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2010/10/29

壊れるメディア、壊れる民主と鳩山由紀夫的ココロ

今週の月曜日、ツイッターを見ていたら↓のようなつぶやきがあった。

@kazz006: 朝から、町村氏がクリーンな政治を訴えて当選など言うブラックジョークをニュースで聞いて、とうとうテレビが壊れたのかと思いましたが、壊れているのはメディアの方らしい。テレビなら修理できるが、メディアの方は不買運動でもしなければ、いっこうに直らないようだ。

これには思わず笑ってしまったが、まことにもって的を射ている。
本当にメディアの壊れっぷりは凄まじい。
私はこの月曜日の晩に間違ってNHKのニュース9という番組の最初の部分を見てしまったのだが、大越某という男が北海道の補選の結果を受けて小沢一郎や民主党の「宿題」とやらを思いっきり高いところから得々と解説しているその壊れぶりに開いた口がふさがらなかった。
ま、これに限らず北海道で敗れたのも、そしてまたまた民主党の支持率が下がっているのも、メディアや民主党の現主流派の連中にとってはすべて小沢一郎の責任、政治とカネの問題ということらしい。
私の記憶では、確か枝野幸男は選挙担当の幹事長代理だったはずで、だとすると参議院選挙に続いてまたもやは敗北を喫したこの男こそが責任を問われるべきだと思うのだが、そのような声はメディアからは上がらず、本日も枝野はいけしゃあしゃあと事業仕分けをしている。
そして民主党は法人税を減税する一方で企業献金の受け入れを再開するのだという。
いやはや、坂道を転げ落ちるように旧自民党路線に向かって突き進む菅政権。
ここまでくると、森、小泉以降はともかく、小渕あたりまでの政権の方がマシだったと真剣に思えてくる。

その昔、私は単純に田中角栄や竹下登の一派をけしからんと思っていた。しかし、竹下などは(多分、角栄もそうだろうが)「二度と戦争はしてはいけない」ということは、わりとはっきりと言っていたと思う。これは梶山静六などもそうだし、羽田孜もそうだ(かつて朝日新聞の早野透がコラムで羽田孜のことを書いていたが、羽田は「とにかく日本は戦争をやらない国にしないといけない」とパーティで言っていたというような内容だったと記憶している)。
極めつけは後藤田正晴で、晩年のインタビューなどを読むと「これが内務官僚、警察官僚出身者か」と思うほどリベラルである。
つまり彼らは実は非常に良質な保守で、しかも政治家としての胆力も十分にあった。
ところが現在の自民党にはそういう勢力は残っておらず、しかも民主党の主流派にもいない。

そういう状況のなか、鳩山由紀夫が政界引退を撤回する可能性を示唆したという。
そしてメディアは予想通りこのニュースを否定的に流している。
火曜日の早朝にクルマを運転しながらAMラジオを聴いていたら、若い女性のキャスターが鳩山のことを思いっきり揶揄していたのものだった。
しかし、私は鳩山の気持ちがなんとなくわかる(勝手な推測だが)。
民主党が昨年夏の衆議院選挙で約束をした「国民の生活が第一」の政治をきちんと実行し、その路線が揺るぎないものになりつつあるのなら、おそらく鳩山由紀夫は引退の撤回などしなかっただろう。
ところが、現実は政権交代からわずか1年ちょっとで、その路線が音を立てて崩れつつある。
もちろん、この点については鳩山個人が負うべき責任も重大である。だが、この状況をこのまま放置したら政権交代の意味はまったく失われ、自民党内の派閥間による権力移動とほとんど変わらない、いやかつての自民党政権と比べても重みがない分、官僚やアメリカに軽くあしらわれる政権が続くことになる。
それに対して危惧を抱いた結果の引退撤回なのではないかと思うのだ。
だとしたら私はこれを支持する。
この状況で鳩山由紀夫の存在はまだまだ貴重である。

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2010/10/27

田中康夫 ~ 民主党の「正体」!?

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YouTubeより ~ 「特捜暴走 — 小沢失脚への陰謀」

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2010/10/25

北海道5区補選 ~ 民主敗北の理由は小沢一郎の政治とカネだと? アホ言うな!!

現在、10月25日の午前4時。眠いのである。
が、どうしてもひとことだけ書いておく。
昨日の北海道5区の補欠選挙で自民の町村が勝った。
どうやら、民主党もメディアも、この敗戦の理由を小沢一郎の政治とカネに持っていきたいようだ。
すでに朝日では↓の記事が出ている。

・補選敗北の民主 小沢氏に政倫審出席求める方針

私は日本のマスメディアは完全なゴミだと思うが、そのゴミの主張に乗じて民主党の現執行部が小沢追い落としを狙うのならば、もはやこの政党には完全に見切りをつける(ま、すでにほとんど見切っているのだが)。

なぜ民主党は負けたのか。それも強いと言われている北海道で。
それは菅直人が総理大臣に就任してい以降、昨年夏に掲げた「国民の生活が第一」の政治をことごとく放棄したからである。
官僚の政権に対するコントロールは自民党政権下以上に強まり、その官僚の下でただただ権力にしがみつくことだけを考えている連中の無気力ぶりに国民は呆れ果てているのだ。
そういう自分たちの醜態を棚に上げて、小沢一郎のありもしない政治とカネの問題に敗北の責任をなすりつけようという連中とそれを扇動するメディアを私は絶対に許さない。

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2010/10/24

今がそのとき

先日、ブログ「くろねこの短語」さんと初めてお目にかかった。
いつもエントリーは読んでおり、「自分と感覚の合う方だなあ」と思っていただけに、初対面とはいえ話が盛り上がらないはずがない(もちろんお酒つき)。当然、いろいろなことで意見が一致したわけだが、その中の一つに「今の状況は相当に危ないのではないか」という認識があった。
また、少し前に旧知のブロガーと話した時にも同じような話になった。

もう15年ぐらい前の話だが、横浜国立大学の教授だった故・岸本重陳先生の話を何回かうかがう機会があった。その内容についてはほとんど覚えていないのだが、今でも印象に残っている言葉がある。岸本先生はこうおっしゃっていた。

「自分のゼミの卒業生も公務員になったり大企業に就職して働いている。そういう学生から、『学生時代に学んだことと、今自分がやっていることに隔たりがあって、これでいいのかと思う時がある』という相談を受けることがある。でも、みんなそれぞれ生活をして家族を養っていかなければならないわけだから、それは仕方がない。
ただ、そういう時に一つだけ学生に言うのは、普段はそれでいいけれども、世の中がおかしくなり始めて本当にこれは危ないと思った時、その分岐点だと思った時にはきちんと声を上げて行動をしろということなんだ」

昨年夏の政権交代から1年、あの熱い期待は吹っ飛び、気がつくと現在の菅内閣は自民党政権よりもタチの悪いように私には見える。
この政権は武器輸出3原則を緩和するそうだ。いずれ消費税も増税するのだろう。夏の参議院選挙で大敗を喫した責任者である当時の幹事長は、いまもって幹事長代理の要職にあり、「中国は悪しき隣人」などと放言している。
菅直人という人間は長らく総理大臣を目指してきて、やっとその地位についたのだからやる気満々なのかと思ったら驚くほど覇気がなく官僚の言うがまま。まるで誰かに脅かされているのではないかと思うほど怯えた目つきをしている。
民主党政権は原発を推進するようだが、もんじゅの重大事故(廃炉にするしかない)を伝えるメディアはほとんどない。
東京のポンコツ知事は築地市場移転を表明したという、、、

前エントリーにいただいたコメントの中でタケゾーさんが「そろそろ日本国民も本気で行動しなければならないときが来ているようです。」とお書きになっている。おそらくそう思っていらっしゃる方は少なくないだろう。
岸本先生がおっしゃった「危ないと思った時」というのは、できれば来ないほうがいい。
しかし、今はその時だと思うのである。

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2010/10/21

小沢問題があぶり出す「恐ろしい国・日本」の仕組み

昨日、弘中惇一郎弁護士が小沢一郎の弁護を引き受けるというニュースが流れた。
これは久しぶりのグッドニュースだと思う。なによりも、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とばかりに、やりたい放題やっているメディアに対して一定の歯止めになるだろう、、、

その数日前には、小沢一郎側が申し立てていた強制起訴議決の執行停止を東京地裁がアッサリと却下した。
私はこのニュースを見て、「やっぱりこの国は恐ろしいナ」と改めて思った。
というのも、この決定を下した裁判長に検事の経歴があることをネットで知ったからだ。

かねて私は当ブログで「日本は北朝鮮などとは比べものにならない、高度に洗練された独裁国家である」と主張してきた。その日本的独裁のエッセンスは民主主義の皮をかぶっているという点にある。
したがって、一見するとすべての事柄が民主主義的な法手続きに則って行なわれているように見える。
が、実はその随所に巧妙な罠が仕掛けられているのが日本的独裁の特徴だ。

総理大臣を目前にした有力政治家でさえも、罪を捏造することで権力の座から引きずり下ろすことができる国・日本。
しかも、最終的に検察が起訴できなくても、法律に則って選ばれた(年齢不詳の怪しげな)一般人が「起訴するべき」という議決を出せば起訴されてしまう国・日本。
「いくらなんでもこれはおかしいだろう」ということで、その議決の停止を求めても、法律に則って(元検事、つまり検察の身内である人間が)それを却下する国・日本。
一見すると、すべては法手続きに則っているが、そのすべてに作為がある。だが、民主主義的な手続きを踏んだ結果なのだから小沢は政治家を辞めるべきだと主張するメディア。しかし、そのメディアが流す情報は権力と一体化した記者クラブによってしっかりと統制されている国・日本。

