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2010/09/28

菅政権が抱える「正統性」という問題

先週の「久米宏ラジオなんですけど」のメッセージテーマは「大阪と私」。これを聴いていたら、泥沼に突入している尖閣諸島問題について、「大阪のおばちゃんに交渉させたほうがうまいくいくんじゃないか」というメールがいくつかあった(^_^;)。
ティッシュを配っている人に「あと3つちょーだいな」と言い、電車の座席に10センチの隙間があると「バッグを置かせてえな」と言う大阪のおばちゃん
「ひょっとすると、ホントに大阪のおばちゃんにまかせたほうがいいかもナ」と思うほどに尖閣諸島の問題で菅政権はフラフラのヨタヨタである。
だが、私はこのフラつきぶりを見ていると菅政権の外交能力を云々する以前に、もともと政権の正統性に問題があるのではないかと思う。

そもそも、、、

今月行なわれた民主党代表選は、本来ならば小沢一郎代表の任期終了に伴って行なわれるべきものだった。
ところが小沢代表は昨年3月に「西松建設事件」で秘書の大久保隆規が逮捕されたことでメディアから大バッシングを浴びて辞任し、鳩山由紀夫が代表に就任。小沢一郎は選挙担当の代表代行に就任して衆議院選挙を圧勝に導いた。
では、この「西松建設事件」とは何だったのか? これは前エントリーでリンクを貼った動画の中で田中良紹が述べているように(19分過ぎから)、「郵便不正事件」と同じ経過をたどっているのである。
つまり昨年、小沢一郎を代表辞任に追い込んだ「事件」は現状、まったくうやむやな状態になっているのだ。
その後、大久保秘書は陸山会の4億円不記載問題で石川知裕議員と一緒に逮捕され、地検は「西松建設事件」の公判で訴因変更を申請してこれが認められた。
しかし、「西松建設事件」は、少なくとも歴史的な政権交代を経て一人の代議士が総理大臣に就任する機会を奪ったものである。その「事件」の公判がまともに維持できていなかったといのうであれば、これはもうそれだけで大問題である。にもかかわらずこの事態をメディアはまったく報道しない。

さて、昨年の衆議院選挙の勝利に伴って誕生した鳩山政権は、これもまた普天間問題でメディアからの激しいバッシングを受け、そして幹事長に就任した小沢一郎も政治資金管理団体の問題をまたまた捏造され(何しろこの件で大久保秘書の調書をとったのが前田恒彦なのだ)、結局、この二人は辞任することになる。
そうして出来上がったのが第一次菅政権だが、私はこの政権には正統性があったと思う。なぜなら、その経緯はともかく、民主党として政権運営を安定させるためには参議院選挙にどうしても勝たなくてはいけない必要があったからだ。そのための総理大臣交代は政党政治にあっては間違いではない。

ところが、、、

菅直人はこの大事な参議院選挙に記録的な大敗を喫してしまった。なにしろこの議席数の差は一回や二回の選挙では取り戻せないほど大きなものである。結果、日本の政治はこれから少なくとも十年ぐらいは不安定にならざるを得ない。
であれば、菅直人はこの時点で責任をとって総理大臣と民主党代表の座を辞任しなければならなかった。
ところが菅は代表選に出馬し、本来ならば総理大臣としてこの代表選を迎えるはずだった小沢一郎と争うことになった。そして、メディアによる総力をあげた菅直人擁護と小沢バッシングが功を奏して、この代表選の勝者は菅直人になってしまった。
このような経過を経て出来上がった第二次菅内閣は、露骨な論功行賞人事を行なった。といっても菅が評価したのは衆議院選挙や参議院選挙という国政選挙の論功ではなく、民主党代表選挙という内向きの選挙の論功である。
結果、前原誠司という国交相としてダム問題もJAL問題も何も解決できなかった無能な人物を外務大臣に起用する一方、原口一博や長妻昭(この人物は菅直人を支持していたが)といった政権交代に論功のあった人物を外すという愚行に及んだ。
党役員人事においてもそれは顕著で、枝野幸男は幹事長として参議院選挙に敗北したにもかかわらず、幹事長代理に就任し、担当する分野は選挙だという。
つまり、第二次菅政権というのは、もともと正統性のない総理大臣に対する個人的な論功、信賞必罰の論理によって貫かれているのであって、要するに徹頭徹尾、正統性のない政権である。
尖閣諸島の問題で中国が非常に強気に出る根底にあるのは、そういうこの政権の脆弱性を見抜き切っているからではないかと私は思う。

ところで、、、

この尖閣諸島の問題でメディアが一色になる一方で、大阪地検に関するニュースがどんどん減っている。
いま現在、前田恒彦は身内である検察に匿われている状況にある。そういう状況で関係者が口裏合わせをし、自分たちの組織にとって都合のいいストーリーを作っている可能性は極めて高いだろう。となると次にメディアからこの事件に関する情報が流れて来る時には、すべてこのストーリーに沿ったものになる。
そして、すでにこの件については前田という人物の個人の資質で事態を決着させようというフシが見え始めている。
私は視聴していなかったが、この事件を扱ったNHKスペシャル「堕ちた特捜検察~エリート検事逮捕の激震~」という番組では検察批判の著書ということで画面に露出したのが、江副浩正の本でもなければ佐藤優でも佐藤栄佐久でも鈴木宗男でもない、小室哲哉の本であったそうだ(※)。
尖閣諸島の問題はもちろん大事だが、そこにばかり目を奪われて大阪地検に関するニュースの監視を怠るわけにはいかない。

※参考リンク
・くろこの短語
 「反省なき特捜OB」

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2010/09/27

田中康夫×田中良紹 ~ 「検察神話」を解く!! 10/09/25

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2010/09/26

特捜部とメディア ~ 「久米宏 ラジオなんですけど」オープニングトーク

今日のTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」のオープニングトークはとても聴きごたえがあった。
何やらどんどん劣化していくTBSだけに、ますますこの番組は貴重なコンテンツになりつつある。

・2010年09月25日:オープニングトーク

※本題は4分50秒ぐらいから

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「小沢一郎政経フォーラム」レポート

9月24日に都内で開催された「小沢一郎政経フォーラム」に行ってきた。
一部、報道にも出たけれども、懇親会での挨拶で小沢一郎は「もし天が命ずることがあれば、自分の命を賭けてやらなくてはいけないという決意をいたしております」と発言して盛大な拍手を浴びた。
以下はその時の動画。ホテルの地下の宴会場で、ソフトバンクの回線の状態がきわめて厳しいなか、iPhone(しかも3G)でUSTREAMを使って中継した録画なので画質は悪いのはご容赦いただきたい(とくに最初の部分は乱れます)。


もう一つは、このフォーラムで講演した田中良紹の懇親会での乾杯の挨拶。こちらは音声のみ。


なお、この田中良紹の講演は記者クラブ問題、ロッキード事件について、「政治とカネ」についてなど大変に興味深いものだった。この講演も全部ではないが録音した(ただしiPhoneでの録音なので音質は悪い)。


・田中良紹講演 その(1)

・田中良紹講演 その(2)

・田中良紹講演 その(3)

この田中良紹の話のなかで、私が「なるほど!」と思ったのは以下の部分だった。

「(「田中角栄とは何か」という番組をつくるために)新潟へ行った時には、実は幕末維新、戊辰戦争に話が遡りまして、官軍に焼き打ちにされた長岡、県庁所在地を小さな漁村であって新潟に移されて、その後その官僚政府にいじめられた新潟、長岡。その恨みや反発、官僚政治に対する反発が田中角栄さんを支えているということを知りました。で、田中さんも、だから娘を福島へ嫁にやったり、あるいは北海道の開発ということを非常に考えている人だったと思いますが、そういうマインドがあったと思います。要するに、明治からのこの薩長藩閥政府がつくってきたいびつな日本の構造を変えようとしている。それがもしかしたら日本列島改造論かもしれないんですけれども、そういうことを感じたり、あるいは自民党の中で取材をしていても、数の論理とよく言われましたけれども、もしかすると戦後民主主義を体現しているのは田中さんじゃないかという気が私はその時したんですね」

実はかつて小室直樹先生は「自分がなぜ田中角栄を擁護するのか」ということについて、「もちろん角栄の政治家としての資質を評価しているからだが、もう一つ、会津出身の自分としては越後の角栄を守らなければいかん」というようなことを言っていたのである。
私は田中直紀という人が福島県から衆議院選挙に出たのは知っていたが、そのことと越後-会津を結びつけたことはなかったで、「なるほどーっ」と思ったのであった。

なお、このフォーラムのレポートは以下のブログにも詳しい。

・スピンアウト
小沢一郎政経フォーラムと田中良紹氏講演

・父さんの日記
「今度こそ静かに、しばらく充電します。そしてまた天命が降りることがあれば・・・」(小沢一郎 2010.9.24)

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2010/09/25

郵便不正事件の証拠改竄 ~ 郷原信郎×魚住昭「主任検事逮捕!証拠改竄! 特捜神話の崩壊」

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2010/09/22

郵便不正事件の証拠改竄 ~ 事件発覚のタイミングと検察、メディアの共通点

どうやら大阪地検特捜部の幹部は、事前に前田恒彦が証拠改竄をしていた事実を知っていたらしい(と言いつつ、これもまた検察からのリーク情報ではあるのだが)。

そうしてみると、今回の問題が急浮上したタイミングというのは絶妙である。
民主党代表選で小沢一郎が敗れ、鈴木宗男も実刑が確定。そして昨日は防衛省汚職事件で実刑が確定した元防衛省事務次官の守屋武昌が収監されている。
これらのことよりも前に今回の「スクープ記事」が出ていたら、検察としても相当に事態が複雑になったであろうことは容易に推察できる。
してみると、この「スクープ」がもし検察内の良識派による朝日への内部告発だとしても、相当にタイミングを見計らって情報を流しているという感は拭えない。

それにしても案の定ではあるが、メディアはこの前田という検事が昨年、西松建設の問題で逮捕された大久保秘書を取り調べたことについては言及したとしても、ではこの大久保公判がどういう経緯を辿っているかについてはまったく触れない。

・拙ブログ
西松事件の訴因変更こそ大事件ではないのか?

つまり、この大久保秘書の「西松事件」についても、検察は立ち往生していたわけである。
ところが、その後、この件は石川議員の公判ともどもまったく報道されなくなってしまった。
したがって、今後、メディアがこのことをきちんと報道するのか、たとえ報道したとしても前田個人の問題に矮小化していないかをしっかりと監視する必要がある。

もう一つ今回の証拠改竄事件で改めて思ったのは、検察とメディアの両者というのは単に気脈を通じているだけでなく、その手法においても酷似しているということだ。これもまた拙ブログを参照していただければ幸いだが、検察が最初に事件の構図を描き、それにしたがって証拠をつなげていくのと、メディアが最初にタイトルをたてて、そにしたがって事実をつなげて番組を作ったり記事を書いたりするのとは驚くほど似ている。
検察とメディアはそういう共通点があることで、持ちつ持たれつの体質をますます強めていったのだろう。

・拙ブログ
問題は最初にタイトルをたてること

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郵便不正事件の証拠改竄 ~ 古舘伊知郎のコメントに開いた口がふさがらない

TBSラジオ「Dig」のUSTREAMでの生中継を視聴していたら、神保哲生が番組終了後に今回の郵便不正事件のデータ改竄問題について、「検察内の良識派からの内部告発だったのではないか」というような推測を述べていた。
その可能性は私もあると思う。

ところで昨晩は普段は見ない報道ステーションという番組を録画して見てみた。
このなかで興味深かったのは、元東京地検特捜部長・宗像紀夫のコメントだった。他局に出演していた同じ特捜部OBが、今回の件を前田という人物個人の問題に落とし込もうとコメントしていたのに対して宗像は「起こるべきして起きた事件。最近、非常に危惧することがあって、事件の筋読みを最初に決めて、あとはどんな事実が違うんだと言ってもその通りに捜査を進めてしまうというケースが目につく。一大阪地検の特捜に起きた話というより、検察全体の問題としてとらえるべき」とコメントしている。
この宗像はリクルート事件の主任検事であった一方、福島県の佐藤栄佐久元知事の弁護をした人物でもある。その宗像は「危惧すること」の具体的な中身について語ったわけではないが、佐藤元知事の件や今回の郵便不正事件、そして小沢一郎の「政治とカネ問題」につながる大久保秘書の逮捕や陸山会の石川議員の逮捕も含まれているものと思われる(今年の初め、陸山会の問題が出てきた時に宗像は検察側の立場の人間としてテレビに出演していたが、政治資金の不記載の問題だけでは弱いということをハッキリと言っていた)。あるいは鈴木宗男についても「危惧」の中に入っているのかもしれない。
ま、それは当たり前の話で、私のような素人でも昨年から今年にかけての検察の暴走を目の当たりにすれば、さらに江副浩正や佐藤栄佐久の著書、郷原信郎の著書を読めば、これはいくらなんでも検察のやっていることがムチャクチャであることはわかる。
だから検察の問題については当ブログでも書いてきたし、そういう検察とメディアが作り上げる「空気」による世論操作をさんざん批判してきた。
しかし一方で、その「空気による支配」の一つの頂点を極めたのが先日の民主党代表選における小沢一郎攻撃であった。検察とメディアは小沢一郎に対して「政治とカネの問題がつきまとう古い体質の政治家」というレッテルを貼ること(=記号化)にまんまと成功し、思う存分、その記号を操作することで菅直人の勝利を呼び込んだわけだ。
ところがそれからわずか一週間後、郵便不正事件が主任検事の犯罪となった途端、そうした経緯を一切、棚に上げてメディアが検察批判を始めたのだから呆れてしまう。
以下は、昨日の報道ステーションで郵便不正事件の証拠改竄の話を締める際の古舘伊知郎、一色清、市川寛子のコメントである。

