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2009/10/30

田中康夫知事時代の信濃毎日を思い出す日経の民主叩き

来年行われる予定の長野県知事選について書きたいと思っているのだが、その前に小ネタを一つ。

明日で我が家の宅配購読が終了する日経は、今日の朝刊も相変わらず1面から民主党叩きのオンパレードである。それは田中康夫知事時代に守旧派の嫌疑県議や既得権益者とスクラムを組んでデタラメを書きまくった信濃毎日(他のマスゴミも同様だったけどね)と同じ様相を呈している。

1面左肩「政権 第3部 混沌④」の結び。
「『民主党は多くの大衆受けする変革を進めている。しかし、それはまた人々を不安にさせている』。英エコノミスト誌による総括が市場の声として国内外で定着しつつある。」

なにかというと「市場の声」。勝手に空気を作って、それを書けばいいわけで取材する必要がないから便利。謝礼もいらずコスト削減によろしい。が、そもそも英エコノミストの記事は恐らくスタートしたばかりの政権についての現状の論評だろう。ところがこれを「総括」としている。総括ってのはある事象について、それなりの時間が経過してからするものではないかね? つまり英エコノミストの記事を「総括」と報道するところに日経の意図がある。

2面社説のタイトル「逆向きに走り出す日本郵政」の書き出し。
「郵政改革の方向を大幅に変更する政府方針の下、日本郵政の経営陣も入れ替わった。官から民へ、資金の流れの転換を目指した小泉内閣の民営化とは逆向きに走り始めるとみられる。憂うべき事態である。」

日経はホントに小泉が好きだったんだねえ。かんぽの宿がオリックスにアホのよーに安い値段で売却されるように絵図を描いた竹中や宮内といった売国奴連中の行為こそ“憂うべき事態”であるが、日経にはそういう認識はない。

2面 「首相、同盟再検証の意向 『日米対等』にこだわり 米の反発は必至 政府内にも当惑広がる」という記事のリード。
「鳩山由紀夫首相は29日、在日米軍駐留費の日本側負担(思いやり予算)を含め、日米同盟を包括的に再検証する考えを打ち出した。沖縄県の米軍普天間基地の移設問題や日米地位協定の改定など民主党が掲げてきた主張が念頭にあり、政権交代を機とした「対等な日米関係」との理念へのこだわりだ。だがこれまでの日米合意を根底から覆しかねない発言だけに米国の反発は必至。政府内にも当惑が広がっている。」

政権が代われば外交が変わる。それは当たり前。鳩山は別にアメリカと対決しようというわけではない。ただ従属、隷属する関係を変えようとしているだけだろう。アメリカとすれば、これまで他の国と違ってなんでもかんでもアメリカの言うことを犬のようにきいてきた、厳しい外交交渉など必要皆無だった相手の態度が政権交代とともに変わりつつあるとなれば、当然、反発するだろう。しかし、日本が独立国として真っ当な交渉をすれば、アメリカも変わらざるを得ない。それが交渉というものだろう。つまり今はその綱引きをしているのであって、これが本来の外交とゆーものじゃないの? 日経の論調は一貫して「とにかくアメリカ様を怒らせるナ」だが、だからこれまでさんざんバカにされてきたんじゃね? つーか、おそらく日経の社員ってまともな交渉ごととかしたことがないんだろうね。

でもってこの記事に関する識者のコメントが森本敏・拓殖大大学院教授。
「鳩山由紀夫首相が日米同盟を外交の基軸とすると表明していることは適切だと思うが、いま求められているのは同盟の見直しより、日米が直面する懸案をきちんと処理していくことだ。特に、普天間基地をはじめとする在日米軍再編は最重要課題で、その次にアフガニスタン問題がある。だが、首相はこれらへの具体的な対策を示していない。11月12日のオバマ米大統領の来日後に、米側からの圧力を受けて対策を出すような印象を与えるのは望ましくない。首相は危機感が欠けているのではないか。政府内でも意思が統一されていない印象を受ける。」

日経レベルでは識者というと森本敏らしい(w

で、まあ他にも小ネタはたくさんあるのだが、呆れるのが5面の「政権 見えてきたもの④」というインタビュー記事。今日は東大教授の御厨貴。
「――鳩山政権の政策の全体像が見えにくいとの声が出ています(筆者注・これは記者の質問)。
 民主党はマニフェストで細かい政策を打ち出すのは得意だが、国家像を語れないのが弱点だ。与党になって何をするかと聞かれ、『子ども手当』ではやはりおかしい。何のためにその政策を展開するかという答えが必要だ。」

