を受けて菅政権がどのような動きをするのか、、、注視しなければならない。

さて、遅くなってしまったが、11月24日に豊島公会堂で行なわれたシンポジウム「検察・メディア・民主党」について少し書いておきたい。

当日の第1部は小沢遼子氏の司会による、三井環氏、それに民主党から川内博史、辻恵の両議員を加えてのシンポジウムであった。
個人的に民主党にはホトホト愛想が尽きていた私だが、川内議員、辻議員の話を聞いて、いましばらくはこの人たちに期待して応援しようとい気になったものだった(彼らには厳しいヤジも飛んでいたが)。
まあ川内議員については私も知っていたのだが、失礼ながら辻議員のことはあまり知らなかった。
ところが壇上に立った辻議員が「松下政経の人たちが牛耳るような政治では絶対ダメなんだと、、、」といった時には「よくぞ言ってくれたわい!」と思わず拍手をしてしまった(シンポジウム動画の34分過ぎから)。

また、その辻議員の後に登壇した染谷正圀氏による検察審査会の問題点に関する指摘も非常に具体的でわかりやすいものであった(シンポジウム動画の54分ぐらいから ~ 当日の染谷氏の資料はこのエントリーの最後に添付)。

そうして私がこのシンポジウムで一番、考えさせられたのは、会場にいた宮崎学氏が登壇して「ここまで日本を滅茶苦茶にした菅政権は、もはや打倒の対象である。ステージは菅内閣打倒まできいてる」(シンポジウム動画1時間14分あたりから)と言って会場から拍手を浴びた時だった。
確かに菅内閣のやっていることは滅茶苦茶で、これは歴代の自民党政権と比較しても、小泉、安倍、麻生政権に並ぶ悲惨さだと思う。したがって、一刻も早く菅が政権の座を去って欲しいという思いは私にも十分すぎるほどあるのだが、ではその後にどうなるのか?を考えるとハタと困ってしまう。
もちろん、小沢内閣ができれば申し分はないだろう。だが、それは現実問題として当面、あり得ない。となると、むしろ小沢グループを抜いた民主党と自民党とが連立する可能性の方が高いだろう(菅政権にいるのは3年前に小沢の大連立構想をぶち壊した連中ではあるが)。すると、状況はさらにさらに悪化する。
このジレンマをどうすればいいのか、、、これは現時点では本当にわからない。

昨年の衆議院選挙では、長らく続いた自民党政権に対する溜まりに溜まった不満が爆発する形で民主党が政権をとった。だが、その民主党、とくに菅政権のあまりの惨状を見るにつけ、あの政権交代のエネルギーは自民党に戻ることもなく行き場を失い、やり場のない怒りが宙に浮き始めている。
小沢一郎は民主党代表選挙に出馬する前、「この閉塞感のなかにあって、このままではかつてのようにナショナリズムが高まることで、日本はさらに危険な情況になる」と言ったそうだが(有田芳生の『酔醒漫録』~小沢一郎さんの時代認識)、尖閣問題や北朝鮮問題などが勃発し、いよいよその危険性は高まっていると思う。

シンポジウム 第一部 「検察・メディア・民主党」


さて、私はシンポジウムの第1部と第2部冒頭の小沢一郎のビデオレターを見たところで退席させていただいた。

小沢一郎 ビデオレター

シンポジウムは豊島公会堂というキャパの大きい会場であったにもかかわらず、相当な人が入っており、しかもほぼ全員が同じ思いを共有していることで、必然的に熱気もあった。
ただ、これは自らが構成するtwitterのタイムラインにも言えることだが、世の中的に言えば政治や検察に対してここまで意識の高い人というのはきわめて少数派であることも忘れてはならないと思う。
もちろん、その少数派の人たちが一堂に会することができるようになったのはネットのお陰であるが、絶対数としてはまだまだ少ない。したがって、あの場の空気にだけのめり込んでしまうのもまた危険だと私は思う。

いまのところ権力やマスメディアの側は、ネットからの動きについては単なるノイズとして完全無視を決め込んでいる。とはいえ、内心、快く思っていないことは確かだろう。これまで深いところでコントロールできた世論ができなくなりつつあるもどかしさ、恐怖感は絶対にあるはずだ。
そこで大事なのは、こうしたネットを通じてのいろいろな動きを続けていくことだと思う。
一つ一つの動きは小さなノイズであっても、それが重なっていくと大きなノイズになる。
今はとにかくノイズを出し続けることこそが大事なのではないだろうか。

染谷正圀氏『起訴手続きなき裁判=「強制起訴制度」のからくり』

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2010/11/22

法務・検察と仙谷の合体は最悪の組み合わせである

柳田法相が辞任した。誰もが予想した通りの結末である。
テレビのニュースをチラっと耳にしただけなので正確かどうかは自信がないが、このニュースを伝えるアナウンサーは「国会を軽視した発言をしたとされる柳田法務大臣が、、、、」と言っていた。
不思議な物言いである。このニュースを伝えるアナウンサー自身、あるいは局としては、柳田が国会を軽視したかどうかの判断をしていないのである。
この件は前エントリーでも触れたが、柳田が法務大臣として答弁している最中は、誰一人として問題にしなかったことである。つまり、この時点で答弁をされる側も「そんなものだ、、、」と受け流していたのだ。自民党の連中にしてみれば、単に自分たちが長年にわたってさんざんぱらやってきたことをやり返されていたに過ぎない。
ところが、少しばかり脇の甘い柳田が本当のことを言ってしまったとたん(といっても前後の脈絡を無視して切り取ったものだが)、「国会軽視」などと大騒ぎを始めるのは、毎度バカバカしいお笑いに過ぎない。ま、自民党が政権に復帰した暁には、よもや大臣がこのような答弁をすることはないのだろうから、今からそれを見るのが楽しみである(もっとも、いつのことになるのかは知らないが)。

しかし、一方で看過できないこともある。
この失言騒動の結果、どういうことが起きたのか。
事実としては以下のごとくである。

・「検察のあり方検討会議」を立ち上げ、素人なりに検察改革に並々ならぬ意欲を燃やしていた大臣が失脚した。
・小沢一郎が検察審査会から二度目の起訴議決を受けた時、この検審のあり方にはなんの疑問も呈さずに「起訴は起訴」と言い放った人物が官房長官と兼務という形で法務大臣に就任した(この人物は、検審のみならず小沢一郎の「政治資金問題」についても、非常に検察寄りの姿勢を鮮明にしている)。