******
古舘「一色さん、これが本当だとするとえらいことですね
一色「本当、愕然としましたですね、検察への信頼が地に堕ちたという感じです。文書の偽造を調べていた検事が証拠文書を改竄していたっていうわけですから、これホント何をかいわんやという感じですよね。またこの改竄については、同僚で、この改竄について半年以上前に聞いていたというそういう話もありますよね。それからあと、この前田検事ですか、前田容疑者、重大ないろんな事件の捜査に関わってますよね、これまで。ですから検察総力を挙げて、とにかくこの事件の全容の解明と、それからこの前田容疑者がこれまで関わってきた事件の検証ですね。これにまあ全力を挙げないと信頼回復、それでも信頼回復できるのかどうかという感じがしますけれども。それと私、これ取り調べの可視化というのはもう避けられない動きになると思いますね」
古舘「まああのちょっと愕然とするのは、全部愕然とするんですけど、その中で改竄はしたかもしれないけれども、それは意図的じゃなくて遊んでた最中に起こったみたいなね、ことを言ってますよね。これが重大な事件をやってきた検事のセリフですかね」
一色「そうですね、本当にこの程度の人がこれだけの重大な事件の主任検事とか担当検事をやってたのかという、また驚きも出ますよね、そういうのを聞きますとね」
古舘「厚労省元局長の村木さんが言っていたようにですね、これはやっぱりいったい、たとえば村木さんをね、ここまで貶めるに至る動機はなんだったのかと。で、果たして先ほどからもずっと出ているように、果たしてこの検事一人だったのかと、ここに関わっていたのはっていうことをやっぱり徹底的にやってもらわなきゃいけないですね、これは
一色「そうですね、この検事は要するに自分がまあ評価されたいという、そういうことで事件をやっていくわけなんですけども、一方でおそらく村木さんは無実ではないかということは自分でわかりながらですね、そういうことをやっていたという構図になると思うんですよね。これはホントひどい話だと思いますね」
古舘「どうしてそういう構図を描いて、その方向ありと思って、厚労省の組織ぐるみなのか、それ以外のいろんなからみなのか、どうしてそういう構想を描いたのかというところからつまびらかにしてもらわないと納得できないですよね。
で、僕はもっと納得できないのはね。なんだろうと思うのは、たとえばこの一件は今後の捜査があるから置いといてもですね、それ以外にいろんな事件がありますよね。だいたい私たちもそれで騒ぐわけですよね。私たち自身、省みなければならないと思うんだけど、こうバッと騒いで、「悪いのはこいつだ」って決めて、そこで騒いで、さっ次っていっちゃうでしょ。ホントはそこに、それ以外にもいろいろ深ーく横たわっている問題があるんじゃないのというところを、これは小説やドラマや映画のエンディングにまかせている場合じゃないですよね、ホントのことを言ったら
市川「そうですね、私たちもしっかり足を止めて見ていかないといけないのかもしれないですよね
古舘「そこなんですよね
******

この連中、今ごろになって何言ってんの?と開いた口がふさがらないのは私だけだろうか?
(なお、本日のDigは郷原信郎、江川紹子が出演するそうです)

※関連動画
「生ヅメをはいだ」無罪判決と朝ズバ断定有罪報道

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2010/09/21

郵便不正事件 ~ 朝日の「スクープ」に感じる違和感

郵便不正事件における大阪地検の捜査の杜撰さを指摘する今朝の朝日新聞のスクープが話題になっている。
私もこの記事を読んでみた。確かに前田恒彦なる検事による証拠資料の改竄というのはとんでもないことではある。
だが、一方で私はもはやこの新聞社の書く記事については、すべてを疑ってかかることにしているので、いったい全体この記事がいかなる流れの中で出てきたのかを慎重に見極める必要があると思う。

そもそも郵便不正事件については、この新聞社の積極的な「調査報道」がきっかけとなっている。
下の画像は今年度版の新入社員向けのこの会社の会社案内の1ページだそうだが、得々とこの「スクープ」について書いている。

1

※参考ブログ
・憂き世の日々に埋もれて、たまには温泉へ
「ツィッターで「朝日新聞が会社案内で郵便不正事件スクープ記事で村木逮捕などを自慢」と初めて知った。そのクズ朝日に比して、裁判後会見で見せた村木元局長の知性と冷静」

「報道を受けて、大阪地検特捜部も2009年2月、強制捜査に乗り出しました。郵便法違反容疑などで、制度を悪用した複数の企業の幹部や、制度を悪用するために障害者団体と偽っていた団体の幹部、悪質な不正を見逃していた郵便事業会社員らを相次いで逮捕。さらに制度を利用できる障害者団体だと認める厚生労働省の証明書を偽造して、偽の障害者団体側に渡したなどとして厚労省の職員と局長も虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕しました。04年以降の捜査対象分だけで、不正に免れた郵便料金は約220億円にのぼり、計20人が立憲される大事件に発展しました。
 朝日新聞は、特捜部のこうした捜査の動向や、事件の構図なども検察担当の記者たちがスクープ。さらに、偽の障害者団体の幹部は国会議員の元秘書や支援者らで、不正に絡んで、国会議員や官僚、行政側に働きかけていたことなども調査報道で特報しました。」

まあ見事なまでの官マス合体の告白である。
つまり当時この新聞社では、「検察担当の記者」が「捜査の動向や、事件の構図」を特捜部からのリーク情報で書きなぐっていたわけだ。
「不正を告発する読者からの1本の電話をきっかけに、取材で不正の実態を掘り起こした成果」だそうだが、この電話が本当にあったかどうかは怪しいものである。

そういう、この事件をでっち上げた当事者から出てきた今回の「スクープ」には、単純に捜査の杜撰さを指摘する意図とは別の文脈がないはずがない。
したがって、この件についての「報道」は、表面的な事象に惑わされることなく、しばらくはその裏にある意図を見極める必要があると私は思うのだ。

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2010/09/16

民主党代表戦 ~ 議員秘書I君への手紙

I君、民主党代表戦、お疲れさまでした。
7月の参議院選挙では有田さんの選対に派遣され東奔西走、そして民主党代表戦でも小沢陣営の下っ端秘書として走り回ったことでしょう。二つの選挙と記録的な酷暑を合わせて、この夏はI君にとって後々まで記憶に残るものになるのではないでしょうか。

それにしても小沢先生の代表戦での敗北は残念でした。

振り返れば参院選、われわれが応援した有田さんは念願かなって初当選、それも民主党の比例区候補としてトップ当選という望外の結果を得ましたが、民主党全体としては参議院での過半数を失う大惨敗を喫してしまいました。
その最大の原因はどう考えても菅総理の消費税増税発言で、実際、選挙期間中は有田さんもその説明に追われたものでした。
選挙後に行なわれた参議院選挙を総括する両院議員総会での菅総理の虚ろな目を見ていると、とても昨年夏に日本の歴史上、初めての選挙による政権交代という“革命”を託された政党の現党首には見えませんでした。
にもかかわらず首相続投の意欲だけは示したこの人物を見て、私は暗澹たる気持ちになりました。

その後、何人かで集まって飲んだ時には「今度の代表選、小沢さんが出て欲しいなあ」「でも出ないんじゃないですか、、、」という話になり、それとは別に失業者である私が冗談で「市議選にでも出ようかな、、、」というと、「小沢新党で出ればいいじゃないですか」とか「無所属小沢系がいい」なんていうバカ話で盛り上がりました。

それからしばらくして小沢先生が代表選に出馬するかもしれない、、、という情報が流れてきました。
実は私は最初にこのニュースを聞いた時点で、今回は絶対に出馬するんじゃないかと思いました。そして、このタイミングで代表選に出るということは、われわれが思っている民主党政権に対する危惧、危機感と同じ思いを小沢先生も持っているはずだと確信しました。
その後、鳩山前首相が調整に入ったりして、一部メディアは出馬回避の方向と書き立てたけれども、その時点でも私は絶対に出馬すると思っていました。だから、代表選挙が行なわれると決まった時には気合いが入って、思わずI君にもメールを送ってしまいました。

※その時に書いたエントリーがこちら↓
・民主党代表選 ~ 断固として小沢一郎を支持する理由

しかし、その直後から予想通り、メディアによる常軌を逸した大々的な小沢バッシングが始まりました。これまでも小沢バッシングという現象は数多く見てきたけれども、スケールの点で過去に例のない、日本のメディア史上でも特筆すべき一人の人間へのバッシングであったと思います。それはまさに、独裁国家において民主化のリーダーを叩き潰す他国の例を想起させるものでした。
「マスゴミという言葉を使うのはよくない」と親しい友人に言われてしまったけれども、でもやっぱり私は総体としてメディアはマスゴミだったと思います。
それほどまでに過酷な状況の中で、それでも闘い抜いた小沢先生や支援した議員のみなさん、秘書のみなさん、地方議員のみなさんにはただただ頭が下がるばかりです。

結果は負けでしたが、しかしこの闘いは決して無駄なものではなかったし、それどころか新たな希望の光が見えてきたと私は思っています。
あれほどまでに大々的にマスゴミがネガティブキャンペーンをしているにもかかわらず、菅、小沢の二人が一緒に立会演説会をすれば圧倒的な小沢コールが湧き上がる。しかも、それが既存メディアとはまったく別のネットというルートからダイレクトに入ってくる。そこにはまさにメディアがマスゴミと言われる所以である意図的な編集の介在する余地はまったくなく、彼らが情報を捏造すればするほど、既存メディアに対する不信(=マスゴミ指数)が高まっていったと思います。
とはいえ、もちろんまだまだテレビ、新聞だけから情報を得ている人が圧倒的に多いことも事実です。一方、ネットの力はまだまだ弱い。それが今回の結果に表れたのでしょう。
しかしながら、実はマスゴミが菅圧勝と書き立てるほどにその差は開いていません。
たとえば、↓の人は私とはまったく違う立場だけれどもこんなことを書いています。

・花岡信昭「はなさんのポリログ」
菅首相の「大勝」は錯覚だ

そもそも長年にわたって一つの国を支配してきた権力を倒すのは簡単なものではありません。まして日本という国は明治以来、官僚が支配してきた独裁国家であって、そんじょそこらのヤワな独裁国家とは違うのです。その権力に対して一度や二度負けたからといってヘコタレている場合ではありません。中南米の反米諸国の根性を見習いましょう!(笑)。
あの金大中だって大統領の座に到達したのは70歳を越えてからです。それを考えたら小沢先生にはまだまだ頑張ってもらわなければなりません。
I君もその日が来るまで今の先生のもとでさらに研鑽を積んで立派な秘書になってください。
とりあえず次の飲み会でI君の一皮むけた姿を見るのを楽しみにしています。


※twitterではつぶやきましたが、このブログでは書かなかったことを記しておきます。
私は有田選対に入った時に民主党のサポーター登録をしており、したがって今回の代表選では投票権がありました。その投票用紙が↓です。

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2010/09/14

民主党代表選 ~ 子供手当はバラマキではない

いよいよ本日は民主党代表選の日。
革命は成就するや否や?
この選挙結果によって日本の行く末は大きく変わる。おそらく後世の歴史家もそう評価するだろう。
その大事な日を前にして、昨日は一つエントリーをアップしようと思っていたのだが、なんと熱が出てぶっ倒れてしまった。しかし、なんとか代表選までに間に合わせたいと思って続きを書いてアップする。

自民党というヘタレ野党の幹事長に就任した世襲政治家が、「小沢さんはバラマキ政策だから総理になっても協力できない」というようなことを言ったという。マスゴミに登場するコメンテーターと称する人物もこぞって小沢批判の中心に、このバラマキという言葉を使っている。

昨年、民主党政権になって子供手当の支給が始まるということになったとき、まだ会社員だった私は結婚はしているが子供はいない、自分よりやや年上の人から「給料は減ってるけど子供手当をもらえるんだからいいねー」と言われたことがある。
その時には何も言わなかったが、しかし心の中では「子供を育てるのにどれだけカネがかかるかわかってるのかいな」と思ったものだった。

現在、出生率は1.4人を切る水準にある。つまり女性一人が平均して子供を二人は産まない。これをもって世の中は一人っ子社会になっているという人がいる。が、これはあくまで統計上の平均値の話であって、私の印象では実数としては意外に一人っ子は少ない(ちなみに私¥も二人の子持ちである)。もちろん、以前よりも一人っ子率が増えてはいるのだろうが、子供がいる世帯は案外と二人以上である。
これは親の立場からすると、「二人を育てるのは大変だけど、でもやっぱり一人ではかわいそうだ」という心理が働くからだと思う。つまり結婚しても子供を作らない夫婦、あるいは結婚しない人たちが増える一方で、子供がいる家庭は二人以上の子供がいる、つまり0人か2人以上かという中で平均して1.3人ほどという数値が出てくるのだと思う。
そして、この時代、やはり子供を育てるのは大変だしカネがかかる。一人でも十分に大変だが、これが二人以上となるとさらに大変だ。

私に「いいねー」といった方は毎年、夏休みはご夫妻で海外に行って過ごされているが、私なんぞは子供ができて以来、プライベートで海外旅行なんて行ったことがない。つまりもう圧倒的に可処分所得が違うのである。
もちろん、子供をつくりたくてもできないというご夫婦もいる。が、自分たちの意志で子供をつくらないご夫婦も多い。私は別にそれを批難するつもりはない。子供をつくるということが純粋に現代の日本においてはものすごいリスクとなっていることは事実で、そんなリスクを背負うより気楽に夫婦二人で豊かな生活をしたいと思うのも人生の選択である。
ただ、そういうご夫婦もいずれはいまの若い人たちの世話にならなければ生きていけなくなる。
年金制度がどうなるかはわからないが、年を取れば介護だって必要になるだろう。そういうことを担うのはいまの若者たちであり、子供たちの世代である。しかも来るべき超高齢化社会の中で、若い人はどんどん減っていく。だとしたら、社会全体で彼らを育てていくという考え方はあっていいし、私は当然のことだと思う。
少なくともそういう想像力をちょっと働かせれば、子供手当程度の金額を「バラマキ」だとか「いいねー」だとかという結論は出てこないのではないかと私は思うのだ。

これまでの日本の仕組みは徹底して企業優先、なかでも大企業優先であった。つまり自民党政権においては大企業優遇という名のバラ撒きを延々と続けてしていたのであって、その結果、経済は強くなったが生活が真の意味で豊かになるまでにはいたらず、そうして気がついてみると一部の既得権益者だけがボロ儲けをする仕組みができ上がっていた。
小沢一郎はそのカネの流れを変える、今あるカネの使い道を変えるといっているだけである。にもかかわらず子供手当や農家の戸別所得補償はバラマキだ、財源がないなどというのは的外れな議論だ。