北海道大学の山口二郎もそうだが、旧帝大の教授ってこんなレベルでなれるんですか? 二流大学出身の私としては一応、恐る恐る言ってみるが、御厨ってバカじゃね? 今週放送のアクセスで田中康夫は鳩山の所信表明について「理念はすばらしいが、じゃあ具体的にどうするの?というところが問われている」という趣旨のことを言っていたが、大方の評価は鳩山が語った国家像には賛意を示している。ただ具体論が少なかったという評価が多かったと思うが、この人の理解では「与党になって何をするかと聞かれ、『子とも手当』ではやはりおかしい」のだそうだ。
ついでに言うと「子ども手当」については、「国民の生活が第一」というこの政権の運営方針の象徴であって、決して小さな問題ではないと思いますがね。

ということで、、
やっぱりこの新聞の購読をやめて良かった。
とはいえ明日まで宅配されるので、その最終日は月末の土曜日でもあるし、いっそのこと職人あたりの大ネタをかまして欲しいものである。

追伸 日経さんへ。
もし日経のスポーツ面だけをネット上で月500円ぐらいで読めるようにしてくれたら購読しまっせ。

※もう一つ追加。
鳩山が所信表明で青森のおばあんさんのことを語ったくだりで自民党議員が「「そんなものどこにでもいるよ!」というヤジを飛ばしたことはいろいろなところで書かれている。が、以下のシーンについてはあまり出てない。
実は私はそのシーンを出勤前のバタバタしている時に「とくだね!」でチラッと見ただけで、詳しいことは覚えていない。したがって非常に心もとない記憶に基づいているのだが、、、(最近、物忘れが激しいのです)
それは、やはり鳩山が演説をしている時のこと。カメラが議場内で座っているアホータローに振られたのである。その時に鳩山がどんな内容を話していたのかは覚えていないが、とにかくその内容に対してアホーが恐ろしく品性の低い態度で、小馬鹿にしたような笑いをしたのだ。そのシーンは一瞬ではあったが、アホーの人間性を余すところなく伝えた映像であった。だから頭に焼きついた。確かにそういう映像があったと思うのだが、ご記憶の方はいらっしゃいますか?

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2009/10/27

もうひとつラジオネタ-思考停止した記者たちの呆談

前エントリーに続いてもう一つラジオ、というかポッドキャストネタ。
以下の2つのファイルは先週金曜日に放送されたアクセスのポッドキャストである。


アクセス特集10/24アクセス特集・二木啓孝+乾正人+早野透+武田一顕+麻木久仁子

インターネット対談10/24インターネット対談「二木啓孝×乾正人×早野透×武田一顕×麻木久仁子」

乾正人は産経新聞政治部長。早野透は朝日新聞編集委員。それに二木啓孝、武田一顕(TBS国会担当記者)、麻木久仁子の5人で話をしているわけだが、、、
ひとくちで言って思考停止集団の呆談だな、こりゃ。

私の知る限り新聞記者(あるいは雑誌編集者)というのは、その多くが広告についての知識が乏しい。
したがって実は会社の収益を支えている広告の現場がどのようなシステムで動いており、しかもいまどうなっているかということについて知らないのである。
最近、私はある出版社の広告営業マンに「おたくの会社の編集現場には危機感がある?」と聞いてみた。
すると返ってきた答えは「ぜんぜんないですよ。この期に及んでも『いいものを作れば売れる』とか言うんですよね。でも、そいつが作ってるものって売れてないんですよ。なのにあの根拠のない自信はなんなんだろうってホント思いますよ」。
これを聞いていた同業他社の営業マンはみんな大笑いしたが、しかし多かれ少なかれ各社とも事情は同じ。
メディアというのは往々にして記者、編集者の地位が圧倒的に高い。そうしてぬるま湯にドップリと浸かっていた彼らは激変する環境の変化にまったく対応できない(というよりも理解できない)。しかも困ったことに年齢が上がるほど、つまり経営中枢に近づくほどその傾向が強いのである。

ポッドキャストに話を戻すと、彼らは新聞はなくならないというようなことを言っているけれども、残念ながらこれはあまりにも能天気な予想である。もはや新聞社のビジネスモデルは販売システムにしても広告システムにしても完全に行き詰っている(広告については、近いうちにまた書きたい)。
もちろん会社によって差はあるが、おそらく全国紙の方がより厳しく、地方紙の方が全体的に多少寿命が長いだろう。
早野や乾は新聞はそれぞれに論調が違うし、事実を取材しないとリリースだけを流すことになるなどと言っているが、記者クラブで下げ渡された情報を垂れ流すにあたって多少、自社の色をつけるぐらいの違いでしかない。そんなメディアはそもそもジャーナリズムを名乗る資格もないわけで、早晩、潰れる運命にある。

