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2010/06/29

6月28日のtweet

ハローワークへ行くたびに感じることがある。それは「働くこと=会社に属すること」なのかということ。
もちろんハローワークは職業を紹介するための機関であるわけだが、一方で失業すれば必ず行かなければならない場所でもある。そこで言われることは「とにかく求人票を見て面接へ行け」ということだ。
しかし、会社に属さなくても働いて収入を得る道はある。であれば、ただ単に求人票を出すだけでなく、もっと幅広く生きる道を提示することがセーフティネットの網を広げることになるのではないか、、、と思うのだ。
で、ここから先は暴論だが、しかしこの国の権力者は、できるだけ国民が企業社会に隷属することを求めているのではないだろうか。なぜなら会社に属さないで生きていくためには、それなりに頭を使って考えなければならない。ところが日本を独裁支配する霞が関の国策は戦前も戦後も終始一貫して「考えない国民をつくること」だったからだ。
そうして企業社会に属する人が多ければ多いほど、国全体も統治(=コントロール)しやすいというのが霞が関の本音で、それはまた企業側の要求とも見事なまでに一致していた。
そういう考え方を極限まで突き詰めたのが小泉・竹中路線であって、その歪み、ツケがここ数年起きているさまざまな事件の根幹にある。
であれば、民主党政権はその歪みを正す方向にいかなければならないけで、私は鳩山由紀夫と小沢一郎をその一点において支持していた。
だが、鳩山政権は官民一体となったバッシングの末に潰れ、菅直人政権はどうやら霞が関がそのコントロール権を掌中におさめたようだ、、、

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とてもわかります RT @knskmf @kappaman そう思います。しかし、現実のハローワークは少しでも失業保険をもらいたい人のためのコンサル機関となってしまっています。本末転倒。
posted at 21:38:52

今はわからないけど、かつての週プレの原発記事は凄かったですね。あとSPA!は産経系だけど評価してます。RT @hato: 週プレもそのクチだと思います RT @kappaman 私はあれでいいと思いますけどね。反権力はエロに宿る。
posted at 19:11:44

「与党過半数でも野党に協力要請と政権獲得の意味をまるで理解していないまさに旧政権のスパイもどきのゴロツキ政治屋枝野ペンギンマン幹事長。民主党に投票した国民をどこまでも裏切れや 」〜 憂き世の日々に埋もれて、たまには温泉へ http://bit.ly/aaAnw5
posted at 18:57:43

ハローワークへ行くといつも感じるんだけど、人は企業に属さなければならないのだろうか。もっといろいろな選択肢を提示することでセーフティネットの網を広げるべきなんじゃないかと個人的に思う。
posted at 18:41:20

私はあれでいいと思いますけどね。反権力はエロに宿る。一見、上品なものにロクなものはない。RT @amneris84 週刊大衆はもっと全面的にどうにかして欲しいです~(>_<) RT @uesugitakashi QT @toratarako @uesugitakashi
posted at 18:31:59

さっき小学校の横を歩いていたら低学年の音楽の合唱が聴こえたんだけど、それが水戸黄門の主題歌なんだ。
posted at 14:56:45

もんじゅを止めろの一点で出馬する人がいたら応援します。
posted at 13:14:17
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2010/06/28

6月27日のtweet

現在、選挙に深く関わっている一方で、政治の流れに疎くなっているような気がしている。
なにしろ日々目の前にやらなければならないことがたくさんあるわけで、それをこなしていると他のことに目が向かないのである(しかもワールドカップなどというものをやっているから始末に悪い)。
したがって現状はiPhoneで購読しているブログに最低限、目を通すのが精一杯だ。
そんななか、個人的にとても信頼をしているブログに↓のようなエントリーが掲載されている。

・「世に噛む日々」
民主党政権ははっきりと、旧体制の大いなる期待を担い、彼らの利害を代弁する政権へと変質した
民主党政権の行く末を思うだけで気持ちが暗くなる

菅政権発足直後、端から否定せず比較的慎重にこの政権を本質を見極めようとしていた「世に噛む日々」の立場に私は大変共感していた。それだけに、ここへきてこのブログが下した「民主党政権ははっきりと、旧体制の大いなる期待を担い、彼らの利害を代弁する政権へと変質したようである。革命は、裏切られた。」という評価は個人的に重く受け止めている。
実は選挙活動をしながら、書きたいことはたくさんあるのだが、さすがに今は書けない。
すべてが終わって結果がでたらゆっくりと。

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@kyoto29 バーターというより、完全な記事対策出稿でしょう。正規料金で広告を出すクライアントというのは、 もはや数少ないわけですから悪口は書けません。
posted at 22:34:12

おふろの王様に行きたいよー
posted at 22:18:58

@hyoojin 大山にいらっしゃるんですか!鏑屋あたりでそのうち!
posted at 21:35:08

@hato もう十分にへんな噂がたっていると思われ(w
posted at 21:32:44

@daimania コンビニにあるというんですが、私にはさっぱり探せないです。
posted at 21:31:25

息子に頼まれたプロ野球オーナーズリーグとやらがどこで売っているのかわからん。
posted at 21:27:43

ポイントは中電が正規料金で出稿していること。今時そんなことをしているのはよほどコスト感覚がないかワケありかのどちらか。中電は両方か(w RT @onsenkabumasa RT @cyberbloom: @tadzi0 RT 今朝の信濃毎日新聞に、中部電力の両面ぶち
posted at 21:22:56

帰りの電車の中で、また缶ビールを飲んでしまったぢぶん。いいんたよっ、東武東上線なんだから(w
posted at 21:13:26

@narikoma 松田聖子は新宿二丁目で大人気らしいですね。ライブがある日に二丁目にバスが来て、そこにゲイの方々が続々と乗り込んでいくとゆー話を、ゲイの方自身から聞いたことがあります。
posted at 19:31:44

@ntoshichan いえいえ、でも紙媒体の編集者なんてもはや前世紀の遺物みたいなものです、、、(~_~;)
posted at 17:50:54

仕事の合間に元いた会社の人たちのツイッターを見る。なんかみんなで楽しそうだ。でもいいのさ、おいらはもうフリーなんだから。
posted at 17:32:44

読売新聞HPの参議院候補者の写真は全体的にヘンだけど、自民だけがややまともに思うのは私だけか。
posted at 17:02:11

@ntoshichan 元編集者より元広告営業マンという肩書きの方が好きな私です(^_^;)
posted at 17:01:22

京都の住所を入力するのって大変だなあ
posted at 16:59:55

このブロガーが下した菅政権への評価には影響を受けざるを得ない。「民主党政権ははっきりと、旧体制の大いなる期待を担い、彼らの利害を代弁する政権へと変質した 」〜 世に噛む日日 http://bit.ly/az8JcH
posted at 12:26:58

出かける前のひととき、松田聖子「蒼いフォトグラフ」を聴く。個人的に1983年あたりの松田聖子は最高だと思う。
posted at 09:57:54

@rairararara ラジオは面白いですよ。私はテレビよりはるかに好きな媒体です。
posted at 09:57:05

@rairararara 「日曜天国」はこのあと10時からです。安住のフリートークは秀逸かと(ポッドキャストでも聴けます)。
posted at 09:47:45

@rairararara 私が録音までして聴いているのは、「久米宏ラジオなんですけど」「安住紳一郎 日曜天国」「伊集院光 深夜の馬鹿力」などです(いずれもTBSラジオ)。
posted at 09:44:56

サッカーの録画ファイルに加えてラジオの録音ファイルもどんどん増えていく、、、
posted at 09:34:07

朝のおつとめ。もんじゅを止めるべし!そうすりゃ安心してサッカーも見られます。
posted at 09:29:24

@ninotakusyoku おはようございます。いま埼玉は雨は降っていませんが、今週は天気はあまり良くなさそうです。といいつつ、降る降るといって案外、降らないんですよね。サッカーは8年前の鬱憤を晴らす空前絶後の大チャンスですね!
posted at 09:28:54

おはようございます。失業者の私は今日も一銭も入ってこないこととのために出勤します(笑)
posted at 09:23:38
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2010/06/27

6月26日のtweet

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選挙チラシに証紙を貼るプロの技を見た。おいらとはスピードが違った。
posted at 14:32:58

ドーハの悲劇が日本サッカーの進歩に必要不可欠なものであったと同様、ドイツの惨敗も次のステップに進むための必要不可欠な経験だったのかもしれないね。
posted at 09:52:04

