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2009/09/30

田中良紹 「総裁選は党分裂への一里塚」

ひと月ちょっと前にiPhoneを購入した。といっても旧型の3G(8G)である。
近所のヤマダ電機で本体一括購入が新規で7,800円だったので(MNPだと4,800円)衝動買いしてしまった、、、(もっとも最近はこの機種だと新規が4,800円、MNPは0円になっている orz )。
これが旧型ではあるが、しかし思った以上に便利である。
それまでは朝の通勤電車では新聞と雑誌を読んでいたのだが、iPhoneを購入したことでGoogleリーダーに登録してあるブログを読むことが可能になった。これはパソコン環境で読むよりも相当に時間の節約になるし、より多くのブログをじっくり読むことができる。実際、これまではどちらかというと時間の関係で読み飛ばしていたブログをきちんと読んでむようになり、意外な面白さに気づくことも多い。
アホな新聞記事を読んだ後にそういうブログを読むと、「いい加減、新聞をとるのはやめようかナ」と思う。

今朝もまずは日経に目を通した。
相変わらず民主党の政権運営に対してネガティブなことを書き連ねているわけだが、私が引っ掛かったのは「~との○○も漏れる」という表現だった。これが2か所に出てくる。
3面の「財源確保 いばらの道」という記事では「戦略室、財務省、刷新会議、各省庁の政務三役の役割分担はなお不透明。経済関係の省庁幹部からは『どうやるつもりなのか全くわからない』との嘆息も漏れる。」
5面「『前原流』改革矢継ぎ早」では「実は国幹会議廃止も特会見直しも国交省の官僚には寝耳に水。官僚からは『我々も大臣の方針に従うつもり。もっと信用してほしい』との声も漏れる。」
このように、どこぞの官僚がつぶやいたことをさりげなく挿入することで全体の主旨(この場合は民主党の唱える政治主導への疑義)を強調するような手法は、印象操作の常道である。

こういう記事をザッと見たあとにiPhoneで↓のようなブログ記事を読むと、そのレベルの違いをまざまざと感じる。
そうして、「政治を見る職人というのは、新聞で呆けたコラムを書く似非職人ではなく、こういう記事を書く人のことを言うんだろうナ」と思うのである。

・田中良紹の「国会探検」
総裁選は党分裂への一里塚

※iPhoneでブログを読むという環境は、新聞を広げたりめくったりするような煩雑さがなく、また混んだ電車の中で立っていても周りに迷惑をかけることなく片手でできるので大変に良好だ。しかも、たとえばBylineというアプリを使えば地下鉄の中でも読むことができる。その場合、見出しをタップすると全文が読めるブログはありがたい。反対に最初の数行だけが表示され、その先は新たに接続しないと読めない場合、パソコンではよく読んでいたブログでも飛ばしてしまうことも多くなった。

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2009/09/25

バカなのか?「職人」なのか?

まずはこちらのコラムをお読みいただきたい。

さて、遅きに失したが、どうしても書きたかったのが9月21日日経朝刊の「核心」についてである。
タイトルは「鳩山内閣 本気の政治主導 『投票による革命』始まる」。
筆者はもちろん(なぜ「もちろん」なのかはさておき)「客員コラムニスト 田勢康弘」。
まずは書き出しがスゴイっ!

「佐藤栄作首相以来の政治を見る『職人』の筆者にとって鳩山由紀夫首相は22人目となる。」

いきなり自分を「政治を見る『職人』」と権威づけである。
私の知る限り、本物の職人さんというのはきわめて謙虚で、権威づけのために「自分は職人でござい」などとは言わないものである。むしろ一流の人でも「自分はまだまだです」などと言うものだが、この人は違う。

で、こちらの「職人」(自分で職人という言葉にカッコをつけているのが面白い)は、「(鳩山内閣の)全体の人事を見て、ああ、政権交代とはこういうことなのだと、目からうろこの思い」なのだそうだ。その理由は「これまではそれぞれの省庁と一心同体の族議員が閣僚に選ばれるのが普通だったが、新政権はその役所がもっとも嫌う人物を充てている」からだとして、長妻昭厚労相や岡田外相、そして鈴木宗男外務委員長を例に出している。
どうも「職人」の視点は素人と大して変わらない。

「総選挙の結果は『投票による革命』ともいうべきものだった。」

そんなことは選挙前からさまざまなブログで書かれていたが、「職人」はまるで自分が選挙後に発見したかのように大上段から振りかぶる。しかして、その後に続く文章はというと、、、

「民主党に投票した人たちの多くは『一度やらせてみよう』とか『自民党にお灸(きゅう)をすえる』ぐらいの気持ちだっただろう。これほどの大差がつくと思わずに、いわば『自覚なき投票行動』の結果が政権交代となった。」

投票日の相当に前から日経を含めてすべての新聞、そして雑誌が民主党圧勝予想を出していたけれど、その揺り戻しもないままに圧勝したわけで、有権者は十分に自覚していたんではないですか? それとも新聞や雑誌の予想などというのはそもそも誰も見ない、あるいは信用していないという前提に立っているのか?(w

「首相と新閣僚の記者会見を深夜テレビで見ていて、従来とずいぶん変わったな、と感じた。役所が用意したメモを読み上げていると思われる閣僚はいなかったし、自分の言葉で語っており、きちんと熱意がった伝わってきた。記者会見もオープンで外国人記者や雑誌なども加わっていたようで、メディアも変化が求められている。」

下線部の部分は確信犯で書いているのだろう。

「事務次官ら官僚の記者会見を行わないことに批判もあるようだが、閣僚より役人のいうことのほうが信じられる、と思ってきたメディアの姿勢も、官僚政治に力を貸してきたのは否めない。」

政治を見る「職人」はなにしろ高みに立っているので、人ごとのように書くのが特徴。
そうして「職人」は迷走する。

「一方で不安材料をあげたらキリがない。自民党政治との断絶をめざす政策は、いずれも実現は簡単ではない。子ども手当、高速道路無料化、温暖化ガス排出量25%削減、補正予算執行停止、沖縄基地問題……。(中略)すべての閣僚が、目の前の課題を解決しようと躍起になったら、大混乱は避けられない。
 さりとてマニフェスト(政権公約)に書き込んだことは簡単には変えられない。ただし政権を担当してみたら、いかにマニフェストの内容の一部に問題があるかがわかった、というようなこともあるだろう。そのときにどのような対応をするかだ。」