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久しぶりのラジオネタ-安住、伊集院、そして懐かしの音源

今回は久しぶりにラジオネタ。書きたいことはいくつかあるのだが、まずは安住紳一郎の「日曜天国」から。
この番組は、いつも日曜日の午前中、妻と近所のスーパーへ買い物に行くクルマの中で聴く(私は基本的にクルマの中ではほとんどAMラジオを聴いている)。番組が始まるのが10時で、こちらが出かけるのもその頃なので、オープニングのフリートークを聴くことが多い。ところが安住のフリートークは30分ぐらいと結構長くて、すべては聴けない。面白くなってきたところでスーパーの駐車場に到着ということが多い。だから「あの話はどうなったのだろう?」と思うことも多々あるのだが、久米宏や伊集院光の番組のように録音まではしていない。
ただ、この番組はポッドキャストで聴くことができ、しかもオープニングを全部聴かせてくれることが多い。
以前にもチラッと書いたが、ラジオの安住はなかなかいい(テレビはほとんど見ないので、テレビの安住とは比較できないが)。久米宏、伊集院といった名人の域には達していないが、十分に真打クラスである。

さて、今回取り上げるのは10月18日放送分のフリートーク。奇しくもこの日、私と安住紳一郎が同じ嗜好の持ち主であることがわかった。それは中学生の合唱ファンであるということ。安住は昨年からNHKの合唱コンクールにハマったらしい。そうして実は私も昨年から中学生の合唱コンクールにハマっている。それはYou Tubeで↓の動画を偶然に見たからである。

なんというか、、、
40代も後半にさしかかり、相当に世間ずれしてしまったオッサンには、こういうのが心に刺さるのである(^_^;)。
それからというもの、You Tubeで中学生、高校生の合唱をいろいろと見てみたのだが、中学生という微妙な年齢の子供たちの合唱というのは、とくに琴線に触れる。で、どうやら安住も私と同じらしい。そのことを語っているのがこれ(長いのでお暇な時にお聴きください)。

そして今年も10月11日にNHK合唱コンクールの全国大会がオンエアされていた。しかし、私はこの番組に気づかずに(帰国した翌日だった)見逃してしまい、YouTubeでチャンネル登録している方がこの動画をアップロードしてくれたのを見て、すでに放送が終わっていたことを知った。
さて、ポッドキャストによると安住は今年の大会で銀賞に終わった熊本大学教育学部附属中学校のファンらしい。その経緯に関する安住のトークは絶品である(ポッドキャストに入ってます)。その熊本大学附属中学校は昨年に引き続き今年も銀賞。それが↓。

ちなみに金賞はこちら↓。

さらに安住も感動したという全体の合唱は↓。動画だけでも十分に堪能できるが、安住のトークを聴くと「なるほど会場の客席はそういう雰囲気なのか」というのがわかって興味深い。

昨年の春までは、日曜日というと「伊集院光 日曜日の秘密基地」を録音して聴いていたが、以後は日曜日に録音するものはとくになかったのだが、「しばらく安住の番組を録音してみるかナ?」と思い始めた。

しばらく前に小林信彦が週刊文春の連載エッセイで「TBSラジオがおかしくなり始めたのは昨春に伊集院の日曜日のラジオが終わったあたりからで、さらに今春にストリームが終わったことでさらにおかしくなった」というようなことを書いていた。
その伊集院は25日に「爆笑問題の日曜サンデー」にゲスト出演しており、「やっぱりこの時間は伊集院だよなあ、、、」と思ったのは私だけだろうか?

最後に、、、
これもYouTubeで懐かしい音源を見つけた。

この番組が放送されていたのは私が中学生ぐらいの時か。おそらく、ほぼ毎日聴いていたと思う(当然、勉強なんぞしていない)。キャンディーズのコーラスがいいですね。キャンディーズというのは、実はなかなかに実力がある。
以前、引退間近の時だったと思うが、FMの番組に出演してハイファイセットと一緒に生放送で「Try To Remember」という曲を歌ったことがある。これがもう絶品で、どこかにこれを録音したカセットがあるはずだが、、、などと思いながら、いまググッてみたら音源があるではないか。いやはやネットというのはすごいものだ。
ということで最後にこれをどうぞ。

