« 雑誌の危機 (5) | トップページ | 予定調和国家 »

2007/03/13

再び正解のない選択肢

 私は埼玉県民であるため、東京都知事に誰がなろうがあまり知ったことではない(といって埼玉県知事に興味があるわけでもない。ちなみに埼玉の知事は、ま、大したものではない)。
 知り合いのなかには「石原慎太郎はけしからん」という人は少なくないが、かつて浅田彰氏と田中康夫氏が「憂国呆談」(だったと思う)のなかで「石原慎太郎が総理になるよりは都知事でいてくれたほうがいい」というような趣旨の話をしていたのには妙に納得がいったものであった。

 その東京都知事選の出馬をめぐる報道がかまびすしい。石原はさまざまな不祥事が発覚して案外磐石ではない(年齢的なものもあるだろう)。共産党はいつものようにわが道を行く路線。黒川紀章のような賑やかしの人物も出てきたが、普通に考えれば民主党にとって大チャンスである。にもかかわらず結局のところ有力な独自候補をたてることができず、おそらく浅野史郎に乗るのだろう。
 では自分なら誰に投票するだろうと考えてみる(一応都民歴もあるので)。まず石原は論外だ。先日のサンデープロジェクトで桜井良子は石原の功績として「歌舞伎町の浄化に成功した」というようなことを述べていたが、アホなことを言ってはいけない。「新宿=三国人の多い街=危険」というイメージを植えつけつつ、「街の浄化」なるものを推進するのは、およそ最低の施策である(この件に関してのもっとも鋭い批評は、私の知る限りでは「週刊コミックモーニング」に連載されているすぎむらしんいちの「ディアスポリス」である。このマンガについてはいずれ項を改めて書きたいと思う)。
 黒川紀章もまあ石原と同じようなものであろう。共産党の吉田が当選するとは考えられない。となると有力候補で残るのは浅野なわけだが、では実際に投票権があったとして浅野に一票を投じるだろうか。
 答えは「否」だ。つまり宮崎県知事選同様、ここでも解答用紙が配られた時点で選択肢の中に私が考える正解はない。これは、もし自分が投票する立場だったら非常に悩ましい事態だろう。そして実はいわゆる無党派、あるいは選挙を棄権する人たちにもこの思いは同じだと思われる。
 かつて青島幸男が都知事に就任した時の期待感は、多くの人が「選択肢の中の正解」と感じたことから起きたものだろう。ところが青島は正解ではなかった。かつて何回も起きた新党ブームも同様で、「今度こそは」と思った有権者はそのたびに期待を裏切られ、結果としてそのブームは既得権益者集団がより強固な体制を固めて復活するという最悪の結果をもたらした。そのほとんど唯一の例外が長野県における田中康夫であった。が、その長野県ですら、田中落選後は既得権益者が完全に息を吹き返している状況である。
 この状況を打破する道筋は、残念ながらいまのところ見えない。

|

« 雑誌の危機 (5) | トップページ | 予定調和国家 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/62112/14250483

この記事へのトラックバック一覧です: 再び正解のない選択肢:

« 雑誌の危機 (5) | トップページ | 予定調和国家 »