160円は高かったけど,武智、阿刀田ともいい原稿だなあ。
posted at 09:33:01

忘れないうちにひとこと。もんじゅを止めろ‼それを言ったら自民でも支持してやる。
posted at 09:25:54

おはようございます。さて出勤。サッカーのおかげでスポーツ新聞が売れてるかもしれないけど、私はサッカーのために日経を購入。しかし160円とは高いな。
posted at 09:22:43
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2010/06/26

6月25日のtweet

私は一貫して岡田監督には否定的で、最後まで監督交代論者であったし、今回のワールドカップは3戦全敗だと思っていた。
ということで、とにかく岡田監督には謝らなければならない。

岡田監督、申し訳ありませんでした。

今回の日本代表、レッズファンの私としては阿部勇樹がMVPだと思っている。
この阿部を育て、そして現代表の礎を作ったイビチャー・オシム氏にも心から感謝の意を表さなければならない。
それにしてもサッカーを見ながら選挙活動をやるのは体がしんどい。

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日経夕刊で線路を走る軽トラック写真を見たら、子どもの頃にやっていた「走れK100」(だったかな)とゆー番組を思い出した
posted at 23:36:39

日経夕刊の日本チームの採点表。レッズファンとしては阿部の点数がチト低いあるよ。
posted at 23:29:33

夕方買った日経夕刊のサッカー記事をやっと読む。阿刀田さん(阿刀田高の息子)、春先のサッカーマガジンでは日本代表にシニカルな見方をしていたのに熱い記事を書いている。
posted at 23:25:12

@ozekiyuji まあ私なんて内勤なんで大したことないんですよ。外回りの若い衆は大変です。少ない人手であと二週間もつのか?
posted at 23:15:17

今日は爆睡できそうだけど、乗り過ごしに注意しないと、、、ちなみに私の最長乗り過ごしは志木に住んでる時に若葉まで行ったこと(東武東上線)。この時には折り返しの電車が川越までしかなくてショックだった。
posted at 23:09:52

@takki_jp ありがとうございまーす!
posted at 23:06:47

昼以降、何も食べずにここまで体力がもったのは、ラーメン二郎のニンニク増しのお陰か、、、
posted at 23:03:03

やっと事務所を出る。駅のベンチで電車を待ちながら缶ビールを飲んでいるポロシャツ姿のオッサンは自分でもやばいと思う。
posted at 23:00:16

@ozekiyuji 歌舞伎町だったりします
posted at 18:56:24

日経、阿刀田寛、武智幸徳の2人とも日本戦に投入してるな。
posted at 18:19:30

ね む い
posted at 17:53:07

サッカーの記事を読むために日経の夕刊を買った。
posted at 17:05:46
@chiemit ご指摘のお陰で思い出しましたm(._.)m
posted at 12:13:43
ラーメン二郎なんてただでさえヤバイのにニンニク増しはいかんかったです。
posted at 12:12:20
日本も勝ったことだから、もんじゅを止めろ!
posted at 11:40:27
新宿西口で配っていたサンスポの号外 http://twitpic.com/1zob7u
posted at 09:48:46

岡田監督には謝ったが、やっぱりオシムにも心から感謝の意を表したい。
posted at 09:29:51

眠そうに出かけて行った中3息子にひとこと。「今日は先生も含めてみんな眠いから安心しろ‼」
posted at 09:01:49

私もデンマーク戦の前半終了時点で謝りました RT @shin_taro1: 岡田監督、グループリーグ全敗で敗退とか予想しててすいませんでした!
posted at 08:01:02

しかしパソコンのハードディスクにどんどんワールドカップの録画がたまっていくんだけど、いつ見られるのかね。
posted at 08:00:10

RT @nasukoB: RT @asuka_xp: みんなよく聞け!!次のパラグアイ戦は23時開始だが、勝った場合、準々決勝も準決勝も決勝も、全部3:30開始だ!!
posted at 07:59:16

雑談力はスキルだと思う RT @keserasera3: 雑談って大切ですよね!構えていないから、自然とポロポロ(笑) RT @lplmizo: 雑談から何かが生まれる! RT @keserasera3: 盛り上がる!雑談で(笑) それにしてもマーケットが気になる( ̄○ ̄;)
posted at 07:59:00

電通はワールドカップの売上次第で夏のボーナスが決まるとゆー噂を聞いたことがあるがホントかな RT @ikegamikohei: すげぇRT @news_tw: 電通って、やればできる子。(電通本社ビル) on Twitpic http://twitpic.com/1zl9jt
posted at 07:54:56

RT @fatstreet: RT @akgenji: オシムさん泣いてる http://twitpic.com/1zmjjn
posted at 07:52:43

さんざんダメなフリをして国民を心配させておいて、しっかり結果を出した岡田監督。鳩山はんも見習って欲しかったデスヨ。
posted at 07:52:11

確かにマスメディアほど格差のあるところはない「次はTV、出版社で起きる!!格差が生む悲劇・・小泉、竹中政権が日本人を狂わせた!!このふたりを社会から抹殺せよ!!」 http://maglog.jp/nabesho/Article1063715.html
posted at 07:49:44

しっかり守れ!
posted at 04:36:41

@kuniko_n ありがとうございます。なんか勝てそうなんて楽観的すぎる?
posted at 04:32:08

@hako_za それでいいのだ!
posted at 04:30:59

@kantandesu 電通の買い切り枠
posted at 04:29:36

@takki_jp おはようございます!
posted at 04:28:48

@udonenogure1 おはようございます!
posted at 04:28:33

で、次の相手はどこなんでしょ?
posted at 04:27:34

おはようございます!
posted at 04:25:47

現時点で岡田監督に謝ります。
posted at 04:24:50
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6月24日のtweet

選挙活動をやっいると、ネット選挙を解禁すべきだとつくづく思う。
とくに組織がないなかで比例区をやるためには、どうやって浸透させるかが肝で、そのためにはネットが一番。
ネット選挙を解禁することは、すべての国民により平等にチャンスを与えることにもなる。
反対に言えば、それでは困る人たちがネット選挙に反対しているのであろう。

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昨日、ある会社の宣伝マン(新聞担当)と話しをしたのですが、読売の社員というのは自分たちが潰れるなんて微塵も考えていないそうで、広告に関してもアホのよーに強気なんだそうです。 RT @rolling_bean 潰れて欲しいですね
posted at 22:55:50

しかしその大手も書籍で儲けていたわけではなく、雑誌広告でボロい商売をしていただけだった。 RT @AiRlogue 大手出版社がなにゆえに大手出版社だったかというと、僕は書店の棚をいっぱいおさえているから大手出版社なのだと思います。
posted at 22:45:06

@SAGANTETZU ずいぶん違うです、、、ハワイ行きたい(~_~;)
posted at 22:32:19

うーむ、会社員の時よりも明らかに忙しい。二回目の土曜日が来たときに、まだ後一週間あるのかと思うとがくっとくるそうだ。
posted at 22:29:24

ハロワで第一回目の失業認定中。
posted at 14:01:51

「ネット選挙も戸別訪問も解禁されるべきです 」〜 世に噛む日日 http://bit.ly/a2lDOQ
posted at 08:05:28

久し振りに朝の通勤電車に乗っている最中。
posted at 07:50:42
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6月23日のtweet

↓のtweetのなかでA新聞社とあるのは、もちろん朝日新聞社のこと。

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バリバリの現役ビジネスマンたちとの飲み会終了。彼らに相手にされなくならないように努力していかなければならんな。
posted at 23:00:13

@udonenogure1 おはようございます!
posted at 09:26:02

サッカーマガジン連載の4コマ漫画「うるとらスーパーさぶっ!!」の今週号「アルゼンチンのパパ」が、マラドーナを的確に言い当てて笑った。ナイジェリアに勝って「やったのだ、すごいのだ、ターリラーリラーンなのだ、わしは何もしないのだ、これでいいのだ」とアルゼンチンのパパ。
posted at 09:11:26

決勝トーナメントはいきなりアルゼンチンとメキシコかあ。
posted at 09:04:59

@sugaki おはようございます!
posted at 08:57:19

選挙活動の手伝いをしているのに、ここ最近、どんどん政治から興味が失われていく私。小沢のいない政治はつまんないな。
posted at 08:57:01

おはようございます。昨日は忘れたかもなので、まずはもんじゅを止めろ。
posted at 08:53:59

ちなみにこのA新聞社では、高学歴の方々が自分と同世代の連中との出世争いにひたすら血道をあげているらしい。ま、それはどこの会社も一緒だけど。
posted at 00:46:13