見事といえばこれほど見事なシステムはない。
しかし、だからこそ国民はまさかこの国の本質が独裁であるとは思いもしなかった。ゆえにこのシステムによって被害を受けた人や少しく疑問を持った人たちでさえ、「これでは民主主義国家とは思えない」という民主主義を前提とした感想を述べるしかなかった。

しかし小沢問題は、完璧なシステムに隠れている独裁の罠のありかを逐一国民に教えてくれる。その意味では、小沢一郎氏には大変申し訳ないが、今回の氏をめぐる一連の問題は非常に有意義だと思うのである。

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2010/10/18

盗まれた国家

4年前の2006年8月、田中康夫が長野県知事選で敗れた後に、私は↓のようなエントリーを書いている。
ふと思い出してこれを読み返してみたら、まあ現在の小沢一郎をめぐる状況に酷似しており、まるで長野県での田中潰しは今回のシュミレーションであったかのごとくである。

・盗まれた都市

田中康夫は2006年の知事選で敗れてしまったが、もし再選されていたら現在の小沢一郎のごとくさらなる激しいバッシングを受けていただろう。が、一方で長野県がさらなる改革を実現していたことも間違いない。それがどのようなものだったのかを見ることができないのはまことにもって残念なことだ。
思えば2000年から2006年までの6年間の長野県政というのは、小室直樹先生流の表現を使えば、日本の地方自治史においてめったにない、三千年に一度咲く仏典にいう優曇華(うどんげ)の華のように珍しいものだったのかもしれない。
そして今、田中康夫と同じベクトルで「国民の生活が第一」というスローガンを掲げた小沢一郎の改革もまた頓挫の瀬戸際にある。「盗まれた都市」のさらに上を行く「盗まれた国家」という状況だ。
その際、もっとも重要な役割を担うのがメディアであることは、長野県の事例でも明らかである。田中知事時代の長野県にしても、現在の日本の政治状況にしても、メディアが垂れ流すおよそありとあらゆるデタラメが世論形成に非常に大きく影響しているわけだが、その犯罪性については拙ブログのように人が誰も通らなくてもしつこく指摘していきたいと思う(ちなみに前掲のエントリー中に出てくる「とあるテレビ局の解説委員」は杉尾秀哉である)。
ということで、本日の扇動&洗脳仰天動画。これは立派なBPOマターである。

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2010/10/15

YouTube動画 ~ 検察審査会について 森ゆうこ議員-参議院予算委員会-2010年10月15日


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検察審査会 ~ 誰が行政的な責任を負うのかが曖昧という驚くべき実態

今週はなぜかバタバタしており、前回の更新から本日まで時間があいてしまった。
今日もこれから外出しなければならないのだが、どうしても気になったことをサクッとアップしておく。

いつも沈着冷静な郷原信郎がキレている。
以下、10月13日から今日までのtweetのいくつか。

******
「検察審の平均年齢を再訂正」http://s.nikkei.com/aYaEh9 いい加減にしろ!こっちは真面目に検審議決を批判しているのに。「年齢を議決時で統一したため」などと言っているが、宮崎学氏の指摘http://bit.ly/bhESdk からすると、それも疑わしい

畠山理仁氏と検察審査会事務局の電話でのやり取り⇒http://bit.ly/a58dxs やっていること、言っていることが、あまりにいい加減で、こんな奴らが公表した「議決書」なるものに、この国の政治が、そして、社会全体が振り回されていると思うと、情けなくなります。

『小沢氏側の「起訴議決無効」提訴方針、官房長官が疑問視』 http://bit.ly/av6ROF 「起訴は起訴だ。政治論としては成り立っても、司法過程論から言うと、それほど意味がある話とは言えない」弁護士の資格を持っている人の発言とは思えない。⇒政治論?司法過程論?支離滅裂w
******

あの郷原センセが「いい加減にしろ!」と激怒して「支離滅裂w」と「w」を使っちゃっている(w
要はそれだけ検察審議会、なかでも今回の東京第5検察審議会がデタラメだらけだということだろう。

そこで↓の動画をご覧いただきたい。
これは郷原信郎が開いた記者レクの模様で、行政法の権威である櫻井敬子学習院大学教授がゲストとして呼ばれている。
この動画を見れば、検察審査会というものがいかに信用ならないものなのかはわかるが、私が個人的に一番驚いたのは、そもそも検察審査会という組織に対して誰が行政的な責任を負っているかが不明であるということだ。
↓の動画の43分過ぎからの岩上安身の質問だが、この件を法務大臣に質問すると「最高検に任せている」といい、最高検は「検察審査会に対してやることはまったくない。だから自分たちには何の責任もない」と言うのだという。
そしてこの件を問われた櫻井教授も検察審査会という存在の曖昧さを指摘して「(責任を負うのは最高裁)と考えるのが一つの筋だと思います」と言いつつも「最高裁なのかなと思うんですが、、、」と言葉を濁し、さらに「(検察審査会法は)どういうつもりで作ったんでしょうかね」と述べている。
その後、岩上安身のtweetを見ると、どうやら検察審査会の所管は最高裁らいしが、ともあれ驚くべき話である。
検察が莫大な時間を使って捜査をした結果、起訴できなかった政治家を起訴する権限が一般の素人にあり(しかも多数決で起訴が決定され、被疑者は弁明の機会さえ与えられていない)、しかもその権限を持つ組織の最終的な責任者が法律家かから見ても曖昧だというのだ。

101014郷原弁護士記者レク from iwakamiyasumi on Vimeo.


ところがこれだけ問題がある検察審査会も朝日新聞の社説子にかかると、以下のようになる。

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検察審査会―無用の疑念防ぐ工夫を
 小沢一郎氏に対する強制起訴の議決を受けて、民主党内などから検察審査会の審査のあり方や制度そのものに対する疑問や批判が出ている。
 無作為に選ばれた市民でつくる審査会が「起訴すべきだ」と2度続けて判断した場合、強制的に起訴となる。この制度は、国民の司法参加を進める方策として昨年5月に始まった。
 これについて、朝日新聞は次のような主張や提案をしてきた。
 ▽検察の起訴のありようを市民の立場からチェックする意義は大きい。
 ▽一方で、議決の理由を見ると、結論に至る過程がわかりにくいものや、感情が先走り気味の記述もある。審査会には、権限の重さを踏まえた判断と説明責任が求められる。補助する弁護士や事務局の力量向上が必要だ。
 ▽社会も「起訴イコール有罪」という見方を改める必要がある――。
 こうした立場に変わりはない。
 「専門家である検察の判断を素人がひっくり返すのはおかしい」という声が今回も聞かれる。だが、専門家の判断が、主権者である国民の良識や感覚に照らしてうなずけるかどうかを点検するのが制度の目的だ。「素人は危うい」との考えを突き詰めれば、民主主義の否定になりかねない。
 一方で、審査会側の対応に問題がないわけではない。
 小沢氏の例では、議決日が民主党の代表選当日、議決書の公表はその約3週間後だったため、様々な憶測を呼んだ。関係者によると、日にちが重なったのは偶然で、議決書の作成と確認に一定の時間がかかったという。
 こうしたことは事務局がきちんと説明するべきではないか。審査の回数、日時など外形的事実も隠す必要はないはずだ。任期終了後、本人が同意すれば審査員が会見し、評議の秘密に触れぬ範囲で感想を語る機会を設けることなども、今後の検討課題だろう。
 審査の中身に対する批判には、議決の内容を充実させることで応えるしかないし、判断の当否は公開の法廷で争われる。そうした核心部分とは違う、事務運営などをめぐる疑念には、事務局の人事や予算を担当する裁判所が対応して解消に努めるのが筋だ。
 立法段階で見送られたものの、この1年余の経験を踏まえて考えるべき点もある。例えば、強制起訴の議決をする際には、起訴を申し立てられている側に意見を述べる機会を与えるようにしてはどうか。審査の公正を担保し、制度への理解も進むだろう。
 検察官にかわって起訴手続きをとる弁護士や補助弁護士の推薦にあたる各地の弁護士会にも、適切な人選と候補者の育成を求めたい。
 せっかく生み出した制度だ。改革の針を逆戻りさせず、育てるための議論を深めなければならない。
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権力をチェックするジャーナリズム精神など一かけらもないどころか、「無用の疑念を防ぐ工夫をしろ」と叱咤しているのだから呆れてしまうしかない。しかも昨日の社説だというのに、平均年齢問題に対する具体的な言及は一切なく「そうした核心部分とは違う、事務運営などをめぐる疑念」と述べるのみである。つまり朝日の見解では年齢問題は「核心部分」ではないということらしい。

実は郷原信郎の開いた記者レクには私の知り合いも出席していたのだが、この会見終了後にメディアの報道について問われた櫻井教授は「もうメチャクチャですね」と答えたという。

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2010/10/10

朝日新聞社説 ~ 自分を棚に上げる人びと

毎度、同じ言葉の引用で恐縮だが、小沢一郎という存在をめぐって起こるさまざまな出来事というのは、田中良紹の言う「あぶり出し」である。
昨年3月の西松問題における大久保秘書逮捕から衆議院選挙での政権交代、そして今年に入っての陸山会の不記載問題、さらに参議院選挙、、、
この間、自民党政権下で長らく蓋をされ国民の目からは見えなかったさまざまなこの国の本質が白日の下に晒されている。
検察審査会の審査員というのは一般の市民から選ばれるわりにどうも胡散臭いと思っていたら、全国検察審査協会連合会なる団体があるのだそうだ。不思議な団体である。一回限りの審査をするのに何故にこのような連合会を組織する必要があるのか。
また、検察審査会の事務局というのは、検察からの出向なのだそうだ。それでどうして審査ができるのだろうか。

・低気温のエクスタシーbyはなゆー
「全国検察審査協会連合会」は東京第一検察審査会事務局内に!

