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November 17, 2007

オシム監督の回復を祈る

脳梗塞で倒れたサッカー日本代表のイビチャ・オシム監督。
倒れる前日には埼玉スタジアムで行われたACL決勝を観戦に来ており、阿部勇樹の2点目のゴールが決まったあとにシャンパンを用意させたという報道も目にした。
私も息子とこの試合を埼玉スタジアムで観戦しており、「オシム監督も来ているはずだよ」などと話していた。

埼玉県で浦和に隣接する市に住む私は、息子の影響でレッズを応援している。しかし、サッカーについては観戦歴が浅いこともあり(Jリーグが開幕する前のアジアカップ、オフト監督時代から)、さまざまなチームを見るのが好きだ。
オシム監督がジェフにやってきたときには、彼が欧州では有名な監督であるということもまったく知らなかったが、愛読している日経のサッカー記事を読んでいるうちにすっかり興味を持つようになり、「オシム語録」を試合後は必ず読むようになった。
そこには単に自チームのことのみならず、日本サッカー全体、ひいては人生そのものに対する深い哲学、見識が披露されており、私はすっかりオシムファンになってしまった。
私がとくに好きだったのは、たとえば以下のような言葉である。

2004年に新潟で行われた対アルビレックス戦の試合後
「最後に、アルビレックスのこれからを祈っている。これからリーグ戦のホームゲームで勝てるように。結果はそうなりませんでしたが、今日はほとんどアルビレックスが勝ってました。そして、このスタジアムが、このスタジアムを満員にする観客がそれをかなえるはず」

2005年の大分戦後
「トリニータはすごく大きなことを今までに成し遂げたと思う。トリニータに私が期待することは、今日、一歩下がったが、また次に、二歩、三歩前に進んでほしいと思うし、人生はそうあるべきだ」。

また、ベストセラーになった「オシムの言葉」を読むと、この人物が旧ユーゴスラビアの分裂と軌を一つにしてユーゴ代表監督をするなかで、さまざまな苦労、辛酸をなめてきたことがよくわかる。おそらく、その過程で元々あった深い教養の上に、半端ではないシニカルさを身につけたのだろう。
この圧倒的に“本物感”に包まれた人物と比べると、日本にいる大多数の政治家や有識者なるものがいかに薄っぺらい存在であるかがよくわかる。
そしてこの“本物感”が多くの日本人の心をとらえたのだろう。

私はいまこの時代の日本に、オシム監督が少しでも長く元気でいて欲しいと思う。
オシム監督の一刻も早い回復を心の底から祈る。

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