一方の菅直人はというと、消費税の増税に続いて今度は法人税の減税を言いだした。この期に及んで企業優先の社会に立ち返ろうというのだがら、これでは政権交代の意味はまったくない。どこぞの野党の幹事長が、菅直人とであれば話し合いの余地があるなどと放言するのもむべなるかなである。

と、こう考えていくと、この代表選の争点は昨年の衆議院選に立ち返ったものであって、その結果いかんによって国民生活が大きく変わることは間違いない。
かつて、ある自民党の世襲議員が「伸びていく人の足を引っ張るな」とヒステリックにわめいているのをテレビでみたことがある。これに対して小沢一郎は自由競争はもちろん必要だが、その前提としてきちんとセーフティネットを作らなければならないといっている。これは「すべてのものに平等に光を当てる」=「人間(じんかん)に光あれ」という政策だ。
そして小沢の場合、その上で国民一人一人に実は自立を促しているのではないかと私は思うのである。

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2010/09/13

民主党代表選関連 ~ 第3弾!民主代表選挙の「深層」 10/09/11

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小室直樹先生の訃報に接して ~ 田中角栄、小沢一郎、そして民主党代表選

先週の9日、ふと立ち寄った古本屋に小室直樹先生の『田中角栄の遺言 』(サブタイトルは「官僚栄えて国滅ぶ」)という本があった。本の状態は良く、帯には「“悪”に強いから、国が治まる 『最良の官僚は最悪の政治家である(マックス・ウェーバー)』」と書いてある。
折しも民主党の代表選挙がたけなわで、田中角栄の直系である小沢一郎はメディアから激しいバッシングを受けている。そうしたなか、ネット上では茂木健一郎氏による田中角栄に関する連続ツイートが話題になっていた。
私はこの本を買おうかなと思ったのだが、なぜか買わずに古本屋を出てしまった。
そうして帰宅の途次にツイッターを見ると、ある方から小室先生が亡くなられたのではないかというダイレクトメッセージが入っていた。しかしなかなか確認が取れない。結局その翌日、グーグル検索で小室直樹と入れてみたところ、副島隆彦氏の掲示板に行きつき、そこで訃報を確認した。

さて、、、
書きたいことは山のようにあるし、書けないことも山のようにある。
といいつつ、実は当ブログでは小室先生について2回ほど書いている。

・ある博士の思い出

・ある博士と立川談志

この時には名前を伏せていたが、この「ある博士」こそが小室先生である。
最初のエントリーでは小室先生に初めてお目にかかった時のことが書いてあるが、これは私が光文社に入社して2日目のことだった。中学ぐらいから朝日ジャーナルを読んでいた私は立花隆の「ロッキード裁判傍聴記」などを読んでいたため(今となっては失笑)、小室直樹というのは極右のちょっと頭のおかしいオッサンだと思っていた(小室先生ごめんなさい)。
ところが入社して2日目に直属の上司となった人物が「じゃ、これから小室さんのところへ行くから」という。私が教育を受けることになったこの上司は「ソビエト帝国の崩壊」で小室先生をスターにした編集者だったのである。
私以前にこの上司の部下となった先輩もやはり小室先生の担当をしており、そして私、さらに私の後輩で数年後に編集部に入ってきた新入社員もやはり小室先生の担当をした(この後輩の名前を「たぬきち」という)。
話を戻すと、だから私は最初に小室先生の家に行くと聞いた時にはエライことになったと思ったものである。そして実際にエライことになった(「ある博士の思い出」を参照してください)。

しかし、小室先生と付き合っていくうちに、私はすっかり小室先生のファンになっていった。
なにしろ、これほどまでに博識でなんでも知っている人は、後にも先にも見たことがない。そして輝かしい学歴を持ち、「大学の教授があまりにバカだから、その大学教授に勉強を教えていた」ともいわれる小室先生。でありながらどんな人とでも分け隔てなく話をしてくれた。今では考えられないことだが、当時の本の奥付には小室先生の自宅の住所が書かれており、時々、そこへやってくるファンもいたのだが、嫌な顔一つせず酒を飲みながら話をしているのだった。

週刊宝石の創刊時の人気企画の一つに「横山やすしの激情むき出し対談」というのがあった。これは私の入社前のことだが、この対談に小室先生が登場。小室先生は対談に入る前から酔っぱらっていたという。そして始まった対談は最初こそ「ソ連はけしからん」ということでやすしと小室先生は意気投合していたが、だんだんと雰囲気は怪しくなり、やすしが「あんたはいったい何なんや!」と言うと小室先生が「ルンペン」と答えたところでやすしが激怒! 結局、「出ていけ!」「ルンペンでなんで悪い!」と大決裂してしまった。
そして週刊宝石の担当はやすしを羽交い絞めにしておさえ、小室先生の担当である私の上司と先輩は泥酔した小室先生をズルズルと引きずって部屋を出たという。入社してからその当時の話を関係者から聞いたが、「あの時は大変だった、、、」とみんな口をそろえつつ、しかし誰もが楽しそうに話してくれたものだった。そして当時の週刊宝石では、その一部始終がすべてそのまま掲載された(ここらへんに当時の週刊宝石の勢いを見てとれる)。

どんどん話が脱線していくので再び話を戻す。
小室先生のご逝去を確認した私は、土曜日に再び件の古本屋に出向いて『田中角栄の遺言』(平成6年6月15日初版発行)を購入した。
以下、この本からいくつかの部分を引用してみる。

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 棺を蓋(おお)いて事定まる(『晋書』劉毅伝)という。だが、田中角栄は棺を蓋ってなお事は定まっていない。いまだ激しい毀誉褒貶の中にある。汗牛充棟の角栄論は、読者諸賢すでにご存じのとおりだが、最重要な論点にはまだ触れられていないのだ。気付かれてさえいないとまで言ったほうがいいだろう。
 それは、田中角栄こそが、唯一人の立憲政治家、唯一人のデモクラシー政治家であった、このことである。立憲政治すすんでデモクラシーの眼目は、議会を有効に機能せしむることにある。
 しからば、議会の最大の機能とは何か。自由な議論を通じて国策を決定することである。国権の最高機関として立法を行なうことである。角栄は、これを見事に実行した。そして角栄なき今、一人としてこの道を辿る者なし。
 では今、国権を行なう者は誰か。役人である。役人が法律を作り、解釈し、施行する。日本の国家権力は立法、司法、行政の三権のことごとくを役人に簒奪(さんだつ)されてしまった。デモクラシー死して、役人クラシーとなったのである。彼らの視野にあるのは、法律と前例と、自らの権限と昇進のみ。自由な意志、自由な言論とは無縁の衆生(しゅうじょう)である。
「最良の官僚は、最悪の政治家である」――役人は運命のい使(「いし」「い」は漢字 (命令))に甘んずるだけである。が、運命を駆使するところに政治家の本領がある(マキャヴェッリ)。
 役人が行なう政治ほど、危険な政治はない。戦前、戦中の軍人官僚の政治を見よ。
 かかるときに、ああ、この内患外憂――。もしもデモクラシーを信奉するならば、今こそ角栄が鑽仰(さんぎょう)される。欣求される。

(「まえがき」より)
******

******
 デモクラシーというと、多くの日本人は、完全無欠で人類が到達した最高の政治形態だと思っている。とんでもない。デモクラシーの評価については、古代ギリシア以来、論究されてきた。古来、批判者、否定者も多い。デモクラシーの熱烈な支持者であればあるほど、その欠点に敏感である。これは刮目すべきことである。はじめに、注意しなければならない点が二つある。
 まず第一に、これは人間の自然状態(natural state)ではなく、めったにないものだということ。デモクラシーは三〇〇〇年に一度咲く仏典にいう優曇華(うどんげ)の華のように珍しい。

(中略)

 したがって、もしもデモクラシーを欲するならば、滅多にないかよわいものなのだから、常に守り育てていかねばならない。そうしないと、あっという間に消えてなくなる。デモクラシーが、自然現象のごとく、自然そこにあるものだという考え方は、とんでもない間違いである。

(中略)

 つまりデモクラシーにはベラボウにカネがかかる。それは、デモクラシー諸国における常識である。デモクラシーを自然状態に放ったらかしておいても存続しつづけるなんて、彼らはけっして考えない。まことに貴重なものだから、膨大なおカネをかけても、これを維持する値打ちがあると思っている。
 ところが日本人の考え方はまったくの逆。政治改革に関する論議は、金権政治はよくないから、カネがかからない政治にしようというのが、犯すべからざる大前提になっている。
 これは、実はデモクラシーの否定につながる。カネをかけてでも守りたいのがデモクラシーなのに、カネがかからず、腐敗、堕落さえしなければいいという。思い出してもみよ。大正デモクラシー(当時、民本主義と訳された)が、相当に発達したにもかかわらず、一気に崩れたことを。議会の政党が、政友会も民政党も金権政党に堕落して、汚職に次ぐ汚職、国民は、これに愛想を尽かしたからだが、その直後に軍部独裁政治が始まった。
 すなわち、日本人には汚職をデモクラシーのコストと考えるセンスがなかった。膨大なカネがかかるものだということを国民が理解していなかった。そこで軍人と右翼が暴れて、血盟団事件、それから五・一五事件、二・二六事件が起こり、ついにデモクラシーは葬り去られた。ところが、その後にできたのが近衛文麿の政治であり、その後の軍人政権。
 今度は堕落しない。近衛文麿は、生まれながらにして天皇陛下の次にエライのだから、悪いことをする必要がない。その後の軍人も、イヤイヤながら首相になった。だから首相も閣僚もカネに関しては清潔だった。だが、その政権が歩んだ道は、あの戦争ではなかったか。

(中略)

 日本人がデモクラシーの本質に無知で、田中角栄を殺したために、角栄の呪いか天意か、立法も司法も行政も、日本の三権はすべて、役人が独占するところとなってしまった。
 下剋上は日本史の通例ながら、今や、公僕変じて権力者となる。豈、偶然ならんや。
 しかも――ここが致命的な点なのだが、日本人はまだ、ことの重大さに気付いていない。暗愚な殿さまが、弑殺(しいさつ)されるまで簒奪者に気付かないように。
 日本のマスコミは、汚職を報ずるときには、春先のドラ猫のごとく喧噪をきわめる。だが、役人の横暴を伝える段になると、監督官庁を恐れるあまり、われ関せず焉(えん)。政治家がことごとく官僚の傀儡と成り果てた事実を白日の下に晒しても、風(ふう)する馬牛(ばぎゅう)も相及(あいおよ)ばずで、関心を示さない。
 官僚による政治がいかに恐ろしいか、その解明が本書の主テーマの一つである。

(「プロローグ――誤解だらけのデモクラシー理解」 デモクラシーには膨大な金がかかる より)
******

いかがだろうか。この後にYouTubeにアップした動画を二つ貼りつけるが、そこに投稿されたコメントの中に「現在いろいろ言われてる争点が全部出てますねw」と書かれたものがあったが、上の文章にも今日の、そして目前に迫っている民主党代表選の争点がクッキリと浮かび上がっている。
と、ここまで書いたところで有田芳生さんのブログを見たら「小沢一郎さんの時代認識」というタイトルのエントリーがアップされており、その中にこう書いてあった。
「ここで9日に参議院選挙で当選した議員と小沢一郎さんとの懇談で印象に残ったことを記録しておく。まず代表選への立候補について「私にできるのだろうかと自問しながら判断した」ことと周辺の支持者に押されたことが大きかったという趣旨を語っていた。いちばん驚いたのは時代認識であった。「この閉塞感のなかにあって、このままではかつてのようにナショナリズムが高まることで、日本はさらに危険な情況になる」と小沢さんは言った。」

民主党代表選を小室先生はいかに見ていたか、またその結果をどう分析したか。
今となっては聞くことができない。
まことにもって残念の極みである。


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2010/09/09

民主党代表選関連 ~ 田中良紹 あぶりだされるこの国の姿

・田中良紹の「国会探検」

全文転載

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あぶりだされるこの国の姿

 民主党代表選挙によってこの国の姿があぶりだされている。「官僚支配」を続けさせようとする勢力と「国民主権」を打ちたてようとする勢力とがはっきりしてきた。

 アメリカは日本を「異質な国」と見ている。「異質な国」とは「自由主義経済でも民主主義でもない国」という意味である。ある知日家は「日本は、キューバ、北朝鮮と並ぶ地上に残された三つの社会主義国の一つ」と言った。またある知日家は「日本の司法とメディアは官僚の奴隷である。そういう国を民主主義とは言わない」と言った。

 言われた時には反発を感じた。「ロシアと中国の方が異質では」と反論したがその人は首を横に振るだけだった。よくよく自らの国を点検してみると言われる通りかもしれない。何しろ百年以上も官僚が国家経営の中心にいる国である。財界も政界もそれに従属させられてきた。「官僚支配」が国民生活の隅々にまで行き渡り、国民にはそれが当たり前になっていておかしさを感じない。

 北朝鮮には顔の見える独裁者がいるが、日本には顔の見えない「空気」がある。「空気」に逆らうと排斥され、みんなで同じ事をやらないといけなくなる。その「空気」を追及していくと長い歴史の「官僚支配」に辿り着く。それが戦後は「民主主義」の衣をまとった。メディアは「官僚支配」を「民主主義」と国民に信じ込ませてきた。

 確かに複数の政党があり、普通選挙が行なわれ、国民の意思が政治に反映される仕組みがある。しかし仕組みはあっても国民の意思で権力を生み出す事が出来ない。どんなに選挙をやっても自民党だけが政権につくカラクリがあった。社会党が選挙で過半数の候補者を立てないからである。つまり政権交代をさせないようにしてきたのは社会党であった。表で自民党、裏では社会党が協力して官僚は思い通りの国家経営を行ってきた。

 民主主義とは与党と野党が権力闘争をする事である。そうすれば国民が権力闘争に参加する事が出来る。選挙によって権力を生み出すことが出来る。ある時はAという政党に権力を与え、次にBという政党に権力を与える。AとBは権力を得るために切磋琢磨する。それが官僚にとっては最も困る。異なる二つの政策の政党を両方操る事は出来ないからだ。それが昨年初めて政権交代した。