「マスコミと裁判所は権力の手法の二大武器」(岡庭昇)であることは知っていたが、それにしてもこの国の権力の闇は想像を超えて深い。その底知れぬ闇から得体の知れぬ連中をあぶり出すためにも、まだまだ小沢一郎には頑張ってもらわなければならない。

そこで本日もまた朝日の社説である。あまりにもひどくてもういい加減にウンザリなのだが、書かないわけにもいかない。
今日の朝日の社説は「大阪特捜部―「検事の犯罪」残る疑惑」と「NHK記者―報道の責任を考え直せ」の二本である。以下、全文転載。

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大阪特捜部―「検事の犯罪」残る疑惑
 大阪地検特捜部検事による証拠の改ざん事件で、前田恒彦検事は近く証拠隠滅罪で起訴される方向だ。最高検による捜査の焦点は、上司の特捜部長と副部長による犯人隠避容疑に移ったかにみえるが、まだそうではない。
 郵便不正事件について無罪が確定した厚生労働省の村木厚子さんを、事件に関与していないことを示す証拠を隠したまま逮捕した疑いが残っている。事件は最初からでっちあげだったのではないかということである。
 前田検事は、検事のもつ逮捕権限を乱用して事件を捏造(ねつぞう)したのではないか。最高検はそうした疑惑についても捜査を尽くさなくてはいけない。
 問題のフロッピーディスクは昨年5月末、村木さんの部下で先に逮捕された係長の自宅から押収された。
 前田検事は当時、村木さんが2004年の「6月上旬」に偽の証明書発行を係長に指示したとみて捜査を進め、それに沿う関係者の供述調書が作成された。ところが、ディスクを分析した同僚検事がそれより早い「6月1日未明」に偽証明書ができていたことをみつけ、前田検事に報告した。
 だが、前田検事は都合の悪いその証拠を隠し、上司の決裁をとって村木さんを逮捕した。そして起訴後にディスクのデータを書き換え、間もなく同僚検事にその事実を告白したという。
 証拠の改ざんは、村木さんに容疑がなかったことを覆い隠すための事後の工作だったのではないか。最初から不都合な証拠を隠し、冤罪(えんざい)を生んだのだとすれば、その罪はより重い。
 事件の構図が崩れたのは、「6月1日」と正しく記載された捜査報告書のためだった。検察が証拠開示したその報告書は裁判で弁護側の証拠として採用され、村木さんの無実を証明する決め手になった。
 前田検事はその報告書の存在を知らなかったという。もし報告書に気づいて、開示する前に抜き取っていたら、村木さんは有罪になっていたかもしれない。大きな権限をもつ検事が暴走したときの恐ろしさを感じる。
 それにしても、前田検事の上司らはどんな決裁をしていたのだろうか。
 この事件は証明書の偽造という文書犯罪である。ディスクは極めて重要な物証であり、それに注目するのは捜査の常道だ。村木さんの逮捕前に押収の事実や解析結果が報告されず、上司も報告を求めなかったとすれば不自然だ。逮捕の後も、上司が捜査報告書を見ていれば、起訴するまでに見立て違いを見抜けたはずだ。
 前田検事が「決裁が通らないのが怖かった」と供述している大阪高検の幹部は、決裁にどうかかわったのか。改ざんを告白された同僚検事はなぜ不正を知らせなかったのか。最高検が解明すべきことは、なお山積している。
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NHK記者―報道の責任を考え直せ
 取材で知ったことを報道の目的以外に使ってはいけない。ましてや、捜査対象となっている相手に伝えるとは、報道の基本を踏み外している。
 警視庁が大相撲の野球賭博問題で家宅捜索に乗り出すという情報を、NHKスポーツ部記者が、渦中にあった時津風親方に携帯メールで送っていた。今年7月、親方の部屋が捜索を受ける9時間前である。
 親方は当時、賭博に関与したとして捜査の対象になっていた。警視庁はこの記者から任意で事情聴取し、証拠隠滅や犯人隠避などにあたらないか調べている。そうした刑事責任の有無を別にしても、記者の行為は重大な問題をはらんでいる。
 記者はNHKの内部調査に対し「関係づくりに生かそうと思った」「手柄になるかもと考えた」と話している。
 NHKでは2年前、記者ら3人が特ダネ情報を入手して一足先に株を売買するインサイダー取引が発覚した。その後まとめた「新放送ガイドライン2008」にも「業務上知ることのできた機密や個人情報、プライバシーなどの情報を、決してほかに漏らすことはしない。情報漏洩(ろうえい)は重大な不正行為であることを認識し、適正に管理する」とうたわれている。明白な違反だ。
 メールを送った記者は、他社の記者から聞いた捜索情報だったと説明しているそうだが、記者だから知り得た情報である重大さに変わりはない。
 新聞や放送の記者は、知り得た情報を読者や視聴者に届けることを使命としている。法廷や競技場の最前列で取材できるのは人々の知る権利に応えるためだからこそだ。決して記者個人や所属する組織の利益のためではない。
 今回のような逸脱が続けば、報道機関全体への信頼がゆらぎ、ひいては自由な報道で国民が情報に接する民主主義の根幹を揺るがしかねない。
 NHKは警視庁の捜査を待つだけでなく、第三者委員会を設け、問題の記者をふくめ報道局全体で過去に情報漏洩がなかったか調査すべきである。
 NHKスポーツ部の中でも相撲担当は特殊な位置づけにあるという。今や大相撲の中継はNHKだけが続けているからだ。制作局にいたプロデューサーは「取材対象者との距離感に問題はなかったのか」と話す。
 NHKが払っている相撲中継の放映権料は年間で28億円程度といわれる。NHKと相撲協会は力をあわせ、相撲ファンにこたえてきた関係にある。
 その長年の関係を考慮してもなお、不祥事を繰り返した相撲協会に法令順守を求めるために、NHK会長が名古屋場所の中継をやめると決めた。そのことを放送で説明した直後に、記者はメールを送った。
 問題を重視し、NHKは全力で信頼を回復してほしい。
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朝日新聞は大阪地検特捜部の証拠改ざんに関する「スクープ」で新聞協会賞を受賞したという。なんでもこの受賞は追加決定だそうで、朝日はこのことを自画自賛している。
私はもうこの事実だけで呆れ返ってしまう。
朝日新聞は、そもそも郵便不正「事件」を「調査報道」と称してでっち上げた当の本人である。その連中が、この事件の証拠が改竄されていたことを「スクープ」したことなど、どの口で自慢ができるのか。
しかも、「スクープ」だというが、経緯としては要するに検察内部で捜査手法を疑問視する真っ当な勢力が記者に情報を流しただけで、偶然その対象に選ばれたに過ぎないだろう。
そもそも村木氏はこの「スクープ」で無罪になったわけでもない。もともと捏造された事件であったものが公判で明らかになったのであって、その捏造事件を検察と一体となって「報道」してきたのはこの新聞社であり、新入社員向けのパンフレットとやらに「これぞ調査報道」だと自慢げに書いていたのもこの新聞社なのである。
真っ当な神経の持ち主ならば、たとえくれると言っても新聞協会賞などおこがましくて受賞できるものではない(あげるほうもあげる方だが)。
ところが大喜びで受賞した朝日は、さらにこの社説では自分たちを棚に上げて検察を大上段から批判している。なんという厚顔無恥ぶりなのか。

しかも、、、

返す刀で次の社説ではNHKに対して「報道の基本」とやらを、これまた大上段から振り下ろして説教している。
ここらへんになってくると、この社説は冗談かお笑いで書いているのではないかとさえ思えてくる。
もちろんNHK記者のやったことはどうしようもないが、しかし野球賭博をやっていたとされる親方に捜査情報を教えるなんぞは小沢一郎や鈴木宗男、村木厚子、あるいは佐藤栄佐久、江副浩正、、、、、など数限りない捏造事件で検察のリークをそのまま書きなぐって国民を洗脳した罪の重さに比べれば、もとより大したことではない(もちろんNHKという組織もその犯罪捏造集団の構成員だが)。
「今回のような逸脱が続けば、報道機関全体への信頼がゆらぎ、ひいては自由な報道で国民が情報に接する民主主義の根幹を揺るがしかねない。
 NHKは警視庁の捜査を待つだけでなく、第三者委員会を設け、問題の記者をふくめ報道局全体で過去に情報漏洩がなかったか調査すべきである。」
そーゆーことは、官房機密費に関する第三者委員会でも設けるなど、まず自分たちが実践してから人に言うべきである。

「馬鹿が社説でやってくる」とはくろねこの短語さんの至言だが、こういう社説を書く馬鹿はいい加減に消えてもらいたいものだ。
なんでも朝日新聞社では早期退職を募集しており、年収1500万円の人の退職金は9500万円だという。国民のためにも朝日新聞は社説子に9500万円を払うべきである。