A新聞社にいた人から今日聞いて面白かった話。この会社には調査報道班というのがあり、ひたすら政治資金収支報告書を見てるんだそうな。普段は10人弱だが、組閣があると支局からの応援もくるとか。ずーっと紙の資料を見ていると頭がおかしくなるらしい。
posted at 00:43:24
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2010/06/23

少し手抜きですが、、、

いよいよ明日から選挙戦が始まることで、しばらくこのブログを更新する時間が限られるので、手抜きですが前日のtweetを貼ることにします。

6月22日のtweet

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19:43 これから元いた会社の人と飲み会。ちょっと楽しみ。

19:03 統一教会が有田の中傷を全国規模で展開中。その組織力がこっちはうらやましいぜ、まったく。

14:40 有田選対の会議終了。ただいま有田芳生事務所ではボランティア募集中です!事務所は板橋区大山です。

12:37 「民主党の「自民党化」でこの国の夜明けはまた遠のくのか 」~ 世に噛む日日 http://bit.ly/bBiBU1

12:31 @hyoojin 私はチラッと立ち読みした段階で吐き気がしたので、すぐに本を戻しました。 [in reply to hyoojin]

12:29 今日はこれから会議。会社辞めてから初めてだな。
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2010/06/22

2010年6月12日 有田芳生後援会 総決起集会




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2010/06/19

1994年~「郵政省解体論」ができるまで(1)

小泉純一郎氏と経営評論家・梶原一明氏の共著による「郵政省解体論」は1994年9月に出版された。2001年に総理大臣に就任し郵政民営化に邁進した小泉氏が、その政治的主張を鮮明に打ち出すきっかけとなったのがこの本である。では、「郵政省解体論」はどのような過程を経て誕生したのか、、、

 その1 そもそものきっかけ

今、手元にある1994年の手帳を見ると、2月4日の夜に経営評論家の梶原一明氏と会食をしていたことが記されている。場所は銀座だった。
この会食は前年の11月末に出版された梶原氏と徳大寺有恒氏による共著の、ちょっと遅れた打ち上げということだったはずで、他には私の上司である編集長が同席していた。
その席で編集長や私が「何か面白いネタはありませんかね?」というようなことを梶原氏に言うと、「郵政大臣だった小泉純一郎というのは面白いと思うんだ。彼に『郵政省解体論』を語らせてみたら売れるんじゃないかな。自分が聞き役をやるから」というようなことをおっしゃった。

当時は自民党が政権から転落して細川政権の時代である。私は小泉純一郎という政治家の名前はもちろん知っていたが、山崎拓、加藤紘一と組んだ、いわゆるYKKの一人というぐらいの知識しかなかった。あとは旧福田派の系譜にいたことでタカ派だと思っていたら、自衛隊のカンボジア派遣に反対していたので「おやっ?」と思った程度である。宮沢内閣時代に郵政大臣でずいぶん官僚と揉めたことも知ってはいたが、その詳しい中身までは恥ずかしながら勉強不足で知らなかった。

話を会食の時点に戻すと、酒の席ということもあり、梶原氏のその話でひとしきり盛り上がったが、しかし私は心の中で「そんな話をいくらなんでも小泉が受けるわけはないよな」と思ったのも事実である。
実際、後になって聞いてみると、梶原氏は当時この話を何人かの編集者にしていたらしいが、みんな「話としては面白いですけど、、、」と乗ってこなかったという。
ところが、この会食の翌日出社すると、上司は私の顔を見るなり「昨日、梶原さんが言っていた小泉の話は面白いじゃないか。やってみろよ」と言ったのである。もちろん私は内心「ハア?」と思ったが、とりあえずそんな気持ちは表に出さずに「本気ですか?」と訊いてみた。
すると、元々きわめて調子がいいタイプの上司は「そんなのダメもとだろ。断られたって別に失うものは何もないし、とりあえず声をかけるだけでもやってみろよ」とあっけらかんと言うのである。
ま、この上司の言い分ももっともではあった。日ごろから付き合いがある人たちの延長線上にいる人に企画を持ち込む場合はあまり突拍子もないことを言うと、後でいろいろと困ったことになることもある。が、今回の相手はテレビでしか見たことのない、自分たちとはまったく別世界にいる政治家である。そういう人物なら、たとえ企画を持ち込んで「バカヤロー!」と怒鳴られても「失礼しました」といって引き下がればいいわけで、それでなんの問題もない。後になって「こんなこともあって、怒鳴られちゃったよ」と面白おかしく周りの人に話せばいいだけのことである。

とはいえ、、、
当時は野党だったが、やはり相手は自民党の大物である。郵政省に対していくら一家言あったとしても、仮にも大臣までつとめた省庁の“解体論”など喋ってくれるのだろうか?という点については甚だ疑問、というよりもほとんど断られるものと思っていた。
ちなみに、この時点で小泉純一郎という政治家が将来、総理大臣になると思っていた人はきわめて少なかったはずで、私ももちろん夢にも思っていなかった。

さてしかし、上司から指示されてしまったからにはとりあえず動かざるを得ない。
そこで詳しいことは忘れたが、まずは企画書を作り、それから議員会館に電話をしたのだと思う。すると秘書が出たので(後から考えると飯島勲氏だったわけだが、当時はまったく知らなかった)、とりあえずこちらの名前を名乗って用件、つまり梶原一明氏という経営評論家と郵政省についての対談をして、これを「郵政省解体論」として出版できないかというようなこと、ついては企画書だけでも見ていただけないかということを伝えると、この秘書は「その企画書をファックスで送って」といって番号を教えてくれた。そこで私は教えられた番号あてにファックスを送ったわけである。

しかし、その後、小泉事務所からしばらく音沙汰はなかった。
そこで、どれぐらいたってからだったかは記憶にないが、ある時、恐る恐る小泉事務所に電話を入れてみた。
すると、、、
先日の秘書が出てきて、「ああ、やるから。3月○日の〇時から2時間とったから議員会館へ来て」といって電話はガチャリと切れた。

つづく

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2010/06/15

雑誌広告クライシス

今日は近くのコンビニと書店を回り、月曜、火曜発売の週刊誌を立ち読みしてみた。
といっても私が見ているのは広告だけだ。
男性週刊誌を中心に見たのだが、5、6冊を見たなかでまともにセールスが成立しているナと思う広告は数えるほどしかなく、私の印象では各媒体とも広告予算は数百万円といったところだと思われる。
これが数年前であれば、毎週、1,000万円を軽く超える(というかそれ以上)広告収入があった媒体はザラにあった。ということはどの媒体も広告収入はおそらく半減しているはずで、さらに発行部数、実売数とも全体的に右肩下がりの状況のなかで、そろそろ立ち行かなくなってくる媒体も出てくることが予想される(ただし週刊現代だけはこの1年で実売数が10万部近く上昇するという奇跡の復活を遂げた)。
なにしろ週刊誌というのは毎週発行しているわけだから、いったん赤字体質になるとその赤字は雪ダルマ式に増えることになる。ここが週刊誌のつらいところである。

ところで、、、
ここ最近、編集をやっていた時代の仲間と話す機会が何度かあったのだが、その折につくづく思うのは、私の所属していた会社に限らず編集の人というのは広告のことを本当に知らないんだナということだ。
たとえば、この春から雑誌媒体にとっては第一級のクライアントである会社が、雑誌広告に対する考え方を根本的に変えるというエポックメーキングな出来事があった。ところがこのことを知っている編集者は少ない。
どういうことかというと、これまでこのクライアントは年間を通じて各媒体の特殊面(表2や表4といった雑誌広告の中でもとくに価値が高いとされるスペース)をキープしていた。
たとえばA誌の4月売りの表2見開きはそのクライアントの広告出稿実績が毎年あれば、その枠はクライアント枠ということで確定していたのである。したがって各社の広告営業は、新しい年度が始まる前にその実績枠がきちんと守られるかどうかの確認が重要な仕事であったが、しかしいったん守られることがとわかれば、あとはその実績枠のセールスについて心配することはなかった。そして、このクライアントはそういう枠をたくさん持っていた。
ところが今年度からそういう宣伝戦略をやめてしまったのである。
そして、これからは自社の商品キャンペーンの時期にあわせて都度都度で広告を出していくという方針に切り替えてしまった。
これは媒体社にとっては大変な衝撃である。なにしろ、これまでは実績枠の確認ができれば、あとはきちんとした広告収入をそのクライアントから得ることができる。そういう媒体がいくつかあれば、ベースとなる安定した広告収入を計算できるわけで、雑誌業界は長年、こういう慣習の中で動いてきた(もちろん広告代理店も)。
しかし、その実績枠がなくなってしまえば計算が立たなくなる上、新たな広告主を探さなければならない。ところが雑誌広告の価値そのものが下がり始めているなかで、同じレベルの広告出稿をしてくれる新たなクライアントを探すのは至難の業である。

