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2008/02/05

餃子と市場原理主義

先週からニュースは冷凍餃子一色の感がある。もちろんその原因は徹底的に究明されなければならない。そんなことは当たり前のことである。
ただ、この報道で違和感を感じるのは、餃子問題が中国という国家の体質の話になり、さらに「だから中国は信用できない、けしからん」という方向へ向かっていることである。
もちろん、そういう側面はあるだろう。
が、だったら狂牛病問題で露呈してアメリカという国の体質というのはいかがなものなのだろうかとも思う。
あるいは食の安全ということでいえば、日本だって大差はないんじゃないかという気もする。

愛読している「SPA!」の勝谷誠彦さんの今週の巻頭コラムによれば「私たち(日本人)は(森永砒素ミルク事件、水俣病、カネミ油症事件など)多くの犠牲や痛みを味わいながら、食の安全を確立してきた。裁判など公開の場で論議し、再発防止を学習していくのが民主主義のシステムだ。それと異なり、(裁判などせず、見せしめの厳罰を科すなど)鞭をもって人々に教え込もうとする独裁国家においては、同様の事件は繰り返されるだろう」という。
日本という国の本質が霞ヶ関による完璧な独裁国家であり、にもかかわらず一見、民主主義という装いを身にまとっている分だけ始末が悪いと考えている私としては、この勝谷さんの少なくとも日本の食の安全に対する認識はチト甘いような気がする。日本の場合、むしろ社会問題化したさまざまな事件の結果として、食の安全はますます見えにくくなっている、表沙汰になりにくくなっているというのが現実なのではないだろうか。

そもそも日本が世界よりもきわだって特徴的であるは、そのコスト優先思想である。トヨタの成功などはその象徴例なわけだが、コストを優先する場合、もっとも削られやすいのが「安全」だ。
しばらく前、原発関連の御用学者がしきりにいっていたのは、「日本の原発技術は十分に高いのだから安全に対するコストはもっと下げていい」ということであった。
今回の餃子の件にしても、なぜ中国なのか。それは日本で作るよりもコストが安く、利益が大きいからである。なぜ日本の食料自給率はこれほどまでに下がってしまったのか。それは国内で生産するよりも、海外から買ってくるほうが安いからだ。国内の農業にしても大規模化するほどコストは下がるという論理が幅をきかせている。
経済学とやらに基づいて計算するとそういうことになるのだろう。

一方で1990年代の終わり頃、京都大学の佐和隆光氏はしきりに「行き過ぎた自由主義経済の時代は終わり、いずれ日本もヨーロッパのような社会民主主義に行かざるを得ない」というようなことを言っていた。が、実際にはその逆で、小泉政権が登場するやますます市場原理主義が徹底され今日に至っている。
そうして「自分の努力によって儲けることは正しく、儲かっていないのは本人の努力が足りないからであり、儲けを最大限に追求するためにコストを徹底的に削ることは正義である」という論理がもてはやられる一方で「安全」というものがないがしろにされていった結果が狂牛病であり餃子なのではないか。
ま、中国の餃子に関しては農薬の混入ということでまた別の原因もあるのだろうが、衛生状態が良くないかもしれない中国でなぜ日本向けの餃子が作られているのかということまで考えると、結局は日本のコスト優先思想、ひいては市場原理主義に行き着くと思うのである。

とこう考えると、今回は農薬ということで目に見える被害があったからかえってわかりやすかったが、急性の症状などは出ないけれども気が付いたときにはもう遅いという類の話ならば日本にだってそれこそゴロゴロあることは間違いないだろう。

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