『 Try To Remember 』 by キャンディーズ&ハイファイセット

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2009/10/21

日経の購読をやめる理由はROIの低さ

ここ最近更新していない当ブログに昨日、思いの外アクセスがあったので、何が原因だろうと思ったら「西川善文」という検索からのトラフィックであった、、、

さて、コメントなどへのご返事も書かなければならないナと思いつつ、バタバタしていて果たせない今日この頃だが、本日は軽くサクッと数日来思っていることを書く。

今月前半に1週間、海外に行った間は当然のことながら新聞を読まず、帰国してからもしばらくはゆっくり新聞に目を通す時間がなかった。一方、この間もRSSリーダーに登録してあるブログは未読がたまらないように極力目を通すことにしていた。

そしてわかったことは、、、

新聞を読まなくてもまったく困らないということだった。
考えてみると、ここのところ新聞(日経)を読むモチベーションは、スポーツ面(このブログでは何度か書いているが、日経のスポーツ面は面白い)以外は、ブログネタになるような素っ頓狂な記事を探すことしかなかった。それにしては新聞は高く、しかもこれを読むために意外に時間を取られている。当たり前のことだが、ただのサラリーマンなので新聞購読料が経費で認められるわけでもない。

「これは本当にそろそろ新聞購読をやめる潮時かナ、、」、

と思っていると、18日の朝刊に「小泉駐米大使を提案する」というコラムが掲載された。で、この内容というのが例の職人の書いたもの並みにぶっ飛んだものだったので、これはブログネタにしようと思っていたのだが、そう思いつつサボっていたら天木直人のブログがこの記事について触れていた。それをお読みいただければ十分だが、まあひどい記事であった。

そして今日の朝刊を見ると、これがまた西川辞任報道に関して「郵政改革の“逆戻り”はけしからん」という論調一色である(ちなみに昨晩、報道ステーションなる番組を夕飯を食べながら久しぶりに見るともなく見ていたら、これがまた今朝の日経と同じ論調で、竹中平蔵のインタビューを垂れ流していたのにはのけぞった)。
私は現在の鳩山政権について白川勝彦が指摘するような危うさは確かにあると思うが、それでも自分が生まれる以前から続いていた自民党政権よりははるかにマシだし、この政権を大事にしないといけないと思っている。
そういう立場の者としては、現在の日経の論調は郵政問題以外にも多くの論点で自民党政権時代の既得権益者集団の機関紙にしか見えない(以前、「おやっという記事が出始めている」と書いたが、それは本当に少ない)。

話は飛ぶが、先日のニューヨーク出張の主な内容は、当地のメディア及び広告の状況の視察であった。それは結局、印刷媒体の存続が非常に厳しいことを再確認することにしかならなかったが、その際、良く見聞きしたのがROIである。これは「Return On Investment(投資収益率)」の略で、投下した資本がどれだけ利益を生んでいるか、つまり費用対効果のことである(もちろん以前からある用語)。
広告に関して言えば、広告主はブランディングよりも、よりROIを重視する傾向にある。したがって広告出稿するにしても、より厳密にROIを測定することによって媒体を選択していくということなのだが、これはどの分野にでも言えること。
で、私にとって日経の購読料と記事内容を改めて比較検討するとROIが低い。
一方でネットでは、前述の天木直人白川勝彦、あるいは植草一秀田中良紹といった名のある筆者だけでなく、多くの秀逸なブロガ―による卓見をほぼ無料で読むことができる。さらに最近はこんな動画まで見ることができるわけで、しかも無料ということはROIもへったくれもない。
となれば、旧来の既得権益まみれの媒体の露骨な世論誘導にカネを払ってまで接触するのは、もはや浪費以外の何ものでもない。

ということで、、、
とりあえず日経の購読を終了しようと思うのである。

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2009/10/14

楽天の監督問題について思うこと

1週間ほど日本のニュースにあまり触れていなかったこともあって、どうも時事ネタに対する感覚が戻らない。
なので本日はここ最近、気になっていた楽天球団の監督問題に関して思うところを書きたい。

せっかく球団史上初のクライマックスシリーズ進出、それも本拠地での開催を決めた楽天が、野村監督の去就問題で揺れている。というよりも今季限りの辞任は決定であるらしい。確かに高齢ではあるが、これだけの手腕を持っている監督というのはそうはいないし、野村監督というのは個人的に非常に好きなので大変残念である。
もし親会社が球団をさらに強くするために現監督よりもさらに高いレベルの監督を連れてくるというのならば、私見では中日の落合監督以外にはいないと思うが、それは現状では不可能。
まして、次期監督が広島で結果を出せなかったブラウン監督あたりだったら、その判断に相当な疑問符がつくし、ファンからも批判の声が上がるだろう。つまり今回の監督交代というのは相当にリスキーである。
では、なぜそうまでして楽天は監督を替えたいのか。
これはあくまで推測だが、比較的年齢の若い楽天球団の経営者にとって野村監督は実力はあるものの非常に扱いづらい存在であるからなのではないだろうか。