別に新政権は躍起になるわけではなく、これまでウソとデタラメばかりだった霞が関の独裁政治を変革すべく、キッチリと地道に取り組むだけ。そのために鳩山総理も「時間が欲しい」と言っているわけである。ついでにいうと、田勢康弘こと黒河小太郎が大プッシュしていたコイズミ政権、その目玉だった郵政民営化の見直しや、それに付随してかんぽの宿問題の追及なども新政権はどんどんやるわけだが、それについては触れたくないようだ。
さらに「職人」の文章はこう続く。

「ひとつ注文がある。国際社会は鳩山政権誕生で、日本が変わるかもしれないと期待している。国内政策ばかりに集中するのではなく歴史に残るような外交をも展開してもらいたい。それには祖父鳩山一郎元首相の因縁もあり、ロシアとの関係を一層、緊密なものにするように動いてはどうか。(中略)内政は大胆に、外交は慎重かつ前向きに取り組むことが大事だ。」

「閣僚が課題を解決しようとして躍起になると大混乱」などと言っておきながら「内政は大胆」に、そして「ロシアに取り組め」と、それこそ大胆な注文をする外交は「慎重かつ前向きに取り組むことが大事」と指摘する「職人」。なんだかわけがわからない。
もちろん日ロ関係を改善することは悪いことではないが、日経はことあるごとに「アメリカの機嫌を損ねるな」と念仏のように唱えているだけに、新政権が日ロに動いたら大騒ぎすることだろう。

「鳩山政権が高い人気を背景にどこまで掲げる政策を実行に移せるか。国民がすぐに成果を求めるのは禁物だ。
 政権は交代したけど、暮らしも景気もさっぱり良くならない、だから政治には期待できない、という負のスパイラルに戻ってしまえば、毎年首相が交代する従来の日本になってしまう。この間に自民党が臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、どのような変貌(へんぼう)を遂げるか。それこそが政権交代が珍しくない当たり前の政党政治が実現するかどうかを決める。」

まだ、日本の歴史上初めての選挙による政権交代が起きたばかりで「さあ、これから」という時なのに、最後はタイトルとはかけ離れて早くも自民党へのエールで締めくくっている。
こういう文章を読むと、改めて冒頭のコラムの最後の一文を噛みしめざるを得ない。

*****
 もはや新聞やテレビを目にしなくても困ることは全くない。むしろ目にすると判断を誤る事が多く有害である。実社会から得る教訓を政治と重ねてみる方が政治を正しく読み解く事が出来る。記者達には自民党と同様に再生の努力をして貰うしかない。一番良いのは競争に身を晒すことだ。記者クラブ以外の人間と質問を競い合うようになれば、バカな質問は出てこなくなる。そうしないと銀行と同様の破綻が待っている。
*****

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2009/09/24

八ッ場ダム問題-前原誠司に課せられた重要な使命

私は前原誠司という政治家が嫌いである。
この男が党首の時の民主党というのはひどいものだったし、外交、防衛についてのスタンスにはとてもではないがついていけない。さらに、小沢一郎秘書の問題の時には、どう考えても民主党の足を引っ張っているようにしか見えず、「早く自民党へ行けっ!」と思っていた(ま、私とて民主党支持者なわけではないのだが)。

その前原が国土交通大臣になって、いきなり八ッ場ダム問題に直面している。
大臣就任直後に八ッ場ダムの建設中止を明言、この連休には視察にも行ったが、建設推進勢力(=霞が関)はマスゴミを使ってウソとデマにまみれた徹底的な偏向報道で巻き返しをはかっている。
予想通りの展開ではあるのだが、ここで問われるのは前原がきちんと持ちこたえられるかどうかということだ。

あらゆる利権、しがらみが渾然一体となったダム問題というのはなにしろ簡単ではない。
田中康夫が最終的に長野県の知事を追われる原因も、突きつめれば「脱ダム宣言」に行きつく。県議会と信濃毎日
新聞が一体となって狂ったように(というか完全に狂っていた)ウソとデタラメを巻き散らかした挙句、県政をダム推進派が取り戻したのは記憶に新しい。
ことほどさようにダムというのは既得権益者の琴線に触れる問題なのである。

いま前原が巻き込まれているのは、言ってみればその長野の二番煎じの事態なわけだが、「国民の生活が第一」というスローガンを掲げて船出したばかりの民主党政権にとって、この八ッ場ダム建設中止問題は、図らずも最初の試金石となりつつある。
もしここで前原がアホータローのようにブレてしまったら、鳩山政権に対してせっかく膨らんだ国民の期待は急速にしぼんでしまうだろう。つまり前原はいきなり正念場に立たされたことになる。
これを乗り切ることができるのかできないのか? もし、八ッ場ダムの建設を中止し、さらにこれまでに計画されている他のダム計画についても全面的に見直すことができたならば、私の中では前原株が急上昇するだろう。
ということで、今回に限っては前原に是非、頑張って欲しいのだが、そのためには連立与党全体が前原を支える必要がある。
そうして霞が関、マスゴミ等の既得権益者の抵抗に屈せずに政権公約を実現した時、初めて政権交代という革命が成就したことになる。

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2009/09/18

引き続き日経の小沢粘着&妄想と国民のメディアリテラシー

ここのところ日経ウォッチャーになってしまって本意ではないのだが、、、

今日(9月18日)の朝刊には鳩山内閣の支持率調査の結果が出ている(各紙とも出ているが)。
それによると新政権の支持率は75%で小泉のスタート時の80%に次ぐ高率だという。
個人的にはもっと高く、歴代1位になるのではないかと思っていたが、まあこんなものなのだろう。