以上の事実から導き出せるのは、法務・検察にとって柳田よりも仙谷の方がはるかにありがたい法務大臣だということである。

現在、元大阪地検特捜部検事の前田恒彦に対して特別公務員職権濫用罪の告発状が最高検に出されている。もとより、私も告発人の一人であるが、受理された告発状がその後、どうなっているかはまったくわからない。
前田恒彦は新たな容疑で取り調べを受けているのか? そもそも前田は証拠隠滅よりもはるかに量刑の重い罪状で告発されたことを知っているのか? 検察内部は何もかもが闇の中で、しかもマスメディアは一切、これを報道しない。
こういう状況から類推するに、おそらく最高検は前田恒彦の告発を不起訴にするだろう。そして、その理由も開示しないはずだ。
だが、もし柳田が法務大臣であれば、この結論に対して「なんだかおかしいな?」と素朴単純に思ったことだろう。そして、「検察のあり方検討会議」の議題にするよう命じたかもしれない。その場合、これは単に前田個人の問題から、検察組織全体を揺るがす問題へと波及する。
しかし、仙谷がただ最高検の判断を追認するれば、ここで仙谷は法務・検察に対して最大限の恩を売ることになる。
となれば、当然、仙谷はその見返りを求めるだろう。
菅政権が溶解しつつある今、仙谷がもっとも恐れているのは小沢一郎待望論の再浮上である。
となれば、法務大臣の椅子に座ったこの人物が考えることはただ一つ、このポジションを利用した小沢潰ししかない。
法務・検察と仙谷の合体は最悪の組み合わせだと私は思う。


※参考ブログ~前自民党(しかも清和会)の代議士で弁護士の早川忠孝が、前田恒彦の特別公務員職権濫用罪適用に言及。

・早川忠孝の一念発起・日々新たなり
前田恒彦検事は特別公務員職権濫用罪で告発されるべきではないか

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2010/11/20

田中良紹の「国会探検」 ~ 大連立を否定したツケ

2008年、総理大臣だった福田康夫と民主党代表の小沢一郎の間で大連立構想というのが持ち上がった。
だが、これは表沙汰になった瞬間、民主党内からもメディアからも大批判を浴びて、結局、この構想はあえなく潰れた。
当時、私もこの大連立構想については、まったくその意味がわからずに「いくらなんでもそりゃダメだろ」と思ったものだった。
しかし、TBSラジオ「アクセス」(この番組がなくなったのは本当に残念)で田中康夫がパーソナリティの日に出演した田中良紹の解説を聴いて「なるほど、小沢一郎にはそんな意図があったのか」と思ったものだった。
その時に書いたエントリーがこちら↓。

・大マスコミが報じない政局

小沢一郎は深い。
そして、その小沢の相手だった福田康夫というのも、実は近年の自民党の総理大臣のなかでは相当マシな部類に入っていたのだと思う(もちろん菅よりもはるかに)。

いま、菅内閣は見るも無残、フラフラのヨタヨタである。
先の参議院選挙の敗北を自らの責任ではなく、小沢一郎のせいだと本気で思っているフシのある前幹事長は、「与党がこんなに忙しいとは思わなかった。政治主導などと言ったのはうかつだった」というようなことを言ったらしい。弁護士の資格を持つこの男は、秀才で正直な性格なのかもしれないが、こういうタイプの人間が与党内で未だに重要なポジションにいることの恐ろしさを日本人は噛みしめるべきだろう。

一方、小沢一郎の大連立は深い権謀術数に基づいていた。
そして権謀術数は政治の世界では悪ではない。以下は孫崎亨著『日米同盟の正体~迷走する安全保障』の第一章冒頭で紹介されているニクソンの著書の引用である。

******
――権謀術数などは一般的に悪とされるが、指導者にはそれはなくてはならない。(中略)ルーズベルトは、絶対に参戦しないと公約しながら、ひそかに戦争準備を進めたのだった。(中略)権謀術数を用いなければ、大事に当たって目的を達成できない場合が多いのである。(中略)ドゴールも「真の政治家は、権謀の時と誠実の時を使い分けねばならない。……千回繰り返すことによって、全権掌握ははじめて可能となる」と言った。(中略)目的は手段を正当化するかどうかというのがある。(中略)(第二次世界大戦のときに)われわれは何千万という人間を殺し、傷つけ、不具にしたが、目的は立派に手段を正当化した。(中略)指導者は常に、ほとんど本能的なまでに、結果を考える。何の責任もないような連中が一方的に、全く異なった状況下でつくったルールには拘束されない。南北分裂というアメリカ建国いらい最大の危機に当たって、理想家リンカーンが情熱を注いだ大目的は、北部連邦の維持だった。(リチャード・ニクソン『指導者とは』徳岡孝夫訳、文藝春秋、一九八六年)
******

小沢一郎の大連立を否定していた連中が、いま政権与党内で小沢グループを切り捨てて自民党と連立を組みたがっているという噂もある。しかし、これは権謀術数でもなんでもない、自分たちの好き嫌いを優先させた上で政権を維持したいという、単なるご都合主義である。

・田中良紹の「国会探検」
大連立を否定したツケ

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2010/11/19

柳田失言騒動に対する違和感の正体

柳田なる法務大臣が自らの失言がきっかけで大バッシングを浴びている。
今のところ本人は辞意を否定しているようだが、与党内からも更迭論が出ているようなので、そう遠くない時期に辞任することになるのだろう。

さて、私はこの人物の失言を擁護する気は毛頭ない。
ただ一つ、大きな違和感があるのは、この法相が立ち上げた「検察のあり方検討会議」がスタートしたとたん、この騒ぎが勃発したことだ。

そもそも、第二次菅内閣の組閣時から、柳田は法相としての適格性が疑われていた。
ま、これまで法務大臣というのは、どちらかといえば伴食系のポストであったから、平時であれば柳田程度で十分だっただろう。ところが、現在の法務省というのは平時ではない。そういう時の大臣としてはいかんせん器に非ずであったことは否めない(もっとも弁護士資格を持ち、死刑制度反対論者だった前任者にしてからがあの程度ではあったのだが)。