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2010/10/08

朝日新聞の仰天記事

さて、前エントリーを書こうと思って朝日新聞のサイトを見ていたら、↓のような記事があったのに仰天した(全文転載)。
もはやコメントはいたしません。

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小沢氏告発の団体とは 「保守」自認、政治的意図なし

 小沢一郎・民主党元代表について「起訴すべきだ」との結論を出した検察審査会。東京地裁の脇の掲示板に4日に張り出された「議決の要旨」には、審査申立人の欄に「甲」とだけ書かれていた。小沢氏を東京地検特捜部に告発した市民団体だ。一体どんな人たちで構成され、何が狙いなのか。匿名を条件に、謎の団体の代表が口を開いた。
 その団体の名は「真実を求める会」という。
 「命の危険があるから、名乗ることは出来ない」
 団体の代表は取材の冒頭で、こう切り出した。強大な政治力を持つ相手を告発しただけに、素性を明らかにすることで、様々な中傷や嫌がらせを受けるのが心配なのだという。議決の要旨でも、審査会の事務局に頼んで名前を伏せてもらった。
 代表は、取材には氏名や経歴を明かしたが、それを公表することは拒んだ。メンバーは関東近郊に住む60代を中心とする男性約10人で、行政書士、元新聞記者、元教師、元公務員などがいるという。
 政権交代前から民主党に批判的な目を向ける点で一致していた。「せっかちだ」「すぐに議員連盟を作って騒ぎ立てる」など、メンバーによって「ここが嫌い」の中身は様々だが、何か具体的な行動を起こそうと決めた。
 政治的には「保守層」と自認する。自民党寄りではないか、との見方もあるが「政党とは関係ない」という。会の名前は、「右翼や政治団体だと思われないように、庶民っぽい名前」に決めた。
 本格的な話し合いが始まったのは今年に入ってから。様々な民主党議員の疑惑を検討する中で、東京地検特捜部が小沢氏の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件の強制捜査に着手。1月15~16日に、小沢氏の元秘書ら3人を相次いで逮捕した。別の市民団体の告発が受理された結果だったが、この告発対象に小沢氏は含まれていなかった。
 「秘書に責任を押しつけて、小沢氏だけが逃げるとしたら、許せない」
 法律の専門家の助言を得て、急いで小沢氏を「被告発人」に含めた告発状をつくって、同21日に特捜部に提出した。告発状の末尾には、あえて「何らの政治的意図やイデオロギーを背景として行っているものではない。売名行為で行っているのでもない」と結んだ。
 捜査当局への告発は、だれでもできる。まもなく告発状は受理され、特捜部による小沢氏自身の事情聴取も行われた。しかし2月4日、特捜部は元秘書ら3人だけを起訴し、小沢氏を不起訴(嫌疑不十分)にした。
 納得がいかず、東京の検察審査会に審査を申し立てた。土地取引事件では複数の市民団体が東京地検に告発したとみられるが、審査会への申し立て資格が認められたのは、小沢氏本人を告発して不起訴となった「真実を求める会」だけだった。
 審査会の手で起訴に持ち込み、「小沢氏が無罪になったとしても、公判で資金の流れを明らかにして欲しい」との考えだった。十分な捜査をせずに不起訴にした特捜部への不満もあったという。
 審査会を「政争の具」に使ったのではないか。その問いに対して代表は、「それは心外。小沢氏ありきでも、検察審査会の制度改正を利用したわけでもない」と反論した。「申し立てはあくまでも問題提起で、審査員も結局、公の場での説明が必要だと思ったから、このような議決になったのだから」と胸を張る。
 4日の「起訴議決」の知らせを審査会事務局から電話で受けたときには、「とんでもないことを成し遂げてしまった」と驚いたという。
 今後は、小沢氏の裁判の行方を見守ると共に、「今回の手応えをもとに、おかしいところはどんな政党であれ、追及したい」と語る。(藤森かもめ)
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週刊文春が明快に書いた検察&メディアの意図

週刊文春と週刊新潮という媒体は自民党政権時代から、権力の意図する「空気」を巧みに醸成して煽る役割を担ってきた。
週刊誌は記者クラブメディアではないから、新聞、テレビでは報じられないスクープを放つ時があると思っている人も多いだろう。たしかにそういう側面もなくはない。
しかし、一方で週刊誌の記者の有力なネタ元は結局のところ記者クラブメディアの面々や有力議員の秘書である。したがって、権力の意図する方向へ世論を持っていくための「空気」を増幅して煽りたい時、あるいは敵対政党や勢力の動きを止めるためにスキャンダルを流したい時には週刊誌が使われることになる。
実際、私はかつて与党議員の秘書が「あの雑誌のコラムのネタ元はだいたいオレ。〇〇(自分の名前)ページだね」といったのを聞いたことがある。

そんな媒体である週刊文春の今週号を図書館で見た。
活版ページのトップは『小沢一郎「消滅」』という記事である。中身を読んでみると、検察審議会の議決に関する郷原信郎の指摘さえ読んでいれば、すぐにデタラメの羅列であることがわかるといったレベルである。したがって読む価値はないのだが、ただこの記事の結びは興味深かった。なぜなら、そこに検察&メディア、あるいは霞が関権力の意図が明快に書いてあったからだ。以下、その部分。

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 三人の元秘書は、九月二十四日の公判前整理手続きで無罪を主張すると表明した。検察と全面対決することとなり、公判の長期化は避けられない。
 小沢氏の裁判は、元秘書の公判とは別に、今後、裁判所が検察官役を果たす弁護士を選任することから始められる。当然のことながら、元秘書の裁判内容が小沢氏の公判にも影響を与えることになる。
 つまり、小沢氏が「刑事被告人」である期間は予想以上に長くなることもありうるのだ。それが長期化すればするほど、小沢氏の政治生命の火は消えて行くばかりなのである。
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私はこれを読んで「やっぱりな」と思った。つまり、検察審議会の議決内容の正統性などどうでもいいのである。要は長期間にわたって小沢一郎を「刑事被告人」という立場に縛り付けることで、その政治生命を終わらせることが最大の目的なのだ。将来、小沢に無罪判決が出る可能性が高い。というよりも、無罪判決以外に出ようがない。だが、そんなことは彼らの知ったことではない。その時までに小沢の政治生命が終わっていればいいのであって、たとえその時点でメディアに対する責任論が出たとしても、みんながやっていたことなのだから個別の責任など追及されようもない。
だから朝日新聞も平気でこのような社説を書く。

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小沢氏のけじめ―民主党はこれでいいのか
 菅直人首相と民主党は小沢一郎元代表に対し、政治的なけじめを強く求めなければならない。証人喚問に応じるなど国会での説明を促し、離党勧告か除名をする。最低限、それが必要だ。
 小沢氏はきのう「政治活動は淡々と続ける」と述べ、離党も議員辞職もしないことを明言した。真相解明は「司法の場に移っている」とし、国会での説明にも前向きと言えなかった。
 検察審査会の議決で強制起訴は決まったが、公判の行方は予断を許さない。しかしながら小沢氏には、自らの政治資金をめぐる問題で元秘書ら3人が逮捕・起訴された時点で、すでに極めて重い政治的な責任が生じている。
 鳩山由紀夫前首相とともにダブル辞任に追い込まれたのに、わずか3カ月後に党代表選に立ち、多くの国民を驚かせもした。一連の政治行動に、選良としての節度を見ることはできない。
 有権者の期待を裏切らず、歴史的な政権交代の意義をこれ以上傷つけないためにも、強制起訴決定の機会に議員辞職を決断すべきだった。
 今後、法廷で闘うということだが、そのかたわら国会議員の重責を果たせるとは到底考えられない。
 民主党ではこれまで、疑惑を持たれた国会議員の多くが、自発的に離党したり、除名処分を受けたりしてきた。小沢氏が自らけじめをつけないというなら、これから厳しく問われるのは菅首相と民主党の対応である。
 菅首相は「議員の強制起訴は初めてであることも踏まえ、岡田克也幹事長が検討している」と、小沢氏の処分の判断を党に丸投げした。小沢氏の証人喚問についても、「国会で議論し、決定すべきもの」「本人が判断するのが望ましい」と繰り返している。
 小沢氏は先の代表選で党所属国会議員の半数近い支持を得た。ここで窮地に追いつめれば、党内に亀裂が走り、政権基盤が揺らぎかねないと恐れているのかもしれない。
 しかし、首相は「クリーンな政治」を掲げて再選を果たしたのではなかったか。今のような対応を続けるなら、民意は離れ、ねじれ国会を乗り切ることもおぼつかなくなるに違いない。
 何より懸念されるのは、与野党の対立が激化し、臨時国会で国民生活にかかわる政策論争や法案審議が滞ることだ。参院選後、国会のねじれを契機に、議論を通じた合意形成を重んじる「熟議の国会」を目指す機運もうかがえただけに、そんな展開は避けたい。
 そのためにも、菅首相と民主党は小沢氏のけじめの問題に、できるだけ早く結論を出す必要がある。
 野党も小沢氏喚問を国会の駆け引きの道具にしてはいけない。政治とカネの問題は必要があれば、法案審議と切り離して、別の舞台で徹底的に議論すればいい。
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これは小沢一郎の言うがごとくまさしく権力闘争だ。したがって小沢が辞任をする必要はまったくない。

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2010/10/07

TBSのベイスターズ売却 ~ なぜメディア企業には経営力がないのか?

