« 小沢一郎秘書逮捕は霞ヶ関独裁のタガの締め直し | トップページ | この国はすでに非常事態に突入しているのではないか? »

2009/03/05

小沢秘書逮捕報道~いま問われているのはメディア自身である

昨日、NHKニュースを見ていたら、小沢秘書逮捕の件で「秘書は政治献金の認識があったことがNHKの取材でわかりました」というようなことをアナウンサーが言っていた。
さもNHKの記者が必死に取材した結果に基づくニュースであるかのようである。
実際はどうか。
今回の捜査を担当している検事のところへ行ったら、秘書がそういうようなことを喋っているということを(直接的にか間接的にかはわからないが)教えてくれたというだけである。
もちろん美味しいネタである。が、記事にするのなら、あるいはニュースとして流すのならばウラ取りをしなければならない。が、この場合はなにせ密室での取り調べであるからまったくウラ取りができない。他の検事に聞いても同じように答えるだけである。
つまりこの情報はまだニュースとしては不完全なのである。もしこの時点でこれを記事にするのならば「と捜査関係者は言っている」とするべきである。
が、捜査関係者はそもそも取り調べ内容を喋ってはいけないわけで、そんな表現をした時点で記者は出入り禁止となる。結果、「わが社の取材では」となる。
一方、何も知らない読者はこれを読めば、「ああ、やっぱり逮捕されるぐらいだから秘書は悪いんだナ」と思う。
こうして捜査機関とメディアが共鳴して、「空気」がつくられるわけである。
この週末には各メディアが世論調査を実施するらしい。「小沢代表 強硬突破」などの見出しをつけながら検察からの情報をこれだけ垂れ流せば、この調査結果にはその効果が現れるだろう。するとさらにメディアは「秘書問題、民主党に打撃」などと書きまくる。
なんのことはない、よくよく見れば自作自演なのである。
が、効果は抜群だ。そうしてこの手法こそが、霞ヶ関独裁のシステム維持装置で、つまりメディアは権力に完全に取り込まれているのである。

いまそのメディア自体が危機に陥っている。それは表面上は広告収入激減による経営難なわけだが、本質的なところでより深刻なのはメディアそのものに対する読者、視聴者の信用崩壊だと思う。
その意味で、今回の小沢秘書逮捕から始まるであろう、さまざまな政局報道でもっとも問われるのは実はメディア自身である。

|

« 小沢一郎秘書逮捕は霞ヶ関独裁のタガの締め直し | トップページ | この国はすでに非常事態に突入しているのではないか? »