しかし、この柳田がとにかもくにも「検察のあり方検討会議」を立ち上げたこともまた事実である。しかも、そのメンバーには郷原信郎や江川紹子という、法務省にとっては好ましからざる顔触れも含まれていた。
おそらく、法務行政に精通していた大臣が人選をしたら、この二人は選ばれなかっただろう。
つまりこれは素人だからできた人選であり、しかも結果的に珍しく期待ができそうな雰囲気が漂っていた。

では、ここで柳田が更迭された場合、「検察のあり方検討会議」はどうなるのか?
それは次の法務大臣の手に委ねられるわけで、現状、その行方についてはまったくわからない。
ただ、この騒動のお陰で当面、会議どころではないということにはなるだろう。
となれば一番喜ぶのは誰か? いうまでもなく検察である。
自分たちの意に沿わない人間が紛れ込んだ検討会議の開催を、とりあえずは先延ばしにするぐらいのことはできるだろう。その間に新たに就任する法務大臣に対して、巻き返すことも可能かもしれない。
法務行政に素人だった柳田が更迭された場合、おそらく次の大臣は弁護士資格を持つなど、多少なりとも法務知識を持つ人物が就任するだろう。であれば、かえって法務官僚としては取り込みやすい可能性はある。それは千葉景子の例を見れば明らかだ。
ということで、当面、私は次の法務大臣の人選と「検察のあり方検討会議」の行方を注視する必要があると思う。

それにしても、、、

野党の連中は柳田に「二つの答弁」を繰り返されていた時には、それを何も言わずにスルーしていたくせに、「そういう答弁をしてりゃあいいんですよ」と言われた途端に怒り出すのもアホな話である(※)。

※参考ブログ
・世に噛む日々
「議員の劣化」は、「国会の劣化」であり、それはそのまま、「ニッポンの劣化」につながるのだ。

これって、さんざんバカにされていたことに気がつかなかった人間が、「あんたたちバカだね」と言われたとたんに「そうか、オレたちバカにされてたんだ」と気がついて怒り出すようなものなんじゃないのかね?

そうしてもう一つ。
柳田に「こういう答弁をしていればいいいんですよ」と教えたのは、間違いなく官僚だろう。青天の霹靂で法務大臣になった人物が、自分で「こうやって答弁すれば乗り切れるナ」と考えつくことはあり得ない。
つまり、柳田は官僚の振り付け通りに答弁していただけなのである。
とすると、この失言もどこかで官僚が柳田に振り付けたのではないか?
そんな疑問を持つ私は、自分では陰謀論者ではないと思っているのだが。

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2010/11/15

なぜ、既成政党は共産党までが堕落するのか? ~ 個人的経験からの推測 その2

前エントリー

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ふーむ、、、この事態をどうとらえればいいのか、、、
以来、私はこのことについて考えるようになり、そして一つの結論に達した。

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からのつづき。

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なぜ光文社において総務部の重要度が高いのか。それは大労働争議を経験し、かつ「過激な活動をする組合」がその後も残っていたからである。業績が順調に推移するなか、会社を治める最大のポイントは労務管理にあった。したがって、第一組合と対峙する総務担当役員(あるいは総務部長)の力は必然的に上がっていく。
しかし、、、
見方を変えれば、その総務の力は第一組合の存在がなければあり得ないのである。

一方、第一組合の側に目を転じてみると、彼らは春闘(や秋闘)で過激な活動をすると、あとの期間は世のサラリーマンには考えられないぐらい、のんびりとした会社員生活を過ごし、しかも相当な給料をもらうことができる(改めて断っておけば、ものすごく働いてベストセラーを出している光労組の人も、もちろんいた)。
では、彼らはどのような組合活動をしているかというと、確かにストを打ったりビラを張ったり配ったりしているが、しかしその活動が実った結果、何がしかの成果が上がることはほとんどない。
なぜなら光文社には第二組合があり、そちらの方が圧倒的に人数が多く、こちらが会社と妥結してしまえば、その後にさらなる前進回答があることは絶対にないからだ。

私も所属していた第二組合は、(会社が良かった時代はだが)要求を出して一次、二次と回答が出てくるたびにボーナスについては少しずつ上乗せがあり、だいたい三次回答で妥結していた。
これに対して第一組合は「スケジュール団交だ」といつも批判していた。しかし、彼らも第二組合が妥結するとしばらくしてから妥結する。「会社側の回答は納得できないからあくまで闘う」ということは絶対になく、つまり彼らもまた見事なまでのスケジュール団交をしていたのであった。
もっとも、彼らの言い分では「いくら自分たちが頑張っても御用組合が妥結するからしかたがない」のであって、つまり自分たちの責任ではないということになる。
となると彼らが活動する理由は、突き詰めれば、自分たちは会社にとって手強い存在であるということをアピールするだけなのだ。

と、こうして見ていくと、一見、対立しているはずの総務と第一組合が、実は自らの既得権益を守るための運命共同体として存在していることに気づく。それは右辺と左辺が「=」でつながっている数式のごとく、完全に均衡した、まさにイコールパートナーなのだった。

ところが、この状況が2000年代の半ばあたりから変化してくる。
会社の経営状態が悪くなっていくとともに、これまで総務側の「辺」の中で安定係数として存在していた第二組合が、御用体質から脱皮して、次第に本来の労働組合の機能を取り戻し始めるのだ。

ここで少し自分の話をすると、私はもともと第二組合の中にあって、会社と協調した執行部が提案していくることについてはいつも「反対」していた。春闘や秋闘の妥結提案の職場集会で、他の人がみんな「賛成です。とくに意見はありません」というなか、私は何かひとくさり言わないと気がすまず、あげくの果てに「反対です」というようなことをいつもやっていた。もっともそこは執行部も心得たもので、「あの人はそういう人だから、、、」と割り切っていたし、第二組合の中にも少数ながらそういう人はいた。そして、どちらかというとそういうタイプは編集系に多かった。したがって、2002年の秋に編集から広告へ異動すると、そこでの私は完全に異質なタイプだった。
ところが次第に非編集部門の中にも意見を言う人たちが増えていく。
というのも、たとえば私のいた広告部においては、インターネット広告の伸びと反比例して雑誌広告が落ちていく様子を目の当たりにしているわけで、当然のごとく「大変なことが起きている」ということを日々、ヒシヒシと感じる。クライアントが雑誌広告の予算を減らし、その分をネットへシフトすれば、当然、自分たちの売り上げは減る。もはやかつてのような美味しい商売はあり得ない。とすれば自分の会社も改革していかなければならない。
そう思うのは当たり前の感覚なのだが、ところが経営者や現場の上層部にはその危機感がない。しかも売上げが落ちているはずなのに、なぜかあまり給料は落ちない(最後の方はドカンと落ちたが)。となると、これまでおとなしかった広告部の面々も「これはいくらなんでもおかしい、このままではいけない」と思うようになるわけで、必然的に組合でもいろいろな意見が出るようになる。そしてこの意見に対する会社の反応が鈍ければ鈍いほど、ますます組合で出てくる意見は先鋭化する。