※ちなみに鳩山政権は私が生まれて初めて支持する政権である(^_^;) 。

さらに「ほお~っ」と思ったのが小沢幹事長に対する「評価しない46%、評価する40%」という数字。
これだけ日経(マスゴミ)が目の色を変えて小沢叩きをしているにもかかわらず、評価するが40%もいて、評価しないをわずかに下回っているだけ。朝日の調査にいたっては「評価する45%、評価しない40%」である。
日経は2面でこの世論調査の記事についての見出しを「支持率75% 鳩山内閣 政策に期待 小沢幹事長『評価しない』46%」としているが、私はこの数字を見て「日本人もマスゴミの本質がだんだんわかり始めてきているんだナ」と思った。つまりマスゴミのデタラメ記事が国民のメディアリテラシーを図らずも向上させているわけである。
と、まあそんなことを書きつつも、そもそもこれまでの自民党政権時代の世論調査で「幹事長人事を評価するか?」などという設問はほとんどなかったはずで、そういう設問をすること自体が尋常ではない。

そうして今日も「検証 鳩山・一郎政権 」。「中」となっているので明日までやるらしい。ご苦労なことである。
見出しは「力の源泉『参院・労組・国対』」。

「閣僚人事をも動かした参院パワーの源泉は、逆説的だが民主党1党では過半数に達していないことにある。マニフェスト(政権公約)実行のための法案は衆院で3分の2の議席がない以上、参院で可決しなければ成立しない。そのためには他党とのパイプがある人物が欠かせない。
『福島さんから電話をもらったよ』。7日、民主党の幹部協議で小沢氏は、社民党の福島瑞穂党首との良好な関係に触れた。社民党や国民新党と話ができるのは誰なのかを、誇示しているようでもあった。(中略)
 国会と選挙。採決と週票は『数が力』だ。政策実行を最終的に担保するこの2つを押さえる『小沢-輿石ライン』が、鳩山政権を左右する。」

福島瑞穂から電話が来たと小沢が言った → 社民党や国民新党と話ができるのかは誰なのかを誇示しているかのようであった

いい加減、妄想で原稿を書くのはおやめなさい。
参議院の勢力が与党内の力学を反映することは自民党時代から当たり前のこと。青木幹雄がなぜあれだけの力を持てたかといえば、まさにその参議院をまとめていたからである。そんな誰でも知っていることを、さも今回の特別な事情であるかのように書くのもやめろや。
 

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2009/09/17

日経の小沢粘着に呆れ果てた

「おやっ?」という記事があれば、当然、その揺り戻しもある。
今日(9月17日)の日経朝刊はそんな記事、それも小沢粘着のオンパレードである。

まずは1面に掲載されている政治部長・宮本明彦なる人物の原稿(「軽やか」な首相の戦い)。

「衆参両院をほぼ制する巨大与党を基盤に『政策の一元化』をうたいながらも、首相自身の足元は決して盤石ではない。小沢一郎幹事長には、党と国会運営は『人事を含めて一任された』と機先を制された。この結果、小沢氏の了解なしには予算はもちろん、法案一本通らない。
首相官邸の中には『政治主導』の目玉とれる国家戦略室が新設される。ここには『官僚き加工との対決』を基本スタンスにする菅直人担当相が陣取り、自前のスタッフを動員して予算、外交などの基本方針を決めていくという。首相の権力はがんじがらめに縛られている印象を受ける。
それでいて、補正予算の組み替え、郵政民営化の見直し、温暖化ガス削減の数値目標といった各種公約の結果責任は、ひとえに首相本人にのしかかる。軽やかな割り切りなしに、政権は維持できない。」

小沢一郎も菅直人も鳩山由紀夫自身が指名したのであって、そもそもここ数年はこの3人がトロイカを組んで民主党を運営してきた。そのトロイカを崩さずに霞が関という最大の難敵に立ち向かおうとしているわけだが、それがこの政治部長には「首相の権力はがんじがらめに縛られている印象」となるらしい。この人は自民党政権とともに出世してきたのだろうから、今回の政権交代を機に、自民党と一緒にお引き取りいただいた方がいいだろう。

そして本日の社説。ここでも、

「内閣の下に政策決定を一元化するためには、党との関係も重要になる。民主党は国会運営の最高意思決定機関として鳩山首相や小沢一郎幹事長らで構成する党首脳会議を新設する方針だ。首脳会議の運営を透明にして、小沢氏との二重権力を招かぬようにしなければならない。」

いやはや対小沢に対する粘着ぶりは凄まじい。しかもこの粘着はまだまだ続く。
社説と同じページには「検証 鳩山・一郎政権 『小沢蜜月』どこまで」というタイトルの記事。リードを引用しよう。

「野党第1党からの政権交代を果たした民主党の鳩山由紀夫政権が16日、始動した。8月30日の衆院選圧勝後から、鳩山氏の人事を巡る発言は揺れ動いた。節目となったのは小沢一郎幹事長との4度の会談で、小沢氏と連携する参院民主党も影響力を行使した。『鳩山・一郎政権』の17日間を検証する。」

「鳩山・一郎政権」と来たものである。このフレーズを思いついた記者のハシャギようが目に浮かぶが、実際、「小沢支配」という予断に徹頭徹尾満ち溢れたこの記事はこれみよがしの政局解説で、書いた記者の品性がアホータロー並みの低さであることを想像させる。

「国会の常任委員長や党の役職は内閣の人事と切り離せない。国会・党の人事一任は、閣僚人事の主導権も事実上、小沢氏が握ると党内の多数が受け止めた。菅直人国家戦略担当相、岡田外相は内定したが、藤井博久財務相は確定しなかった。『小沢氏側が難色を示しているのでは』との疑心暗鬼がうず巻いた。」

「『久しぶりだなあ』。16日、小沢氏は国会2階で民主党幹事長室になる予定の部屋に足を運び、つぶやいた。20年前、47歳で自民党幹事長に就任して『剛腕』と名をはせ、執務したのと同じ場所である。入り口には、まだ『自由民主党』の表札がかかっていた。」