 官僚の反撃が始まる。政権与党に分裂の楔を打ち込む工作である。一つは「政治とカネ」の攻撃で、もう一つは野党に昨年の選挙のマニフェストを批判させる事で民主党の分裂を誘った。最大の攻撃対象は小沢一郎氏である。それさえ排除できれば、民主党も自民党も手のひらに乗せる事が出来る。小沢なき民主党は自民党と変わらなくなる。それが官僚の考えである。案の定、昨年の民主党マニフェストが批判されると菅総理は自民党と似たような事を言い始めた。

 従って民主党代表選挙は「政策論争」の選挙になる筈だった。積極財政を主張する小沢氏と緊縮路線の菅氏の政策競争である。小沢氏は政策を掲げて路線も明確にした。ところが菅氏が路線を明確にしない。「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と経済政策としては全く意味不明の事を言いだし、次いで「政治とカネ」を争点にした。

 積極財政と緊縮財政は、かつて自民党内の党人派と官僚出身がそれぞれ主張した事から、「政治主導」か「官僚主導」かに分類する事は出来る。また総理就任以来の菅総理の言動は財務省官僚のシナリオであるから、自民党の竹下元総理と同じである。かつて大蔵省の言う通りの政権運営をした竹下氏を金丸氏や小沢氏が批判して経世会は分裂した。

 それだけ見ても小沢VS菅の争いは「政治主導」と「官僚主導」の戦いだが、菅氏が「政治とカネ」を持ち出した事でさらにその意味が倍加された。「政治とカネ」はロッキード事件以来、検察という行政権力が政界実力者に対して犯罪とも思えない事案をほじくり出し、それをメディアに騒がせて国民の怒りを煽り、無理やり事件にした一連の出来事である。

 小沢氏の疑惑も何が事件なのか元司法担当である私にはさっぱり分からない。騒いでいるのは検察の手先となっている記者だけだ。メディアは勝手に小沢氏を「クロ」と断定し、勝手に「政界追放」を想定し、勝手に「総理になる筈がない」と決め付けた。小沢氏が代表選に立候補すると、自分の見立てが外れて慌てたのか、「あいた口がふさがらない」と相手のせいにした。無能なくせに間違いを認めないメディアのいつものやり口である。

 メディアはこれから必死で小沢氏が総理にならないよう頑張るだろう。世論調査をでっち上げ、選挙の見通しをでっち上げ、足を引っ張る材料を探し回る。世論調査がでっち上げでないと言うなら、いくらの費用で、誰に調査させ、電話をした時間帯、質問の順序、会話の内容などを全て明らかにしてもらいたい。街頭インタビューと同様、あらかじめ決めた結論に合ったデータを作る事などメディアにとっては朝飯前だ。

 メディアが頑張れば頑張るほどメディアの実像が国民に見えてくる。メディアは今自分があぶりだされている事に気づいていない。自らの墓穴を掘っている事に気づいていない。

 「政治とカネ」が裁判になると「事実上は無罪だが有罪」という訳の分からない判決になる事が多い。しかし政治家は逮捕される前からメディアによって「クロ」にされ、長期の裁判が終る頃に「事実上の無罪」になっても意味がない。アメリカの知日家が言う通り、この国の司法は民主主義国の司法とは異なるのである。

 それを裏付けるように最高裁判所が9月8日、鈴木宗男氏に「上告棄却」を言い渡した。民主党代表戦挙の1週間前、北海道5区補欠選挙の1ヵ月半前である。多くの人が言うように一つは小沢氏を不利にする効果があり、もう一つは自民党の町村信孝氏を有利にする効果がある。最高裁の判決は二つの政治的効果を狙ったと疑われても仕方がない。疑われたくなければ10月末に判決を出しても良かったのではないか。

 北海道5区の補欠選挙への鈴木氏の影響力は大きいと言われた。自民党最大派閥の領袖が民主新人に敗れるような事になれば町村派は消滅し官僚にとって都合の良い自民党は痛手を受ける。だからその前に判決を出した。民主党代表選挙に関して言えば、その日開かれた菅陣営の会合でいみじくも江田五月氏が言及した。「だから菅さんを総理にしよう」と発言した。最高裁判決は菅氏を応援しているのである。
 
 司法もまたその実像を国民の前にさらしている。行政権力に従属する司法が民主主義の司法なのか、国民はよくよく考えた方が良い。それを変えるためには国民の代表が集う国権の最高機関で議論してもらうしかない。

 江田氏が最高裁判決に言及した菅陣営の会合での馬渕澄夫議員の発言にも驚いた。「民主主義は数ではなく、オープンな議論だ」と言ったのである。すると民主党議員の間から拍手が巻き起こった。申し訳ないが民主主義を全く分かっていない。重大な事案をオープンな場で議論する国など世界中ない。どんな民主主義国でも議会には「秘密会」があり、肝心な話は密室で行なわれる。

 日本の国会が異常なのは「秘密会」がない事だ。重大な話は官僚が決め、政治家に知らされていないので「秘密会」の必要がない。オープンな場で議論できることは勿論オープンで良いが、それだけで政治など出来る訳がない。「オープンな議論」を強調する議員は「官僚支配」を認めている話になる。政治主導を本当にやるのなら、「オープンな議論」などという子供だましをあまり強調しないほうが良い。

 民主主義は数である。国民の一票が大事な制度だからである。それをおろそかにする思想から民主主義は生まれない。政策を決めるにも一票が足りずに否決される事を考えれば、数がどれほど大事かが分かる。それに加えてアメリカでは「カネ」が重視される。「カネ」を集める能力のない人間は政治家になれない。

 菅陣営にはそういうことを理解する人が少ないようだ。この前の国会でも「オバマ大統領は個人献金でヒモ付きでないから、金融規制法案も提案できるし、核廃絶を言う事も出来る。企業の献金を貰っていたらそうはならない」と発言した民主党議員がいて、菅総理がそれに同調していた。

 とんでもない大嘘である。オバマの個人献金は全体の四分の一程度で、ほとんどはウォール街の金融機関からの企業献金である。企業から献金受ければ政治家は企業の利益のためにしか働かないというのが下衆の考えなので、献金を受けても政策はそれと関係なく実行するのが政治家である。核削減も平和のためと言うより米ロの交渉に中国を加えたいのがオバマの真意だと私は思うが、とにかく献金を受けるのが悪で貰わないのが善という驚くほど幼稚な議論をこの国は続けている。

 政治家が幼稚であれば官僚には好都合である。このように民主党代表選挙は図らずもこの国の様々な分野の実像を見せてくれる契機になった。そして改めて対立軸は「官僚支配」を続けさせる勢力と、昨年の選挙で初めて国民が実感した「国民主権」を守る勢力との戦いである事を認識させてくれる。
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・あぶりだされるこの国の姿

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民主党代表選 ~ 本日の朝日のクズ記事

本日の朝日新聞は社説、天声人語とも大したことはなかったのでネット上でチェックした時点は書くことはなかったのだが、図書館で紙面を見たら小枠の記事でこれでもかというほど恣意的な記事を垂れ流していた。そこで、以下二つの記事を俎上に上げます。


その1
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原口氏、「ポスト小沢」狙い?

支持表明 前原氏らに対抗

 原口一博総務省が8日、民主党代表選で小沢一郎前幹事長の支持を表明した。同世代の有力議員らが菅直人首相支持を表明する中、あえて反対側に回った。(※1)党内に基盤を持たない原口氏の支援表明に、「ポスト小沢」の座を射止める狙いとの見方も出ている。(※2)
 原口氏は記者会見で「私たちには見えない地平を見ている」と、小沢氏をべたぼめした。(※3)前原誠司国土交通相ら非小沢系閣僚は菅氏支持を明言しており、原口氏が「親小沢」にかじを切ったことで次世代の対立構図が明確になった。
 新進党から初当選した原口氏にとって小沢氏は「生みの親」だ。一方、会見では菅氏を「希有なリーダー」と持ち上げるなど、どっちつかずの発言も。(※4)「優等生的な政治だけでは、国民の求める変革はできない」という自らの言葉を実践できるかが、原口氏の今後を左右しそうだ。(※5)(伊東和貴)
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まあタイトルからしてひどいですね。最大限ネガティブな印象を記事の対象者に与えるタイトル。しかもそれはただの憶測。

※1あえて反対側に回った。
「あえて」という根拠がまるでなし。「反対側」という表現も意図的。ここでは「原口氏は小沢氏を支持した」とだけ書けばいいところをわざわざ自分たちの価値観である「菅支持=正」に対して「反対=悪」のイメージを植え付けている。

※2「ポスト小沢」の座を射止める狙いとの見方も出ている。
菅陣営からコメントを取ればネガキャンとしてこのぐらいの発言は出てくるだろう。それが自分たちの願望と合致しているものだから、「見方も出ている」という表現で垂れ流す。もちろん否定はするだろうが、最低限、原口にそれが真意かどうか当ててみろよ。

※3小沢氏をべたぼめした。
原口は小沢を評価しているだけなのに、わざわざ「べたぼめ」という言葉を使っている。これも単なる記者の主観でしかない。

※4一方、会見では菅氏を「希有なリーダー」と持ち上げるなど、どっちつかずの発言も。
菅内閣の一員なんだからバランスを取る発言をするぐらいは当たり前だろう。それを「どっちつかず」と表現するいやしさ。

※5原口氏の今後を左右しそうだ。
意図的な修飾語をつけることでさんざん自分たちの誘導したい方向にリードしながら、それを前提にして最後に「しそうだ」という根拠のない憶測をつける。マスゴミのテクニックといえばテクニックだが、下種の文章の見本。


その2
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小沢陣営「最悪のタイミング」・菅陣営「政治とカネ卒業を」

鈴木宗氏の上告棄却 野党、民主の責任追及

 新党大地代表の鈴木宗男衆院議員の最高裁への上告が棄却され、国会で会派を組む民主党に波紋が広がった。鈴木氏は代表選で小沢一郎前幹事長を側面支援しており、小沢陣営には痛手となりそうだ。※6=1面参照
 鈴木氏は8日の記者会見で、党代表選の最中に最高裁が上告棄却を決定したことについて「意図的な政治的な判断があったのか、小沢さんの立場に立てば、ひっかかりを感じる」と語った。
 昨年の西松事件以来、鈴木氏は小沢氏に助言を続け、擁護論の先頭に立った。代表選でも態度を鮮明にしていない議員に小沢氏支援を働きかけており、小沢グループ幹部は「最悪のタイミングだ」と肩を落とした。(※7)
 一方、菅直人首相陣営の江田五月前参院議長は8日夕、国会内で開いた陣営の集会で鈴木氏の問題を取り上げた。「なかなか面白い政治家でつらいが、政治とカネの問題は卒業しなければいけない。そのための選択は菅直人だ」と呼びかけた(※8)陣営幹部は「小沢氏の政治とカネの問題に改めて国民の注意を喚起することになる」として、首相に有利になるとみている。(※9)
 一方、野党側は鈴木氏を外務委員長に指名した横路孝弘衆院議長や民主党に矛先を向けた。自民党の大島理森幹事長は「国会の権威を守るため、議長の責任を厳しく問うていく」と批判。共産党の市田忠義書記局長は「国務大臣の権威と地位を利用してわいろをもらうのは恥ずべき犯罪行為。民主党の責任が問われる」と語った。(※オマケ)
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※6小沢陣営には痛手となりそうだ。
前の記事に続いて根拠のない憶測。ちなみに私がネットを中心に見ている限りでは、「菅、仙谷&官僚は政敵を潰すためにここまで露骨なことをやるのか」という声が圧倒的で、むしろ正体丸出しの菅陣営に痛手。

※7、小沢グループ幹部は「最悪のタイミングだ」と肩を落とした。
その幹部の名前を出せ。この記事においてここの部分は非常に重要な部分である。にもかかわらずそれを匿名にして、あたかもそれが小沢グループの総意であるかのような印象操作をする。これも世論操作のテクニック。

※8「なかなか面白い政治家でつらいが、政治とカネの問題は卒業しなければいけない。そのための選択は菅直人だ」と呼びかけた
この記事を書いている記者は江田五月の言葉をここぞとばかりに大喜びで書いたのだろうが、私は今回の鈴木宗男の問題をそのような認識でしか捉えられない江田五月のアホ、マヌケぶりに呆れ果てたですよ。そして私の見ている範囲では、ネット上を初めとして少なからぬ人が同じような思いを抱いている。

※9陣営幹部は「小沢氏の政治とカネの問題に改めて国民の注意を喚起することになる」として、首相に有利になるとみている。
明日、郵便不正事件について、厚生労働省元局長であった村木厚子氏の判決が出る。しかもほぼ間違いなく無罪判決だ。もはや国民は検察の捜査がいかに意図的、恣意的なものであるかを知っている。したがって、むしろ鈴木宗男の収監に関連づけて「小沢氏の政治とカネの問題」をメディアが喚き立てれば立てるほど、何が真実なのか「改めて国民の注意を喚起することになる」だろう。

※オマケ共産党の市田忠義書記局長は「国務大臣の権威と地位を利用してわいろをもらうのは恥ずべき犯罪行為。民主党の責任が問われる」と語った。
相変わらず検察の主張を全面的に信じて、権力による弾圧を受けている議員を非難する共産党サン。サヨナラー (^_^;)/~~~~~~

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100909鈴木宗男氏インタビュー ~ 岩上安身

下記の引用は以前にも紹介したが、何度でも繰り返したいと思う。

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「われわれは印象社会とでも呼ぶべき牢格子=島国のなかに囲い込まれているが、その印象の表面をあくまで印象としてかき回す、いわば記号操作こそが、最高度に達した権力の手法にほかならないのである。」
「マスコミと裁判所は権力の手法の二大武器だ。そして、それらはみごとに重なっている。」
(1989年7月31日初版 岡庭昇著 『この情報はこう読め』より)
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民主党代表選関連 ~ 注目ブログエントリー―‐「数の論理」と「菅直人の変節」

以下、二つのブログエントリーの紹介。

まず、9月8日付の朝日新聞については私も書いたのだが、「くろねこの短語」さんが的確な指摘をしていらっしゃる。

・くろねこの短語
*****
 でも、菅君も小沢君を批判するときに、「数の論理」ってことを良く言うけれど、まずは多数意見を集約していくことが民主主義の根幹なんじゃないのか。菅支持65%なんてのも、その「数」に意味があるからこそ、これが「民意」だってマスメディアは言ってるんでしょ。つまり、「数」を否定したら、世論調査なんて成り立たないってこと。政治だって同じこと。なにも、「多数=正義」なんてことじゃなくて、とりあえずの目安なんだよね。だから、「数の論理」を否定するってことは、民主主義を否定することにもつながるんじゃないかと思うけどね。
*****
詳細はこちら↓
数の論理」