では、この時に第一組合は何をしていたのか。
もちろん活動はしているのだが、そもそも高齢化している組織は定年によってどんどん人が減っていく。
そして、残った人たちの目標は、「しっかり退職金をもらって逃げ切ること」のみなのだ。そして、そういう人たちにとって会社とことを荒立たせるのは、もはや得策ではない。
結果、第二組合との団交の席上で会社側が「そんなことは第一組合も言わない」と言うほどに、会社に対する第一組合と第二組合の立場が逆転してしまったのであった。
先ほどの数式の例で言えば、第一組合は総務の辺に移項し、一方、会社側の辺の中にいた第二組合は反対側の辺に移項してしまったのである(しかもこの両辺はイコールではない)。

******

思いがけず、グダグダと長文を書いてしまった。
この駄文をタイトルと結びつけると、要するに現在の政治状況、なかでも共産党の堕落ぶりを見ていると、私はかつて自分がいた会社の第一組合を思い出すのである。
かつて、あれだけ旧権力である与党・自民党を批判していた共産党が、いまや自民党と一緒になって、従来の既得権益をぶち壊そうとした小沢一郎を批判している。それは共産党が実は旧権力と運命共同体であったことの証明だろう。
しかも、ここへきて明らかになったのは、その旧権力と対峙して誕生したはずの民主党政権の現在の主流派もまた旧権力と運命共同体であったことだ。

であれば、、、
小沢一郎のグループは、彼らと反対側の辺へ行くべきではないかと私は思うのである。

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2010/11/13

田中康夫 ~ 仙菅ヤマト内閣と七味唐辛子

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2010/11/11

告発状についての続報

本日午前中、11月1日に最高検に提出した元大阪地検特捜部検事、前田恒彦に対する特別公務員職権濫用罪での告発状が、11月3日に受理された旨、告発人代表に連絡があった。
つまり、時事通信からの告発人代表への取材は、この決定に基づいたものであったわけだ。
ところが時事通信は、今日現在に至るまでストレートニュースとしての配信をしておらず、他のメディアも依然として完全無視を決め込んでいる。
つまりこれがこの国の「ジャーナリズム」の実態である。

そんななか、本日午後、最高検刑事部長の会見があったそうだ。

この会見に出席した江川紹子氏の告発状に関するツイートは → こちら

同じく会見に出席した岩上安身氏のツイートは → こちら

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2010/11/10

なぜ、既成政党は共産党までが堕落するのか? ~ 個人的経験からの推測 その1

11月5日のデモの後は、その日が初対面のある大学教授とご一緒した。この教授は前田恒彦の告発に賛同していただいた方である。
とある中華料理店でビールを飲みながら話をさせていただいたのだが、この先生も昨今の検察や政治の状勢に「もう我慢がならん」というお気持ちなのだという。そして「たとえ小さな集会であっても、こういうことをどんどんやっていったほうがいい」とおっしゃっていた。NGOで活動をしていらしたという先生の言葉は私には非常に腑に落ちるものだった。

で、しかし今日、書こうとしているのはそのことではない。
実はこの先生とお話しをしばらくしていたら、先生は私の在籍していた会社についてこうおっしゃった。

「光文社は大きな労働争議がありましたよね」

そう、今現在、出版界にいる若い人たちは知らないだろうが、光文社争議というのは1970年に起きた業界ではちょっと知られた大労働争議であった。この争議は沈静化までに7年ほどを要したもので、この間に光文社を去った人たちが祥伝社やごま書房をつくった。したがってNONブックスやゴマブックスの本作りは、すべてカッパ・ブックスのノウハウが基本になっている。

今、ここで争議の経緯を詳しく書くつもりはないが、要するにこの争議で光文社の労働組合は元からあった光文社労働組合(光労組/第一組合)と全光文社労働組合(全光労/第二組合)に分裂した。光労組は以後も先鋭的な活動を続け、全光労は争議を終息させて労使協調路線を歩む。

私が光文社に入社したのは1985年で、この頃には表向きは争議の余波はもうまったくなかった。
当時の本社ビルは現在の講談社の新本社ビルのある場所にあり、そして1Fから4Fまでが光文社で、5F以上には同じ講談社グループのキングレコードが入っていた。どうでもいいことだが、キングレコードにはスタジオもあったので、デビュー当時の中山美穂や山瀬まみを、時々、会社の入口で見かけたものだった。
光文社の新入社員は4月1日に入社すると、まず社内の各フロアを総務部長と一緒に回って一人ひとり紹介されるのだが、私の入社した年までは、社内だけでなく池袋の分室へ行った。
この分室にいるのは光労組の人たちだった。つまり、光労組の人たちだけの編集部というのが少なからずあり、その人たちは本社から離れた分室に勤務していたのである。
この状況は、私の入社した年に解消されたと記憶している。が、そういう状況ではあったから、春闘(や秋闘)の時期になると光労組は活発に活動し、社内の壁という壁に短冊のビラを張ったり、ストライキを打って各部署を回りながら演説をし、さらには深夜にいたるまで役員室の前での座り込みしていたことはもあった。
当時の役員室は4Fにあり、私の所属していた編集部は3Fにあったため、春闘の時期に夜、仕事をしていると、座り込みの途中で自分のデスクに戻ってきて仕事をしている光労組の人を見かけたものだった。
だが、そういう人は実はあまり多くなく、光労組の少なからぬ人たちは春闘の時期になれば組合活動にほぼ専念していた。
というのも、光労組の人たちだけで構成されている編集部というのが、「EQ」、「ジャストコミック」(この雑誌はほとんど知られていないと思うが、「クッキングパパ」を描く前のうえやまとちや山本直樹なども連載陣に名を連ねていた)、「カッパ・サイエンス」(栗本慎一郎の『パンツをはいたサル』などを出した編集部)などいくつかあったためだ。「EQ」、「ジャストコミック」は隔月刊、「カッパ・サイエンス」も編集部員は多かったが出版点数はきわめて少なく、組合活動をする時間的な余裕はいくらでもあった(もちろん他の部署に散らばっている人もいた)。