TBSが横浜ベイスターズを売却するという。
私は中日ファンであるが、横浜出身ということもあって横浜スタジアムにはよく通ったし(中日の1982年のリーグ優勝はこの球場で見た)、昔からベイスターズ(というよりもホエールズ)にも少しく関心があった。
実際、私は今でも中日が横浜に来ると埼玉からわざわざ観戦に行くことがある。
なにしろこのスタジアムは立地がいい(それは神宮も同様だが)。横浜でも有数の観光資源である中華街に隣接し、元町、あるいは伊勢佐木町モールとも目と鼻の先だ。しかも首都高速の出口からも近い。
たとえば家族で横浜へ行く場合、私と息子は野球観戦をして、その間、妻は近くで買い物。試合が終わると中華街で食事をして娘にお土産の肉まんでも買って帰る。これでさほどのカネもかからず、十分に楽しい一日を過ごすことができる。
ところがペイスターズチームは3年連続で最下位と低迷し、プロ野球の人気低下もあいまって球団経営は赤字だったという。さらにTBSは本業である放送業が振るわずに赤字転落。球団経営などしている場合ではないということになったようだ。

しかし、、、と私は思うのである。
そもそもTBSは本気でベイスターズの経営をやっていたのだろうか?
私はAMラジオ好きなのでTBSも聴くけれども、この局のナイター中継はとにかく巨人の試合を中継することに熱心である。これは敵に塩を送る類の話で、私はかねがね不思議に思っていた。
では、なぜそんなことをするのか?
TBSにすれば、ベイスターズでは聴取率が取れないからであろう。しかし、だったらなぜベイスターズの人気を上げる(=価値を高める)ための経営努力をしないのか。
「いや、しかしプロ野球の人気は下がっているし、事実、観客動員も下がっている」というステレオタイプの反論が聞こえてきそうである。だが、甲子園へ行っても福岡へ行っても札幌へ行っても、名古屋へ行っても、あるいは千葉だって仙台だって、、、野球は十分に人気がある。海を渡ったアメリカでも、野球の人気が凋落しているという話は聞かない。
もちろん、ひと昔前のように「野球しか娯楽がない」といった時代ではない。興味は多種多様化していることは事実だ。けれども、一方でこれだけ日本全国に根付いている人気競技というのは依然としてない。
にもかかわらずベイスターズの惨状を見ていると、まったく経営努力を放棄しているようにしか私には思えないのである。
たとえば、せっかくあれだけ地の利のある球場を本拠地にしているのだから、さらにこの球場のプレゼンスを上げるという手だってある。
私はかねがね関西の野球ファンがうらやましいと思っていた。なぜなら関西にはオープンエアで天然芝の球場が、甲子園、神戸グリーンスタジアムと二つもある。また、広島の新球場も天然芝だ。
もちろん、球場の経営効率だけを考えれば人工芝の方が安上がりだろうし、ましてドーム球場だといろいろなイベントを開催することが可能で、さらに経営効率が上がる。
しかし、野球はサッカー同様、やっぱりオープンエアに天然芝でやるものであって、そういう環境であればこそプロ野球興行というソフトの価値も上がる(札幌は致し方がないと思うが)。実際、アメリカではかつて流行したドーム球場どんどん姿を消し、天然芝の球場が増えている。私は昨年、ヤンキースタジアムへ行ったが、その素晴らしさに彼我の差を感じずにはいられなかった。
ところが、名古屋から東のプロ野球本拠地で天然芝の球場は一つもない。そんななかで、たとえば横浜が芝生を天然に貼り替えれば、それだけでも球場としての魅力が増し、ベイスターズの試合の価値が上がるだろう。
そういう器をつくった上でJリーグの球団がやっているようなキメの細かいマーケティングやファンサービスをすることを経営努力という。
しかもTBSはテレビもラジオも持っているメディア産業なのだから、その価値をどんどん世の中に流していくことができる。

では、なぜTBSはそういうことができないのか?
それはTBS、というよりもメディア産業全体の体質なのではないかと思う。

いまTBS本体は経営状態が芳しくない。ま、それは他のテレビ局や新聞社、あるいは出版社も同様だが、その最大の原因はこのブログでも書いてきたが、広告売上げが激しく落ちる一方で従業員の給料が異様に高いからである。
では、なぜこれほどまでに給料を高くすることができたかというと、広告という商売がアホのよーにボロい商売だったからだ。

拙ブログ↓
マスメディアこそが虚業だった

ではその広告収入というのはどのよな形で入ってくるかというと、誤解を恐れずにザックリ言えば広告代理店がクライアントに広告枠を売ってマージンを抜いたカネを持ってきてくれるのである。つまり収入を得る段での媒体社側の経営努力などというのは、ほとんど無きに等しいのだ。
もちろん現在はタイアップなどを企画していかなければならないので、ただ代理店が取ってくる広告を待っているだけではニッチもサッチもいかない。しかし、現在の経営上層部というのは「何もしなくてもポロ儲け」の時代のことしから知らないので、およそまともな経営手腕、経営センスがないのである。
ベイスターズ&ベイスターズファンの悲劇は、そういう経営能力のない、経営努力をする文化のない企業が親会社となってしまったことにある。要するにまともな経営などしたことがないから、何をどうすればいいのかサッパリわからないのだ(ちなみに読売や中日は、球団自体が昔から新聞販売の生命線であったから真剣に経営をやっているが、親会社の広告依存体質というのはまったく変わらない)。

TBSの場合、さらに付け加えれば、内部が相当にゴタゴタしているように見える。メディア産業全体が苦しいのは事実だが、その中でもTBSが厳しい部類に入っているのは経営に大きな問題を抱えているからだろう。
これはどんな企業でもそうだが、経営に問題を抱えていると、その会社が作った製品にはゴタゴタの影響がユーザーに見える形で必ず出るものだ。
かつて私が勤務していた会社もそうで、経営者がおかしなことをやって社内がゴタゴタし出した瞬間から、おかしくなる媒体が続出し、なかにはトップの座から、業界史に残るような部数減を記録してしまった媒体もあった。ユーザーは敏感なのである。
TBSに話を戻すと、この局はテレビもラジオも、ここ最近、首をひねるような番組や編成が多く、しかも実際に結果も悪い。業界全体が厳しい状況に突入しているなか、TBSの場合、おそらく経営者の力量が同業他社に比べても不足しているのではないかと私はにらんでいる。

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「高野 善通のブログ2」より ~ 小沢氏強制起訴を受けて(3)

・高野 善通のブログ2

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 小沢一郎氏強制起訴が実際に決まっていたのが9月14日。大阪地検のオウンゴール事件発覚は9月21日ですから、今回の強制起訴には大阪地検オウンゴール事件の影響はなかったことになります。そんな意味もあってでしょう、小沢氏サイドからはこの議決自体に強い憤りを覚えるコメントも続出しています。何といっても小沢氏の周辺事件において最初に逮捕された検事が取り調べていたのですから、起訴そのものが極めて不公正だというのも納得できます。
 そして、それにもまして怒りを覚えるのは、大手メディアや識者が平気で「推定無罪の原則が働いているのだから裁判の場で決着をつければ良いではないか」、挙句の果てには「日本の刑事司法は99%有罪というのが異常な状態だっただけで、従来ならば起訴出来なかったものも強制起訴手続にかかることで、有罪率99%が下がる効果も期待できて推定無罪の原則を再認識させる好機となろう」といった評価を述べていることです。これは裁判員制度推進側に立つ弁護士の論理にも共通するものがあり、裁判員になることで推定無罪の原則を再認識した上で判断できる効果があるという言い方をしています。彼らに言いたいのは、現状のこの日本社会においては起訴されることそのものだけで社会的に重大な影響を及ぼすことをどれくらい認識しているのか?です。
 小沢氏ほどの大物政治家であればなおさらといえます。代表選直前の朝日新聞による不公正な連日社説を初めとしたメディアの総攻撃で政治生命を絶たれるともなれば、メディアの罪は極めて重いものがあります。大手メディアは「報道の自由」を盾にやりたい放題無責任な報道を続けてきました。メディアは民主的基盤を持たないだけでなく、報道による著しい人権侵害が起きたときに十分な人権救済をしません。ですから、最近でも郵便不正事件において無罪が確定した村木さんに謝罪を表向きはしながらも、逮捕時における報道の反省を実質的にはしていないからこそ、結局は同じような過ちを何度も繰り返すということになるのです。民主的基盤を持たないといえばメディアとも比較されますが、検察は実体的な権力であるからこそ「検察が政局を作った」と評価されるのを極度に嫌います。しかし、メディアは「メディアが政局を作った」と評価される行為をむしろ何度も繰り返してきました。今回のケースでも、「検察審査会の議決を見れば、刑事被告人になる小沢氏が首相にならずによかった」と評価したメディアがありました。彼らは新検察審査会制度=裁判員制度を守り切るために小沢氏への起訴議決を絶対的前提とした上で、代表選において世論誘導をしたのです。仮に小沢氏が無罪確定となったところで、小沢氏の政治的影響力は著しくそがれる事態になります。
 民主的基盤を持たない、「報道の自由」を盾にしやすい、報道機関を監視できる外部権威がこの日本社会にほとんどなく市民側にもメディアリテラシーがそこまで育ってないということもあってか、やりたい放題の報道を貫いてきた大手メディア。我々のメディアを見る目も重要ですが、メディア自身が本当に責任ある報道をせず、自ら報道した中身を守る姿勢を現在に至るまで貫き続けたことが、今日の異常な政治情勢を作ったというしかありません。メディアがそれを自覚しない限り、より異常な状況を作り出すのは言うまでもありません。
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引用元は↓
小沢氏強制起訴を受けて(3)

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宮崎学 ~ 小沢一郎へのアドバイス / 田中良紹 ~ 痴呆国家

いずれもThe Journalより。

・宮崎学の「突破者のひとりごと」

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(1)則定のようなヤメ検弁護士を首にして、権力と闘ってきた弁護士を雇え
(2)検察審査会の議決書には間違いがあるので、早急に議決取り消しを求めろ
(3)告発人、検察審査会申立人の氏名公表を求めろ
(4)若者の雇用拡大、貧富の格差是正、司法教育の充実に向けて活動せよ
(5)大手メディアの報道に対し、名誉毀損訴訟をどんどん起こそう
(6)代表選のときのように、メディアに登場し、にこやかに主張を訴えよう
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詳細は↓
小沢一郎へのアドバイス


・田中良紹の「国会探検」

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 目的は以前から何度も書いてきたように小沢氏を有罪にする事ではない。民主党を分断することである。だから鳩山由紀夫氏は白で小沢氏は黒の流れになる。私の知る法曹関係者はみな「鳩山が白なら小沢はもっと白だ」と言う。一連の捜査は刑事目的ではなく政治目的なのである。小沢氏が無罪になっても十分に目的は達せられる。しかしこんな馬鹿をやっている暇は今の日本政治にはない筈だ。まさに「痴呆」と言うしかない。
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詳細は↓
痴呆国家

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YouTubeより転載 ~ 検察審議会議決書のデタラメ

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2010/10/06

この国の最重要課題は「空気」で人を裁くメディア(マスゴミ)を潰すこと

案の定、検査審査会による小沢一郎の強制起訴について、ボロボロといろいろな問題が出てきた。

・ニコニコニュース
小沢氏「起訴議決」に「重大な問題」発覚!