もちろん、このクライアントが雑誌広告をすべてやめるといっているわけではない。
ところが、、、
このクライアントの要求はそれだけではなかった。広告を出稿する場合、単に雑誌本体に広告原稿を掲載するだけでなく、自社やあるいは媒体のWebページ、イベントとリンクして、より広がりを持った(広告的には「立体的」という言葉がよく使われる)宣伝戦略をとっていくというのだ。
つまり雑誌広告単体での有用性を、もはやこのクライアントは評価していないのである。その証拠にこの通達をするにあたっては、雑誌広告の効果検証についても触れられていた。
一方、媒体社としてはWebサイトの重要性は頭ではわかっていても各社によって対応はマチマチである。取組が進んでいる会社もあれば遅れている会社もある。遅れている会社の場合、ここへきて大不況の影響もあってドカンと大きく投資をすることができない。しかも、雑誌コンテンツをWebへ転用するとなるとモデルやカメラマン、デザイナーなど、さまざまなところから二次使用料を請求される。
結果として今春、このクライアントはWebへの取組が進んでいるある媒体社に大きな宣伝予算を投下した。

と、こうした流れを見ると、これから雑誌広告離れはますます進んでいくだろう。
なにしろ第一級のクライアントがこういう行動をとれば、ただでさえ深刻な雑誌離れにさらなるドライブがかかることは想像に難くない。
こうしたなかで各媒体社の勝負を分けるのは、Webに対する投資額とその進捗度だろう。雑誌としてどんなにいい媒体を持っていても、Webに対する投資が遅れてしまえばその媒体の価値は半減する。一方で、雑誌としては今一つでもWebサイトをうまく構築できれば広告収入を上げられる可能性はある(ただし週刊誌という媒体は週刊現代のようにたとえ部数を上げても相当に苦しいと思う)。
ここ最近の雑誌広告の状況を見ると、その優勝劣敗はそう遠くないうちに鮮明になると思う。

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2010/06/11

ドキュメント出版社 その3

 編集者と経営者

1999年、並河氏は男性誌BRIOを創刊する。女性ファッション誌で大成功をおさめた並河氏が初めて男性誌を作るということで社内外の期待は大きかった。
そのBRIOは昨年、残念ながら休刊してしまったため、結果的には大成功とはいえないのかもしれいない。だが、それでも光文社の収益に大きく貢献したことは事実である。
2000年代半ばには男性ファッション誌の創刊ブームが起きるが、これはBRIOとそして2001年に創刊されたLEONの成功があったからに他ならない。
この両誌はいずれも発行部数は女性誌ほど多くなかったが、そのわりに広告収入は好調だった。発行部数が少ないということは製造費も少なくていいわけで、そのわりに広告が入るとなればビジネスモデルとしては申し分ないわけで、他社もドッとこのカテゴリーに参入してきた。
ただし、BRIOがすでに休刊してしまったように、このジャンルは現在非常に厳しい状況にある。それは広告環境がここ数年で激変してしまい、こういう男性誌ビジネスが根本的に成立しなくなってしまったからだ。そういう意味では男性ファッション誌というのは雑誌広告ビジネス良かりし時代の最後に咲いた徒花的存在と言えるかもしれない。

話は少しそれるが、出版不況なる言葉が世の中に定着しだしたのは1990年代の半ばあたりからである。
書籍を編集していた私にもそれは実感としてあって、かつては25,000部から30,000部ぐらいがメドだった初版部数は時とともに20,000部、さらには15,000部へと下がっていったし、また既刊本の重版も減り始め、書籍部門全体としての採算性は悪くなっていった。
しかし、会社全体として見ると、それで経営がおかしくなるということはなかった。
その理由は雑誌ビジネスがしっかりと成立していたからである。
つまり出版不況は書籍専業の会社にとっては最初から大問題だったが、雑誌も発行しているいわゆる総合出版社にとっては経営を直撃するまでには至らなかった(もちろん書籍が売れないのは、とても困ったことだが)。
ところがここ数年は総合出版社もまた青息吐息の状態にある。それは雑誌(=広告)という高い利益率を誇ったビジネスモデルが崩れてしまったからに他ならない。要するに総合出版社にとって出版不況よりも広告不況の方がより深刻な問題だったわけだ(これは新聞にしてもテレビにしても同様)。
もちろん総合出版社にしても個別の会社によって置かれた状況は違う。
書籍、雑誌の他にコミックを持っている会社はコミック誌の売上げがあり、単行本コミックの売上げがある上にさらにライツ収入もある。また、雑誌コンテンツをうまくデジタル化することに成功した会社は、そこからデジタル広告の売上げ、さらにEコマースへとつなげることもできる。
つまりポートフォリオ的な考え方に立てば、売上げを構成する要素が多ければ多いほどリスクは分散されるわけで、さらに今後の出版業はデジタル化の成否が会社存続のキーポイントになる。

さて、ここまでが1990年代の話になるわけだが、並河氏によって創刊された雑誌はどれもこれも光文社の収益に莫大な貢献をしている。2000年代に入って創刊されたSTORY、HERS、美STORYといった雑誌も並河氏が築いたラインから派生した雑誌であって、光文社は並河氏の業績抜きに語ることはできない。その意味で間違いなく偉大な編集者であった。
だが、一方でこの成功は広告という圧倒的に利益率の高いビジネスと密接不可分の関係にあったこともまた事実である。つまり見方を変えれば、並河氏の業績は女性ファッション誌という広告の器をつくったことにこそあった。しかし、そう指摘されることは並河氏にとって本意ではないだろう。なぜなら編集者だから。

私はかつてホンダの社長を務めた川本信彦氏を二度ほど取材したことがある。川本氏というのはF1を初めとするホンダのレース活動を指揮し、かつては自らもレースエンジンの開発に携わった本田宗一郎直系の生粋のエンジニアである。
その川本氏が社長を引き継いだ時、ホンダの業績は決して良くなかった。が、ここからホンダはミニバン路線に転じて快進撃を開始する。
おそらくエンジニアとしての川本氏にとってミニバンというのは血が騒ぐクルマではなかっただろう。しかしホンダという大企業の社長としての川本氏にとって、ミニバンはなくてはならないカテゴリーであったはずだ。
つまりエンジニアとしての立場と経営者としての立場は自ずと異なるものなのである。

私が残念だなと思うのは並河氏の場合、社長になっても偉大な編集者であり続けたことである。それはいいこともあった半面、負の側面も少なくなかった。

※タイトルを変えました。現在、失業中とは言え、選挙の手伝いなどもあって少々バタバタしているので、この続きはしばらくしてから再開します。

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2010/06/10

田中良紹の「国会探検」 ~ 政界再編が準備されつつある

前エントリーではマスメディアの悪口を書いたが、一方、ネット上ではこのようなコラムも読める。
ちなみに田中良紹はTBS出身だけれども、出身媒体にはほとんど出演しない(以前は田中康夫のアクセスに出ていたが)。

田中良紹の「国会探検」

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 考えてみれば鳩山氏一人が辞めて小沢氏が辞めないのは最悪の判断である。メディアに洗脳された国民は小沢氏をここぞとばかり叩くだろう。大衆は判官贔屓で下衆だから、辞めた人間には同情するが辞めない人間は叩きまくる。正しいかどうかなど考えない。理屈もへちまもない。仮に小沢氏が辞めないつもりだったら二人揃って強行突破するしかなかった。しかし普天間問題を見て小沢氏は鳩山氏に辞任を迫った。それなら自分の辞任を条件に迫るのが政治家らしいやり方である。