一方、第二組合の全光労はというと、こちらは当然のことながらある種の出世コースと言えた。現在の光文社の取締役にしても6人中4人が組合の執行委員経験者である(社外取締役をのぞく)。
私は若い時にしばらく全光労の職場委員をやっていたことがある(争議後に入社した社員はもちろん第二組合所属となる)。書籍の編集部にいた私は跳ね返りで、春闘などの妥結提案にはいつも反対していた(編集部系にはそんな人が時々いた)。
ある年に開かれた妥結提案の職場委員会でのこと。執行委員会が妥結提案を出してきた時に私を含めて複数の職場委員が反対した。すると執行委員長は「会社側の代弁をするわけではありませんが、、、」と前置きをして、えんえんと会社側の代弁を述べ始めたものだった。

と、まあそれはさておき、、、

こんな会社の中で力を持っているのは総務部であった。
私が入社した時の社長は労働争議時の総務部長だったし、総務部長は後に並河良氏が社長に昇進した時のもう一人の社長候補と目され、最終的には副社長にまでなった矢島介氏だった。また現在の社長も総務部長経験者である。
もちろん、どんな企業においても総務部というのは重要だ。が、なかでも大労働争議を経験して300人程度の小さな会社にもかかわらず組合が二つ存在し、かつ一方の組合が経営者に対して強硬姿勢をとる会社にとって総務部の役割がとくに重きを置かれていたのは当然と言えば当然だった。

さて、私は入社から2000年の4月までカッパ・ブックスのグループにいたが、最初の10年ほどは光労組の人と同じ部署になることはなかった。当時のカッパグループはカッパ・ブックス、カッパ・ビジネス、カッパ・ホームス、そして前述したカッパ・サイエンスの4編集部体制で、よくサイエンスの人たちとも話をして仲も悪くなかった。ただ、他の3編集部に比べてサイエンスの発行点数は圧倒的に少なく、年間一冊しか本を作らない人というのがザラにいた(しかもその本がほとんど売れないことが多い)。
とはいえ、まったく別の編集部でもあるし、当時は会社の状況も悪くはなかったので、それほど腹も立たなかった。
ところが、1990年代後半、カッパグループはブックス第一編集部と第二編集部という二つの編集部に再編成され、私は第一編集部でサイエンスの人たちと融合したグループに入った。
ここで驚いたのが、サイエンスの、つまり光労組の人たちの思考停止ぶりであった。企画会議をやると、とても売れそうにない本を半年後か一年後に作りたいというような話しか出てこないのである。ではそれ以外は何をしているかというと、組合活動をやっている時間は非常に長い。
春闘の期間中に外部から光労組の人あてに電話がかかってくるが席にいない。そこで机の上のメモを見てみると、「午後出社→団交→スト→不帰社」なんてこともある(笑)。
しかも、組合活動期間以外は遅くまで会社に残っていることも多く、夜はゆったりと食事に行っている。もちろん私もそういうことはままあったが、一応、そこそこきちんと仕事はしていたつもりである(とはいえ、いまの若い人たちから見たら信じられないような緩さであったことは間違いない)。が、あちらは何しろ年に一冊ペースだ。

ふーむ、、、この事態をどうとらえればいいのか、、、
以来、私はこのことについて考えるようになり、そして一つの結論に達した。

******
このエントリーはこんなに長くなる予定ではなかったのだが、ダラダラと書き連ねてしまい、現時点ではタイトルとは関連性がない(笑)。しかし、もう少しでつながる予定なので続きは次に。

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2010/11/09

ネット上のゆるやかな連携の行方と「11・5デモ」参加ルポ

前エントリーでは私たちが提出した告発状をメディアが一切、黙殺していることを書いたが、もう一つ徹底的に黙殺しているのが、「11・5第2回検察・検察審査会を糾弾するデモ マスコミの偏向報道は許さない!」についてである。
これもまたマスメディアは一切、報道しないため、ネット情報に触れることのない国民の多くは、このようなデモがあったことさえも知らない。つまりマスメディアの流す「情報」だけを信じていると、

「村木事件における検察はとんでもなかったが、悪いことをした検事はちゃんと逮捕されて良かった。小沢一郎については検察は起訴できなかったけど、市民団体が検察審査会に申し立てをした結果、審査員である一般の人たちが『やっぱり怪しいのだから起訴すべき』と結論を出したのは当たり前の市民感覚。みのもんたや古舘伊知郎や、あるいは新聞社のエライ人たちも小沢一郎は悪いと言っている。やっぱり日本は中国や北朝鮮とは違う民主主義の国なんだナ」

ということになる(笑)。
で、そういう世の中の空気がとてつもなく気持ちが悪い、、、
そう思っている人たちが集まったのが、10月24日と11月5日に行なわれたデモに集まった人たちなのだろう。
そして、私も前回かは行けなかったが5日のデモには参加をしてきた。

当日は千駄ヶ谷から集合場所を目指したが、twitterを見ると「場所がわかりにくいので日本青年館を目指してください」と書いてある。
そこで国立競技場の脇を通り日本青年館を目指すと、人の流れが公園へ向かっている。そして公園につくと、暗闇の中にワラワラと結構な人がいる。その数はスタート時では600人ぐらいと言っていた。
私は先頭集団の行列に入ったが、後ろを見るとどんどん人が増えている。
しかもこれは明らかに動員された人たちではない。ネットの情報を見て自然発生的に集まった人たちである。だから手際が良くないといえばその通りなのだが、その素人っぽさがとてもいい。
スタート時間が来ていよいよ出発! 公園を出て原宿方面へ向かうわけだが、ではシュプレヒコールということで先頭のマイクを持った主催者の方が最初に発したのが、