朝日新聞は小沢一郎を「数の論理」だとしてぶっ叩いているが、その朝日が民主党議員、党員、サポーターに対して菅直人に投票を促すべく錦の御旗にしているのは、世論調査という(正体不明の)「数の論理」であるということに、この社説子は気づいていないご様子で(^_^;)。


もう一つは菅直人という人物の大変節について。

・世に噛む日々
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今年一月、衆議院予算委員会で、当時の菅財務大臣は、消費税増税にかんして「逆立ちしても鼻血も出ないほど、完全に無駄をなくしたと言えるまで来たとき、必要であれば措置をとる」と述べ、無駄削減を徹底した上で検討することを明言していました。
*****
詳細はこちら↓
政治史上かつてないほどのひどい変節を遂げた菅直人という政治家

そういえば朝方、twitterのTLを見ていたら、こんなつぶやきがあった。

「菅という男は検察裏金疑惑を暴露しようとした三井環が「菅に相談」したら翌日にしょっ引かれ、石井議員は特別会計の事を国会で質問しようとして「菅に相談」したら翌日の朝刺殺された。そして石井議員の資料はなくなった。」

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民主党代表選関連 ~ 二見伸明 「世論調査」至上・万能主義は恐ろしい

・二見伸明「誇り高き自由人として」

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 マスコミの世論調査が出揃った。予想どおりと言うべきか、各社が談合したかのように「首相にふさわしい」菅65%前後、小沢17%前後である。私は、かつて、「たかが世論調査、されど世論調査」を寄稿し、世論調査の限界と問題点を指摘したが、今回の「世論調査」は悪質で、あきらかに恣意的である。
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つづきはこちら↓
「世論調査」至上・万能主義は恐ろしい

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2010/09/08

民主党代表選 ~ もはや朝日新聞の言っていることはヤクザの因縁である

小沢一郎は自分が総理大臣に就任した暁には記者会見をオープンにすると断言している。
ところがこれについて言及している大手メディアはない。日頃、小沢一郎をオープンでないと非難しているメディアは、記者クラブ主催のクローズドな会見がオープン化されるのがよほど気に入らないのだろう。
また、小沢が総理になれば新聞、テレビのクロスオーナーシップの問題にも手をつけるだろうし、さらに官房機密費というカネと政治記者、ジャーナリストの関係もオープン化される可能性がある。
つまりメディアにとって小沢総理誕生は既得権益を奪われた上に過去の悪事が晒されるという最悪の事態、悪夢が現実のものとなる事態だ。
現状、それをなんとしても阻止するのが全メディアの一致した至上命題なのであって、その本性が日に日に露わになっていく。

昨日の朝日新聞の天声人語。これがひどかった。

・憂き世の日々に埋もれて、たまには温泉へ
都市伝説で名文とか勘違いされ続けて来た朝日新聞の「天声人語」だが、その素晴しき哲学、倫理観のなさを7日付けコラムで晒してくれてた

「民意という川は、菅さんを浮かべ、小沢さんを沈めたがっていると見ていいだろう」
「だが小沢さんの出馬には、どこか「私闘」の影がさしていないか。権力ゲームでジリ貧になる焦りから勝負に出たような――。このあたりの陰影に人は鈍くはない」

まあひどい表現であるが、つまるところ朝日新聞は「菅さんを浮かべ、小沢さんを沈めたがっている」のであって、そこには全面的に「私闘の影がさして」いる。既得権益が「ジリ貧になる焦りから勝負に出た」のであろうが、ネット時代の今、「このあたりの陰影に人は鈍くはない」と言えるだろう。

そして今日の朝日新聞社説。

*****
民主党議員へ―派閥の論理と縁を切ろう

 民主党の国会議員に望みたい。
 今回の党代表選は事実上、日本の首相選びである。国民に代わって選択する極めて重い責務を委ねられている。その自覚を持って、自分自身で悩み、投票先を決めてもらいたい。
 残念なことに、責務への自覚が足りないのではないかと疑われる発言が、いかにも無造作に飛び出している。
 「私は小沢一郎さんに、総理にまで導いていただいた。ご恩返しをすべきだ」という鳩山由紀夫前首相の発言が典型である。
 一個人としてなら恩返しは美徳だろう。しかし、一国の最高指導者を義理や私情で選ばれたのでは国民はかなわない。自分だけならまだしも、グループの仲間にも同調を呼びかけている。
 鳩山氏に限らず、選挙で世話になったから、などと聞かされると、あまりに内向きの発想に驚かざるをえない。
 理想論だけでは政治はできない。そんな一面があることは否定しない。
 首相になるには数が必要だ。そのために自民党の派閥領袖(りょうしゅう)は資金集めに奔走し、選挙やポストで便宜をはかり、兵を養ってきたではないか、と。
 しかし、日本の政治はその改革の歩みの中で、「数の論理」「派閥の論理」を乗り越えようと試みてきた。(※1)
 中選挙区制では一選挙区に同じ党の候補が複数立ち、派閥対抗で争った。小選挙区制に改めれば党と党の戦いになる。サービス合戦は政策競争に変わり、公認やカネ配りの権限も執行部に移り、派閥の存在理由は薄れていく。
 かつて政治改革はそんな絵を描き、現実もそう変わりつつある。
 にもかかわらず、党内に巨大な議員集団を作り上げたのが小沢氏である。
 民主党と合流したころの自由党は30人ほどだったが、いま小沢グループは約150人。代表や幹事長として選挙や資金の実権を握り、党の力を背景に手勢を拡大していく姿は、改革の狙いからは明らかに外れている。(※2)
 幸いどのグループにも、上の方針をうのみにせず自分で考えようとしている人々がいる。態度を公表していない議員らが両候補の公開討論会を近く開くのも、それぞれ判断材料を得るためだろう。当然のことだが評価したい。
 支持者に意見を求めながら、共に悩んでいる議員もいる。それも歓迎だ。恩返しというなら、世話になった党の幹部よりも、一票を投じてくれた選挙民を大切にする方が筋が通る。
 いっそこの際、各グループこぞって自主投票を決めてはどうか。民主党への評価が高まるに違いない。
 本来なら、総選挙を通じ有権者が直接、政権党と首相を選ぶ時代である。派閥の論理とはきっぱり縁を切ろう。
 あくまで有権者に基盤を置きつつ、自らの頭で考え投票する。それでこそ議員は「国民代表」の名に値する。
*****

ここまでくるとこれは論説ではなく、ただ単なる自分たちの願望を勝手な論理で民主党議員に対して訴えているだけだと私は思う。ま、それだけ必死なのだろうが、、、

(※1)しかし、日本の政治はその改革の歩みの中で、「数の論理」「派閥の論理」を乗り越えようと試みてきた。

私はこれが何を言いたいのかわからない。だって民主主義は最終的には数の論理でしょう。数がなければ通る法案も通らない。今夏の参議院選挙は民主党にとって政権運営を安定的なものにするために必要不可欠なものだったにもかかわらず大敗してしまった。参議院で数の力を失ってしまうということは、昨年夏の衆議院選挙での大勝の価値を半減(それ以下かかもしれない)させてしまうものである。その数の論理を否定するということは、要するに朝日新聞は民主主義を否定しているということだろう。

(※2)民主党と合流したころの自由党は30人ほどだったが、いま小沢グループは約150人。代表や幹事長として選挙や資金の実権を握り、党の力を背景に手勢を拡大していく姿は、改革の狙いからは明らかに外れている。

ヴァカか!そもそも民主党は数が足りないから政権をとれなかったのである。だから政権交代可能な数の候補者を擁立し、その候補者たちを当選させるべく小沢一郎が全力を傾注したのは代表や選挙担当の代表代行(衆議院選挙当時)、幹事長として当たり前の職務を遂行したまでのことだ。しかも最大限の結果を出した。これは褒められることであっても貶されることではまったくない。
「代表や幹事長として選挙や資金の実権を握り」党勢を拡大させて政権交代を実現したことのどこが悪いのか?
ところがこの文章の悪どいところは、「代表や幹事長として選挙の資金の実権を握り、」(A)に続くのが「党の力を背景に手勢を拡大していく姿は」(B)となっているところである。
小沢が「選挙や資金の実権を握って」行ったのは参議院選挙や衆議院選挙で自民党に勝つことである。結果、所属議員が増えた。ところが(A)を受けた(B)ではそれが「手勢を拡大していく」ことにすり変わっている。
だからよくよく読むとこの部分は何を言っているのかよくわからないが、要するにこのような文章を仕立て上げることで大雑把な印象として「小沢はカネと数の力で党内を支配しようとしている」という“空気”を作っているのだろう。そしてその“空気”を民主党の議員たちにバラ撒いて「小沢に投票するな」とアジっている。この論理のハチャメチャさ、小沢に対する因縁のつけ方は、もはやチンピラヤクザ並といっていいだろう。

ところで、、、
昨日、久しぶりに図書館で朝日新聞の紙面全体を見てみた。そして改めて驚いたのは通販広告の多さだ。広告面はほとんど出版社の書籍、雑誌の発売広告か通販の広告しかない。
書籍、雑誌については媒体社がどのぐらいの料金を払っているのかわからない。ただこの業界はお人よしだから新聞社側から見れば一時よりも料金は下がっているだろうが、それでも依然としてネット率(設定された広告料金に対して新聞社側に入ってくる実際のお金)の高い客である可能性が高い。
一方、通販会社はもともとは朝日などはほとんど相手にしていなかった客である。原稿がきれいではないし、客側が望んでいる料金は朝日から見ればとてつもなく安い。ところが、もはや家電や自動車といったかつての気前のいいクライアントは新聞には出稿しなくなってしまった。アホのように利益率の高い客はいなくなってしまったのである。
こうなると背に腹はかえられないから、広告料金を下げてでも通販会社の広告を掲載するようになる。
通販会社というのは非常に費用対効果(ROI)を見る目が厳しいクライアントである。それでも、これまで広告を出せなかった朝日に出稿できるなら、、、ということで最初は多少、割高でも(朝日としては割安にしたつもりだが)広告料金も支払うだろう。そして最初のうちはそれなりのレスポンスがとれる。
しかし、何回も出稿しているうちに必ず費用対効果が合わなくなる。そうなると、クライアントは広告料金の値下げをしてくれと言い出す。最初のうちはこれを拒否することもできるが、そのうち「だったらもっと安いところに出す」とクライアントが言い始めると、値段を下げないわけにはいかなくなる。そうやって広告料金はどんどん下がっていく。
いま朝日新聞の広告局はこのスパイラルに陥っているはずで、広告収入が激減している営業現場は相当に焦っているはずだ。
しかし、そんなことを何も知らない編集局の人間は、今日もデタラメな記事をバラ撒いて読者の信用を日々失っている。

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民主党代表選関連動画 ~ 小沢一郎 vs. 菅原文太

・週刊朝日 談 動く週刊朝日

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民主党代表選関連動画 ~ 小沢遼子の正論、民主党埼玉県連党員・サポーター集会

・小沢遼子、小沢氏の「政治とカネ」の真相を語る!
→ほとんどメディアでは初めて見る正論


・党員・サポーター緊急集会④
→とくに6分30秒あたりからの男性の意見に注目。

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2010/09/07

民主党代表選関連 ~ 「News23」キャスターの小沢一郎に対する態度は報道姿勢以前の問題だ

私は視聴していなかったのだが、昨日、小沢一郎が出演したニュース23がとてもつなひどかったと、いくつかのブログで読んだ。

・憂き世の日々に埋もれて、たまには温泉へ
今夜のTBS「ニュース23」に小沢一郎が生出演ってんで見てみて驚愕だ。これほど失礼極まる品性下劣ゴロツキゴキブリが跋扈する番組は初だ。そのゴロツキは松原、杉尾って言うクズらしい

・ライジング・サン(甦る日本)
TBSは小沢氏出演に感謝しなさい。そしてとっとと放送を止めたほうがいい

・『愛国通信』・・・浮高亭瓢箪
TBSは坂本弁護士一家を殺したオームに手を貸したテレビ局です!

・植草一秀の『知られざる真実』
フジニュースJapan平井文夫記者懲戒免職級失言
(冒頭にニュース23のことを触れている)

ここまで書いてあると私もみたい。そこでYouTubeで探してみたがない。と思ったら、twitterでTBSのニュースサイトに短縮版があると教えていただいた(感謝! @SJwinegirl 様)。
そこで早速↓にアクセスしてみた。
まあ、ご覧いただきたい。先日の日本記者クラブでのゴロツキ記者どももひどかったが、これもひどい。
なにしろ仮にも総理大臣候補(というか大久保秘書逮捕という検察の捏造事件さえなければ、昨年8月には総理大臣になっていた人物である)に対しての敬意がひとかけらもないのがすごい。
上記のブロガーのみなさんが書いているが、片肘をつくわ、小沢一郎がきちんと話をしているのにそれ対する相槌が「ウンウン」だわ、、、これ真っ当な社会人の態度ではない。
こういう人間たちがウソをばら撒いたあげく、怪しげな「世論調査」をやってその結果を金科玉条、水戸黄門の印籠のごとく振り回す。

奇しくも久米宏は同じTBS(ただしラジオ)の自分の番組で「(今回の代表選は)新聞(やテレビ)の政治論調がどのぐらい信用されているかなというテストにもなるんじゃないかと思っている」と言っているが、私は「メディアの終り」は始まっているどころか、いよいよ終わりに近づいていると思う。

・TBSの動画サイトはこちら
http://news.tbs.co.jp/news_mainprogram/flv_23.html

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民主党代表選関連 ~ 第2弾! 民主代表選挙の「深層」 10/09/04

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2010/09/05

民主党代表選関連 ~ 久米宏 vs. 武田一顕

2010年9月4日放送に放送されたTBSラジオ「久米宏ラジオなんですけど」(メッセージテーマは民主党代表選)。国会担当の武田一顕記者が出演した部分の録音です。

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民主党代表選関連 ~ 田中良紹の「国会探検」他、重要ブログエントリー

・田中良紹の「国会探検」
*****
 民主党代表選挙が始まり、日本記者クラブが主催した討論会を聞きに行った。菅総理は小沢氏の「引き立て役」を演じているというのが私の印象である。菅総理が様々な角度から小沢氏を挑発・批判すると、それがことごとく小沢氏を引き立てる効果を生む。

 ところがそういう見方をする新聞・テレビがない。小沢氏の総理就任はあってはならないと考えているかのようだ。日本記者クラブで質問をしていた記者のレベルもひどいもので、政治を分かっていないと思わせる質問が相次いだ。ところがその記者たちが「社説」を書いていると言う。そんな「社説」を読まされている国民は政治を判断出来なくなる。

 考えてみれば新聞は戦前も戦後も国民の判断を誤らせる存在である。戦前は軍部という権力の手先として、戦後は霞ヶ関とアメリカの手先として国民を洗脳する役割を担ってきた。この国の支配者である霞ヶ関とアメリカにとって国民は「知らしむべからず」だから、新聞には判断を誤らせる情報が流され、国民の代表である政治家が貶められるのである。
*****
詳細はこちら↓
この国の「政治文化」をどう変えるか


・本のセンセのブログ
小沢バッシングを正当化する記者クラブ論理・ある新聞記者との議論から~岩上安身つぶやき編集

・スピンアウト
世論はこうして作られる(感想加筆版)

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民主党代表選 ~ 郷原信郎:「政治とカネ」を代表選の争点にするな!