私は野村監督を見ていると、以前に書いたある博士のことを思い出す。
この博士は本当に優秀で有能だったのだが(あの談志が認めるほど)、なにしろ私生活から何から行動がハチャメチャでその面倒を見るのは相当に大変だった。しかも当時はこちらも20代で人生経験も浅いので、「どうしたらこんなことになるんだ?」というようなことがしょっちゅうあったものだ。
それでも少しずつこの博士の行動に対応できるようになり、博士からも信頼を得るようになったころ、当時、独身だった博士に女性ができた。そしてこの女性、最初はあまり表に出てこなかったのだが、徐々に博士よりも前面に出てきて私たちを振り回し始めた。その頃には入籍もしていたので、そうなってくるとこの女性の発言力も強くなる。
一方、男には女性ができると全面的に寄りかかってしまうタイプがいるが、博士はまさにそのタイプで、これまでハチャメチャな生活をしてきた分、その後始末から何から身の回りのことを一切やってくれる女性なしには生活していけなくなってしまった。
ところが、この女性というのがなにしろ博士以上に一筋縄ではいかない。博士は根は素朴で純なのだが、この女性は戦中、戦後の混乱期をしたたかに生き抜いてきた人が持つある種、得体のしれない迫力があり、相手に対していい顔をするときもあるが、一転、思い切り恫喝するときもある。そしてもう決裂したのかと思いつつ翌日会うと、最初はニコニコ笑って普通に接しているが、そのうちまたこちらを延々と怒鳴りはじめる。それは人生経験の少ない側にとっては相当に苦痛で、現に一緒に博士の面倒を見ていた同僚はボロボロになった。

で、こんなことを書くと大変申し訳ないが、野村沙知代さんを見ていると、私はこの博士の女性を思い出すのである(おそらく沙知代さんよりもさらに強烈だった)。そして奥様に全面的に生活を委ねてしまう博士と野村監督の姿も見事なまでに重なる。
結局、博士と私たちの関係はその後切れてしまい、当時はそれも仕方のないこと、我慢の限界だと思った。
しかし、、、
今になって考えてみると、あの時にもう少しなんとかならなかったかと思う。
確かにあの夫妻は扱いづらかった。が、こちらがそれに対して最善の手を尽くしていたのかというと、やや悔いが残る。人生経験が圧倒的に不足していたこともあり、あの夫妻、とくに奥様に対してしたたかさで対抗できなかったわけだが、もっとやりようがあったのではないかと思うのである。

そして、これは推測であるが、楽天球団もマスコミの前で平気で球団批判をするなど、ひと癖もふた癖もある野村監督、あるいは沙知代夫人と付き合うことにホトホト疲れてしまったが故に監督交代に踏み切ったのではないだろうか。
楽天球団の社長は若い。それでいてここまでの地位に就いたのだから、それなりのプライドがあるはず。そういう人にとって、毒ガスをまき散らかしながら次から次へと変化球を投げてくる夫婦というのは、もう我慢の限界でウンザリという気分になるのはわかる。
しかし、かといってこれだけの手腕のある人物と契約せず、能力は低いが付き合いやすい、球団の言うことを聞く
人物を監督に据えたのでは組織は絶対に緩む。結果、成績もよほどのことがないかぎり今年を上回ることはないだろう。それは、これだけ地元に根付いたファンに対する背信であり、球団経営にとってマイナスである。
そもそも能力の高い人というのは付き合いにくいものだ(逆に「いい人」という評価は能力を競う場合、必ずしもほめ言葉ではない)。

だから、、、
私は楽天球団は、もう少し我慢して野村監督を使い続けてはどうかと思うのである。
相手がさまざまなことを仕掛けてくるのならば、それは軽く受け流して、たとえば野村監督にもっと高いハードルを課せばいい。もともと監督をやりたくて仕方がないのだから、それを逆手にとって相手の毒ガスをうまく受け流すしたたかさを持って欲しいと思うのだ。
なんだかんだといっても楽天がここまで仙台に根付き、しかも全国的にも注目される存在になったのは、野村監督の存在を抜きにしては考えられないのだから、使えるだけ使えばいい。

