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2009/01/26

自動車産業と紙媒体の共通点(1)

自動車産業と紙媒体には共通点がある。
それはこの大不況が終わり、世の中が好況に転じても危機は去らないということだ。

かつてトヨタの労組には組合員がどのように暮らしていくかのパンフレットがあったという話を聞いたことがある(これは現物を見たわけではないが)。
それによると、18歳で入社して何年かたつとスターレットを購入し、それからしばらくして結婚して子供ができるとカローラを購入、その子供が育っていくとクルマはコロナになり、、、というふうに定年までのストーリーが書かれていたそうだ。
これがつまり「いつかはクラウン」というトヨタのマーケティングだ。当然のことだが、トヨタのつくったこのヒエラルキーの場合、上へ行けばいくほど利益率が高くなる。
トヨタのこのマーケティングというのは本当に大したもので、たとえばひとくちにクラウンといってもさまざまなグレードがある。下はタクシー仕様から始まって、排気量も2リッター、3リッターと上がっていき、またグレードもさまざまにわかれている(いまはそこまではやっていないのかもしれないが)。これはなぜかというと、企業内において役員に昇進すると会社がクラウンを役員車として支給するけれども、そこからさらに昇進するととともにクラウンのグレードも上がっていくからだ。しかも、痒いところに手が届くように、微妙な差にも対応していたのがトヨタの凄いところ。一方、役員になる前はクラウンは早いということで、部長クラスのマイカーにはマークⅡをどうぞ、というわけだ。
いつもトヨタの悪口ばかり書いている私だが、このトヨタのマーケティングというのは凄いと思う。トヨタという会社は日本社会というものを徹底的に分析してきたのだ。
ところが、この「いつかはクラウン」というヒエラルキーがいまや崩れつつある。大きなクルマに乗ることはもはやステータスではなくなりつつあるのだ。これは他の日本車や輸入車にしても同様で、最高級の大型車に乗っている人を見ても「金持ちなんだろうけどそれがどうしたの? むしろ社会性が足りないんじゃないの?」となってしまった。
しかも一方で若年層を中心に深刻なクルマ離れがある。かつては学校を卒業して会社に入ったら、まずクルマを買おうという若者がたくさんいた。彼らはどのクルマを買おうかを真剣に考え、一生懸命に自動車雑誌などを読んだ。それがもっとも多かったのは団塊の世代で、彼らがマーケットを引っ張ってきたわけだが、その世代も定年を迎えてしまった。40代、50代はクルマに興味はあるものの、そうそう買い換えるような余裕はない。
そうして、いまの若者はそもそもクルマを買うことに以前のような興味がない。雇用が安定しないなかでは小型車とはいえ100万円からするような高額商品を買うような余裕もないだろうし、都会においては移動の手段としては電車の方が確実である。もちろん地方においては生活にクルマが必要だが、この場合は軽自動車で十分だ。しかも少子化でマーケットは縮む一方である。

自動車会社にとってもっとも重要なことは、工場の稼働率を上げることだ。ところが、いつの間にか自らの生産能力にマーケットがまったく追いつかなくなってしまった。しかも、これまで莫大な投資をしてきたエンジンの時代が終盤を迎えつつある。次の時代はハイブリッドから電池へと進むわけで、これまでも大きな投資をしてはきたが、さらにまた莫大な投資をしなければならない。
つまり自動車会社にとっては景気が回復しても難問が山積しているのである。

そうしてこの状況は紙媒体も同様だ。

(つづく)

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