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2010/09/04

民主党代表選 ~ 麻生太郎のゴーストライター(朝日新聞編集委員)による小沢バッシング記事のいやしさ

私は新聞を購読していないので、先ほど近所の図書館で今日の朝日新聞の朝刊を見た。
社説についてはネットで見られるのですでに言及したが、改めてこの新聞を開いてみて驚いた。
これってほとんど産経クオリティ!
1面は小沢が検察審査会について言及した部分に関するバッシング。どうやら記者クラブメディアは政策論争になると菅と小沢では歴然とした差が出るので(今日の街頭演説会でも菅直人は中身のない話に終始した)、この検察審査会による訴追の可能性に絞って小沢バッシングを始めたようだ(すでに書いたように社説もそうだった)。
そして2面を見ると、「ニュースがわからん」というコーナーで以下のような記事が掲載されていた。まずはご一読いただきたい。

*****
剛腕小沢って言うけど、どんな腕力

水面下の多数派工作で局面打開。強引と批判も

アウルさん 小沢さんについて、みんな「剛腕」だとか「腕力がある」とか言うけど、どういう意味? ピッチャーでもないのに。
A うーんあらためて聞かれるとなあ……。たしかに「あの人は政策通だ」とか「発信力がある」とか「国民目線だ」とか、政治家を評価する言葉はたくさんあるけど、腕力や剛腕はちょっと質の違う物差しだと思うね。
ア 剛腕と言われたのは小沢さんだけなの。
A 朝日新聞のデータベースで調べてみよう。ふーん、この20年だと、他には亡くなった梶山静六さんくらいだ。そうか、2人とも剛腕首相とか剛腕大臣じゃなくて「剛腕幹事長」と言われたんだね。
A 梶山さんは自民党の国会対策委員長、幹事長として1990年代前半、今のように参院で大きく過半数を割る「ねじれ国会」を仕切り、PKO協力法などの重要課題を処理して剛腕と言われたんだ。小沢さんはその前の89年の参院選惨敗を受け自民党幹事長に就き、90年の衆院選に勝利して、そう言われた。
ア 不利な状況を跳ね返す力ということかな。
A よく言えばね。ただ、それを大方の予想に反する形で、強引な手法でやっちゃんうだ。93年の非自民政権誕生細川護熙首相擁立もそうだった。沖縄特別措置法をめぐる自民、新進両党の合意もそうだった。肝心な部分は密室で決めていたから、他の党とのパイプを使い、水面下の交渉で多数派をいつの間にかつくってしまう。それを「腕力」と言うなら、説明不足とか非民主主義的とかいった批判もつきまとうだろうね。
ア 剛腕というのはいい意味だけじゃないんだ。
A うん。今回の民主党代表選でも、「小沢さん、私たちを導いてください」と応援する若手議員たちの声が象徴的だね。どこへ導かれるかは別にして、小沢さんならこの衆参ねじれの難局を何とかしてくれるはずだ、と。
ア また連立組み替えや政界再編を考えているのかな。
A 小沢さんは日本記者クラブの討論会でそこを聞かれたけど、「代表になってからだ」とかわした。事前説明は必要なしというあたりが相変わらず「剛腕」だね。
(編集委員・曽我豪)
*****

この記事を書いた編集委員の曽我豪といえば、文芸春秋の麻生太郎の原稿をゴーストした記者として有名な人物だが、さすがにあのアホー太郎の側近記者と言われただけのことはあって、記事全体に流れるいかがわしさ、卑しさのトーンは絶品である!
では、この記事の目的は何かというと、これはもうたった一つ、ただ小沢一郎を貶めるためでしかない。この文章の締めくくりである『事前説明は必要なしというあたりが相変わらず「剛腕」だね。』という部分、わざわざ剛腕という単語にかぎかっこをつけるあたりなんぞ記者の品性の下劣さの象徴だろう。
もっとも書いているご本人はいたく満足しているようだから、さしずめ究極のマスターベーション記事である。

それにしても、、、
書く方も書く方だが、この原稿を掲載する神経が私には理解不能だ。いったいこの「記事」を掲載する必然性はどこにあるのか? 
この記事にあるのは徹底した誹謗中傷であり、自らの妄想にっよって作り上げた小沢一郎像を本物の小沢像と決めつけてせせら笑う姿勢である。
にもかかわらずこのような「記事」を堂々と掲載しているということは、朝日新聞としてこれこそが読者に知ってもらいたい「情報」なのだろう。
ま、それを掲載するのは勝手だが、ただしこれは断じてジャーナリズムではない。

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民主党代表選 ~ 「朝日=産経」追い込まれて正体をさらけ出すメディア

どうやら小沢一郎に対するスタンスについて、朝日新聞と産経新聞の「主張」とまったく同じようである。
そういえば自民党と共産党もこの問題についてはタッグを組んでいましたね(w
まずは本日(9月4日)の朝日新聞の社説。

*****
小沢氏とカネ―仮に訴追を受けたなら…

 民主党の小沢一郎前幹事長が、自らの資金管理団体の土地取引事件で、検察審査会の議決により「強制起訴」となれば、訴追に応じると明言した。
 それ自体は、きわめて当然な判断である。
 憲法の規定で国務大臣の訴追には首相の同意が必要だ。小沢氏はきのうのテレビ出演で、首相になっても自らの訴追に同意し、裁判を「堂々と受け、潔白を主張したい」と語った。
 小沢氏の党代表選立候補には、「訴追逃れ」との見方がつきまとってきた。選挙戦序盤のうちに、そうした批判を払拭(ふっしょく)しておきたかったのだろう。
 しかしながら、大きな問題はむしろそこから先に横たわっている。
 仮定の話になるが、「小沢首相」が起訴されたとき、私たちは何とも異様な光景を目にすることになる。
 刑事事件の被告は、一審の公判には必ず出席しなければならない。
 判決の確定までは「推定無罪」の原則が働くとはいえ、私たち日本国民は裁判が終わるまで「被告席に立つ首相」をいただき続けることになる。
 そのような首相が諸外国とどうやって首脳外交を展開するのか。公判中に危機管理や安全保障に絡む緊急事態が発生した場合、どう対応するのか。
 裁判闘争をしながら、最高指導者の重責も果たす。そんなことが現実に可能だろうか。
 小沢氏はこの間、検察の不起訴で「不正がなかった」ことが証明されたと繰り返してきた。しかし正確には、刑事事件として立件するに足る証拠が認められなかったということだ。
 小沢氏のこれまでの説明には、腑(ふ)に落ちない点がたくさん残っている。
 小沢氏は訴追を受ければ国会での説明に応じる考えも示したが、その前に、この代表選の中できちんと疑問に答えてもらわなければならない。
 4億円の土地購入の原資をめぐる小沢氏の説明は二転三転した。手元資金があるのに、利息を払ってまで銀行融資を受けるといった不自然な資金の流れについても、納得のいく説明はない。小沢氏の了解なしに秘書が独断で処理したというのも、額面通りには受け取りにくい。
 そもそも、この問題に対する小沢氏の認識は甘いと言わざるを得ない。
 収支報告書の虚偽記載を、相変わらず「手続きミス」だと言っているが、収支報告書の記載が信用できなければ、政治資金公開制度の根幹が揺らぐ。単なる形式犯ではない。
 今回の代表選では、カネと数の原理が幅をきかす「古い政治文化」の是非も重要な論点となる。説明責任を軽んじる政治もまた、古い政治である。
 小沢氏がまずここで疑問に答えなければ、せっかくの政策論争の機会も十分に生かせない。
*****

なんだかもうアホらしくなってきたが、この社説に対する反論は「本のセンセのブログ」様の昨日のエントリーである「産経新聞の社説による小沢叩きの根拠には無理がある~郷原信郎つぶやき編集」をご覧いただければ十分である。

昨年、3月3日の大久保秘書逮捕以降の政局を「あぶり出し」と命名したのは田中良紹であった。
確かにこれ以降、そして今に至るまでマスメディアが大騒ぎをしている小沢一郎の「政治とカネ」なる問題は、どのメディア、どの記者がどれだけ偏向しているか、権力による世論操縦に荷担しているかをはかるリトマス試験紙となってさまざまな事実をあぶり出している。
一見、対立しているかに見える朝日と産経、あるいは読売、毎日、日経というすべての媒体が、根っこのところでは日本の権力構造と既得権益を守るためのプロパガンダとして、同じ方向を向きながら役割分担をしていたに過ぎないことが、ここへきてより鮮明になっている。その意味で、この民主党代表選の価値というのは日本の歴史に残るものだ。

まだまだこれから9月14日まで、メディアは総力をあげてデマゴーグをバラ撒き続けることは間違いない。私は最初はこれに対して腹が立って仕方がなかったが、こうなってくるとマスメディア(マスゴミ)も存分にやって欲しいと思うようになった。要はそれを一つ一つチェックして、どんどんネット上で晒していけばいいだけの話である。
その意味でこの土日のテレビ、新聞の垂れ流す“ニュース”はとても楽しみだ。そして週明けの月曜日のTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」は↓のような内容だという。

*****
9月6日(月)
 8:30~
 「政界のご意見番・渡部恒三登場!」
民主党衆議院議員の渡部恒三さんをゲストに迎え
ます。
ここでは、水曜日コメンテーター、ジャーナリス
トの田勢康弘さんも加わり、白熱している民主党
代表選挙について様々な角度からお話を伺います。
また、日本の政治を見続けてきた渡部さんならで
はの見方から、今後の日本政治の行方についても
お話頂きます。
政界のご意見番の注目発言、お聴き逃しなく。
*****
リンクはこちら

なんとも香ばしい番組宣伝に、私は放送が今から待ち遠しくて仕方がありません(笑)。

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2010/09/03

民主党代表選 ~ 小沢一郎、首相の器を見せたスーパーモーニングに単独出演

本題に入る前に、今朝のとくダネ!について触れておく。
もちろんこの番組も昨日の民主党代表選候補者討論会について触れたわけだが、その切り口が「『小沢さんご覚悟を』“剛腕”を“剛腕記者”追及」、「討論会を徹底分析 “弱点攻撃合戦”軍配は」というもの。
あの底知れぬいかがわしさ丸出しで小沢一郎に詰め寄っていた連中が、記者クラブメディア業界では“剛腕記者”だというのだから、呆れるというよりもお笑いである。
なお、昨日アップしたこの討論会に関するエントリーのなかで毎日新聞からの出席者は倉重篤郎であったので訂正します。

さて、とくダネ!からチャンネルをテレビ朝日のスーパーモーニングに変えると小沢一郎が単独出演していた。質問者の顔触れは山口一臣、鳥越俊太郎、大谷昭宏、三反園訓+司会者。私はこの番組を見ていて、質問者が真っ当であれば、これほど建設的な議論ができて小沢一郎の話をじっくり聞くことができるんだナと思った。そして小沢の受け答えを見て、「これは菅直人とは根本的に器が違うナ」とも思った。
仮に小沢総理が誕生した場合、マスメディアはお得意の「世論調査」をやって各社一斉にとてつもなく低い支持率の数字を出してくるだろう。だがこの番組を見た限り、そんなことを気にする必要はまったくない。むしろほどなく多くの国民が「なんでもっと早くこの人が総理にならなかったんだろう」という声が湧きあがってくるものと思う。

ついてはこの番組の録画を途中まで必死に文字起こししていて、ふと気がつくとYouTubeに動画がアップされていた、、、ORZ
まあ、このご時世、当たり前の話ではあるのだが、、、(ただ文字に起こしていると、小沢一郎の言いたいことの論旨がとても明快にわかったし、その内容は素晴らしかった)。

ということでここまでの苦労は破棄して、以下に動画を貼ります。総理大臣になったら会見のオープン化についても断言をしているところに注目!