・ニコニコ生放送
【出演】
司会:角谷浩一氏
パネラー 
民主党:原口一博 前総務大臣
自民党:柴山昌彦 党副幹事長
社民党:保坂展人 前衆議院議員
弁護士:郷原信郎
緊急特番「徹底討論!民主党小​沢氏強制起訴を問う」

・低気温のエクスタシーbyはなゆー
検察審査会「小沢起訴の議決文」が石川議員起訴状を丸写しした疑い

上記のニコニコ生放送の原口一博の話は驚くべきものだ(1時間18分25秒あたりから)。なんと起訴議決が出た後にコメントを求めに原口のところへやって来た多くの記者が、その議決内容について知らなかったのだという。
確かに昨日のエントリーで紹介した毎日新聞社会部長の署名記事を読むと、本当にこの人は起訴議決をきちんと見た上で書いているのか大いに疑わしい。
あるいは朝のワイドショーでこの件について解説しているアナウンサーや、それに対してコメントをしている司会者、タレントにしても、ほとんど議決内容は自分自身では見ていないだろう。
にもかかわらず、彼らはひたすら小沢一郎が強制起訴されたという一片の事実をもって、離党をしろとか議員辞職をするべきだとか、あるいは政治生命はこれで終わったなどとコメントしている。
その目的は「強制起訴」という事実を記号化し、それを操作することで広く国民に「小沢=悪=これで政治生命終了」という空気を吸わせることにある。つまり真実などはどうでもいいのだ。

しかし、それにしても今回の事案は郷原信郎によれば、本当に起訴できるのかどうかも微妙で、たとえ起訴しても誰が弁護士をやっても無罪になるという。実際、そういう懸念をチラリと書いている新聞もある。つまりメディアのなかにはこの案件が無罪である可能性が高いことを知っている人間もいるのである。
にもかかわらず、「強制起訴」だけを大々的に垂れ流す理由は、この一件が小沢一郎の政治生命を抹殺する最後の大チャンスで、ここで小沢の政治力が落ちれば、何年か後に無罪になろうがなんだろうが自分たちの知ったこっちゃないということだろう。

そこで本日の朝日新聞・天声人語を読まれたい。

******
起訴される小沢一郎氏は涙した、と報じられた。「これは権力闘争だ」と。だが、起訴を決めたのは権力とは無縁の、氏が言う素人である。公開の法廷で決着させたいという素朴な感覚に、〈闘争〉の計画性やねちっこさはない▼国会での説明を避けてきた小沢氏は自業自得だろう。堂々と証人喚問に応じていれば、「素人」の心証も違ったはずだ。いやしくも政治家なら、お白州の前に赤じゅうたんの上で説明責任を果たしてはどうか▼立つ瀬がないのは検察だ。郵便不正事件では、無理を重ねて無実の民を起訴した愚を問われた。こんどは不起訴の判断を、平均31歳の検察審査会に「有罪の可能性があるのに不当」とやられた。幹部は「好きにやってくれ」と、やけのやんぱちである▼推定無罪とはいうが、一般公務員は起訴されたら休職となる。郵便不正事件で不当逮捕された村木厚子さんは、5カ月も自由を奪われ、復職までの1年3カ月を無駄にした。立法という究極の公務に携わる小沢氏も、「政治休職」するのが筋だ▼昨日の各紙社説は、本紙と産経が議員辞職を求めたほか、毎日が「自ら身を引け」、日経が「最低でも離党を」、読売も「政治責任は重い」と氏に辛い。マスコミだけが世論とは言わないが、今さら「闘争」でもなかろう。この日本にそんな余裕はない▼思えば、民主党の代表と首相になりそこねたのは、国民にとっても小沢氏にとっても幸いだった。景気に予算、対中関係、ねじれ国会。このうえ裁判対策ときては、国も体も持つまい。潮時である。
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検察による証拠改竄で不当逮捕された冤罪事件を例にあげて、「村木さんも休職したんだから小沢氏も政治休職しろ」という。この事件ではさんざん自分たちも検察のお先棒を担いだにもかかわらず「郵便不正事件では、無理を重ねて無実の民を起訴した愚を問われた。」とまるで人ごとだ。
驚くべきメンタリティである。
この新聞社には、自分たちも加担した冤罪事件が一人の人間の人生を大きく狂わせたことに対する反省のカケラもない。
そうして他社の社説も俎上に上げて小沢に辞任を迫る。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とはよく言ったものだが、このメディアが作る「空気」による支配、「空気」による断罪を一刻も早くぶち壊すことが、この国の最重要の課題だと私は思う。


※昨日も紹介した「朝日新聞の戦争責任」という本について、こちらのページに以下のようなことが書いてある。

「 戦時中の新聞は言論統制されていたから、責任は問われないという見方がありますが、現実にその紙面を見るとそれはウソであるとわかる。 統制は確かにあった。しかし、勝利戦報道による売上大幅増加に味をしめ、むしろ統制が求めた以上に率先して戦争を煽りまくり、 結果として軍部をして、負けを認めることが不可能な地点まで追い詰めていったのが真実に近い。」

まるでいまの検察とメディアの関係とソックリだと思うのは私だけだろうか。

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2010/10/05

クイズ「この原稿はどこの新聞社?」 ~ 小沢一郎強制起訴に関する社会部記者の署名記事

さて問題です。
これから本日付朝刊の社会部記者の署名記事を三つ紹介します。
それぞれどこの新聞社でしょう?

(1)
******
 東京第5検察審査会が小沢一郎・民主党元代表を起訴すべきだと結論づけた根底には、議決要旨に明記された理念が横たわる。
「国民は裁判所によって本当に無罪なのか有罪なのかを判断してもらう権利があり、検察審査会は国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度である」
 検察が起訴を渋っても、無罪か有罪かの決着は公開の法廷でつけるべきだというのだ。こうした考えは、初の強制起訴となった兵庫県明石市の歩道橋事故の検察審査会議決でも示されている。
 検察が100%有罪との確信があって起訴してきたとされるこれまでの刑事裁判とは、真っ向から対立する概念だ。刑事法学者や法曹界の間では、その賛否をめぐる大論争が巻き起こりつつある。「無罪になる可能性が高い人も強制起訴され、冤罪を生みかねない」と懸念する声も多い。ただ一つ言えるのは、一連の検察審査会の起訴議決が、刑事司法のあり方を根本から問い直す可能性があるということだ。
 09年施行の改正検察審査会法で、検察が不起訴にしても検察審査員の判断によって起訴することが可能になり、検察が独占してきた起訴・不起訴の判断に市民の目が風穴を開ける余地が生まれた。同時にスタートした裁判員制度とともに「市民の司法参加」の両輪と位置づけられ、国民から遠い存在だった司法を市民目線から変えていく期待がある。
 有罪率99%に象徴されるように、検察の主張が大方通ってきたのが日本の刑事裁判の特徴だった。密室の取調べで取られる調書を裁判所は重視し、被告が法廷で否認に転じても調書を優先してきたという批判は強い。
 そうした「検察絶対優位」の裁判から裁判所が有罪・無罪を決める本来の姿に立ち戻ることを検察審査会は迫っているともいえる。同時に、「逮捕・起訴イコール有罪」とみなしがちだった社会やメディアも大きな転換を図らなければならない。
 今回は「政治とカネ」の問題で起訴議決に至った初のケースだ。政治不信が高まる中で、実力者として君臨してきた小沢氏の「錬金術」の一端が違法かどうかが公開の法廷で審理される意義は大きい。その裁判の行方は、検察審査会のあり方をめぐる議論にも大きな影響を与えるはずだ。
******

※ひとことコメント
有罪率が99%というのは確かに異常だが、その検察があれだけ大掛かりに捜査をしても起訴できなかった事案。検事総長が起訴できないといっているのに、膨大な捜査資料を前にして1週間ほどで「起訴すべし」と結論づけられる素人の集団とは何なのかという疑問はこの筆者にはないようだ。
ちなみに、不動産取得時期と代金支払時期がズレているのが「錬金術」なのだろうか? そうではなくて「添付されている別紙犯罪事実には、検察の不起訴処分の対象になっていない収入面の虚偽記入の事実が含まれている。」(郷原信郎のツイート)という部分が「錬金術」だというのなら、郷原氏は「検察の公訴権独占の例外として検察審査会議決による起訴強制が認められている趣旨に照らして、不起訴処分の対象事実を逸脱した被 疑事実で起訴相当議決を行うことは許されない。今回の起訴相当議決は無効であり、強制起訴手続をとることはできない。 」と言っている。


(2)
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 検察審査会は小沢一郎民主党元幹事長に再び厳しい判断を下した。前回議決時から審査員のメンバーが一新されてもなお、「法廷で判断を」という市民の姿勢が変わらなかったことの意味は大きい。
 今回の議決は、四月の一度目の議決に比べ、小沢氏と元秘書らの供述の信用性をより詳細に検討。その上で、検察の不起訴処分に異議を呈した。強制起訴制度をめぐっては「市民感情で起訴の判断をしてもいいのか」という批判があるが、議決には、そうした声を封じる重みがある。
 国民は長く、検察の判断に一定の信頼を寄せてきた。しかし、陸山会事件をはじめ、兵庫県明石市の花火大会事故などで検察の不起訴が繰り返されても、検察審査会が起訴議決するケースが相次いでいることは、市民が検察の判断を絶対視しなくなっていることの表れと言える。
 加えて、厚生労働省の文書偽造事件の無罪判決や、証拠改ざん事件や不正隠ぺい事件は検察への信頼を崩壊させた。
 日本では、検察が起訴した事件の有罪率は99%。このため、国民には「起訴イコール犯人」という意識があったことは否めない。
 陸山会事件をめぐる二つの議決や検察不信は、“白黒”を判断するのは裁判であるという、刑事司法の本来の姿を再確認させようとしている。
******