 では何故「俺も辞めるから」という話ではなく「道連れ」にされた話が表に出たのか。そこに今回の政局のカギがある。一つは小沢氏に自分から辞める理由はないからである。検察と戦っている人間が非を認める訳にはいかない。だから他人から辞めさせられる形にした。しかし辞任を迫ったら逆に辞任させられたというのは実に「しまらない」話である。そして「道連れ」は小沢氏を決定的に悪役にする。それが狙いだったのではないか。

 普通の人間は自分の正当性を主張する事だけを考える。しかし政治家は自分のことより政治的成果を考える。感情や名誉欲に捕らわれたら政治家など出来ない。政治的な勝利を得るためには不名誉や屈辱も厭わない。それが政治家である。目的さえ達すれば不名誉や屈辱などいつでも回復出来る。
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詳細は↓
政界再編が準備されつつある

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それにしても止まるところを知らないメディアの劣化(とくにTBS)

菅直人新政権がいかなる政権なのか。日々読んでいるブロガーの論考を読むと、その論調はさまざまだが、個人的にはもう少し様子を見てから判断したいと思っている。

で、まあそれはともかくとして、、、

私は基本的にテレビ、そしてもはや新聞もほとんど見ないのだが、それにしても鳩山辞任→菅就任というこの間におけるメディアの報道ぶりというのは凄まじいまでに低レベルである。
もうただひたすら小沢一郎を極悪人に仕立て上げ、「小沢離れをした菅政権」を煽る。そのまた一方で、鳩山が辞任に追い込まれた直接的な原因となった普天間問題はもはや吹き飛んでいる。あれだけ大騒ぎをして、かつ確かに重要な問題である普天間問題より、どうやらマスメディアにとっては小沢一郎が「失脚」したことが嬉しくてしょうがないといった様相だ。

昨日の早朝、近所の土手を歩いていたら、前を歩いていた人が携帯ラジオを持っていて、それを歩きながら聴いていた。番組は森本毅郎・スタンバイだったのだが、まあ聴こえてくる話の内容がひたすら「脱小沢は良かった」「小沢離れの菅政権の行方は」、、、とそればかりで聴くに堪えない。私はさっさとこのラジオを持った人を追い越した。
そして昼。私は有田芳生さんの事務所にいたのだが、テレビのチャンネルはTBSになっていた。そこで普段は見ることのないこの時間帯の番組をながめていたのだが、これがまた森本毅郎の番組と同様、「小沢がどうしたこうした」一色である。私は思わずtwitterで、「『TBSだけは訴えたい』と石川議員に言われたテレビ局、今日も懲りずに真昼間から大偏向放送を垂れ流しちう。」とつぶやいた。

ちなみにこのつぶやきを補足すると、6月8日の夜、《緊急シンポ!「嵐の中の⇒嵐の中だった小鳩政権!! ~ニッポンは何を守ろうとしているのか!?」》というシンポジウム(主催 フォーラム神保町)が行われ、これがUSTREAMでも生中継された(アーカイブはこちら)。
そのなかで、石川知裕議員が会場に向かって「このなかにTBSの人はいますか?」と言ったあと、「弁護士から(報道のひどさについて言うのは)裁判が終わるまでと言われているけれども、TBSだけは訴えたい」と言ったのである。これは石川議員をめぐる陸山会の問題で、水谷建設から5000万円を受け取ったという事実無根の再現ビデオをTBSが放送したからだろう。ここ最近のTBSの捏造ぶりというのは枚挙にいとまがないが、なかでもこの件は本当にひどかった。にもかかわらず、TBSがこの件で石川議員に謝罪したという話は聞かない。

私は長年のイメージから、TBSというのは比較的まともな放送局という印象を持っていた。とくにラジオについてはその感が強かったのだが、どうも最近は様子が違う。前述の森本毅郎・スタンバイだけでなく、大沢悠里のゆうゆうワイドにはいまでも平然と田勢康弘が出てくるし、他の番組にも毎日新聞や時事通信の記者が出てきておかしなことを喋りまくっている。
作家の小林信彦は少し前に週刊文春のコラムで「TBSラジオは伊集院光の日曜日の秘密基地を辞めてからおかしくなりはじめて、アクセス終了でいよいよおかしくなった」というようなことを書いていたが、まさにおっしゃる通りである(いまやまともなのは「久米宏 ラジオなんですけど」とアメリカ嫌いを公言する係長「安住紳一郎の日曜天国」、そして「深夜の馬鹿力」ぐらいか)。

このTBSに限らず、読売グループにしても、朝日グループにしても、NHKにしても、そして産経グループは言わずもがなだが、、、およそマスメディアのほとんどはもはやジャーナリズムと呼べる代物ではなく、単に国民に対して霞が関独裁の意思を徹底させるための洗脳&捏造でしかない。
私は当ブログでいつも述べているように、現在のマスメディアというのは近い将来、必ず崩壊すると思っているが、それにしてもこの醜悪な面々には一刻も早く消えてもらいたい。

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2010/06/07

菅政権 ~ そう信じていないとやっていられない

菅直人新政権の支持率がわりと高い一方で、私の購読している少なからぬブログでは、この政権はすでに官僚に取り込まれているのではないかという指摘が出ている。
今、明らかなことは菅直人が表面上、「小沢離れ」なるものを実行していることだ。これをマスメディアは大喜びで報じているようである。
では、本当に菅直人は小沢から離れ霞が関に取り込まれたのか?
私はそうではないと思う、、、というかそうではないと思いたい。
民主党にとって直近の最重要課題は来るべき参議院選挙での勝利である。ここで参議院を安定して運営できるだけの勝利を得ないと、衆議院でいくら300議席以上を持っていても意味がないことは、自民党末期の安倍、麻生の二つの政権を見れば明らかである。
ところが、この参議院選挙での勝利が鳩山-小沢コンビでは危うくなってきた。そこで勝利のために選んだ最善手が菅直人を総理大臣にすること、そしてマスメディアの総攻撃をかわすことだったのではないだろうか。
実際、私も有田芳生さんの選挙を少しだが手伝っているが、この間の逆風というのはなかなか厳しかったが、これで風向きが変わることは事実だろう(ただし、街の声は意外に冷静で、マスメディアがしきりに出してくる世論調査の結果とは違った反応が多い)。であれば、この「小沢離れ」は正しいことになる。

では参議院選挙後の最大の政治課題は何か?
ちょっと前にテレビをチラッと見たとき、「菅政権の課題」なる話を田崎史郎という官房機密費授受疑惑のある御用記者が得々と述べたてていて反吐が出たものだが、その内容はくだらない政局話に終始していた。
が、私に言わせれば民主党政権の最大の課題は、前政権に引き続いて霞が関という独裁権力からその力を奪い取ること、そしてその広報機関であるメディアを叩き潰すことである。そのためには小沢一郎という政治家がどうしても必要だし、菅直人もそれはわかっているはずだ。
だから鳩山、小沢、菅の3人は、これからもその政治目標に向かって、裏では手を組んで行くのではないかと思うし、そうであって欲しい、そうでなければならないと思う。
小沢一郎という人は、自分が表舞台に立たなくても、自らの政治目標が達成されればそれでいいという考えの持ち主である。そして、むしろ裏側にいる方を好むようだ。
だったら小沢一郎は水面下に潜って、霞が関とメディアの足を思い切り引っ張り込んで窒息死させてくれればいい。
私はそう思うし、そう信じていないとやっていられない。