書いている記者自身が自分に酔っているという類の原稿で、これはもうニュースではない。

しかも小沢粘着はこれでも終わらない。3面でもまだまだ続く。このページの右半分では「自民党時代と変わらぬ旧来型人事の色彩がにじんでいる」と書いて、民主党内の派閥と閣僚ポストの関係を解説。当然、軸とはなるのは小沢との距離という話になり、「識者はこう見る」というコメント欄では「小沢幹事長の一元権力体制」という政策研究大学院教授のコメントを掲載。
左半分は「政治主導は未知数 戦略局・刷新会議どう分担」という見出しの記事だが、「鳩山内閣の構図」という図表をイラスト入りでつけている。このイラストは鳩山、菅のイラストが胸から上なのに対し、小沢一郎は顔も一回り大きく、しかも全身入りである。そしてこの記事の締めくくりはこうなっている。
「もう一つの課題は民主党内きっての実力者で、社民、国民新両党の信頼が厚い小沢一郎幹事長の存在。政策決定の内閣一元化という鳩山政権の試みは、首相と小沢氏の蜜月関係がどこまで続くかにも左右され、法案を生かすも殺すも小沢氏次第の側面もある。首相は記者会見で『国民の皆様に辛抱強く、政権をお育て願えれば幸いだ』と語っている。」

あのさあ、鳩山新政権というのは、コイズミのあとがアベシンゾーになって、フクダになって、アホーになったという話とは次元が違うんだよ。いつまでも旧態依然のくだらない「政事」解説じゃなくて、もちょっときちんと新政権の歴史的位置づけというのを書いてみろや、、、
ってそんなことを今のマスゴミに期待してもムダか。
ということで、こーゆーくだらない紙面を見たあとはネットで真っ当なコラムを読むと精神が安定する。

・田中良紹の「国会探検」
真っ当な組閣

・白川勝彦 永田町徒然草
時代が変わるとき。

ムネオ日記(9月16日付)

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この落差こそが問題の本質である

まずは共同ニュースをご覧あれ。
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雑誌記者ら初めて参加 民主が首相会見オープン化

 鳩山由紀夫首相が16日に官邸で行った就任記者会見に、初めて雑誌記者らが参加した。民主党側が「よりオープンな会見を行いたい」と申し入れ、内閣記者会も受け入れた。

 首相が官邸で開く記者会見は日本新聞協会に加盟する新聞、通信、放送各社でつくる内閣記者会が主催。出席は記者会加盟各社と一部海外メディアなどのオブザーバー会員に限定されていた。

 民主党は雑誌や専門紙記者の参加と、外国特派員の参加枠拡大を認めるよう要求。関係者間で人数の調整などをしていた。
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しかして実態は、、、

新聞が書かない民主党の「公約破り」
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民主党の鳩山新内閣がきょう正式に船出する。「官邸主導 一進一退」(朝日)、「準備不足の船出に」(毎日)、「鳩山人事は『安全運転』」(読売)、「無視できぬ『小沢』」(産経)と各紙の紙面は関連ニュースで埋まっている。だが実は、この新政権発足にあたって新聞がまったく触れていない重大なことがある。

 それは、歴代民主党代表が約束してきた「政府会見を記者クラブ以外のメディアにも開放する」という方針が一部メディアの圧力と党内守旧派によって握りつぶされたという事実である。数時間後に行われるであろう新内閣発足の記者会見も閣僚の会見も、「民主党革命」といえる今回の政権交代を象徴するかのように、本来はすべてのメディアに対して開放されるはずだった。それが直前に撤回され、従来どおり官邸記者クラブである内閣記者会に対してのみ、行われることになりそうなのだ。

 総選挙が終わった直後から、実はこの問題に関して水面下で熾烈な戦いが繰り広げられていた。記者クラブを形成する既得権メディアが経営幹部から一線記者まで動員して、さまざまなルートで民主党の各層に働きかけを行っていた。鳩山由紀夫代表に直接、電話を入れた大手新聞社の首脳がいれば、秘書や側近議員の籠絡を担当した記者もいたという。

そのときの共通する殺し文句が、「新聞、テレビなどのメディアを敵に回すと政権が長く持ちませんよ」というものだったという。政権発足前からさかんに行われていた「小沢支配」「二重権力構造」批判といった実体を伴わないネガティブキャンペーンも、実はこの延長線上にあったのではないか、とわたしは疑っている。

 こうした既得権メディアの意を受けた党内抵抗勢力の中心が、藤井裕久@新財務相と平野博文@新官房長官だった。とくに平野氏は官房長官として内閣記者会とのパイプ役となる立場だけに、取り巻きの記者に対して「『記者クラブ開放』は俺がツブす」と息巻いていたという。平野氏にとっては民主党のDNA(by神保さん)であり民主党革命の真髄といえる「情報公開」(ディスクロージャー)よりも、目先の自分の仕事をやりやすくすることのほうが重要なようだ。こんなことで既得権の牙城といえる霞が関に本気で切り込めるのか、先が思いやられるというものだ。
(以下略)
*****

アクセス特集09/17アクセス特集・神保哲生+武田一顕+渡辺真理・9月16日(水)

非記者クラブメディアを排除した鳩山首相初会見への落胆

鳩山内閣早くも公約違反? 隠れた官僚支配の温床壊せず

首相記者会見「オープンにする」 鳩山政権「公約」破り、ネット「締め出し」

ジャーナリズムの自殺、民主党の「公約」破り・記者クラブ開放問題を書かない既存メディア

記者クラブ加盟社の記事と現実とのこの落差。
これこそが問題の本質である。

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2009/09/16

期待しているだけに残念

鳩山総理誕生の瞬間は、営業をサボって某ルノアールで衆議院TVとkeyholeTVによるNHKの衆議院中継をパソコンで見ていた。それはやはり大きな時代の節目であり感慨深いものがあったのだが、、、

18時から始まった新総理初の記者会見では、結局、記者クラブ加盟社以外の記者は入ることができなかったという。
数日前から予想されていたことだが、やはりこれは残念としかいいようがない。

私は新総理が言うところの「友愛の精神」とは、一部の既得権益者を重視するのではなく、より「公正」に重きを置き、すべての人に平等に光を当てることだと(勝手にだが)解釈していた。それは自民党政権、とくに小泉政権以降に加速した「不公正競争の勝者への優遇」とは真逆の思想であると高く評価していた。
それだけに、今回の前言(「脱記者クラブ」)撤回は残念である。
新政権は早急にこの事態を改善することを望みたい。

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政権交代とメディア

いよいよ本日は鳩山連立政権が誕生するわけだが、昨日のうちにアップしようと思っていたエントリーを書き上げることができず、本日にずれ込んだ。
以下、手直ししつつ、、、