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民主党代表選 ~ ウソとデタラメの頂点に達した朝日新聞社説

昨日、民主党代表選候補者討論会の後にあまりに腹が立ったので書いたエントリー(こちら)に思いのほか多くのアクセスがあった。さらに、いただいたコメントを読んで、「同じように感じた人がたくさんいるんだナ」と改めて実感した次第である。
上杉隆氏はこの討論会が「記者クラブ主催」であることに激怒したそうだ。その気持ちはもちろんわかるが、マスメディアの劣化をより多くの人が認識することができたという意味では、これはこれでなかなかに意義深かったのではないかと思う。

さて、この討論会を受けて書かれた本日の朝日新聞の社説を読んだ。これを読んだらまたまた腹が立ったので、またぞろこうしてエントリーを書いているわけだが、まずはその全文をお読みいただきたい。

*****
民主公開討論―政治観の違いが見えた

 「古い政治文化」か、「新しい政治文化」か。これが民主党代表選の重要な論点に浮かび上がってきた。
 政権交代後も迷走の続く日本政治にとって避けて通れないテーマである。
 菅直人首相と小沢一郎前幹事長にはより深く掘り下げて論じてほしい。
 きのうの日本記者クラブの公開討論会では、菅氏が議論を仕掛けた。
 「『古い政治』は二つある。ひとつはカネの問題。もうひとつは数の力。小沢さんの政治のあり方は、カネと数の原理が色濃くある」
 そして、ほかの政党とも、国民との間でも政策を巡る議論を重ね、合意を形成する「熟議の民主主義」を確立し、新しい政治文化をつくっていきたいと語った。
 小沢氏を単純に「古い政治文化」の体現者と決めつけるわけにはいかない。政治改革を主導してきた急進的な改革者の顔も併せ持つ。
 ただ、自民党田中派以来の「数は力」の体質は否定できない。(※1)国政選挙での公認権や党の資金も背景にして、巨大なグループを築く。政策調査会を廃止し、自身が率いる幹事長室に権限を集中させる。そんな手法は、熟議の民主主義とは対極にある。(※2)
 公開討論会で小沢氏は、矢継ぎ早に問いただされた。(※3)
 小沢氏が首相になったら、連立を組み替えるのか。検察審査会で再び起訴すべきだと議決されれば、首相として自身の起訴に同意するのか――。
 どの質問にも「勝つかどうかわからない」などとして、はっきりと答えない。説明を嫌い、白紙委任を求める体質の表れと言われても仕方がない。(※4)
 官僚主導の政治から、政治主導の政治へ。「政」と「官」との関係のあり方については、両氏の基本的な考え方に大きな違いはあるまい。
 両氏を分かつのは、「政」の中での権力観だろう。
 クリーンでオープンな民主党を、と唱える菅氏は「全員参加」型の意思決定を唱える。
 これに対し小沢氏は、明らかに権力集中型、トップダウン型である。
(※5)
 かねて、みずからのよって立つ「政治集団を強化、拡大」すること、「権力の集中」や「権力の行使」をためらわないことの必要性を繰り返し説いてきた(「日本改造計画」)。
 小沢氏の政治遍歴を貫いてきた行動原理とでもいうべきものだ。
 政治はプロセスよりも結果である。そんな考えもあるに違いない。
 しかし、国民に「痛み」を求めざるをえない時代、丁寧な説明や合意形成を軽んじて本当に政治が進むのか。(※6)
 この20年あまりの日本政治に大きな位置を占めてきた「小沢氏的なるもの」の是非が、代表選を通じ最終的に問われることになる。
*****

あの公開討論からどうしてこのような文章を「作文」できるのか、まことにもって開いた口がふさがらない
もう全編にわたってウンザリするほどウソとデタラメ、世論誘導の思惑に満ち満ちしているが、とりあえずいくつか突っ込んでみる。

※1自民党田中派以来の「数は力」の体質は否定できない。
小沢一郎は自民党を出て以来、もちろん新進党で自民に対抗する勢力を作ろうとした時もあるが、その後、自由党という少数政党の党首になったんですけどね。つまり、この人はむしろ「数」よりも自分の理念を貫くタイプなのではないですか?ただし、その理念を実現するための方策を常に意識しており、それゆえに自自連立を試みたこともあったが、結局、自民党は数合わせだけしか考えておらず、自分の政治理念を達成するためにはほど遠い現実を前にして連立を離脱したのであろう。つまり民主主義は「数の力」であることを知りながら、時にそれよりも理念を優先するのが小沢一郎だと言える。
ただし、やはり最終的に自分の理念を達成するためには政権をとらねばならない。だから、民主党と合流し、その後、窮地に陥った民主党の代表となり、それこそ地道にコツコツと参議院選挙、衆議院選挙の勝利のために邁進してきたわけだ。
一方で、当たり前の話だが政治にはカネがかかる。だからカネを集めなければならない。それは当然のことで、だから政治資金収支報告書をこれ以上ないほど透明にした上でカネを集め、その資金をもとに私塾を開催したりしている。
これは、たとえば河野太郎なる人物とは対極の位置にあるといっていい。河野は常に与党内野党として文句をたれているだけであった。そして野党に転落し、「新党を作る気はないのか?」と問われると、「父親(河野洋平)が(新自由クラブで)カネにとても苦労して、借金を返し終わったのもつい最近だ。そんな苦労はしたくないから自民党を改革する」などと嘯く。つまりこの男にとって政治家として命をかけるよりも、代々受け継いだ資産を減らさないことの方がプライオリティが高いのである。
アメリカの大統領選挙を見れば、それが資金力の闘いであることは当たり前の話で、オバマにしてもクリントンにしても他の誰にしても、必死にカネを集めながら支持者の数を増やそうとしている。そしてアメリカ国民はそれを見て、政治家としての力量をはかるのである。
にもかかわらず日本ではカネを集めることをことさらに罪悪視する。問題はどうやってカネを集めて、そのカネをどう使うかなのであって、そこにおいてクリーンかどうかという判断基準が初めて登場しなくてはならない。

※2政策調査会を廃止し、自身が率いる幹事長室に権限を集中させる。そんな手法は、熟議の民主主義とは対極にある。
この件については以下のポッドキャストを聴けば、いかにこの社説がデタラメであるかはすぐにわかる(14分30秒あたりから)。

・小島慶子 キラ☆キラ 2010年08月31日(火) ゲスト上杉隆
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20100831_pate_uesugi.mp3

※3公開討論会で小沢氏は、矢継ぎ早に問いただされた。
小沢一郎がどのように答えようともまったく無視してしつこく繰り返し「問いただした」結果だろう。それを「問いただされた」と書くのは説教強盗のようなものである。

※4どの質問にも「勝つかどうかわからない」などとして、はっきりと答えない。説明を嫌い、白紙委任を求める体質の表れと言われても仕方がない。
検察審査会の議決について問われた小沢は「逃げません」とはっきり答えている。ウソつくな。

※5 クリーンでオープンな民主党を、と唱える菅氏は「全員参加」型の意思決定を唱える。
 これに対し小沢氏は、明らかに権力集中型、トップダウン型である。

あのさー、自らの記者会見をず~~~っとオープンにしているのは小沢なんだよ。ダークでクローズな記者クラブという既得権益を絶対に手放そうとしないあんたらが、どの面下げて「全員参加」などと言えるのか!バカも休み休み言え!(どんどん怒りが増してきた)。

(※6)しかし、国民に「痛み」を求めざるをえない時代、丁寧な説明や合意形成を軽んじて本当に政治が進むのか。
先の参議院選挙で「丁寧な説明や合意形成を軽んじて」、いきなり消費税増税を持ち出したのは菅直人だろうがよっ!それが「国民との間でも政策を巡る議論を重ね、合意を形成する『熟議の民主主義』」なのかよっ? ええっ?デタラメ書くな、このゴロツキ記者ども(私がとても愛読し、尊敬しているブログ、「憂き世の日々に埋もれて、たまには温泉へ」様の口調でお伝えしております)。

独裁国家において民主化のリーダーが弾圧されるのはよくあることだ。
その際、権力と一体化したメディアは外部からの情報を遮断した上で徹底的にウソとデマを垂れ流す。結果、独裁者の支持率は常に圧倒的である。
朝日新聞を筆頭とした記者クラブメディアがやっているのは、まさにこれと同じことだ。
そして、この代表選で最終的に問われるのは、まさにその記者クラブメディアである。

※今週の「久米宏 ラジオなんですけど」のメッセージテーマは民主党代表選です。
http://www.tbs.co.jp/radio/kume954/

日本のマスメディアでは数少ない、もはや希少ともいえる真っ当な番組は必聴!
なお番組へのメールのあて先は「kume954@tbs.co.jp 」です。


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2010/09/02

民主党代表選関連 ~ 達増拓也岩手県知事の見識

・お~い、とらちゃん出番だよ!
達増岩手県知事曰く「小沢さんが総理になっていないのが異常事態だ」

*****
記者  
今、世論調査等がいろいろなところで行われていますが、大方の予想どおり小沢さんよりは比較的菅さんにシンパシーのある結果が出ていると思うのですが、それについてはいかがでしょうか。

知事  
インターネット上の世論調査では、読売オンラインが小沢さんの出馬を支持するかで、支持するという人が圧倒的、スポーツニッポンの菅、小沢のどちらが良いという調査で小沢さんが圧勝と、ネット世論調査では小沢さんの圧勝というのが出ていると聞いており、そうするといろいろと知っている人は小沢さんを支持しているということなのだと思います。

逆に言うと、大手新聞社や通信社等が行っている世論調査では、その対象となっている国民がいろいろなことを知らされないまま答えてしまっているのかと思います。政治と金の問題とか言いますが、いろいろと有名なネット論客の人たちの発言、それがツイッターで普通の人とかともやりとりされている中では、もう政治と金の問題というのは検察がつくった虚構であると。

そもそも西松事件も村木厚生労働局長の事件と同じように、検察側が呼んだ証人が検察に反する証言をしていて、無罪になる可能性が高く、陸山会問題も逮捕や起訴に相当するような訴因ではないと。更に言うと、検察審査会の今やっている審査を申し立てた人というのが、外国人の権利に強く反対するという外国人排除的な政治運動を行っている人が申し立てたのであって、かなり小沢一郎は左翼で駄目だ、中国に甘いから駄目だみたいな中で、検察が暴走してこういうことになっていることが、インターネットの中では広く知られるところとなってきているのだと思います。

国民全体に知らせるのは、マスコミが報道ぶりを転換すればすぐできるかもしれないのですが、今までのようなマスコミの報道ぶりですと、そういうネット上では共有されている大事な知識、情報を国民にきちんと伝えていくには、2,3年かけて志ある人たちが国民一人ひとりに直接伝えていくということをやらなければならないのだとは思うのですが、今回は民主党の国会議員さんと地方議員さんと党員サポーターですから、2週間あればかなり真実は浸透するのではないかと思っています。
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民主党代表選 ~ 候補者討論会で見せたマスメディアの底知れぬいかがわしさ

日本記者クラブ主催の民主党代表選討論会をインターネットで視聴した。
そのなかでもっとも印象に残ったのは、小沢一郎の重厚さや忍耐強さ、菅直人の軽さでもなく、記者クラブメディア、なかでも朝日新聞・星浩、読売新聞・橋本五郎、毎日新聞・倉重篤郎の底知れぬいかがわしさであった。
彼らにとって小沢一郎というのは、存在そのものが我慢ならないらしい。その質問態度は、仮にも一国の総理大臣候補に対して持つべき最低限の敬意の欠片もなく、ただひたすら貶めることのみを目的としているようにしか見えなかった。
もう何度となく小沢が説明した政治とカネの問題について、まったく事実に目を向けることもなく、検証することもなく、ただひたすら「もっと説明しろ」と強要する。それはただテレビカメラの前で小沢には政治とカネの問題がつきまとっているということを印象づければいい、後に自分が出演したテレビ番組でこのVTRを流して得々と解説することができればいいという意図があるようにしか思えない。

しかしながら、この2時間以上に及ぶ討論会がテレビのニュース映像として流れるときには、メディアはお得意の「編集力」を駆使して、自分たちにとって都合のいいシーンだけを切り取って流すのであろう。
したがって、私は一人でも多くの人にこの討論会を最初から最後まで見て欲しいと思う。

私はこの討論会を見て、政策云々はもちろん大事だが、記者クラブなるものを一刻も早くぶち壊さなければ、日本の夜明けは来ないナと改めて思った。

最後に民主党に対して個人的な希望を述べておく。菅、小沢の討論会を、完全フリーのブロガーも登録すれば入ることのできる場所で再度、行なって欲しい。それが時間的に無理だというのならば、菅、小沢が別々でもいい。とにかくフリーランスのジャーナリストやブロガーも入ることができる会見の機会を作るべきである。それでこそ開かれた代表選というものだ。

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民主党代表選 ~ 苛烈さを増すメディアの大本営発表

人間、追い込まれると本性が出るとはよく言われる。小沢一郎が民主党代表選に立候補を表明して以降の菅直人を見ていると、私はこの人物を長い間ずいぶんと過大評価していたんだナとつくづく思う。
それにしても昨日の共同会見での菅直人には呆れてしまった。それは小沢一郎を口撃する論理がマスメディアとまったく同じだからである。とくに「政治とカネ」なる問題に対して検察の暴走という視点がまったくない点に、それは顕著に現れていた。

私が政権交代で期待したのは、当ブログでは何度も書いているように霞が関独裁政治からの脱却である。小沢一郎にはその視点が今も確実にあり、菅直人にはない。どころか、もはや菅は完全に「あちら側」の人間になっている。
その菅直人を支持している蓮舫は、出演したテレビ番組で「(事業仕分けをやって)もっとお金が出てくるかと思ったら意外になかった」というようなことを言っていた。たったあの程度のことをやっただけで早くもそのように結論付けるのであれば、それは返って支配者である官僚の思うツボであって、そもそもこの事業仕分けという「パフォーマンス」の絵図を描いていたのは官僚ではないかとさえ思えてくる。

私が信頼するジャーナリストの田中良紹は、「表向きには絶対に言わないけれども、小沢、鳩山、菅の3人に限って言えば対立などしていないくて、ただ民主党の中を二つの勢力に分けて、かつての自民党のように擬似政権交代をする構図を作っているだけなのではないか」という見方をしている。
実は私も菅政権ができるまではその可能性が高いと思っていた。しかし、政権を安定させるための最後にして必要不可欠だったピースである参議院選挙での大惨敗、過半数割れという事態に至って、やはり菅直人はいつの頃からかはわからないが(財務大臣の頃からである可能性が高いが、ひょっとしたらずっとそれ以前からかもしれない)、霞が関に完全に取り込まれたのだと思う。

さて、そうして迎えた代表選。
昨年の衆議院選挙、そして参議院選挙であれだけ民主党を攻撃していたマスメディアの連中は、どこもかしこも菅直人を持ち上げることに必死である。テレビをつけるとどのチャンネルを見ても同じような顔ぶれが、これでもかと小沢一郎を貶める印象操作に必死だ。
読売新聞の主筆なる肩書を持つ渡辺恒雄は「週刊誌はイエロージャーナリズム」と言って憚らない差別主義者だが、もはや新聞、テレビの報道こそがイエロージャーナリズムそのものである。