「えーと、なんでしたっけね?」

これには笑ってしまった。そして始まったシュプレヒコールも非常にぎこちない。しかしやっぱりそれがいい(後で聞いた話では、一応、カンペがあったそうなのだが、それが暗くてよく見えなかったそうだ)。そしてマイクが言葉につまっていると、後ろの方から勝手にコールが湧き上がる。それに合わせてみんながコール。
こういうデモ隊だから警備をしているおまわりさんともフレンドリー(笑)。コースの都合上、途中で警察署の管轄がかわるのだが、その場所では「赤坂署(だったかな)のみなさん、ありがとうございました。原宿署のみなさんよろしくお願いしまーす!」ってなものである。
私は最初、金曜日の夜に原宿から表参道を歩き246に出るコースってどうなんだろう?と思ったりしたが、人通りも多く注目度も抜群。とくに表参道のブランドショップの中を歩くのはなかなかにシュールな光景であった。


↓はアルマーニ前を通過中

Img_6807_1


しかも途中から列に加わってくる人もいる。
したがって、小一時間歩いて元の公園に戻ってきた時には、出発時よりも相当に人が増えていたような印象があり、実際、最終的な人数発表を聞くと1200人ぐらいとのこと。まったく動員なしなのだからこれはすごい。
そして、デモが終了すると、みんなそれぞれに流れ解散となっていくのであった。

ここに来てこのデモの主催者である「権力とマスコミの横暴に抵抗する国民の会」や、私も参加した「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」他いろいろな動きがネット上から出てきた。大阪でも11月20日にデモがあり、また11月24日には池袋の豊島公会堂で「検察・メディア・民主党」というシンポジウムが行なわれるという。このシンポジウムについては私も知っていたが、それとは別にtwitter経由で主催者の方からご案内をいただいた。

昨年3月の大久保秘書逮捕以降、顕著になった個人ブログによる発信は、その後、twiiterの大ブレークとともに情報の伝播力を強め、さらにここに来てオフライン上で個人同士のゆるやかな連携が生まれ始めた。これは今までにない新たな潮流である。
これに対して今のところマスメディアは心中穏やかでないだろうが、完全無視を決め込んでいる。だが、これがもう少し大きなうねりとなった時には権力とともにあの手この手で攻撃を始める可能性が高いと思う。
その時にこのゆるやかな連携が最初の正念場を迎えるわけだが、ただ一つ心強いのは小沢一郎という政治家が明らかにネット側に軸足を移していることだ。
その意味で、小沢一郎と既得権益勢力の闘いは、小沢を好むと好まざるにかかわらずネットメディア対マスメディアの闘いにもなりつつある。
そして私はこの勝負の決着いかんで、日本の運命は相当に変わると思う。

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2010/11/08

特別公務員職権濫用罪で最高検に告発された前田恒彦 ~ なぜメディアはこの事実を一切、報道しないのか?

前エントリーで元大阪地検特捜部の前田恒彦に対する告発状が受理されたと速報した。
この速報は時事通信の告発人代表への取材に基づいている。
その経緯についてはこちら
しかしその後、尖閣ビデオのYouTube流出が大ニュースになり、前田恒彦の告発状が受理されたというニュースはなく、時事通信もこれを配信をしていない。
また、主要メディアにはこの件に関するプレスリリースを送っているが、彼らは一切、黙殺している。
これは現在のマスメディアの状況を如実に表す大変に興味深い事例だと私は思う。

何よりも、、、
小沢一郎を刑事告発し、さらに不起訴処分になると検察審査会に審査を申し立てた「謎の市民団体」のことはあれだけ大々的に報道してきたメディアが(※1)、一転、この件では一社も漏れることなく無視を決め込んでいるところが面白い。
現状、前田恒彦が問われているのは証拠隠滅(2年以下の懲役又は20万円以下の罰金)というきわめて軽い罪である。にもかかわらず、この件が朝日新聞の「スクープ」により表沙汰になった時、メディアは「検察の信用は地に堕ちた」などと大々的に報道した。
しかし、私たちが告発した罪状は特別公務員職権濫用罪。以下にその条文を改めて記すと、、、

******
特別公務員職権濫用罪(刑法194条)
裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者がその職権を濫用して、人を逮捕し、又は監禁したときは、 6か月以上10年以下の懲役又は禁錮に処せられる。
******

刑の重さは証拠隠滅とは比べものにならない。
にもかかわらず、本当に一社として報道するメディアがないということは、普通に考えればこの件に関して記者クラブの縛りがあるか、もしくは最高検から「書いたら出入り禁止にする」などの強烈なプレッシャーがあるかのどちらかだろう。
つまり最高検としては前田恒彦については、どうしても「証拠隠滅」でケリをつけたかった(=矮小化したかった)。ところがその予定が大幅に狂ってしまう事態が発生した。もし、不起訴にしたとしても付審判請求があり、それでもダメなら、そう、あの検察審査会もあるのだ(笑)。
すべて自分たちの思い通りにいかなければ気がすまない官僚にとって(現在の菅政権に対する官僚どもの巻き返しはその象徴)、たとえ最終的に特別公務員職権濫用罪が適用されなかったとしても、これは我慢がならない事態だろう。

しかしですね、、、
そもそもちょっと考えれば前田恒彦を証拠隠滅罪のみに問うということはあり得ないんですね。
だって普通、証拠を隠滅するのは捕まえられる側である。ある人が罪に問われた時、この証拠があるとヤバい、罪が重くなる、、、ということで証拠となる書類やらデータやらを廃棄してしまう、これが証拠隠滅だ。
ところが今回の場合、捕まえた方が証拠隠滅をしたというのである。ではなぜ前田は証拠を隠滅(FDを改ざん)したか。それは改ざん前のFDがあると村木さんは無実になってしまうからだ。つまり前田は「こりゃいかん、このFDがあると無実だ」とわかっていたのである。

捕まえる方が証拠隠滅した
      ↓
自分が捕まえた人間は無実だとわかっていた
      ↓
職権濫用による逮捕、監禁

これはもう小学生でもわかる論理だ。
だって、出された宿題をきちんとやって提出した小学生に対して、教師がその宿題を廃棄、もしくは隠したうえで、「お前、宿題をやってないじゃないか」と怒鳴りちらしたら、これは証拠隠滅ではなくて暴力だ。
しかも村木事件の場合、前述の例でいえば、この教師の暴力を学年主任や教頭、校長も知っていたということだろう。であれば、普通は一教師だけでなく、その上の人たちも責任を問われなければならない。