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ドキュメント出版社 その2

 1990年代の光文社

並河氏が取締役に昇進した当時の社長は小林武彦氏だった。光文社は出版界では有名な労働争議を経験している。その時の総務部長が小林武彦氏で、当時の社内では絶大な権力を持っていた。在任期間も長く、私が入社した時点ではすでに社長だった。
大争議の結果として、光文社は300人規模の会社であるにもかかわらず、第一組合と第二組合に分かれている(ただし第一組合は定年等でほとんど人がいなくなった)。
小林社長時代、第一組合は小林武彦氏の経営をずいぶんと批判していたが、今考えるとそれなりに堅実経営だったと思う。ただ、任期の後半で勲章亡者になってしまって引き際を誤った。
その小林氏の後、社長に就任したのが平野武裕氏(就任は1996年で2期4年社長を務めたと記憶している)。女性自身の編集長を務めて取締役に就任。その後、小林氏の次は平野氏という路線が敷かれていた。
平野氏は誰に対しても人当たりが良く、温厚な人物だった(私はあまり接点はなかったが)。ただ、1990年代半ばから出版不況が言われ出したなかで、社員をグイグイと引っ張って困難を切り拓いていくタイプではなく、どちらかというと平時の人だった。
さて、この1990年代を見ると、1995年にVERYが創刊されている。もちろん編集長は並河良氏。
JJで掘り当てた鉱脈はCLASSY.へとつながり、さらにVERYでも大成功をおさめる。創刊号が出た直後、販売部の前に販売担当役員の名前で完売御礼の張り紙が出ていたのを私は記憶している。もはや並河氏の手腕を疑う者は誰もいなかった。
ただ、冷静に考えてみると、JJ以下の雑誌が光文社の米びつになった原因は、雑誌が売れたことで広告収入が大幅にアップしたからでもあった。広告というのは、もちろん媒体あってのものである。が、同時に広告がないと雑誌(とくに女性ファッション誌)はやっていけない。そういう意味ではクルマの両輪なわけだが、しかし光文社は常に編集の力が圧倒的に強く、広告の発言力は弱かった。
ま、当時は雑誌が売れれば広告はついてくるもので、しかも純広告の利益率は圧倒的だった。ただ、このビジネスモデルは2000年代に入ってwebが登場するとともに徐々に変質し、そしていまは完全に壊れてしまっている(この件についてはこちらをご覧いただきたい)。そういう意味では、並河氏の成功というのは、いい時代に鉱脈を掘り当てたとも言えるわけで、「不思議の勝ち」の要素も十分にあったのだと思う。

 驚愕のキャッチコピーをつけた創刊雑誌

ここで話はそれるが、時系列的にはVERYの次の創刊雑誌なので、1997年に創刊したテレビザウルスというテレビ雑誌にも少しだけ触れておく。
当時はテレビ雑誌が好調で、「ではうちでも」ということで創刊されたのがテレビザウルスである。これは女性自身のグループから創刊された。
といっても、まったく売れずにあっという間に休刊になってしまったのだが、私がビックリしたのは創刊前に会社の1階ロビーに設置された創刊告知の大きな看板だった。そこにはこんなキャッチコピーがついていた。
「おもしろいことは、みーんなテレビから」
記憶で書いているために文字の閉じ開きなどは違っているかもしれないが、文句としては間違いなくこう書いてあった。私はこれを見た瞬間、「ををっ、会社の一番目立つ、お客様が入ってくる場所で社業を否定している」と思って愕然とした。が、そう思ったのは私ぐらいのものだったようで、この看板はしばらくそこに掲げられていた(一応記念に、当時持っていたカシオのデジカメで撮影したのだが、そのデータがない)。

 並河氏の女性自身「改革」

さて、平野氏の社長2期目に入った1998年夏。並河氏は自分が統括するファッション誌グループ以外に、女性自身の担当役員にもなった。
元々、並河氏は女性自身の出身で、JJという雑誌の名前は「女性自身」の二つのJをとってネーミングされたものである。
並河氏は女性自身担当役員になると、まず編集長にJJ創刊時からの子飼いの部下で、JJの二代目編集長、そして当時はGainerの編集長を務めていた小井貞夫氏を起用した(小井氏も入社時の配属は女性自身)。そして並河氏の大号令のもと、12月には女性自身の大リニューアルが敢行された。
そのリニューアルがどのようなものだったか。当時の日経デザイン(1999年3月号)の記事から少し引用してみる。

******
小井貞夫氏が「女性自身」(光文社)の編集長に就任したのは98年8月。12月には,ポスターキャンペーンとともに誌面リニューアルを敢行した。今の若い人に聞くと「女性自身」は何か触れてはいけない雑誌,電車の中では読みにくい雑誌というイメージがあるのだと言う。「そんなイメージを払しょくしたい」というのが,創刊40周年を機にした今回のリニューアルにかけた思いだった。

変化を印象付けるデザイン作戦

 65年に光文社に入社して,最初に配属されたのが女性自身編集部だったという小井編集長。「当時はOLをサポートする雑誌としての性格を明確に打ち出していた」と振り返る。新人時代の数年を女性自身編集部で過ごした後,「ジェイジェイ」の創刊に携わり,「ゲイナー」の編集長を経て久し振りに古巣に戻ってみると,「女性自身」はすっかり変わっていた。年齢の高い読者が増え,幅広い層の興味をカバーしようとした結果,だれのための雑誌か分からなくなっていたのである。
 創刊時のコンセプトに立ち返り,20代半ばのOLにターゲットを絞り込むことにした。まず,若い女性がコンビニやキオスク,書店で手に取りたくなるような,すっきりとした外観が不可欠と判断した。

(中略)

外見を変えて促す記者の意識改革

 変身宣言をし,雑誌の外見は変わった。しかし「一番難しいのは記者の意識改革だ」と小井編集長は語る。編集部員は現在31人。外部も含めて,その約3倍のライターが記事を書く。1人1人に変化の意図を浸透させるのは大仕事だ。まず外見を変えることによって,目に見える形で示し,記者の意識改革につなげようという意図がある。記事内容も,興味本位のゴシップ中心から,OLが必要としている仕事や生活にまつわる情報にシフトしていく方向で構成している。主婦向けの記事を排除して,代わりに20代女性の不満足感をフォローするような内容も多くした。
 誌面リニューアルから2カ月余りが過ぎた。まだ数字として結果が出るには早すぎる。が,プレゼント企画に応募してくる読者は20代,30代が増え,若返りの兆候が見えてきた。ただ,人間だれしも「のぞき見たい」という煩悩があるのも否定できない。「女性自身」がファッション誌のように洗練されてしまったら,逆にこの雑誌の持つ強さが薄まってしまう危険性もある。「強さ」と「美しさ」のかじ取りがリニューアルの成否を決めるかぎとなるだろう。
 美容院や銀行に置いてあるから読む雑誌から,指名購入する固定読者が付く雑誌に変身できるかどうか。「半年くらいかけて結果が出れば」と小井編集長はつぶやく。
******

この記事を読むと、当時、並河氏と小井氏の女性自身に対する危機感もわからないではない。だが、現に成功して大きな利益を出しているビジネスモデルに手をつける、読者のターゲットをまったく変える(つまりは「週刊JJ」を作りたかったのだろう)のは、あまりにも危険だった。
で、この大リニューアル敢行の結果、女性自身はどうなったか。
部数は激減し、それまで女性週刊誌のトップを独走していたにもかかわらず、あっという間に女性セブンに抜かれ、さらに断トツ3位だった週刊女性にまで抜かれてしまったのである。
私は広告部に異動してから、当時のことを同僚から聞く機会が何度かあったが、週刊女性に抜かれた時には慌てたという。
そしてこの直後、並河氏も小井氏も女性自身から外れることになり、女性自身はリニューアル前の姿に戻された。
そもそも女性自身は光文社の稼ぎ頭であったし、当時の社長は女性自身出身の平野氏である。他にも女性自身の関係者は社内にたくさんいたわけで、さすがにこの部数激減に黙って指をくわえて見ているわけにはいかず、女性自身のビジネスモデルはすんでのところで守られた。
そして、今日まで女性自身は光文社を支える媒体として生き残っているわけだが、しかしこの大リニューアル後、女性セブンに奪われた部数トップの座を取り戻すことはできていない(瞬間風速で抜くことはあるが)。
それにしても、、、
今、こうして書いていると、並河氏というのは同じ失敗をその後も繰り返しているんだなあとつくづく思う。しかし社長になった並河氏に対しては、女性自身リニューアルの時のように歯止めをかける勢力がおらず、結果、傷口がどんどん広がっていってしまう。

当時のことに話を戻すと、並河氏、小井氏とも、女性自身を外れはしたが、それでも並河氏の権威が失墜することはなく、責任を問う声もそれ以上はなかった。
そしてその後、並河氏は社長に昇格するわけだが、小井氏はGainer編集長に戻り、取締役に昇進することはなかった。
ただし小井氏は監査役に就任する。監査役というのは取締役に比べると一段、落ちるように思われがちだが、実は株式会社においては非常に重要な役職で、本来は取締役の業務執行を監査しなければならない。つまり会社を経営している取締役をチェックできるポジションにある。そこに子飼いの小井氏を充てるということは、監査機能が働かないことを意味していた(もう一人、社外の監査役がいるが)。これは社内では見落とされがちだったが意外に重要なことだったと私は思う。
で、私が時々、親しい人にそんなことを言ってみると、「それはお前さんの言う通りだが、小井さんにそれを望むのは無理でしょう」という答えが例外なくかえってくる。このように、「本来であれば、あの役職ではこういう仕事をしなければならないけど、あの人にそんなことを望むのは無理だよね、、、」ということで許されてしまう、あるいはあきらめてしまうケースが光文社には多かった。