昨日(9月15日)の日経朝刊には「次官会見の廃止は短慮だ」という社説が掲載されている。
「民主党の岡田克也幹事長が各省の事務次官による記者会見の廃止を検討することを証明した。」ことに対して「記者会見だけではないが、それを含む多様な取材を重ねて真実に迫り、伝えるメディアの機能に対する認識を書く提案である。撤回を求める。」としている。
官僚から下げ渡された情報を、その意のままに書いてきた連中が今さら何を言っているのか。
「権力を持つ側は、常に記者会見を嫌い、減らそうとする。」と言うが、記者クラブという枠組みを作り、加盟社以外のフリーランスや雑誌媒体などを締め出してきたのはいったい誰なのか? その部分は無視を決め込んで、たかが事務次官の会見がなくなったことを「知る権利」上問題があると書きたてるのは噴飯ものである。
会見がないというのならば自分たちで取材すればいい。まさに報道における日経が大好きな「自由競争」の到来である。民主党は記者クラブも廃止する意向だと言われている(昨日からの流れだとちょっと微妙になってきたようだが)。その時、記者連中にどれだけの取材力があるのか、是非ともお手並みを拝見したいものだ。
もっとも、この社説にはすでに伏線が張ってあって、「『政治主導だから官僚は発言するな』が趣旨ならば、官僚たちは記者会見だけでなく非公式取材にも応じなくなる。政治主導が究極的に官邸主導だとすれば『官房長官が発表するから各閣僚は発言するな』と拡大解釈される危険もある。」と書いている。だから官僚に取材できなくなるのは自分たちの責任ではないというわけだが、私はむしろこれからしばらくの間、政治主導に抵抗する官僚が自分たちの身内である記者を使って徹底的に鳩山連立政権に対して情報戦を仕掛けてくる可能性が高いと思う。
おそらく、「小沢支配=二重権力」という報道もその一環だろう。「最終調整も『小沢氏主導』」(9/15朝刊)、「国会運営、小沢氏が主導権」(9/16朝刊)、、、と日経でも「小沢支配」の印象操作に余念がないが、繰り返しになるが幹事長が権力を握るのは当たり前のことである。

で、まあそんななか、しかし日経にも「おやっ?」という記事が出始めている。
もとよりすべての記事を読んでいるわけではないのだが、以下、ここ最近、印象に残った2つの記事を紹介する。

9月13日 朝刊「中外時評」
タイトル:健全な市場経済の構築へ 日本発のメッセージを
筆者:論説委員 末村篤
*****
 今週、首相に就任する予定の鳩山由紀夫氏が、雑誌「Voice」に発表した論文(「私の政治哲学」)の抄訳が外国のメディアに転載され、物議を醸している。
 自由を至上価値とする資本主義の放縦が社会的不平等を生み、共産主義や国家社会主義を生んだという歴史観。米国的な自由市場経済が普遍的で理想的な経済秩序で、諸国はそれに合わせて経済構造を改革すべきという思潮への反論。衰退した「公」の復興で経済外的価値に目を向け、国民経済の破壊に歯止めをかける決意--。
「米国発市場原理主義」批判だ。
 誇張された海外の反響は、米国の風下で従ってきた日本の指導者が発した批判ゆえの驚きだろう。反米、ポピュリズム(人気取り)の批判は当たらない。世界の共通認識であり、オバマ米大統領が就任演説で国民に呼びかけた社会再生の変革に通じる主張である。
「市場原理」を平たく言えば、経済の合理性、整合性だろう。市場無視の経済運営を続ければ、体制を問わず国も企業も破綻する。土地本位制と株式持ち合いの旧日本システムしかり。しかし、市場の尊重は、かつて経済を律して社会の質を高めることに貢献したが、昨今は経済をゆがめて社会を劣化させる働きをしているように見える。
 逆説は、効率を求めるあまり、自由と規律の均衡を欠き、公正を省みない、市場の乱用で生じた。教育、医療、労働などの領域への市場の拡張。企業を金融商品と同列視する極端な株主主権の横行……。サッチャー・レーガン革命以来、米国金融の憲法、グラス・スティーガル法(銀行証券分離)の廃止に至る自由化で、産業資本主義は金融資本主義に変質した。金融経済危機は新自由主義と行き過ぎた市場主義の帰結だ。「市場の失敗は市場主義の不徹底が原因」という抗弁は国民経済を人質にした詭弁(きべん)である。
(以下略)
*****

9月14日 朝刊「核心」
タイトル:「官主」から「民主」へ
筆者:本社主幹 岡部直明
*****
「308」。総選挙での民主党の獲得議席数をみて、戦後の国際通貨史を思い浮かべた。1971年8月のニクソン・ショック(金ドル交換停止)を受けた同年12月のスミソニアン合意での円レートである。戦後の1ドル=360円時代から1ドル=308円への円切り上げに経済界に緊張が走った。それは73年の変動相場制移行への分岐点になった。
 この歴史的な議席を背景に、鳩山由紀夫政権は戦後日本の政治経済システムを転換させる大きな使命を帯びている。スミソニアン体制が固定相場制から変動相場制への転換点になったように、この政権交代を「官主」政治から「民主」政治への足がかりにしなければならない。
(中略)
 政治主導への転換には、ポピュリズム(迎合主義)に乗った官僚たたきではなく、官僚を使いこなす能力と度量が求められる。民間の専門家や有為な官僚の政治任用制も確立する必要もある。その予備軍としてシンクタンクの機能を活用することだ。少なくとも主要閣僚は最大限、長く務め、G20などで一目置かれる存在になってほしい。
 政治家と官僚の本分はおのずと違う。マックス・ウエーバーは『職業としての政治』で官僚は「怒りも偏見もなく」職務を遂行すべきだとし、政治家の資質としては情熱、責任感、判断力の3つをあげている。
 いま日本では2つの政権交代が進行中だ。ひとつは自民党から民主党へ。もうひとつは官主から民主へである。歴史的にみれば、明治以来の官僚政治を転換するという点で「もうとひつの政権交代」の意味が重い。日本は成熟した民主国家になれるかどうかの分岐点にさしかかっている。
*****