ところが、こんな子供でもわかる論理をねじ曲げる検察に対して、証拠改ざんをスクープした朝日新聞でさえ、正面切って批判をしたりはしない。しかも、「それはおかしいではないか」ということで出てきた告発は一切無視。
とすると、朝日新聞の「スクープ」から前田恒彦の当日中の逮捕、証拠隠滅罪適用までの流れはすべて検察と朝日による予定調和、入念に練られたシナリオ、よくよく練り込まれたウドンであり、他のすべてのメディアもその予定調和に組み込まれていると言っていいだろう。
そうしたことが明らかになっただけでも、告発の第一段階は成功だったと私は思っている。

※1 謎の市民団体が検察審査会に審査を申し立て時のニュース

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2010/11/04

速報! ~ 告発状が受理されました!

速報です。
11月1日に最高検に提出した元大阪地検特捜部検事、前田恒彦に対する特別公務員職権濫用罪での告発状が本日、受理されました。

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USTREAM 岩上安身 ~ 101103検察・検審を糾弾するデモの主催者インタビュー







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最高検への告発 関連情報 その2

・告発状提出に同行した方のブログ

・千恵子@詠む...
ツイッター

・八木啓代のひとりごと
最高検に告発状を出してきました


・お仕事の都合で(つまり真っ当なビジネスマン)告発には同行できなかったけれども、告発人目録に署名した同志の方のブログ。


・カトラー:katolerのマーケティング言論
顔の濃い怪しい市民団体はファシズムに対抗できるか


・日刊ゲンダイに掲載された記事

20101102nikkangendai2_3


・郷原信郎氏のtwitterでのコメント → こちら

・Tweetbuzz → 「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」に関するつぶやき

なお、告発状提出直後に岩上安身氏から受けたUSTREAMでのインタビューの視聴回数は現時点で7,700回になっています。
また、11月2日夜のニコニコ生放送『「検察」のなぞ、「検察審査会​」のふしぎ』内でも告発状についての話が出ました。1時間8分あたりから。

その一方、マスメディアは完全黙殺しております(笑)。

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2010/11/02

最高検への告発 関連情報

・昨日、提出した告発状は↓でご覧ください。

http://shiminnokai.net/doc/kokuhatsujou.pdf


・告発状提出後に急きょ、ジャーナリストの岩上安身さんからUstreamでの取材を受けました。








・昨日の告発状提出に同行したみなさんのブログ。

・くろねこの短語
最高検に「特別公務員職権濫用罪」の適用をお願いしてみた。

・たぬきちの「リストラなう」日記
桜田門の検察庁に行って、前田元検事を告発してきました

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最高検に告発状を提出 ~ 「一般来庁者出入口」への道は遠かった

昨日、最高検に大阪地検元特捜部検事の前田恒彦を特別公務員職権濫用罪で告発してきた。
以下はそのレポート。

集合は霞ヶ関の地下鉄出口。地裁前には耳かき殺人の判決に備えるメディアの中継車が多数、停まっていた。
われわれはというと、ここで初めて知り合った人も少なくないので簡単にご挨拶。その後、20人分以上ある告発人目録のコピーをとってから最高検のある検察庁合同庁舎へ。
ところがこの場所をきちんと知っている人がいない。みんなグーグルマップで確かめただけなので、途中、警備の人に訊いたりしながらやっとこさ合同庁舎に到着したのであった(笑)。
ビルの入口には門があって(高さは非常に低い)、一人ずつでないと通れそうもない。そこにガードマンが立っている。とりあえずそこでビデオを回しながら用件を話すとしばらくして、、、
ビルの中から何やら血相を変えたガードマンのおじさんがやって来た(門のところにいたガードマンとは制服が違っていたように思う)。
このおじさんという方がなかなかに濃ゆいキャラの方で、私の印象ではその昔の日本映画の喜劇にでも出てくるようなおじさん。
いきなり、「何をやっとるんですか、ビデオとか写真撮影は一切ダメですよっ!ここは法務省の敷地の中なんですからっ!カメラはダメっ!そっちの公道にまで行ってくださいっ!」とゆーよーなことをおっしゃって「しっしっ」と追い払うようにカメラマンを後ろに下げさせる(ま、ディテールは違っているけれども、そんな雰囲気)。
そして門の脇にいたガードマンの人に向かって「つみたちも、そんなことわかってるでしょう。ダメじゃないの!」と叱っている(「つみたち」といったわけではないが、そういう雰囲気だったということ)。
それからおじさんは当方の用件を聞くと、「係の者に伝えてきますから、、、」といってビルの中に戻ってしまった。数メートル先には一般来庁者出入口が見えているのだが、なにしろそこに至るまでの道のりが遠いのである。仕方がないのでここで一発tweet。

「最高検、なかなか入れてくれないなう。」

待つことしばし、、、

「まさか入れてくれないの?」「私たち、一般人以下になっちゃう、、、」「それにしてもあのおじさんはいいキャラだ、、、」などと雑談。
すると少し冷静になったガードマンのおじさんが戻っていらして、、、

おじさん「おたくさまたちはなんかの団体なんでしょうか? ちょっとそれをおっしゃってください。あのー3、4、5、6名様でお見えになったということなら団体の何か?」
告発人代表「団体というとこではないです。告発人が複数名いるということで。しいていいますと、正しい法治国家を守るために、、、」
お「(メモを取りながら)正しい、、、法治国家? 法治国家のなんとか会?」
代表「正しい法治国家を守るために声を上げる市民の会」
お「それは国民救援会とは違うんですか?」
告発メンバー「違いますー」
お「(再び一生懸命メモをとりながら)正しい法治国家を、、、まもるために、声をあげる、、、市民の会。(やっと書き終わって)それはどこにあるんですか?」
代表「任意団体として別に認証を受けているわけではないです」
お「届け出はしてある?」
代表「してないです」
お「はあー」
代表「ですから団体というよりは複数の告発人がいるということです」
お「何名様なんですか?」
代表「25、6名おります」
お「25、6名、、、ね。ではちょっとお待ちくださいね」