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2010/06/06

有田芳生「闘争記」出版記念パーティー

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横田早紀江さん/有田芳生「闘争記」出版記念パーティー

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2010/06/04

有田芳生 ~ 参議院選挙に向けて

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霞が関との闘いの正念場 に登場する菅直人に期待する

菅直人が総理大臣になる。
かつて厚生大臣時代に薬害エイズ問題に取り組んだ時は、いつかこの人が総理大臣になって欲しいものだと思ったものだった。しかし、その後の政治状況のなかで菅直人が総理大臣になる日は遠のいていった。
その間、私はだんだんと菅直人ってどうなんだろう、やっぱり他の政治家と一緒でダメなのではないか、、、と少しく疑問に思うようになった。
その疑問が晴れたのは、昨年夏の衆議院選で有田芳生さんの応援に入ってくれた菅直人を間近に見た時だった。
彼は公示前公示後の2回、東京11区に入ってくれたのだが、最初の時は有田さんと菅直人が事務所内で少々雑談する時間があった。
私は編集をやっている時代に少しだけ政治家とは付き合いがあったし、議員会館の中をうろついたこともあったのだが、与党、野党にかかわらず、実際に接してみると政治家というものに違和感があった。その雰囲気は私の能力ではなかなか言葉にはできないのだが、一般市民とは何か根本的に違う雰囲気を身にまとっていた。したがって、たとえ野党が政権をとったとしても(現実的にはその可能性は皆無だったが)政治が大きく変わるようには思えなかった。
ところが、間近で見た菅直人にはそういう違和感がなく、むしろこれまで見た政治家には感じたことがない、「やっぱりこの人は市川房枝の流れを汲んだ人なんだナ、市民運動出身という原点があるんだナ」という雰囲気が濃厚にあった。
以来、私は菅直人を見直して、民主党が政権をとったからには一度は総理大臣をやって欲しいと思ってきた。

ただ、現在の政治状況は相当に難しい。このエントリーで書いたように、いま霞が関と民主党政権の闘いのいよいよもって正念場にさしかかっていると思う。それだけに、引き続き菅直人に対しても既得権益者たちはマスメディアを最大限に使って総攻撃を仕掛けてくることは間違いない。
私は菅直人なら乗り切れるとは思うが、一方で彼は民主党の最後の切り札だとも思っているので、ここで菅直人が潰れた場合は霞が関独裁の勝利に終わる可能性が高い。
だから私としては小沢総理で霞が関壊滅→菅総理で日本再生という順番でいって欲しかった。が、ことここにいたっては菅直人で霞が関壊滅&日本再生をやってもらわなければならない。
私は小沢一郎という政治家を今でも必要だと思っているし、これからも菅直人を支えて欲しいと思っているが、小沢のただひとつの弱点は、彼もまた世襲議員だということだ。実力があればそれは関係ないともいえるが、鳩山を含めてこれほどまでに世襲議員の総理大臣が続いた今、自分の意志で政治家を目指し、ゼロから自分の力で階段を一つ一つ上り、ここまでたどり着いた政治家はそれだけで光り輝いている。
歴代の総理大臣をさかのぼってみると、森喜朗だって父親は町長とはいえ政治家だった。この森を世襲と同列に扱うと、世襲でない総理大臣は村山富市にまでさかのぼる。が、村山にしても労働組合出身、つまり組織内候補なわけで、本当の徒手空拳ではない。と、こう考えていくと菅直人の存在は本当に貴重だ。
そして菅直人は政治家を志した時から自分が総理大臣になったら何をするか、どうやって官僚と接するかを考え続けてきたと思う。
私が思い出すのはテリー伊藤著「お笑い大蔵省極秘情報」(1996年初版)の中での傲慢な大蔵官僚連中の発言である。いまこの本が手元にないので記憶で書くのだが、テリーから「大臣としてイヤなタイプは誰か?」と聞かれた大蔵官僚は「これは今の時流に乗ってしまうので、あまり言いたくはないが菅直人」と答えたと記憶している。そうして、薬害エイズ問題での菅直人の官僚に対する接し方を渋々誉めていた。
霞が関との最終決戦の正念場に菅直人が登場したのは歴史的必然なのかもしれない。

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2010/06/03

ドキュメント出版社 その1

 業績の落ちる会社に不思議の落ちなし

いきなり最初から話は脱線するが、野村克也という野球人は、人によって好き嫌いがはっきり別れると思う。
私は好きなタイプで、かつてこんなエントリーも書いた。
その野村が発する語録の中で私がとくに好きなのは「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」で、これは企業経営、組織のマネージメントにも通じると思っている(この言葉自体は剣道用語の引用らしい)。
この言葉を企業経営に置き換えれば、「伸びる会社に不思議の伸びあり、落ちる会社に不思議の落ちなし」というところだろうか。つまり伸びる会社には実力だけでは説明できない幸運が伴うものだが、業績が落ちていく会社には、組織の中に必ずその原因となる要素があると私は思う。
で、私が何を言いたいのかというと、並河社長の後を継いだ高橋基陽(もとはる)現社長は、この2年間の経営的苦境を常に外的要因、つまりwebの登場による出版環境の変化、そしてリーマンショックに求めた。そして並河時代の経営的失敗を認めることについては極めて消極的だったと思う。つまり、今ある状況は天災であって人災ではないというわけだ。
確かにwebの登場によって出版のみならず新聞社もテレビ局も経営的には苦しくなっているし、リーマンショックによる広告の落ち込みはすべての媒体を直撃している。
しかし、その結果として光文社が苦しいのなら、他社も光文社とほぼ同等の苦しさでなければならない。だが、実際にはそうではない。着々と次への布石を打っている会社もあるし、今のこの状況に動じることなく、落ちているとはいえそれ相応の業績を上げている会社もたくさんある。
つまりwebの登場やリーマンショックは言い訳に過ぎないのである。
したがって光文社を再建するためには、まず何よりも組織の内部で抱えている問題、ダメになった要因を究明することが必要だと思う。そのためには、並河時代の経営を総括し、責任を明確化しなければならない。

 並河氏と初めて話した日

さて、私は先日のエントリーで書いたように1985年に入社してカッパ・ビジネスに配属されたため、雑誌、まして女性ファッション誌などとの接点はまるでなかった。当時は編集部が入っているビルも別れており、もうまるで別会社のようなものだった。私の同期に一人、当時、並河氏が編集長をつとめていたCLASSY(創刊は1984年)に配属された男がいて、彼は相当に苦労しているらしいという話は風の噂に聞こえてきたが、なにしろ顔も合わせることもないのだから、いったい何が大変なんだかはさっぱりわからなかった。
その並河氏と、しかし私は入社してから3、4年後、一度だけ昼食を一緒に食べたことがある。場所はホテルニューオータニのなだ万だった。
この頃、私が所属していたカッパ・ビジネス編集部は上司と私の二人だけで、あとは一人、入社したばかりの女の子がいるだけだった。当時の上司は自動車評論家の徳大寺有恒氏と親しかったため、徳大寺氏の本を作るために氏をホテルニューオータニに缶詰めにしていた。そこへ並河氏がやって来たわけだが、その要件とはCLASSYの書評ページを担当して欲しいという依頼だったと記憶している。私は初めて並河氏と話す機会を得て興味津津だった。
この時に記憶しているのは、徳大寺氏と並河氏のいくつかの会話である(ちなみにこの二人は以前より面識があった。お互いに個性が強いので、仕事をするとその都度、意見が対立するのだが、しかしウマは合うというようなことを二人ともが言っていた)。
その一つは年齢についてで、徳大寺氏が「並さんってもう50になったの?」と訊くと「もうなってるよ」とぶっきらぼうに答えた。すると徳大寺氏は「おれさあ、もうすぐ50になるんだけど、どんな気分なの?」と訊いた。で、その先の並河氏の答えについては覚えていない(当時のこの人たちの年齢に今の自分が近づきつつあることには正直、驚く)。
そしてもう一つ覚えている会話は、徳大寺氏が「並さんさ、なんで取締役にならないの?」と訊いたことである。当時、まだ並河氏は編集長であったが、すでにJJを成功させ、CLASYYを軌道に乗せていた。それを考えると確かに取締役に昇進していも良さそうなものであった。すると並河氏はこれまたぶっきらぼうに「(当時の役員が)させたくないんだろっ」と答えた。
こんな会話を聞いてからしばらくした夏の日、社内に役員改選についての社告が貼り出されており、それを見ると並河氏は取締役に昇進していた。