政権交代はメディア内部の力関係にも微妙な影響を与えるはずだ。具体的に言えば、これまで与党担当だった記者が野党担当に、野党担当だった記者が与党担当になるわけで、おそらくこれまでの野党担当というのは、あまり既得権益にまみれてはいないだろう。
上記の記事を書いた人物がそうなのかどうかは定かではないが、長らく自民党を担当して自らも与党ボケしてしまった数多の記者が主流から外れていけば、少しだけマスゴミの寿命も延びるのかもしれない。

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2009/09/09

改めて衆院選・東京11区

今さら、、、とは思うのだが、昨晩、RSSリーダーに登録しているブログを見ていたら、こんなエントリーがあった。
そこで、私も改めて東京都選挙管理委員会のHPで東京11区の票を見てみた。

比例区で自民党に投票した人 → 66,608人
比例区で公明党に投票した人 → 33,538人

自民 + 公明 = 100,146人

比例区で民主党に投票した人 → 114,165人
比例区で新党日本に投票した人 → 7,858人

民主党 + 新党日本 = 122,023人

しかして小選挙区の開票結果は

下村博文 117,472
有田芳生 113,998

つまり比例で民主党と新党日本に投票した人の票を完全に小選挙区で固めていれば勝てたことになる。
ちなみに板橋区の国民新党は3,456、みんなの党は14,060(結構、多い)。これを保守票ということで単純に下村に流れたと計算すると

100,146 + 3,456 + 14,060 = 117,662

となり、下村が獲得した票とほぼ同数となる。
一方、有田さんは社民党の推薦も受けいてた。その社民の比例の得票数は10,251。そこで民主と新党日本の合計にこの数字をプラスすると、

122,023 + 10,251 = 132,274

ただここで注目すべきは共産党で、共産は比例での得票数は30,284だが小選挙区の候補の得票は36,487と6,203票も増えている。これが社民支持者から流れたものと考えて、民主+新党日本+社民の合計からこの分を引くと、しかしそれでも126,071。実際に有田さんが獲得した票はこれより12,073票少ない。

板橋区の小選挙区と比例区の投票総数を比べてみると、実は比例区の方が4,386票多い。また投票所へ行った人という意味での投票総数と比較すると小選挙区の投票総数は-8,386、比例区の投票総数は-4,000となっている。こう見ると、白票などの無効票も選挙結果に微妙な影響を与えている。

だが、やはり一番の問題は比例区で獲得した民主票を小選挙区で固めきれなかったことにあると思う。
そこで思い当たるのが板橋区の民主党事情。
先の都議選で民主党は板橋区から2人の当選者を出しており得票は↓のようになる。

熊木美奈子 50,704 + 土屋敬之 49,461= 100,165

このうち熊木都議は有田さんの選対本部長だったが、一方、土屋というのはいまどき石原珍太郎ベッタリを公言して憚らないこういう人物で、いわば確信犯である。
実際のところ国民新党やみんなの党、あるいは公明党の票がすべて下村へ流れたわけではないだろうから、とするとこの土屋票が少なからず下村に流れたことは想像に難くない(この両者は思想信条も近い)。これに当日の投票率など、さまざまに微妙なあやが重なり合っての3,474差が生まれ、そして有田さんは今回の総選挙での惜敗率最高の落選者となった。

それにしても東京11区の自民候補は強いと言われていたが、比例区の票で自民と民主を比較すると47,557票差、自民は民主の58%しか取れていないのには驚く。もはや自民自体の地盤沈下が取り返しのつかないところまで来ているようにも見え、この状況で公明党が自民から離れてしまっては、いくら珍太郎ベッタリ都議がついていても次の選挙は相当に厳しい戦いになるだろう(そもそも珍太郎は間もなく都政を放り投げ出すだろうし)。

ということで選挙の話はこれにて終了。

最後に雑談を一つ。
都議会は民主党が主導権を握り、国政においても民主党が政権をとるという状況を考えれば、予断は許さないが築地市場の移転は阻止できる可能性が高まったと思う。そこでキャッチフレーズを考えてみた。

「ノーと言える築地市場」

ダサイ(^_^;)?

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2009/09/07

小沢幹事長-鳩山由紀夫は霞が関に対抗する最強組織をつくっているだけ

先週来伝えられていたが、公明党の新代表が決まったそうだ。民主党の代表選挙の際、あれだけ「開かれた選挙をしろ」とわめきたてていたマスゴミだが、公明党の新代表決定のプロセスは完全スルーである。

その一方、マスゴミは相変わらず民主党の小沢新幹事長人事に対して、二重権力、院政という批判を浴びせている。前エントリーで9月4日の日経朝刊のことを書いたが、日経はその翌日もまた小沢だらけ、社説では「民主党は政策決定の一元化を貫け」と題して「民主党内では小沢氏の幹事長起用を受けて、人事や重要問題をめぐる発言力がさらに増大するとの見方が強い。しかし小沢氏が院政を敷き、政策決定過程が不透明になれば、細川政権の二の舞である。」、さらに締めでは「小沢氏は与党の最重要ポストに就く以上、記者会見を定期的に開くなどして党運営の透明度を高める努力をしてほしい。西松建設からの巨額献金で公設秘書が起訴された事件も、今後の裁判の進展に応じてさらに説明責任を果たす必要がある。」ときたものである。
ま、これは日経に限ったわけではなく、どこのメディアも同じ調子で、要は「二重権力」「院政」を記号化することに必死なわけだが、これはいかに霞が関が小沢を嫌がっているかの裏返しなわけで、つまり鳩山由紀夫の人事はいまのところまことに正しい方向で進んでいると思う。

いま鳩山民主党及び連立政権にとってもっとも求められているのは、長らく日本を独裁支配してきた霞が関に対抗し得る最強の組織を作ることである。
強い組織とはどういうものか? それは集中力のある組織である。それには変に民主主義的な合議制に立つよりも、一点に権力を集中した方がよい。その際、もちろん権力を持った人間が正しい認識を持っていることがマストであるが、そこさえ間違わなければ強いリーダーシップを持った人間をトップにいただいた方が組織は絶対に強くなる。これは企業経営であろうがスポーツチームであろうが同じだ。
その意味で今回、鳩山がやっている人事はポイントを突いている。
つまり党は小沢に任せる、そうして内閣はやはり官僚相手に実績のある菅直人を中心に据えることで、この二点に権力を集中させる。その上で、この両者の上に立ち、あたかもホールディング・カンパニーのような場所に位置して最終的にすべてを決めるのが鳩山由紀夫ということなのだろう。であれば、これは相当に強力な対霞が関シフトである。
こうして要さえしっかりしていれば、あとは年金担当になるであろう長妻昭をはじめ、それぞれの専門分野に強い議員をどんどん内閣に送り込めばいいわけで、私はここまでの人事を見て「鳩山さん、なかなかやるナ」と思う。