※ひとことコメント
郵便不正事件の証拠改竄は検察への信頼を崩壊させた。だから小沢の不起訴も信頼できない、と。いやはやすごい論理展開だわ。


(3)
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 今回の起訴議決は「政治とカネ」に対する厳しい市民感覚を反映しており、刑事被告人がほぼ有罪と見られる日本社会の意識改革を迫ったといえる。審査過程の透明化など制度見直し論も浮上。有罪立証に導くハードルも高く、政界や司法に様々な課題を投げかけた。

当面混乱は続く

「(検察審の制度は)公正な刑事裁判の法廷で白黒をつけようとする制度である」。議決書が結論でうたう理念は、「100%有罪との確信」を前提にしてきた検察当局の起訴基準にこだわらず、裁判を真相解明の場と明確に位置付けた。
 日本の刑事裁判は「起訴=ほぼ有罪」がこれまでの社会の共通認識。仮に裁判で無罪になったとしても、起訴による被告や関係者の社会的ダメージは計り知れない。検察内部には「起訴の目的が真相解明になれば公判の性質が変わってしまう」との懸念が強い。今後は捜査のプロと市民の「二重基準」が刑事裁判に混在し、当面は混乱が避けられないのが、わが国の司法制度の現実だ。
 公判段階でも「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法の原則に立ち返ることで、「検察至上主義」からの脱却を図る絶好の機会だ。小沢氏にとっても、自らの潔白を主張する機会を得たといえ、「調書主義」から「法廷主義」という刑事司法の変化を象徴する裁判となるのではないか。
 一方で浮かび上がった疑問点も数多い。

見えぬ検討過程

 議決から約1週間後、大阪地検特捜部の捜査資料改ざん・隠ぺい事件が発覚。逮捕された元主任検事は、小沢氏の元秘書の取り調べも担当したが、事件発覚後に検察審が調書などを見直す議論を再開した形跡はない。
 小沢氏本人の直接的な関与を示す客観的な証拠はなく、立証の柱は、秘書らの供述だ。調書の信用性が揺らぎ、秘書らも無罪を主張する中、調書の信用性をどう検討したのか議決からは読み取れず、審査は不十分との印象はぬぐえないだろう。
 審査過程の不透明さや外部のチェック機能も不十分だ。殺人など重大事件に罪名を限定した裁判と同様に、政治事件の審査を対象外とすべきだとの声もある。無罪判決が出た場合の責任の所在もあいまいだ。
 改正検察審査会法の施行や裁判員裁判、被害者参加制度の導入で、刑事裁判に市民感覚が吹き込まれたのは事実だ。ただ強制起訴はいずれも検察が起訴できないと判断したケース。無罪判決が続出することも予想され、「二重基準」のままでいいのか、あり方を真剣に議論すべきかもしれない。
******

※ひとことコメント
上記三つのなかで一番まとも。一部、社の方針と個人の意見(良心)の間で論理がグダグダになるが、それでも他の二つに比べると今回の強制起訴の問題をきちんと指摘している。


さてみなさんいかがですか?
ちなみにこの原稿のそれぞれのタイトルは、

(1)刑事司法を問い直す契機 

(2)法廷判断 強く求める

(3)検察審が生む二重基準

です。

では以下に正解。

(1) 毎日新聞 (署名は社会部長・小泉敬太)

(2)東京新聞 (署名は社会部・飯田孝幸)

(3)日本経済新聞 (署名は社会部・丸山寛朝)

です。

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ついに本音を丸出しにした社説 ~ 戦争加担者というDNAを持つ朝日新聞の正体

本日、2010年10月5日付の朝日新聞社説「小沢氏起訴へ―自ら議員辞職の決断を」を読んだ。
朝日新聞がついに本音を丸出しにして、その正体を露わにしたものとして、これは後世に残るであろう。
ふり返ればこの会社には戦争加担者としての歴史がある。そのDNAは見事なまでに今に受け継がれている。

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小沢氏起訴へ―自ら議員辞職の決断を

 小沢一郎・元民主党代表は今こそ、自ら議員辞職を決断すべきである。
 小沢氏の資金管理団体の土地取引事件で、東京第五検察審査会は、小沢氏を政治資金規正法違反の罪で起訴すべきだと議決した。
 この20年近く、常に政治変動の中心にいた小沢氏は、近い将来、検察官役を務める弁護士によって起訴され、法廷で有罪・無罪を争うことになる。
 審査会は議決の要旨で、秘書に任せており一切かかわっていないとする小沢氏の説明について、「到底信用することができない」と述べた。
 疑惑発覚後、世の中の疑問に正面から答えようとせず、知らぬ存ぜぬで正面突破しようとした小沢氏の思惑は、まさに「世の中」の代表である審査員によって退けられたといえよう。

 今回の議決は、検察が不起訴とした事件について国民は裁判所の判断を仰ぐ「権利」があると書くなど、制度の趣旨に照らして首をかしげる部分も見受けられる。だが、検察官から起訴に踏み切る際の基準について説明を受けたうえで、その基準に照らしても不起訴処分はうなずけないと結論づけた。その判断を重く受け止めたい。
 いったんは検察が不起訴とした事件であり、公判がどのように推移するかは予断を許さない。
 小沢氏は先月の民主党代表選の際、強制起訴されても「離党したり、(議員)辞職したりする必要はない」と語った。確かに有罪が確定しない限り、「推定無罪」の原則が働く。
 しかし、そのことと、政治的な責任とはまったく別問題である。
 小沢氏は党幹事長だった6月、当時の鳩山由紀夫首相とともに、政治とカネの問題の責任を取り「ダブル辞任」した。刑事責任の有無は別にして、「クリーンな政治を取り戻す」(鳩山氏)ためには、それが避けられないという判断だったはずである。
 わずか3カ月後に代表選に出馬し、民意の厳しい批判にさらされたのは、政治責任に対する小沢氏のいい加減な姿勢が問われたからにほかならない。
 小沢氏が今回、けじめをつけなければ、政権交代に「新しい政治」を期待した有権者を再び裏切ることになる。
 離党したとしても「数の力」で党外から影響力をふるうなら同じことだ。

 小沢氏の師、田中角栄元首相はロッキード事件で逮捕され離党した後も、「闇将軍」として大きな権力をふるった。師の轍(てつ)を踏んではならない。
 小沢氏は政治改革の主唱者の一人でありつつ、「古い政治」の典型的な体現者でもあるという二面性を持つ。ただ、民主党を鍛え、政権交代を実現させた功労者であることは間違いない。
 であればこそ、その業績の歴史的意義をこれ以上損なわないためにも、ここは身を引くべきである。
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読めば読むほど吐き気をもよおす文章である。
それにしても、ここで述べられている「世の中」というのは何なのか? 
第二次世界大戦中、多くの日本国民は朝日新聞をはじめとするメディアのバラ撒くウソによって「日本は勝つ」と信じ込まされていた。日本が負けるわけがないというのが「世の中」だったわけだ。
そうして軍と一体化して国民を鼓舞して朝日は部数を伸ばしていった。
いま、朝日がアプリオリに肯定する「世の中」とは、まさに戦時中のそれと同じである。

今回の検察審査会に申し立てをした「審査申立人(氏名)甲」は、マスメディア=マスゴミは一切報じないが、在特会の桜井誠なる人物である。そんなことはネット上では常識だ。
そしてまた、小沢一郎にかけられた疑惑がまったくもって犯罪性がないこともまたネットでは常識である。
にもかかわらず、「世の中」が「到底信用することができない」という判断を「重く受け止める」のだという。
それは、戦時中に冷静な分析をした上で「日本は負ける」といった人物に対して、「そんなことは到底信用できない世の中の意見」をもとに断罪するのと同じことであろう。

しかもタチが悪いのは、朝日自身が「公判がどのように推移するか予断を許さない」、つまり公判維持が難しいことは知っていることである。
にもかかわらず、そのことと政治的な責任とはまったく別問題だと決めつける。
驚くべき上から目線、まるで自らが神のごとき裁きである。
小沢一郎が党幹事長を辞任したのは「政治とカネ」の問題ではなく、「政治とカネというウソをバラ撒くマスゴミ」が問題だったからだ。このデマゴーグが参議院選挙に与える影響を鑑みて小沢と鳩山は辞任した。
その後、小沢が民主党代表選に出馬したときに金科玉条のごとく「民意」という「世の中」を振りかざして「厳しい」小沢を批判したのマスゴミであるが、にもかかわらず一方で驚くほど多くの人の小沢待望論が顕在化した。街頭演説に集まった多くの人々から湧き上がる小沢コールの映像はマスゴミでは放送されなかったが、一般市民によるUSTREAMの中継でハッキリと映し出された。
党員、サポーター票の「結果」は大差であったが、実際の票差は6:4である。あれだけマスゴミが全力を挙げて「世の中」を捏造したにもかかわらず。
であれば、むしろ民主党代表選で顕在化したのは、政権交代による「新しい政治」を小沢一郎に託したいという気持ちが民意の底流にあるという事実だ。
にもかかわらず、朝日新聞は小沢の議員辞職という政治的抹殺を社説に掲げた。
私に言わせれば、これはこの国の独裁権力者であり既得権益の権化である霞が関の意志である。その霞が関の意志を自らの主張に掲げる朝日新聞は、かつて軍とともに戦争に加担した朝日新聞の体質そのものだ。
第二次大戦敗戦という国益の大損失に加担し、今また既得権益者の存続という国益の大損失に加担する朝日はそろそろ新聞経営から身を引くべきである。