昨晩、私はNHKのニュース9という番組を見ていた。菅直人も出演したこの番組中、共同記者会見でのビデオを流す際、NHKは露骨な「編集」をした。それは普天間問題についての部分。記者会見では、菅がこの問題について「日米合意を白紙に戻すようなことはできない」というと、小沢が「ちょっと待って」といって「自分は白紙に戻すというようなことは言っていない」と反論している。ところがNHKでは小沢の発言を先に流し、その後に菅の発言を流した。つまり時系列を入れ替えたのである。これこそが「編集」という名の「作為」であり、世論操作のテクニックだ。
永六輔は、「自分はある時期から基本的に生放送以外は出ないようにしている。なぜなら、VTRは編集できるから。編集によって自分の言ったことがまったく逆に使われることもある」と言っているが、NHKの行為はまさにその典型である。私はこの映像を見てすぐにtwitterで、

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NHK、完全に順番を変えたね。普天間問題については「白紙に戻すようなことはできない」と先に言ったのは菅のはず。その後、小沢が「ちょっと」といって「そんなことは言っていない」と反論した。だけどNHKの流した順番は小沢→菅だった。これが編集による作為。
posted at 21:14:16
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とつぶやいたのだが、この事実をきちんと指摘しているブログエントリーがすでにあるので是非、参照していただきたい。

・植草一秀の『知られざる真実』
NHKニュース9が再び代表選悪質偏向報道

・世に噛む日々
維新の功労者に自己をなぞらえる僭越さがあまりに痛すぎる菅首相

そして今朝のこと。私はとくダネ!という番組を見ていたのだが、そのなかで「妻、ガールズ、主婦…女性の目で見た代表選」というVTRを流していた。一般女性がどのように民主党代表選を見ているかということなわけだが、以下はその画面のキャプチャーである(目線を入れました)。

1_2

2_2

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これはいったい何なのだろうか?
民主党代表選というのは公職選挙法が適用されるわけではない。だが、仮にも次の総理大臣を決める選挙である。どんなに自分たちが小沢一郎に総理大臣になって欲しくないとはいっても、最低限のモラルが必要だと私は思うのだが、そのような意識はこちらの放送局にはまったくないようである。
であれば、これこそがイエロージャーナリズムであり、マスゴミと呼ばれるのも致し方ないことだ。
とはいえこのようなことすらまだ序の口で、これからさらにマスゴミの捏造は激しさを増すはずだ。それはまさしく正しい意味での大本営発表である。それに対抗するために、とにかくメディアを徹底的に監視し、おかしなことを見たらすぐにそれをネット上に流していくしかない。

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そして、一九七九年五月。
ニカラグアで奇妙な歌が大流行した。
地下放送で流れたその歌は、軽快なフォークソングのリズムに乗って、しゃれたコーラスで、銃の扱い方や、手近な材料で火炎瓶を作る方法を覚えやすく歌うのだった。
文字が読めても読めなくても関係はなかった。マニュアルを読む必要もなく、ラジオを聴けば歌が流れ、誰でも口ずさみ、気がつくと、誰でもが、自宅で火炎瓶を作る方法を覚えていた。
そして、七月、ゲリラ軍が最終攻勢をかけたとき、普通の民間人だった多くの人々が、敷石を剥がしたバリケードの後ろから、ゲリラ討伐に向かおうとする政府軍の兵士に、自家製の火炎瓶を投げつけ始めた。
この瞬間、革命の行く末は決定したのだった。

八木啓代著 「喝采がお待ちかね」より
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2010/09/01

民主党代表選関連 ~ 二見伸明「マスコミは日本をどうする気か ── 日本を救えるのは誰だ」

・二見伸明の「誇り高き自由人として」

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 古い政治を否定し、新しい日本を目指すラジカルな「改革者・小沢」が、自己保全のために小沢との談合を模索した「権力志向主義者・菅」の思惑を一蹴し、俄然、政治が面白くなってきた。17年前、「普通の国」(日本改造計画)をひっさげ、長期にわたる与野党談合政治を叩き壊した小沢一郎が「落日の日本」を救うべく人生の全てを賭けて起ちあがったのである。未来を想像する能力・感性がなく、現実を直視し、理解することを嫌い、変化を恐れ、ぬるま湯に浸かることを願っていた政治家、官僚、マスコミは肝を潰して跳び上がった。朝日新聞の27日の紙面は、まるで半狂乱である。社説、編集委員・星浩の一面の署名入りの記事、コラム「天声人語」を始め、紙面の大半を「小沢叩き」一色に染める異常さである。狙いは、「小沢潰し」の世論を煽り、週末に選挙区に帰る議員にプレッシャーをかけることである。菅陣営やマスコミは「小沢の方が適任だと思っていても、地元後援者から『なぜ小沢か』とつるし上げられれば、ほとんどが寝返るはずだ」と目論んでいる。いうなれば、菅陣営とマスコミ合作の謀略である。そんな「悪知恵」と実行力のある議員は全共闘、新左翼出身の仙谷官房長官だけだろう。菅派と目されている議員は「菅が総理の器でないことは百も承知しているが、それ以上に、お世辞の通用しない、原理原則を大切にする、無口な小沢が怖い」と言う。菅陣営は「脱小沢」「憎小沢」だけで群れている不思議な集団である。

(中略)

 2008年、朝日新聞は、自社を含む新聞の戦争責任を総括する「新聞と戦争」を刊行した。それによれば、満州事変の2年前、1929年10月1日、朝日の社内会議で編集局長・高原操は「どこの国においても言論機関が軍務の当局者と一緒になりて軍備拡張に賛成した場合はかならず戦争を誘ひ、他国の軍備をまたさらにそれ以上に増大せしめるものである」と説いた。「その高原が(満州)事変で、筆を曲げた。(中略)戦後、新聞社の幹部らは、軍部に抵抗しきれなかった理由に、『従業員やその家族の生活』や『新聞社の存続』を挙げた。だが、新聞の戦争への影響力を思えば、通用しない言い訳だ。ペンを取るか生活を取るかは、ジャーナリズムとしての覚悟の問題に帰する」と書いている。日本を滅ぼしたのは軍部だけではない。軍部に迎合し、お先棒を担いだ朝日、読売、毎日などジャーナリズムもA 級戦犯だ。彼らは一片の反省心も羞恥心もない不思議な人種である。
昨年3月3日、東京地検と朝日新聞が組んで、でっち上げた大久保公設秘書逮捕劇を皮切りに、マスコミ各社が、検察の意図的なリークが「小沢潰し」であることを承知の上で、たれ流し続け、政治不信、政治の停滞を招いたことをどう総括するのか。「『従業員やその家族の生活』や『新聞社の存続』のため」と総括するのだろうか。   

 私は小沢一郎の友人である。だから、マスコミが小沢を批判することに異をとなえているわけではない。マスコミが「挙国一致」で、小沢の当選阻止を画策していることに、マスコミを抱き込んで、あるいは、マスコミ自身が世論操作をする、新しい「『世論』ファシズム」の危険な匂いを感じているのである。
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全文必読
マスコミは日本をどうする気か ── 日本を救えるのは誰だ

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ドキュメント出版社 その14

週刊宝石休刊(11)

先週、流れたニュースだが、集英社が初の赤字決算となったという。

・集英社、初の赤字決算に

光文社の場合、主たる収入源は書籍(小説、ノンフィクション)と雑誌の販売収入、そして広告収入の二つであるが、集英社の場合はコミック部門があり、さらにそれに付随したライツ収入がある。また、業界としては早くからネットに投資をしており、s-woman.netはこの分野で遅れている光文社にとってビジネスモデルの成功例として研究の対象にさえなっていた。
その集英社でさえもが赤字となり、しかもその額が41億8000万円だというのだから小さな数字ではない。

・集英社、最終赤字41億8000万円 10年5月期

上記の記事によれば、書籍と雑誌の販売収入は増えているが広告収入が24.8%減で、これが大きく響いているという。集英社のように収入の間口が広い会社でも広告収入減でこれだけのダメージを受けるということは、それだけ広告という商売がいかに利益率の高い、ボロい商売であったということの証明であると言えるだろう。

さて、週刊宝石について書くのは今回で最後にしたいと思うが、その最後は週刊誌というシステムについて私が短い期間ではあったが感じたことについて書こうと思う。

週刊宝石に異動してからしばらくして、古巣の書籍の編集部に立ち寄った時のこと。親しい同僚に「で、週刊宝石はどうなの?」と訊かれた。そこで私は真っ先に「新鮮な驚きとしては、プランを記者から聞くことだね」と答えた。「じゃあ編集者は何をするんだよ?」「そうだね、記者に指示を出して、後は入稿かな」という会話が続く。
実際、それは私にとっては最初の驚きだった。
私が入社後15年間在籍したカッパ・ブックスでは、まず最初はベテランの上司について原稿作成のノウハウを叩き込まれ、それが合格点に達するようになると自分で企画を出し、それが通れば著者のところへ自分で折衝に行く。ちょっと話はそれるが、私はノンフィクションの編集者に必要とされる能力として、

(1) 原稿作成能力
(2) 交渉能力、信用創造能力
(3) 安定供給能力

の三つが必要だと考えていた。まず(1)は著者から受け取った原稿に編集作業を入れることで整理する、あるいはテープ取材したデータを起こして、それをもとに原稿を作っていくといった実務能力だ。
それがクリアされると、次は実際に著者のところへ自分の考えた企画を持っていくことになる。といっても駈け出したの編集者がひとかどの著者のところへ行けば、相手は生意気な口をきく若造だとしか思わないだろう。そこで失敗(怒鳴られたりすることもある)を重ねながら交渉力を身につけ、著者の信用を勝ち得ていく。
私は20代の時に東京大学名誉教授のところに行って原稿を書いてもらったことがあるが、今考えると赤面もので、よくもまあこの先生が私ごときを相手をしてくれたものだと思う。しかし、そうやって少しずつ編集者としてのキャリアを積むと、やがて若い時には怒鳴られるだけで終わりってしまうような著者に対する提案も、「お前さんの言うとおりにやっていいよ」と言われる時がくる。この段階で(2)をクリアする。
しかし、いくらここまで来ても、そうやって作った本を1年に数冊しか出せませんというのでは困る。つまりプロの編集者というのは、あるレベルに達していて、そこそこに売れる原稿を作ったら、それを安定的に供給できなければならないのである。そしてこの(3)のレベルはある意味ではベストセラーを作るのよりも難しい。
誤解を恐れずに言えば、ベストセラーというのは運があればアマチュアでも作れるが、そこそこ売れる本の安定供給は実力がないとできない。ところが書籍のことを知らない経営者というのは、口を開けばベストセラーを出せという(光文社にもそういう経営者は多かった)。しかしベストセラーを狙うということは、100回空振りしても101回目にホームランを打てばいいというような話で、実は経営的には非常に危ない橋を渡ることになる。

話を戻すと、週刊誌における記者からプランを聞くシステムというのは、創刊時にはまだ良かったのだと思う。
記者と編集者の年齢も近かったから一緒に現場へ行っくことも多々あったはずで、それであればきしみも少なかっただろう。
しかし、編集者は年齢が上がるにつれて現場から離れ、代わって若い編集者が入ってくる。そしてこの若い編集者たちもやはり同じように記者からプランを聞いて指図をする。しかもぺーぺーであるにもかかわらず、彼らは下手をするとベテランの記者よりも給料が高い。
もちろん優秀な編集者もいるが、しかし一方でどう見ても入稿作業をやっているだけの編集者も中にはいた(もちろん入稿作業はそれはそれで大変だが)。しかも、そのわりに拘束時間は長いので残業代はたっぷりとつく。
私は書籍の時代に週刊誌の記者と一緒に仕事をしたことが何回かあったが、彼らは決まって「書籍の人はよく働くなあ」と言ったものだった。
しかし何よりも問題だなと思ったのは、結局、週刊誌の編集者の場合、そういう環境に置かれてしまうことで、編集者として必要不可欠な人脈ができにくいということだった。実際、週刊誌から途中で書籍に異動すると、今度は企画から含めてすべて自分一人でやらなければならないことに戸惑う人は少なくない。するとなかなか私が言うところの書籍の編集者としての(3)のレベルまでには達しないのである。
ま、ここらへんについては長く週刊誌をやっていた人から見ればいろいろと反論のあるところだろうし、あくまでこれは短期間だけ週刊誌の編集現場にいた者の見解であることをお断りしておく(ただしその後、週刊誌の広告営業をそこそこの期間やり、その時にも現場を見てきたが週刊宝石の時の印象が基本的に変わることはなかった)。

一方で、週刊誌というのはいいものだナと感じることも、もちろん多かった。
書籍の場合は著者に対して本一冊分の原稿を頼むわけだから、企画を進めるにしてもそれなりにおおごで時間もかかるものだが、週刊誌の場合だといろいろな人に気楽に声をかけることができる。
私が週刊宝石時代の思い出として強く残っているのは、梁石日氏のグラビア連載だ。梁氏の大ファンだった私は、氏と親しいカメラマンに頼んで食事をセットしてもらい、その席でグラビアの連載をもちかけた。これは梁氏が生まれ育った大阪を歩くという企画で、首尾よくOKをもらうとしばらく後に梁氏と私とカメラマンの3人で大阪への撮影に出かけたのだが、梁ファンにとってこれほどオイシイ旅行はない。
なにしろ『血と骨』の舞台となった朝鮮人長屋や(それがまだ当時は残っていた)、『夜の河を渡れ』の舞台で梁氏がアパッチ族の一人として大阪砲兵工廠跡(現在の大阪城公園)に忍び込んで鉄を掘りに行った時の出発点となった川の対岸などを、梁氏自身が案内してくれるのである。
このグラビア連載は「大阪曼陀羅」というタイトルで、週刊宝石の休刊直前まで十回ほど掲載され、その後、私が書籍の編集部に戻った時には、この時の写真や原稿、さらに梁氏の未発表原稿を付け足して『魂の流れゆく果て』というタイトルで書籍化することができた。この本の最後には初出一覧があり、そこに、

大阪曼陀羅 「週刊宝石」2000年11月30日号 ~ 2001年2月1日号

と記されている。そしてこれが私が週刊宝石に在籍した唯一の証なのだった。


※週刊宝石の項目はこれで終わります。

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民主党代表選関連 ~ 小沢一郎資料リンク(再掲)

・政変対談 小沢一郎×田中康夫(「新潮45」2001年3月号)
「だから日本はダメになる」

・小沢一郎 VS 江藤淳(「Voice」1991年1月号)
政治家の志とは何か

・江藤淳(「諸君」1993年1月号)
激動の時代の権力闘争 それでも「小沢」に期待する

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