そこで個人的に鳩山内閣に対して是非、希望したいのは田中康夫の入閣である。
田中康夫は長野県で脱ダムを初めとするさまざまな政策(それは現在の民主党のやろうとしていることときわめて近い)を、県職員という官僚相手に戦いながら実現してきた実績がある。しかも一方で、それに抵抗する連中がマスゴミを使っていかにウソ、デタラメを垂れ流すかについても知り尽くしている。
「二重権力」「院政」報道の洪水を見るまでもなく、新政権にとって今一つ重要なのはマスゴミ対策だ。マスゴミはすでに経営的には瀕死の状態であるが、手負いの状態というのはかえってタチが悪い。官僚の流すウソやデマに飛び乗って連立政権叩きをする可能性は十分にある(というよりもすでに始まっている)。
それに対抗するためにも、こういうメディアを知り尽くした田中康夫は必要欠くべからざる人材だと思うのである。

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2009/09/04

革命の最終章はこれから始まる

今日(9月4日)の日経朝刊1面には当然ながら「民主幹事長に小沢氏」という見出しの記事がある。これを読んでみると、以下のような部分がある。

 鳩山氏は「幹事長は党務だ。政策の決定は政府でやると(小沢氏と)確認した」と説明したが、選挙戦略にかかわる重要政策では小沢氏の影響を排除できない可能性がある。

なんだこれ? 小沢はこのたびの選挙で国民の圧倒的な支持を得た第一党の幹事長になったわけだ。政権政党というのは政策を遂行するために存在するのだから、その幹事長が重要政策に対して影響を与えなくてどうする?
マスゴミが大好きな自民党の歴代幹事長というのは重要政策に影響を与えてこなかったのかね?
この記事がいやらしいのは、この文章の次に脈絡なく唐突に、

 小沢氏は今年5月、西松建設の巨額献金事件を受けて代表を辞任し、選挙担当の代表代行に就任。同事件で政治資金規正法違反で起訴された小沢氏の公設第1秘書・大久保隆規被告の初公判は今秋の見通しだ。

という部分が挿入されていることである。どうやらこの新聞社では、相変わらず小沢一郎の記事を書くときには必ずこのフレーズを入れているようだ。そうして政治面でも「小沢氏 権力の中枢に」という記事があり、リードには「(小沢が幹事長に就任したことで)今後の閣僚・執行部人事にも小沢氏の意向が大きく影響しそうだ。」と、さもそれが危険であるかのように書いてあるわけだが、これもまた当たり前のことである。

以下は本日の「白川勝彦の永田町徒然草」。

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今日の新聞各紙の一面トップ記事は、小沢一郎氏の民主党幹事長起用である。これに関する毀誉褒貶はいろいろと出てくるであろう。近く内閣総理大臣に就任する鳩山民主党代表は、難しい問題に次々と決断していかなければならない。

今回のような総選挙を経て新しい総理大臣が誕生する例は、残念ながらわが国にはなかった。要するに海図なき船出なのである。まずは鳩山氏が決断することからすべては始まる。その第一歩が小沢氏の幹事長起用なのであるのだ。これから鳩山氏は小沢幹事長と協議しながら諸事を進めていく覚悟なのである。そして次々と役職は決まっていく。その人たちがそれぞれの役割を果たしていかなければならないのだ。成果はそれぞれの人々の貢献とされるが、責任は鳩山氏が負わなければならない。船長とはそういうものである。
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詳細はこちら

長らく日本を独裁支配してきた霞が関の官僚がもっとも恐ろれている政治家は小沢一郎である。そのため、この集団は自民党とマスゴミという2つの権力維持装置を使って徹底的に小沢潰しをはかってきた。しかし、いまやその装置の1つは小沢の手によって大破させられてしまった。
となれば残された手段は1つ。マスゴミをさらに使うしかない。ところがこのマスゴミ、自分たちは偉いんだと勘違いしてクラブでふんぞりかえっている記者連中は何も知らないが、足元は大変なことになっている。広告局や販売局はいまやパニック状態で、阿鼻叫喚の地獄へまっしぐら。きわめて近い将来、自民党同様、ぶっ壊れる運命にある。
そうして2つの権力維持装置が壊れた霞が関に鳩山連立政権が乗り込む。ついに「国民の生活を第一に考える勢力」が真の独裁権力の前にたどり着いたわけだが、最終決戦はまさにこれから始まる。そのことを鳩山由紀夫はわかっているから、小沢一郎を幹事長に起用したわけだ。

※参考資料(いずれもPDF)
だから日本はダメになる 小沢一郎・田中康夫対談
江藤淳 それでも「小沢」に期待する(PDF) 
政治家の志とは何か 小沢一郎・江藤淳対談

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2009/09/03

この動画を見て、新しいカテゴリーを作った

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2009/09/01

世界が笑う-田中良紹の「国会探検」

田中良紹の「国会探検」

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 通常、国民の審判が下ったその日から前政権が掲げてきた方針は停止する筈である。前政権の方針を主権者である国民が拒否したのだから、そうならなければおかしい。前政権は自分たちの方針を新政権の方針に切り替えるのに齟齬がないよう新政権に協力する。それが国家国民のために政治家や行政官になった人間の最低の努めである。「私」を封じて「公」に殉ずる。国益を守るとはそういうことである。

 ところが昨日からの動きを見ていると日本の政治家や官僚はそうではない。その不思議さを世界はどう見ているのだろうか。例えば消費者庁が前政権の方針のまま9月1日からスタートした。一体何を考えているのか、民主主義国家の有り様に逆らう話である。国土交通大臣のごときは、民主党がマニフェストで建設中止の方針を掲げた八ツ場ダムについて「再考して欲しい」と注文を付けた。全く選挙の意味を理解していない。