ちなみに私の経験では、毒ガス夫婦とのウンザリする日々というのは、後から考えると意外に懐かしいものだ(悪い記憶ほど鮮明に残るということもあるが)。また彼らのおかげで多少なりとも鍛えられたがゆえ、今では自分自身が「煮ても焼いても食えないオッサン」になりつつあるが、それはそれで悪いことではない。

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2009/10/12

ニューヨークでSIM抜きiPhoneを使う

ニューヨークから10日(土)に帰国した。
今回はなんと19年ぶりだったので、「初めて行くようなものだナ」と思いつつ飛行機に乗ったのだが、実際に現地を歩くと意外や意外、「ここらへんにあれがあったんじゃないかな?」と思う場所に、その「あれ」があったりする。たとえば、、、

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これはニューヨークがそもそもわかりやすい街である上に、全体の景観が変わっていないからだろう。日本のように古いビルをぶち壊してどんどん新しいビルを建てると景観もガラリと変わってしまうが、そうではないために久しぶりに来ても違和感がない。これは観光する側にしてみればありがたい(と考えると、東京有数の観光地である築地市場は、今の雰囲気を残したまま同じ場所で建て直すべきである)。

ところで今回の旅ではiPhoneを持参した。ただし、こんなことになっては大変なので、念には念を入れてSIMカードを抜いた。つまりiPod Touch状態である。それでもFREEのWi-Fiスポットではもちろん使用できる(ネットを見ると、SIMロックを解除して現地でAT&TのプリペイドのSIMを購入して使うという方法もあるらしいが、時間も知識も不足していたため断念した)。
何度か利用したのがCOSIというカフェ。スタバのWi-Fiは有料らしいが、こちらは無料。ただし事前に調べたところでは設定が難しいとのことだった。なので、この設定方法をプリントアウトして持っていったのだが、結論からいうと難しい設定は一切なかった。店内に入ってパソコンやiPhoneでCOSIのWi-Fiを選んでブラウザを立ち上げると自動的にCOSIのページへ飛ぶ。ここで利用規約に同意するだけ。あとは普通にサクサクとネットに接続できる。

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このCOSIに限らず、「Wi-Fi FREE」という店は結構あり、こんな店もFREEだった(^_^;) 。
これはあくまで推測だが、iPhoneやBlackBerryが普及するとともに、Wi-Fiを公衆で利用できる範囲がどんどん広まっているのではないだろうか。日本でも発売されることになったKindleなどの電子書籍端末にしても、Wi-Fiと切り離して考えることはできないだろう。
夜のビレッジを歩いていると、こじゃれたカフェで若いニューヨーカーがノートパソコンを広げている光景も見かけたが、これもWi-Fiにつないでいるようだ(そのノートパソコンだが、日本でいうネットブックよりももっと大きいノートパソコンを使っている方が圧倒的に多い。女性でも相当に大きなAppleやDELLのノートパソコンを使用している。ここらあたりは体力の違いということなのだろうか、、、)。
となるとWi-Fiがいかに簡単に利用できるかというのも、これからのネット社会の大きなポイントになるような気がする(FONなどはそれを目指しているのかもしれないが)。
実際、ネットに接続できる、とくに携帯デバイスを持った外国人がそれを簡単に使用できれば、それは観光面でも重要なインフラとなる(そんなことは当たり前の話なのかな)。
SIMを抜いたiPhoneにしても十分に便利だった。
ある夜、だいたいの場所だけわかっているライブハウスを探しながら街を歩いてみたのだが、ところどころで漏れてくるフリーのWi-Fi(店舗の近くが多かった)を拾うと、自分が立っている現在の位置がマップで正確にわかる。これに店の検索をからめて結局、最後は目指していた店にたどり着くことができた。それがココ

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ちなみに店内ではiPhoneやBlackBerryを持っている人が多く、iPhoneでtwitterをしている女性も見かけた。

この日の帰りは夜の0時を過ぎたがホテルへは地下鉄で。20年前は深夜に地下鉄に乗るのは危険と言われていたが、そんな雰囲気もなく、、、

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iPhoneを操作しているふりをして車内を撮影してみる。

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さて、今回の旅の主目的は当地のメディアの状況についての視察だった。
折しも渡米中に前述したようにAmazonのKindleが日本でも発売されることが発表され、一方でコンデナストの雑誌4誌の廃刊が発表された。この4誌についてはWeb対策もまったくやっていなかったことが行き詰った大きな原因だという。といってWebに展開した既存媒体がうまくいっているかというとそれも違う。
このことについてはいろいろと思うことはあるのだが、それはまた次の機会に。