※実は今日は週刊宝石休刊の前段となる女性自身のリニューアルについて書こうと思っていたのだが、そこへたどり着く前に長くなってしまったので、続きは次回に。

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2010/06/02

霞が関独裁との闘いは、ここからが正念場である

鳩山、小沢の辞任の報を受けて、、、

私が民主党政権に期待したことはただ一つだけである。
それは、霞が関による高度な独裁国家という、およそ民主主義とはかけ離れたこの国の本質を根本から変え欲しいということだった。

小沢一郎が民主党の党首にするとともに自民党の凋落が顕著になり、民主党政権の誕生が次第に現実味を帯びてきた昨年春、次期総理大臣の有力候補だった小沢は西松問題という「事件」をでっち上げられたことをきっかけに辞任した。
が、その後、鳩山由紀夫が党首として民主党を引っ張り、結果的に政権交代は実現した。
当初、私はこれで霞が関独裁に終止符が打たれるのだろうと思っていた。

ところが、真の意味での権力交代はまだ実現していなかった。
したたかな権力者たちは、民主党の中にウイルスを仕込んでいた。そういう連中が政権の足を引っ張る一方で、霞が関の権力と一体であるという事実を臆面もなくさらけ出したマスメディアは、既得権益を死守するために鳩山政権に対する総攻撃を開始した。

だから私は鳩山由紀夫と小沢一郎を応援していた。鳩山が普天間問題でグダグダとやっているのも、実はしたたかに霞が関との権力闘争を勝ち抜く手法なのではないかと考えてきた。
だから、あの煮え切らない、わけのわからない迷走にも一定の評価をしてきた。
少なくとも、鳩山があのように迷走したからこそ、普天間問題というのはここまで国民に浸透したと思う。
毎日新聞の世論調査によれば、普天間の辺野古移設について52%が反対しているという。
また社民党の連立離脱も64%が支持しているとのこと。
つまり、辺野古ではダメだという声が大勢であるから、そして鳩山自身が辺野古移設に反対する態度を覆したから辞任に追い込まれたわけだ。
一方、既得権益者たちはどうしても辺野古へ移設したい。日米同盟利権の亡者たちにとって、それ以外の選択肢はないわけだ。
と、考えると、霞が関とマスメディアという既得権益者たちは、ついに鳩山と小沢を辞任には追い込んだものの、こと普天間移設問題について考えると、まだまだ辺野古移設は微妙であるように思う。
なにしろ鳩山は辺野古に移設すると言ったことで辞任したのだから。
だとしたら、次の総理大臣に誰がなっても(たとえ衆議院選挙をやって自民党が政権に復帰したとしても)、辺野古に移設を強行することはもはや難しい。

つまり、鳩山・小沢コンビの霞が関独裁権力に対する闘いはまだまだ終わっていないのであって、これからが正念場なのではないか?
だとしたら、鳩山・小沢コンビはもはや失うものは何もないのだから、霞が関独裁をぶち壊すことに残りの政治生命を賭けて欲しいと思う。

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2010/06/01

退職後~私の経歴と今考えていること

昨日をもって25年間勤務した会社を早期退職した。
政局が緊迫していくなかで書きたいことはいくつもあったのだが、ここ最近は仕事の引き継ぎや挨拶回りなどをするだけで精一杯で、ブログを書く余裕がなかった。
しかし、これからは少なからぬ時間ができるので、できるだけ更新頻度を上げていこうと思っている。
そして現在進行形の政治やメディアの話と並行して、これまでの自分の会社員生活を振り返るエントリーも書いてみようと思っている。
ということで、以下、私の経歴と今考えていることを書きます。

私は1985年、東京都文京区にある光文社という出版社に入社した。
最初の配属はカッパ・ビジネス編集部(カッパ・ブックスグループの一部署)、その後、いろいろな組織変更があったが要するにカッパ・ブックスのグループの中でまずは15年間を過ごした。
ここで最初に担当したのが小室直樹氏であった。もちろん、この時には直属の上司(彼が小室直樹氏を世に出した編集者だった)について、いわゆるカッパ・ブックスの本作りのノウハウを学んだ。
その後、徐々に一人立ちをして、ビジネス書やハウツー本から一般のノンフィクションに至るまで、ほとんどありとあらゆる本を作った。
そして、当ブログに時折アクセスをしていただいている方からお叱りを受けることを承知で書けば、その中には小泉純一郎著「郵政省解体論」、「官僚王国解体論」という二冊も入っている。この二冊の本は、いずれも大した内容ではないが、しかしその後の日本の政治の流れに少なからぬ影響を与えたことも事実である。当たり前のことだが、これらの本ができた経緯について私は誰よりもよく知っているわけで、当時のことはこれから書かなければならないと思っている。

さて、入社から15年後の2000年、私は週刊宝石編集部に異動した。私たちの世代にとって週刊宝石は憧れの職場だったが、この頃には徐々に部数が落ち始めており、それが社内でも少しずつ問題になっていた。
しかし、私としてはやっと初めての異動を経験したことがとても嬉しかった。ただ、年齢がすでに30代も後半にさしかかっており、ここから週刊誌の生活をスタートさせるにはちょっと遅かったことも事実である。だから、週刊宝石では大した仕事はできなかった。
そしてこの2000年の夏、光文社では役員の改選があり、常務だった並河良氏が社長に就任した。この並河氏はJJ、CLASSY.、VERYという光文社の米びつとなる女性ファッション誌の創刊編集長で、その後、男性誌のBRIOの創刊編集長も務める。要するにファッション誌の天皇ともいえる存在で、その影響力は自分の担当分野以外にも広告部門にまで及び、その権力は絶大なものがあった。
そういう人物が光文社の代表取締役に就任して、「光文社はネットよりも紙媒体を中心にやっていく」と高らかに宣言して最初に乗り込んだのが週刊宝石だった。そして結局、週刊宝石は2001年1月をもって休刊になる。私の10か月あまりの週刊誌生活はあっけなく終わり、いいことはあまりなかった。ただ、一つの雑誌が休刊になる現場に居合わせるという、それはそれで貴重な体験をした。
その後、私は書籍部門に戻ったが、2002年の10月から広告部へ異動となり、昨日、早期退職するまでの8年弱、広告営業に従事した。
この間、広告営業の現場から目撃したのは、並河氏が自社の、まして自分が作った媒体の広告を含めた収益モデルをぶち壊していく姿だった。私なんぞは、高杉良氏の小説「濁流」で描かれた某経済雑誌の社長兼主幹にそっくりだなと思ったほどだ。しかしこれに対して現場の危機感は日ましに高まっていったにもかかわらず、社長に近い役職の人ほど何も言えなかった。逆らえば自分の身が危うくなることが怖かったのだろうが、それは私には不作為の罪にしか見えなかった。
一方、「並河改革」は書籍部門にも及んだ。カッパという名前が嫌いだったらしく、カッパ・ブックスというブランドは光文社から消されてしまった。光文社新書が創刊され成功するという慶事もあったが、しかし長年にわたって先人が培ってきたブランドを捨てる必要があったのかは大いに疑問が残る。
また、文芸部門に対しては、大きな収益源だった官能小説禁止令を出し、「芥川賞や直木賞作家を使え」という指示を出したという。だが、そんな路線が官能路線以上の大きな収益をもたらすはずはなかった。
そうして、まるで三光作戦のような経営を繰り広げた結果、光文社の屋台骨は揺らいだ。
ところが並河氏にしても、あるいはその指示を受けて動いた人たちにしても、誰一人として責任をとることはなかった。それどころか、並河氏の肝煎りで創刊した雑誌が大ズッコケをしても編集長は責任を取らされることもなく、むしろ出世していく。それは丸山真男が指摘するところの「天皇制の無責任体制」のようであった、、、

私は自分が長く勤務した会社が立ち直ることを強く願っている。だが、そのためには2000年から8年間続いた並河時代に何をどう間違えたのか、そしてその責任の所在はどこにあるのかをきちんと総括することが絶対に必要だと思っている。
そこで私自身が目撃したこの時代のドキュメントも折に触れて書いてみたいと思う。
ちなみにその話は週刊宝石休刊からスタートする。

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