 そしてもっとみっともないのが自民党だ。選挙惨敗の責任を取って辞意を表明している麻生氏を特別国会で総理候補に担ぐと言う。総裁選挙が間に合わないというのが理由だが、間に合うか間に合わないかは「私」の事情である。「公」を重んじるなら間に合わせるようにすれば良い。それが出来ないなら、議会制民主主義の政党足り得ない非力さを謝罪して解散すれば良いだけの話である。

 辞意を表明している人物を国会の首班指名選挙に担ぎ上げ、それに党員が投票させられる政党など先進民主主義国のどこにあるだろうか。おそろしく馬鹿馬鹿しい話である。選挙後に国民が注目しているのは、民主党の官僚操縦力と自民党の再生力だが、これでは自民党に再生の力が全く残っていない事になる。どこからこんな判断の誤りが生まれてくるのだろうか。
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「3,474」

普段、私が目を通しているブログは、すべて民主党の勝利を大歓迎しているわけだが、当方、念願の政権交代が起きたにもかかわらず、あまり嬉しくないというのは困った心持ちである、、、

さて、、、

まずは今回の東京11区の選挙結果について、当ブログにコメントいただいた方々に心から御礼申し上げます。

昨日、会社へ行くと、私が有田さんを応援していることを知っている人はみな、「惜しかったね」「もう少しだった」「あの相手によく善戦したじゃないか」と言ってくれた。
コメントをいただいた方々ともども、大変にありがたい言葉を頂戴したと思っている。

とはいえ負けてしまったのは事実である。
具体的に言えば、3,474票という差を埋めて、さらにそれをこえるだけの票を掘り起こせなかった。
共産党候補がとった36,487という票を見ると恨めしい。が、しかし共産党がそれぐらいの票を持っていたことは都議選の結果(共産党は35,455票)を見ればわかっていたこと。
また、選挙戦の真っ最中に、「衆議院選挙を辞退して参議院の繰り上げ当選を受ける」というデマをマスゴミに流されたのは本当に痛かったが、この問題に対するリスク管理が徹底されていなかったのも事実だと思う(とはいえ、この報道が重大な選挙妨害であることは間違いなく、本来ならばメディアはこの報道に対する検証をきちんとすべきだが、現状のマスゴミにそれを期待するのはまったくもってムリである。そして、実はこのデマ報道については奥が深いという情報もある)。

しかし、最大の敗因は、「板橋区の反自民の受け皿は、民主党推薦候補で新党日本の有田である」ということを選挙区の隅々にまで徹底できなかったことにあったように思う。今回、東京11区の投票率は64.95ポイントと全国平均よりも低かった。その原因を推測すると、結局、民主党公認候補がいない選挙区で誰に投票すればいいのかがわからなかった有権者が少なからずいたのではないだろうか。
というのも、これは板橋区に住む私の親から聞いた話なのだが、投票日の数日前、バスに乗っていたら「板橋には民主党がいないのよね。だから下村はもう当選したように悠々している」と話していた人たちがいたそうだ。
高島平を抱える板橋区というのは高齢者が多い。いまや世の中はインターネットを中心に情報があふれかえっているが、高齢者の人たちがニュースや情報に接触する機会というのは、全体的に新聞、テレビなど非常に限られているだろう。そうした人たちに対して完全に浸透できなかったのではないか?というのが私の感想である(そこへもってきて、あの参議院繰り上げデマである)。

ただし、これは候補者、そして運動員が力を抜いていたということではまったくない。それどころか、民主党の熊木美奈子都議(選対本部長)、板橋区議団のみなさんに全面協力をいただいたもの、そもそも組織がまったくないだけに、スタッフ自体はボランティア中心で、しかも他陣営に比べると絶対的に人数が少ない。
そんななかで、みんな本当によく頑張った。
その一例をあげるとウグイス嬢。この人数が少ない。したがってクルマによっては、一人の女性がずっと喋っている、あるいは運転者以外は男も女もなく順番に喋るという時もあった。ウグイスの経験のある女性は一人で喋っている合間にポツリと「私、市会議員の応援をしたことがあるけど、その時でもウグイスは7、8人いましたよ、、、」と漏らした。
結果、選挙戦が始まった当初は、「私、ウグイスはできないです、やったことないです」と言いつつ街宣車に乗って手を振っていた選挙応援は初めてのボランティアの女性が、最終盤には立派なウグイス嬢になっていた、、、なんていうことも(^_^;)。

こうした状況のなか、メディアでは終始、自民党候補が優勢と伝えられていたが、現場のスタッフは日に日に「勝てる」と思うようになっていった。それは、すでにこのブログでも何度か書いたが、とにかく有権者の反応がメチャクチャに良かったからである。「もう有田さんに入れたわよ」という人や「今回は“はくぶん”はダメだ、落ちるよ」と言ってくれた人がものすごく多かった。選挙の最終日、私はtwitterで「これは雪崩です」とつぶやいたが、本当にそう思えるほどすごい手応えだったのである。

ただ、今にして思うと、自民党陣営だってそういうこちらの様子は当然観察しているわけで、「これは言われているほど安泰ではない」と非常な危機感を持って組織を引き締めたことは間違いない。実際、街宣終了後も相手はおそろいのポロシャツを着て大人数で駅前でビラ配りなどをしていたが、こちらは人数が少ないだけにそういうことを徹底的にははできない。
最終日、相手候補の集会では夫人が「どうぞよろしくお願いします、、、」と言って泣き崩れたそうだ。それを聞いてわれわれは笑ってしまったが、逆に言えば選挙のプロ集団がそれだけ危機感を持って死に物狂いでやっていたわけで、それに対して、これはあくまで私自身のことであるが、では自分も死に物狂いでやっていたか、石にかじりついてでもやっていたか、、、というと、むしろ有権者の反応の良さに目を奪われて、事態を楽観視してしまったように思う。
飯島勲はその著書のなかで「選挙とは人を殺さない戦争である」と書いている。
その戦争で、自分はやるべきことをすべてやったのかというと、むしろまだまだやれることがあったと思う。
だから「3,474」に悔いが残る。

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