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2009/10/04

突然ですが、、、

本日より出張で1週間、ニューヨークに滞在するため当ブログは更新が滞ることになると思う(いつも滞っているという突っ込みはスルー)。
まだ到着したばかりだが、空港からマンハッタンへ来る道すがら、道路を走るクルマを見ていると、日本ではもはやほとんど見ることのできない年季の入った日本車がたくさん走っていて、クルマ好きとしてはなかなか楽しい。
少し前に「久米宏ラジオなんですけど」でタクシーの運転手さんが「日本で走っているクルマを見ていると、買い換えの必要があるクルマなんて1台もないですよ、、、」と言っていた話を久米が紹介していたが、なるほど今のクルマというのは少々ボロかろうがへこんでいようが問題なく走るのである。
確かにこのニューヨークのクルマの流れを見ていると、日本のクルマというのは大げさに言えば新車の集団である。

ホテルに到着したのがチェックインの時間よりも前だったので、ホテル前のスポーツカフェのようなところで時間を潰した。入口にFREE WiFiと書いてあったので、試しにパソコンを立ち上げてみるとあっさりとネットに接続。メールをチェックすることができたのであった(それに比べると、ホテルのネットの接続料はちと高いような気がする)。
前回、ニューヨークへ来た時にはインターネットはまったく普及していなかったので、隔世の感がある。
日本への電話はスカイプでするつもりである。

最後に、、、
東京都民のみなさん、オリンピック落選、おめでとうございます。
これからは、あの珍太郎が自民党に続いて野垂れ死にしていく様をみんなでリアルタイムで鑑賞しましょう。

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2009/10/02

有田芳生 「闘い終えて思うこと」

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2009/10/01

河野太郎を少し見直した件とある環境問題

総選挙での民主党圧勝で政権交代が実現した今、しかし一方で自民党が政権交代が可能な健全野党になるべく立ち直ることを期待する声は少なくないようだ。
しかし私は自民党に立ち直って欲しいとは微塵も思わないし、むしろ社民党と同じく不可逆的に衰退するのではないかと考えている。もちろん、そのかわりに民主党のように新しい保守党が誕生するべきではあるが、、、

そもそも民主党がこれからの4年間、ごく普通に政権運営をすれば、次の総選挙でも300議席とは言わないが、安定多数は取るのではないかと思う。「ごく普通の政権運営」とはどういうことかというと、自民党政権時代に多くの国民が「この政策は誰が見てもおかしいだろ?」と感じていたことを一つ一つ変えていくことである。
かつて2兆円の有利子負債を抱えた日産自動車にカルロス・ゴーンがやって来た時にやったこともこれだ。つまりゴーンは「社員のほぼ全員が心の中ではおかしいと思っているが、過去のしがらみや慣習で変えられなかったこと」に外部からきた人間として当然のように手をつけたにすぎない。
と、こう書く簡単なようだが、ダメな会社や組織というのは、実はこれができない。つまり簡単なようで実は難しいのである。

とにかく現時点での私の予想を言えば民主党政権はしばらくは続く。
したがってこのたびの自民党総裁選というものにはまったく興味がなかった。
まあ候補者だった3人の中で言えば、河野太郎のメールマガジンは購読しているのだが、その河野太郎にしても「?」でしかない。その最大の理由は取り巻きが悪いから。山本一太(この男は郵政選挙の時には衆議院に鞍替えしたがっていたが、今回はまったくそんな素振りも見せなかったところにその小物ぶりがうかがえる)、大村秀章、世耕弘成、でもってコイズミチンジロー、、、。まあよくぞここまで世襲のクズばかり集まったものである。
ま、これはもちろん河野自身が世襲であるからなのだろうが、コイズミ改革は間違っていなかったとか言うし、そもそもこの男はアホータローを担いだ一人である。なので、まあ総裁選で負けても「やっぱりな」としか思わないのだが、、、
ただこういうインタビューを読むと、少なくとも原発問題に関しては民主党よりもはるかにまともだとも思う。
民主党は地球温暖化対策として原発を推進する立場を明確にしている。CO2を削減するには原発が有利というわけだが、しかし本当にCO2が温暖化の原因かというと、これとて定かではない。一方で原発というのは、とにかく運転しているかぎり冷却しなければならず、したがって周辺の海水にどんどこ熱を捨てているわけで、これによって直接的に温められた海水は本当に温暖化と無関係なのかという疑問が私にはある。
さらに再処理や廃棄物、さらに地震に対する原子炉の耐性の問題を考えると、どうしても原発がいいとは思えない。
一方で、昨日の日経の1面には新日本石油と京セラが家庭用に小型で高効率の燃料電池を共同開発するという記事が出ていた。
このブログでは何度か書いたと思うが、燃料電池というのは何しろ自宅で発電するのであって発電所から送電する必要もない。したがって電柱などというものも劇的に減るだろうし、個々の家庭で発電するわけだから地震などの自然災害に対してもライフラインの維持という観点から見た場合、圧倒的に強いはずだ。
現状では価格が高いが、これとて量産ドライブがかかれば下がることは間違いない。もし、価格が安く、しかも安定して発電できる家庭用燃料電池を他国に先駆けて開発することができれば、これは日本にとって大きなメリットをもたらすはずで、むしろ国策としてそちらの道を選択すべきだとかねがね思っている。
ただしこれも簡単そうで簡単ではない。なぜなら原発というのは、ダム以上に既得権益が複雑に絡み合っているからだ。恐らくこれはダムの比ではないだろう。したがって原発問題に触れると、ダム以上に大騒ぎになることは間違いない。私は絶対に脱原発へと向かうべきだと思っているが、しかしこれに関しては悲観的でもある。
そういうなかで、野党になったとはいえ、自民党総裁選に立候補した候補者が原発に対してそれなりの見識を持っているのであれば、やはり河野太郎は貴重な存在なのかなと思い直したりするのであった。