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2010/10/04

小沢一郎強制起訴で号外を出す朝日新聞のいかがわしさ

検察審議会が二度目の起訴議決をしたため、小沢一郎は強制起訴されることになった。
検事総長の大林宏が日本記者クラブでの講演で、「小沢氏を有罪とする証拠はない」と語った事案である。

・永田町異聞
検察審に知ってほしい小沢土地取引の真実

にもかかわらず、素人の集団である検察審議会の議決によって起訴されるわけだ。
twitterの私のTLはこれに対して批判であふれかえっている。もちろん、自分がフォローしている人を選んでいるからそうなるわけだが、しかしまあ自分が思っているのと同じことを考えている人がこれだけたくさんいることを瞬時に発見できるのは、Web時代、それもtwitterの時代であればこそだろう。

そのtwitterからの情報では、ヤメ検弁護士の大沢某が早速、検察審議会の意義についてメディアで述べているという。たしかつい先日、この男は大阪地検の問題で「検察の問題を第三者機関が調べるのはムリだ」などと述べていたはずだが、時と場合によってコロコロと宗旨替えをするらしい。

ま、私もこの議決はとんでもないとは思うが、しかしここまできたら徹底的にやればいいのではないかと思う。
小沢一郎はもともと民主党の代表戦の時にも「自分は何もやましいことはしていないので、強制起訴になったら受けて立つ」と言っていたわけだし、これで起訴すると困ってしまうのは検察の方である。

・THE JOURNAL
郷原信郎:検察審査会の「起訴相当」議決について...とんでもない議決、あぜんとした

したがって強制起訴については私はそれほど腹は立たないのだが、twitterを見ていてムカッ腹が立ったのは朝日新聞(@asahi_tokyo)である。この新聞社はこんなことをつぶやいた。

『「小沢氏を強制起訴へ」の朝日新聞号外をまもなく配布します。首都圏は新橋駅SL前、有楽町マリオン前、新宿西口京王百貨店前です。』

この新聞社のやっていることはなんなんだろうと思う。
一方で大阪地検の証拠改竄が大問題になっている。郵便不正事件でさんざん検察の旗を振った朝日が、なぜかこの問題を「スクープ」。確かにそのニュースは衝撃的であったが、それも鈴木宗男の収監が決まった後というタイミングの良さ。しかも、前田という検事が取調べをした他の案件についての検証はほとんどしない。その中には今回の小沢一郎の強制起訴につながる事件も含まれているのにもかかわらずである。
そうして本日、強制起訴が決まると「号外を出します」などとつぶやいている。
なにしろ小沢一郎が代表戦に出馬するやいなや「あいた口がふさがらなかった」新聞社であるから、今晩から小沢一郎叩きを盛大に始めるのだろう。
実は小沢一郎が起訴されて公判になった場合、その維持すら難しくなるだろうと言われているが、そんなことは彼らにとって知ったことではない。「強制起訴」を声高に叫んでおいて、お得意の世論操作調査で「小沢一郎は離党すべきだと思いますか」と「議員辞職するべきだと思いますか」などとやってその結果を大々的に書き立てるのだろう。
ま、これは朝日にかぎらず、ほとんどすべてのメディアがやることだが、私はこの際、どんどんやればいいと思う。
なぜなら、これは田中良紹が命名したところの「炙り出し」の最終段階であって、メディアはやればれるだけ自らの死期を早めるはずだから。

※郵便不正で↓(拙ブログ)のようなコメントをしていた古館伊知郎がこのニュースをどう扱うかも興味深いところ。
郵便不正事件の証拠改竄 ~ 古舘伊知郎のコメントに開いた口がふさがらない


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2010/10/03

ジョンウンと進次郎

北朝鮮が金正日の後継者と目される金ジョンウンの写真を公開すると、メディアは一時、尖閣諸島問題と並んでこれを取り上げて大阪地検の問題を吹っ飛ばした。
もちろん、国家の最高権力者の座を世襲するなどというのは論外である。しかもとかく謎の多いこの国の映像が興味をそそることも間違いない。そして確かに金ジョンウンは金正日に似ている。
ということでワイドショーは、

・「中国体当たり船長釈放」「金ジョンウン登場」に振り回されたワイドショー

・『メタボおじさん』金ジョンウン 国民の3割が飢えているのに…

という論調に終始、その他ニュース番組もいつものように北朝鮮の閉鎖性をクローズアップし、ネットでも「将軍顔だな」「完全に中年のオッサンだろw 」「こりゃまたなにかやらかしそうな顔してんな」、、、、、といった言葉が飛び交っていた。

ところで、、、
これは在日コリアンの知り合いに聞いたことなのだが、この金ジョンウンの祖父である金日成というのは、かの国の基準では超がつく美男子なのだそうだ。だから女性には絶大な人気があり、実際、金日成に会うとみんな涙を流して「カッコイイ!」と感激していたのだという。
ま、金正日がその父親ほどに「美男子」なのかどうかはわからないが(笑)、とにかくこの金日成のイメージを孫の代まで継いでいこうというのが北朝鮮権力の基本戦略なのだろう。
そして私は思うのだ。

「だとしたら北朝鮮のやっていることって、小泉家がやっていることと同じじゃん」

しかも小泉家にいたっては進次郎で4代目の世襲である。でもって初代の又次郎というのはそうでもないが、2代目の純也と3代目の純一郎は顔が似ている(ただし純一郎の姉の信子に言わせると、純也の方がはるかに美男子だったらしい)、そして純一郎と進次郎もまた似ている。
さらにジョンウンは三男だそうだが、進次郎もまた次男であり、金家も小泉家も長男に後を継がせなかった。おそらく金正日も小泉純一郎も、自分の息子をじっと観察して、どちらが家業である政治家にふさわしいかを観察していたのだろう(ついでにいえば、私は事の良し悪しは別にして、小泉純一郎が長男である孝太郎ではなく次男の進次郎を後継者にしたその眼力というのは大したものだと思う)。

日本人や日本のメディアは北朝鮮メディアのジョンウンの取り上げ方を嘲笑しているが、日本のメディアの進次郎の持ち上げ方も尋常ではない。そうして人気を煽った(=洗脳した)結果、進次郎クンは行く先々で大人気、女性が周りを何重にも取り囲んで写メを撮って嬌声をあげている。
もしかの国の人々がこの映像を見たら、「このシンジローというのは4代目の世襲か。ひどいもんだな。それにしても、この痩せて目がつりあがった顔は父親ソックリで独裁者顔だな。将来、こいつが総理大臣になると、またなにかやらかしそうな顔をしてんなw」と思うのではないだろうか。

で、まあ私が何を言いたいのかというと、確かに北朝鮮のやっていることはおかしい。だから日本人は北朝鮮ネタになると異様に盛り上がって批難をするわけだが、しかし日本という国も十分に同じレベルでおかしな国なのではないかということ。北朝鮮という国は、実は鏡に映った自分たちの姿なのではないかと。
実はそのことを日本人は本能的に感じ取っているから、北朝鮮のことになると過剰に反応するのではないかと私は思ったりしている。

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2010/10/01

郵便不正の証拠改竄事件 ~ これは検察庁の問題ではない

前エントリーでも触れたが、大阪地検の郵便不正証拠改竄事件のニュースが激減している。どこのテレビ局でもトップニュースは尖閣諸島問題で、その次ぐらいにやるのかナ、、、と思って見ているとまったく違うニュースへ行く。おかしいな、、、と思っていたら、NHKなどはついにこのニュースをまったく扱わなくなったそうだ。

・植草一秀の『知られざる真実』
大阪地検証拠改竄事件業務日誌は指示に基く記述

NHKがそういう状態なら、他局も推して知るべしということだろう。

巷間、大阪地検特捜部の前部長と前副部長が逮捕されるというニュースも流れているが、逮捕された前田恒彦同様、最高検が徹底的な口裏合わせをしていることは間違いないだろう。なにしろ証拠の改竄、捏造機関なのだから。

ところで、、、
どうやら検察庁&メディアがこの事件を前田恒彦個人の問題に落とし込もうとしているフシがある一方で「前田恒彦という特定個人の問題にしてはいけない。これは検察全体の問題である」と主張している人も多い。
もちろん、この事件を前田個人の問題にしては絶対にいけない。しかし、私はたとえこれを検察庁全体の問題としてとらえたとしても、やはり矮小化だと思うのである。なんとなれば、これは霞が関の官僚全体の問題だからだ。
考えてもみられたい。国交省のダム建設、文科省の原子力行政、厚労省の年金問題、あるいは外務省の機密費問題、財務省の消費税増税、、、その他、あらゆる官庁がウソをつきまくってデータを改竄、捏造し、それを記者クラブメディアに渡して国民を洗脳するというのが、そもそもこの国の霞が関独裁の本質である。
しかも、長年にわたる「教育」が功を奏して、この国の国民はちょっとやそっとのこと、いやどんなにメチャクチャなことをやられてもまず怒らないし、まして暴動を起こすようなこともない。
警察官に電柱の陰で待ち伏せをされて、本当に些細などうでもいい違反で切符を切られても、「まあ仕方がないや、、、、」と渋々ながらも反則金を支払ってしまう従順な国民である。
ましてメディアによる報道に疑いの眼を向ける人はまだまだごく少数で、NHKや朝日新聞が報じる捏造ニュースは乾いた砂に水がしみ込むように浸透していく。
私は日本にきちんとした民主主義が根付くには、どうしてもここの部分を変えていかなければならないと思う。
そのためにも、今回の郵便不正の証拠改竄事件は前田個人、あるいは検察庁ごときの問題に矮小化することなく、霞が関全体、そして記者クラブメディア全体の問題としてとらえるべきだと思うのである。

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