とゆーとおじさんは再びビルの中へ入ってしまうのであった。
今回の告発状提出メンバーの中に弁護士がいなかったこともあるだろうが、何しろ一般来庁者出入口まで辿りつけない。で、twitterを見ると、先ほどの私のtweetに↓のようなRTが。

「@orukat24最高に険しいから。 RT @amneris84: ほわい? RT @kappaman 最高検、なかなか入れてくれないなう。」

あ、どもども江川紹子さん。
なるほど、確かにこの道のりは険しい、、、

さらに待つことしばし、、、

お「係の者が来ますからちょっとお待ちください」
メンバー「まさかここでやるんですか?」
お「わたし、よくわかりません。係の者が来て話をしますから」

さらにさらに待つことしばし、、、

やっとこさ慇懃無礼を絵に描いたような中堅と若手の2人組が登場。どうやら事務官らしい。

事務官1「最高検の刑事の第一係長、木下と申します、、、」
メンバー「名刺をいただけませんか?」
事務官1「あっ名刺を持ち合わせていなくて、、、」
代表「このような告発状を持ってまいりましたので、是非、受理していただきたいと思いまして、、、」
事務官1「あのー検察官に渡しておきますので、、、(をいをい、ここで門前払いかっ!)」
メンバー「直接、渡したいんですけどね」
代表「中には入れていただけないんですか?」
メンバー「ここじゃ話にならんでしょう」
事務官1「わたくしの方が窓口になっておりまして、、、では面談室へ行きますかね。検察官は対応しませんで、わたしらが対応します」
メンバー「名刺ぐらい持ってるでしょう?」
事務官1「名刺はいま持ち合わせがないです、、、とりあえずいまここで見てですね、、、」
メンバー「ここで?」
事務官1「いや面談室へどうぞ、、、」

ということで、やっとこさわれわれは一般来庁者となったのであった(笑)。

面談室は1F入口のすぐ正面にあり小さな会議室風。
ここでテーブルに向き合って事務官と話す。2名とも首からかけたIDカードをキッチリ裏返しているのは、このような場合の基本動作か(ちなみに2人とも良さげな腕時計をしてましたなあ)。
そして、再度、来庁の意図と告発状、告発人目録について具体的に説明。書類に不備がないかのチェックをざっと受ける。
日付等に関して若干の修正をしたところで、事務官はこの書類を受け取った。
ただし、これはあくまで受け取っただけで受理ということではないという。
そして、この告発が正式に受理されるかどうかは告発人代表に通知が来るそうだ。その期間は「そんなにはかからない」とのこと。まあ1カ月ぐらいを見ればいいようである。
ということで面談室での会談は正味10分もなし。この間、tweetでもしようかと思ってiPhoneを見たらアンテナが圏外になっているのであった、、、orz(ソフトバンクの電波は霞が関界隈では非常によろしくないことを後でtwitterで知る)。最高検を出てからのtweet。

「検察庁合同庁舎の面談室はソフトバンクのアンテナが立たず。」

以上、全員集合してから合同庁舎を出るまでにかかった時間は約1時間。
いやはや権力というのは慇懃無礼にして頑なであることを実感したが、大変に良い社会勉強になったのであった。

※次のエントリーで告発状をアップします。

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2010/11/01

大阪地検の証拠改ざん事件 ~ 前田恒彦の特別公務員職権濫用罪での告発に賛同する

これは1990年代の半ば、パソコン通信(ニフティサーブ)時代からのことだが、私がネットワークというものに接して一番良かったナと思うのは、自分と同じ趣味(それも相当マニアックな)の人や同じ考え方をしている人を簡単に見つけることができて、しかもその人と友だちになれるということである。
それ以前は友人関係と言えば、子供時代、学生時代、そして会社の同僚などに限られていた。ところがネットワークに触れることによって友人関係が広がり、しかもそこで知り合った人たちというのは、現在、私の中で非常に重要なポジションを占めている。
ま、これは当たり前のことで、何しろ「こんなことが気になっているのは自分だけだろうナ」と思っていたら、その「こんなことを」気にしている人が他にもいたのを知るのは大変に嬉しい。
私はある弱小ラグビーチームを応援している。もう20年ぐらい前、非常に観客の少なかった試合を観戦した。世の中ではまったく注目されなかった試合で、当然、中継などあるわけもなかった。しかし、これはとても素晴らしい試合だった。しかし、いまネットで知り合ったラグビーの観戦仲間が集まると、この試合は全員が観戦しており、しかも私の忘れていた細部まで覚えている人もいる。そういう仲間と話をすれば、盛り上がらないはずはない。

* * *

いま私が見ているブログやツイッターでは菅直人政権に対する失望の声、検察、メディアに対する不信の声があふれている。昨年夏の政権交代の熱は完全に覚め、それどころか「自民党政権時代よりも悪いのではないか?」という声すらある。
そんななかで10月24日には小沢一郎支援デモが行なわれた。動員など何もなく、ネット上で「これはおかしい」と思った人たちが自然発生的に集まったこのデモは、なんと1000人規模だったという。このデモは東京で行なわれたわけで、おそらく全国には同じ思いの人がもっともっとたくさんいるだろう。
私は残念ながら、このデモには所用があって行けなかったのだが、もちろん思いは同じである。
そうして、自分もやはり何か行動をしなければならないと思った。
ということで、↓の市民の会の行動に賛同して参加をすることにした。

・健全な法治国家のために声をあげる市民の会

詳しくは上のHPを見ていただきたいが、具体的には大阪地検の元検事、前田恒彦を特別公務員職権濫用罪で告発する。
すでに告発人目録に署名をすませて発送ずみだが、本日、この告発状を最高検に提出するということなので、私も同行しようと思っている(ヒマなので)。
この告発状が受理されるのかどうかはわからない。しかし、非常にしっかりした内容のものだ。
正直、国家権力に歯向かうのは恐ろしい。まして、この国は私の理解ではきわめつけの独裁国家である。
だが、10月24日のエントリーで書いたが、今がそのときなのだと思うのだ。
上記のHPにはドイツの神学者マルティン・ニーメラーの言葉が掲載されている。

******
彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった
******

※なお、本日、告発状の提出にあたってはtwitterでも随時、中継を入れようと思っております。

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