長くなってしまったが、環境問題について最後に一つだけ。
これは温暖化とは関係がない(かもしれない)。そもそも、このことについて触れている本というのは私が読んだ限りでは一冊しかない(それで私もこのことを知った)ので、あくまで疑問である。
何のことかというと、それはタイヤ。いま世界中でおびただしい数のクルマ、バイクが走っている。その最重要パーツにタイヤがある。ところでこのタイヤというのは原材料がゴムだから、当然、走っていればすり減る。そのすり減ったゴムというのはいったいどうなっているのか? もちろん、一本一本のタイヤから出るゴムのカスなどというのは大した量ではないが、世の中に出回っているタイヤの本数が半端ではないだけに、このカスが本当に環境に負荷を与えているかいないかはきちんと調べてみないとわからないだろう。だが、私が読んだ本によれば、この話題をタイヤメーカーは非常に嫌がるそうだ。
そうして鳩山兄弟の母親はブリジストンの石橋一族。であれば、この問題はまだ当分、世には出ないか、、、

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みんなちがって、みんないい

鳩山内閣メールマガジンが初めて配信された。とはいえまだ創刊準備号とのことで、さしたる内容ではない。
そのなかで印象に残ったのは、

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その根底に流れるのは、「友愛」の精神であります。自らが自立を目指し
ながら、お互いの違いを乗り越えて尊重し合い、助け合っていく、そのよう
な社会を目指します。
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という部分。ここを読んで思い出したのは、数年前の民主党大会のことである。
といっても相当に前のことで、この時の党代表が誰だったかも定かではないが、確か鳩山由紀夫その人だったような気もする。
私は民主党の支持者ではないので、この党大会に関する記事を読んだだけなのだが、この党大会ではゲストに辛淑玉が呼ばれていた(この人選が鳩山っぽい)。そこで彼女は自分のスピーチの最後に金子みすずの「私と小鳥と鈴と」という詩を引用したという。

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私と小鳥と鈴と

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
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日本の権力は、これまで表向きは「個性を大事にする教育」などといってきたが、実際には徹底的に国民を均質化する努力を続けてきた。なんとなれば、その方が国民全体をコントロールしやすく、しかも効率がいいからである。
養老孟司は「都市は脳化する」と言ったが、同様に官僚独裁国家も脳化するのだと思う。つまり、官僚は自分たちの予想の範囲内ですべてのことをコントロールしようとすべく、なるべく不確定要素(自然現象)を排除しようとする。そうして既得権益者にとって都合のいいような計画を立てていくわけだが、実際には当然のことながらさまざま不確定要素やアクシデントが起きる。ところが、これは官僚にとってはもはや想定外の出来事であって、だから対応できない。その積み重ねがこの国の劣化を招いたのではないだろうか。
これに対して、鳩山由紀夫は個人個人の差異を認めた上で共生しようということを言っている。
おそらく外国人の地方参政権についても、根底にこうした考え方があるのだろう。
一方、外国人参政権を権力が認めてこなかったのは、これが国を動かす上で不確定要素になること(=彼らにとって不都合な事態を招く)を恐れたからだろう。
しかし、もはやこの時代に国民全体をコントロールすることなど不可能なわけで、その意味で鳩山由紀夫の「友愛の精神」というのは、現実に根差した至極真っ当な認識だと思うのである。

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